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文
日本に於げる地震波動の偉播に就て
図
戸 ロ 回信
本年三月披の気象集誌々上に於℃著者は日本に於ける地震波の俸搭速度が、日本の島孤に沿へる方向 左其れに直角な方法どに於て異なる事を遮ぺ化。此の事賞は我園に昨年中起ワ化地震・明、震央地附廷に 於て張震に属する地震に就て其の等後震時線を書いて見た所其れが闘中賀線にで示す如く略本邦の島孤 代直角な方向に共の長軸を有する如き,一一組の同心陪固にて表は3
れる事と等初期微動繕緩時間線が島弧 民沿ふた方向に長軸を有する同心陪園の一組にて表は3
る、事から錫納したのである。而し℃更に主要 動の後現時刻の等し3
駄を結ぶ線を引くさ之れは一組の同心固となって現はれた事から跨納すると表面 波は震央から凡ての方向に二殺な速度て停 r搭する事を知った。故に等後震時線に依って現はされた一組 の惰国の長軸 M A 短軸は其等の方向に停携する地震縦波の見掛けの速3
を奥へる事になる故其れから此の 爾方向の縦波の速度を計算する事が出来る。ノ
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手j-前述した気象集誌に載せた論文中には只此の速度を一一、三の地震の等後震時線から大践の測定をし℃ 出した数値を載せて置いたので今回は其の方法と材料を昨年中に起った地震中次の五個のものに就て測 ったものを載せて見る。叉等後.震時線は各十秒毎に引い℃あるのぐ其の問の距際を十秒て割ったものは 縦波の見掛けの速度を奥へる事になる。故に沼地 h v 震に℃縦波速度の賃際の値に近似なものを出すため には震源の深さを是非共仮定せねばならない。故に著者はグ
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-プ ン 。 へ Y ヒの設に従て卒均の震源の深さ を四十粁t
限定して各十秒毎の等後震線が陥閣の長軸及短軸と交る結から震源迄の距離を方眼紙上から 求めた。此の時震波は直線吠に進むものとじて考へ℃ある。斯して求めた震源距離の相隣れる等後震時 線に相営するもの︾差を求めて之れを十秒て割れば其れが求なる縦波の一速度さなる。 (震源距離は等愛震時線と惰闘の長軸(或は短軸)との交貼より震源迄の距離﹀ とt σやn 、 F 岡 E 4尋華E B UCコ14ChコUcpMr勺 苦 手 伽 意 同 》、 ト〉 ωpCE-,tchコ同J、コπ。 αbコ- 諸 凶 同 ~ 慣 a十 諜 活I
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。
。
293 115 162 50 10 418 95 10.5 212 5.2 20 513 大正十二年八月十二日三時十九分紀伊地震 19分 10秒 91粁 111粁 粁/秒 64粁 46粁 粁/秒 20 202 106 110 54 30 308 10.9 164 5.0 大正十三年八月十五日一時二分鹿島灘地震 2分 50秒 81粁 91粁 粁/秒 45粁 67粁 粁/秒 3。
。
162 81 112 61 10 230 63 173 60 20 293 89 233 67 30 382 8.1 300 6.4一
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0'1 。 h、3 O hZ 2常¥R 、、 如斯くし℃日本の島弧に直角な方向には毎秒九,九粁、卒行なる方向には五・七粁の速度を以て進む 縦波の速度を得る。此の佐は前聞のものと僅少の差があるが之れは前回のが材料僅少に蹄因するのであ る。向日下多数の地震に就て計算中である故近く倫々正確な値を後表するつもりである。 又一つ一つの地震に就て得た縦波速度の卒均値の聞記も多少の差違があるが之れは震源の深さ及び地 震の強さに依って縦波の速度が多少山硬化するものである事から説明出来ゃう。 更に初期微動鍛綬時間の相等し3
結を連ねた線即ち等 P L 線を関東卒野に起る地震に就て、銚子、水 戸、熊谷、前橋、筑波山、東京、沼津、布良等の材料に依つ℃引いて見ると滋にも共の線が降固になる 事震を殺見しだ。然し猶材料が不充分であるために近く纏めた上で後表したい考へを持って居る。 次 に 佐 一 守 政 掠 震 時 総 の 作 る 陪 闘 の 中 心 と 等 P L 線の陪国の中心さが一致せゴる事が殆んと凡ての場 A n に 起 五.事4・ /、 って居る。閏に示した昨年一月十五日の地震に就て見ても前者は相模慢の沿岸近くにあるに反し後者は、 相模中部にある。之れないとも面白い事ではあるまいか。 制等後震線の示す降圏一性は大陸のスト V ツスに依る雨方向の地質の根本的差遣に依るものではあるまい かと考へ℃見たが震波が弾性の更に大なる地質に遭遇