自分の思いで活動していく姿を願って
−1年2組『秋の虫たちとなかよしになろう』の実践から−
松 永 勝 1.本教材に込めたもの
4月ヾ小学校生活に期待に胸膨らませ、入学してきた1年2組の子どもたち。新たな出会いや発見 に目を輝かせ、学校での生活を楽しんでいる様子がうかがえたが、中には慣れない環境に戸惑う子も いた。そこで、子どもたちにもっと学校生活を楽しんでほしいと願い『○○となかよし』を設定した。
子どもたちは、自分が楽しみたいという思いから、自ら友達や教師、学級のマスコット人形、校内の 植物や生き物などの対象に働きかけていった。中でも人気を集めたのは、学級で飼育しているうこっ
けいだ。子どもたちは、初めてうこっけいに出会った時、鋭い爪やくちばしを見て、怖いと言ってい たが、世話をすることで親しみを感じ、もっと仲良しになりたいという思いを強めていったようだ。
やがて、子どもたちの興味、関心はダンゴ虫やザリガニ、カエル等の身近な生き物に広がっていっ た。飼育ケースをいっも机の上に置いて、生き物の様子を眺めていたり、手に乗せて遊んだりしてい る姿が見られるようになった。私は、子どもたちがもっと生き物と遊びたい、生き物を自分で捕まえ てみたい、生き物のことをもっと知りたいなど、生き物に働きかけたいという思いを強めているのを 感じていた。
そこで私は、子どもたちが秋の虫たちと思う存分にふれあう機会を設けようと考えた。初秋を迎え ると、身近な野山や公園の草むらでは、バッタやコオロギなど多くの秋の虫が、活発に活動するよう になる。また、これらの虫は掃まえたり、飼育したりすることも比較的容易である。子どもたちは虫 に出会うと、跳ねたり飛んだりする動きのおもしろさや、身体のつくりの不思議さに惹かれ、虫を捕 まえたい、虫と遊んで楽しみたいと思いをふくらめていくだろう。そして、実際に虫を捕まえたり、
虫と遊んだりする中で、その子なりの喪しみを見っけ、自分の虫に親しみを感じていく。虫に対する 興味、関心を深めた子どもたちは、より意欲的に自ら虫に働きかけていくことで、虫に対する思いを
明らかにしていくだろう。虫とのふれあいを通し、自分の思いで活動する楽しさを味わうことで、今 後、子どもたちが出会うさまざまな対象に対して、より意欲的にかかわっていく姿を期待していた。
2.K男君のとらえと願い
入学したばかりの頃、K男君は休み時間になると、図書室で借りた自然科学の図鑑を見て、一人で 過ごしていることが多かった。生き物や星が大好きで本を読むことを楽しんでいたようだが、同じ幼 稚園からの友達が一人もいないことから、自分から友達に話しかけることができないでいたのだろう。
4月末のある日、それまで怖くて誰も触れなかったうこっけいを、初めてK男君が抱き上げた。そ の様子を見た周りの友達◆は「K男君は勇気があるね」「怖くて私にはできないよ」と驚き、褒め称え た。すると、彼は「温かいから触ってごらん」と、友達に話しかけていった。少し恥ずかしそうでは あったが、自分から友達に話しかけることができた喜びを、彼は感じていたようだった。
9月の初め、K男君は、おじさんからもらったクワガタのことを、目を輝かせて私に語りかけてき た。それまでは、友達が私と話をしている姿を見ても、隣で微笑んでいるだけだった彼が、下校時刻 になっても話を止めようとせず、夢中になって話し続けていた。生き生きと話す彼の姿を、私は嬉し
く思うと同時に、彼が今、自分の思いを出そうとしてきているのを感じた。
そんなK男君に、私は本教材を通して、虫と存分にふれあう中で、自分の思いで虫に働きかけてい く姿を願った。K男君なら、虫を描まえたり虫と遊んだりする中で、自分がやりたいことを見っけ、
自ら活動していくだろう。「僕は○○を摘まえたい。だから、こんなところを探せば、その虫がいる はずだ」と、彼は虫を捕まえることを楽しんでいく。また、自分が挿まえた虫だからこそ、愛着を感 じ、長生きをさせようと本で飼い方を詳しく詞べたり、飼育ケースの中の環境を自然に近づけ、虫が
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住みやすいように工夫したりしていくに違いない。
虫とのふれあいを通してK男君は、虫と一緒に楽しみたいと思う気持ちを強めながら、自分がやり たいことは何であるかを見っめていく。見っめることで、彼は、自分がやりたいことをより確かなも のにし、自分の思いで活動する楽しさを感じていくだろう。そうすることで、彼がこれからの生活に おいて、自分のやりたいことにより意欲的に取り組もうとする姿が期待できると考えた。
3.シオカラトンボの雄を捕りたい
登呂の田んぼに雑草取りに訪れた子どもたちは、草取りをする中で、
そこに住むさまざまな虫たちに出会った。そこで、「いろんな所に虫を 探しに行こう」と投げかけると、子どもたちはそれぞれに、虫を求めて 意欲的に活動し始めた。
K男君は、初め、思うように虫を見っけられず、戸惑っていたが、苦 労してようやくバッタを捕まえることに成功した。その時友達から「そ れはイナゴだよ」と言われても、彼は「イナゴじゃないよ」と否定した。
それは本当に彼の言うようにイナゴではなかった。物怖じせずはっきり 答えた姿に、虫のことなら誰にも負けたくないという彼の思いを、私は 感じていた。
しばらくすると、今度は自分から「ほしかったコオロギね、座ってた
ら服についてたの」と、捕まえたコオロギを私に見せに来た。続けて2 〈虫を探す子どもたち〉
匹目のコオロギを捕まえ喜ぶ彼に、「K男君はコオロギを集めているんだね」と声をかけた。すると 意外にも「だけどねえ、僕はねトンボを狙っているの。シオカラトンボの雄。青いの」と答えた。彼 が突然、トンボの種類の一つであるシオカラトンボの名前を出してきたことや、雌雄によって色の異 なる特徴までも知っていたことに、私は驚いた。おそらく、バッタやコオロギを捕まえ、虫捕りのお
もしろさを実感したことで、次はトンボを捕ってみたいと思いをふくらめてきたのだろう。
バッタやコオロギよりもさらに動きが素早く、しかも、この田んぼの周りを飛んでいるトンボの中 で、極めて数の少ないシオカラトンボの雄を捕まえることは、口で言うほど簡単なことではない。し かし、自分の思いで力強く動き出した今のK男君なら捕れるかもしれない。その時こそ、自分で捕ま えた彼を認め、より虫を描まえることに自信をもたせたいと考えた。そうすることで、彼がより意欲 的に虫にかかわろうと、自分の思いをもって活動を広げていく姿を期待していたからだ。
辛抱強く探し求めるうちにチャンスは訪れた。K男君は、青いトンボが草にとまったのを見っける と、足音を立てないように静かに近づき素早く網をかぶせた。
C 先生、トンボ捕れた!
T すごいじゃん、K男君。狙ってたやつ一でしょ。よかったね。
C 赤いトンボの方がずっと多かったけど、青いのがとまってるのを見てね、さっとタモを下ろ したの。
そう話すK男君の顔は、まさに喜びに満ち溢れていた。
K男君はお弁当を食べている間も、飼育ケースの中の虫たちをしきりに気にしていた。ところが、
帰りのバスに乗り込んだ時、ふと見ると彼のケースが空になっていた。彼は、あれほど苦労して捕ま えたトンボを逃がしてしまったのだ。他の子どもたちが、捕まえた虫を学校や家に持って帰ったのに、
彼だけが、そのまま田んぼに逃がしてきたことを、私は不思議に思い、翌日、理由を尋ねてみた。す ると彼は、「どうせ家に連れて帰ったって死んじゃうもん」と答えた。K男君は捕まえた虫を飼うに 違いないと思っていた私は、虫の命に目を向けている彼の優しさが感じられる言葉を聞いても、どこ か納得がいかなかった。彼の言葉を認めながらも、彼の心の内にあることを明らかにしたいと私は思っ ていた。
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4.今日は家に持って帰る
もう一度虫括りに行きたいという多くの子どもたちの思いから、自分が行きたい場所に虫捕りに出 かけることになった。K男君は初め、自分がよく遊びに出かける城北公園に決めたが、次の日には
「初めての場所に行って、どんな虫がいるか探してみたい」と、苓津山に行き先を変えた。
谷津山でのK男君は、慣れたこともあって前回に比べると虫の探し方が、随分と大胆になっていた。
彼は草の茂みに自分から踏み込んでいき、中から跳び出す虫を掃まえていた。「大バッタ、ゲット。
これで4匹目」K男君は歓声をあげながら、周りの友達がうらやむほどの大きなバッタを、次から次 へと見つけて、見事に捕まえていった。
そんな時、P男君と私が、捕まえたバッタを一緒に眺めていると、「あっ、これはね、知っている よ。クサキリだよ。」とK男君が虫の名前を伝えに来た。一目見ただけで、見慣れないバッタの名前 を的確に答えた彼の、生き物に対する豊富な知識に、私は改めて驚いた。谷津山に来てから、K男君 は、怖くて思うように虫を捕れないM子さんに、自分が摘まえたコオロギをあげたり、自分から「こっ ちに虫がいるよ」と友達に話しかけたりもしていた。彼は自分の活動に自信をもてたことで、周りの 友達にも虫括りのおもしろさを教えてあげたかったのだろう。
思う存分虫捕りを楽しんだことや、初めて大きなバッタを4匹も捕まえたことで、K男君は充実感 に満ちた表情をしていた。谷津山を降りる前、トンボを逃がした登呂の田んぼで彼の姿がふと、私の 頭に浮かんできた。生き物が好きな彼なら、描まえた虫を家で飼っ七みたいと思うのは自然なことだ と私は思っていたため、今日こそⅩ男君は描まえたバッタを持って帰るのではと思い、どうするか彼 に尋ねてみた。
T 今日は逃がさないの?
C 今日は家に持って帰る。
ここで「でも、バッタも死んじゃうと思うよ」と問い返そうかと思ったが、彼の返答に私は納得して いたため、それ以上何も言わなかった。私自身、子どもの頃から虫が大好きで、さまざまな虫を摘ま えては飼った経験があったため、そう答えた彼を、いっの間にか自分の姿と重ね七しまったのだ。
5.本当は逃がしたくなかった
次の時間、子どもたちは自分が捕まえた虫と遊びたいと、一緒に散歩を楽しんだり、友達と虫ラン ドを作ったりと、思い思いに活動を楽しんでいた。また、虫捕りのおもしろさを強く感じてきた子は、
もっと虫捕りがしたいと、虫を求めて校内の草むらに飛び出していった。
そんな子どもたちとは対照的に、K男君はどこか清々しない表情で、一時間を過ごしていた。この 日、彼はバッタの入った飼育ケースを、家に置いて来てしまったのだ。虫を捕まえようとタモを持っ て外には出たものの、思うように虫が見っからないこともあって、大分いらいらしていたようだ。私 は、虫描りが本当に彼のやりたいことなのか疑問に感じ、自分の思いで活動しようとしている彼が、
ここでどう動き出していくのかとらえたいと思い、見守ることに徹していた。すると、その日の帰り 際、彼は「この次は大バッタを連れてくるよ」と、笑顔で教室を後にした。私はその言葉を聞いて、
彼が谷津山で捕まえたバッタともっとかかわりたいという思いを強めているに違いないと確信した。
ところが、2日後の日曜日、K男君はまたしても、大切な自分の虫を逃がしてしまったのだ。「自 分が苦労して捕まえた虫だからこそ、逃がさずに自分で飼いたいと思うに違いない。まして生き物の
ことに興味があればなおさらである」そう考えていた私には、バッタを逃がした彼の気持ちが、その 時はわからなかった。私は、彼に、逃がした理由を聞かずにはいられなかった。
T K男君、虫が好きだからさあ、飼うかと思っていたよ。
C どうして?
T 虫が好きだから、上手に飼って長生きさせるのが好きかなって思っていたから。
C 本当は逃がしたくなかったよ。でもねえ、みんなこっち側で、こうやって(手を激しく、壁 をかじる様に動かしながら)出ようとしてね、見ていてかわいそうだったもの。
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T バッタがこうやって出ようとしているの?ケースの中から?
C ずうっと、ずうーつと。で、疲れて死んじゃうと思ったんだよ。
バッタを逃がした時の思いを、K男君は切々と話してきた。ケースの中でのバッタの動きを見た彼 は「疲れて死んじゃう」と、自分が捕まえたバッタの命を見っめていたのだ。大切なバッタを逃がし たくない思いと、バッタをこのまま飼ったらかわいそうだという思いとの問で揺れていたに違いない。
そして、迷った末にバッタを逃がそうと、自分で判断していったのだ。それまで私は、彼がバッタに かかわっていくことで、活動を広げていくことを期待していた。しかしそれ以上に大切なことは、彼 がバッタにとってどちらがいいのかをバッタの思いになって考え、自分の判断で決めたことであった。
虫の命を見っめることになって逃がそうと決心したことこそ、虫に愛着をもち自分の思いで活動して いこうとするK男君らしさを強めていった姿であると、私は改めて考えていた。
話し終えたK男君は、同じ班のⅤ男君の持ってきたカマキリで遊ぼうと、笑顔いっぱいに彼と二人 で教室を後にした。この時、私は、虫の命を大切に思う彼の優しさに心打たれながら、一方で、自分
の尺度でしか子どもをとらえようとしていなかった甘さを、見つめ直さざるを得なかった。
虫と楽しむ最後の日、K男君は再び虫を求めて、教室を飛び出していった。私はこの時間、彼に大 好きな虫とかかわることの楽しさを、存分に味わってもらいたい
と考えていた。当初私は、K男君や子どもたちに、虫を捕らせた いという思いが強かった。しかし、この時は既に、純粋に虫との ふれあいをその子なりに楽しんではしいという思いに変わってい
た。「あっちの草のところにもコオロギいっぱいいたよ」「あそこ ねえ、僕たちの秘密基地」友達と一緒に草むらを踏み分けて、に こやかな表情で虫を追いかけるK男君。「虫は摘まえられなかっ たけど、虫を見っけられてよかったよ」精一杯に活動した後に書
かれた彼の学習カードには、こう記されていた。 〈虫の名前を調べる子どもたち〉
6.K男君の追究を振り返って
「今日は家に持って帰る」なぜK男君は、そう答えたのだろう。今、改めて彼の思いを振り返ると、
これまでに見たこともないはどの大きなバッタを、初めて捕まえた嬉しさや、友達からバッタをほし いとせがまれた優越感から、逃がさずに持って帰りたいと考えていたのではなかったか。彼はバッタ を長生きさせようと飼い方を工夫していくだろうと考えていた私は、彼の姿に満足して、これまでに なかった彼の表れと感じることができなかったのだ。
彼はケースの中で激しく手足を動かしているバッタの姿を目の当たりにする。「このままだとバッ タは、疲れて死んでしまうかもしれない」と虫の命に目を向けたことで、飼い続けようか逃がそうか、
彼の思いは大きく揺れ動いた。迷った彼は、ついに決断を下す。それは、バッタを逃がしてあげるこ とだった。「本当は逃がしたくなかったよ」その言葉には、彼が決断に苦しんだ様が鯵み出ていた。
しかし、K男君は「虫は自然の中で生きていくほうが幸せだ」という思いをもち続け、大切なバッタ だからこそ逃がそうと決心したように思う。私はここに、虫の思いを真剣に考えていく彼の気持ちが、
より色濃く出てきたと感じた。虫を逃がしてあげることは、彼にとって決して楽しいことではなかっ たはずだ。しかしそこでは、自分で判断し逃がそうと決心、したことに、彼は納得していたに違いない。
このことは、まさに彼が自分の思いを生かして活動していった姿とも言えよう。私は、彼の虫捕りの 楽しさは捕まえることだけでなく、ふれあうことや親しむことで広がっていったように感じた。
追究を通して、私は、K男君を自分の姿と重ね、都合のいい表れだけを彼に求めていたように思う。
しかし、「疲れて死んじゃうと思ったんだよ」という彼の言葉から、自分のそれまでの虫への接し方 を見っめた時、K男君の虫の命を大切に思う心の優しさに、改めて気づいていった。このことが、私 の彼への見方を広げていくことにつながっていくのだと思う。