スウェーデンの地域経済発展政策 ―中央政府の政 策を中心に―
著者 阿部 望
雑誌名 明治学院大学国際学研究 = Meiji Gakuin review International & regional studies
巻 50
ページ 183‑205
発行年 2017‑03‑01
その他のタイトル Regional Economic Development Policies in Sweden
URL http://hdl.handle.net/10723/3011
【研究ノート】
スウェーデンの地域経済発展政策
――中央政府の政策を中心に――
阿 部 望
はじめに
1990年代以降,とりわけ2008年のリーマンブ ラザーズ・ショック以降,世界経済はかなり厳し い局面を迎えている。その中でスウェーデンのマ クロ経済実績を概観してみると,1990年代初頭の 経済危機以後の実績は他のほとんどのEU加盟国 およびOECD諸国のそれよりも優れたものとなっ ていることが明らかとなる。その理由はいくつか 指摘されているが,その一つとしてスウェーデン の地域経済政策の正の効果がしばしば指摘され る。たとえばOECDの報告によれば,スウェーデ ンは「産業政策と経済発展政策の<地域化>が有 望な結果をすでにもたらしてきているOECD諸国 の一つである」とされる(1)。
本稿ではスウェーデンの地域経済発展政策につ いて,特にその特徴について考察する。一般に地 域経済発展政策を考察するとき,それを広義に理 解する場合と狭義に理解する場合とに分けること ができる。前者の場合には地域政策の他に,雇用 政策や教育・職業訓練政策等も併せて検討するこ とが求められる(2)。しかしながら本稿では紙面の 制約の下,後者の狭義の場合を取り上げることと する。
ところで地域経済発展政策を語る場合,その政 策主体として中央政府と地方政府とを区別するこ とができる。スウェーデンのケースでは,地方政 府として地域政府(County:21地域)と地方自治 体:市町村(Municipality:290 市町村)を想定し うる(より正確には,EU 加盟国であるスウェー
デンの場合,それ以外に EUの地域政策も検討対 象に入ることとなる)。スウェーデンにおいてこの 3 層の統治レベルを想定する場合,国レベルと市 町村レベルの権限が強く,その中間に位置する地 域レベルの権限が相対的に弱いとされる(この構 造はしばしば「砂時計型」と呼ばれる)(3)。すな わちスウェーデンでは地域経済発展政策に関して は3層の統治レベルが存在するが,本稿では中央 政府の役割に限定して考察する。それ以外の地方 政府の政策については別途考察する予定である(4)。 本稿の構成は以下の通りである。まず初めに 1990年代以降のスウェーデンにおけるマクロ経済 実績と経済政策の特徴について概観する(第1節)。 次いでスウェーデンの地域経済発展政策の展開を 1990年代と2000年代とに分けて整理する(第2 節)。その後現代のスウェーデンの地域経済発展政 策の特徴を検討(第3節)したのち,それと密接 な補完関係にある EUの結束政策について考察す る(第4節)。以上の一般的な地域経済発展政策の 枠内で,今度はその中で重要な位置を占める研 究・イノベーション・クラスター政策に焦点を当 てて検討する(第5節)。その後これらの政策を前 提として,最近10年間におけるスウェーデンの地 域経済の動向の特徴について概観する(第6節)。
そして最後に本稿の結論を簡潔に要約する。
1. 1990
年代以降のスウェーデンにおける
マクロ経済実績と経済政策の特徴
上述したように,1990年代以降のスウェーデン のマクロ経済の実績には目を見張るものがある。このことを2つの基本的な指数に限定して確認し ておこう。表1 を参照されたい。この表では EU の先行国(15カ国)について,その社会経済シス テムに応じて4つのモデルに区分した上で,その マクロ経済実績を示している。しかしここではス ウェーデンの実績に焦点を当てて検討する。
まず1996年以降の実質GDP成長率を見てみる と,5 年ごとに区分けされた各時期において,ス ウェーデンの実績はEU28 カ国の平均を上回って いるのみならず,EU先行15カ国の中では最も優 れた実績を示している国の一つであるといってよ い。また一人当り GDP 水準の推移を見ても,ス ウェーデンは1996年以降,他のEU諸国と比べて その水準をおおむね高く維持してきていることが 確認される。
このようなスウェーデンの相対的に優れた経済
実績の主要な理由として,これまでいくつかの指 摘がなされてきている。まずOECDはその理由と してテクノロジー集約的な経済への転換と強力な 労働生産性向上とを挙げている(5)。また他の研究 者は,スウェーデンがこのOECDのあげた2点を 達成しえた要因として,①スウェーデン政府の政 策,そして②地方のイノベーション・システムを 構築する政策の多様なツール,を指摘する(6)。こ のうち①の経済復興に一定の効果があったとされ るスウェーデン政府の政策として,財政・金融政 策と教育政策を取り上げている(7)。
より具体的にみると,財政・金融政策の特徴と しては,①大幅な税制改革の実施(法人税の57%
から30%への引き下げ,個人所得税の限界税率の
90%から 50%への引き下げ),②多数の市場の規
制緩和,③予算策定プロセスの改革,④固定相場
表1 スウェーデンのマクロ経済パフォーマンス(2003年-2014年)
GDP成長率(期間平均値-%) 一人当りGDP(水準)
EU28=100
1996-2000年 2001-2005年 2006-2010年2011-2014年 1996年 2003年 2014年 北欧モデル(平均) 3.6 2.2 0.9 0.6 104.7 121.7 119.3 デンマーク
スウェーデン フィンランド
2.9 3.2 4.7
1.3 2.7 2.6
0.1 1.7 0.9
0.3 1.5 -0.1
113 106 95
124 127 114
124 124 110 大陸モデル(平均) 4.0 2.0 1.0 1.1 106.0 125.2 123.3 オランダ
アイルランド ドイツ フランス オーストリア ベルギー
3.7 9.7 2.0 2.9 2.9 2.7
1.3 5.1 0.5 1.6 1.5 1.7
1.3 0.2 1.3 0.8 1.3 1.3
0.3 1.9 1.5 0.8 1.1 0.8
107 94 108 103 116 108
133 141 116 111 127 123
130 132 124 107 128 119 アングロサクソン・モデル 3.2 2.8 0.6 1.8 100.0 123.0 108.0 イギリス 3.2 2.8 0.6 1.8 100 123 108 地中海モデル(平均) 3.4 2.3 0.3 -2.0 79.3 95.8 85.0 イタリア
スペイン ポルトガル ギリシャ
1.9 4.1 4.1 3.5
1.0 3.3 0.9 4.0
-0.3 1.1 0.6 -0.2
-1.1 -0.6 -1.6 -4.7
105 80 68 64
112 100 78 93
97 93 78 72 新規加盟国(平均) 5.6* 2.0 2.0 53.6 68 EU28カ国(平均) 2.0* 0.9 0.7 100** 100 100
(注)*:2003~2005年の平均値,**:EU27=100
(出所)Eurostatのデータベースから作成。
制の廃止とフロート制の導入,⑤中央銀行のガバ ナンスの変更によるその責任者の政治家から独立 的専門家への転換,⑥高インフレ国から低インフ レ国への転換,があげられる。そして教育政策(と りわけ大学制度改革)としては,以下の点が指摘 される。1970年代以降,社民党政府は大学制度の 分権化を行い,その後の20年間に約30の大学を 設立した。その結果ほぼすべてのカウンティー
(県)において大学が設置され,こうした新たな 学術研究センターが若者の雇用を吸収する重要な 手段となった。このこと,つまりイノベーション 分野での分権化と大規模な改革は国のビジネス・
システム(NBS-National Business System)にとっ て大きな意味を持った。新設の大学は,各地域の 産業特性や文化特性にフィットした特徴を発展さ せることにより,また当該地域での戦略的展開に おいて自然な形のリンクを作ることにより,地域 での有用な役割を果たした。一言でいえば,大学 は地方でのイノベーション・システムの一構成要 素となったのである。
スウェーデンにおける政府(中央政府)の役割 としてはそれ以外にも存在する。たとえばイノ ベーションの分野においては,①企業の経営環境 の変化に対応した支援的なサービスとともに,技 術・製品開発を促すシステムの整備(中央政府の 政策が,技術の高度化や製品開発に向けて大きな 役割を果たしている),②ネットワーク形成への援 助,そして③インフラ整備などを通した立地環境 そのものの改善,の点で大きな役割を果たしてい ると指摘されている(8)。
以下では,スウェーデン政府の地域経済発展政 策に焦点を当てて考察する。
2. スウェーデンの地域経済発展政策の小史
と概略
スウェーデンにおける地域経済発展政策の考察 を始めるにあたり,最初にその変遷について整理 しておこう。そうすると第2次世界大戦後に関し てはほぼ10年おきにその政策フォーカスや政策 手段が変わってきていることに気付く。その中で
特に大きな変化は1990年代(より正確には1990 年代半ば以降)に生じた。スウェーデンにおける 地域政策のこのような変化の背景には3つの要因 が存在すると指摘されている。第1は,従来から 引き継がれてきた伝統的なスウェーデンの福祉モ デルの高齢化社会の下での脆弱性,第2は,グロー バル化に直面したスウェーデンの産業基盤の脆弱 性の問題,そして第3は,スウェーデンのEU加 盟である(9)。
さて1990年代以降の変遷について,表2を参照 しながら見てみよう。この表は基本的にはOECD が作成したものである。
1990年代においては,世界およびスウェーデン においていくつかの重要な出来事が発生した。地 域政策関連では,この時期にスウェーデンにおい てその後重要な影響を及ぼすこととなる NUTEK
(スウェーデン経済・地域成長庁-Swedish Agency for Economic and Regional Growth)が創設された
(1991年)。そして1990年代以降の10年間にお いて EUでも大きな変化が生じた。すなわち「結 束政策」が誕生したのである。その結果 EUの構 造基金が発動されるようになり,それがスウェー デンによるEU加盟(1995年)以降,スウェーデ ンにも影響を及ぼすようになった。
こうした背景の中で,1990年代以降スウェーデ ンにおいて注目される地域政策が登場することに なる。最初は1990年代の「雇用と福祉のための地 域成長(政策)」(1997/1998)であり,次いで2000 年代の「地域発展政策」(「国全体の成長と活力育 成のための政策」)(2001/2002)である(10)。前者 の政策においては,地域政策は社会的効率と所得 再分配の両方を考慮して実施されること,そして 社会の資本ストックのより効果的な活用,福祉の より均等な分配,そして仕事と住宅に関して個人 の選択機会を向上させることに寄与すべきこと,
が追及された。また後者の政策においては,国全 体における平等な福祉を保証することが重要な分 配上の目標であること,具体的には政府が税と支 援制度を均等化することで,全国のすべての地域 で経済的に平等な条件を生み出すことに寄与する ことが目指された(11)。後者の政策に関してはその
後改訂版「地域成長政策」が2008年に成立した。
そしてこの時期には,VINNOVA(国家イノベー ション・システム庁)が創設された(2001年)(12)。 また2003年以降,スウェーデンの全地域(12地 域)は3年ごとに「地域成長プログラム(RDP)」
の書類を作成する義務を課されるようになった。
その目的は,12の地域ごとに長期的な経済成長と 持続可能な発展のための戦略の概要を作成するこ とである(13)。そしてその中では,労働とスキルの 供給,企業環境,クラスターおよびイノベーショ ン・システムなどの中核的な戦略分野に関する個 別の分析が求められている。
このような地域政策の内容や背景の変遷におい て,特に最近の大規模な変更(特に1990年代半ば 以降のそれ)の主要な特徴について,C. Hudson は以下のように要約している。表3を参照された い。
この表は 1990 年代半ばを中心としたスウェー デンの地域政策のコンテキストの変化を要約した もので,「旧コンテキスト」と「新コンテキスト」
に分けて比較したものである。それを要約すると,
従来は地域政策が検討対象であり,かつその主体
としては地域政府が想定されていたが,新コンテ キストにおいては地域発展政策と地域統治(ガバ ナンス)が重要視されるようになってきている。
次に,従来は集権的かつハイアラーキー的な政策 体制,上からの発展と標準化の推進,中央政府に 依存する地域発展が標準的なスタイルであったの が,1990年代半ば以降は,分権的かつ多層的な政 策体制,下からの発展と一定の差別化の許容,地 域発展に依拠する一国の発展が標準的なスタイル になりつつある。以上の結果,地域(発展)政策 の重点項目も,自助に基づく全ての地域の発展,
格差是正よりも発展,ソフト・インフラの重視,
政府・民間・研究機関のパートナーシップ,地域 化された経済政策,持続可能性や男女平等の推進 といった長期的課題の追求へとシフトしてきてい る(14)。
ところで,このような地域政策の変更は実は何 もスウェーデンに限定されたものではなく,グ ローバル化とICT化の影響の下,多くの国(特に OECD加盟国)に共通するものであることに注意 しなければならない。それは一般的には地域政策 の「旧パラダイム」から「新パラダイム」への移
表2 スウェーデンの地域政策変遷の基本骨格(1990年代~2000年代)
時期 経済的背景 政策の焦点 政策手段
1990年代 ・ 銀行危機(1990年代初頭)
・ 税制改革(1990-91年)
・ EU加盟(1995年)
・ 年金資格の厳格化と収支バ ランスの取れた年金制度導 入を目指した年金制度改革
(1990年代後半)
・ EU結束政策
・ 雇用と福祉のための地域成 長(政策)(1997年)
・ EU構造基金(目的2,5b,6)
・ EU ガイドラインの枠組み内での 地域支援プログラム
・ 住 宅 セ ク タ ー の 規 制 緩 和 , 住 宅 ローン手続きの簡素化
・ 産業発展庁,エネルギー庁および STUの統合によるNUTEK(スウェー デ ン 経 済 ・ 地 域 成 長 庁 ) の 発 足
(1991年)
2000年代 ・ ICTバブルの崩壊(2001年)
・ 世界金融経済危機(2008年 以降)
・ 地域発展政策(「国全体の成 長 と 活 力 育 成 の た め の 政 策」-2001年法案)
・ 「地域成長政策」(2008年 予算法案)
・ 地域成長協定の導入(2000年)(後 に地域成長プログラム(RTPs)と 地域発展プログラム(RUPs)によ り代替される)
・ VINNOVAの発足(2001年)
・ Tillvaxtverket( ス ウ ェ ー デ ン 経 済・地 域 成長 庁 )(2009年 )お よ びTillvaxtanalys(スウェーデン成 長政策分析庁)の創設
(出所)OECD(2010),Table 2.1(p.112)およびR. Andersson(2005),pp.812-13から作成。
行とみなせるであろう。その骨子については,表4 を参照されたい。表3と表4とを比べると直ちに わかることだが,前者の「旧コンテキスト」と「新 コンテキスト」は,後者の「旧パラダイム」と「新 パラダイム」とにかなりな程度対応している。す なわち両者において相対的に困難を多く抱える特 定地域ではなく,全ての地域を対象とし,かつ中 央政府のみならず地方・地域政府の役割を重視す るようになっているのである。
より具体的にみると,旧パラダイムにおいては 後発地域への中央政府による補助金・助成金を通 した支援が中心であったが,新パラダイムにおい てはすべての地域が対象となり,各地域の有する
固有の資源の活用に基づく全当事者による共同作 業が中核となる。このことは,スウェーデンの文 脈においては地域的な公平性を犠牲にすることで はなく,それを持続可能なものすることが目指さ れていることを意味する。そしてこのことは,グ ローバルな競争の激化と高齢化による社会負担の 増加という環境変化の下では避けて通れない挑戦 課題であると考えられている。ただしここで,現 段階でスウェーデンはこの旧パラダイムから新パ ラダイムへの移行を完全に完了したことを意味し ないことに注意しなければならない。とはいえ新 パラダイムの方向に向かって進みつつあるのは確 かである。
表3 スウェーデンにおける地域政策コンテキストの変化(1990年代以降)
旧コンテキスト 新コンテキスト
・地域政策
・地域政府
・地域発展政策
・地域統治
・集権的
・ハイアラーキー的
・上からの発展(標準化)
・スウェーデンに依存する地域
・分権的
・多層的
・下からの発展(差別化)
・地域に依存するスウェーデン
・重点項目
- 貧しい地域・後進地域(依存)
- 格差是正(再分配)
- 物的・技術的・金融的インフラ - 政府の手段
- 選択的支援 - 短期的
・重点項目
- 全ての地域(自助)
- 成長
- ソフト・インフラ(人間・社会資本・福祉)
- パートナーシップ(政府・民間)
- 地域化された経済政策
- 長期的(持続可能性・男女平等性)
(出所)Hudson,Christine(2006),Figure 1(p.390).
表4 地域政策の新旧パラダイム
旧パラダイム 新パラダイム
目的 ・ 地理的な不利の一時的な補償 ・ 地域の競争力強化のための未利用の資源の活用 対象地域 ・ 後発地域 ・ 全ての地域
介入の単位 ・ 行政単位 ・ 機能上の地域
戦略 ・ セクター的アプローチ ・ 統合的な発展プロジェクト
手段 ・ 補助金および国家助成金 ・ ソフト資本とハード資本の投資の組み合わせ 主体 ・ 中央政府 ・ さまざまなレベルの政府,民間セクター,市民社会
(出所)OECD(2010),Table 2.2(p.113).
以上の歴史的な変遷を経て,現在スウェーデン においては「地域経済政策」として「地域の成長 と農村地帯の発展」のための政策が存在する。そ こには2つの部分(「地域成長政策」と「農村発展 政策」)が含まれる(15)。ここで注意すべきは,ス ウェーデン政府の政策を考える場合,それはほと んどのケースにおいてEUの政策と連動している ことである。
この点を考慮すると,はじめに「地域成長政策」
としては,「地域の競争力,企業家精神および雇用 のための国家戦略2007-2013年」が存在し,これ はEUの「スウェーデンにおける構造基金プログ ラム(EU’s Structural Fund Programs in Sweden)」
とセットになっていることが明らかとなる(16)。次 にもう一つの地域政策分野である「農村発展政策」
としては,「スウェーデンの農村発展プログラム 2007-2013年」があり,それはEUの「農村発展の た め の ヨ ー ロ ッ パ 農 業 基 金 (The European Agricultural Fund for Rural Development - EAFRD -)」 とセットになっている(17)。
ところでスウェーデンの地域成長政策の目的 は,「すべての地域におけるダイナミックな発展と 地域の競争力の向上」であるとされている(18)。こ の目的の追求にあたって基本的なことは,市町村,
地域,国家レベルでの戦略的かつ調整の取れた努 力であり,またほぼ全ての政策分野における地域 的次元の考慮の拡大である。ここではすべての地 域に対し,自らの努力を通して発展し,また共通 の利益のために貢献する機会を与えることが重視 される。この政策の下,各地域はより大きな責任 と実行力を付与され,かくして自己の個別の状況 を考慮して成長する可能性を持つこととなる。こ れに対し農村発展政策は,資源を使い尽くすこと なく利用するための条件を生み出すというビジョ ンを持つ。その目的は,環境的に効率的でかつ資 源効率的な仕方で,農村部の企業の成長を後押し することである(19)。
以下本稿では,主として前者の「地域成長政策」
を中心に論ずる。とはいえ各地域の経済実績の動 向を見る場合,それに影響を及ぼす政策としては 上記の「農村発展政策」の効果についても考慮せ
ざるを得ない。その意味で必要に応じて農村発展 政策についても言及する。
3. 現代のスウェーデンの地域経済発展政策
の特徴
既に指摘したように,スウェーデンの地域経済 発展政策の分野での中心的な国内政策は,「地域の 競争力,企業家精神および雇用のための国家戦略 2007-2013年」である。この国家戦略は,スウェー デンの成長プログラムと EUの構造ファンドの各 種プログラムの枠組みを提供し,スウェーデンの 地域政策とEUの結束政策の緊密でかつ強力な統 合の基盤となっている( 20)。より具体的には,ス ウェーデンの地域政策分野と密接に関連している EUの政策は,「スウェーデンにおける構造基金プ ログラム」そして「EU結束政策 2007-2013年」
である(21)。
このことをより詳細に見てみよう。ここではス ウェーデンから見たその地域政策の全体像を見て みる。より具体的には,2007年~2013年のEU結 束政策の枠内でのスウェーデンの地域政策の体系 である。
まず初めに,EU レベルでは基本戦略としての
「リスボン戦略」が登場する。この戦略に沿って EU の政策と加盟国の政策が調整されることとな る。
次にスウェーデンにおいては,すでに指摘した ように,国家レベルで「地域の競争力,企業家精 神および雇用のための国家戦略2007-2013年」が 存在する。この国家戦略は,2007年7月に欧州委 員会により承認を受けたものである。この戦略の 下で,(広域)地域レベル(NUTS2-TL2)で8つの 地域実働プログラムが,そして県レベル(NUTS3- TL3)で21の地域発展プログラムが存在する(22)。 それと並行して,EU側からは 1つの「ヨーロッ パ社会ファンド(ESF)プログラム」と8つの「ヨー ロッパ地域発展ファンド(ERDF)地域実働プログ ラム」がスウェーデン向けに提供されている(23)。 はじめに「国家戦略2007-2013年」の特徴から 検討してみよう(24)。
ま ず そ の 問 題 意 識 は 以 下 の よ う で あ る 。 ス ウェーデン全体の成長は,地方や地域レベルで生 み出される成長に依存していること,スウェーデ ン全体が強い競争力を持つには,競争力を持つ地 域と個人の存在が不可欠であること,競争力を持 ちかつ成長している地域の数が増えるほど,他の 弱い地域の励みになること,スウェーデンにおけ る地域の発展条件は非常に異なっているにもかか わらず,ヨーロッパの基準では,地域間の生活水 準の格差はそれほど大きくはないこと,しかしな がら最近のトレンドでは,スウェーデンの地域格 差は増大しつつあり,スウェーデンにとってすべ ての地域がその独自の事情に基づく成長のための 潜在力を実現しうるための適切な条件を生み出す ことが挑戦課題となっていること,である。
次に,国家目標として「持続可能な成長」を挙 げており,その際,以下の補足をする。すなわち,
国の持続可能な成長はすべての地域が強い発展を 実現することに依存していること,持続可能な成 長はエコシステムを危機に瀕させない経済成長で あること,そしてもう一つの基本的な要請は,
人々,ビジネス,地方自治体,政府当局の間の緊 密な協力であること,である。その上でこの国家戦 略は以下の 5 つの国家優先事項を定めている(25)。
①イノベーションと再生,②スキルの供給と高レ ベルの労働力の供給,③アクセス向上,④戦略的 な国際協力,⑤スウェーデン北部の人口希薄地域 および都市の条件,である。
ここで少し補足しておくと,上記の「国家戦略
2007-2013 年」は以下のような特徴を持つとされ
る。第1に,国家戦略は,スウェーデンにおける 地域発展政策,労働市場政策,そしてEUの結束 政策のさらなる調整を含む。かくして国家戦略は,
地域競争力,企業家精神,雇用のための全体的な 見方と部門間調整のためのプラットフォームとな る。そして第2に,この戦略はとりわけ将来の地 域発展問題に関する内容の濃い対話の結果であ る。この対話は,地方,地域,国家レベルの代表 者の間で,そして利害関係者,産業,政府当局,
労働組合の代表者の間でなされてきた。
最後に,「国家戦略2007-2013年」とEUの結束
政策との関連については,以下のように述べる。
ヨーロッパの結束政策は,地域間格差や人間の不 平等性を是正することにより,EU内での経済的・
社会的結束に向けて寄与することを目指してい る。そして 2007-2013 年の目標は,EU 全域を通 して存在する既存の条件を確保し,すべての地域 がヨーロッパの発展に寄与できる機会を生み出す ことにより,競争力と雇用とを生み出すことであ る。その意味で,スウェーデンの国家戦略はこの EU結束政策と調和的である。
以上がスウェーデンにおける地域政策の基本的 な骨格をなす「国家戦略2007-2013年」であるが,
それを補完する意味で一定の重要性を持つのが,
すでに言及しておいたように,「スウェーデンの農 村発展プログラム2007-2013年」である。このプ ログラムは以下の4つの軸を有する。第1軸:リ ストラクチャリング,開発およびイノベーション を通しての農業・林業セクターの競争力の向上,
第2軸:土地管理の支援を通した環境及び農村地 帯の改善,第3軸:農村地域の生活の質の向上と 経済活動の多様化の促進,第4軸:産官学の協力 体制構築による統治機構の効率向上,である(26)。 これからもわかるように,地域経済発展にとって 農村発展プログラムも無視することのできない寄 与をしていると考えられる(27)。
ところでスウェーデンの政策とEUの政策を統 合することでいくつかのプラスの効果が生じるこ とは明らかである。しかしながら,そこにはいく つかのマイナスの側面も観察される。というのは,
EUの政策の枠組みでは地域は広域地域(NUTS2)
を中心に運営されるが,スウェーデンの国内の地 域政策の枠組みにおいては,NUTS2 地域ではな く,「県」(NUTS3)がより重要な主体となってい るのである(より正確には,地域発展プログラム の分野では,そのプログラム作成と調整の面では 県が,しかしその実施の面では市町村の方がより 重要な機能を担っているとされる)(28)。現在,ス ウェーデンにおいてNUTS2地域は8地域存在する のに対し,県は21存在する。したがって各県の観 点からは,国内的には自己の県の発展プログラム を作成し,対EU向けには,同じNUTS2地域に属
する他の県のプログラムとの調整が迫られること となる。このことにより,各県はかならずしも自 己の県にとって最適なプログラムを立案・実施す ることはできない可能性を持つことになるのであ る(29)。この問題,すなわち地域経済発展政策の立 案・実施主体としての地域とは何かという問題を 考える場合には,実は「地域」か「県」かあるい は「市町村」かといった地方自治のレベルの問題 だけにはとどまらない。これら3つのレベルはい わば「行政的」地域なのであり,実際の経済活動 を考察する際にはむしろ「機能的・経済的地域」
が重要となってくるのである。その意味では,各 地方の経済活動の実態に対応して,行政的地域間 の協力・協調が重要な作業となってくる(30)。 なおここで参考までに,現時点でのスウェーデ ンにおけるこれらの3層の統治レベルの責任分担 を整理しておこう。表5を参照されたい。しかし ここではその詳細には立ち入らないこととする。
4.EU
の結束政策(Cohesion Policy)
スウェーデンの地域経済発展政策と関連する EU の政策の中心は結束政策であるが,現行のそ れは「結束政策 2014-2020 年」(31)である。しか しながら本稿ではその実績に関心があるため,主 として「結束政策 2007-2013 年」(32)について検 討する。
はじめに,「結束政策2007-2013年」の3大目的 として,①収束(格差是正)(Convergence),②地 域の競争力と雇用,③ヨーロッパ内での地域間協 力,の3つが指摘される。また「結束政策」の中
の「結束のためのヨーロッパの戦略ガイドライン」
として以下の3つの柱が掲げられる。①ヨーロッ パとその地域を投資と雇用にとってより魅力的な ものにすること,②知識とイノベーションの向上 により成長を促すこと,③雇用の量と質を高める こと,である(その詳細については,表6参照)。
それではこのようなEUの結束政策はスウェー デンにとってどのような意味を持つであろうか。
この点について検討してみよう(33)。まずEUの結 束政策に関連する基金は複数存在する。「構造基 金(これは,ヨーロッパ地域開発基金(ERDF)
とヨーロッパ社会基金(ESF)を含む)」と「結 束基金」である。
EUの結束政策の目的は,「加盟国間および地域 間の格差是正を通しての経済的・社会的結束の促 進」であり,その予算総額は,2007-2013 年につ いて,3470億ユーロである。また構造基金を通し てなされる結束政策への投資は,スウェーデンに おける広範にわたるプロジェクトを支援してきて いる。その目的は,①運輸・通信ネットワークの 改善,②雇用の創出,③企業の創業の支援,④ス キルと職業訓練の拡大,⑤環境の改善,⑥魅力的 な観光の回復,である。そしてこの間,EU によ るスウェーデンへの投資(2007-2013 年)は,結 束政策の資金として,約 20 億ユーロが配分され た。そこでは主として2つの分野に投資が行われ,
「地域の競争力・雇用目的」として約16億ユーロ,
そして「ヨーロッパ地域協力目的」として約3億 ユーロが支出さることとなった(34)。これについて は,表7を参照されたい。
またスウェーデン向けの結束政策の主要優先事
表5 スウェーデンにおける統治レベルごとの責任分担(地域経済発展政策のケース)
国レベル 県レベル(21県) 市町村レベル(290市町村)
・高等教育
・市町村外道路
・鉄道輸送
・港湾および空港
・地域成長(一部)
・インフラ計画
・農業および農村地域
・中等教育(一部)
・公共輸送
・地域観光
・地域発展
・地域輸送及びインフラ計画
・教育
・市町村内道路
・市町村計画
・ガス,暖房,給水
・電気
・地方観光
(出所)OECD(2012a),Table 1.1.(p.34)から作成。
項とそれに対する支出額については,以下の表8 を参照されたい(35)。ここでは,「R&Dとイノベー ション」への支出が最も多くなっている。
そしてEUからスウェーデンに配分された金額 のうちのERDF分に付き,その地域ごとの優先分 野への配分については表9を参照されたい。
この表からわかる通り,項目的には「イノベー ションと再生」への支出が最も多く,全体の約 70%に達している。次いで多いのが「アクセス向
上」で約20%となっている。また地域別にみると,
スウェーデンの北部の3つの地域への支出が断然
多くなっており,全体の66%に達している。
さらにこれらの資金の中でイノベーションに関 連した支出(ここでは環境,知識移転,応用R&D 促進の3分野が区別されている)を地域別にみる と,スウェーデン全体では3つの部門のバランス がおおむねとれているが,地域によってかなり大 きな相違がみられる。環境分野への支出比率が大 きいのはストックホルム地域(SE11)57%,少な いのは北中部スウェーデン地域(SE31)10%,知 識移転の分野への支出比率が高いのは北中部ス ウェーデン地域(SE31)45%と西部スウェーデン
表6 EU結束政策2007-2013年 -結束のためのヨーロッパの戦略ガイドライン-
(1)ヨーロッパとその地域を投資と雇用にとってより魅力的なものにすること。
a) 輸送のインフラを拡張し,改善すること。
b) 環境保護と成長との間の相互作用を強化すること。
c) ヨーロッパが伝統的なエネルギー源の積極的な活用に取り組むこと。
(2)知識とイノベーションの向上により成長を促すこと。
a) 研究とテクノロジー開発への投資を質・量とも拡大すること。
b) イノベーションを奨励し,企業家精神を促進すること。
c) 全ての人々のための情報化社会を促進すること。
d) 資金へのアクセスを改善すること。
(3)雇用の量と質を高めること。
a) 人々を雇用に引き付け,かつ留めておくこと。そして社会保障制度を近代化すること。
b) 労働市場における被雇用者と企業の適応性と柔軟性を改善すること。
c) 教育の改善とスキル開発を通して人的資本への投資を高めること。
d) 行政能力の向上。
e) 健康な労働力維持のための支援。
(出所)The Swedish Ministry of Enterprise, Energy and Communications(2007),p.8.
表7 スウェーデン向け結束資金の支出(2007-2013年)(10億ユーロ)
目的 資金源 EU スウェーデン
公的資金 合計
地域競争力および雇用 ERDF 0.9 1.1 2.0
ESF 0.7 0.7 1.4
地域競争力(小計) 1.6
ヨーロッパ地域協力* ERDF 0.3 - 0.3
合計 1.9 1.8 3.7
(注)数字は四捨五入の数字。
* 各地域協力プログラムには,各参加加盟国からの最低15%の共同出資分が含まれる。
(出所)European Commission(2009),p.2
表8 スウェーデン向けの結束政策の主要優先事項(2007-2013年)(百万ユーロ)
主要優先事項 支出額
R&Dとイノベーション 741
情報・通信インフラおよびサービスの開発と向上 102
起業家精神の促進とSMEの支援(特にリスク資本へのアクセス改善) 312
就業能力,教育,スキルの改善のための活動への投資 204
輸送インフラとアクセスしやすさの改善 77
中途退学者や移民そして長期療養中の人々のための教育制度と職業訓練などを通しての
労働供給の改善 459
環境の保護と持続可能な成長の促進 183
合 計 2,078
(出所)European Commission(2009),p.2から作成。
表9 優先分野間のEBRD資金の配分(2007-2013年)(百万ユーロ)
地域(NUTS2) イノベーションと 再生
アクセス
向上 その他 技術的支援 合計 (%)
SE11 ストックホルム 27.0 9.0 1.5 37.6 4.0%
SE12 東中部スウェーデン 62.1 15.7 3.2 81.0 8.7%
SE21 スモーランド・諸島 43.1 21.6 2.7 67.4 7.2%
SE22 南部スウェーデン 32.5 17.7 17.7 2.8 70.7 7.6%
SE23 西部スウェーデン 51.0 10.0 2.5 63.6 6.8%
SE31 北中部スウェーデン 132.1 55.0 7.8 194.9 20.9%
SE32 中部ノーランド 130.5 39.0 7.1 176.6 18.9%
SE33 北部ノーランド 177.1 55.8 9.7 242.6 26.0%
スウェーデン全体 655.4 213.8 27.7 37.3 934.4 100.0%
(%) 70.1% 22.9% 3.0% 4.0% 100.0%
(出所)European Commission(2010b),p.10.
表10 スウェーデンのNUTS2地域におけるイノベーション関連支援の配分(各地域の分野別支出比率)
(%)
地域(NUTS2) 環境 知識移転 応用R&D促進
SE11 ストックホルム 57 21 18
SE12 東中部スウェーデン 15 39 46
SE21 スモーランド・諸島 31 8 61
SE22 南部スウェーデン 48 26 26
SE23 西部スウェーデン 23 42 34
SE31 北中部スウェーデン 10 45 45
SE32 中部ノーランド 43 21 36
SE33 北部ノーランド 42 30 28
スウェーデン全体 29 36 35
(出所)European Commission(2010a),p.11.
地域(SE23)42%,そして応用R&D促進分野への 支 出 比 率 が 高 い の は ス モ ー ラ ン ド ・ 諸 島 地 域
(SE21)61%となっている。表 10 を参照された い。
5. 地域政策としての研究・イノベーショ
ン・クラスター政策(VINNVAXT プログ ラム)
既に述べたように,スウェーデンにおける現在 の地域成長戦略は,「地域の競争力,企業家精神お よび雇用のための国家戦略 2007-2013」の中で示 されている。これは概括的な戦略であり,当然そ の中で関連する個別的な政策分野が存在する。そ の中でも重要な位置を占める政策として,たとえ ば「研究・イノベーション政策」(36)やそれと関 連した「VINNVAXTプログラム(ダイナミックな イノベーション・システムを活用した地域成長プ ログラム)」(37)を挙げることができる。
現代の経済政策,とりわけ産業競争力政策にお いては,研究・イノベーション・クラスター政策 が重要な位置を占めることは周知のとおりであ る。スウェーデンにおいては,2000年代初頭から 本格的なクラスター形成に向けての動きが始まっ たといってよい(38)。そして最近のスウェーデンの ケースについて,2012年のOECDレポートは,ハ イテク産業への地域の特化度と知識集約型産業へ の地域の特化度のいずれも当該地域の GDP の高 い増加率をもたらしている,そして中位・低位の テクノロジー産業に特化した地域では GDP は低 い増加率となっている,と結論付けている(39)。こ こでハイテク産業も知識集約型産業も,その発展 が一国および一地域の研究・イノベーション・ク ラスター政策に大きく依存していることは自明で ある。
さて,スウェーデンにおいてこの政策に関わる 主体は多数存在する。まず政府内での中心的な責 任官庁は2つ存在するが,それは教育研究省と企 業・エネルギー・通信省である。その他には研究 政策評議会,イノベーション政策評議会,王立ス ウェーデン科学アカデミー,王立工学アカデミー
なども関連し,その中には,後述のVINNVAXTプ ログラムの責任主体である国家イノベーション・
シ ス テ ム 庁 (VINNOVA) も 含 ま れ る 。 こ の VINNOVAは,2001年に設立され,そのミッショ ンとしてこれまで3次のミッションが規定されて きている(2003年,2008年,2013年)。VINNOVA はまたスウェーデンにおける主要な研究資金の提 供機関である(2011 年の予算額は 19 億6800 万 SEK)(40)。
そしてこの分野の中心的な法案として,4 年ご とに採択される「研究・イノベーション法」が存 在する。現行の法案は「2012年研究・イノベーショ ン法」であるが,その明示的な目的は,それ以前 の「2008年研究・イノベーション法」を引き継ぎ,
研究の質を高め,研究の商業化を促進すること,
そして今後の2013~2016年の期間に,いくつかの 部門におけるR&D投資を大幅に拡大すること(こ の間毎年約10億ユーロをR&Dに投資すること),
とされる(41)。そして2012年法が重視するスウェー デンの研究・イノベーション体制の構造的な挑戦 課題として,それ以前の2つの法(2004年法およ び2008年法)と同じく,以下の3つを挙げている。
①スウェーデンの学術研究の一般的な水準はすで に高いが,今後数十年間をにらんで,グローバル に競争力を保持するために,大規模な改善が必要 であること,②学界(基礎研究)と産業界(応用 研究・開発)の間の相互作用が低レベルかつ不十 分であり,そのことは学界からの研究成果の商業 化の点での乏しい実績を示していること,③ス ウェーデンの公的な研究はその広がりの点では印 象的であるが,いくつかの先端部門での特化と実 績の向上を図る必要があり,また焦点とすべき分 野と重要度の低い分野との間に明確な優先順位を つける必要があること,である(42)。
以上でスウェーデンにおける研究・イノベー ション政策の概要を説明したが,その内容につい て体系的に要約することが可能である。それは表 11のように示される。参照していただきたい。
ところでいうまでもなく,EU のメンバーであ るスウェーデンは,その科学・イノベーション・
クラスター政策においても,EU の政策と調和的
なものであることが期待されている。しかしなが ら,専門家によるとこの点で問題が生じていると のことである。その例として政策の指標セットを 確認してみよう。EUにおけるこの分野の政策指標 は,「イノベーション・ユニオン・スコアボード
(Innovation Union Scoreboard)」の諸指標である(43)。 それは3つの群(支援基盤(エネイブラー),企業 活動,結果)に分かれており,個別指標の数は支 援基盤群で8個,企業活動群で9個,そして結果 群で8個となっている。これに対し,スウェーデ
表11 スウェーデンにおける研究・イノベーション政策の骨子
1. 政策の基本的方向
・研究の優先順位付けの推進
・研究成果の商業化の促進 2. 主要なガバナンス・メカニズム
・基本的政策文書
・研究・イノベーション法(2008年)
・サービス・イノベーション戦略(2010年)
・主要意思決定機関
・教育・研究省
・企業・エネルギー・コミュニケーション省
・主要基金提供機関
・VINNOVA(国家イノベーション・システム庁)
・3つの研究評議会(VR,Formas, FAS)
・スウェーデンエネルギー庁
・Tillvaxtverket(スウェーデン経済・地域成長庁)
3. 科学基盤,大学,公的研究
・大学
・産業研究機関
4. 技術移転および官民研究パートナーシップ
・VINNOVA応用R&Dプログラム
・VINNOVA VINNエクセレンス・センター
・VINNOVA成長の検証
・VINNOVA中核主体
・大学技術移転事務所(Innovationskontor)
・研究所エクセレンス・プログラム 5. 中小企業のR&D
・VINNOVA「研究と成長」
・VINNOVA SMINT 6. 起業家精神と起業
・産業ファンド
・イノベーション・ブリッジ(Innovationsbron)
・インキュベータと科学テクノロジー・パーク
・ALMI
・VINNOVA NU
7. 地域成長志向プログラム
・VINNOVA VINNVAXT
・Tillvaxtverket(スウェーデン経済・地域成長庁)
(出所)OECD(2012a),Box 2.7,pp.119-121
ンの対応する指標は,その体系としてはEUの体 系を採用しているが,実際に使用されている指標 は,その数がかなり限られている。具体的には,
スウェーデンのケースでは個別指標の数は支援基 盤群で5個,企業活動群で5個,そして結果群で 3 個しか使用されていない。これは一つの例に過 ぎないが,こうした点を踏まえて専門家は,ス ウェーデンの研究・イノベーション政策はおおむ ね自国の競争力向上と関連した自国ニーズのみを 考慮しており,EU 全体の観点からの取り組みが 弱いこと,そしてEUの政策との連結化・調和化 の努力がみられないこと,を指摘している(44)。こ の点は,資金の活用の面でEUとの協調が必要な ことから,無視することのできない程度の問題を 抱えることとなるであろう。
それではスウェーデンにおけるこの分野の中核 的プログラムである VINNVAXT プログラムにつ いて検討してみよう。2001 年に開始されたこの VINNVAXTは,「ダイナミックなイノベーション・
システムを通しての地域成長」というサブタイト ルを付けられているプログラムである。ここでの キーワードである「イノベーション・システム」
とは,「テクノロジーと他の分野の知識が創生され て普及し,またそれらのイノベーティブな開発が なされるような組織,個人,そして規則と規制の システム」を意味する(45)。そしてこのプログラム の使命は,「特定の成長分野で国際的に競争力を持 つ研究とイノベーションの場を発展させることで 持続可能な地域の成長を促進すること」である(46)。 その目的に沿って特定の地域とプログラムに対す る資金とその他の関連するサービスを提供するの が,このプログラムなのである。
VINNVAXTプログラムは,第1回の公募におい て150件以上の応募があり,2003年に最初の3件 のイニシャティブを選定した(47)。そしてこれまで
(2013 年まで)のVINNVAXTプログラムの実績 としては,全部で4回の公募に対し約200のイニ シャティブの応募があり,そのうち15のイニシャ ティブが採択されてきている( 48)。その受け皿と なった地域は,「行政上の地域」というよりはむしろ
「機能上の地域」であるのが一つの特徴である(49)。
このプログラムの特性は,長期的な視野を持っ ていることである。それを含めて,以下のような 側面を持つ(50)。
① 応募されたイニシャティブの中から選ばれ たものだけが補助金の対象となる。
② 厳選された少数のイニシャティブは1年に つき 100 万ユーロを上限として支給され る。
③ 地域の特定の優位性に焦点があてられる。
④ 企業,研究者,公共当局の積極的な関与が 求められる(3本の脚)。
⑤ オープン・イノベーション。
⑥ 資金は10年以上継続して提供される(最大 16年間)。
⑦ 様々な支援活動(セミナー,コーチング,
ネットワーク化,経験の共有化,など)が 提供される。
⑧ 伝統的なビジネス支援からイノベーション と持続可能な成長の「インフラ」への転換 が 10 年以内に実現することが期待されて いる。
そしてこれまでの当該プログラムの経験を通し て,VINNOVA は,地域のイノベーション・シス テムが成功する要因として以下のものが重要であ ると述べている(51)。
① 地域にとっての共有された戦略的概念・ビ ジョン
② 少数の将来の成長分野に焦点を当てた優先 的取り扱い
③ 高度に発展した産官学の共同指導体制の確 保
④ 活動の自由を認められた社会的起業家の参 加
⑤ 優先的活動分野を持ち,イノベーション・
システムを国際競争力を有するレベルまで 向上させることのできるような信頼性の高 い発展戦略
⑥ その戦略に沿った既存の,または潜在的に 強力な研究,訓練,知識的環境の開発
⑦ 多くの成長分野において競争力を達成する 上での中核要素としての研究に基礎を置く
知識
⑧ 地理的に近接し,高密度な地理的結節点
⑨ よく練られた学習戦略および学習の資源を 通じて生み出される学習環境と学習状況
⑩ 企業セクターの強力な参画
⑪ 特定成長分野のビジネスの知識と発展のロ ジック
⑫ 長期的発想(最低でも10年間の展望)
ところで,以上で見たVINNVAXTプログラムを 中心とする地域の「研究・イノベーション・クラ スター政策」を,クラスター政策の中心として分 析する研究者も存在する。C. Ketelsである。彼に よれば,クラスター政策は必ずしも地域政策とは 同一ではないが,両者の間に密接な関係があるこ とは明らかである。また,クラスターとは「さま ざまな知的・経済的リンクを通して関連付けられ るビジネス活動の特定分野における企業,研究機 関,政府部局,その他の地域的な集合体」として 定義される。そして,「クラスターに基礎を置く経 済政策」は,「クラスター概念を競争力向上のため に活用する全ての政府の政策手段」を意味するこ ととなる(52)。
そして,スウェーデンのクラスターとクラス ター政策の特徴は,彼によれば以下のように整理 される(53)。
① クラスター政策は,スウェーデンの競争力 を高めるための用具である。そしてクラス ター政策はスウェーデンにとって最も適切 なものである。というのはその政策はス ウェーデンの直面している特別な競争力の 問題に取り組むことができるからである。
② スウェーデン経済の大部分は,いくつかの 人口規模が中規模で人口密度がヨーロッパ 平均よりも若干少ない地域から構成されて いる。
③ スウェーデンのクラスター・セクターは,
いくつかのカテゴリーでは伝統的な強みを 持つが,将来主流となりうるようなポテン シャルを持つ新興クラスターの数は少な い。そして,運輸,建設,金属製造業は,
雇用者数から見てスウェーデン経済におけ
る三大グループであるのに対し,IT,林業 製品,通信機器は,スウェーデンの規模に 照らしたとき,66%~105%余分の雇用を抱 えている。
④ クラスター群は,その動態や賃金水準にお いて互いに大きく異なっている。スウェー デンのクラスター群の賃金水準は,ローカ ルな産業の賃金水準と比べるとおおむね 20%高くなっている。
⑤ スウェーデンの地域は多数のクラスターを 有するが,経済規模の大きな地域は他の ヨーロッパの大規模地域と比べると,特化 の程度が低くなっている。具体的には,ス ウェーデンは大きな特化レベルと絶対規模 の最低レベルを有する約 1000 の地域クラ スターを有している。NUTS2の地域で見る と,20 クラスターのみが高い特化ベンチ マーク(特化係数(LQ)>2)を満たしてい る。そしてスウェーデンの4大地域(ストッ ク ホ ル ム (SE11), 西 部 ス ウ ェ ー デ ン
(SE23),南部スウェーデン(SE22),東中 部スウェーデン(SE12))はスウェーデン の全雇用の75%を占めるが,高度に特化さ れたクラスターの雇用に関しては,ヨー ロッパの同規模の地域と比べて,より少な い雇用しか持たない(特化係数2以上のク ラスターについて14%対21%)。
⑥ クラスターの構成は,スウェーデンの地域 ごとに大きく異なる。そしてスウェーデン の輸出は,多数のクラスターにまたがる広 範な基盤によって生み出されている。
⑦ 真にグローバルなリーダーであるクラス ターの数が減少していることは,スウェー デンの全体としてのグローバル市場のシェ アが非常にうまく維持されているにもかか わらず,一つの懸念材料である。
ところでスウェーデンにおいては長い間クラス ター政策は日陰の存在であった。しかしながら,
時間の経過とともにクラスター政策は政府の政策 の中でも重要性を増してきた。政府の主要な経済 政策戦略の中でクラスターという用語が初めて登