2018年度 国際文化情報学会 各部門最優秀賞・奨励 賞
著者 法政大学 国際文化学部
出版者 法政大学国際文化学部
雑誌名 異文化. 論文編
巻 20
ページ 1‑110
発行年 2019‑04‑01
URL http://hdl.handle.net/10114/00021672
インスタレーション部門
●
Re-Framing
〜 親から子への虐待を批判的な視点で考える 〜
● 衣笠ゼミ
佐 竹 航 弥 鈴 木 優 太 及 川 裕 也 須 賀 大 志 岡 本 真 澄
●
奨励賞
私たち衣笠ゼミは「物事を批判的に捉え、新たな視点に立ち、新たな思考をする」ことを 使命としている。
私たちは、今回のインスタレーションに、世の中の通念を素直に飲み込まず、なぜそうな のか、他にどう考えられるのかを思考し続けてほしいという想いを込めた。
そして、それらを表現するテーマとして「児童虐待」を取り上げ、来場者に、幼い子ども と生きるシングルマザーないしシングルファザーになった気持ちでインスタレーションを体 験してもらった。
私たちは、児童虐待に関連するニュースを見た時、「子どもがかわいそうだ。親は一体何 をやっているんだ」と考えることが一般論に当たると仮定した。では、親が自分の子どもを 傷つける行為に至る理由を考える人はどれくらいいるだろうか。確かに、虐待はあってはな らないことに違いない。しかし、虐待という事実に対し親を悪者にし、何やっているんだと いう感想を持つのは早計だと考える。事実に至ったプロセスを考え、他の視点に立つことで、
初めて実体が見えてくるのではないだろうか。
上の仮定から出発して、私たちは、親の視点に立つことで新しく気づくことがあるのでは ないかと考えた。
発表では、空間を 4 つに分け、それぞれの空間で親の心情がどのようなものに変化していくの かを体験してもらえる構成にした。また、全体の空間において常に子どもの泣き声を流した。
また体験者には、はじめに児童虐待に関する記事を読み、考えや感想を持ってもらった。
空間の構成について、
1 つ目は、ストレスフルな空間である。日常において、家事や仕事、育児など、やらなけ ればならないことを視覚化し、ストレスフルな空間を作った。
2 つ目は、孤独な空間である。家事や仕事、育児を行っていく上で、誰かに頼りたいが頼 りづらい気持ちなど、ずっと独りで向き合っている状態になった当事者の心の中を、内も外 も真っ黒なボックスを作り、その中に入ってもらうことで表現した。
3 つ目、4 つ目は、外出先での周囲から向けられる言葉や視線をネガティブなものとポジティ ブなものに分け、実際に写真を撮り、言葉を添えて表現した。
また、全体の空間の中央に、ハートのオブジェを設置した。このハートのオブジェは見るア ングルを変えることによって、ハートに見えたり、見えなくなったりするようにデザインをした。
私たちはこのハートのオブジェに、物事を批判的に捉えることが大切だという想いを込めた。
最後に、再び児童虐待の記事を読んでもらい、はじめに持った考えや感想に対して、起こっ た変化を考えてもらった。
<ストレスフルな空間の風景> <周囲からの目や言葉を表現>
<見る角度によって見え方が変わるハートの オブジェ>
私たちのゼミでは「これは、こうだ」という考えの枠組みを一度解体し、再構築し、考え 方の幅を広げる力を養っている。そして、その重要性を発信していくことを使命としている。
たんに通念=常識を打ち破ってほしいのではない。なぜその考えが大多数に支持されてい るのかを理解してほしいのだ。その先でこそ、新たな視点に立つ必要性を理解する機会、そ の新たな視点に立つ機会が得られるからである。
私たちの学会発表に向けての準備は、春学期に、あるテキストを扱った学習から始まった。
そのテキスト内の健康をテーマにした章の中に「新型出生前診断(NIPT)」というワードがあっ た。出生前診断は、胎児の染色体異常の有無を判断する検査である。新型出生前診断は従来 の出生前診断より流産のリスクを下げ、検査の精度も高く、開始した 2013 年から 5 万組以 上の夫婦がこの検査を受診している。私たちは、この出生前診断をテーマに議論をした。特に、
「命の選択」ができるという点を掘り下げた。この診断は胎児に異常が発覚した時に、中絶を 行うか否かの選択ができるようになったという事実を生み出したのである。実際に、胎児に 異常があると診断された夫婦の大半は中絶を選択するというのだ。
ここから私たちは、命の選択を人権と結びつけ、関心を深めるために、大阪市にある人権博物 館でフィールドワークを実施した。その中で私たちは、いじめをテーマとした展示に特に衝撃を 受けた。私たちゼミ生全員がいじめを体験、もしくは、目の当たりにしたことがあり、身近な問 題であったからである。それを持ち帰り、いじめについての議論を進める中で、いじめ=他者と の関わり合いという観点から、私たちが生きている中で一番関わりを持ってきた他者とは一体誰 なのかを考えた。その他者を私たちは親と定義し、親と子の関係に注目をした。この親と子の関 係の中に存在する虐待という事実が、私たちのインスタレーションへと繋がった。出生前診断に おける親と子の関係、そして議論を経て至った親と子の関係が結びついた。そこにさらに、いじ めという誰かを傷つける行為、虐待という誰かを傷つける行為が繋がり、最終的に私たちは、批 判的な考え方を持つ大切さを発信するためのテーマとして「児童虐待」を選び取った。
私たちが目的としたのは、出生前診断を批判することでも、児童虐待を批判することでも ない。世の中に存在する、それら事実を受け止め、どのように捉えるのか、これからどのよ うに物事と向き合っていくのかを考えることが私たちの目的であったのだ。
世の中の大多数が支持する考え方は、正しいようで正しくない可能性がある。なぜなら、
新しいモノやコトが毎日誕生しているからだ。これまで当たり前だったことが、ある瞬間か ら当たり前でなくなる。そのような時代に生きるからこそ、私たちは柔軟に物事を捉え、対 応していかなければならない。そうしなければ、私たちは「おいてけぼり」を食らうことに なるのだ。
【 参 考 文 献 】
大原美知子 (2003)「母親の虐待行動とリスクファクターの検討―首都圏在住で幼児をもつ母親への児 童虐待調査から」 日本社会福祉学会『社会福祉学会』, 43 巻 2 号 , pp.46-57.
共同通信『虐待』取材班 (2014)『ルポ 虐待の連鎖は止められるか』岩波書店
厚生労働省「子ども虐待対応の手引き」 (2018/11/23 取得 , https://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/
dv12/00.html)
武田京子(1998)『わが子をいじめてしまう母親たち―育児ストレスからキレるとき』 ミネルヴァ書房 田中東子・山本敦久・安藤丈将編 (2017) 『出来事から学ぶカルチュラル・スタディーズ』 ナカニシヤ出版 諸富祥彦 (2016)『「プチ虐待」の心理―まじめな親ほどハマる日常の落とし穴』 青春出版社