1. はじめに
オーストラリアの農業部門は、GDP に占める 割合が 2.2%、雇用に占める割合も約 3%と低い ものの、輸出に占める割合は 12%(2009 年)と 比較的大きな地位を占めており(1960-61 年の 65%,1970-71 年の 41%からは大きく減少)、農 業生産の 60%は輸出向けである。オーストラリ アにとって日本は、農産物輸出の 16%を占める 最大の輸出国となっている(2007-08 年)。また、
日本にとっても、農産物輸入の 10%を占め、ア メリカ、中国、EU に次ぐ、第 4 位の農産物輸入 相手国である。特に、日本の市場における小麦、
大麦、牛肉、乳製品のオーストラリアの輸出の占
める割合は高い。しかし、干ばつを含む気候変動 により、2000 年以降、オーストラリアの農産物 輸出は大きく減少傾向にあり、オーストラリアか ら多くの農産物を輸入している日本にとっても食 糧安全保障上の問題となっている。本稿では、水 資源に注目しながらオーストラリアの農業生産と 水市場の現状およびその展望について分析する。
2. 農業生産と輸出
オーストラリアの農地面積は、約 4.2 憶 ha あ るものの、大半は草地(3.7 憶 ha)である。耕地 は 4,400 万 ha あり、その内の耕作面積は 2,700 万 ha となっている(2008 年、FAO)。耕作面積の
オーストラリアの農業と水市場を通した水取引
八丁 信正・松野 裕
近畿大学農学部環境管理学科
Australian agriculture and water trade through water market Nobumasa HATCHO, Yutaka MATSUNO
Synopsis
GDP share of Australian agriculture is only 2.2%, but the export share of agriculture is 12%, which has declined from 65% in 1960-61. About 60% of agricultural production is for export, and Japan is the biggest importer of Australian agricultural products.
Wheat, barley, beef and milk products from Australia have relatively large share in Japan. In this regard, the agricultural production in Australia has a direct impact on the import and food availability in Japan. After 2000, Australia experienced severe and prolonged droughts and climate variability, and the agricultural export of Australia has been in declining trend, which could pose serious threat to the food security in Japan.
In this study, Australian agriculture is analyzed from the point of limited water resources with average annual rainfall of 472 mm.
Agricultural sector is the biggest user of water in Australia, consuming about 65% of available water. To overcome the variability of rainfall and water shortage, water market and trading was introduced in the 1980s, which has become very active in recent years. Conditions and impacts of water market and trading are analyzed to understand the future prospects of water and Australian agriculture.
Keywords: water trade, water market, food security, water productivity, water right
内、主要作物は、小麦(1,380 万 ha)、大麦(450 万 ha)、カノーラ(菜種、140 万 ha)であり、全 体の 73%を占める。農業生産額は、446 億豪ドル
(2007-08)に達し、品目別には牛肉(17%)、小 麦(12 %)、 牛 乳(10 %)、 羊 毛(5 %)、 大 麦
(5%)で全体の半分を占める。また、農産物全 体の生産額に対する輸出額の割合は 61%である。
(2004-05 年〜 2006-07 年の平均)。また、品目別 の輸出依存度は異なり、羊毛(95%)および綿の 大半、小麦と砂糖の 75%、牛肉の 2/3、乳製品の 半分が輸出されている(2005-06 年と 2007-08 年 の平均)。
このように、オーストラリアの農業は輸出が中 心となっているものの、2000 年以降、鉱物を含 む他部門の輸出が伸びる中、農産物の輸出は低迷 しており、図 -1 に示すように、1980 年代以降維 持してきた約 20%のシェア―は、2001-02 年以降 急激に低下し、2008-09 年には 11%へと落ち込ん でいる。
輸出品目の中で、牛肉の輸出は 1990 年代に拡 大を続け、2000 年以降も 140 万トンのレベルを 維持している。しかし、表 -1 に示すように他の
品目は 2000 年以降輸出量や生産量が低下傾向を 示している。特に、かんがい割合の高い米、サト ウキビ、綿花は輸出量の減少が著しい。また、小 麦も干ばつの影響で、2002-03 年、2006-08 年の輸 出量は大幅な減少となったものの、2008-09 年以 降は従来のレベルに回復している。2009-10 年の 輸出予想値も約 1,500 万トンで、前年とほぼ同等 のレベルとなっている。
オーストラリアの小麦は天水による栽培である が、干ばつになるたびに収量が減少し、それに 伴って生産量が減少し、輸出も減少するという、
非常に不安定な生産・輸出状況となっている(図 -2)。
3. 水利用と農業生産
3.1 水利用
オーストラリアの年平均降水量は,472 mmと 日本の約 3 分の 1 であり,しかも偏在しており,
最北部,南西部,東部沿岸地域では適度な降雨 があるものの,他のほとんどの地域では降水が 少ない。
図 -1 農産物輸出が輸出全体に占める割合の変遷 出所:ABARE2009
表 -1 主要農産物の輸出量の変動 (千トン)
年 小麦 綿 砂糖 米
2001-02 16, 318 719 3, 644 580.3
2002-03 9 ,107 596 4 ,167 664.4
2003-04 17 ,868 459 4 ,060 216.5
2004-05 14 ,675 410 4 ,153 298.8
2005-06 15 ,969 650 3 ,883 167.3
2006-07 8 ,685 487 3 ,719 598.2
2007-08 7 ,444 266 3 ,493 92.3
2008-09 14 ,708 260 3 ,244 22.7
出所:ABARE(Australian Bureau of Agricultural and Resource Economics)2009
1990 年代は降水量も長期(1961-1990 年)の平 均より高く、農業生産も順調であったが、2000 年代に入ると、2 度の大きな干ばつと、降雨の地 域的、時期的な変動や偏りが生じている。特に、
オーストラリアの主要な農業生産地帯であるマ リーダーリン川を含む南東部は、2001 年以降、
高温と少雨という二重のダメージを受けている。
マレーダーリン川を管理するマレーダーリン川流 域 機 構(MDBA:Murray Darling Basin Authority)の年次報告によると、1891-2009 年の マレーダーリン川への流入量の平均は、110 億t
(m3 )であったが、1998 年以降は、54 億tと半分 以 下 の レ ベ ル に 落 ち 込 ん で い る。 さ ら に、
2008-09 年の流入量は、21 億tであり、長期の平 均の 19%にしかなっていない。2009 年の気温は 1961-1990 の平均気温より 0.9 度高く、1910 年来 2 番目に気温の高い年となった。また、10 年平均
の気温で考えると、これまで最も高い 10 年平均
(2001-2009)となった。降雨は、国土全体平均で は、年 453 mmと平均の 464 mmに近かったもの の、3 月から 11 月は南東部および南西部におい て 10 番目の乾燥年であり数年におよぶ干ばつが 一層深刻なものとなったと報告されている。
オーストラリアは国土面積の約 6 割,4.2 億 ha が農用地であるが,かんがいが行われているのは 約 250 万 ha にすぎず,農用地全体の約 0.5%にと どまっている。しかしながら,かんがい農業は,
農業生産額の 4 分の 1 を産出している。
図 -4 に示すように、大半のかんがい地区は南 東部に集中しており、特に点線で囲ったマレー ダーリン川流域(MDB:流域面積 106 万 km2 )で は国内農業生産の約 4 割が産出され、農業用水の 約 75%が消費されている。ここで、かんがいを 含むオーストラリアの水利用について、表 -2 に 図 -2 オーストラリアにおける小麦の収量の変遷 出所:ABARE 2009
図 -3 オーストラリアの年間平均降雨量 出所:Australian Bureau of Meteorology
示す。使用量の総量は 18,767GL(1GL =百万ト ン)であり、その大半(65%)は農業用水であ る。家庭用は 11%、産業部門で 7%となってい る。2004-05 年は平年と比べると降雨量が少なく、
その結果農業部門に対する配分は削減を受けるこ とになった。2000-01 年と比較すると、生活用水 で 1.7 億トンの減少、農業用水で 2.8 億トンの減 少となっている。
2004-05 年の農業部門における水使用量の内、
66 億トン(54%)は自らの取水で賄われ、53 億 トン(44%)が水供給業者によるもの、2.8 億ト ン(2%)が再利用によるものである。また、地 表水が 74%を占め、地下水が 23%となっている。
この中で、北部準州(NT)で 82%、南オースト ラリア州(SA 州)で 46%と、地下水への依存比 率が高くなっている。
ここで、表 -3 に営農部門別の水使用を示す。
かんがい農業による租生産額は、9,618 百万ドル
となっており、平均で水 1 トンあたり 0.74 ドル の粗生産額となっている。近年、水の有効利用に 関しては、従来のかんがい効率(%)の向上より も、単位使用水量当たりの生産量(ton/m3)や 生産額や収益($/m3)で表現される水の生産性
(Water Productivity)の向上が求められている。
部門別には、野菜、果樹、ブドウなどの園芸部門 が高い水生産性を持っており、逆に米、サトウキ ビ、綿花の水生産性は低い。つまり、水不足の状 態になれば、水は水生産性の低い部門から、高い 部門へと転用される可能性が高くなる。
4. 水取引
4.1 水管理政策および制度
オーストラリアにおける水資源政策は、連邦政 策と州政府レベルに分かれ、連邦政府は水管理に 関する基本政策や水質、塩害などの個別分野に関 図 -4 オーストラリアのかんがい地域 出所:Australian Natural Resources Atlas
表 -2 オーストラリアにおける部門別水使用量
部門 2000-01
(百万トン) 2004-05
(百万トン) シェアー(%)
農業 14989 12191 65.0
生活用水 2278 2108 11.2
水供給・下水道 2165 2083 11.1
鉱業・製造業・電気・ガス 1125 1273 6.8
その他 1146 1112 5.9
計 21703 18767 100.0
出所:Water Account, Australia, 2004-05
する政策を策定、実施している。また、マレー ダーリン川流域に関する諸政策にもかかわってい る。この中で、国家水資源委員会の水管理ビジョ ン(2006 年 9 月)では、費用効果の高い水利用 効率、水利権の確実性と透明性、水システムの環 境持続性、水市場と水取引の全国的な展開などが 示されている。また、水管理改善のための総合戦 略として、国家水憲章(2004 年)が策定されて おり、水利権(かんがい)、水市場・水取引、水 プライシング、水の統合的管理が主要課題とされ ている。特に農業用水の分野では、生産性と効率 の向上が求められており、高付加価値型への営農 形態の転換を図ることにより水利用の効率化を推 進し、利用可能量以上の割当が行われている水利 権の割当量の適正化により、農業用水の利用を抑 制する方向が示されている。また、水法 2007 で は、気候変動および水大臣、MDBA, およびオー ストラリア競争・消費者委員会( the Australian Competition and Consumer Commission
(ACCC))にたいして、水利用料金、水市場、取 引ルールの設定に重要な役割を与えている。この 中で、2009 年 6 月に、気候変動および水大臣は、
かんがいの権利を取引可能な水利用権(tradable water access entitlements)に変更するという水 市場の規則に署名した。このため、かんがいのイ ンフラ管理者は、2010 年 1 月 1 日までにこれら の規則を遵守することが求められている。
2004 年から 2006 年にかけて連邦政府と州政府 は水に関する長期的な青写真として、国家水イニ シャティブ(National Water Initiative: NWI)に
合意している。NWI では、水の権利、水管理や 環境流量、水市場の形成、水価格の設定など、水 に か か わ る 根 本 的 な 方 向 性 が 示 さ れ て い る。
NWI が調印されてからの政策的変化として、マ レーダーリン川の取水を持続的取水限界までの取 水にとどめられるように MDBA に新しい流域計 画(New Basin Plan)の策定を求めたことがあ げられる。2010 年中期にはこの計画のドラフト が策定される予定である。この中では、オースト ラリア競争・消費者委員会(ACCC)の勧告に基 づく、新しい水取引の規則も盛り込まれることと なっている。マレーダーリン川においてオースト ラリア全体の農業用水の約 70%が使用されてい ることを考えると、この新しい流域計画は連邦の 水法 2007 の根幹をなすものであり、オーストラ リア水改革の青写真として位置づけることができ る。
2007-08 年には、オーストラリア政府は水の未 来計画の中で、31 億ドルの MDB バランス修復 計画を公表した。この中では、市場価格で希望す る売り手から水利権を買い上げ、環境改善のため に利用することで、持続的取水限界の目標を達成 しようとするものである。2009 年には、連邦と VIC 州は、水利権の州間移動の4%制限の段階 的撤廃について合意しており、2011 年から徐々 に撤廃し、2014 年には完全撤廃を目指している。
この合意により、4%制限の例外として、連邦は 5 年間に渡って3億トンまでの追加的水利権の購 入が行えるようになった。同様の合意は NSW 州 とも完了済みである。
表 -3 営農部門毎の水使用と水の生産性(2004-05)
営農部門 利用量
(百万トン) 割合
(%) 粗生産額
(百万ドル) 水生産性
(ドル /m3)
酪農 2,276 18.7 1,632 0.72
草地 1,928 15.8 -
綿花 1,822 14.9 908 0.47
サトウキビ 1,269 10.4 477 0.38
穀物 1,162 9.5 -
畜産 1,035 8.5 -
ブドウ 717 5.9 1,314 1.83
果樹 648 5.3 1,777 2.74
米 631 5.2 102 0.16
野菜 455 3.7 1,761 3.87
その他 249 2.1 - -
計 12,191 100.0 9,076 0.74
出所:Water Account, Australia, 2004-05
4.2 水取引とは
オーストラリアでは 1980 年代に入ると、増大 する人口と農業生産の拡大により水需要が増大 していたにもかかわらず、ダム建設を中心とす る新規の水資源開発が難しくなり、水資源の不 足が深刻化していった。これに対し、水利用の 効率化を図るため、1980 年代より水取引が開始 された。しかし、土地所有権と水利権が一体と なっていたため、水取引の大幅な拡大が困難で あった。その後、水取引を推進するため各州に おいて土地所有権と水利権が分離され、水利権 のみの取引が可能となった。また、同時に水取 引制度の整備が順次行われてきたため、水取引 が活発化し、特に干ばつが深刻となった 2000 年 代に盛んに行われるようになった。水取引とは、
水 利 用 権(water access entitlements) に 規 定 された水配分(water allocations)に関する取引 のことである。水取引は恒久取引(permanent water trade: 所有権、利用場所)と、一時取引
(temporary water trade: 特定時期に配分された 水の取引で、1 年以内の譲渡という形態となる)
に区分される。つまり、一時取引は、水利権を 所有したまま、一時的に水を一定の期間だけ売 買することであり、その期間が過ぎれば水を利 用する権利は再び行使できる。
取引には、個人、企業、州・連邦政府も参入し て行われており、水利用者間での直接取引やブ ローカーを介して取引を行う場合もある。また、
インターネット(例えば、Waterfind:http://www.
waterfind.com.au/)での取引も可能となっている。
ただ、取引を実施するためには、関係する州政府 の承認が必要となる。
水取引の根拠法、制度は州ごとに違っており、
国全体で一律のシステムが存在するわけではな い。また、かんがい用の水利権は、利用可能な上
限 を 定 め た 水 利 権(water right, water access entitlements 等、州ごとに呼び名が違う)と、水 利権の範囲内で、その年の利用可能量によって規 定される水使用権(water allocation)に区分さ れる。さらに水供給の信頼度に応じて安定水利権
(High security/reliability)、 普 通 水 利 権
(General security/low reliability)、 暫 定 水 利 権
(Supplementary)に区分され、干ばつになれば その信頼度に応じて水使用権(割当量)がカット される。例えば、安定水利権は、果樹など2年生 以上の作物が対象であり、一般作物対象の普通水 利権と比較して割り当てにおいても高い優先順位 が与えられる。
4.3 水取引の状況
2004-05 年には、1,802 件(2.5 億トン)の恒久 取引と 13,456 件(11 億トン)の一時取引が行わ れた。恒久取引では、州をまたいで取引が行われ る州間取引も 2004 年から開始されているが、特 に恒久取引では州間取引の量は非常に少ない。恒 久取引は、ビクトリア州(VIC 州:0.6 億トン)
や西オーストラリア州(WA 州:0.6 億トン)が 中心であり、一時取引では、VIC 州(4.4 億トン)、
ニューサウスウェールズ州(NSW 州:3.8 億ト ン)が大半を占めている。その後、干ばつが深刻 になるにつれて取引量は拡大し、2008-09 年には、
5,766 件(18 億 ト ン ) の 恒 久 取 引 と、26,284 件
(22 億トン)の一時取引が行われている。2007-08 年、2008-09 年の水取引の状況について、表 -4 に 示す。
国全体では、恒久取引で 18 億トンが 2008‒09 年に取引された、これは前年のほぼ 2 倍であり、
総量ベースでは、総権利の約 7%に相当する。ま た、2004-05 年と比較すると、7 倍となっている。
取引活動も活発で、2008‒09 年には 5,766 件の取 引が記録され(月平均 481 回)、これは前年比 表 -4 オーストラリアにおける水取引量の変化
取引形態 恒久取引 一時取引
地域 2004-05
(億トン) 2007-08
(億トン) 2008-09
(億トン) 変化率*
(%) 2004-05
(億トン) 2007-08
(億トン) 2008-09
(億トン) 変化率*
(%)
南部 MDB** - 6.2 10.8 +75 - 12.4 17.4 +41
他のシステム - 3.0 7.2 +138 - 3.6 4.2 +17
国全体 2.5 9.2 18 +95 10.5 15.9 21.6 +35
* 変化率は、2007-08 から 2008-09 年への変化、
**マレー・ダーリン川流域(MDB)の内、SA 州と VIC 州および NSW 州のマリー川流域およびマランビジー川流域を含む地域 出所:NWC:Australian Water Market Report 2008-09
41%の増加となっている。さらに、一時取引も 21.6 億 ト ン が 取 引 さ れ、 こ れ は 前 年 比 35 %
(2004-05 年から 106%の増大)である。
州をまたぐ恒久取引は比較的少ないものの
(2008‒09 年にはゼロ、2007-08 年に MDB で 1 件 2 億トンの取引が行われた)、一時取引は活発に 行われ、2008-09 年の量ベースでは、一時取引の 28%が州をまたぐ取引となった。NSW 州は、全 体で 5.5 億トンの水を VIC 州と SA 州へ輸出して いる。SA 州は純輸入州(3.4 億トン)で、2007‒
08 年と比べると取引量は 130%の増大となった。
VIC 州は約 0.3 億トンを SA 州に輸出しているも のの(前年と比較すると半減)、NSW 州から輸 入しており、全体では純輸入州である。MDB を 通した州間取引の輸出入のパターンは前年と同様 であるが、量的には 2007-08 と比較して 3.5 倍に 増大している。
4.4 取引価格
水権利の取引の総価格は 2008‒09 年で約 22 億 ドル(平均 1,222 ドル / 千トン)であり、これは 前年比 162% の増大である。この高い市場価値は 取引量と価格の増大によるものである。恒久取引 の平均取引価格は約 883 ドルであり、供給の安全 性の高い権利(high reliability entitlements)は、
千トン当たり 2 千ドルで取引され、これは 2007-08 年の 1,750 ドルから大きく上昇している。(2004-05 年では、QLD の 1750 ドル、WA 州の 680 ドルが 報告されている。)
一時取引の総額は、6.1 億ドルであり、2007-08 年の取引総額から約 28%の減少となっている。
これは取引総量が 35%上昇したものの、平均価 格(282 ドル / 千トン)は 40%の減少となったた めである。MDB の大半の地域での一時取引の平 均価格は、千トン当たり 350 ドルとなっている
(2004-05 年 で は、NSW 州 で 96 ド ル、WA 州 で は 80 ドルで取引されている)。一時取引の場合、
取引価格は、水利権の信頼性や供給条件や地域等 によって大きな違いが生じると考えられ、干ばつ がひどくなれば、700 ドルにまで高騰した事例も 報告されている。
4.5 州レベルでの取引の規制と取引の状況 取引の規制は州ごとに行われており、例えば、
VIC 州では地域の社会経済面への影響に配慮し、
特定のかんがい区から年間 4%(2005-06 年の 2%
から拡大)以上の権利を販売することを禁止し、
特定の非水利用者が、一定の水域で 10%以上の 権利を保有することも禁止(2007 年7月、2009 年の終わりに解禁)していた。また NSW 州でも 同様に 4%の権利販売の制限が設けられている。
ただ、SA 州では一時、取引量の制限が掛けられ ていたが、制限に達することがなかったため 2009-10 年にすべて解禁となった。
こ う し た 取 引 制 限 に よ っ て 2008‒09 年 に は VIC 州でかんがい区からのネットの水輸出を総 権利量の 4% に制限するという規制が 6 つのかん がい区に課せられた。例えば、マランビジー
(Murrumbidgee)かんがい区では、権利取引が 2009 年 3 月に 2008‒09 年の 4%制限量に到達した ため、この地域における水利権の取引が禁止と なった。この様に、各州による取引制限が、柔軟 な水取引を阻害しているという問題が指摘されて おり、VIC 州政府は、2009 年 5 月に非水利用者 が水利権の内、10% までしか所有できないとい う制限を 10 月 31 日までに撤廃すると発表した。
また、2009 年 6 月には、連邦および VIC 州政府 は VIC 州のかんがい区における4%制限を 2011 年 7 月から段階的に削減し、2014 年までに撤廃 することに合意した。
水取引は農業目的ばかりでなく、都市用水確保 のためにも行われている。2008‒09 年に SA 州政 府は、都市及び農村部の危機的な水不足を解消す るため 2.9 億トンの水配分を購入した。この内 2.0 億トンはアデレードの都市用水用に、0.3 億トン を他の都市用水用に利用し、0.6 億トンは農業(永 年作物)の危機的状況に対応するため約 6,700 万 ドル(1,117 ドル / 千トン)で購入し、約 1,500 のかんがい者に配水した。
4.6 環境購入
マレーダーリン川流域では水の過剰取水が行わ れ、環境用水の不足から環境影響が発生してい る。このため連邦政府は、マレーダーリン川流域 管理に関して、専属で管理を行うという方向を打 ち出しており(2007 年 水確保全国計画)、過剰 配分問題(水資源利用可能量以上の権利配分が行 われている)対応の一環として、水利権の買い戻 し(環境用水へ転用)を行っている。購入した権 利は連邦環境水ホルダー(水保有の制度)中でマ
レーダーリン川の環境資産を保全、回復するため に管理される。2007-08 年に行われた最初の入札 で、連邦政府は 2,400 万トンの権利を、3,400 万 ドルで購入している。2009 年 6 月 30 日時点で、
水ホルダーには 6,400 万トンの水が登録されてお り、この他、新たに 3.82 億トンの権利を購入す る契約(登録は行われていない)を交わしてお り、将来的に水ホルダーの全体量は 5.88 億トン、
総費用 9.13 億ドルに達することになる。
2008‒09 年の全国の権利取引 18 億トンのうち、
16.4 億トンはマレーダーリン川流域内で行われ、
その内の 15.3 億トンは MDB の水収支回復プロ グラムの枠組みの中で購入されている。つまり 2008‒09 年に連邦政府が購入し、登録した 6,400 万トンは、マレーダーリン川で登録された全体権 利取引量の 3.9%であり、水収支回復プログラム の枠組みでの取引の 4.1%にしか達しておらず、
全体の取引からするとそれほど多くない。
また、2009 年 9 月 30 日までに合意された 5.88 億トンの購入のうち 72% は NSW 州から(すべて 低い信頼性の権利:lower reliability entitlements)、
24% は VIC 州から(ほとんどは、高い信頼性の 権利:high reliability entitlements)、3% は SA 州 から(すべて高い信頼性の権利)、1%は QLD 州 から(すべて中程度の信頼性の権利:medium- reliability entitlements)となっており、干ばつ時 には信頼性の低い権利に対する配分が限定される ことを考えると、環境購入の有効性は限定的にな らざるを得ないと考える。
5. 水取引の評価
5.1 水取引の推移
MDBA の水監査・モニタリング報告では、南 MDB で の 水 取 引(1998-99 年 と 2007-2008 年 ) は、一時取引(割り当て量取引)で 5.4 億トンか ら 7.6 億トンへと 42%の増大であり、これは全体
の割り当て量の 6%から 24%への増大となってい る。つまり、2007-08 年には割り当て量の約 1/4 が取引されたことになる。同様に恒久(権利)取 引量も大きく増大している。2002-03 年までは、0.2 億トン程度の取引が、2005-06 年には 0.4 億トン へ と 若 干 拡 大 し、2007-08 年 に は 3.9 億 ト ン と 10倍以上に急拡大している。しかし、この報告 に は 未 整 備 の 河 川 や 地 下 水 の 取 引 を 含 ま ず、
NSW 州のかんがい公社や SA 州のかんがい信託 内部での取引を含まないといった理由により、取 引全体より低い数字となっていると考えられてい る。オーストラリア水市場の報告では、2007-08 年から 2008-09 年では、一時取引 11 億トンから、
17 億トンへと 58%の拡大、恒久取引が 5 億トン から 11 億トンへと 116%の拡大となったとされ ている。
5.2 水割り当ての状況
水の割り当ては、水利権やその信頼度によって 決定される。NSW 州 ,VIC 州 , SA 州のかんがい 地域毎の割り当て割合(%)の推移を表 - 5に示 す。干ばつに対応して、優先順位の低い普通水利 権には大きな割り当て削減が行われていることが 明らかである。
恒久取引は、新しく園芸農業の発展している VIC 州 の Murray 地 域 で 2003-04 年 か ら 2006-07 年の間に 0.7 億トンの購入が行われた。特に、
2006-07 年には1年で 0.2 億トンに達している。
また、SA 州の園芸農家は 2006-07 に 0.1 億トン の購入を行っている。また、酪農農家および混合 農業の VIC 州の Goulburn 地域では、2003-04 年 から 2006-07 年だけで 0.8 億トンの販売が行われ ている。このように、比較的収益の低い部門か ら、高い部門へと水の権利の移動が起こってい る。また、表 -6 に示すように、一時取引の価格 は、2007-08 年から 2008-09 年にかけて減少して いるにも関わらず、恒久取引の価格は大幅に上昇 表 -5 かんがい権利水量と実際の割当量
かんがい地区 権利量(百万トン) 98-99 02-03 05-06 06-07 07-08 08-09
VIC 州 Murray HRWS* 1182 100 100 100 95 43 35
VIC 州 Murray LRWS** 301 100 29 0 0 0 0
NSW 州 Murray HS* 184 100 100 97 69 50 95
NSW 州 Murray GS** 1668 93 10 63 0 0 9
SA 州 Murray H* 672 100 100 100 60 32 18
*HRWS,HS,H:安定水利権、**LRWS,GS:普通水利権
している。恒久取引の価格上昇は、長期的には水 需給が一層タイトになるという状況を表している ものと考える。
例えば、米の生産は水の利用可能量と大きく関 係している。米は 100% MDB で栽培されてお り、水の割当が長期的な平均レベルであった 2001-2002 年には約 120 万トンの生産が行われ、
生産額は 3.8 億ドルに達した。しかし、水の割当 量が少なくなった近年では、生産の減少が続き、
2006-07 年には 16,000ha の作付けしか行われず、
生産量は 17 万トン足らずに激減している。米作 農家は、水の割当が少ないと予想した場合、代替 作物として小麦や大麦といった冬作物の作付けを 行う可能性が高くなってくる。もし、作付け後に 水割り当てがあった場合は、その割り当てを水市 場で販売することもできる。一方、米の価格に対 する栽培インセンティブも弱まっており、例えば 2007-08 年に 328 ドル / トン であった米の価格が、
450 ド ル / ト ン に 上 昇 し た に も か か わ ら ず、
2008-2009 年の米の生産は 7 万トン弱にとどまっ ている。特に干ばつの厳しかった、2004-05 年か ら 2008-09 年の間の 5 カ年平均の米生産量は 32 万トンである。これは、米を作るよりその割り当 ての権利を販売したほうが、利益があがるという 状況が生じている証拠である。
5.2 取引の影響と評価
1998‒99 年から 2008‒09 年の間における南マ レーダーリン川流域の水取引の経済、社会、環境 面の影響を NWC が評価している(NWC2010)。
この中で NWC は、水取引が水資源の経済、社 会、環境価値を最大化するという NWI の目標を 達成するために大きな貢献をしたと評価してい る。この検討では、南マレーダーリン川流域のか んがい地区が干ばつや、低い水配分、ミルクやワ イン用ブドウの低い価格という状況に、どのよう な対応を行ったかを分析している。対応の違い は、栽培作目、農業の比重、かんがい開発の状況
(圃場の規模、基盤整備、水の賦存状況)、水資源 管理にかかわる制度的枠組み、などによって異 なってくるものの、水取引がかんがい利用者にか んがい農業を取り巻く変動に対応するための非常 に有効な手段を提供したと報告している。土地か ら取引可能な水の権利を分離することにより、水 の価値が明確になり、個人や企業は水利用や生産 の決定においてより柔軟な対応をすることが可能 となった。この柔軟性によって、干ばつやこれま で経験したことのない水配分の変動に対応するこ とが可能であり、水取引のオプションにより、自 己の資産を増大させ、借入金やリスクの管理にも 対応可能となった、と報告している。
経済モデルを使った分析では水取引による国全 体の利益は 2008-09 年において GDP を 2.2 兆ド ル押し上げたと見積もっている。また、かんがい 表 -6 取引価格の推移
かんがい地域 2007-08 年 2008-09 年
一時取引価格(ドル / 千トン) VIC 州 Goulburn
NSW 州 Murrumbidgee 702
566 381
375
恒久取引(ドル / 千トン) VIC 州 Goulburn 1602 2167
図 -5 オーストラリアの米生産量の変動 出所:FAO(2010)
産業、都市の水利用者、環境にとっても水取引が 利益をもたらしており、少ない降雨、流出および 水配分により、水が下流域にある永年作物へ再配 分されるという取引パターンを作り出し、永年作 物への給水が可能となった、と評価している。
また、水取引に伴う水利用の変動は地域レベル では 10%以内であり、水利用の減少が必ずしも 農業生産の減少には結びつかず(農民の自助努 力)、より高価値の水利用につながる地域内の取 引により、水利用量が大幅に減少したにも関わら ず、地域の農業生産は深刻な影響を受けなかった と分析している。
水取引による社会・経済的な影響は生産面に 止まらず、地域のアグリビジネスや関連産業に 大 き な 影 響 を 及 ぼ す と 考 え ら れ る。 し か し、
NWC の分析では、水取引による影響を、水配分 や作物価格の低下といった他の要因から分離す ることは非常に困難であり、農業における人口 や雇用の変動が水取引の有無にかかわらず地域 の中で同様の傾向を示しているという事実から すると、水取引そのものよりも、干ばつや、進 行中の社会、市場、技術等の変動のほうがより 大きな変動要因であると分析している。つまり、
水取引は変動に対応するためのメカニズムであ り、それ自体が変動を引き起こしている要因と は言えないと結論付けている。
もちろん、経済基盤の弱いかんがい中心の地域 では、水取引が調整のスピードを速めることにつ ながった事例も見受けられる。例えば、水取引は 一般的に、水を NSW 州の米地域や、北部 VIC 州の牛乳生産地帯からの水の売り渡しを意味して おり、こうした地域での地域経済への影響は深刻 なものがある。しかし、水の販売による収入は個 人の農家や地域経済への支援にもなっている。も し、水の取引ができなければ、干ばつによる影響 は、より深刻なものになっていたと考えられる。
環境面からは、取引の影響は他の要因からの影 響(河川制御、干ばつ)と比べて非常に小さかっ たと考えられる。逆に、水取引の増大により、水 が上流から下流部に流れ、環境にとっては利益の ある流れを提供する結果となった。
6. おわりに
本検討では、オーストラリアにおける水と農業 および水取引の状況について、取りまとめを行っ た。乾燥地域に属するオーストラリアでは、水の 利用可能量が農業生産の動向を左右するといって も過言ではない。かんがい農業は、オーストラリ アの租生産額の 40%を産出しているが、その内 容は近年の干ばつ、水不足によって大きく変化し つつある。つまり、水の生産性で考えた場合、生 産性の比較的低い米や綿花、砂糖といった作物か ら、高付加価値であるブドウ等の果物、果樹、野 菜へと転換が進んでいる。水の取引もこうした状 況を反映しており、上流の米や酪農地域から、下 流の野菜、果樹生産地域への取引が盛んである。
継続する水不足と気候変動への対応、10 年にお よぶ干ばつがもたらした借金による財務条件の悪 化により 2007-08 年および 2008-09 年の過去2年 で水取引は急激に拡大している。一方、天水で主 に栽培されている米を除く穀物や牧草は、水市場 や水取引とは直接関係しないものの、オーストラ リアでは気候変動に伴い、降雨量の減少や温度の 上昇が発生する確率が高いといわれており、生産 の変動幅が一層拡大する可能性が高い。
オーストラリア政府は、水市場や取引の拡大 が、農業生産や農家の選択の幅をひろげ、気候変 動を含む変動に対して柔軟な対応が可能になると して、いっそう水市場の活用や整備を推進してい る。さらに、過剰利用による水環境改善のために 水利権の買い上げを強力に推進しており、水を取 り巻く状況は大きく変化しつつある。水が農業生 産に不可欠であり、その管理や利用の方向性が食 糧の輸出にも影響することを考えると、日本の食 糧安全保障を考える上でもオーストラリアの水問 題の動向に注目しておくことが重要である。
なお、本研究は、科学研究費補助金「気候変動 等による水資源制約が穀物輸出国の生産と日本の 食糧安全保障に及ぼす影響分析」の調査の一環と して実施したものである。
参考・引用文献
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NWC(2007) The National Water Initiative- How does it affect me?
NWC(2009)Australian Water Market Report 2008-09
NWC(2010) The impacts of water trading in the southern Murray‒Darling Basin: An economic, social and environmental assessment
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リアの農業と農業政策
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源 問 題 の 状 況 と 対 応。Primaff Review No.28,p. 6-11
森的 輝(2010)在オーストラリアの日本大使館 メモ「オーストラリアの水取引について」