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戦 時 期 日本 造 船 業 の 生 産 技術 に関 す る一 考 察

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(1)

戦 時 期 日本 造 船 業 の 生 産 技術 に関 す る一 考 察

戦 時 標 準 船 の 建 造 を め ぐっ て

後 藤 伸

W

目 次

はじめ に

戦時標準船 の建造 量産化 の要因 おわ りに

1は じ め に

日本 の造 船 業 を め ぐる経 営 環境 は,第2次 世 界 大 戦 前 とそ の後 とで は一 変 した とい わ れ て い る。 市 場 環 境 と して は,戦 前 の艦 艇 を中心 と した軍 需 や 日 本 船 主 か らの注 文 を主 と した 国 内 市場 依 存 型 か ら,戦 後 は輸 出 を中 心 と した 海 外市 場 依 存型 へ と転 換 した こ と,ま た技 術 環 境 と して は,戦 前 の鋲 構 造 か ら戦 後 の溶 接 ブ ロ ック建 造 へ の移 行 とい う,建 造 工 法 上 の技術 革 新 が挙 げ ら れ る。 日本 の造 船 業 が この 市場 や 技術 の変 化 に,と りわ け後 者 の変 化 に素 早

く対 応 しえ た こ とが,戦 後 の 急速 な発 展 を可 能 とした とい う こ とにつ い て は, これ まで の研 究 に よっ て,大 方 の合 意 を え て い る もの と思 われ る。 その 際 に 問 題 とな るの は,そ の よ うな変 化 に対 す る対 応 能 力 を 日本 の造 船 業 は どの段

83

(2)

階 で形 成 し えた の か,と い う こ とで あ る。 筆 者 が別 稿 で紹 介 し検 討 した よ う に,こ れ をす べ て戦 後 の復 興 ・再 建 過 程 に求 め るの か,あ る い は戦 前 まで に

ユラ

蓄 積 され た技 術 的 レ ヴ ェル に求 め る のか は,論 者 に よっ て異 な る。

本 稿 で は,戦 後 技術 へ の素 早 い対 応 を可 能 な ら しめ た の は,終 戦 に い た る まで に 日本 造 船 業 が 獲 得 した技 術 水 準,と りわ け建 造 工 法 上 の 到達 度 合 い に あ るの で はな い か とい う視 点 か ら,戦 時(太 平 洋戦 争 期)に お け る商 船 の建 造 を検 討 課 題 と した い 。具 体 的 に は戦 時標 準 船(以 降,簡 略 表 現 として戦 標 船 と も記 す)の 建 造 を取 り上 げ て い くが,そ の理 由 は この量 産 化 され た戦 標 船 の建 造 が 戦 前 の 日本 造 船 業 で到 達 され た工 法上 の い わ ば ピー ク をな して い る とみ られ るか らで あ る。 以 下i次 節 で は,戦 標 船 の建 造 を め ぐる経 緯 とそ の建 造 実 績 を簡 単 に紹 介 す る。 第 皿節 で は,戦 標 船 の量 産 化 を可 能 と した と 考 え られ る要 因 につ いて い くつ か 検 討 す る。 最 終 節 で は,戦 時 建 造 を経 て到 達 した 日本 造 船 業 の生 産 技 術 の達 成 度 に つ い て暫 定 的 な結 論 を述 べ る。

皿 戦 時標準船 の建造

皿一1海 事 産 業 の 戦 時 統 制

こ こで は海 事 産 業 に対 す る戦 時 統 制 の展 開 を詳 し く跡 づ け る こ とは しな い。

商 船 の建 造 をめ ぐる統 制 と関係 団体 につ いて,そ れ も行論 に必 要 な限 りで の 言 及 に と どめ た い。

政 府 に よ る海 事 統 制 が 始 まる以 前,商 船 の建 造 注 文 は,当 然 の こ となが ら, 個 々 の注 文 主 と各 造 船 所 との 自由 な交 渉 と契 約 に委 ね られ て い た。 そ の お お

よそ の有 りさ ま は,つ ぎの よ うな もの で あ っ た。

1)戦 後 日本造 船 業 の 発 展 要 因 に関 す る諸 説 につ い て は,拙 稿 「『戦 後 日本 造 船 業 』 論 の再 検 討 」 『海 事 産 業研 究 所 報 』No.298(1991年4月)7‑21頁 を参 照 され た

い0

84国 際 経 営 論 集No.31992

(3)

「従 来船 主 が 新 造 船 を造 船 所 に注 文 した い 時 は船 主 よ り要 目 を示 し之 に よ り造 船 所 で は大体 の計 画 を立 て3船 の重 要寸 法,速 力 ,貨 物 積 載 量, 機 関 の種 類 及 び馬 力 等 を出 し之 に よ り船 価 の見 積 りをや り之 を船 主 に提 示 し種 々 の 曲折 を経 て契 約 が決 まるの で あ る。 造 船 所 は造 船 契 約 が締 結 せ られ る と直 に詳 細 な る製 図 に着 手 し所 要 鋼材 そ の他 の資 材 の寸 度 別 の 調 査 をな し直 ち に発 注 す る。 … …次 に細 か い設 計 に着 手 す る と共 に注 文 材 料 の 到着 と相 応 じ工 場 に出 図 し,工 場 で は其 の 図面 に従 い漸 次 製 造 に

2)

着 手 す る の で あ る。」

引用 に も明 らか な よ うに,統 制 が 始 ま る以 前,平 時 の 商船 の注 文 はお お む ね一 隻 ご との個 別 注 文 で あ り,造 船 所 は契 約 成 立 ご とに詳 細 な設 計 図 面 を作 成 し,資 材 と部 品 を調 達 し,そ れ を船 台 で 組 み立 て て い く とい う,典 型 的 な 受 注 生 産 を お こな っ て い た。 この よ う な造 船 業 に対 して,昭 和14年(1939)

9月 以 降 臨 時 船舶 管 理 法 に よっ て,新 造 船 に際 して は事 前 に逓 信 省 の承 認 を受 け る こ とが規 定 され たが,こ れ が 新 造 船 に 関 す る統 制 の 始 りとい 認 。 この事 前 承 認 制 は,翌15年2月 の海 運 統 制 令 に よ り逓 信 大 臣 の許 可制 とな り,

統 制 が 強 め られ た。 この よ う に事 前 の承 認 や 許 可 が 必 要 とはい え,建 造 され る船舶 につ い て はな お船 主 の希 望 な り裁 量 な りの余 地 が働 き,ま た造 船 所 も そ れ に対 して従 来 の個 別 注 文 的 な方 法 で対 処 しえ た。 もっ と も,こ の時 期 ま で に,強 制 で はな か った が,建 造 され る船 舶 の一 定 割 合 は,す で に船 型,構 造, 主 要 性 能 な どを標 準 化 した船 舶 に よ っ て 占 め られ て い た。 この平 時 にお け るの

2)斯 波 孝 四 郎 『戦 力 造 船 』 文 松 堂,昭 和19年,63頁 。

3)郵 政 省 編 『戦 時 海 事 行 政 史 』 日本 海 事 振 興 会,昭 和38年 ,51頁 。 4)同 上,51‑52頁 。

5)こ の標 準 船 型 の 占 め る建 造 割 合 は,臨 時船 舶 管 理 法 制 定 の時 点(昭 和14年9 月)で,全 国 造 船 所 の手 持 ち工 事 隻 数 の う ちお よ そ3分 の1を 占 め て い た が ,

戦時期 日本造船業の生産披術に関する一考察85

(4)

標 準 船 型 は,船 舶 改 善 協 会 が 中心 とな って昭 和14年4月 に選 定 した もの で あ るが,後 述 す る とお り,こ れ ら船 型 は戦 時標 準 船(第1次)の 原型 とな っ た。

一一方,海 運 業 へ の政 府 統 制 は,昭 和12年(1937)9月 に制 定 発 布,翌10月 に実施 され た臨 時 船舶 管 理 法 に よっ て,お も に海 外 へ の船 舶 売 却 を規 制 す る

こ と(事 前 許 可 制)か ら開 始 され た。 しか し,太 平 洋 戦 争 直 前 に い た る まで は,運 賃 や用 船 料 な どに関 して海 運 業 者 に よ る 自治 的 な統 制 とそ の た めの機 関 で あ る海 運 自治 統 制 委 員会(昭 和13年4月 結 成)に 委 ね られ る部 分 が 多 か

7) った 。

この よ うな,造 船,海 運 に対 す る比 較 的 緩 や か な統 制 体 制 が 一 変 す るの は, 太 平 洋 戦 争 を まちか に ひ か えて開 か れ た昭 和16年8月19日 の 閣議 にお け る, 戦 時 海 運 管 理 要 綱 の決 定 で あ っ た。 同 要綱 で は,戦 時海 上 輸 送 を完 遂 す るた

め に,船 舶 と船 員 の徴 用 をお こない,ま た主 要 造船 施 設 の 管理 と船 舶 の建 造 計 画 を国 が お こな う こ とを,つ ま り一 言 で い っ て海 運 造 船 の一 元 的 な国 家 管

S)

理 をお こな う こ とを決 定 した。 この要 綱 に も とづ き,具 体 的 な法 的 整 備 の準

管 理 法 制 定 以 降 そ の比 率 は さ らに増 して い っ た とい う。 小野 塚 一一郎 『戦 時造 船 史 』 日本 海 事 振 興 会,昭 和37年,10頁 。

6)船 舶 運 営 会 『船 舶 運 営会 会 史 』(前 編)上,昭 和22年}2‑3頁 。

7)と は い え,海 運 へ の統制 が 強 化 され な か っ た わ けで は もち ろん な い。 と くに 日中戦 争 の長 期 化 と戦 線 の拡 大 と と もに,昭 和15年11月 に は,政 府 の輸 送 計 画 に も とつ く指 定 物 資 の運 搬 を専 門 に担 当 す る運 航 業 者 の組 合 として,海 運 中央 統 制 輸 送 組 合 が 海 運 統 制 委 員会(昭 和15年5月 に海 運 自治統 制 委 員 会 を改称)

か ら分 離 して結 戊 され た。 これ 以 降y政 府 指 定 の物 資 は,管 船 局 の 指示 の も と に同組 合が 公 定 運貨 で 運 搬 す る よ うに な っ た。その た め に,[荷 主 は従 来 の如 く 運航 業 者 と直 接 契 約 は不 可能 とな り尚指 定 物 資 以 外 の… 般 物 資 の輸 送 に付 て も 組 合 と荷 セとの直 接 契 約 は禁ll・せ られ 契 約 は本 組 合 の審 査 を必 要 とす るに 至 っ た 」。 船 舶 運 営 会,前 掲 書,(前 編)L,28頁 。

8)郵 政 省 編,前 掲 書,1314頁ti 86111際 糸ti一営論集No31992

(5)

備 が 進 め られ たが,海 運 に関 して は,昭 和17年3月25日 制 定 公布 され た戦 時 海 運 管理 令,同 施 行 規 則 が 国 家 管 理 の骨 格 を形成 した。 この法 令 に よ って , 国家 使 用 船 の運 営 は特殊 法 人 と して設 立 され る船 舶 運 営 会 が あ た り,海 運 業 者 は所 有 船 舶 の貸 船 料(用 船 料)を 運 営 会 か ら支 給 され る こ とに な っ た。 い わ ば運航 業 者 が す べ て貸 船 業者 へ と業 態 転 換 す る こ とに な っ たの で 瀦 。

他 方,造 船 に関 して は,17年(1942)5月15日 に改 正 が な され た海 運 統 制 令 第7条 に よ っ て,市 場 機 構 的 な調 整 にか え て政 府 の一 元 的 な管 理 に よ る計 画 造 船 とす る こ とが定 め られ た。 す な わ ち3

「逓信大 臣 は海運 関係業者 に対 し規格 を指定 して船舶等 の製造 を命 じ若 は範囲 を指定 して船舶等 の修繕 を命 じ,指 定 したる規格若 は範 囲以外 の 船舶 等 の製造 若 は修繕…を制限 し若 は禁止 し又 は船舶 等 の製造若 は修繕 に 付順位 の変更其 の他必 要 なる事項 を命 ず るこ とを得 」1(})

逓 信 大 臣 が 主 務 大 臣 と して 「海 運 関 係 業 者 に 対 し規 格 を指 定 して 船 舶 等 の 製 造 を 命 じ 」 る た め に は,規 格 そ の もの を あ らか じ め 定 め な け れ ば な ら な い 。

い わ ゆ る戦 時 標 準 船 の 建 造 計 画 に つ い て は,こ の 海 運 統 制 令 の 改 正 以 前 に, す で に 具 体 的 な 決 定 を み て い た 。 す な わ ち,昭 和17年1月 の 閣 議 に お い て, 前 年12月 に設 立 され た産 業 設 備 営 団 を発 注 機 関 と し て 標 準 船 の 注 文 な ら び に 生 産 施 設 の 必 要 な 拡 充 を お こ な う こ とが 決 定 され,17年5月12口 に は そ の 細

9)「 船 舶 運 営 会 に於 て は自 ら被 使 用 船 舶 其 の他 の 船 舶 を借 り入 れ其 の使 用権 を 総 て取 得 して之 を運 航 す る の で あ っ て従 来 の運 航 業 者 は 自 ら運 航 船 舶 を保 有 せ ざ る結 果 単 に船 舶 所 有 者の 地 位 を保 有 す るに過 ぎ ざ る事 とな っ た」。 船 舶 運 営 会,前 掲 書,(前 編)L,9394頁 。 な お,戦 損 や 海 上 事 故 そ の 他 に よ る 損 失 な どが 発 生 し た場 合 は,船 舶 所 有 者 に対 して国 が 損 失 の補 償 をお こな う こ とに な っ た。

1の 小 野 塚,前 掲=誹,23頁 、,

戦時 期 目本造 船 業 の 生 産 技 術 に 関 す る一考 察87

(6)

11)

目が 閣議 決 定 され た。 そ の主 な骨 子 はつ ぎの とお りで あ る。

① 標 準船 建 造 計 画 の主 務 大 臣 を海 軍 大 臣 として,計 画 に したが っ て産 業 設 備 営 団が 標 準 船 の発 注 を造 船 所 に対 してお こな う。

② 海 軍 大 臣 は標 準 船 の建 造 を造 船 所 に命 令 す る。

③ 標 準 船 の建 造 船 価 は原価 計 算 を基 礎 として規 準 価 格 を政 府 が決 定 す る。

④ 産 業 設備 営 団 は運 賃,用 船 料 を基 礎 と して算 出 した 政府 決 定 の採 算 船 価 を もっ て運 航 業 者 に譲 渡 す る。

⑤ 建 造 お よび譲 渡 価 格 の差 に よって 生 じ る産 業 設 備 営 団 の損 失 は政 府 が 補 償 す る。

⑥ 造 船 造 機 施 設 の新 設 拡 充 工 事 費 の うち民 間業 者 が 負担 し えな い もの は産 業 設 備 営 団 の負 担 に よっ て建 設 しy業 者 に貸 与 す る。 損 失 が 発 生 した場 合 は,政 府 が 補 償 す る。

さ きに船 舶 の運 航 にお い て船 舶 運 営 会 が 従 来 の船 会 社 に とっ て か わ った の と同 じ く,造 船 所 へ の船 舶 の建 造 注 文 も産 業 設 備 営 団 が船 会 社 に とって か わ り,し か もその 注 文船 型 は従 来 の よ うな船 主 の要 求 に応 じて一 船 ご とに設 計 を変 え る ので はな く,政 府 決 定 の戦 時 標 準 船 型 とな っ たで あ る。 それ ゆ え, 造 船 市 場 を め ぐる船 主 と造 船 会 社 との直 接 的 な受 注 関 係 は こ こに失 われ,か

わ っ て産 業 設 備 営 団 が戦 時標 準 船 を発 注 し,建 造 され た船 舶 は これ を船 舶 運

12}

営 会 が船 主 にか わ って 運航 す る とい う体 制 が あ らた に形 成 され た の で あ る。

か くして,い まや 船 舶 の建 造 は,船 腹 需 給 の市 場 的 な 関係 を離 れ,政 府 の 総 合 的 な物 動計 画 に も とつ く建 造 計 画 に よ って お こなわ れ る こ とに な っ たが,

11)以 下 の 叙 述 は,小 野 塚,前 掲 書,23‑24頁 に よ る 。

12)さ ら に 昭 和20年6月 に は,産 業 設 備 営 団 注 文 の,7月1日 以 降 竣 工 の 戦 標 船 の 監 督,受 渡 事 務 い っ さ い は,船 主 に か わ っ て 船 舶 運 営 会 が 執 行 す る こ と に な

り,こ の 方 式 は 終 戦 後 も し ば ら く継 続 し た 。 船 舶 運 営 会,前 掲 書,(前 編)下, 85‑86頁 。

88国 際 経 営 論 集No.31992

(7)

そ の建 造 計 画 の執 行 機 関 として は海 軍 省 の なか で も艦 政 本 部 が あ た る こ とに な っ た。 す な わ ち,17年5月 の さ きの閣 議 決 定 を踏 まえ て

,17年7月29日 の 勅 令 に よ り,長 さ50メ ー トル以 上 の鋼 船 の製 造 ・修 繕 に関 す る事 項 は逓 信 大 臣 か ら移 され て,海 軍 のr̲'と な っ晃.こ れ は濫 艇 と離 との工 事 謹 や 資 材 ・労 力 の調 達 の 関係 か ら,計 画 造 船 を強 力 に推 し進 め る に は,鋼 船 建 造 事 務 を逓 信 省 か ら海 軍 に移 管 す る必 要 が あ っ た ため で あ る。 これ に と もな い, 計 画造 船 の事 務 も,逓 信 省 の外 局 と して 設立 され た海務 院 か ら海 軍 の艦 政 本 部 へ 移 管 され る こ とにな っ た。艦 政 本 部 で は,「 商 船 部 長 」が 置 か れ,ま た総 務 部 に は 「商 船 班 」 が置 か れ,商 船 部 長 の命 を受 け て造 船 事 務 を管 掌 す る こ

14) と に な っ た 。

皿一2戦 時標 準 船 の 建 造 実績

上 に述 べ た よ うな経 緯 を経 て建 造 され る こ とに な っ た戦 時 標 準 船 は,ど れ ほ ど建 造 され た の で あ ろ うか 。 まず 最 初 に,第1表 で,こ の戦標 船 も含 め た, 戦 時 に お け る商 船 の建 造 推 移 を みて お こ う。

日本 の商 船建 造 高 は,第1次 大 戦 終 結 直 後 の大 正8年(1919)に はお よ そ 61万 総 トン(進 水 べ 一 ス)と,イ ギ リス,ア メ リカ につ いで 世 界 第3位 の地 位 を 占 め る まで にい た った。 しか し,そ の後建 造 高 は造 船 不 況 もあ って 低 迷 し,昭 和 期 の一 桁 台 に は20万 総 トン以 下 の建 造 高 が つ づ い た。 建 造 高 は その

13)防 衛 庁 防衛 研 修 所 戦 史 室 『海 軍 軍 戦 備<2>一 開 戦 以 後一 』 朝 雲 新 聞 社 ,昭 和50年,386‑387頁 。 なお,こ れ 以 前 に も,昭 和16年(1941)12月 の太 平 洋 戦 争 勃 発 後 の閣 議 決 定 を経 て,17年2月 の 勅 令 に よ り,鋼 船 造 船 事 務 の 一 部,つ ま

り① 船 舶 用 の 主 要 資 材 の 需 給 調 整,お よ び② 海 軍 管 理 工 場 内 に お け る艦 艇 と商 船 との工 事 調 整,と い っ た造 船 事 務 が 逓 信 大 臣 か ら海 軍 大 臣へ と移 され て い た

。 同上,384頁 。

14)同 上,388頁 。

戦時期 日本造船業の生産技術に関する 考 察89

(8)

第1表 新造船竣工実績

年 度 隻 数 総 トン数

昭 禾01688 17133(34) 18433(315)

19675(614) 2074(52)

304,252

426,42fi(90,595) 1,124,230(729,344}

1,584,710(1,543,006) 177,630(170,694}

長 さ50メ ー トル 以 上 の 鋼 船 。 昭 和20年 度 は 終 戦 ま で の 建 造 数 値 。()内 の 数 値 は 新 造 船 の 内 船 舶 運 営 会 使 用 隻 数 な ら び に 使 用 ト ン数 。

資 料:小 野 塚 一一郎 『戦 時 造 船 史 』135137頁 。 お よ び船 舶 運 営 会 『船 舶 運 営 会 会 史 』 前 編(上),237‑238頁 。

後 徐 々 に 回復 しsと くに満 州 事 変 以 降 は活 況 と もい うべ き様 相 を呈 し,太 平 洋 戦 争 直 前 に は48万3千 総 トン と,第1次 大戦 期 以 来 の高 水 準 の記 録 を達 成 した 。 しか し,第 重表 に み る よ うに,太 平 洋 戦 争 期 前 後 の,昭 和16年 度 お よ び昭 和17年 度 に,建 造 高 は落 込 ん だ。 これ は,16年 度 後 半 か ら17年 度 前 半 に か けて,戦 前 の個 別 船 主 に よ る既 契 約分 で戦 時 に入 って も建 造 の継 続 が認 め られ た船 舶(続 行 船 と称 した)の 建 造 消 化 が,割 当 て鋼 材 の不 足 もあ っ て な

エらラ

か なか 進 捗 しなか っ た こ とが お もな原 因 で あ った 。 そ の後,戦 標 船 へ の建 造 の切 換 えが進 み,ま た鋼 材 や人 員の手 当 もな され る こ とで,昭 和18年 度 に は

15)海 軍 が こ の 続 行 船 の 処 置 に 手 を や い た こ と に つ い て は,西 島 亮 二 氏 に よ る 小 野 塚,前 掲 書 へ の メ モ(12頁)を 参 照 。 西 島 氏 は 昭 和15年10月 よ り戦 時 艦 艇 関 係 準 備 の た め に 艦 政 本 部 に 勤 務,昭 和16年 末 に 閣 議 決 定 で 商 船 建 造 事 務 の 一 部 が 海 軍 に 移 行 し て(前 掲 注13)を 参 照)以 降18年3月 に 艦 政 本 部 を 去 る(呉 海 軍 n廠 造 船 部 に 転 属 す る)ま で,戦 標 船 建 造 計 画 のt務 者 で あ っ た 。 同 氏 は 小 野 塚 氏 よ り 寄 贈 を 受 け た 『戦 時 造 船 史1に 対 し て,詳 細 な コ メ ン ト を 付 し た メ モ

げ 書 き)を 同 書 に 添 付 し,戦 標 船 建 造 計 画 の 当 事 者 と し て の 意 見 を 披iさ れ て い る,,以 卜,西 島 メ モ(Xャ')と し て こ れ を 引 用 す る 。 な お,()に 記 入 し た 頁 数 は 小 野 塚 氏 の 一菩 作 の 頁 数 で,そ こ に 添 付 さ れ た メ モ を 示 す も の ピ4る 。 90国 際 経 営 論r、:V().31992

(9)

112万4千 総 ト ン と,は じ め て100万 トン の 大 台 を超 え

,19年 度 に は さ ら に150 万 総 トン と,過 去 の 建 造 高 ピー ク の お よ そ2 、5倍の 建 造 高 を 記 録 し た 。 こ の 間,第1表 に み る とお り,新 建 造 の う ち 船 舶 運 営 会 に 回 さ れ る 船 腹 も増 加 し た 。 す な わ ち,17年 度 に は軍 用 徴 用 船 が 多 数 を 占 め た た め

,運 営 会 使 用 船 腹 は船 腹 量 で 新 造 船 の2割 程 度 で あ っ た が,物 動 輸 送 の 逼 迫 と と もに 使 用 船 腹 は増 大 し,18,19両 年 度 に は そ れ ぞ れ 新 造 船 の65パ ー セ ン トと97パ ー セ ン ト

16)

に達 した。 そ の後,昭 和20年 度(終 戦 まで の期 間)に は,16万 トン余 りへ と 急落 す るが,こ れ は設 計 の頻 繁 な変 更,造 船 施 設 の 破壊 な どに加 え,材 料y 人 員 の極 度 の不 足 に よる もので あ っ た。 以 上 述 べ た建 造 高 の 推 移 か ら も明 ら か な よ うに,戦 時 の,と くに18年 度 か ら19年 度 の2力 年 間 の建 造 高 は

,そ れ まで の 日本 の造 船 業 に あ って は群 を抜 く記 録 的 な もので あ り,戦 後 に な って この水 準 を超 え るの は第1次 輸 出船 ブ ー ム を迎 えた昭 和31年(1956)の こ と で あ っ た。

それ で は,戦 時 中,ど の タ イ プの戦 標 船 が どれ ほ ど建 造 され た の で あ ろ う か 。 第2表 は,戦 標 船 の竣 工 実績 を示 した もの で あ るが,対 象 を貨 物 船 と油 槽 船 に限 って お り,軍 用特 殊 船 や 漁 船 な ど は除 外 して あ る。 こ こで,あ らか じめ戦 標 船 に関 す る略 記 号 を簡 単 に説 明 してお こ う。 戦 標 船 は4次 にわ た っ て船 型 の 設計 が お こな われ,そ れ ぞ れ を区別 す る た め に第1次 か ら は じ ま っ て第4次 に いた る次 数 の区分 が な され た(た だ し,第4次 戦 標 船 は計 画 され た だ け で,終 戦 まで に竣 工 した船 舶 は な い)。 船 型 の 数 は次 数 に よ り異 な る が,ア ル フ ァベ ッ ト1文 字 でAか らFま で の 記 号 は貨 物 船 を表 わ し

,船 型 の 大 きさ順(大 一ナ小)と な っ て い る。 また,Kは 鉱 石 船,Tは 油 槽 船 を意 味 し, 後 者 の油 槽 船 の大 きさ はL,M,Sに よっ て 区分 け され,TL ,TM,TS

の 降順 とな っ て い る。 さ らに,戦 標 船 に搭 載 され た機 関 は種 類 が統 …され て お らず,主 機 を 区分 す る必 要 が あ る場 合 に応 じて機 関 記 号 が 添 字 として付 け

16)船 舶 運 営 会,前 掲 書,(前 編) .ヒ,234頁

戦 時 期 日 本 造 船 業 の ノ1産技 術 に 膜掬 る ・考察91

(10)

第2表 戦 時 標 準 船 建 造 実績(竣 工 べ 一 ス)

船型 G/T就 航 区域 隻数 建造高%

第 一次戦標船 1A

lB lC lD lE lF lK lTL lTM lTS

6,400 4,500 2,700 1,900 830 490 5,300 10,000 5,200 1,010

第二次戦標船

2A 2D 2E 2TL 2TM 2ET

6,600 2,300 870 10,000

Z,sSo X70

第三次戦標船

3D 3TL 3TA*

3,000 10,200 7,100

小遠遠近近近近近遠遠近小遠近近遠遠近小近遠遠 慨9怖忽22B別2︒畑茄5初皿別鵬器討燭5‑31

計洋洋海海海海海洋洋海計洋海海洋洋海計海洋洋

720,53027.6 57,6002.2 72,0002.s 91,8003.5 41,8001.6 10,7900.4 10,2900.4 106,0004.1 190,000r.3 135,2005.2 5,0500.2 1,850,68070.9

798,60030.6 193,2007.4 364,53014.0

280,00010.7 96,9003.7

×17,4504.5 40,7001.5 3,0000.1 30,fiOO1.2

7,1000.3

合 計 1,0112,611,910100.0

*A型 貨 物 船 を 油 槽 船 に 切 り換 え 。

資 料1小 野 塚,前 掲 書,139141頁 よ り作 成 。

ら れ た 。Tは タ ー ビ ン,Dは デ ィー ゼ ル,RSは 蒸 気 往 復 動 機 関 を そ れ ぞ れ 表 わ した 。

上 掲 の 第2表 か ら 明 ら か な よ う に,戦 標 船(貨 物 船 と油 槽 船)は 全 体 で1,011 隻,お よ そ260万 総 トン あ ま り建 造 さ れ た が,こ れ は 太 平 洋 戦 争 期 間 中 の 長 さ 50メ ー トル 以 上 の 鋼 船 の 竣 工 高 の合 計 で あ る,約337万 総 トンの4分 の3以 上 に相 当 す る。 そ の う ち第2次 戦 標 船 が 全 体 の7割 を 占 め,戦 標 船 の 中 心 的 な

92国 際経営論集Nv.31992

(11)

船 型 で あ っ た こ とが わ か る。 と りわ け,総 トン数 で は遠 洋 貨 物 船 の2Aが, また隻 数 で は近 海 航 路 用 の貨 物 船2Eと 油 槽 船2TEが 大 量 建 造 され た

。 そ の他 の戦標 船 型 で は第1次 戦 標 船 が全 体 の3割 近 くを占 め た が

a第3次 戦 標 舳 こい た って は ご く僅 か の船 鋤 母建 造 され た に す ぎな い.な お 樋 別 砕こみ る

と,乾 貨 貨 物 船 は戦 標 船 建 造 高 の3分 の2 ,残 りは油 槽 船 に よ って 占 め られ た。 さ らに航 行 区域 別 の 船型 で み る と,遠 洋 向 け は隻 数 で は25パ ー セ ン トで しか な か った が,総 トン数 で は64パ ー セ ン ト近 くを 占 め て い た

。 こ の よ うに戦 時 に入 っ て短 期 間 の うち に大 量 建 造 され た戦 標 船 で あ

った が, そ の よ うな量 産 が可 能 とな っ たの に は,大 き くわ けてa4つ ほ どの要 因 が 挙 げ られ よ う。第 一 は造 船 施 設 の拡 充 ,第 二 は船 型 の規 格 化(簡 易 化),第 三 は 量 産 に適 し た工 作 法 の開拓,そ して第 四 は建 造 に関 す る技 術 交 流 で あ る

。 以 下,そ れ ぞれ の要 因 につ い て,史 実 を踏 まえ なが ら検 討 して い こ う

皿 量 産 化 の 要 因

皿一1造 船 施 設 の 拡 充

戦 時 中 にお け る民 間 造 船 所 の拡 張 お よ び新 設 の経 緯 に つ い て は,商 船 建 造 計 画 を担 当 した艦 政 本 部 の関 係 者 の記 述 内容 が異 な る た め に

,正 確 な フ ォ ロ ー は む つか しい

。 た だ しs各 造 船 所 の拡 張 と新 設 の結 果 につ い て は,そ の評 価 と も ど も内容 が 一一致 して い る。 した が って,以 下 の記述 も,施 設 拡 充 の経 緯 に つ い て は関 係 者 の記 述 が齪 館 を きた さな い事 項 に限 って 言 及 し

,そ の結 果 に関 す る関 係 者 の評 価 を紹 介 す る,と い う こ とに と どめ た い。

対 米 開 戦 を決 意 す る に あ た り,海 軍 省 軍 務 局 が戦 争 遂 行 に必 要 な商 船 建 造 高 と して要 望 した の は,開 戦 初 年 度 が40万,第2年 度 が60万 ,第3年 度 が80 万 各 総 トンで あ っ た。 軍務 局 は,日 本 の建 造 能 力 で この建 造 高 を達 成 す る こ

とが 可 能 か ど うか を艦 政 本 部 に極 秘 に諮 問 したが,同 本 部 で は,艦 艇 へ の建 造 能 力 の振 り分 け を現 状 の ま ま3分 の1程 度 に と どめれ ば可 能 とい う回答 を

戦時期日本造船業の生産技術に関する一考察93

(12)

第3表 造 船 所 の拡 充 計画(昭 和18年 度)

対象造船所 船 型 年 産

拡 張 経 費1千 万 円 か ら2千 万 円:

石 川島重工 業

浦賀船渠浦賀工場川間分工場 日本鋼管鶴見

名古屋造船 日立造船桜島 播磨造船所 三井造船玉野

日立造船 因島 三菱重 工業 長崎

B18隻 2TM18隻

A18隻 A8隻 ま た はD24隻

2TM24隻 A12隻 ま た は2TL12隻

A24隻 A18隻 2TL24隻

拡 張 経 費5百 万 円 か ら1千 万 円=

日本鋼管浅野船渠 名村造船

佐野安船渠 浪速船渠 大阪造船

日立造船向島

D 尼崎船渠尼崎

日本海船渠 占部造船 田熊 波止浜 船渠 笠戸船渠 川南工業浦崎

8〜12隻

資 料=牧 野 ・福 井 編 『海 軍 造 船 技 術 概 要 』 下 巻,1568‑1569 頁 。

与 え裂.艦 政本部 で は,徽 への建造能力増 大が必要 な場合 には輝 工廠 の 拡 張 に よ って対 処 し,当 面 要 望 され る商船 建 造 高 に は造 船 工 事 の簡 易 化 と既 設 造 船 所 の拡 充 を もっ て あ た り,造 船 所 の新 設 は戦 後 経 営 の観 点 か らこれ を 極 力 避 け る方 針 で あ った。 そ して この艦 政 本部 の方 針 は,少 な くと も昭 和17 年 度 の終 わ り(昭 和18年3月)ま で は堅 持 され た よ うで あ る。 同年 度 中 に計

画 され,翌 年 度 以 降 継 続 とな った既 設 造 船 所 の拡 充 につ い て一 覧 す れ ば,第

工7)西 島 メ モ(240頁)。 以 下 断 り の な い か ぎ り,同 頁 の メ モ に よ る 。 94国 際 経 営 論 集No.31992

(13)

3表 の とお りで あ る。建 造 施 設 の拡 張 の対 象 とな っ た造 船 所 は大 手 あ るい は 中規 模 の造 船 所 で あ り,「 中流 」以 下 の小 規 模 造 船 所 の拡 張 は この後 もい

っ さ い お こなわ れ なか っ た。

しか しな が ら,造 船 所 の新 設 を抑 え る とい う方針 は戦 局 の 推 移 に よ

っ て大 き く転 換 され る こ とに な っ た。 と くに昭和17年6月 の ミッ ドウ ェー海 戦 で制 海 権 を失 っ て か ら商 船 の喪 失 が 急 増 し,同 年10月 以 降 は月 々10万 総 トンの喪 糧 を超 え るのが 常 態 とな っ兇.こ の船 舶 喪 失 量 の急 増 を受 けて

,昭 和18年 3月 に は建 造 計 画 も大 幅 に上 方 修 正 され,建 造 目標 は昭 和18年 度 は120万 総 ト ン・ さ らに19年 度 は18・万 総 トン とな っ裂.艦 政 本 部 は,こ の建 造 目標 翻 こ は造 船 所 の 新 設 が 不 可 欠 と判 断 し,結 果 的 に は,二 つ に類 別 で き る造 船 所 群 の新 設 に関 係 す る こ とに な っ た。 そ の うち の一 つ は,昭 和17年12月 に決 定 さ れ た,改E型 船 の専 用 工 場 の建 設 で あ っ た。簡 易 造 船 所 と呼 ば れ る こ とに な る これ ら工 場 に は,最 初 の計 画段 階 で つ ぎの三 つ カ§選 定 さ瀧

18)船 舶運 営 会,前 掲 書,(前 編)上 ,248頁 。 ち なみ に,開 戦 以 降 昭 和17年9月 まで の,海 難 を含 め た貨 客 船 の喪 失 量 は,月 平 均 お よ そ5万5千 総 トンで あ っ た。

19)牧 野 茂 ・福 井 静 夫 編 『海 軍 造 船 技 術 概 要 』(下)

,今 日の話 題 社,昭 和62年, 1568頁 。

2⑪)西 島 メ モ(248,476頁)お よ び牧 野 ・福 井編

,前 掲 書(下),1565頁 。 播磨, 三 菱 と並 ん で,川 南 工 業 が 選 ばれ た の は,同 社 の社長 で あ る川 南 豊 作 氏 が改E 型 船 の建 造 計 画 の 発 案 者 で あ っ た こ とに よ る。 な お,改E型 船 専 用 工 場 と して

は,こ の ほか に東 京 造 船 所 が あ り,そ の技 術 指 導 に は石 川 島 重工 業 が あ た る こ と に な っ た。 しか し,こ の 東 京 造 船 所 は も と も と は

,海 務 院 が 特 殊 油 槽 船 の建 造 の た め に建 設 して い た造 船所 で,後 に改E型 船 の専 用 工 場 に追加 され た もの で あ り,最 初 の計 画 に は含 まれ て はい なか っ た とい う。 西 島 メ モ(468,470頁) お よび石 川 島 重工 業 『石 川 島 重 工 業 株 式 会 社108年 史 』 昭 和36年

,465‑466頁 。 戦時期 目本造船業の生産技術に関する…考察95

(14)

新 設 造 船 所 年産 目標 経 営 主体 播磨 造 船 松 の浦100隻 播 磨 造 船 所 三 菱 重 工 業 若 松100隻 三 菱 重 工 業

川 南 工業 深 堀100隻 川 南 工 業

も う一 方 の造 船 所 の新 設 は,上 記 の簡 易 造船 所 よ りは大 規 模 な もの で,工 場 施 設,立 地 と もに恒 久 的 な造 船 所 へ の転 換 を はか れ る よ う に計 画 され た。

た だ し,造 機 工場 は下 記 の 日立 神 奈 川 の造 缶 工場 以 外 はさ しあ た り並 置 され る予 定 はな か った。 具 体 的 な造 船 所 名 とそ の建 造 目標 とを掲 げ れ ば,つ ぎの

21)

と お り で あ る 。

造船所

日立造船神 奈川 三菱重工広 島 浦賀船 渠四 日市 三井造船安芸津 川南工業香焼 島

A型 貨 物 船 年 間 目 標 36隻,22万 総 ト ン

36隻,22万 〃

24隻,14万 〃

24隻,14万 〃

36隻,22万 〃

この よ うな造 船 工場 の拡 張 や 新 設 の効 果 は ど うで あ っ たの で あ ろ うか。 ま ず,既 設 造 船 所 に つ い て は,そ の 「能 力 ハ,量 産 二 適 スル 如 ク拡 充 セバ,嘗

テ考 エ ラ レ タ ヨ リ遙 カニ 大 キ ナ造 船能 力 ガ得 ラ レ」た た め・ 「造q22)ガ 耀 従 来 ノ2倍 以 上 二 飛 躍 シ タ」 とい うほ どの成 功 を収 め る こ とが で きた 。 ま た,

改E型 船 の簡 易 造 船 所 につ い て も,工 場 施 設 の簡 素 な こ とお よび後 に触 れ る 工 法 上 の 革新 に よ り,「 兎 二 角 量産 二成 功 シ,造 船 作 業 ニ ー ツ ノ 『エ ポ ッ ク』

ヲ画 シ タ」 と評 価 され て い署 。 これ に対 して,大 規模 な造 船 所 の轍 計 画 は 所 期 の 目 的 を達 成 す る こ とが で き な か っ た 。 は や く も昭 和18年 末 に は,原 材

21)牧 ・福 井 編,前 掲 書(下),1567頁 22)同 上,1568,1570頁

23)同 上,1590頁 96国 際 経 営 論 集No・31992

(15)

料 供 給 の制 約 か ら,計 画 そ の もの が大 幅 に縮 小 され るに い た った。 す なわ ち, 三 菱 広 島 お よび 日立 神 奈 川 の新 設 工 場 は施 設 規 模 を半 減 して,操 業 の早 期 実 現 を 目指 す こ とにな った。 ま た,浦 賀 四 日市,三 井 安 芸 津 に つ い て は規 模 を

4分 の1に 縮 小 し,同 じ く早 期 操 業 を 目指 した。 さ らに,川 南香 焼 島第3ビ ル ト腱 造 が 中 止 畝 第2ビ ル トまで とい う こ とに な っ契.し か しなが ら, この よ うに当初 規 模 を大 幅 に縮 小 しな が ら も,完 成 は大 き く遅 れ,こ の結 果 大 型 新 造 船 所 が戦 時 中 に その 能 力 を充 分 に発 揮 す る こ とは ほ とん どなか っ た。

す なわ ち,「 三 菱 広 島,日 立 神 奈 川 ノ如 キ,第 四 部 関 係 拡 充 資 材 ノ半 二 近 イ モ ノ ヲ投 入 シ ナ ガ ラ,終 戦 迄 二完 成 シ タ船 ハ ,A型 船10隻 二満 タズ,其 他 川南 第 三 『ビル ト』,浦 賀 四 日市,三 井 造 船 安 芸 津,長 府 船 渠,日 本 鋼 管 清 水 等 モ,何 レモ戦 力 化 セ ザ ル カ,或 ハ 戦 力 イヒス ル コ 瞳 少 デ ア ッ勤 。

か くして,大 規 模 な造 船 所 の新 設計 画 は,当 時 の資 材 の供 給 力 な らび に土 木 技 術 の水 準 で は,短 期 間 で達 成 す る こ とは困 難 で あ り,計 画 は失敗 し た と

い え る。 それ に対 して,建 造 能 力 として 実 際 に役 立 っ た の はs既 存 の大 手 な らび に 中規 模 造 船 所 の拡 充 と,改E型 船 専 用 に造 られ た簡 易 造 船 所 で あ った。 それ ゆ え,戦 時 標 準 船 の 多量 建 造 は既 存 の産 業 構 造 や立 地 を大 き く変 え る こ とな く遂 行 され た とい え るがi次 節 で は それ を可 能 とした 要 因 の一 つ と考 え られ る船 型 の規 格 化 に つ い て み て み よ う。

皿一2船 型 の標 準 化 と簡 易 化

組 立 産 業 に お け る大 量 生 産 の歴 史 を顧 み る と,量 産 シス テム の確 立 の た め に は,生 産 種 類 を限 定 す る と と もにy部 品 を規格 化 して製 品 の標 準 化 を は か り,ま た設 計 を で き る限 り簡 素 化 す る こ とが 必 要 で あ っ た。 戦 時 造 船 にお け

24)同 上,1582頁 。

25)同 上,1590頁 。 な お,造 船 施 設 の 拡 充 に 費 や さ れ た 経 費 は 約10億 円 で

,使 用 さ れ た 鋼 材 は7万 ト ン に 及 ん だ 。

戦時 期 日本造 船 業 の 生産 技 術 に 関 す る一一 察97

(16)

る多 量 生 産 は,標 準 型 船 の設 計 とそ の簡 易化 とい う形 を とった。 こ こで い う 標 準 船 と は,船 体,機 関,蟻 装 品 な どの形 状 や構 造 を規 格 化 し,同 一 資材 や 部 品 を使 用 す る よ う設 計 され た船 舶 で あ り,工 期 の短 縮,工 費 の低 廉 を もた らす とい う意 図 か ら発 想 され た もの で あ る。 そ の起 源 は,お そ ら く第.̲̲.次大 戦 中 の米 英 政 府 が建 造 した戦 時 標 準 船 に求 め られ よ う。 日本 で もそ の よ うな 標 準 船 を建 造 し よ う とす る最 初 の試 み は,第 一 次 大 戦 末 期 の大 正7年(1918)

3月 に な され,こ の時 政 府 は標 準 船 型 調 査 委 員会 を設 置 し,標 準 船 型 の大 綱

26)

を決 定 した。 しか しな が らy休 戦 の た め に この大 綱 は具 体 化 す るに はい た ら ず,標 準 船 は仕 入 船(ス トッ クボ ー ト)と い うか た ち で,川 崎 造 船 所 や大 阪 鉄 工 所 な ど民 間造 船 所 に よっ て建 造 され る こ とにな った。 標 準 船 建 造 の つ ぎ

の 高 ま りは,昭 和 期 に入 っ て か らで あ る。 日本 商 船 隊 の船 質 改善 を 目的 と し た政 府 の助 成 策 で あ る船 舶 改 善 助 成 施 設 が成 功 した の を うけて,そ の助 成 策 の運 営 に あ た って い た船 舶 改善 協 会 は,昭 和11年(1936)6月,標 準 船 型 の

 の

選 定 を とお した不 定 期 船 の船 質 改 善 を呼 び か けた。 これが きっ か け とな っ て, 逓 信 省,陸 海 軍,船 主協 会,造 船 協 会,大 学 な ど産 学 官一 体 とな った標 準 船 型 の 選 定 作 業 が な され,昭 和14年(1939)4月,逓 信 省 で 開 か れ た標 準 船型 選 定 協

28)

議 会 で 貨 物 船6種 類 の標 準 船 型(A〜F)が 満場 一 致 で 承認 採 択 され た。

この よ うに して採 択 され た標 準船 型 は,そ の選 定 の時 期 か ら して も,戦 時 の標 準 船 へ と移 行 しや す か っ た こ と はい う まで もな い。 事 実,昭 和16年10月 頃 よ り計 画造 船 の企 画,し たが っ て戦 時 標 準 船 の選 定 作 業 にあ た っ た海 務 院

も,こ の船 舶 改 善 協 会 の標 準 船 をべ 一 ス に,必 要 な設 計 変 更 を くわ え た上 で

26)山 縣 昌夫 『戦 争 と造 船 』 鶴 書 房,昭 和18年,85頁 。

27)船 舶 改 善 協会 『船 舶 改 善 協 会 事 業 史 』 昭和18年,317‑318頁 。

28)同 上,347頁 。な お,こ れ らの標 準 船 は,助 成 施 設 で 建 造 され た高 速 優 秀 船 と 比 べ て低 速(10〜13ノ ッ ト)で あ っ たが,第 一 次 大 戦 期 の米 英 の標 準 船 が 戦 後 採 算 的 に問題 が あ っ た事 実 を踏 まえ て,運 航 採 算 上 は経 済 船 で あ る こ とを条件

に設 計 され て い た。

98国 際経営論集No.31992

(17)

第4表 第1次 戦 時標 準船 の要 目

船種 貨 物 船 鉱石船 油 槽 船

船 型 一主機 別 呼 称

ABCDEFKTL'TMTS

AR5BICxsDRsEDFI〕KRsTLrTMrTS

BS

総 トン 数6,400 積j載 トン 数9,300 航 海 速 力(節)10。5 航 続 距 離(浬)7,000 設 計 担 当 所 川 南

4,5002,7401,900834x,305 ,34410,4(}05,2001,414

7,1004,3002,$001,2707[)07,90014 ,50(}7,0001,250

11.5111010101015 .(111.51Q

7,5004,0003,5007,0004,0008,70010 ,0007,0{)03,700

鋼 管 鶴 見 三光 大 阪 三 菱 下関 三 菱 神 戸 三 菱 横 浜

資 料:牧 野 ・福 井 編,前 掲 書(下),X474頁

あ らた め て(第1次)戦 時標 準 船 と して選 定 す る作 業 に入 り,建 造 担 当 の 民 間 造 船 所 に設 計 変 更 を割 り振 っ た。 か くして,船 舶 改 善 協 会 の貨 物 船 に関 す る標 準 船 型Aか らFは 戦 標 船 のAか らFと な り,こ れ に続 行 船 と して民 間 造 船 所 で建 造 され て い た鉱 石 船 と油 槽 船 の な か か らそれ ぞ れ1種 類 と3種 類 が 髄 選択 され識 標船 のK型 お よびT型 となったのであ碧.第1次 鞘 騨 船 の主 要 な 要 目 を,そ の設 計 担 当 造船 所 と と もに一 覧 す れ ば,第4表 の とお

りで あ る。

この よ うな選 定 経 緯 か ら第1次 戦 標 船 は平 時戦 標 船 の た ん な る焼 き直 し に す ぎな い と もみ られ る側 面 が あ っ た。 ち な み に,計 画造 船 の 遂行 主体 とな る 海 軍 の艦 政 本 部 第4部 に所 属 した一 造 船 技 官 の手 記 に よれ ば,こ の第1次 戦 標 船 選 定 に関 連 して,そ の設 計 を担 当 した一 部 造 船 所 に つ い て つ ぎの よ うな 評 価 が 下 され て い る。す なわ ち,「 第 一 次 戦 標 船ARS型 ハf差 当 リ川 南 香 焼 ダ ケ デ建 造 スル コ トニ ナ ッテ ヰ テ,同 社 ハ 其 ノ設 計 担 当 ヲ依頼 サ レ タガ,新 規 設 計 ノ能 力 ナ ク,従 来 同 社建 造 ノ改 善 協 会A型 標 準 船 ノ図 面 ヲ複 写 シ タ程 度

Boa

二 止 マ ッ タ 」。 あ る い は ま た,「E,F型 ハ 弱 体 造 船 所 ガ 設 計 ヲ担 当 シ タ カ ラ, 特 二簡 易 化 等 改 正 ヲ企 図 セ ラ レ ナ カ ッ タ 。 … …TS型 ハ 弱 体 造 船 所 ノ設 計 デ

29)小 野 塚,前 掲 書,114‑111頁

30)牧 ・福 井 編,前 掲 書(下),1457頁

戦 時 期 日本 造 船 業 の 生 産 技 術 に 関 す るm.察gg

(18)

31}

ア ル カ ラ,従 来 通 リノ設 計 ヲ踏 襲 シタ ニ過 ギ ナ イ 」。か くして,こ の艦 政 本 部 関 係 者 の手 記 に よれ ば,「 第一 次 戦標 船 ハ,簡 易化 及 資材 節 約 二 関 スル海 務 院 当局 ノ方 針 ガ不 徹 底 デ,… … 結 果 二於 テハ 単 二種 類 ヲ10種 二 限 ッタ他,得 ル

32)

所 ハ 無 カ ッタ」 と まで 酷評 され て い る。

しか しなが ら,こ の艦 政 本 部 関 係 者 の評 価 の とお り第1次 戦 標 船 は平 時 標 準 船 とな ん らの違 い もな く,た ん な る焼 き直 しで あ った,と い うわ けで は な く,両 者 の 問 に は非 常 に大 きな違 い が あ っ た。 それ は平 時標 準船 が そ の使 用 す る資 材 や部 品 の規 格 を定 め て設 計 され た ので はな か っ た の に対 して,第1

33)

次 戦 標 船 は資 材,部 品 の制 式 化 を前 提 に詳 細 設 計 が な され た こ とで あ る。 つ ま り,さ きの船 舶 改 善 協 会 が率 先 して選 定 し た標 準 船 は,そ の船 型,主 要寸 法,主 要 性 能 に つ い て の骨 格 を定 めた だ けで,使 用 され る資 材 や部 品 につ い て は規 格 化 され て い な か った。 したが って,建 造 の さ い に まち まち の資 材, 部 品 が設 計 製造 され た た め に,標 準 船 と はい い なが ら,船 主 や 造 船 所 が 異 な れ ば それ ぞれ 詳細 に お い て異 な る船舶 が 建 造 され た の で あ る。 これ に対 して 第1次 戦 標 船 は,艦 艇 の建 造 の さい に海 軍 で採 用 され て い た資 材,部 品 の制 式 を は じめ て商 船 に適 用 して設 計 が され た。 この ため,ど の造 船 所 で建 造 し

て も同0規 格 の船 舶 が竣 工 す る こ とに な った ので あ る。 したが っ て,量 産 化 の第1歩 は,平 時 の標 準 船 の採 用 とい う よ りも,第1次 戦標 船 の設計 に あ っ た とい え よ う。 しか もy艦 政 本 部 は戦標 船 の生 産 割 り当 て の さい に種 類 を限

34)

定 し,同 一 船 種 の多 量 建 造 をお こな え る よ う に配 慮 した。 か くして,同 一 規 格 の船 型 を専 門 に建 造 す る とい う量 産 体 制 の基 礎 は,戦 時 標 準 船 の選 定 に あ っ た とい え るの で あ る。

31)同 上,1445‑46頁 32)同 上,1446頁 33)西 島 メ モ(12頁)。

34)牧 ・福 井 編,前 掲 書(ド),1593頁 loo国 際 経 営 論 集No.31992

(19)

さ ら に,第1次 戦 標 船 と平 時標 準 船 との間 に はa船 型 の簡 易 化 に つ い て も 違 いが み られ た。 た とえ ば,B型 船 の設 計 を担 当 した浦 賀 船 渠 の 当 時 の関 係 者 に よれ ば,「 船 体 構造 の新 規 と,鋏 鋲 の新 配 列 法 と,電 気 熔 接 の 高度 利 用 と に よ って,鋼 材 は1隻 に付350聴 を減 じ… …,船 体 の縦 強 力 は平 時 標 準 船 に比 べ17%を 増 して 」 い た とい う。 しか しな が ら,こ の よ うな簡 易 化 は設 計 を担35}

当 した造 船 所 の能 力 に よ って まち まち で あ り,そ の意 味 で は さ きの艦 政 本 部 の一 関 係 者 の 回顧 に もあ る よ うに,第1次 戦 標 船 の選 定 時 に は思 い切 っ た船 型 の 簡 易化 は全 体 的 に は達 成 され て はい な か っ た とい え よ う。 船 型 の簡 易 化 へ の動 きは,昭 和17年(1942)7月 ,勅 令 に よ り造 船 事 務 が 海務 院 か ら海 軍 へ と大 幅 に移 管 され,艦 政 本部 が 計 画 造 船 の名 実 と もに実行 機 関 とな っ て以 降,急 ピ ッチ で進 ん だ。 その過 程 は,第1次 戦 標 船 の簡 易 化 を経 て,戦 標 船 の 再 設 計,つ ま り第2次 戦 標 船 の選 定 とい う経 緯 を た どっ た。 以 下 ,そ の 主 な簡 易 化 の 経 過 と要 点 を簡 単 に ま とめ て お こ う。

昭 和17年8月,艦 政 本 部 は造 船 統 制 会 に組 織 され た技 術 委 員 会 との連 係 の 下 に,第1次 戦 標 船 の 簡 易 化 に着 手 した。 船 体 部 に関 す る そ の要 点 は,① 舷 弧 を直 線 型 とす る,② 梁 矢 を廃 止 す る,③ 前 後 部 の水 線 上 肋 骨 を直 線 とす る,

36)

な どで あ っ た。 つ ま り,水 は け を考 慮 して複 雑 な 曲面 を もって い た鋼 板 部 分 や,水 の抵 抗 と は直 接 関 わ らな い部 分 を直 線 型 とす る こ とに よっ て,鋼 材 の 曲 げ工 程 を省 略 しよ う とい う簡 略 化 の 方法 が と られ た ので あ っ た。 さ ら に, 17年 末 に は第1次 戦 標 船 に関 す る第2次 の簡 易 化 が な され たが ,そ のお もな 点 は,① 二 重 底,隔 壁,お よび第 二 甲板 の一 部 を廃 止,② 諸 室 礒 装 の徹 底 的 な簡 易 化,な どで あ り講 造 それ 自体 に踏 込 ん だ簡 易 化 が な され契 .し か し

35)村 田 義 鑑 「戦 時 標 準 船 の 根 本 理 念 」 『船 舶 』 第15巻 第6号(昭 和17年6月) , 361頁 。

36)牧 野 ・福 井 編,前 掲 書(下),1449頁 。 37)同 上,1451頁 。

戦 時期 日本造 船 業 の 生 産 技 術 に 関 す る一 考 察101

(20)

な が ら,ミ ッ ドウ ェー海 戦 を転 機 とす る商 船 の戦 損 増 大 は建 造 量 の画 期 的 な 増 産 を要 請 し,こ の こ とは よ り徹 底 した船 型 の簡 易 化 か ら第2次 戦 標 船 の設 計 へ と建 造 計 画 を導 くこ とに な っ た。

昭 和17年10月,艦 政 本 部 第4部 長 を委 員 長 とす る簡 易 船 型 研 究 委 員 会 が組 織 され,そ れ に海 軍 技 術 研 究 所,船 舶 試 験 所,三 菱長 崎 造 船 所 お よび造 船 統

38)

制 会 の 関係 職 員 が委 員 と して参 加 し,第2次 戦 標 船建 造 の基 本 方 針 が つ ぎの よ う に定 め られ た。

「(1)急速 大 量 建 造 ヲ主 眼 トス 。

(2)極力,資 材,工 数 ヲ節 約 シ,且 ツ輸 送 力 ノ大 ナ ル コ ト。

(3)諸装 備 ハ 必 要 ノ最 小 限 度 トス ル コ ト。

(4>命数 二対 スル 考 慮 ヲ極 度 二限 定 シ,且 ツ運 航 能 率 並 二航 海 保 安 ノ性 能

39)

ヲ若 干 低 下 ス ル モ,徹 底 的 二規 格 簡 易 化 ヲ図 ル コ ト。」

この初 めて 量 産 思 想 を明 確 に打 出 した建 造 方針 の下 に,貨 物 船3種 類 お よ び油 槽 船2種 類 が 第2次 戦 標 船 として選 定 され た。 そ こに示 され た簡 易化 の

  ラ

方 針 の要 点 を挙 げ れ ば,つ ぎの とお りで あ る。

一 般 配 置:① 簡 易 化 と船 腹 増 加 の た め船 尾 機 関型 とす る

② 二 重 底 を廃 す る

構 造 関係:③ 鋼 船 規 定 に定 め た鋼 材 寸 法 をで き る限 り縮 限 す る

④ 肋 骨 心 距 を拡 大 す る

⑤ ブ ロ ッ ク組 立 を容 易 とし,同 一 加 工 鋼 板 を多 くす るた め に, 横 縁 接 手 の距 離 の規 定 を緩 和 し,ま た鋲 の大 きさ をで きるだ

38)同 上,1454頁 39)同 上,1461‑1462頁 40)同 上,14fi2‑‑1463頁 102国 際 経 営 論 集No.31992

(21)

け同一 とす る

⑥ 油槽 船 に は無 肘板 式 縦 肋 骨 式 を採 用,ま た貨 物 船 に は上 甲板 に縦 肋 骨 構 造 を採 用 す る

礒 装 関 係:⑦ 居 住 設 備 を艦 艇 の兵 員 居 住 と同 じ く大 部 屋 式 とす る

⑧ 荷 役 装 置 を単 一 化 す る

また,商 船 の輸 送 力 増 大 の た め に,肥 清 係 数 を大 き く とる こ とで排 水 量 を

41)

増 し,船 体 機 関 の重 量 減 少 とあ い ま って,載 貨 重 量 の増 大 を可 能 と した。 さ らに,使 用 鋼材 に関 して は,節 約 の た め につ ぎの よ うな方 針 を とった。 す な わ ち,① 命 数 を限 定 す る方 針 か ら,従 来 は老 齢 船 に の み許 され た強 度 標 準 の 鋼 材 を利 用 す る,② 鋼 板 の使 用 をで きるだ け抑 え,形 鋼 で代 用 す る こ と,③ 幅,深,第 二 甲板 高,肋 骨 高,臆 口 の大 き さ を鋼 材 寸 法 に よっ て決 定 し,返

42>

り材 の発 生 を減 少 させ る こ と,な どで あ っ た。 これ らの 方 針 に したが っ て, 第2次 戦 標 船 の設 計 は,第1次 と こ とな り,「優 秀 ナ ル設 計 者 ヲ擁 スル 民 間 有

4.i)

力 造 船 所 ヲ シ テ 之 ヲ 実 施 セ シ メ 」 る こ と に な り,第5表 に み られ る よ う な,

44}

第2次 戦標 船 の細 目が 決定 され た。

それ で は,設 計 の簡 易化 に よ って,戦 標 船 の建 造 に どの よ うな 具体 的 な成 果 が もた ら され た の で あ ろ うか。 それ を うか が う もの と して,第6表 を掲 げ よ う。 同 表 は,第1次 と第2次 の戦 標 船 建 造 に お け る使 用 鋼 材 量 をみ た もの で あ る。 これ に よれ ば,ト ン当 り鋼 材 使 用量 はy第2次 戦 標 船 の ほ うが第1 次 戦 標 船 に比 べ,船 型 に も よ るが10分 の1(A型sT型)か ら3分 の1(E

41)同 上a1463頁 。 42)同 上,1464頁 。 43)同 上,1464頁 。

44)な お,戦 時 標 準 船 は こ れ 以 降 も 第3次a第4次 と設 計 さ れ る が,簡 易 化 の 設 計 方 針 に つ い て は 第2次 戦 標 船 と 変 化 は な か っ た 。 た だ,機 関 出 力 の 大 き い 主 機 が 搭 載 さ れ て,速 力 が 第2次 船 よ り も 高 速 化 し た こ と が 主 な 相 違 点 と な っ て

い る 。 小 野 塚y前 掲 書,115頁 。

戦 時 期 日本 造 船 業 の 生産 技 術 に 関 す る一考 察103

(22)

第5表 第2次 戦時標 準船の要 目

船種 貨 物 船 油 槽 船

船型 主機別呼称

2A 2AT

2D2E2TL2TM

2DRs2El)2ERs2TLT2TMr*

総 トン数 積載 トン数 航海速 力(節) 航続 距離(浬)

設計 担 当所

6,fiUU2,300

×0,2603,850 109 10,000**4,000

三 菱 長 崎 鋼 管 鶴 見

87087010,100 1,5601,52010,000

7713

2,00(}2,000t3,000

三 菱 長 崎

2,850 4Sao

9.5 5,000 三 菱 横 浜

*ト ラ ン ク 型**重 油 使 用

資 料:牧 野 ・福 井 編,前 掲 書(下),1474頁

第6表 戦時標準船 の使用鋼 材量比較(第1次 対第2次) G/T

船 型

ト ン

船体鋼材 トン当り 減 少 分 建 造

ト ン 鋼材 トン(%)日 数 建造所

lARS 2A.r.

1Dizs 2Des lED 2EKS

1TMT 2TMT lTSR 2TEH

6,441 6,836 1,948 2,218 853 884

5,149 2,864 1,010 834

2,3340.362 2,2400.328 7720.397 7140.321 4000.470 2770.313

2,087 1,058 545 317

0.407 0.370 0.X40 0.380

(9.4) X19.1)

(33.4)

(9.1) (29.6)

77QO004447iU0σ一‑111

188三 菱 横 浜 78日 立 桜 島

一 計 画

86播 磨

建 造 時 期 が 昭 和18年 末 時 期 のs実 船 の 一 例 の 数 値 で,平 均 値 で は な

い 。

資 料:牧 野 ・福 井 編,前 掲 書(下),1472‑1473頁 よ り 作 成 。

型)ほ ど の 範 囲 で 節 約 が な さ れ て い る こ とが 明 ら か で あ る。 い う ま で もな く, 使 用 鋼 材 量 の 節 約 は造 船 工 数 の 減 少 に結 び つ き,引 い て は建 造 期 間 の 短 縮 を

も た らす 。 と こ ろが 他 方,同 じ く第6表 に よ れ ば,そ の 建 造 日数 は こ の よ う な使 用 鋼 材 量 の 節 約 以 上 の 減 少 を み て い る 。2E型 船 は も ち ろ ん の こ と,鋼

104国 際経営論集No.31992

(23)

材使 用 量 お よそ10%の 節 約 で あ る2A型 船 や2TM型 船 につ い て も,第1次 に くらべ 約2分 の1に 建 造 期 間 が短 縮 され て い る。 この こ とは,船 型 の簡 易 化 が使 用鋼 材 量 の節 約 を とお して工 数短 縮=建 造 期 間 の減 少 を もた らす と と

もに,そ れ と同等 あ る い は それ 以 上 に,建 造 工 程 にお け る簡 易 化(=改 善) を とお して工 数 の減 少 を もた ら して い た こ とを示 唆 す る。 そ こで ,次 に民 間 造 船 所 に お け る戦 標 船 の工 作 法 につ い て み て い くこ とに した い。

皿一3戦 標 船 の建 造 工 作 法

ひ とた び標 準 船 型 が 決 め られ る と,そ れ を大 量 に生 産 す る た め に と られ た 方 法 は,さ きに も触 れ た よ うに,造 船 所 が 建 造 す る船 型 を限 定 してi同 型 船 を繰 り返 し建 造 させ る と と もに,建 造 工 事 の ス ピー ドア ップ=建 造 工 期 の短 縮 を はか る こ とで あ っ た。 第7表 は,同 型 船 の建 造 を手 掛 け た民 間造 船 所 を そ の建 造 隻 数 の 多 い順 に並 べ た もの で あ る。 改E型 船 の建 造 専 用 の い わ ゆ る 簡 易 造 船 所 が,同 型 船 の建 造 隻 数 で 上 位 を占 め て い るが,そ れ に つづ い て は

第7表 同型戦時標準船の造船所別建造ランキング 順位 造 船 所 船 型 隻数 総 トン数

1234567899

川南深堀 播 磨松浦 三 菱若松 東 京造船 三 井玉野 川南香焼 島

日立桜 島 三菱長崎 浦賀 三菱横 浜

2E 2ET*

2E 2E m

2A 2TM 2TL 2TM lTM

254043173353303321111111

132,24〔}

117,400

×16,580 87,000 224,400 217,800 59,50 170,000

37,050 fi7,5UQ

順 位 は 同 型 船 の 建 造 隻 数 に よ る。

*2Eの 建 造 隻 数 も含 め る と 改E型 船 合 計150隻 と な る。

資 料:小 野 塚,前 掲 書,139‑141頁 よ り作 成 。

戦時 期 日本造 船 業 の 生産 技 術 に 関 す る一 考 察cos

(24)

第B表2A型 船 造 船 工 数 一 三 井 玉 野 の ケ ー ス ー一

番船

建造期 間(日) 搭載重量(ト ン) 鋏鋲数(本) 溶接長(米) 造船工数

その内訳 現 図

罫書 鉄機 孔明 擁鉄 鍛冶 取付 鋏鋲 電気溶接

瓦斯溶 接 填隙 仕上 銅工 木工 塗工

セメ ン ト工 運搬工 その他

2Al2A14 15754 2,2452,246 356,50936,373

14,48511,503 62,18545,702

3,724 3,327 3,134 1,771 2,008 2578 13,928

5,954 2,400 1,229 2,580 2,343 S80 5,231 972 398 1,100 S,fi22

35483082284613686551336067102507017840744485698184332222111751124118

増(+)・

120358028167984067

2731403354170638783275187753381733LL++

造 船 工 数 と内 訳 の 合 計 工 数 が 一 致 し な い(1番 船 に つ い て は6,14番 船 に つ い て は200の 差 が あ る)が,原 表 通 り

と し た 。

資 料:小 野 塚,前i掲 書,663頁 よ り作 成 。

2A,2TM,2TLと 第2次 戦 標 船 の建 造 を 割 り当 て られ た 既 存 の 大 手 造 船 所 が リス ト ・ア ッ プ さ れ て い る 。 同 型 船 の 建 造 に よ っ て 建 造 工 期 を短 縮 す る効 果 が 生 ま れ る 時,こ れ を 同 型 船 効 果 と名 付 け れ ば,表 に掲 げ ら れ た これ ら造 船 所 は こ の効 果 を 享 受 し た とい え る。 だ が,同 型 船 効 果 と は,具 体 的 に

106国 際経営論集No.31992

(25)

どの よ うな作 業 の 削減 に よっ て もた ら され るの で あ ろ うか 。

い ま,そ れ を確 か め るた め に,第8表 を掲 げ よ う。 同表 の 数値 は,2A型 船 の建 造 割 り当 て を うけ た三 井 玉 野 にお け る,造 船 工 数 と建 造 日数 を1番 船

と14番 船 とに つ い て み た もの で あ る。 これ に よる と,2A型 船 の建 造 日数 は, 1番 船 が157日 で あ った の に対 して14番 船 で は54日 と,お よ そ3分 の1近 くに まで短 縮 し,ま た造 船工 数 は6万2千 か ら4万6千 弱 へ と,約4分 の1ほ ど 減 少 して い る。 造 船 工 数 の減 少 の 内 訳 を船 殻 関 係 に つ い て さ らに詳 し くみ る と,加 工 工 程 に属 す る作 業(現 図,罫 書,鉄 機 〜 鍛 冶)の 工 数 減 少 が お よ そ 43パ ー セ ン ト,組 立 工 程 に属 す る作 業(取 付 〜 填 隙)の 工 作 減 少 が お よ そ51 パ ー セ ン トとな っ て い る。 他 方 ,蟻 装 関 係 の工 数 は さ ほ ど減 少 して い な い こ

とが分 か る。 こ こで い う 「現 図 」 と は,設 計 図 や工 作 図 で 示 され た部 材 の一 品 一 品 を実 物 大 に拡 大 して 型 や 定 木 を制 作 して い く作 業 で あ る。 また「罫 書 」

と は,現 図 で制 作 し た型 や 定木 を使 っ て,鋼 板 上 に形 状 を描 く作 業 を い う。

これ が 切 出 され て部 材 とな り,部 材 は必 要 な加 工(鉄 機 〜 鍛 冶)を 経 て,船 体 に取 り付 け られ て い く。

これ ら一 連 の作 業 の 中で,単 一 の項 目別 にみ て減 少 が 大 きか っ た の は取 付 と現 図 で あ り,両 者 だ けで造 船 工 数 の減 少 の約57パ ー セ ン トを 占 め て い る。

現 図 の減 少 は,同 型 船 効 果 の典 型 とい え る もの で あ る。 とい うの も,同 型 船 を建 造 す る場 合,1番 船 以 降 は同 じ型 板 や 定 木 が 繰 り返 し使 用 で きる た め に, 現 図 作 業 は大 幅 に省 略 可能 とな るか らで あ る。 他 方,取 付 の減 少 につ いて は, これ をす べ て同 型 船 効 果 として み る こ とは難 しい。 同 型 船 を繰 り返 し建 造 す る こ とに よ って,取 付 の作 業 手 順 が合 理 化 され,結 果 的 に工 数 の減 少 を もた ら した 点 は否 定 で きな いが,三 井 の ケ ー ス にお け る大 幅 な減 少 は,組 立 工 程 自体 に お け る変 革 が あ っ た と考 え るべ きで あ ろ う。 つ ま り,ブ ロ ッ ク組 立 作 業 と溶 接 工 法 の採 用 で あ る。

冒頭 で も述 べ た よ う に,戦 後 日本 造 船 業 の発 展 を説 明 す るの は技 術 革 新 で あ り,そ の 中心 に お か れ て い るの が ブ ロ ッ ク建 造 と溶 接 工 法 で あ る。 プ ロ ッ

戦時期日本造船業の坐産技術に関する…考察107

(26)

ク建 造 方 式 とは,従 来 も っ ぱ ら船 台 で お こな わ れ て い た組 立 工 事 をな るべ く 船 台 以 外 の場 所 で お こな う方 式,つ ま り地 上 で部 材 を あ らか じめ適 当 な大 き

さの ブ ロ ック に組 み 立 て,そ れ を船 台 で組 合 せ て い く とい う建 造 方 式 で あ る。

この 方式 の採 用 に は,地 上 組 み立 て の た め の場 所 として か な り広 い面 積 が 必 要 で あ り,ま た起 重 機,鋼 材 加 工 機 械 な ど施 設 面 で の充 実 が 前 提 条 件 とな っ裂.他 方,溶 接工法 とは調 板 の接合 を従 来の鋏銅 潜 えて電 気溶接 でお こな う方 法 で,使 用 鋼 材 の節 約,船 体 重 量 の 節 約,ひ い て は載 貨 重量 の増 大

46)

を もた らす とい う利 点 が認 め られ て い た。 これ ら二 つ の技術 革 新 は,戦 後 に 日本 の造 船 業 に導 入 され たわ けで は な く,す で に戦 時 中 に,し か も民 間 造 船 所 で の戦 標 船 の建 造 に際 してか な りの規模 にわ た っ て導 入 され た の で あ る。

その 具体 的 な様 相 を,さ きの第7表 で 掲 げ た 同型 船 を多 く建 造 した造 船 所 の い くつ か につ い て,よ り詳 し くみ て い こ う。

〈日立桜 島 〉

同 工 場 は2TM型 油 槽 船 の量 産 を割 り当 て られ た 。 これ に と もな い船 台 の 頭 部 に組 立 場 を設 け,船 台 間 に20ト ン と16ト ンの トラベ リ ング ク レー ン各2

47)

基 を増 設 して合 計10基 と し,ブ ロ ッ ク建 造 方 式 の採 用 に踏切 っ た。 な お,戦 時 中 に は当初 計 画 通 りの完 成 を み る こ とな く終 戦 を迎 え た新 設 の神 奈 川 工 場 で は,鋼 材 の 陸揚 げか ら蟻 装 に い た る まで 流 れ作 業 方 式 に よ る,ブ ロ ッ ク別 溶 接 の建 造 方 式 が 採 用 され,建 造 ドッ ク も雨 天 で も作 業 可 能 な屋 内式 とす る

45)村 田義 鑑 「船 腹 急速 増 産 と工 事 簡 易 化 」 『船 舶 』 第17巻 第7号(昭 和19年7 月),515頁 。

46)戦 前 で も,鋲 接 に替 る に溶 接 の利 点 はす で に認 識 され て い たが,技 術,技 能, 設 備 な どの 問題 か ら,溶 接 の採 用 は海 軍 を中 心 に艦 艇 の建 造 にお いて進 め られ

て い た 。 戦 時 に 入 っ て,工 数 と材 料 の 節 約 の た め に,小 艦 艇 の 建 造 で は全 溶 接 ブ ロ ッ ク建 造 方 式 が 用 い られ たが,溶 接 自体 は半 自動 溶 接 の ま まで あ っ た。 日 本 造 船 学 会 編 『昭和 造 船 史 』 第1巻,原 書 房,昭 和42年,648頁 。

47)日 立造 船 株 式 会 社 編 『日立 造 船 百 年 史 』 昭 和60年,209‑210頁 。 108国 際経営論 集No.31992

(27)

な ど,近 代 的 な工 場 レイ ア ウ トが施 され て い禦 。

〈浦 賀 船 渠 〉

浦 賀 工場 で は2TM型 油 槽 船 の建 造 が割 り当 て られ たが ,こ れ は同工 場 に とって は じめて の 油 槽 船 の建 造 で あ った。 これ に と もな い,隔 壁,外 板,甲 板,ガ ー ダ ー な ど,ブ ロ ック と して建 造 が 可 能 な部 分 に ブ ロ ック建 造 方 式 が 導 入 され,そ の1ブ ロ ック当 た りの重 量 も15ト ンに達 した。 また ブ ロ ック建 造 に と もな い,地 上 溶 接 が 多 く取 り入 れ られ た。 さ らに油 槽 船 の構 造 設 計 で は,ト ラ ン ク 甲板 か ら平 甲板 へ と工 事 簡 易 化 の た め の変 更 が な され,こ れ ら の結 果,1番 船 に較 べ10番 台 の船 の建 造 は,工 数 で56 ,完 成 重 量 で7.2,鋏 鋲 数 で35,繍 瀦 延 長 で11各 パ ー セ ン トの節 減 が もた ら さ濃 。

〈三 井 造 船 〉

三 井 で は戦 前 か らす で に溶 接 法 の 開 発 が お こ な わ れ,大 正10年(1921)に 煙 突 の 溶 接 か ら は じ ま っ て,大 正15年 に は 隔 壁,室 壁 を 溶 接,ま た 昭 和5年

(1930)に は油 槽 船 の 溶 接 を お こ な い,油 密 性 に 自信 を 深 め た と い う。 ま た

昭和9年 には製漸 を設け諮 接棒 の自社製作晴 手 してい黙 鞘 に入 り,

第2次 戦 標 船 型 決 定 と と もに,玉 野 造 船 所 で は2A型 の生 産 割 り当 て が な さ れ たが,同 型 船 の本 格 的 な量 産 は,必 要 設備 の 改 善 と拡 充 が 完 了 した19年1 月以 降 で あ り洞 年2月 か ら は月 産3勤 §目標 とされ て い突.こ のr ̲を 可 能 とした の は,厚 板 の接 手 に溶 接 を取 入 れ た こ とに くわ えsブ ロ ッ ク建 造 方

52)

式 を採 用 し た こ と に よ っ て い た。

48)「 司上,208頁 。

49)『 浦 賀 船 渠 六 十 年 史 』 昭 和32年,349‑‑351頁 。

50)『 三 井 造 船 株 式 会 社50年 史 』昭 和43年,549頁 。 昭 和11年 に は

,玉 野 造 船 所(三 井 造 船 の 前 身 〕 は ロ イ ド船 級 協 会 の 溶 接 棒 承 認 試 験 に 合 格 し た 。

51)同 上,82頁 。

52)同 上,549頁 。 三 井 造 船 で は,径13ミ リ,長 さ3メ ー ト ル の 大 径 棒 を 自 動 送 り す る 装 置 を 開 発 し て,溶 接 線 ヒに 張 ら れ た ワ イ ヤ ー に こ の 装 置 を 引 っ 掛 け て 厚

戦 時 期 日本 造 船 業の 生産 技 術 に関 す る 考 察109

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