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岡田裕正

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(1)

資産負債中心主義と収益費用中心主義

岡田裕正

1.はじめに

損益に対するアプローチには3つあるといわれているが,そのうち「資産 負債中心主義(assetandliabilityview)」と,「収益費用中心主義(revenue and expenseview)」と呼ばれているものの二つが特に代表的なものといえ

るであろう。前者においては,損益は一期間中における企業の純経済資源の 変動の測定値とされているが,後者においては,損益はアウトプットを獲得 し販売するためにインプットをしている企業の効率性の直接的な測定値とさ れている。したがって損益を定義し実際に測定する場合,前者では企業の持 っている経済資源(economic resources)と資源を他の実体に移転させるべ き義務(obligation)をそれぞれ財務的に表現した資産と負債の定義が中心 になるのに対して,後者ではアウトプットとインプットをそれぞれ財務的に 表現した収益と費用の定義と両者の対応が中心になる。

ここで,資産負債中心主義では経済資源や義務に限定して資産や負債を貸 借対照表に計上すべきであると考えられているのに対して′,収益費用中心主 義では収益と費用の適切な対応のためには必ずしも経済資源や義務に基づい たり,それだけに限定される必要はないと考えられている。同時に,資産負 債中心主義は収益費用中心主義の収益および費用概念の曖昧さを指摘し,そ れゆえ主観的な損益しか算定できないと批判するのに対して,逆に収益費用 中心主義は資産負債中心主義を不必要で不適切な変動を報告利益にもたらす

1)FASB[1976]para.33。残りの一つに「非有機的結合説(nonarticulatedview)」と呼 ばれているものがあるが,これについては特に本稿では触れない。

2)FASB[1976]para.34−42。

(2)

という理由で批判している。これ以外にも,たとえば貸借対照表と損益計算 書の関係をどう見るかということについての見解の相違もある。資産負債中 心主義では貸借対照表の方が損益計算書よりも有用なものであると理解され ているのに対して,収益費用中心主義のもとでは損益計算書の方が貸借対照 表よりも有用であると理解されているのである。

本稿では,これら二つの損益観について,資産負債中心主義を代表するも のとしてアメリカ財務会計基準審議会

(FinancialAccounting Standards  Board ‑F ASB)

が出した『財務会計諸概念に関するステートメント

(State ments of Financial Accounting Concepts

以下

SFAC

と略す)Jlを取り上げ,

収益費用中心主義を代表するものとしてペイトン=リトルトンの『会社会計 基準序説』を取り上げ,損益計算という観点から比較をする。

.損益計算の仕組み

( 1 )  

SFAC

における損益計算の仕組み

まず

SFAC

の損益計算の仕組みについて,以下のような設例を用いて考 察することにする。

( 1 )   現金

100

円で営業をはじめた。

(2) 

商品

100

円を現金で仕入れた。

(3) 

上記商品を

120

円で現金売りした。

(4) 

損益を求める。

これらの取引を表示するために,

SFAC

の考える財務諸表の要素の定義 をみることにする。なお

SFAC

では

10

個の要素について定義が示されてい

3)  FASB

[ 1

976] para. 43‑68

。もっとも,貸借対照表と損益計算書との関係について のこのような考えの相違は,二つの損益計算の観点の実質的な相違ではないと述べら れている

(FASB

[ 1

976]para. 44)

)本稿では,以後

SFAC

からの引用その他は文中において括弧でステートメント番号,

パラグラフ番号の順に表示し, ~会社会計基準序説』からのものについては文中に括孤

で原文,翻訳書(本文では中島訳と略)の順に該当箇所のページを表示する。いずれ

についても翻訳書を参考としたが,一部改訳したところもある。

(3)

るが,ここでは関連のあるものだけに限定する。

「資産は,過去の取引または事象の結果として,特定の実体により取得ま たは統制されている発生の可能性の高い将来の経済的便益である

J(SFAC  No.6 para. 25) 0 

「持分または純資産は,負債を控除したのちに残るある実体の資産におけ る残余権益である

J(SFAC No.6 para. 49)0 r

営利企業では,持分は所有者 権益である

J(SFAC No.6 para. 60)

「包括的損益は所有者以外の源泉から生じる取引その他の事象や環境から 生じる

1

期間における営利企業の持分の変動である。これは,所有者による 投資や所有者への分配から生じる持分変動以外の l期間のすべての持分変動 を含む

J(SFAC No.6 para. 70)

「収益は,実体の進行中の主要なまたは中心的な営業活動を構成する財貨 の引渡しもしくは生産,用役の提供,またはその他の活動による,実体の資 産の流入やその他の増加あるいは負債の返済(または両者の統合)である」

(SFAC No.6 para. 78)

「費用は,実体の進行中の主要なまたは中心的な営業活動を構成する財貨 の引渡しもしくは生産,用役の提供,またはその他の活動の遂行による,実 体の資産の流出やその他の費消あるいは負債の発生(または両者の統合)で ある

J(SFAC No.6 para. 80)

これらの定義に加えて,

r

ほとんどの費用は少なくとも一時的には資産で

ある

J(SFAC No.6 para. 79 footnote 40)

とも述べられ,いったん取得され

たものは,まず資産として扱われるとしている。また,定義からもわかるよ

うに,持分は資産と負債との差額,すなわち純資産に等しいとされている

(SFACNo.6 p

a.60)

。包括的損益は,この持分の変動として定義されてい

るのであるが,これはr(

a)

その企業と出資者以外の他の実体との聞の交換

取引やその他の譲渡, ( b ) その企業の生産的努力,

(c)

価格変動,不可避的事

故およびその企業と当該企業がその一部である経済的,法的,社会的,政治

的,物理的環境との聞の相互作用の影響の

3

っから生じる

J(SFAC No.6  para.  74)

。しかし,このうち,

(a)

および

(b)

が企業の主要な活動であるとし

(4)

ている。このような包括的損益の内訳要素として収益と費用は位置づけられ ている

(SFACNo.6 para. 65)

。その内容は,定義からもわかるように企業 所有者との取引以外の取引から生じた資産の流入(増加)と流出(費消)あ るいは負債の返済と発生として把握されている。これらの点をふまえて,例 示した取引を仕訳で表すと次のようになるであろう。

(1)現金

100 

資本金

100 

これは,資本の払込を示すもので,現金の流入による経済的便益の増加が 生じているが,この取引は企業所有者と企業の間でなされているため,定義 から損益とは関係しない。

(2)

商 品

100 

現 金

100 

商品の仕入は現金による資産の購入であり,持分の変動を伴わない取引と されている

(SFACNo.6 para. 65)

。しかし先の収益の定義では,収益は資 産の流入として定義され,また収益によって増加する資産にはさまざまな種 類があり,その例として受領された財貨や用益も含まれている

(SFACNo.6 para.  79)

。費用についても同様である。そうであるならば,

SFAC

では,仕入取 引についても商品の流入を収益として,現金の流出を費用としてつかまえ,

それが金額的には持分の変動をもたらしていないので,収益と費用とが相殺 されて認識されてはいないのではないかと考えられるのである。したがって,

この仕訳の根底には次のような仕訳があると考えられる。

商 品

100 

収 益

100 

費 用

100 

現 金

100  (3)

現 金

120 

収 益

120 

費 用

100 

現 金

100 

この商品の販売では,金額的にみて純資産の変動が生じているので,その

原因が収益と費用とで表されることになる。すなわち,商品が流出している

ので費用が計上されることになり,現金が流入しているので収益が計上され

ることになる。

SFAC

でも「製品または商品の販売は,現金または受取勘

定を受領することによる収益(販売収益)と,顧客へ売り渡した製品または

商品の犠牲による費用(売上原価)の両方を伴う

J(SFAC No.6 para. 146) 

(5)

と述べられている。

以上の仕訳をそのまま貸借対照表と,損益計算書の形で表示すると次のよ うになるであろう。

貸借対照表

(1)現金

100  (1)

資本金

100  (2)

商 品

100(2)

現 金

100 (3)

現 金

120

(3)

商 品

100

利 益

20 

損益計算書

ハ U n u n u n L  

品 金 商 現

n u n U A U   A U n u n L  

金 品 益 現 商 利

損益計算書において

(2)

現金

100/(2)

商品

100

の全体を括孤でくくっている のは,それが金額的にみて純資産の変動をもたらさないものであるために,

実際には表面に現れてこないことを意味している。また,損益計算書におい て売上とか売上原価のように収益勘定名や費用勘定名で書いていないのは,

そのような収益や費用項目の中身が上に示したような現金の流入や商品の流 出などであることを明示するためである。

先に引用した定義からも明らかなように,損益計算書において,収益は資 産の流入を意味し,費用は資産の流出を意味しているのであり,それぞれ貸 借対照表における借方の資産の増加と,貸方の資産の減少とに対応している。

いいかえれば,収益と費用は貸借対照表において所有者取引以外の取引から

生じた資産の変動と同じことを意味しているのである。貸借対照表では所有

者との取引を含めたすべての資産の変動が記録されることになるのに対し

て,損益計算書ではそのような変動のうちで,所有者との取引以外の取引す

べてが記録されることになるが,それゆえに純資産の変動と結びついた資産

の流入と流出をあらためて収益と費用として表示することになり,貸借対照

表の純資産の変動分を証明するものになっているのである。現実には,個別

の勘定が設定されているために,貸借対照表では純資産の変動は,期末に各

勘定の残高を集計して計算されることになるが,損益計算書では,純資産の

変動を引き起こした取引ごとに,資産の流入と流出を,それを引き起こした

原因名を収益および費用勘定名として付けて表すことにより,貸借対照表で

(6)

算定された損益が,本当に存在しているのかどうかを確認しているのである。

収益と費用が貸借対照表で算定された損益の内訳明細とされているのはこの ような意味においてである。

さて,このような損益計算を,今度は先の例のように商品を全部販売する のではなく,仕入れた商品のうちの

60

円分を

80

円で販売した場合について,

考察してみることにする。その場合の取引を,先ほどと同様に勘定で表示し てみると,次のようになる。

貸 借 対 照 表

(1)現金

100 

I  (1)資本金

100 

(2)

商 品

100 I (2)

現 金

100

( 3 ) 現 金

80 

I  ( 3 ) 商 品

60 

利 益

20 

損 益 計 算 書

U A U A U n H U  

商 現

A U A U A U   A U n h U 9

金 品 益 現 商 利

貸借対照表に表示されている借方の現金

100

円は,商品仕入のために支出 されたので貸方現金

100

円となり,さらに売上によって

80

円だけ戻ってきて いる。そこで,期末には現金

80

円あることがわかる。同様に仕入れた商品

100

円 のうち,

60

円分は販売されて企業から流出したので,相殺されて期末には

40

円分が存在していることになる。その結果,商品

40

円分と現金

80

円の合計

120

円が,この企業では,期末に存在することになる。今,負債については 考えていないので,この資産額は期末の純資産に等しい。このように,資産 の運動は所有者との取引を含めてすべて貸借対照表の中に記録されるので,

純資産の額が計算されるようになっているのである。そして,この例示にお いては,期末の純資産と期首の純資産を示す資本金とが比較されて,期間利 益が算定されているのである。すなわち, (期末現金有高

80+

期末商品有高

40)

‑資本金

100=

損益

20

という計算式に貸借対照表はなっているのである。

(2) 

ペイトン=リトルトンにおける損益計算の仕組み

さて,前節と同じ設例をもちいて,ペイトン=リトルトンの『会社会計基

準序説』における損益計算の仕組みについて考察してみることにする。その

(7)

ために,前節にならって,関連する財務諸表の要素についての彼らの考えを まず見てみることにしよう。

資産については,貨幣性資産とそれ以外のものに分類されるが,後者につ いては周知のように、発生した原価のうちの「未決状態の対収益賦課分」

(pp.2526

,中島訳

43"'44

頁)といわれている。

持分は資産に対する権利分であり,資産と同様に取引価格で表わされたも のである。

(p.37

,中島訳

61

頁)。たとえば残余持分契約に対する価格総計

として資本金は述べられている

(p.12

,中島訳

20

頁 ) 。

収益は,

r

生み出された成果

J(p. 15

,中島訳

24

頁)を表示するものであ り,具体的には「顧客から受け取った新しい資産の額で測定された企業の生 産物である

J(p. 46

,中島訳

79

頁)とされている。

費用は,

r

成果を生み出そうとした努力

J(p. 15

,中島訳

24

頁)を表示す るものであるが,それは当期の収益に対して賦課されるべき原価である。た とえば,関連ある収益に負担せしめることのできる原料の庫出分があげられ る

(p.68

,中島訳

116

頁 ) 。

損益はいうまでもなく,収益と費用を対応させることによって計算される ことになる。それは,生み出された成果とその成果を生み出すために費やし た努力との差額である。利益があるとは,成果が努力を上回るということで ある

(pp.1516

,中島訳

25

頁 ) 。

かれらはまた、「周到にまた真実に計上された原価はすべて少なくとも瞬 間的には広義の資産の総額中に反映され,そしてこの経路を経て企業活動す なわち収益を生もうとする努力に結びつく

J(p.  72

,中島訳

123

頁)とも述 べている。したがって,

SFAC

と同様に仕入れられた商品は,結果的には 全部販売されるにしても,いったんは資産勘定に計上されていなければなら ない。しかし

SFAC

とは異なり,収益と費用は損益の内訳要素ではなく,

今度は損益の計算に欠かせないものなのである。そこで彼らの会計の処理を

見ると, (1)取引で生じる原価を認識,測定,分類し,

(2)

その後の内部的な

移動および再結合の跡付け, ( 3 ) 期末には収益に対応する費用を計算すると

いうように

3

段階に分けて考えている。また,このような処理は収益を支

(8)

配的な要因とみる見解にも通じるとしている

(p.

2 5,中島訳4 2頁)。こうし たことをふまえて,今度も仕訳の形でこれらの取引を示してみよう。

(1)

現 金

100 

資本金

100 

会社会計の理論を,この例のような個人企業にあてはめるのは矛盾してい るかもしれないが, I 追加資金が債権者または株主によって供与されるため の財務的取引」は収益の発生を反映するものではない

(p.47

,中島訳

81

頁)

と述べて,損益計算とは関係ないものとしている。

(2)

商 品

100 

現 金

100 

この佐訳は,先ほどの

SFAC

の場合とは異なり収益および費用と関わら せて捉えることはできない。かれらは, I 利益が購入過程の中で実現するこ とはない。何故ならば購入は収益を生むために計画された努力のプログラム の第

l

段階にすぎないからである

J(p. 29

,中島訳

49

頁)と述べている。つ まりこの段階は取引から生じる原価を認識しているにすぎないのである。

(3)

現 金

120 

収 益

120 

これは商品が販売されたという成果を示すものである。売上は販売によっ て流入してくる現金の

120

円という金額で測定される。先ほどの

SFAC

とは 異なりこの段階では損益の確定はできない。なぜなら,損益はこの収益に対 応させるべき費用を資産勘定から振り替えなければ算定できないからであ る。したがって次のような仕訳が行われなければならない。

(4)

費 用

100 

商 品

100 

以上のことを先の例と同じように勘定を用いて表示すれば,その結果は次 のようになる。

貸 借 対 照 表 損 益 計 算 書

(1)

現 金

100  (1)

資本金

100 

(2)

商 品

100  (2)

現 金

100 

(3)

現 金

120  (4)

商 品

100

一 一 う

(4)

商 品

100  (3)

商 品

120

利 益

20 

利 益

20 

)なお,本稿で用いている設例では,

(2)

の段階はない。

(9)

先ほどの

SFAC

の時と同様に,ここでも損益計算書を,費用と収益の項 目で表示していないのは,それらの中身を示すためである。

ここで示した財務諸表は,

SFAC

で検討したものと比べて損益計算書が 異なっている。かれらは,会計は期間に達成された成果とその成果を獲得す るために費やした努力とを,それぞれ収益と費用として表示し,両者を比較 することによって損益を求めるものであると考えている。先に述べたように,

収益は企業の生産物として捉えられている。

SFAC

が収益を企業に流入し てきた現金として把握していたのとは異なり,今度は顧客に引き渡された商 品を収益の内容と考えているのである。他方,費用はこの収益の獲得のため に販売過程に投入されたものをその内容としている。このようにみてくると,

この例では損益計算書は販売された商品と,その販売過程に投入された商品 との比較になっているのである。

SFAC

では,資産の増加と減少とを収益と 費用として把握していたため,実際には表面に現われてこないとはいえ,仕入 の段階でも収益と費用が計上される可能性が存在していた。しかし,今度は いくら利益を獲得する活動の一環であるからといっても,単に商品を仕入れ ただけで,売上がなされていないのであれば損益の認識はなされないのであ る 。

これを,貸借対照表との関連で考えれば,企業は利益を獲得するために取 得したものをいったんは貸借対照表に資産として計上しておいて,そのうち で成果を獲得するために投入したものを費用として損益計算書に移している ことになる。この例は商業であるから,成果の獲得のために投入するという ことは, とりもなおさず販売されて,企業の外へ商品が出ていくことになる ので,収益を計上することになる。そのさい新しく対価として入ってきた資 産は,貸借対照表の借方に計上されることになる。このような過程は見方を 変えれば,勘定に記録する順序とは逆になっているが,投下した現金が再び 利益を伴って企業に戻ってくる過程を,矢印で示したように貸借対照表と損 益計算書の両方を用いて表現するようになっているということもできるので ある。

さて,今度も期間計算の場で,かれらの損益計算の仕組みについて考察し

(10)

てみると,次のように勘定表示できるであろう。

貸借対照表

(1)現金

100 

(1)

資本金

100  (2)

商 品

100

(2)

現 金

100 (3)

現 金

80  (4)

商 品

60 

利 益

20 

損益計算書

(4)

商 品

60  (3)

商 品

80 

利 益

20 

既に述べたように,収益が会計計算上支配的な要因とされている。そして,

その収益を獲得するために費やした努力を収益に対応させるべき費用として いる。今度の例で、は仕入れた商品のすべてが売れているのではないので,こ の成果に対応する努力がいくらであるのかをあらためて確定して,貸借対照 表から損益計算書へ移さなければならない。したがって,周知のように貸借 対照表には貨幣性資産と当期の収益に関係づけることのできなかった原価が 資産として残ることになる。

SFAC

では,ある意味で損益計算書なしで,

貸借対照表単独で損益を計算することが可能となっていたのであるが,今度 は,まず販売時において収益の認識がなされるのであり,ついでそれに対応 するだけの費用の確定がなされ,それが貸借対照表から損益計算書に移され ねばならないのであるから,貸借対照表と損益計算書が協力しあわないと損 益計算できないのである

(p.67

,中島訳

114

頁 ) 。

.測定について

(1) SFAC

における測定

ここまで損益計算の仕組みに焦点をあててきたが,説明に際して用いた取

6  )注意しておかなければならないのは,収益費用中心主義といわれている理論のすべ てがこのような形式になってはいないということである。たとえば,

APB

のステート メントの第

4

号の場合は形式としては

FASB

のものに近い。

FASB

[ 1

976J

では,こ の

APB

の考え方と,ペイトン=リトルトンとの考え方とを収益費用中心主義の両極に 位置するものとみなしているのである

(FASB

[ 1

976J  para.215

218)

。したがって,

本稿でも,ペイトン=リトルトンの考える損益計算が収益費用中心主義のすべてを包

含しているとは考えてはいな L 、。この収益費用中心主義のさまざまなタイプについて

は,機会を改めて検討することにしたい。

(11)

得原価は便宜的なものにすぎないことに注意しなければならない。

SFAC

ではアメリカの現行の会計実務で用いられている現在原価,現在市場価値,

正味実現可能(決済)価額,将来キャッシュフローの現在(または割ヲ1)価 値の

4

つの測定属性も,取得原価とならんで容認している。これらは,取得 原価の例外と考えられているのではなく,状況に応じて適切なものが選択で きるようになっているのである

(SFACNo5. para.66

70)

ところで, どのような測定属性を計算で用いるべきかということは,会計 の損益計算の仕組みそのものからでてくるものではないと考えられる。前節 で述べた損益計算の仕組みというのは,あくまで損益計算の場を示したもの でしかなく, したがって,そこに入ってくる実際の数値が計算対象のいかな る側面を表しているのかということは,この計算の仕組みにとっては関係の ないことだからである。

SFAC

において,このようにいくつかの測定属性を認めることが可能なの は,資産や負債の持っているさまざまな属性のうちのどの属性を財務諸表で 表そうとしているのかということに関係がある。

SFAC

は財務報告の基本 目的として,現在および将来の投資者・債権者の投資および与信の意思決定 に有用な情報を提供することをあげている

(SFACNo.l para.32

34)

。こう した投資家は,自分と関係のある企業が良好なキャッシュフローを生み出す 能力について関心を持ったり,その能力を市場がどのように認識し有価証券 の価格に影響を及ぼすかということに関心を持っている

(SFACNo.l para. 

2 5 )。そうであるから,財務報告は当該企業へのネットキャッシュインフロー の見込み額やその時期とか不確実性を評価するのに役立つ情報を提供する必 要がある

(SFACNo.l para.37)

。より具体的には経済資源,債務,持分に 関する情報がネットキャッシュインフローについての直接的な指標になると し

(SFACNo.l para.40‑4

1),さらに稼得利益やその内訳要素も投資家や 債権者の関心と結びつくとしているのである

(SFACNo

. l  

para.42‑43)

。 そして,財務報告の一部を構成する財務諸表も,当然これらの目的を達成す るようなものでなければならないのである。

こうした考えをふまえて先の資産の定義がなされているのであるが,そこ

(12)

では資産の本質を「将来の経済的便益」としていた。これは,将来において 企業にキャッシュインフローをもたらす能力とみなされ,サービスポテンシ ャルズと呼ばれているものに等しいと解されているものである

(SFACNo.6  para.28)

。したがって,資産のこのような側面の表示こそが情報利用者の関 心事を満足させることができると考えられるのである。そこで,資産の持っ ているこの経済的便益を最も良く表すことのできる金額が問題になるのであ る。現在のところ,

SFAC

ではこの問題について, どのような測定属性が もっとも良く将来の経済的便益を表示するものであるかについての決定はし ていない。先に述べた

5

つの属性が等しく「将来の経済的便益」を表現して いると考えているのである

(SFACNo.5 para. 70)

(2)

ペイトン=リトルトンにおける測定

SFAC

と異なり,ペイトン=リトルトンの『会社会計基準序説』では取 得原価が原則として主張されており,時価での測定にたいしては否定的であ る。しかし,既に述べたように,損益計算の仕組みからどのような測定属性 を用いるべきかということを決定できない。

SFAC

[ 1

976J

でも,収益費用 中心主義にたいして取得原価が必然、的に対応するとは考えられてはいない。

このことは,

SFAC

と同じように,いくつかの測定属性を容認するだけの 素地がこの場合にも存在することを意味している。

では,なぜ取得原価が重視されているのであろうか。周知のように『会社 会計基準序説』では,資本が社会的に有用な産業や企業に流入することに役

7)本文で述べたように,

SFAC

では測定属性の選択が可能になっている。このことは,

全体利益の期間配分の方法が単に取得原価のみを測定属性としているとき以上に拡大 していることを意味する。しかし,このことに加えて

SFAC

では,測定単位として名 目ドルでも恒常ドルでも使用できるとしている

(SFACNo. 6 

p

a.73)

。そのため,ど ちらを測定単位として利用するかによって,全体利益が変わってくる。これは,いい かえれば全体利益の選択が可能であることを意味する。期間利益の配分方法の拡大に とどまらず,全体利益の選択も可能になっているということは,会計がより柔軟なも のになってきていることを意味するものとして,重要な問題であると思われる。

8)  FASB

[ 1

976J para.  47

。ここでは,同様に資産負債中心主義にたいして,時価が必

然的に対応するとは考えられていない。

(13)

立つような会計を考えている

(P.3

,中島訳

5

頁)。そこで,彼らが重視す るのは会社の持つ収益力

(earningpower)

ということであり,それをいちば ん良く表示するのが損益計算書であると考えている。 I 収益力についての信 頼しうる情報は,資本が有能な者の手中に流入し,また不要産業から流出す ることにたいして重要な助けともなりうるから」である

(p.3

,中島訳

5

頁)。ところで,実際の企業活動の大部分は交換取引である。この交換取引 を数量化しているのが会計であるから,取引に際して用いられる価格,すな わち測定された対価が会計の対象となる

(pp. 11‑12

,中島訳

18‑19

頁 ) 。 この価格が,会計上は原価になるのであるが,それは価値を表すものではな い。このような原価が集計されるのは, I 全体の努力の中で,その後の有利 な販売をもたらすために充用された部分を示すからである

J(p. 14

,中島訳

22

頁)。このように考える前提には,経営活動の合理性ということがある。

すなわち,原価は少なくとも取引が行われた時点では,経営者が合理的に活 動した結果を表していると考えているのである

(p.22

,中島訳

36

頁)。また 損益計算書は成果と努力とを収益と費用として表すが, I この差額は経営能 率を反映しており,資本を提供し最終的な責任をとるひとびとたいしては特 に重要である」とも述べている

(p.16

,中島訳

25

頁)。つまり,原価は経営 者が合理的であると判断して行なった活動の結果を表すものであり,そのよ うな原価で表示した損益計算書が利害関係者にとってもっとも有用な情報を もたらすものであるといっているのである。

しかしそれと同時に彼らは原価の持つ客観性を重視している。つまり,

価格総計としての原価は,ある取引において当事者の一方のみではなく,売 り手と買い手の双方が合意したという事実が含まれたものなのであり,双方 の帳簿に同じ金額が計上されるということを意味している

(p.26

,中島訳

45

頁)。この記録された価格総計は変わることはなく,多種多様な取引を同

)収益力という言葉の具体的な意味については明確ではないし,他方で収益率という

言葉も用いられている ( p .

10.

中島訳

16

頁)。しかし「会社が年に

l

5

百万ドルの

純収益力を持っている

J(p. 44.

中島訳

72

頁)という記述があるので,おそらく当期純

利益のような絶対額を考えているのではないかと思われる。

(14)

質的な尺度で表す最上の手段である

(p.12

,中島訳

19

頁)のに対して,見 積時価などは,多分に主観に基づくものであり,所得原価に比べれば信頼性 に劣ると考えているのである

(p.123

,中島訳

205

頁)。そうした根拠を持っ たものであるので,彼らは取得原価を重視するのである。

.損益の認識一特に収益について

(1)  SFAC

の認識

既に述べたように

SFAC

においては,収益と費用は純資産の変動があった ときに,その内訳を説明するものとして位置づけられている。

SFAC

では「純 資産の変動は,それらが第

83

ないし第

87

のパラグラフの指針(収益,利得,

費用,損失の認識基準のことー引用者)に照らしてみて妥当である場合には,

稼得利益の内訳要素として認識される

J(SFAC No. 5 para. 78)

と述べてい る。収益と費用の認識が最初になされるのではなく,貸借対照表において持 分の変動の認識がなされた後で,収益と費用の認識がなされるのである。

ところで持分の変動につながる資産の変動には, I 

(a)

インフロー(資産の 取得…以下略)およびアウトフロー(資産の売却またはその他の処分…以下 略)ならびに

(b)

企業が所有している資産額…中略…の変動」があり,後 者については効用または本質の変更および価格変動がある。効用や本質の変 更には,製造過程での資産の使用,管理活動で使用している資産の減価償却 費,資産の火災損失などが例示されている

(SFACNo. 5 para. 89)0 SFAC 

では資産の持つ将来の経済的便益の測定をする会計を考えているのであるか ら,この経済的便益に変動がある場合とそれを表す価格に変動がある場合の

2

つが資産の変動には含まれているのである。このように考えると,

SFAC 

における損益計算は単に金額的に見て純資産がどれだけ増減したかというこ とに基づいた計算をしているのではなく,企業が将来キャッシュフローを生 み出す能力がどれだけ増えたか,あるいは減ったかということに基つ布いた計 算をしているということができるのである。

しかし,すべての純資産の変動が認識されるわけではな

L

、。その変動は,

まだ予測されるにとどまり,確実ではないかもしれないし,信頼できるほど

(15)

には測定できないこともある。特に収益に関しては,かなりの程度で確実な ことが要求されるのである。この点について,

SFAC

では「実現」という 用語と「実現可能」という用語とを区別して用いている。前者は商品などが 貨幣や現金請求権と交換される場合のことであり,後者は所有している資産 が既知の現金や現金請求権と容易に交換できる場合のことである

(SFAC No.5 para.  83)

。この実現可能というのは,実現にたいする例外として扱わ れてはいない。いずれも将来の経済的便益の増加を示すものである。

だが

2

節で指摘したように,

SFAC

では仕入段階の仕訳において,流入 してきた商品を資産の増加と判断して収益として計上できる可能性があった ことを想起する必要がある。単に金額的な資産の純増減を計算するのではな く,資産の持つ経済的便益の純増減が問題なのである。したがって,極端な ことではあるが,もし仕入れた商品がある定まった価格で確実に販売できる とわかっているならば,その時点で収益の計上を可能とするような損益計算 の仕組みになっているのである。

(2) 

ペイトン=リトルトンの認識

損益計算書を重視する彼らの場合には,当然、のことながら収益と費用の決 定が問題となってくる。特に支配的な要因として位置づけられている収益の 認識については

SFAC

とは異なっている。彼らは生産物が販売等により転 換されていることと,流動資産の取得により確定されているという

2

つのテ ストを経た後で、ないと収益の認識は生じないとしており

(p.49

,中島訳

84

頁),基本的には販売主義を重視している。生産主義についても述べている が,これらは販売主義からの離脱であると考えている。実現主義の例外とさ れているのである。その理由は,同意しあった価格で生産物が販売されたと いう確認がなされていないために収益の計上額にたいする客観性がないとい うことである

(p.

5 2,中島訳

88

頁)。また,増価ということに関しでも,企

1 0 ) もっとも,稼得という収益認識のためのもうひとつの条件を満たさなければならな

(SFACNo.5 para. 83)

(16)

業の営業活動の進捗を反映するものでもなければその尺度にもならないとい うことや,取引の結果でも転換行為の産物でもないという理由などで,これ を認識可能な利益とすることに反対している

(p.62.

中島訳

103

頁 ) 。

だが

2

節で述べたかれらの損益計算の仕組みの中ではこのようにしない と,原則として損益の計算ができないのである。彼らの損益計算書では収益 の内容は企業の外部に販売された商品であり,貸借対照表には商品販売によ って入ってきた現金が計上されるが,このように出ていったものと入ってき たものとの両方がないと,収益の計上ができないようになっているのである。

なぜなら,貸借対照表と損益計算書の両方が共同して企業活動の努力と成果 の表示が可能となるような損益計算の仕組みになっているからである。そう であるから,生産主義などはまだ企業から出ていったものも入ってきたもの も何もないので,それを収益計上をすることは,あくまでも例外としてしか 認められないのである。このように考えると,ここでの損益は原則として回 収された現金とその回収された現金を生み出すために投下された現金との差 額ということになるのである。

実現概念の拡張ということがし、われるが,ペイトン=リトルトンが考える 損益計算の仕組みの中では

J

それは商品販売によって得られるものを現金か ら現金等価物へと拡張することと,収益の認識の時点を早めることによって しか実行することはできない。これに対して,先に検討した

SFAC

では,

流入してきた資産を収益の内容としていた。このようにすることによって,

過去に検討されてきた実現概念の拡張を損益計算の仕組みとして受け入れる ことができるようになっているのである。しかし,逆にこのようにすると,

極端にいえば,すべての資産の流入が収益計上される可能性がある。そのよ うにならないようにするために.

SFAC

では収益認識の基準を設けている ということができるであろう。

.結びに代えて

本稿では.

FASB

の『財務会計諸概念ステートメント』とペイトン=リ

(17)

トルトンの『会社会計基準序説』とを取り上げて,その損益計算の仕組みと その上に計上される数値の測定問題および損益(特に収益)の認識問題につ いての検討をしてきた。これ以外にも資本維持の問題や発生主義の位置づけ の問題などもあるが,これらについては今後の課題である。

しかし,それ以上にここで検討した

SFAC

や『会社会計基準序説』の理 論的な位置づけという問題がある。現在の会計実務は法律などで規制された 制度的な存在である。しかも各企業はその制度として認められた枠内で,実 状にあわせた会計方法の選択をしているのであるから,そこには政策的な要 素も混じっている。ここに示した

SFAC

や『会社会計基準序説』は,この ような会計制度の根底にある企業会計の一般的な理論を明らかにしようとし たものではないかと思われる。この両者の一方は資産負債中心主義といわれ,

他方は収益費用中心主義といわれるように相違が存するが,それは各理論が 提唱された時代の経済事情の相違に基づくものであろう。例えば,

SFAC 

も『会社会計基準序説』も,投資家への報告を念頭に置いている点では共通 していると思われるが,前者では配当や利子のみならず株式価格の上昇から 得る利得を目指した投資家が前提とされているのに対して,後者では主に配 当を目指した投資家(不在出資者)が前提とされている点に,背景の相違が 現れているように考えられるのである。

だが,このような二つの会計の根底には,さらに共通する会計の原理が存 在し,それがそのときどきに応じて,形を変えながら,ある時には資産と負 債を重視して現れたり,他の時には収益と費用を重視して現れたりしてくる と考えられるのである。この原理が明かになるとこれらの理論の位置づけも 一層明確になるであろうが,この点についても今後の課題としたい。

参 考 文 献

( 1 )  

Accounting Principles Board 

[ 1

970J  Statement No. 4 Basic Con

tsand Accounting  Principles  Underlying Financial Statements 01 Business Enterprises.  New York:The  American Institute of Certified Public Accountants. JII

口順一訳『企業会計原則』同文舘

昭和5 4 年 。

参照

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