枕草子二三七段の解釈について
︱﹁つきづきしの(美)意識﹂を通して︱
09働
卜26
麹腸
告報
研究 学 科 文 部人 学
育教
学 大
崎
長
枕草子二三七段には︑ ハしり次のような文章が見られる︒
ようつのことよりも︑わびしげなる車に装束わるくて物見る
人︑いともどかし︒説経などはいとよし︒雄うしなふことなれ
ば︒それだになほあながちなるさまにては見ぐるしきに︑まし
て祭などは見でありぬべし︒下五なくて︑白き単の袖などうち
垂れてあめりかし︒ただその日の料と思ひて︑車の簾もしたて
て︑いとくちをしうはあらじと出でたるに︑まさる車など見つ
けては︑なにしにとおぼゆるものを︑まいて︑いかばかりなる
心にて︑さて見るらん︒︵中略︶御輿のわたらせ給へば︑韓ど
も︑あるかぎりうちおろして︑過ぎさせ給ひぬれば︑まどひあ
ぐるもをかし︒その前に︑立つる車はいみじう制するを︑﹁な
ど立つまじき﹂とてしひて立つれば︑いひわづらひて︑消息な どするこそをかしけれ︒所もなく立ちかさなりたるに︑よきと
ころの御車︑人だまひひきつづきておほく来るを︑いっこに立
たむとすらんと見るほどに︑御前どもただ下りに下りて︑立て
の り む る車どもをただのけにのけさせて︑人だまひまで立てつづけさ
勝
俣
隆
む せつるこそ︑いとめでたけれ︒追ひさけさせつる車どもの︑牛
かけて所あるかたにゆるがしゆくこそ︑いとわびしげなれ︒き らきらしくよきなどをば︑いとさしもおしひしがず︒いときよ
げなれど︑またひなび︑あやしき下衆など絶えず呼び寄せ︑い
だし据ゑなどしたるもあるぞかし︒︵圏点筆者︑以下同じ︒︶
これは︑賀茂の祭りを見物する様々な車の比較︑及び︑車争いの
場面を︑同じく牛車の中から清少納言が観察︑批評した一文である︒
この中で問題にしたいのは︑圏点をつけた二ヶ所の解釈である︒
一点目は︑﹁よきところの御車﹂が︑後から見物の車が立て込んで
いるところにやってきて︑﹁御前どもただ下りに下りて︑立つる車
どもをただのけにのけさせて︑人だまひまで立てつづけさせつるト
こと︑つまり︑最初あった車をどかして︑自分は勿論︑家臣にまで
良い場所を占めさせてしまう行為を﹁いとめでたけれ﹂と言ってい
るのは︑どうしてかという点である︒
﹁いとめでたけれ﹂の解釈としては︑現在︑次の二通りの説が行
われているようである︒
①実に素晴しい行為だとして賞賛したもの︒清少納言の事
隆 16
俣
勝 ハ 大主義を表わすとするもの︒ ②権勢ある者の横暴な行為を︑全くお見事なものだと︑皮 ヨ 肉畝刺の意味を込めて言ったとするもの︒ 右の二つの説のうち︑どちらが正しいかをまず検討してみたい︒②の説を主張された萩谷朴氏は︑﹃枕草子解環﹄の中で︑次のように述べられている︒ 権勢のある人が︑あとからやって来て︑立錐の余地もない先 着の車を逐い払い︑自分の車ばかりか︑お供の車までずらっと 並べる︑この人を人とも思わぬ権柄つくを︑単純に﹁めでたし﹂ と見たのではあるまい︒本直の終末には︑下種下賎の者にまで 思いやりのある貴人に言及して結びとしているほどであるか ら︑この﹁いとめでたけれ﹂も︑多分に皮肉な言い廻しと見る べきであろう︒ つまり︑萩谷氏は︑末尾の部分を︑下衆に思い遣りのある貴人の
記述と囲え︑横暴な﹁よきところの御車﹂と対比していると考えら
れている︒もしその通りであれば︑清少納言自体が︑そうした下衆
に対して同情心や思い遣りの心を有していたために︑下衆のこ之を
思い遣る貴人の姿に感動して︑この一文を記したことになろう︒果
してそうした見方は正しいだろうか︒これを判断するためには︑清
女が︑下衆やよき人に対して︑枕草子の中で︑どのような記述をし
ているのかを︑検討してみる必要があろう︒
一︑下衆とよき人に対する清女の見方
にげなきもの む む の下衆の家に雪の降りたる︒また︑月のさし入 りたるもくちをし︒︵四五段︶
右は︑﹁にげなきもの﹂︑つまり﹁似合わず不調和なもの﹂の代表
として︑﹁下衆の家﹂と﹁雪﹂︑同じく︑﹁下衆の家﹂と﹁月﹂の組
合せを挙げたものである︒清女は︑なぜ︑﹁下衆の家﹂と﹁雪﹂や
﹁月﹂の組合せを不釣り合いだと言うのだろうか︒
これは︑次の段を見ると︑より明らかとなろう︒
鶯は︑ふみなどにもめでたきものにつくり︑声よりはじめて
の さまかたちも︑さばかりあてにうつくしき程よりは︑九重のう
の む ちになかぬぞいとわろき︒人の﹁さなんある﹂といひしを︑さしもあらじと思ひしに︑十年ばかりさぶらひてききしに︑まこ
とにさらに音せざりき︒さるは︑竹ちかき紅梅も︑いとよくか よひぬべきたよりなりかし︒まかでてきけば︑あやしき家の見
所もなき梅の木などには︑かしがましきまでぞなく︒︵四一段︶
ここでは︑﹁めでたきもの﹂であり︑﹁あてにうつくしき﹂﹁鶯﹂
が︑鳴くに相応しい﹁九重︵宮中︶﹂では鳴かず︑﹁あやしき家﹂︑
すなわち︑下衆の家などで︑やかましい程鳴いているのを︑﹁いと
わろき﹂としている︒
この二つの例から考えれば︑﹁鶯﹂﹁雪﹂﹁月﹂など優美で賞美す
べき存在は︑宮中など美麗で高貴な存在との組合せが︑釣り合いが
とれて相応しく︑卑しく醜い下衆の家との組合せなど︑不釣り合い︑
不調和なことこの上ないことになろう︒即ち︑清女の美意識の中に
は︑優美なものは高貴なものとの組合せが調和的で好ましく︑優美
て一 し通 を謝
意謝
釧 わ乱
D
く一
へ
釈に
解
段の 三七 二
子草
17 枕
なものと下賎なものの組合せは︑不調和で非難されるべきだという
観点が存在することが推測されよう︒
右の二例は︑優美なものと建物との関連であったが︑これは︑人
間についても言い得るところである︒
をかしと思ふ歌を草子などに書きて置きたるに︑いふかひな
き下衆のうち謡いたるこそ︑いと心憂けれ︒︵ゴニ○段︶
これは︑﹁をかしと思ふ歌﹂︑即ち︑﹁優美な歌﹂を草子に書いて
置いたところ︑つまらぬ﹁下衆﹂に﹁謡﹂われてしまって︑優美な
ものと下賎なものの組合せが生まれてしまったことを﹁いと心憂け
れ﹂と残念に思っているところである︒
にげなきもの: :下衆の紅の袴着たる︒︵四五段︶
紅の袴という優美な装束は︑高貴な女性が身に着けるべきものな
のに︑下衆女が着用しているのは︑全く不似合だというのである︒
さらに︑下衆とよき人の対立関係は︑対物関係ばかりでなく︑対
人関係においても見出される︒
よろしき男を下衆女などのほめて︑﹁いみじうなつかしうお
の はします﹂などいへば︑やがて思ひおとされぬべし︒そしらる
るはなかなかよし︒︵一儲二一段︶
下衆女が︑高い身分の男性を親近感をこめてほめたりしたら︑そ の男性を軽蔑したくなってしまうと清女は言う︒これは︑下衆女と身分の高い男性の組合せが不調和であるばかりでなく︑親しげにほめるということは︑下衆女と身分の高い男性の間の隔てが無くなって︑両者が同列に扱われることを意味するからであろう︒﹁そしらるるはなかなかよし﹂というのは︑﹁そしる﹂場合には︑下衆女は︑あくまで下の身分として︑上の身分の男性を批判することになるから︑両者の間に大きな隔てが存在しており︑身分的上下関係が保たれ︑高貴なものと下賎なものの優劣がついたままだから︑﹁かえってよい﹂としたのだと思われる︒ 結局︑下衆は下衆の身に甘んじ︑よろしき者はよろしき者としての地位︑立場︑体面を保つことが必要なのである︒下の者が分を越えて︑上の者の領域を侵犯することが︑清女には許し難いのである︒これは︑階級制度が厳しかった平安時代においては︑至極当然の見方であろう︒少くとも︑枕草子において︑﹁下衆﹂を﹁よき人﹂と同等に扱った例は一例も見出すことはできない︒﹁下衆﹂は常に︑﹁よき人﹂よりも劣って卑しい存在として︑対局的な存在として扱われているのである︒ それ故︑二三七段の末尾が︑萩谷朴氏の言われるように︑﹁下種下賎の者にまで思いやりのある貴人に言及して結びとしている﹂と考えることには︑少々無理が伴うのではないかと思われる︒ 他の所に︑下衆を貴人と同列に扱っている例が見られない以上︑ここだけを例外とし︑貴人が下衆に見物の場を提供し︑貴賎ともども仲良く見物していることに清女が共感して︑横暴な貴人の行為と対照的に描いたとするわけにはいかないからである︒そもそも清女
は︑貴人が下衆を思い遣ったり親しくすることを︑むしろ貴人の立
場として不調和な行為として批判的に描いているのである︒
18
隆俣
勝 若くよろしき男の︑けれ︒知りながらも︑かし︒︵五七段︶ 下衆女の名よび馴れていひたるこそにくなにとかや︑片文字はおぼえでいふはを
この部分︑三巻本の本文に脱文があり︑大系本は能事本の本文を
採っている︒堺本︑前田本には︑﹁なにとかや﹂以下︑﹁なと︑おほ
っかなけにいひなして︑かたもしなとをいふはよし︒﹂とあって意
味が分かり易い︒末尾は︑﹁をかし﹂より﹁よし﹂の方が︑文とし
て自然である︒﹁いずれにせよ︑ここは︑高い身分の男が︑下衆女の
名前などを呼び馴れて正確に言うのはよくない︒知っていても︑名
前の一部しか知らないような振りをして言うのが良いというのであって︑貴賎の交わりを批判している︒高い身分の者は︑下衆女など
と親しまぬことが︑本来の姿であるというのである︒高貴なものと
下賎なものの組合せを不調和と見なす見方が見出されるのである︒
従って︑詣りに︑萩谷氏の言の如く︑貴人と下衆が一緒に賀茂祭
りを見物するような事態が生まれたとしたら︑清女納言は︑すかさ
ず︑その貴人を立場を弁えぬあり得べからざる不調和な行為を行う
ものとして︑痛烈に非難したと推論されるのである︒
それでは︑二三七段の末尾の部分の解釈︑すなわち二点目の問題
点は︑どう理解すべきであろうか︒次にそれを考えてみたい︒ 二︑二三七段の末尾の解釈
この末尾の部分は︑本文上問題点のあるところで︑最初の部分も
次のように本文が分かれている︒
①いときよげなれど 能因本系
②いときとげなれど 三巻本系
③いみしうしたてたりとみえなから 前田本・堺本系
③は別として︑①と②は︑草仮名の﹁よ﹂と﹁と﹂がよく似てい
るので︑①と②のいずれかが誤まったものと思われる︒萩谷朴氏は
﹃枕草子解環﹄の中で︑新見として︑次の説を発表された︒
キトゲなりという形容動詞は︑﹁気遂げなり﹂であって︑気
随気儘の意と見るのである︒
同様に︑新潮古典集成﹃枕草子﹄の中で︑
先に来ている車を逐い払うとは言っても︑上流婦人の乗って
いそうな車は目こぼしをするというのだから気随気儘だと皮肉
をいっている︒この﹁きとけ﹂が難解なので︑皆伝本は﹁きよ
け﹂と改訂し︑諸注はそれに従って︑下文の﹁下種﹂にかかる
修飾句と解しているが︑﹁清げ﹂と﹁鄙びあやしき﹂とは︑い
かに逆接の助詞﹁ど﹂や接続詞﹁また﹂を用いても︑両立共存
すべき属性ではない︒﹁気遂げ﹂として︑権柄ずくの有力者に
対する批判の語と解する︒
とされ︑﹁全く身勝手なものだが﹂と訳された︒
しかし乍ら︑﹁気遂げなり﹂という語は︑枕草子のみならず︑他
の古典文学にも︑その用例を見ることができないので︑その存在が
て一 し通
を謝
意
釧謝
乱
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く一
訊
釈に
解
段の 七 二三
子草
19 枕
疑わしい語である︒上述したように︑変体仮名の﹁よ﹂と﹁と﹂は
とても紛らわしいものであるから︑ここは︑能因本の﹁きよげ﹂が
正しく︑三巻本の﹁きとげ﹂は︑﹁よ﹂と﹁と﹂を誤ったものと見
る方が正しい判断ではないかと思われる︒
それでは︑﹁いときよげなれど﹂と解した場合に︑﹁またひなび﹂
以下とは︑どのように接続するのであろうか︒
確かに︑萩谷氏が言われるように︑﹁﹃清げ﹄と﹃鄙びあやしき﹄
とは︑いかに逆接の助詞﹃ど﹄や接続詞﹃また﹄を用いても︑両立
共存すべき属性ではない︒﹂ことは︑全くその通りであると思われ
る︒従って︑例えば︑岩波古典大系本の頭注で︑この部分を
大層きれいだけどまた田舎びて賎しい召使などを
と口語訳しているのは︑形容矛盾であって︑受け入れ難いと思われ
る︒枕草子のどこを捜しても︑﹁きれいで賎しい召使﹂といったも
のを見出すのは困難だからである︒
それでは︑この部分はどう解釈すればよいか︒結論を言えば︑﹁い
ときよげなれど﹂は︑﹁下衆﹂に懸るのではなく︑そこで切れるの
であって︑﹁大層きれい﹂であるのは︑﹁下衆﹂ではなくて︑﹁貴人
の乗っている車﹂と考えるべきだと思う︒本稿の最初に述べたよう
に︑この二三七段は︑﹁賀茂の祭りを見物する様々な車の比較︑及
び︑車争いの場面﹂を描いたものである︒それ故︑最初から最後ま
で︑種々の車の様子と︑それに対する批評で終始していると考えら
れる︒それを順次示すと次のようになる︒
①わびしげなる車⁝−いともどかし︒見ぐるしきに︑まして
祭などは見でありぬべし︒
②︵我に︶まさる車⁝−なにしに︵いできけむ︶とおぼゆる ③その前に立つる車⁝−消息などするこそをかしけれ︒ ④よきところの御車・⁝−いとめでたけれ︒ ⑤︵先に︶立てる車ども11追ひさけさせつる車ども⁝⁝いと わびしげなれ︒ ⑥きらきらしくよき︵車︶⁝⁝いとさしもおしひしがず︵を かし︶︒ ⑦いときよげ︵なる車︶なれど⁝⁝あるぞかし︒ それ故︑﹁いときよげなれど﹂は︑口語訳としては︑﹁大層きれいな車であるが﹂となろう︒ 次に︑﹁またひなび︑あやしき下衆など﹂はどう解釈すべきであろうか︒﹁また﹂は︑副詞・接続詞のいずれととるにしても︑並列的な意味がどうしてもでてくるから︑そのままでは︑﹁いときよげなれど﹂と﹁ひなび︑あやしき﹂が対等に並んでしまうことになる︒しかし︑この二つを共存させることは萩谷氏の言の如く︑不可とすべきことは上述の通りである︒そこで考えたことは︑﹁また﹂は︑形容詞﹁またし︵全し︶﹂の連用形﹁またく﹂の﹁く﹂が脱落した形ではないかということである︒﹁またし﹂の用例としては︑枕草子の中に︑次の如き例が見られる︒
女のひとりすむ所は︑いたくあばれて壁土などもまたからず︑
池などある所も水草ゐ︑庭なども蓬にしげりなどこそせねども︑
ところどころすなごの中より青き草うち見え︑さびしげなるこ
そあはれなれ︒︵一七八段︶
これは︑土塀などが壊れていて完全でないことを言っているが︑
隆 20
俣
勝
﹁またひなび﹂の場合は︑打消の意はないから︑﹁完全に田舎びて
いて︵全く田舎地味ていて︶﹂の意となろう︒こう考えれば︑﹁いと
きよげなれ﹂は車のこと︑﹁またひなび︑あやしき﹂は下衆のこと
をそれぞれ指すことになり︑文意がよく通ることになろう︒
次に﹁絶えず﹂以下について考えてみたい︒この部分も︑本文上
問題のある所で︑次のように分かれる︒
①絶えず呼び寄せ︑いだし据ゑなどしたるもあるぞかし︒
三巻本系
②絶えず呼び寄せ︑ちこ出だしすゑなどするもあるかし︒
能因本系
③うつくしきちこいたしすゑたるこそおかしけれ︒
前田本・堺本系
どれに拠るべきか判定は難しいが︑本文上歯も信頼できる①の三
巻本系の本文に拠るのが︑まず正しい選択であろう︒
萩谷朴氏は︑この部分を︑次のように解されている︒
︵また︑田舎臭い卑しげな下々の者を︑︶しきりに呼び寄せ
て︑︵見やすい場所へ︶出してやったりしている人も︑あるの
ですよ︒
つまり︑
上述の横暴な権力者に対して︑側隠の情の篤い貴人の例を挙
げて︑本絹を締括っている︒あるいは︑清少納言自身の行為を
暗示したか︒
と述べられた︒しかし︑既述したように︑清少納言の下衆に対する
態度からして︑下衆に見物の便宣をはかってやるなどという行為は
まず考えられないところである︒二三七段の冒頭で︑下衆でなくて も︑﹁わびしげなる車﹂に乗っている人は︑﹁祭などは見でありぬべし︒﹂と言っているのが清女の姿なのである︒まして︑清女自身が︑枕草子のあちこちで卑しんでいる下衆に対して︑温情を垂れることなど考えられないし︑例え︑中に慈悲深い貴人がいて︑実際に下衆に思い遣りを掛けることがあったとしても︑それは当時の貴族階級の通念として許される行為ではなかったであろう︒況んや︑清女がそうした行為を賞讃することは︑決してあり得ないと思われる︒ この部分は︑次のように︑切って理解すべきと考える︒ 絶えず︑呼び寄せ︑いだし︑据ゑなど︑したるもあるぞかし︒ つまり︑﹁絶えず﹂は︑﹁呼び寄せ﹂だけでなく︑﹁いだし﹂︑﹁据ゑ﹂といったすべての行為を修飾しているのであり︑大層きれいな車に乗った主人が︑全く田舎地味て︑みすぼらしい下衆を︑しきりに︑呼び寄せたり︑車を立ててある場所から︵偵察のために︶外へ出したり︑車の側へ据えたりして︑車を守らせているのもあることだという意味になろう︒ 何のために︑下衆を︑寄び寄せたり︑出したり︑据えたりしているかと言えば︑当然︑これは︑前の文脈との続きにおいて理解すべきであろう︒ ﹁よきところの御車﹂が︑﹁立てる車どもをただのけにのけさせて﹂という行為を目の当たりにした︑﹁いときよげ﹂な車に乗った主人にとって︑今現在自分が︑賀茂祭りの見物のために確保している場所も︑別の﹁よきところの御車﹂のために︑いつ﹁のけにのけさせ﹂られてしまうかは︑全く保障の限りでなく︑気が気ではないのである︒そのために︑この主人は︑﹁よきところの御車﹂の情報
を仕入れる必要があり︑﹁絶えず﹂︑下衆を車に﹁呼び寄せ﹂て情報
て一 し通
を
翻
意
釧謁
乱
Dわ
く一
へ
釈に
解
段の 七 二三
子草
21 枕
を確かめたり︑新しい情報を仕入れさせるために︑下衆を﹁いだし﹂
たりしているわけである︒また︑自分の車の場所を確保し︑他の車
の侵入を防ぐためには︑﹁絶えず﹂下衆を車の周りに﹁据ゑ﹂て置
く必要もあることになる︒それ故︑この﹁絶えず﹂は︑車の主人の
気が気でない様子を表わした非常に巧みな表現と言えるのである︒
ところで︑﹁いときよげなれど﹂と︑逆接の接続表現が使ってあ
るのはどうしてであろうか︒これには︑二つの理由が考えられよう︒
一つは︑直前の文との関係である︒﹁よきところの御車﹂は︑﹁立
てる車どもをただのけにのけさせ﹂たが︑﹁きらきらしくよきなど
をば︑いとさしもおしひしがず︒﹂とも描写しており︑同じく立ち
のけさせた車でも︑﹁威儀を正した立派な車﹂であれば︑それほど
ひどく押しやったりはしなかったことがわかる︒それ故︑当該の﹁い
ときよげ︵なる車︶﹂も︑その立派さから言えば︑もし︑再び﹁よ
きところの御車﹂が現われたとしても︑その時も︑﹁いとさしもお
しひしがず﹂といった状況になる可能性が高く︑それほど移動しな
くても済むだろうから︑そんなに心配しなくてもよいのにという気
持ちが清女にある︒それなのに︑主人が気遣って︑下衆を絶え間な
く色々と使い︑情報収集や警固に当たらせていることだとなり︑静
心ない主人の様子を︑面白がって見ている清女の姿が浮ぶ︒
もう一つは︑﹁またひなび︑あやしき下衆﹂とのかかわりである︒
上述のように︑﹁また﹂を﹁またく﹂の﹁く﹂の脱落と考えれば︑﹁い
ときよげ︵なる車︶﹂と︑﹁またひなび︑あやしき下衆﹂は︑全く調
和のとれていない不釣り合いな組合せであることになる︒再三述べ
てきたように︑清少納言は︑優美なものと下賎なものの組合せを不
調和のものとして拒絶してきた︒それ故︑﹁大層きれいな車﹂にも かかわらず︑不釣り合いな﹁全く田舎地味て︑卑しい下衆﹂を使っている主人を非難する気持を読み取るべきであろう︒ 結局︑末尾の一文は︑次のような整定本文を作ることができよう︒
いときよげなれど︑また︵く︶ひなび︑あやしき下衆など︑
絶えず︑呼び寄せ︑いだし︑据ゑなど︑したるもあるぞかし︒
この口語訳は︑次のようになろう︒
大層きれいな車であるが︑︵車とは似つかわしくなく︶全く
田舎びて︑卑しげな下衆などを︑絶え楽なく︑︵車の主人の許
へ︶呼び寄せたり︑︵周辺の様子を偵察させるために︶出した
り︑︵車を守るために周りに︶据えたりなど︑しているものも
あるのだった︒
いずれにしても︑当該の末尾の一文は︑清女の規範的な美意識と
相容れない例と考えられ︑好意的に描いているのではないことは明
らかであろう︒
三︑﹁いとめでたけれ﹂の解釈
既述した如く︑﹁いとめでたけれ﹂の解釈としては︑﹁よきところ
の御車﹂の行為を︑文字通り賞讃したものであるという解釈ど︑横
暴な行為として︑皮肉調製の意を表現したものだという解釈の二通
りある︒ 後者の解釈は︑一一一二七段の末尾の一文を︑﹁下種下賎の者にまで
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隆
俣
勝 思いやりのある貴人に言及﹂したものと見なし︑﹁物見車一行の主人の人柄︑即ち権柄つくな振舞と⁝⁝比較﹂したものだとする考えからでてきたものである︒ しかし乍ら︑二一二七段の末尾の一文が︑第二節での考察によって︑
﹁下種下賎の者にまで思いやりのある貴人に言及﹂したとは考え難
いことが明らかになった以上︑皮肉調号の意を表現したとする解釈
は︑当然︑再検討を迫まられることになろう︒
結論を先に述べれば︑﹁いとめでたけれ﹂の解釈としては︑﹁よき
ところの御車﹂の行為を︑文字通り賞讃したものと解釈すべきだと
思う︒ 以下︑その理由を挙げてみたい︒
一つは︑清女の強い規範的意識によって︑この段も描かれている
と考えられる点である︒
上述したことであるが︑清女は︑枕草子の全篇において︑強固な
規範的意識に基づく価値判断を行っている︒それは︑優美なもの︑
高貴なものなど︑優性の価値を有するものは︑その存在や行為等に
おいて︑優性のもの同士の結び付き︑組み合せが︑最も調和的で︑
理想的で︑好ましいとするもので︑その対局にある︑醜悪なもの︑
下賎なものなど︑劣性の価値しかないものが︑優性のものと関係を
持ったり︑組み合わさったり︑同列に並ぶことを︑不調和で︑潜越
で︑全く好ましくないものとして厳しく批判する意識︑価値判断で
ある︒この意識は︑根幹に︑調和的で釣り合いがとれていることを
最も好ましいとする価値判断があるので︑調和を表わす形容詞を借
りて︑﹁つきづきしの︵美︶意識﹂と呼びたいと思う︒︵美︶という
言葉を使ったのは︑それが多くの場合︑美的判断力として理解でき るからである︒ さて︑この﹁つきづきしの︵美︶意識﹂に拠れば︑﹁よき人﹂﹁よきところの人﹂は︑その身分︑立場︑階層に相応しい︑優美で︑高貴で︑且つ︑権勢を誇示する行為︑振舞いが求められることになる︒それ故︑その地位に相応しい高貴で︑威風堂々とした振舞いは賞讃されるし︑その逆に︑高貴な身分に相応しからぬ︑下賎な振舞いは︑厳しく糾弾されるのである︒ そこで︑まず︑批判される例から挙げると︑次のようなものがある︒
火桶の火︑炭櫃などに︑手のうらうち返し︑おしのべてあぶ
りをる者︒いっかわかやかなる人など︑さはしたりし︒老いば
みたる者こそ︑火桶のはたに足をさへもたげて︑占いふままに
おしすりなどはすらめ︒さやうのものは︑人のもとにきて︑ゐ
んとする所を︑まつ扇してこなたかなたあふぎちらして︑塵は
きすて︑ゐもさだまらずひろめきて︑狩衣のまへまき入れても
みるべし︒かかることは︑いふかひなき者のきはにやと思へど︑
すこしよろしきものの式部の大夫などいひしがせしなり︒︵二
八段︶
これは︑﹁にくきものしの一節であるが︑﹁すこしよろしき﹂地位
にあるものが︑火桶の火で手を揉みながらあぶったり︑扇で塵を払
ったり︑狩衣の前を巻き入れたりする不作法な行為を︑その地位に
全く不調和なものとして︑批判している︒
同じく︑この﹁にくきもの﹂の段には︑次のような例も見られる︒
て一 し通 を謝
意知
釧 乱
Dわ
く一
飢
釈に
解
段の 七 二三 子
草枕
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また︑酒のみてあめき︑口をさぐり︑ひげあるものはそれを
なで︑さかづきこと人にとらするほどのけしき︑いみじうにく
しとみゆ︒また︑﹁のめ﹂といふなるべし︑身ぶるひをし︑か
しらふり︑口わきをさへひきたれて︑わらはべの﹁こふ殿にま
みりて﹂などうたふやうにする︑それはしも︑まことによき人
のし給ひしを見しかば︑心づきなしとおもふなり︒
ここでは︑非常に高貴な人の酔態を︑そのやむごとなき身分に相
応しからぬものとして︑﹁心づきなし﹂と批評している︒高貴な人
は︑常にその身に相応しい高貴な行いをすべきだという清少納言の
規範的な意識においては︑そうしたはしたない行為は︑不調和で︑
全く気に入らなかったのであろう︒
一方︑賞讃される例としては︑次のようなものがある︒
関白殿︑黒戸より出でさせ給ふとて︑女房のひまなくさぶら
ふを︑﹁あないみじのおもとたちや︒翁をいかにわらひ給ふら
ん﹂とて︑分け出でさせ給へば︑戸にちかき人々︑色々の袖口して︑御簾ひき上げたるに︑権大納言の御沓とりてはかせ奉り
給ふ︒いとものものしく︑きょげに︑よそほしげに︑下襲の裾
ながく引き︑超せくてさぶらひ給ふ︒あなめでた︑大納言ばか
りに沓とらせたてまつり給ふよ︑と見ゆ︒山の井の大納言︑そ
の御次々のさならぬ人々︑くろきものをひき散らしたるやうに︑
藤壷の塀のもとより︑登花殿の前までゐ並みたるに︑ほそやか
にいみじうなまめかしう︑御偲力などひきつくろはせ給ひて︑
の やすらはせ給ふに︑宮の大夫殿は︑戸の前に立たせ給へれば︑ みさせ給ふまじきなめりと思ふほどにハすこしあゆみ出でさせ 給へば︑ふとるさせ給へりしこそ︑なほいかばかりの昔の御お
む こなひのほどにかと見たてまつりしに︑いみじかりしか︒︵一
二九段︶
右は︑中の関白家の最盛時における関白藤原道隆の権勢の素晴し
さを綴った一文である︒
最初の圏点部分では︑大納言という高貴な身分の者に自分の沓を
とらせている関白道隆の威勢の強さを︑﹁あなめでた﹂と賞讃して
いる︒大納言にさえ沓取りをさせてしまう権勢の凄さは︑関白とい
うやむごとなき身分には︑実に相応しいものだと讃嘆しているわけ
である︒ 次に︑﹁宮の大夫殿﹂以下の圏点は︑中宮大夫で従二位であった
弟の道長を︑自分の歩みにつれて︑下座させた︑関白道隆の威光の
素晴しさを讃えた部分で︑やはり︑関白に相応しい威厳と権威に満
ちた行動を︑﹁つきづきしの︵美︶意識﹂に合致したものとして︑
褒め讃えていることになろう︒
つまり︑関白というやむごとなき身分であれば︑一の人として︑
大納言や宮の大夫という高貴の者でさえ︑自分の意のままに従わせ
るといった権勢を奮るわせなくてはならないのである︒
故に︑関白のみならず︑﹁よき人﹂であれば︑その身分に応じた
権勢を奮うことが︑相応しく︑立派なこととして賞讃されたのであ
る︒ こうした観点に立って︑﹁いとめでたけれ﹂の解釈をすると︑次
のように理解できよう︒
隆 24
俣
勝 ﹁よきところの御車﹂が﹁人だまひひきつづきておほく来る﹂というのは︑高貴の身分の人が︑車を番台も引き連れて登場した威風堂々とした有様を描写したものであり︑その出現の仕方自体が高貴な身分に相応しい華々しさである︒ところが︑既に賀茂祭を見物する車が︑﹁所もなく立ちかさな﹂ってしまっている︒もし︑この﹁よきところの御車﹂が︑大人しく︑自分よりも身分の劣る者が乗った車の後ろで︑遠慮がちに︑賀茂祭を見物するとしたら︑それこそ︑
﹁よきところの車﹂としては︑身分不相応な場所で見物することに
なり︑﹁つきづきしの︵美︶意識﹂から言って︑全く不調和で不体
裁な行為をすることになってしまう︒それは︑高貴な身分に相応し
からぬ行為として清女から厳しく批判されるべき行いなのである︒
そこで︑清女が﹁いっこに立たむとすらむ﹂と見守っていると︑
前駆の人々が︑次々と馬から降り︑﹁立てる車どもただのけにのけ
させて︑人だまひまで立てつづけさせつる﹂という︑その﹁よきと
ころの御車﹂に誠に相応しい︑権勢を見事に奮い︑邪魔者を排除す
るという行為を行った︒これは︑﹁つきづきしの︵美︶意識﹂から
言って︑高貴なものが︑こうした状況において︑当然行うべきハ身
分に相応しい︑理想的な行為なのである︒それ故︑この場面を目撃 した清少納言が﹁1こそ︑いとめでたけれ︒﹂と︑係助詞の﹁こ
そ﹂と︑副詞の﹁いと﹂を使って︑二重に強調して賞賛しているの
は︑全く理の当然なのである︒現代人から見れば︑不条理な野蛮な
行為に見えても︑身分制度の厳しい平安時代にあっては︑身分の高
いものが︑その身分に相応しい良い場所で見物するのは当然のこと
であり︑そのために︑自分より身分の劣ったものの車を排除して自
分が良い場所を占めることは︑高貴な身分に相応しい行いとしてむ しろ褒め讃えられるべきことだったのである︒ 二つには︑﹃栄華物語﹄根合巻の記述が挙げられよう︒ 康平二年︵一〇五九︶︑時の人である関白左大臣藤原頼道の嫡男師実は︑新婚の妻麗子と揃って︑賀茂祭に出かけ︑まさに︑清少納言が描いた記述そのものを実行しているのである︒
祭には︑ひき続き物御覧ずるもいとめでたし︒女房車乗りこ ぼれて︑ことなりて所もなきに︑よそほしく華やかにて︑もと
む よりある車どもおし消ちて︑立ち並び御覧ずる︑
これは︑まさに︑枕草子二三七段の記述そのものである︒その上︑
右の豊実夫妻一行の行為に対する﹃栄華物語﹄の作者の評価は︑こ
の枕草子の当該部分を念頭において︑
む 清少納言が言ひたるやうにめでたしと見ゆ︒
という賞讃の言葉なのである︒やむごとなきものの権勢を良しとす
るのは︑一人清少納言のみならず︑半世紀後の︑﹃栄華物語﹄の作
者出羽の弁にも引き継がれているのである︒いや︑引き継がれてい
るというより︑権力者が権勢を奮うのを肯定し︑相応しいこととし
て讃美するのは︑平安朝の貴族社会における常識と言った方がよい
かも知れないのである︒少くとも︑清少納言の﹁つきづきしの︵美︶
意識﹂においては︑高貴な者と︑権勢を奮う行為の組合せは︑どち
らも︑優性同士の組合せであって︑相応しい取り合せとして︑賞讃
されたことは間違いないと思われる︒
て一
し通を
意 識
釧謝
乱
Dめ
く一
飢
に
釈解
段の 七 二三
子草枕
25
三つには︑枕草子における﹁めでたし﹂の用法である︒
枕草子の中に︑﹁めでたし﹂は︑当該の﹁いとめでたけれ﹂以外
に=二二例見られる︒このうち︑十六例︵約十二%︶は中宮定子に
対して使われており︑道隆四例︑淑景舎四例︑伊周三例など︑中の
関白家関係の人々を併わせると︑実に三一例︵黒馬一二%︶が︑中宮
とその周辺の人々の賞讃のために使われている︒また︑一条帝を初
め︑村上帝などの天皇・法皇に対し八例︑平信に五例︑行成に二例
など︑他の高貴な人々に対し合せて十二例が使われている︒小計五
一例︵約三九%︶は︑清少納言より高貴な人々に対して使われてい
ることになる︒他には︑神社関係に三例︑法会・儀式に五例︑祭に
三例などが目立ち︑立派で敬意を払うべきものに﹁めでたし﹂が使
われている︒他にも︑出世や高い位に四例︑抽象的な立派さに八例
が使われている︒また︑清少納言が優美と考えたものでは︑雪が三
例︑花が七例︵紅梅二︑藤一︑梨一︑楓一・葵一︑撫子一︶︑幽翠 ハる 例︵鶯一︑鶴一︑敦公一︶等が目立つ︒これらの用例で見る限り︑
清少納言は﹁めでたし﹂という言葉を︑高貴な人物そのもの︑また︑
その行為や作品︵歌や書︶︑及び︑優美な存在を賞賛する意味で用
いていることがわかる︒
ただ︑=二六段と︑三一四段に出てくる﹁めでたき事﹂と︑﹁め
でたき物﹂は︑どちらも︑清少納言自身の作った歌のことを指して
言っているのであり︑半分冗談︑半分本気で︑自作歌を讃えている
と思われる︒=二二例中︑この二例のみが︑純粋な意味での賞讃と
は言えない﹁めでたし﹂である︒しかし︑両家とも︑自分の作品で一
あるからこそ﹁めでたし﹂という冗談めいた言い方ができたのであ
り︑他人の作品︑行為︑人物そのものを︑冗談や皮肉で﹁めでたし﹂ と言った例は一例も存しないのである︒まして︑厳しい身分社会であるからには︑自分より高貴なものの行為を皮肉るといった非礼な態度は︑決してとることはできなかったであろうし︑清女自身︑とる気は毛頭なかったであろう︒ 結局︑枕草子における﹁めでたし﹂の用例からも︑二三七段の﹁いとめでたけれ﹂は︑定子を初めとする中の関白家の人々を賞讃したのと同様な意味で︑﹁よきところの御車﹂の行為を賞讃したものと言えるであろう︒
結
び
以上︑見てきたように︑二一二七段は︑賀茂祭を見物する車の種々
相を描いたものであり︑中でも﹁よきところの御車﹂の行為を︑賞
讃したものと言えよう︒
これは︑﹁祭﹂という︑めでたい優性の行事は︑高貴で立派な人
が︑美しい車に乗って︑見易い良い場所で見るのが︑優性同士の組
み合せとして︑最も調和的で好ましいという︑清女の﹁つきづきし
の︵美︶意識﹂に拠るものである︒だから︑そんなに華やかで立派
なめでたい﹁祭﹂に︑﹁わびしげなる車に︑装束わるくて物見る人﹂
などというのは︑不釣り合いもはなはだしい︑憎むべき劣性の存在
であって︑﹁祭などは見でありぬべし︒﹂と排斥されたのである︒
それ故︑﹁立てる車どもをただのけにのけさせて︑人だまひまで
立てつづけさせつるこそ︑いとめでたけれ﹂とあるのは︑事大主義
というより︑清女の﹁つきづきしの︵美︶意識﹂によって︑権勢者
として︑好ましい理想的な態度を執ったと映ったゆえの賞讃である
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俣
勝 と︑理解すべきであろうと思う︒ ︑ ︵注︶ω 引用は︑池田亀鑑︑岸上慎二校注﹃岩波古典文学大系 枕草子・紫式部日記﹄ に拠る︒本書は︑三巻本系の一写本たる柳原紀光筆岩瀬文庫蔵本を底本として おり︑本文的に大体信頼が置けるものである︒なお︑枕草子の章段の立て方は︑ 注釈書によって千差万別であるが︑本稿では︑すべて︑この岩波古典文学大系 本の立て方に拠る︒② 岩波古典大系本︑小学館全集本を初めとして︑大多数の枕草子の注釈書の説︒㈹ 新潮古典集成本︑﹃枕草子解環﹄の説︒㈲ 一三二例という数え方は︑﹁めでたし﹂が直接に︑修飾語になったり︑述語 になっているものに限定したので︑八八段の﹁めでたきもの﹂に挙がっている ものでも︑﹁めでたし﹂が直接ついていないものは数に入れてない︒ただ︑高 貴なもの︑優美なものを﹁めでたきもの﹂としている点は八八段も同じ傾向を 示している︒