︿研 究ノ ート
﹀
﹃ ア ン シ ァ ン
・ レ ジ ー ム と 革 命
﹄ に お け る 政 治 と 宗 教
吉 岡 知 哉
は じ め に 一 フラ ンス 革命 と宗 教
宗教 に対 する 戦争 政治 制度 とし ての 教会 混同 と混 乱 二 政治 革命 と宗 教革 命 二つ の革 命の 類似 性 キリ スト 教の 特質 革命 の相 貌と 実相 三 文学 的政 治学 と無 宗教 文人 たち と政 治 無宗 教と いう 危険 聖職 者と 土地 所有 お わ り には じ め に トク ヴィ ルと 宗教 とい う論 点は
、ト クヴ ィル 研究 の中 心的 テー マの 一つ であ る。 あら ため て指 摘す るま でも な く、
﹃ア メリ カの デモ クラ シー
﹄に おい て、 トク ヴィ ルは 歴史 的必 然と して の平 等化
、デ モク ラシ ーの 進展 につ い て論 じ、 その よう な歴 史的 条件 の中 で宗 教と いう もの が果 たす 社会 的機 能に つい て繰 り返 し注 意を 喚起 して いる
。
﹃ア メリ カの デモ クラ シー
﹄は
、ア メリ カ観 察を 中心 にし た第 一巻
︵一 八三 五年
︶と
、そ れを 基礎 によ り抽 象的
、理 論的 な検 討を 加え た第 二巻
︵一 八四
〇年 か︶ ら成 り立 って いる
。第 一巻 が単 なる 紀行 文で はな くそ れ自 体ア メリ カ がな ぜデ モク ラシ ーの もと で自 由を 維持 しつ つ発 展し てい るの かに つい ての 考察 にな って いる うえ に、 さら に第 二 巻に おい て理 論的 な検 討が 深め られ てい る以 上、 トク ヴィ ルの 政治 思想 に対 する 関心 がな によ りも
﹃ア メリ カの デ モク ラシ ー﹄ とり わけ その 第二 巻に 集中 する こと にな った のは 不思 議で はな いと 言え よう
。 一方
、一 八五 六年 に出 版さ れた
﹃ア ンシ ァン
・レ ジー ムと 革命
﹄は
、第 一に 歴史 研究 の文 体で 書か れて おり
、
﹃ア メリ カの デモ クラ シー
﹄の よう な予 言的 性格 をあ まり 持っ てい ない
。加 えて
、資 料に 基づ く歴 史研 究を 踏ま え た理 論編
、﹃ アメ リカ のデ モク ラシ ー﹄ の第 二巻 にあ たる よう な理 論的 考察 がそ れ自 体と して 展開 され てい るわ け でも ない
。し かも この 作品 は、 その 書名 にも かか わら ず、 アン シァ ン・ レジ ーム 期の 叙述 にと どま って いて
、革 命 期以 降の 歴史 は結 局書 かれ ない まま に終 わっ てい る。 政治 と宗 教と いう よう な個 別的 なテ ーマ につ いて も、
﹃ア ンシ ァン
・レ ジー ムと 革命
﹄に おい ては
﹃ア メリ カの デモ クラ シー
﹄第 二巻 ほど まと まっ た形 で理 論的 に扱 われ てい るわ けで はな い。 この ため
、ト クヴ ィル の宗 教論 と いう 形で 問題 を理 論的
・抽 象的 に設 定す るの であ れば
、﹃ アン シァ ン・ レジ ーム と革 命﹄ の記 述が それ 自体 とし て 検討 の対 象と され るこ とは あま りな いと 言っ てよ いだ
( )
ろう
。
しか しな がら
、﹃ アン シァ ン・ レジ ーム と革 命﹄ とい うテ クス トに おい て宗 教の 問題 がき わめ て重 要な 位置 を占 めて いる こと は改 めて 指摘 する まで もあ るま い。 もっ とも
、こ の問 題に つい ての トク ヴィ ルの 論述 はか なり 錯綜 し てい ると 言わ ざる をえ
( )
ない
。 本稿 は、
﹃ア ンシ ァン
・レ ジー ムと 革命
﹄に おい て政 治と 宗教 の問 題が どの よう に展 開さ れて いる のか を、 それ 自体 の文 脈の 中で
、す なわ ちト クヴ ィル 宗教 論へ と統 合す る以 前の 段階 で整 理し てお くた めの 一種 の覚 え書 きで あ る。
一 フラ ンス 革命 と宗 教
ઃ
宗教 に対 する 戦争﹃ア ンシ ァン
・レ ジー ムと 革命
﹄は
﹁序
﹂、 第一 篇第 一章
﹁革 命の 勃発 に関 する 種々 の対 立し た見 解﹂ に続 いて
、 第二 章﹁ 革命 の根 本的
・最 終的 目的 は、 一般 に信 じら れて いる よう に宗 教的 権力 を破 壊し 政治 的権 力を 弱め るこ と にあ った ので はな い﹂
、第 三章
﹁フ ラン ス革 命が 宗教 革命 と同 じよ うな 形で 展開 する 政治 革命 であ った のは どの よ うに して か、 また それ はな ぜか
﹂を 置い てい る。 第一 篇は
、革 命の 勃発 から 成果 まで につ いて
、従 来の 見解 を批 判 しな がら
、ト クヴ ィル が本 書の 概観 を提 示し てい る部 分で ある
。第 一篇 を構 成す る五 章の うち 二章 が宗 教に 関係 し た論 点を 扱っ てい るこ とに も、 宗教 がこ の作 品の 重要 な主 題の 一つ であ るこ とが 示さ れて いる と言 って よい であ ろ う。
﹁フ ラン ス革 命の 最初 の歩 みの 一つ は、 教会 を攻 撃す るこ とだ った
。そ して この 革命 から 生ま れた 情熱 のう ちで
、最 初 にか き立 てら れ最 後に なっ て鎮 まっ たの は反 宗教 的な 情念
l a
p a
s s
i o
n i
r r
é l
i g
i e
u s
e
で あっ た。 自由 への 熱狂l ’
e n
t h
o u
s i
a s
m e
d e l a l i b e r t é
が 消え 失せ てし まい、人 びと が隷 従を 対価 にひ たす ら平 穏を 得る こと を求 めた のち でさ え、 人び とは なお 宗 教的 権威
l ’ a u t o r i t é r e l i g i e u s e
には 反抗 し続 けて いた ので ある。﹇ 中略
﹈ しか し今 日容 易に 確信 でき るの は、 宗教 に対 する 戦争
l a g u e r r e a u x r e l i g i o n s
は、 この 大革 命の 一つ の偶 発事u n i n c i - d e n t
、革 命の 相貌
p h y s i o n o m i e
の きわ だっ ては いる がす ぐに 消え 去っ てし まう 一つ の表 情、 革命 に先 行し 革命 を準 備し た 諸思 想、 諸情 念、 個別 の事 柄の 一時 的な 産物 にす ぎず、革 命の 本来 の特 性
g é n i e p r o p r e
では なか った、と いう こと であ る。
﹂︵
A R , I , 1 , p p . 5 6 - 5 7
︶ 革命 の全 期間 にわ たっ て最 も激 しい 情念 であ り、 あた かも 革命 の本 質で ある とさ え思 えた 宗教 に対 する 戦争 は、 革命 とと もに 終息 して 行き、今 では 人び との 信仰 が復 活し てい ると トク ヴィ ルは 指摘 する
。も とよ り、 一八 四八 年 二月 革命 を経 て執 筆さ れた
﹃ア ンシ ァン
・レ ジー ムと 革命
﹄に おけ るこ の指 摘が 客観 的な もの であ ると 考え る必 要 はな い。 この 作品 が同 時代 の政 治・ 社会 状況 を意 識し て書 かれ てい るの は明 らか だか らで ある
。 だが それ では 何が 宗教 に対 する あれ ほど まで の攻 撃を 生み だし たと トク ヴィ ルは 言う ので あろ うか
。
政治 制度 とし ての 教会 フラ ンス 革命 にお ける﹁宗 教に 対す る戦 争﹂ の要 因に つい て、 トク ヴィ ルは まと めて 論じ てい るわ けで はな い。 また
、何 カ所 かに 分散 して いる その 内容 も必 ずし も明 確に 分節 され てい るわ けで はな い。 ここ では 以下 の五 点に 分 けて 見て おく こと にし よう
。 第一 は、 聖職 者の 世俗 支配 者と して の側 面で ある
。
﹁キ リス ト教 がこ れら の激 しい 憎悪 に火 をつ けた のは
、宗 教的 教義
d o
c t
r i
n e
r e
l i
g i
e u
s e
とし てよ りも 政治 制度i n
s t
i t
u t
i o
n
p o l i t i q u e
と して であ った。聖 職者 が来 世の 諸事 をと り仕 切ろ うと した から では なく
、彼 らが この 世に おけ る土 地所 有者 で あり 領主 であ り十 分の 一税 徴収 者で あり 行政 官で あっ たか らで ある
。人 びと が築 こう とし てい る新 しい 社会 に教 会が 場所 を占 め得 ない から では なく
、粉 塵に 帰す べき 旧社 会に おい て当 時最 も特 権的 で最 も強 力な 地位 を占 めて いた から であ る。
﹂
︵
A R , I , 2 , p . 5 8
︶ キリ
スト 教会 は中 世以 来、 魂の 救済 に関 わる 宗教 的組 織と して の側 面と 封建 領主 とい う世 俗の 支配 者と して の側 面と いう 二重 性を 抱え てい た。 聖職 者は 後者 の点 でア ンシ ァン
・レ ジー ムに おけ る支 配階 級で あり
、そ れ故 に革 命 の標 的に なっ たと いう のが トク ヴィ ルの 指摘 であ る。 第二 は、 教会 が統 治の 範型 を提 供し てい たと いう 点で ある
。教 会は 社会 的な 身分 構造 にお いて 世俗 支配 者で ある だけ では ない
。第 三篇 第二 章に おい てト クヴ ィル はフ ィロ ゾー フた ち
p h i l o s o p h e s
︵文 人た ち
h o m m e s d e l e t t r e s
もし くは エク リヴ ァン たちe c r i v a i n
︶
s
の役 割を 批判 的に 検討 する が、 そこ で教 会制 度と 政治 制度 との 関係 を論 じて いる。 そも そも
﹁政 治社 会と 宗教 社会 とは 本質 的に
p a r n a t u r e
異 なっ てい るの で、 統一 原理 によ って 統御 する こと は でき ない とい うこ とを 相互 に認 めあ わな けれ ばな らな かっ た﹂ にも かか わら ず、 アン シァ ン・ レジ ーム はま さに 両 者が 混同 され てい る体 制で あっ た。 この ため、﹁ 国家 の諸 制度 をう まく 攻撃 する には 教会 の制 度を 破壊 する こと が 必要 であ った
。そ れが 政治 制度 の基 礎と 範型 とを 提供 して いた から であ る﹂
︵
A R , , 2 , p . 1 8 0
︶。 トク ヴィ ルは エク
Ⅲ
リヴ ァン たち の原 理に 対立 する 教会 の統 治原 理と して
、伝 統へ の依 拠、 個人 理性 に優 越す る権 威、 聖職 位階 制を 挙 げて いる
。本 質的 に異 なる 社会 であ る教 会と 政治 社会 がア ンシ ァン
・レ ジー ムに おい ては 同じ 原理 のも とに いわ ば 相似 形を なす こと にな った
。伝 統、 王権
、身 分制 を統 治原 理と する カト リッ ク国 家フ ラン スの 政治 制度 への 攻撃 は、 上記 のよ うな 統治 原理 によ って 立つ 教会 制度 への 攻撃 と不 可分 にな らざ るを えな かっ たの であ る。
第三 は、 世俗 政治 権力 への 関与 であ る。 教会 の問 題は 政治 制度 の基 礎と 範型 を提 供す ると いう 制度 的側 面に とど まら ない
。教 会は それ 自体 が﹁ もろ もろ の政 治権 力の 筆頭
﹂で あり
﹁最 も抑 圧的 であ るわ けで はな かっ たに もか か わら ず最 も嫌 われ てい た﹂
。ト クヴ ィル はこ の理 由を 次の よう に論 じる
。
﹁教 会は 本来 の使 命
v o c a t i o n
に よっ ても 本性n a t u r e
によ って も要 請さ れて いな いに もか かわ らず 政治 権力 に介 入し てい たし、し ばし ば他 では 非難 する 悪徳 を政 治権 力に 関し ては 神聖 なも のと し、 政治 権力 を教 会の 神聖 不可 侵性 によ って 覆っ てい て、 あた かも 教会 自身 と同 じく 不死 のも のと しよ うと して いる よう に思 われ た。
﹂︵
A R , , 2 , p . 1 8 1
︶
Ⅲ
教会 は範 型の 提供 者に とど まら ず、 みず から 積極 的に 政治 権力 の正 統化 とい うイ デオ ロギ ー的 役割 を果 たし てい たの であ る。 第四 は、 検閲 であ る。 エク リヴ ァン たち の活 動に とっ て最 も直 接的 かつ 具体 的に 障害 とな った のが
、教 会に よる 検閲 であ った
。教 会権 力は
﹁と りわ け思 想の 歩み を監 視し
、諸 著作 を検 閲す るこ とを 任務 とし てい た﹂ ため
、﹁ 人 間精 神の 一般 的自 由を 擁護 する
﹂︵
A R , , 2 , p . 1 8 1
︶彼 らの 闘い の最 も身 近な 敵対 物と なっ たの であ る。
Ⅲ
第五 には
、王 権へ の依 存が 挙げ られ る。 かつ て教 会権 力は 君主 権力 に優 位し てい たが 君主 権力 の伸 長に 伴っ て 徐々 に弱 体化 し、 やが て君 主た ちと 同等 にな りつ いに はそ の被 保護 者と なっ た。 両者 の間 には 一種 の交 換
é c h a n g e
が成 立す る。﹁君 主た ちは 教会 に物 質的 な力
f o r c e m a t é r i e l l e
を 提供 し、 教会 は精 神的 な権 威a u t o r i t é m o r a l e
を 提 供し た。 君主 たち は教 会の 戒律 に従 わせ、教 会は 君主 たち の意 志を 尊重 させ た﹂
︵
A R , , 2 , p . 1 8 1
︶。 トク ヴィ ルは
、
Ⅲ
強制 では なく 信仰