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英語 と計画言語再考 ― 多 言 語 主 義 へ の 道 を さ ぐ る ―

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英語 と計画言語再考

― 多 言 語 主 義 へ の 道 を さ ぐ る ― 沢 美智子

‑対立か ら協調へと人類の歴史はおおきく転換 した。あらゆ る面で諸民族の交流が進展 していく大勢の中にあって言語問 題は今や人類の直面する緊急課題のひとつである。国際交読 には、真の意味での 「共通言語手段」が必要である。英語杏 はじめとする 「大言語」は、それを母語としない人びとにとっ ては生得のハ ンディキャップがあり、不公平、不平等である

ことは、誰 しも否定できない。(水野)(注 1)

更につづけて水野氏は、人類の 「言語問題」解決のかざはエスペラントにあ ると述べている。あらゆる場面 に英語が浸透 し、その大小を問わず、他の諸言 語を飲み込みそうな勢いを見せている現代において、はた して100年余の歴史 を持つ計画言語であるエスペラントは、どのような存在意義を持っのであろう か。

計画言語エスペラント批判

エスペラントのような計画言語に関 しては、その現代的意義、役割について 懐疑的、批判的、否定的コメン トは随所 にみ られる。Le ngman Dictionary of English Lanaguageand Culture(1992)によるEnglishspeakers

らの説明は

"EsperantoisanartificialLanguagaeintendedforinternationaluse. Although itwasinventdin1887,ithasnotbeenpopularorsuccess ful. Manypeoplestilldonotknow whatEsperantoisandonlya

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smallnumberofpeopleintheworldspeakit."

であ り、更 に ̀internationallanguage'については、 ̀Someartificiallan guageshavebeeninventedforthispurpose,though manypeopletoday considerEnglishtobean internatinallanguage,especiallyinthebusi nessworld.'と、英語がエスペラン トのめざ した国際語 にな ったので はない か、 とい う。 また D.Christian ̀LanguagePlanning'の中で エスペ ラン トは 初期の目槙の達成 に失敗 したとして、その原因 を Thefailureof Esperantomovementtoachieveitsgoalappearstobeacaseofapurely linguisticsolutionthatignoresthesocialaspectsofthesituations.In internationaldealings,powerandprestigeareimportantdeterminantsof languagechoice'ある言語の普及 には言語 自体の力 だけにかか っているので

はな く、背景 にある社会的要素が重要であり、それを無視 したことにあるとす る。加藤和光 は、創造者の 「希望」 に反 してエスペラン トは国際語にはいた ら ず、普及 は限 られた もので、現在 1inguafrancaとして認め られているのは英 語である。皮肉に も、英語の linguafranca化が始 ま ったのはエスペ ラン ト がで きた頃か らだ という。英語至上主義への反省か ら、世界の言語的、文化的 多様性を受 け入れて、枚数の外国語教育 を主張す る石井洋二郎 は、世界にひと つの共通語 エスペ ラントなどという幻想 は捨てるべ きだと主張す る。田中克彦 のいうように、 エスペラント運動のおかれている環境 はた しかにきび しい。そ の主因 はもちろん、 いよいよ強まる英語支配であ り、 コ ミュニケーションの平 等 とか、諸言語 の同権を求める理想主義 の後退および現実主義優先の風潮であ ろう。

英語支配」 の現状認識の しかた

今 日の 「英語支配」 という現実の存在を否定する人 はいないであろう。ただ その現状の受入れ方 はさまざまである。積極的な現状容認派、消極的妥協的あ るいは現実主義的容認派、現状を疑問視または積極的に批判する立場をとる人々

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である。以上の中ではもちろん現状容認の立場を取 る人々が大多数であり、今 日の英語 ブームに拍車をかけている。国際的 コミュニケーションの場で苦 々 し い、あるいは悔 しい体験を した人、 とくに、政、財界、 また ビジネス関係者 に 現状の積極的容認派が多いようである。すなわち英語 は現在英米を含む英語国 のみならず、東南アジア、中東 ヨーロッパ等 にも広がり、 インターネットの普 及 はさらに英語支配を強化 し、英語の世界支配 は完成段階に入 ったと認識する。

寺沢芳雄の言によれば、国際機関で働いてみると英語は世界語であると実感す る。 ほとん どすべての国の トップは通訳な しで英語でコ ミュニケーションがは かれる。英語が分か らないと平気で言えるのは日本の リーダーだけである。英 語で話せないので日本の リーダーは自己主張がで きず外国 との トップとの触れ 合い もできず、 したが って国民の代弁 もできない。(2) 悔 しくて ら 「世界 語は英語」 は事実であると受入れ、 日本が世界か ら取 り残 されないためには国 をあげて英語の話せる リーダー、 ホワイ トカラー、世界に通用するエ リー トを 早急に育てる必要があると、英語教育の改革を提言する。 また各国の言語の影 響、 またアジア各国の影響を受 けた、 いわばアジア変種の英語がアジア諸国間 の共通語 としての、また対欧米 コ ミュニケーションの際の言語 としての機能を はた していることを肌で感 じて、本名信行は、英語 はアジアの言語である。 日 本人は今後国の内外で英米人よりはアジア諸国のひとびとと交流する機会が多

くなるので、アジアにおける英語 コミュニケーションの問題を本格的に考える べ きだとい う。・(注3)

諸外Egと政治的、経済的、文化的な協力関係を作 り上 げるためになん らかの 世界共通語 は必要であるが、共通語は英語である必要はない。 しか し英語か ら きりかえるには、英語を使用することによる不利益 にもまさる、理念では揃え ない莫大な労力 と犠牲を払 うことになる。計画言語がベス トであるが夢物語な ので、現在 ほとんど 「世界語」 となりつつある英語を、英米文化の支配を うけ ないように気をつけなが ら利用する方策をとるほうが賢明と主張する斉藤兆史 は、現実主義者的現状容認派 といえる。(4) 容認派の人々が考える英語は、

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相互の変種問の理解が不可能 にな らないように最低限の共通性は必要であるが、

学ぶべ き英語 は nternationalEnglishであ り、AngloAmericanEnglish ある必要 はないとす る。流暢ではな くて も、中身を伝えたい気迫のある英語が 必要 なのだとす る。寺沢氏は、言葉 は便利な記号、 コ ミュニケーションのため の道具 と考え るべ きであ り、言葉の背後 には文化があるか ら、そ う簡単には言 葉の統一 はむずか しく、文化を守 るためにもそれそれの言葉を大事にす るべ き などという論 は、お年寄 りの希望的観測であると断ず る。 このような英語支配 の現状の容認派 は、 より効果的な英語教育を、小学校か らの英語教育導入を と 声を大 にする。現代の英語支配に批判的な人々 も、海外にでた時英語 は必要で あり、英語の学習の必要性は認めている。では上記の容認派に比 して、 まるで 大海のなかの一滴 にす ぎないような少数派である英語支配の現状 にたいする批 判派 はどのよ うなスタンスを とるのであろうか。それぞれ微妙な違いはあるも のの、共通 しているのは、現代の英語支配 は英語民族、英語国家 にとっては、

非常 に有利で、都合がよい状況であ り、非英語国にとっては、不公平で不利な ことだ という認識である。そ して英語が世界的国際語 に近い地位にあるとい う 事実を、英語至上主義を正当化す るための理由にしてはな らないという認識で ある。

いわゆる英語帝国主義論争のながれ

本誌第8号 において、異言語接触 における対等なコ ミュニケーションの立場 か ら、国際語問題、英語 と計画言語、および外国語教育の問題にふれた。コミュ ニケーシ ョンの平等か らみて、一つの民俗語が世界的 レベルのコミュニケーショ ンに使用 され ることの不合理 をみ とめなが らも、現実主義が理想 に勝 る現代に おいて、計画言語は消極的なが らも我々人類の言語問題について、ひとつのチェッ ク機能を持 ち、理想への問いかけを続けるべ きだと論 じた。 それ と前後 して今 日まで、急速 なインターネッ トの普及 もあいまって、英語が これほどまでに広 く世界に浸透 している状況、 いわゆる ̀英語支配'の問題が英語教育関係の分

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野で、 また広 くマスコミで論 じられてきた。いわゆる英語帝国主義論争である。

限定された範囲ではあるが筆者の検討 して きたその系譜を略記 してみる。

1989 中村敬 :英語はどんな原語か‑その社会的特性‑

1990 大石俊一 :「英語」 イデオロギーを問 う 1990 津田幸男 :英語支配の構造

1991 田中克彦 :言語か らみた民族 と国家

1992 ダグラス ラミス :イデオロギーとしての英会話 1992 田中克彦 :国家語を越えて

1993 津田幸男 :英語支配への異論 一異文化 コミュニケーションと言語 問題

1993 中村敬 :外国語教育 とイデオロギー 一反‑英語教育論‑

1994 週間金曜日 誌上討論 筑紫哲也、中村敬、津田幸男 1994 現代英語教育 特集‑ 「英語帝国主義」をめ ぐって‑

1996 時事英語研究 誌上ディベー ト 松本道弘 対 中村敬 1996 津田幸男 :侵略する英語 反撃す る日本語

1996 国際語エスペラントに関するプラ‑宣言 1997 三浦信孝編 :多言語主義 とは何か

その他 雑誌、有力紙などへの寄稿文、投書、対談、討論など多い。

また海外でも英語一極集中に関する申し立てが出始めているようである。デ ンマークの RobertPhillipsonLinguisticImperialism (1992)が発端 と なり、1996年に香港理工大学で第1回言語権国際会議が開かれたそうである。

津田氏によれば、言語権会議は 「英語支配」だ ったとのことである。

現状認識のスタンスが同 じでないように、英語支配の弊害を和 らげる、ある いはふせ ぐキめの提言 もことなるが、 このような論議が行われ ることに意義が あるという津田氏のいうとおりか もしれない。

英語教育論争の歴史の中で、 はじめて英語教育関係の分野か ら、英語支配批 判がでたということで注目をあぴた。すなわち中村敬、大石俊一、津田幸男の

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三氏である。中村は英語の侵略によって母語を失 った民族に思いをよせ、英語 教育にあたっては、英語の有用性 と英語の暗部、侵略性 という両面を示すとと もに、外国語科目を複数化し、その中に人工語の追加 も考え、また教科書の題 材 も英米一辺倒をさけることを提言する。 この提言は今年度改定の中学校の英 語教科書をみるかぎり多少は、反映されているようである。大石は母語以外の 特定の言語が優先的に教育されてほならないとし、英語熱にうかされた日本に おける 「英語状況」 は世界の中の日本人、日本文化のありかたの根本を露呈す る大問題であるという。(5) さらに、外国語の習得は自由への飛躍となり うるが、精神を奴隷化することもありうると指摘する。(6) また英語‑外 国語、英米人‑外国人、西欧化‑国際化 という錯覚におちいらないよう注意す る。「英語支配の構造」によって、 コミュニケーションの平等の立場か ら、 英 語帝国主義への異議申立てを発表 していらい、国の内外において、精力的に活 動 している津田は、 もっとも明快な議論を展開 し、「英語支配への異論」。「侵 略する英語 反撃する日本語」で、つぎつぎと 「異議申 し立て」をおこなって いる。 日本人は英語至上主義、欧米至上主義 に支配 され、欧米への憧保、崇拝、

迎合の態度がめだっ。英会話産業、英語教育、マスメディァは英語支配の共犯 関係にあると断ずる。氏の提言は英語圏 との 「英語協定」、「国際コミュニケー ション条約」の締結である。 コミュニケーションにおける対等主義を追求 し言 語対等主義の立場か ら、外国人にたいして日本では日本語で、外国に行 ったと きは現地語で、をめざす。そのために様々な外国語の学習は当然おこなうこと になる。津田は、英語支配への異議申し立ては始まったばか りであるが英語が もた らす利益、つまり、広い通用性、経済的利益、文化的付加価値等、に目を うばわれて、英語支配が もた らす深刻な問題に無関心な人々が多い現在異議申 立てをすること自休に意味があると主張するが、堀部秀雄は、英語帝国主義批 判は、真の国際主義を志向するものであり、英語教育にたずさわる者にとって、

無視す ることができないもので、いわば 「喉につ き刺さった小骨」であり、21

世紀に向か って、外国語教育の再考をせまる問題をはらんでいると述べている。

(7)

(注 7)

一言語主義社会から多言語主義社会へ

理想的な異言語間 コミュニケーションは、言語相対主義にもとづ くもの、す なわちすべての言語 は平等であり言語差別を しないことである。有利な言語や 不利な言語がないことである。 しか しなが ら、いま世界では圧倒的に広い地域 で英語が通用 しlinguafrancaの機能をはたしており、 その傾向はつよまっ ている。異言語接触の機会はますます多 く、共通語 は求められている。理想的 には、共通語はどの母語か らも同一距離にあるものがよいのであるがそのよう な言語をつ くることは難 しい。当面 は英語、つまり様々な変種を容認する英語 が使われることになるであろう。 しか しそのことが英語至上主義を認めること だと決めてはいけない。言語と文化は切 り離せない。英語による世界の一言語 的支配は、英語圏文化の一元的支配 となる。一国内において も、世界的にも一 言語支配がすすむにつれて、多言語主義 の運動がお こる。 アメ リカにおける Englishonly Englishplusかの議論、15カ国に拡大 した欧州連合 (EU) のふえっづける公用語問題、フランスの国民議会で通過 した 「フランス語使用 法」なども、その視点か らみることができるのではないか。

世界には無数の言語があり、それに応 じた無数の思考形態がある。

異なった複数の民族、言語、文化同士の共存の可能性が模索されてい る現在、それぞれの客観的な 「差異」を外国語を通 して認識 しなけれ ばな らないのではないか」(8)

と、主張する石井氏 も、多言語主義 にたっ論を展開 している。東大において、

第一外国語

第二外国語」か ら 「既習外国語

初修外国語」 と呼 び方をか えて、英語至上主義への反省を促す ことになったと体験を記 し、さらに、英語 の圧倒的な通用度の高さと重要性は認めて も 「外国語イコール英語」を前提 と して受け入れることの危険性を指摘するとともに、世界がェスペラントという 共通言語で統一 されるという夢 は、す ぐに捨てるべ きだと断ずる。一言語主義

(8)

の否定である。

異言語間 コミュニケーションにおける平等 とェスペラント

平等なコミュニケーションは、各々の母語が尊重 されることである。おこり うる異言語間 コミュニケーションの場、即ち異言語接触の場におけるコ ミュニ ケーションのありかたを検討 し、エスペラントの もつ可能性についても考える。

(1) お互いに自分の母語で話を して意志の疎通をはかれる場合。

これは理想的な場合である。 このためには、相互に相手の言語を学んでい ることが前提である。本来外国語の学習 はあたらしい世界がひらけ、相手を知 ることができる楽 しい夢のあるものであるが、習得するためには、たいへんな 努力、時間、お金がかかる。会社の駐在員、国際機関の要職者としての期間お よび留学年数を含めて在米期間22年の寺沢氏は、100%英語が分か った ことは なか ったと記 している。それほど外国語を習得することはむずかしいのである。

さて我々が接触する言語は英語だけとは限 らない。 しか し多 くの外国語の習得 は大変である。 ここにエスペラントの役立つ場がある。事実私事なが ら、今夏 そのような休験を した。青森 までの ドライブ旅行中、エスペランチス トの援助 を受 けつつ日本を旅行 していたオランダの幼稚園の教師に紹介され、 2・3 同行 した。TOEFLで トップの成績のオランダで高等教育 を うけていれば英語 で話が通 じるとの期待ははずれた。運用能力ゼロに近いエスペラントが、唯一 の手段であった。帰国後彼女か ら届いた写真同封の手紙 に、半年 はどの通信教 育で学習 した程度のエスペラントで応答 した。

(2)当事者のいずれかの言語でコミュニケーションが行われる場合。

あさらかにこの場合は平等ではない。上記のように外国語の習得は困難で ある。友好関係にある場合は、それで も自分が相手の言語を使える喜びが、不 平等感に勝 るか もしれないし、その言葉の運用能力をはめられて、誇 らしくお もうか もしれない。 しか しなが ら、競合関係、利害関係にあり、相手を議論に よって説得 しなければならない場合は、母語話者は絶対 に有利な立場に立っ。

(9)

(3)当事者か らそれぞれ等距離にある第三の言語 によるコ ミュニケーションの 場合。

現代では、その共通語には英語が使われる場合が多いか もしれないが、世 界に存在す る言語の多 さを考えると、その可能性 は様々である。(1)で も触れた が、英語のほかに最小限エスペラントがその効力を発揮できるのではないか。

さらに福地氏の異言語接触の場の分類にもとづ きコ ミュニケーシ ョンのあ りかたを検討する。(9)

(I)国連、欧州連合などの国際機関におけるコミュニケーションのあ りかた。

現状では、国連では、法的に公用語、作業語 として六言語がきめ られ、そ れ以外の母語話者は、 自前で通訳や翻訳をつける。不平等 は明白である。理想 的にはエスペラントのような非民族語が採用 され ることであろ うが個人 レベル のコ ミュニケーションの場合 と異なり、前記 のよ うな言語の普及の要因か らみ て夢 に近 い。 しか し母語主義 は守 るべきであ り、妥協策 として通訳 と翻訳の費 用はその機関が もつ。欧州連合では通貨の統一をはかるが、言語的には多言主 義であり、公用語 は11カ国語である。英語、 フランス語 など5つに絞 りこむ案 もあるが、国民感情や文化の多様性尊重の建て前 が絡みむずか しいとのことで ある。英語支配にたいする一つの解決法か もしれない。

(2)学会、 ビジネスなどの多国間交渉の場

ここでは、母語で発言、発表、交渉がで きるか否か は重要 である0T∀で のディベー トのなかで、ある数学者が専門分野の学会で競合す るとき、 自分が 学生時代 に英語、 ドイツ語、 フランス語の学習に心血を注いでいた間 に英語話 者 は専門の研究を続けていたことにたいする悔 しさを強 く感 じたと述べていた ことは印象的であった。(1)と同様にエスペラントが理想であるが、せめて母語 主義をとるべ きである。

(3)海外駐在員、留学生などの異言語地域の長期滞在者 とその地域の人々との コ ミュニケーションの場

この場合は言語の相対主義により、現地語主義を原則 とするべき。 したがっ

(10)

て、 日本 にいる英語話者 にたい して 日本人が英語を話せないことや、上手 に話 せないことを恥 じる意識 は捨てるべ きであるし、 日本人 は英語を話すのが当然 という英語話者の意識の変更が必要である。 日本民族学博物館の前館長であ っ た文化人類学者の梅樟忠夫は、訪問者には日本語で応対をす る主義で、館内の 展示説明 も日本語であった。必要な人 は自分で通訳を連れて くるべ きであると いう主張であった。 この意識があれば、 日本語のわか らない他言語話者にその 言語を話 してあげるという気持ちで平常心で接することができるはずである。

英語国に滞在す る場合はその逆であることは当然である。

(4)旅行者 その他の異言語地域の短期滞在者とその地域の人々とのコミュニケー ションの場

現地語主義を とるのが望 ましいが、 このばあいは現地語を多少 は習得 して あることは必要である。 ここではエスペラントの役割を期待 したい。

(5)文通、 インターネットなどの書 き言葉のみの異言語間 コ ミュニケーション の場

テクノロジーの急速な進歩がのぞまれる現在、 この場 にこそ英語支配の状 況に風穴をあける多言語主義社会への道があるようにおもわれる.インターネッ

トの普及を、英語の世界語への道を加速 しているというのが多 くの見方ではあ るが、逆の見方 も可能ではないか。

インターネ ットは多言語主義への道を開 くか

20世紀にはテクノロジ‑の驚異的な発展が見 られ、世紀末にちかづ く現在、

その発展の度合いが加速 されている。 ことに地球的規模でのコ ミュニケーショ ンの手段 としてのインターネ ットはますます普及 している。 イ ンターネッ ト上 での情報発信 はおよそ80%がアメ リカ、 イギ リス、カナダ、 オース トラリア、

ニュージーラン ドなどを含む英語話者の国々であ るとの ことで ある。 web ページの約86%が英語による情報で、第2位が ドイツ語 によるものだ というこ とである。(MarkFettes,1997)多 くの偶然が重 なって、世界の広範囲 にその

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勢力をのば してきた英語 はイ ンターネッ トの出現、その普及によってその国際 語的性格をつよめてきているかにみえる。ある言語が国際的に広がるための条 件は、歴史的、文化的な要素、政治的、経済的な条件に加えて、人々がその必 要性を痛感 して習得 しようと努力する言語であることである。た しかに英語 は その条件を満た している。 イ ンターネッ トの普及を、英語支配の現状の容認派 であれ、批判派であれ、英語支配の強化の主因であると考える人が多い。 た し かにインターネットをやるようになった人々は、 ますます英語の必要性を感 じ ているらしい。筆者 も英語を通 じて得 られる情報の豊かさに圧倒されることも しば しばで、まが りなりにも英語が使える便利 さを感 じるのは事実である。 し か し英語を利用 して他の言語、たとえばロシア語や、エスペラント語 による資 料 もかな り入手できる。

About86% ofallwebpagesarein Englishand,happily, I speak Englishasmymothertongue.Whythendo Iwastemy timewritingmostofmywebpagesin Esperant07 でhereare threereasons:

(I)Englishisthemainweblanguage,butthecauseisnotany naturalgoodness of English,but historyBut history is fickle:in30‑60years‥?

(2)Thegoldenru1e:Dountoothersasyouwouldhavethem do untoyou.Iwantotherstowritetheirpagesinalanguagethat iseasytometounderstand.

(3)‥.Ihopesomedaytohaveatranslationprogram.‥Andinmy opinion,translating from Esperanto to English(orany other majorlanguage)Wouldbemucheasierthanthereverse‥.

(M.Fettes)

以上 はアメ リカ生まれ、ニュージーラン ド、 イギ リスに長期存在 し、現在 カナ ダの永住市民権を持ち、大学で教えている言語学者のことばである。氏は英語、

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エスペラント語をっかい、 フランス語、 オランダ語その他のヨーロッパ言語 に あか るいとのことである。 もしW.W.Webがそのなまえの示す よ うに全世 界へむけての ものな らば全世界の人 々のための言語で書かれるべきだと主張す る。 そ して近い将来翻訳 プログラムがで きると考えており、その場合エスペ ラ ントか ら英語その他の主要言語への翻訳のほうがその逆より容易だ と思 うので エスペラン ト語 と英語で情報発信 しているとのことである。

コンピューターのテクニシャンの立場か ら村山純氏 は、 コンピューター言語 の問題について、情報の開示は英語でなければいけないと言 う考えはあまりに も世界を意識 しす ぎた誤解であるという。様々な技術的な困難をの りこえて 日 本語のままの情報がイ ンターネ ットに流れ、そのままコンピューターに表示 さ れるようになりつつある。 日本語の情報がインターネット上に流れるようになっ て日本語の情報に対する反応が世界中か ら、片言の日本語でよせ られるように なって きたそうである。 その広が りがコンピューターネッ トワークと言葉の関 係を考えさせたという。 もしネ ッ トワークがなか った ら、マルチバイ トを使 う アジアの言語圏 と、 シングルバ イ トの欧米詩言語圏のあいだの大 きな壁が徐々 に崩 されてはこなか ったであろうという。氏の説明によれば、 ネッ トワークに さまざまな言語 による知識、情報が蓄積 されていて、それを交換 したい共有 し たいという気持 ちがテクノロジーを変え ることができたのである。インターネッ ト上で、 これまで以上に英語が主流 になるであろうという見方があるが、技術 的にはその逆の可能性 もあるよ うである。 日本語 しかできない人は日本語を使 えばよく、その情報が大 きな意味を持 っていれば、テクノロジーの助けで広がっ てい く。 このように してイ ンターネ ットは多様な文化、言語を尊重 しつつ国際 的なコ ミュニケーションに貢献で きる可能性があるという主張 も根拠のないこ

とではないようである。

朝 日新聞 (1997,4,4)の記事 によると、ATR音声翻訳通信研究所 (京都)は、

アメ リカ、 ドイツ、韓国の研究所、大学 と共同で 「多言語音声翻訳通信 システ ム」 の開発にの りだすとのことである。1999を目標 に会話を相手国の言葉 に自

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動翻訳 し、同時通訳者がい らないEElTV会議の実現を目指すのだそ うである。

手元にはアメリカの ドクター (筆者の留学中のスポンサーで もあった友人の 遺児である)か らの手紙がある。 日本では、かなりおこなわれているが、 アメ リカではあまりなされていない研究で、英語 に訳 されていない ものがあると聞 いて、英語での情報を求めているものである。

"… WhileinCA,Iwastoldofresearchthathadbeendonein JapanforyearsonCoEnzymeQIO&itsbenefitsforheartdisease andarteriosclerosisornarrowing&/orobstructionofcoronaryar teries.

Itismyllnderstandingthatmega‑dosesof QIOcancleanoutthese arteries,andthateventhollgh quiteabitofresearchhasbeendone in Japan‑verylittlehasbeendoneinthe U.S.A ‑andthere Searchfrom JapanhasnotbeentranslatedintoEnglish.Iam asking ifyou couldfindoutifIcouldgetsomeofthe information in English… "

この事実 は、両面か ら解釈できる。世界の共通語の地位にちかづいていると いわれる英語で発表 されない論文 は読 まれない、 との見解の証 ともいえるが、

非英語話者 は、自分の母語で発表 して も、その情報が欲 しければ、手段を見つ けて手 に入れる、 との説のうらづけともいえ る。 さらに、前述のように、遠 く ない将来、発展の一途をたどるテクノロジーが解決 して くれるか もしれない。

計画言語 エスペラントの現代的意義

1887年、多言語問の不平等を解決す るために、言わば歴史的必然 として ヨー ロッパで生 まれたといわれるエスペラントである。21世紀を目前に して、英語 支配がますます強化されつつある現在、その文化の一元的支配に危倶を表明 し、

意義の申 し立てがではじめている。現代は英語 プラスワンまたはモアによる多 言語主義が、複数の民族、言語、文化の共存をはかるためにのぞましいのでは

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ないか と考え られる。言語をとりまく情勢 はこのように変化 している、本来の 理想、すなわち母語の次の世界の補助言語になることとは異なるか もしれない が、英語帝国主義論争の中で、英語の一極化を改革す るために も多言語主義の 道への橋わた し的言語 として存在意義があるのではないだろうか。

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(18)

(注)

1 フランソワ ジャコモ著、水野義明訳 :言語の発展 p.1 2 寺沢芳雄 : 英語 オ ンチが国を亡ぼす pp.58‑62. 3 本名信行 : "アジア英語 と日本"

現代英語教育 1997,8:pp.25‑27 4 斉藤兆史 : "英語帝国主義 は怖 い/怖 くない"

現代英語教育 1995,8

5 大石俊一 : 英語 イデオロギー」 を問 う p.10

6 :

7 堀部秀雄 : ̀̀英語帝国主義批判を どううけとめるか'' 現代英語教育 1995,12

8 石井洋二郎 : "広が り行 く外国語の宇宙 " 言語 1955,7 p28 9 福地俊夫 : "異言語間 コ ミュニケーシ ョンにおける言語差別 とェス

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参照

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