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『萬葉集』における多音節助詞の表記

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『萬葉集』における多音節助詞の表記

著者 吉岡 真由美

雑誌名 同志社国文学

号 82

ページ 212‑201

発行年 2015‑03‑20

権利 同志社大学国文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014371

(2)

『萬葉集』における多音節助詞の表記

𠮷 岡 真 由 美

目的

本稿は,『萬葉集』の多音節の助詞の表記において,漢字と仮名とがどのように存在 しているかを定量的に検討する。

『萬葉集』の助詞の表記研究は,これまでは,ひとつの助詞にかぎってみていくもの がほとんどであった。助詞の全用例およびその表記を扱うものとしては小路(1988)が あるものの,その趣旨は文法的特質について検討することにあり,表記の全体を捉える ことは意図されていない。

『萬葉集』を構成する文字は〈漢字〉であり,本稿でいう漢字は表語的にはたらく

〈漢字〉を,仮名は表音的にはたらく〈漢字〉を意味している。助詞はその性質上,表 記の多くを仮名が担っていたと推測されるが,その一方で,「耳(のみ)」「自(より)」

のように漢字で表記されることもある。仮名が中心と考えられる助詞の表記のなかで,

漢字がどのように存在しているか,その全容はいまだ明らかであるとはいい難い。音 節の助詞よりも漢字との関係が大きいと考えられる多音節の助詞の表記を整理すること によって,漢字と仮名との関わりあいの一端を明らかにしようというのが本稿の目的で ある。複合助詞についても当然みるべきであるが,本稿ではひとまず,単純語としての 多音節助詞を扱う。

資料には,木下正俊校訂(2001)『萬葉集

CD

ROM

版』を用いる。『萬葉集

CD

ROM

版』の本文・訓は,佐竹昭広ほか編(1998)『萬葉集 本文篇』補訂版に基づき,

ところどころ改変が加えてある。『萬葉集 本文篇』補訂版の底本は西本願寺本である。

以下に挙例するばあいは『萬葉集

CD

ROM

版』に拠り,歌の所在は(巻・旧国歌大観 番号)で示す。

多音節助詞の表記

.

対象とする助詞

本稿でその表記を整理する多音節助詞は,下記にゴシック体で示した26語である。多

﹃萬 葉集

﹄に おけ る多 音節 助詞 の表 記

二一 二

(3)

音節助詞を示した行と同じ行に『萬葉集』中の例を挙げる。歌の省略は「……」で表示 する。「かも」「こそ」は文中用法と文末用法とにわけ,文中用法には(中)を文末用法 には(末)をつける。「かも(中)」「かも(末)」は

語とするか語の「か」(助)+

「も」(助)とするか,その明確な基準がもうけ難いため,本稿では基本的に語として 扱う。

がに 我がやどの 夕影草の 白露の 消ぬがにもとな 思ほゆるかも(・594)

がね 橘の 林を植ゑむ ほととぎす 常に冬まで 住み渡るがね(10・1958)

かも(中)…… 旅に行く 君かも恋ひむ 思ふそら 安くあらねば ……(17・4008)

かも(末)利根川の 川瀬も知らず 直渡り 波に逢ふのす 逢へる君かも(14・3413)

から …… 都をも ここも同じと 心には 思ふものから ……(19・4154)

こそ(中)遠つ人 松浦の川に 若鮎釣る 妹が手本を 我こそまかめ(・857)

こそ(末)…… 水手整へて 朝開き 我は漕ぎ出ぬと 家に告げこそ(20・4408)

さへ 若の浦に 袖さへ濡れて 忘れ貝 拾へど妹は 忘らえなくに(12・3175)

しか 針袋 これは賜りぬ すり袋 今は得てしか 翁さびせむ(18・4133)

して …… 旅にしあれば 我のみして 清き川原を 見らくし惜しも(・913)

しも …… 海も広し 見渡す 島も名高し ここをしも ……(13・3234)

すら あぶり干す 人もあれやも 家人の 春雨すらを 間使ひにする(・1698)

だに 言繁み 君は来まさず ほととぎす 汝だに来鳴け 朝戸開かむ(・1499)

つつ …… 玉かづら 絶ゆることなく ありつつも 止まず通はむ ……( ・324)

とも 紅に 染めてし衣 雨降りて にほひはすとも うつろはめやも(16・3877)

ども …… 聞こし食す 天の下に 国はしも さはにあれども ……(・36)

ながら …… 皇子ながら 任けたまへば 大御身に 大刀取り佩かし ……(・199)

なへ 草枕 旅の悲しく あるなへに 妹を相見て 後恋ひむかも(12・3141)

なむ 間遠くの 野にも逢はなむ 心なく 里のみ中に 逢へる背なかも(14・3463) なも 三輪山を 然も隠すか 雲だにも 心あらなも 隠さふべしや(・18)

のみ 夢のみに 継ぎて見えつつ 竹島の 磯越す波の しくしく思ほゆ(・1236)

ばかり 古りにし 嫗にしてや かくばかり 恋に沈まむ 手童のごと(・129)

はも 橘の 本に我が立ち 下枝取り 成らむや君と 問ひし児らはも(11・2489)

はや 後れ居て 我はや恋ひむ 印南野の 秋萩見つつ 去なむ児故に(・1772)

まで 大き海に あらしな吹きそ しなが鳥 猪名の湊に 舟泊つるまで(・1189)

より 家づとに 貝を拾ふと 沖辺より 寄せ来る波に 衣手濡れぬ(15・3709)

『時代別国語大辞典 上代編』の上代語概説では,以上の26語に加えて「ものを」「も

﹃萬 葉集

﹄に おけ る多 音節 助詞 の表 記

二一 一

(4)

のから」「ものゆゑ」「がへ」「ゆり」を助詞として挙げている。「ものを」「ものから」

「ものゆゑ」に対しては,本稿では「もの」を名詞とする。「がへ」「ゆり」は東語のた め対象から外す。

.

表記の分類

本稿では,多音節助詞の表記を,仮名表記・多音節訓仮名表記・漢字表記・その他・

読添え,のつに分類する。「がね」「とも」「ども」「まで」には清濁に一部混乱がみら れ,「こそ(中)」「とも」「より」の甲乙も同様である。本稿では,清濁・甲乙の相違は 無視して,表音的であれば仮名として処理する。

仮名表記は,「風不吹登毛(かぜふかずとも)」(・1764),「許登等流奈倍尓(こと とるなへに)」(18・4135)のように,音節の仮名で多音節助詞の全音節を表記してい るものである。音仮名か訓仮名かは問わない。音節の仮名であるか否かは,『時代別 国語大辞典 上代編』の主要万葉仮名一覧表に拠る。そのため,「而(て)」「而(で)」

「哉(や)」は仮名とせず,「之」は「之(し)」のとき仮名とするが,「之(が)」「之

(の)」のときは仮名としない。ただし,「旱(か)」,「魂(て)」は主要万葉仮名一覧表 にないが,例外的に音節仮名として認めている。

多音節訓仮名表記は,「奥従酒甞(おきゆさけなむ)」(・1402),「今谷毛(いまだ にも)」(10・2257)のように,字が音節以上に対応する訓仮名で表記しているもの である。音節の仮名と多音節訓仮名とは仮名としてひとつに括ることもできるが,本 稿ではさしあたり両者を別にたてる。音節の仮名が平仮名・片仮名へと発展する性格 を内包しているのに対し,多音節訓仮名はその過程で消滅していることから,両者には 本質的な違いがあると考えられるからである。

多音節訓仮名に対しては,多音節音仮名もしくは二合仮名と呼ばれる,有子音韻尾字 に母音を添加した音仮名がある。「不散在南(ちらずもあらなむ)」(・1212),「今夕 彈(こよひだに)」(12・3119)のように,多音節助詞の表記でもみられる。しかしその 数は少ないため,その他に含める。

漢字表記は「雖見不飽(みれどもあかず)」(・1633)のような正訓での表記,「真 好去有欲得(まさきくありこそ)」(・1790)のような義訓での表記である。

その他は,以上を複合した表記やいずれにも分類できない表記である。複合した表記 は,仮名表記と漢字表記をあわせた「来管見之根(きつつみるがね)」(10・1906),多 音節訓仮名表記と仮名表記をあわせた「雲西裳在哉(くもにしもあれや)」(・1368),

漢字表記と多音節訓仮名表記をあわせた「雖塞々友(せきにせくとも)」(・687)な

﹃萬 葉集

﹄に おけ る多 音節 助詞 の表 記

二一

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どである。いずれにも分類できない表記は,いわゆる熟合仮名での「妻常言長柄(つま といひながら)」(・1679),戯書での「戀渡青頭鷄(こひわたるかも)」(12・3017),

すぐうえに触れた多音節音仮名表記などである。

読添えは,「正一人(ただひとりのみ)」(11・2382)のように,多音節助詞の全体が 未表記であるものと,「夜者(よるはも)」(・213)のように多音節助詞のあるいち部 分が未表記のものとがある。枠をほどこしたところが未表記である。未表記をどのよう に捉えるかは読添えの捉え方の問題でもあり,当然考えられるべき事柄であるが,本稿 では蜂矢(1966)の「読音に該当する表記の欠けているもの」という定義にしたがって 判断する。

頻度と比率

.

表記の分類ごとの頻度と比率

多音節助詞の表記の分類ごとの頻度と比率を集計すると【表

】のようである。比

率は小数第位以下を切り捨てる。

「全体」では,仮名で表記される比率が0.419ともっとも高く,それにつづいて,漢字 で表記される比率が0.271,多音節訓仮名で表記される比率が0.246,その他の比率が 0.048,読添えの比率が0.014,である。多音節訓仮名表記もおおきくみれば仮名による 表記であり,仮名で表記される比率を 0.665=(1215+713)/2898,つまり2/3であると 考えれば,助詞は仮名で表記される傾向が強いといえる。しかし,助詞それぞれについ て仮名表記の比率をみると,比率が高い「はも」は0.936であるのに対し,もっとも低 い「ばかり」では0.137であり,かなりの隔たりがある。なお,「なも」は仮名表記の比 率が1.000であるが合計頻度がで小さいため参考にとどめる。「全体」をみれば,『萬 葉集』の多音節助詞は仮名での表記が多くを占めている。けれども,個別にみると,ほ とんど仮名で表記されない助詞も存在している。

以下に,仮名表記されることが少ない助詞,反対に,仮名表記されることが多い助詞 について,それぞれの傾向をみる。傾向をみるにあたって,多音節助詞の表記の出現頻 度を一覧表にして示す。出現頻度の一覧を示す意図は,巻による偏りがあるか否かを押 さえることにある。訓字主体巻・仮名主体巻の認定には見解に揺れがみられるところも あるが,本稿では,巻・巻・巻 ・巻・巻・巻・巻・巻・巻10・巻11・

巻12・巻13・巻16を訓字主体巻とし,巻・巻14・巻15・巻17・巻18・巻19・巻20を仮 名主体巻とする。

﹃萬 葉集

﹄に おけ る多 音節 助詞 の表 記

二〇 九

(6)

【表】 表記の分類ごとの頻度と比率 多音節助詞 合計

頻度 仮名

頻度 比率 多訓

頻度 比率 漢字

頻度 比率 その他

頻度 比率 読添 頻度 比率 全体 2898 1215 0.419 713 0.246 787 0.271 142 0.048 41 0.014

がに 22 11 0.500 11 0.500 - - - -

がね 14 5 0.357 8 0.571 - - 1 0.071 - -

かも(中) 127 64 0.503 51 0.401 5 0.039 - - 7 0.055 かも(末) 593 315 0.531 269 0.453 6 0.010 2 0.003 1 0.001

から 32 17 0.531 13 0.406 1 0.031 - - 1 0.031

こそ(中) 178 96 0.539 74 0.415 1 0.005 1 0.005 6 0.033 こそ(末) 49 12 0.244 11 0.224 23 0.469 2 0.040 1 0.020

さへ 61 40 0.655 4 0.065 17 0.278 - - - -

しか 20 14 0.700 1 0.050 - - 5 0.250 - -

して 93 38 0.408 - - 25 0.268 24 0.258 6 0.064

しも 46 24 0.521 17 0.369 - - 2 0.043 3 0.065

すら 29 7 0.241 - - 22 0.758 - - - -

だに 93 26 0.279 65 0.698 - - 1 0.010 1 0.010

つつ 435 145 0.333 83 0.190 200 0.459 2 0.004 5 0.011 とも 236 81 0.343 53 0.224 71 0.300 28 0.118 3 0.012 ども 217 71 0.327 38 0.175 104 0.479 4 0.018 - -

ながら 28 11 0.392 - - 11 0.392 6 0.214 - -

なへ 29 15 0.517 10 0.344 4 0.137 - - - -

なむ 20 7 0.350 3 0.150 4 0.200 5 0.250 1 0.050

なも 4 4 1.000 - - - -

のみ 190 49 0.257 1 0.005 138 0.726 - - 2 0.010

ばかり 29 4 0.137 1 0.034 24 0.827 - - - -

はも 47 44 0.936 - - - 3 0.063

はや 4 3 0.750 - - - - 1 0.250 - -

まで 171 69 0.403 - - 45 0.263 57 0.333 - -

より 131 43 0.328 - - 86 0.656 1 0.007 1 0.007

出現頻度一覧表の構成は,宮島達夫ほか編(2014)『日本古典対照分類語彙表』のそ れにならい,次のとおりとする。

〈行〉助詞ごとに数行をもうける。

最上行に網掛けを施す。

網掛けを施した行をみればその助詞の全体を捉えることができ,網掛けのない行をみ れば表記ごとの詳細を知ることができる。

〈列〉下記のつの事柄を左から記す。

助詞 多音節助詞。網掛けを施した列にのみひらがなで記す。

表記 助詞の表記はいくとおりあるか,ということを網掛けを施した列に記す。網 掛けのない列には表記そのものを記す。

分類 表記の分類。仮名・多訓・漢字・その他・読添のつがある。

﹃萬 葉集

﹄に おけ る多 音節 助詞 の表 記

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【表】「ばかり」「すら」「こそ(末)」の表記の出現頻度一覧

助詞 表記 分類 巻数 全体 1 2 3 4 6 7 8 9 10 11 12 13 16 5 14 15 17 18 19 20

ばかり 3 10 29 - 2 -11 - 1 - - 1 6 3 - - 1 1 1 - - 2 -

婆可里 仮 名 4 4 - - - 1 1 1 - - 1 -

量 多訓 1 1 - - - 1 - - - -

許 漢字 7 24 - 2 -11 - 1 - - 1 5 3 - - - 1 -

すら 2 16 29 - 1 2 2 3 2 1 1 3 3 2 1 2 1 - 1 2 - 2 - 須良 仮 名 6 7 - - - 1 1 - - - 1 1 - 1 2 - - - 尚 漢字 12 22 - 1 2 2 3 2 1 - 2 3 2 1 1 - - - 2 -

こそ(末) 11 13 49 1 - - 2 2 2 1 1 6 5 12 8 1 4 - - - 4

許曽 仮 名 4 8 - - - 1 - - - 1 4 - - - 2

己曽 仮 名 2 3 1 - - - 2

許増 仮 名 1 1 - - - - 1 - - - -

社 多訓 6 11 - - - 1 - - 1 - 3 1 2 3 - - - - 乞 漢字 5 8 - - - 1 - 1 - - - 3 2 1 - - - - 与 漢字 4 7 - - - 1 - - 1 1 4 - - - - 欲 漢字 2 6 - - - 3 3 - - - - 欲得 漢字 1 1 - - - 1 - - - -

與 漢字 1 1 - - - - 1 - - - -

与具 その他 2 2 - - - 1 - - 1 - - - -

□□ 読添 1 1 - - - 1 - - - - 仮名

音節仮名での全音節表記。

多訓 多音節訓仮名での表記。

漢字 正訓・義訓での表記。

その他 仮名表記・多音節訓仮名表記・漢字表記を複合した表記。もしくは いずれにも分類できない表記。

読添 助詞の全体または部分が未表記であるもの。

巻数 合計何巻に出現したか。

全体 合計何回出現したか。

巻ごと それぞれの巻で何回出現したか。左から訓字主体巻,仮名主体巻の順になら べ,仮名主体巻は斜体にし下線を付す。

なお,古典索引刊行会編(2003)『萬葉集索引』での表記の表示方法を参考にして,

未表記は音節=□で表示する。

.

仮名表記することが少ない多音節助詞

【表

】で仮名表記の比率が低いほうから順に多音節助詞を つ挙げると,「ばか

り」0.137,「す ら」0.241,「こ そ(末)」0.244,で あ る。「ば か り」,「す ら」,「こ そ

(末)」の表記の出現頻度一覧は【表

】のようである。

﹃萬 葉集

﹄に おけ る多 音節 助詞 の表 記

二〇 七

(8)

「ばかり」「すら」は仮名表記の比率が低い反面,漢字表記の比率が高い。漢字表記の 比率は「ばかり」が【表

】の最上位である0.827,「すら」が第位の0.758である。

【表

】をみると,「ばかり」の表記で漢字に分類されるのは正訓字の「許」,「すら」

も漢字に分類されるのは正訓字の「尚」である。「ばかり」「すら」には,それぞれ仮名 表記として「婆可里」「須良」があるが,それらの出現は仮名主体巻に集中している。

「こそ(末)」は漢字表記の比率が0.469であり,「ばかり」「すら」に比して少しさが る。そのぶん「こそ(末)」では,多音節訓仮名表記の比率が大きく0.224であり,仮名 表記の比率とほぼ同じ割合である。多音節訓仮名表記は「ばかり」で0.034,「すら」で はみられない。「ばかり」「すら」ではその表記をおもに漢字が担い,そこに仮名が入り 込んでいたが,「こそ(末)」では約半数を漢字表記が担い,残りを仮名表記と多音節訓 仮名表記とでわけあっている,ということである。

.

仮名表記することが多い多音節助詞

【表

】で仮名表記の比率が高い多音節助詞を つ挙げると,「はも」0.936,「し

か」0.700,「さへ」0.655,である。比率だけをみれば,「なも」1.000,「はや」0.750,

が高い。しかし,ともに合計頻度が低いため参考にとどめる。「はも」「しか」「さへ」

の表記の出現頻度一覧は【表

】のようである。

「はも」には漢字表記や多音節訓仮名表記,その他の表記がない。合計頻度47のうち,

22は「波母」である。ただし,その出現は仮名主体巻に多く,訓字主体巻だけならば,

「波母」の頻度はであって,「羽裳」,「者毛」と大差がない。「はも」は全20巻で みれば,あるひとつの表記が全体の約半数を担い,残りを複数の仮名表記で補いあって いるが,訓字主体巻だけでみれば,複数の仮名表記が少しずつ担っているということが できる。

「しか」は表記数が11であり,うちが仮名表記である。仮名表記でもっとも頻度が 高いのが「之可」であるが,出現はもっぱら仮名主体巻である。「しか」には多音節訓 仮名表記「然」がある。多音節助詞のなかには,後述する「だに」のように,音節の 仮名での表記が可能であっても,多音節訓仮名表記ばかりを用いるものがある。橋本

(1966)は多音節訓仮名の機能のひとつとして,文節を明示するはたらきを指摘してい る。「しか」は文末にあって願望の意を添える助詞である。合計頻度20のうち14,比率 にして0.700(=14÷20)は次のように,文節の末尾に位置している。

﹃萬 葉集

﹄に おけ る多 音節 助詞 の表 記

二〇 六

(9)

【表】「はも」「しか」「さへ」の表記の出現頻度一覧

助詞 表記 分類 巻数 全体 1 2 3 4 6 7 8 9 10 11 12 13 16 5 14 15 17 18 19 20 はも 9 13 47 -10 6 3 - 2 1 - 1 6 - - 1 4 6 - 1 - 1 5 波母 仮 名 11 22 - 1 1 - - - 1 - 1 2 - - 1 4 6 - 1 - 1 3

羽裳 仮 名 4 6 - 1 2 2 - - - 1 - - - -

者毛 仮 名 4 6 - 2 2 1 - - - 1 - - - -

羽毛 仮 名 3 3 - 1 1 - - - 1 - - - -

者裳 仮 名 2 3 - 1 - - - 2 - - - -

波毛 仮 名 2 3 - 1 - - - 2

者母 仮 名 1 1 - 1 - - - - 者□ 読添 1 2 - 2 - - - - □□ 読添 1 1 - - - 1 - - - -

しか 11 12 20 - - 2 - 2 - 5 1 - 2 1 1 - 1 - 1 - 1 1 2 之可 仮 名 5 5 - - - 1 - 1 - 1 1 1 師香 仮 名 2 3 - - - 2 1 - - - - 師加 仮 名 1 1 - - - 1 - - - -

師可 仮 名 1 1 - - - 1 - - - -

思香 仮 名 1 1 - - 1 - - - -

之加 仮 名 1 1 - - - 1

之賀 仮 名 1 1 - - - 1 - - - -

之旱 仮 名 1 1 - - - 1 - - - -

然 多訓 1 1 - - - 1 - - - -

壮鹿 その他 3 4 - - - - 2 - 1 - - - 1 - - - -

師(鴨) その他 1 1 - - 1 - - - -

さへ 12 17 61 - 1 1 8 5 3 2 4 8 6 8 2 2 - 4 1 2 - 1 3 左倍 仮 名 14 30 - 1 1 6 5 - 1 2 1 1 5 1 - - 3 1 - - 1 1 佐倍 仮 名 5 5 - - - 1 - - 1 - - 1 - - - 1 - - 1

佐閇 仮 名 2 2 - - - 1 - - - 1

左閇 仮 名 2 2 - - - 1 - - - 1 - - -

佐敝 仮 名 1 1 - - - 1 - - - - -

禁 多訓 2 2 - - - 1 1 - - - - 塞 多訓 1 1 - - - 1 - - - -

障 多訓 1 1 - - - 1 - - - -

副 漢字 5 9 - - - 2 - 1 - - 4 1 - - 1 - - - -

共 漢字 2 3 - - - 1 - - - 2 - - - -

并 漢字 2 3 - - - 1 2 - - - - 兼 漢字 1 2 - - - 2 - - - - 不所見十方 孰不戀有米 山之末尓 射狭夜歴月乎 外見而思香(よそにみてしか)

( ・393) 霍公鳥 無流國尓毛 去而師香(ゆきてしか)其鳴音乎 聞者辛苦母(・1467)

そのため,多音節訓仮名表記が積極的になされる可能性を有しているが,多音節訓仮名 での表記は次の首のみである。

久堅之 天飛雲尓 在而然(ありてしか)君相見 落日莫死(11・2676)

﹃萬 葉集

﹄に おけ る多 音節 助詞 の表 記

二〇 五

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音節の仮名と多音節訓仮名との間には本質的な差異があることを,.で述べた。

性質の異なるふたつの仮名が,ある助詞の表記において混在していることの意味につい ては,今後,検討する必要がある。

「さへ」は合計頻度61のうち,「左倍」が30を占めている。訓字主体巻にかぎっても

「左倍」は依然として多い。

「しか」の表記は,複数の表記がそれぞれ少しずつ担っている。それに対して,「は も」「さへ」には全体の約半数を占める仮名表記があり,残りを複数の表記でわけあっ ている,ということができる。ただし,「はも」のばあい,訓字主体巻にかぎってみれ ば,突出して頻度の高い表記はなく,複数の表記が少しずつ出現している。

訓字主体巻における表記の分類ごとの頻度と比率

いま出現の傾向をみた多音節助詞のなかで,「ばかり」は典型的に仮名表記の出現が 仮名主体巻に偏り,「こそ(末)」もそれに近く,また,仮名表記全体というのではない が,「波母(はも)」「之可(しか)」にも仮名主体巻への偏りがある。このことから,

【表

】における仮名表記の比率を押しあげているのは仮名主体巻である,との見通

しがたつ。それについて確認するために,ここでは,訓字主体巻における表記の分類ご との頻度と比率をみる【表

】。【表

】と同様に,比率は少数第位以下を切り捨

てる。

「全体」の比率をみると,もっとも高いのは漢字表記の0.360であり,多音節訓仮名表 記0.331,仮名表記0.221,その他0.065,読添え0.019,とつづく。【表

】において

もっとも優勢であった仮名表記が,【表

】では劣勢になっている。このことから,

【表

】に対する【表

】の仮名表記の比率の高さは,仮名主体巻によるものという

ことができる。

多音節訓仮名表記も広義の仮名表記とみたばあい,【表

】の仮名表記の比率は

0.553=(475+711)/2142 である。【表

】の仮名表記の比率は0.665であった。それに

比べると比率はさがるが,しかし,助詞の表記の主体は仮名であるということに変わり はない。そして,訓字主体巻における多音節助詞の仮名表記を支えているのは音節の 仮名ではなく,多音節訓仮名であるといえる。そこで,以下は【表

】の多音節訓仮

名表記の比率が高い助詞の傾向について一瞥したい。

【表

】において多音節訓仮名表記の比率が高いものを つ挙げると,「だに」

0.866,「がね」0.777,「がに」0.647,である。「だに」「がね」「がに」の訓字主体巻に おける表記の出現頻度一覧は【表

】のようである。

﹃萬 葉集

﹄に おけ る多 音節 助詞 の表 記

二〇 四

(11)

【表】 訓字主体巻における表記の分類ごとの頻度と比率 多音節助詞 合計

頻度 仮名

頻度 比率 多訓

頻度 比率 漢字

頻度 比率 その他

頻度 比率 読添 頻度 比率 全体 2142 475 0.221 711 0.331 773 0.360 141 0.065 42 0.019

がに 17 6 0.352 11 0.647 - - - -

がね 9 1 0.111 7 0.777 - - 1 0.111 - -

かも(中) 102 39 0.382 51 0.500 5 0.049 - - 7 0.068 かも(末) 462 185 0.400 269 0.582 5 0.010 2 0.004 1 0.002

から 21 6 0.285 13 0.619 1 0.047 - - 1 0.047

こそ(中) 133 51 0.383 74 0.556 1 0.007 1 0.007 6 0.045 こそ(末) 41 4 0.097 11 0.268 23 0.560 2 0.048 1 0.024

さへ 50 29 0.580 4 0.080 17 0.340 - - - -

しか 14 8 0.571 1 0.071 - - 5 0.357 - -

して 70 15 0.214 - - 25 0.357 24 0.342 6 0.085

しも 30 8 0.266 17 0.566 - - 2 0.066 3 0.100

すら 23 3 0.130 - - 20 0.869 - - - -

だに 75 8 0.106 65 0.866 - - 1 0.013 1 0.013

つつ 295 7 0.023 82 0.277 199 0.674 2 0.006 5 0.016 とも 180 25 0.138 53 0.294 71 0.394 28 0.155 3 0.016 ども 157 12 0.076 38 0.242 103 0.656 4 0.025 - -

ながら 18 1 0.055 - - 11 0.611 6 0.333 - -

なへ 23 9 0.391 10 0.434 4 0.173 - - - -

なむ 17 4 0.235 3 0.176 4 0.235 5 0.294 1 0.058

なも 3 3 1.000 - - - -

のみ 134 1 0.007 1 0.007 130 0.970 - - 2 0.014

ばかり 24 - - 1 0.041 23 0.958 - - - -

はも 30 27 0.900 - - - 3 0.100

はや 4 3 0.750 - - - 1 0.250

まで 120 18 0.150 - - 45 0.375 57 0.475 - -

より 90 2 0.022 - - 86 0.955 1 0.011 1 0.011

「だに」「がね」「がに」はいずれも漢字表記を持たない。「だに」の表記数はあるが,

そのうち多音節訓仮名表記は「谷」ひとつである。「谷」は特定の巻においてのみ出現 するわけではなく,訓字主体巻をとおして出現している。「がね」も表記数 のなかで 多音節訓仮名表記は「金」ひとつである。「がに」も表記数のうち,多音節訓仮名表 記は「蟹」しかない。「だに」「がね」「がに」は,いずれも複数の表記を有しているが,

ひとつの多音節訓仮名が表記の多くを担っている。複数の表記があっても,正訓字での 表記が可能な助詞は,表記の多くを正訓字が担っていることを .で確認した。「の み」「がね」「がに」をみるかぎり,多音節訓仮名の出現のしかたは正訓字のそれとよく 似ているということができる。

多音節訓仮名表記が多くなされる助詞とそうでない助詞があることを, . で「し か」に関連させて述べた。たとえば「だに」は,多音節訓仮名表記の頻度65のうち,22 は次のように助詞「も」を下接する。

﹃萬 葉集

﹄に おけ る多 音節 助詞 の表 記

二〇 三

(12)

【表】「だに」「がね」「がに」の訓字主体巻における表記の出現頻度一覧

助詞 表記 分類 巻数 全体 1 2 3 4 6 7 8 9 10 11 12 13 16

だに 5 12 75 1 6 3 9 2 3 5 3 12 13 12 6 -

太尓 仮 名 5 7 - 1 1 3 - - 1 - - 1 - - -

大尓 仮 名 1 1 - 1 - - - -

谷 多訓 12 65 1 4 2 6 2 3 4 3 12 12 10 6 -

彈 その他 1 1 - - - 1 - -

□□ 読添 1 1 - - - 1 - -

がね 3 4 9 - - 1 1 - - - - 6 - 1 - -

我祢 仮 名 1 1 - - - 1 - -

金 多訓 3 7 - - 1 1 - - - - 5 - - - -

之根 その他 1 1 - - - 1 - - - -

がに 5 7 17 - - - 3 - 1 3 - 7 1 1 1 -

我尓 仮 名 1 1 - - - 1 - - - -

我二 仮名 2 3 - - - 2 - 1 - - - -

我仁 仮 名 1 1 - - - 1 - - - -

香二 仮 名 1 1 - - - 1 - - - -

蟹 多訓 6 11 - - - 1 - 1 - - 6 1 1 1 -

三輪山乎 然毛隠賀 雲谷裳(くもだにも)情有南畝 可苦佐布倍思哉(・18)

露霜尓 衣袖所沾而 今谷毛(いまだにも)妹許行名 夜者雖深(10・2257)

したがって,「だに」が単純語の助詞として文節の末尾に出現する比率は 0.661…(=

43÷65)である。これは「しか」が文節の末尾にくる比率0.700とほとんど変わらない。

それにもかかわらず,「だに」は積極的に多音節訓仮名での表記がなされ,「しか」は

『萬葉集』20巻においてたった首しか多音節訓仮名での表記がみられない。

多音節訓仮名の機能については,すでに述べたとおり,橋本(1966)が付属語として のまとまりを明らかにし,文節を明示するはたらきがあることを指摘している。この指 摘は,ひろく支持されている。しかし,そのいっぽうで「しか」のように文節の末尾に 出現しながら,多音節訓仮名での表記がほとんどなされない多音節助詞もある。このこ とから,ある多音節助詞が積極的に多音節訓仮名で表記されるか否かは,その助詞がど のような位置に出現するかということとは別の点に原因があると考えられる。

まとめと展望

本稿では,『萬葉集』の多音節助詞26語の表記において,漢字と仮名とがどのように 関係しあっているかを概観した。その結果は次のようにまとめることができる。

『萬葉集』全体においても,訓字主体巻のみにかぎっても,多音節助詞の表記の中心 は仮名が担っている。

『萬葉集』20巻における仮名表記を支えているのは音節の仮名であるのに対して,

﹃萬 葉集

﹄に おけ る多 音節 助詞 の表 記

二〇 二

(13)

訓字主体巻では多音節訓仮名である。

正訓字での表記が可能な多音節助詞は仮名での表記が少ない。

多音節助詞のなかには,音節の仮名での表記が可能であるにもかかわらず,その大 部分を多音節訓仮名で表記するものがある。

多音節助詞の表記の主体は仮名である。そのなかで,漢字表記がどのように存在して いるかというと,表記の大部分を占めることもあれば,まったく姿をみせないこともあ る。漢字と仮名との関わりかたは,助詞によって大きく異なっている。このような,

個々の助詞による差異は,音節の仮名と多音節訓仮名との関係にも見出すことができ る。多音節助詞のなかには音節の仮名表記が主体であるものと,音節仮名での表記 が可能であっても多音節訓仮名表記が積極的になされるものとがある。多音節訓仮名の 機能については,従来,付属語であるというまとまりを示すことで,文節を明示する約 割を果たすことが説かれている。ただし,文節の末尾に位置しても多音節訓仮名で表記 されないものがあることから,多音節訓仮名の出現を促す要因は,助詞がどの位置に出 現するかということとは別の点に求めることができると考える。

本稿で検討した問題は,今後,『萬葉集』において漢字と仮名とがどのように関わり あっているか,という問題を見据えつつ,音節の仮名と多音節訓仮名とがどのように 関係しているかという問題へ発展させたい。

〈資料〉

木下 正俊校訂(2001)『万葉集

CD

ROM

版』塙書房

〈参考文献〉

小路 一光(1988)『萬葉集助詞の研究』笠間書院 古典索引刊行会編

(2003)『萬葉集索引』塙書房 佐竹 昭広・木下 正俊・小島 憲之編

(1998)『萬葉集 本文篇』補訂版 塙書房 上代語辞典編修委員会編

(1967)『時代別国語大辞典 上代編』三省堂

橋本 四郎(1966)「多音節仮名」澤瀉博士喜壽記念論文集刊行会編『澤瀉博士喜壽 記念萬葉学論叢』pp.641671

蜂矢 宣朗(1966)「二音節助動詞の一部読添へについて」澤瀉博士喜壽記念論文集 刊行会編『澤瀉博士喜壽記念萬葉学論叢』pp.673706

宮島 達夫・鈴木 泰・石井 久雄・安部 清哉編

(2014)『日本古典対照分類語彙表』笠間書院

﹃萬 葉集

﹄に おけ る多 音節 助詞 の表 記

二〇 一

参照

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