仙台地判平25・9・17判時2204・57(民事)―東日 本大震災の地震発生後,高台にある幼稚園から眼下 の海沿いの地域に向けて幼稚園送迎バスを出発させ
,園児4名が津波に被災して死亡するに至った事案 について,被告幼稚園長には情報収集義務違反の懈 怠があり,被告幼稚園経営法人と共に損害賠償責任 があると判断された事例―
著者 三木 千穂
雑誌名 明治学院大学法科大学院ローレビュー = Meiji
Gakuin University Graduate Law School law review
巻 20
ページ 67‑75
発行年 2014‑03‑31
その他のタイトル Case Note : A Civil Case on Damages (SENDAI
District Court Judgment, 17 September, 2013)
URL http://hdl.handle.net/10723/1969
1. 事案
⑴ 本件は,宮城県石巻市内の被告B1が設置 するC幼稚園に子供を入園させていた原告らが,
平成23年3月11日に発生した東日本大震災によっ て発生した津波に流されて,子供らが乗車した本 件幼稚園Cの送迎バスが横転し,その後に発生し た火災にも巻き込まれるなどし,上記子供らが死 亡するに至ったのは,本件地震発生当時の本件幼 稚園Cの園長であった被告B2らが津波に関する 情報収集を懈怠し,送迎バスの出発や避難に係る 指示・判断を誤ったことなどによるものである旨 主張して,被告B1学院に対しては安全配慮義務 違反の債務不履行又は民法715条1項の不法行為 による損害賠償請求権に基づき,被告B2園長に 対しては民法709条の不法行為による損害賠償請 求権に基づき,それぞれ損害金およびその遅延損 害金の連帯支払を求めたという事案である。
⑵ 本件地震発生当日の状況に関し,裁判所が 認めた前提事実は,次のとおりである。
亡D,亡E,亡F及び亡G(以下,その両親が原 告となっている4名の園児を併せて「本件被災園 児ら4名」という。)及び亡H(以下「亡H」と
いい,両親が原告となっていない亡Hも併せて
「本件被災園児ら5名」という。)は,平成23年3月 11日(以下,単に日付のみを記載したものは平成 23年3月の日付を指す。),登園していた本件幼稚 園Cから,午後3時7分頃発の送迎バスにより,
本来は海側とは反対側の送迎コースを通って降園 する予定であった。
11日午後2時46分頃,宮城県沖を震源地とする マグニチュード9.0の本件地震が発生した。
被告B2園長は,11日午後3時頃,本件幼稚園 Cに待機していた2台の送迎バスのうち小さい方 のバス(以下「本件小さいバス」という。)に,
海側に向けたコースを通って同バスにより先に送 迎される予定の2便目の園児7名のみならず,い ったん同バスが本件幼稚園Cに戻ってきた後に内 陸側へ向けて送迎される予定の3便目の本件被災 園児ら5名も一緒に乗せ,高台にある本件幼稚園 Cから海側に向けて本件小さいバスを出発させ た。
本件小さいバスの運転手I及びその妻である添 乗員Jは,海側にある宮城県石巻市南浜町及び同 市門脇町を通り,途中,指定避難場所とされてい た石巻市立門脇小学校に停車するなどして,本件 被災園児ら5名を除く7名の園児らを,順次保護
『明治学院大学法科大学院ローレビュー』第20号 2014年 67−75頁
【明治学院大学法科大学院判例研究会】
東日本大震災の地震発生後,高台にある幼稚園から眼下の 海沿いの地域に向けて幼稚園送迎バスを出発させ,園児4名
が津波に被災して死亡するに至った事案について,被告幼 稚園長には情報収集義務違反の懈怠があり,被告幼稚園経
営法人と共に損害賠償責任があると判断された事例
——仙台地判平25・9・17判時2204・57(民事)——
三 木 千 穂
者に引渡した。
11日午後3時45分頃,宮城県石巻市南浜地区に 津波が到達し,本件小さいバスは,同市門脇町五丁 目付近の高台の本件幼稚園C側に向けて上り坂と なっていた入口付近(以下「本件被災現場」とい う)において渋滞に巻き込まれている最中に後方 から本件津波に襲われて横転し,流された。運転 手Iのみが津波に流されながらも九死に一生を得 たものの,同バスに取り残されていた本件被災園 児ら5名と添乗員Jが死亡した。
2. 裁判所の判断
⑴ 園児の保護義務について
「被告B1学院が,原告らとの間の在園契約か ら生じる付随義務として,本件被災園児ら4名が 本件幼稚園Cにおいて過ごす間,本件被災園児ら 4名の生命・身体を保護する義務を負っていたこ と,被告B2園長も,一般不法行為法上,同様の 義務を負っていたことは,いずれも当事者間に争 いがない。
そして,特に幼稚園児は3歳から6歳と幼く,
自然災害発生時において危険を予見する能力及び 危険を回避する能力が未発達の状態にあり,園長 及び教諭らを信頼してその指導に従うほかには自 らの生命身体を守る手だてがないのであるから,
被告B1学院の履行補助者である本件幼稚園Cの 園長及び教諭ら職員としては,園児らの上記信頼 に応えて,できる限り園児の安全に係る自然災害 等の情報を収集し,自然災害発生の危険性を具体 的に予見し,その予見に基づいて被害の発生を未 然に防止し,危険を回避する最善の措置を執り,
在園中又は送迎中の園児を保護すべき注意義務を 負うものというべきである。」
⑵ 情報収集義務の懈怠について
宮城県沖はほぼ一定期間毎に海溝型の巨大地震 が繰り返し発生し,その際には大津波も何度も発 生しており,また平成5年の北海道南西沖地震,
平成16年のスマトラ島沖地震など過去の津波被害 は新聞やテレビ等により折に触れて,繰り返し報
道され続けていた。そして,国や宮城県,石巻市,
さらには新聞テレビ等でも,強い地震を感じた時 又は弱い地震であっても長い時間ゆっくりとした 揺れを感じたときは,直ちに海浜から離れ,急い で安全な場所に避難することが大切であると指摘 し,ラジオで津波に関する情報を取得することの 大切さを繰り返し伝えており,また,学校保健安 全法29条1校により作成が義務付けられている危 険等発生時対処要領として作成された本件幼稚園 C地震マニュアルにおいては,大地震発生の際に は高台にある本件幼稚園Cにおいて園児を保護者 に引き渡すことを定めていた。
そのような状況において,「3月9日地震に続 いて,11日に本件地震が起こり,約3分間にわた って最大震度6弱の地震が続くという巨大地震を 被告B2園長ら職員が体感していたというのであ る。
そうすると,眼下に海が間近に見える高台に位 置する本件幼稚園Cに勤める被告B2園長として は,午後3時2分過ぎ頃に本件小さいバスを高台 から出発させるに当たり,たとえ本件地震発生時 までにはいわゆる千年に一度の巨大地震の発生を 予想し得なかったとしても,約3分間にわたって 続いた最大震度6弱の巨大地震を実際に体感した のであるから,本件小さいバスを海沿いの低地帯 に向けて発車させて走行させれば,その途中で津 波により被災する危険性があることを考慮し,ラ ジオ放送(ラジカセと予備の乾電池は職員室にあ った。)によりどこが震源地であって,津波警報 が発令されているかどうかなどの情報を積極的に 収集し,サイレン音の後に繰り返される防災行政 無線の放送内容にもよく耳を傾けてその内容を正 確に把握すべき注意義務があったというべきであ る。
そうであるのに,被告B2園長は,巨大地震の 発生を体感した後にも津波の発生を心配せず,ラ ジオや防災行政無線により津波警報等の情報を積 極的に収集しようともせず,保護者らに対する日 頃の送迎ルートの説明に反して,本来は海側ルー トへ行くはずのない本件小さいバスの3便目の陸 側ルートを送迎される本件被災園児ら5名を2便
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目の海側ルートを送迎する同バスに同乗させ,海 岸堤防から約200ないし600mの範囲内付近に広が る標高0ないし3m程度の低地帯である門脇町・
南浜町地区に向けて同バスを高台から発車させる よう指示したというのであるから,被告B2園長 には情報収集義務の懈怠があったというべきであ る。」
そして,本件幼稚園Cのすぐ近くにある本件防 災無線からは,地震発生後の午後2時48分以降,
地震発生の事実と津波のおそれを伝える放送,午 後2時52ないし54分にされた放送以降において は,大津波警報発令の伝達に切り替えられ,沿 岸・河口付近から離れ,至急高台へ避難するよう 指示し,また車での避難は渋滞となるため,控え ること等のアナウンスが繰り返されていた。
また,NHK仙台放送局は,午後2時51分頃か ら午後3時8分頃までの間に,宮城県,岩手県,福 島県沿岸に大津波警報が発表されたことを9回,
宮城県への津波到達予想時刻が午後3時であり,
予想される津波の高さが6mであることを12回に わたってラジオ放送で伝え,その際同時に,海岸 や川の河口付近には絶対に近づかないこと,早く 安全な高い所に避難することを合計14回にわたっ て呼び掛けていた。また,石巻コミュニティー放 送によるラジオ放送も,午後2時50分頃からは大 津波警報発令を伝え,午後3時1分には6mの津 波(到達予想時刻午後3時)が宮城県沿岸部に到 達するとの発表を伝え,午後3時10分まで,地震 の規模がM7.9であり,宮城県北部の震度が7で あり,大津波警報発令中であることなどを繰り返 し伝えていた。
「そうすると,仮に被告B2園長において前記 情報収集義務を果たしていれば,大津波警報が発 令され,午後3時前後には予想される宮城県の津 波の高さが6m以上と報道されていたことを知る ことができ,このような状況下において高台から 眼下に広がる海側の低地帯に向けて本件小さいバ スを発車させることはなく,本件幼稚園C地震マ ニュアルに従って高台にある本件幼稚園Cに園児 らを待機させ続け,迎えに来た保護者に対して園 児らを引き渡すことになったものと推認され,本
件被災園児ら5名の尊い命が失われることもなか ったであろうといえるから,被告B2園長の上記 情報収集義務の懈怠と本件被災園児ら5名の死亡 の結果発生との間には相当因果関係がある。」
⑶ 被告らの主張に対する判断
ア 「予見義務の対象は本件地震の発生ではな く,前示説示のとおり巨大な本件地震を現実に 体感した後の津波被災のおそれであり,情報収 集により防災行政無線やラジオ放送等により津 波警報や大津波警報が伝達され,高台への避難 等が呼び掛けられていた状況の下で,本件小さ いバスを眼下に海が間近に見える高台から海岸 近くの低地に向けて出発させることにより津波 被害に遭うおそれがあるかについての予見可能 性があったかどうかということであるから,単 に本件地震発生前に地震学者がマグニチュード 9.0の巨大地震の発生を予想していなかったこ とをもって,本件地震発生後の津波被災のおそ れまで予見困難であったとはいえない。
また,本件小さいバスを出発させるに当たっ ての情報収集義務の前提となる予見可能性の対 象は,門脇小学校や本件被災現場が津波に襲わ れることの予見可能性ではなく,本件小さいバ スの2便目の走行ルートが津波に襲われること の予見可能性で足りるというべきところ,前記 認定のとおり,同走行ルートは,高台にある本 件幼稚園の眼下に見える海岸堤防から約200な いし600mの範囲内付近に広がる標高0ないし 3m程度の低地帯である門脇町・南浜町地区内 にあって,浸水が予想された海沿いの区域との 標高差がほとんどない上,防災行政無線やラジ オ等を通じて大津波警報と高台避難が呼び掛け られ,宮城県への津波到達予想時刻が午後3時 であり,予想される津波の高さが6mであるこ とが報道されていたというのであるから,津波 被害を回避するために高台に位置する本件幼稚 園にとどまる契機となる程度の津波の危険性を 予見することができたというべきである。した がって,単に石巻市のハザードマップの浸水予 想区域が海沿いの区域のみであって門脇小学校
や本件被災現場が含まれていなかったことをも って情報収集義務違反の前提となる津波被災の 予見可能性がなかったとする被告らの上記主張 は採用の限りでない。」
イ 被告らの「本件幼稚園Cの周囲の民家には 本件地震にほる被害がほとんどなかったこと」,
「3月9日地震においても津波被害がなかった こと」,「停電のためテレビによる情報収集がで きず,本件地震後の混乱や,園児,保護者への 対応に忙しくラジオ等による情報収集が困難で あったこと」,「防災行政無線やラジオ放送によ っても石巻市に巨大な津波が襲ってくるという 具体的な情報がなかったこと照らせば,指定避 難場所とされていた門脇小学校や本件被災現場 付近にまで津波が押し寄せてくることを予見す ることは困難であって,被告B1学院の責に帰 すべき事由又は被告らの過失を認めることがで きない」との主張は採用できない。
⑷ まとめ
被告B1学院の履行補助者(被用者)である被告 B2園長が,本件地震発生後に津波に関する情報 収集義務の履行を怠った結果,本件小さいバスを 眼下に海が間近に見える高台にある本件幼稚園か ら海側の低地帯に出発させて本件被災園児ら4名 の津波被災を招いたといえるから,原告らのその 余の責任原因について判断するまでもなく,被告 B1学院には安全配慮義務違反の債務不履行責任 及び民法715条1項の不法行為による損害賠償責 任があり,被告B2園長には民法709条の不法行 為による損害賠償責任がある。
3. 検討
⑴ 原告の主張と民事上の過失の判断
本件事故については,震災後すぐの時期から新 聞等で報道され(1),事故後の幼稚園の対応,訴 訟提起そのものも含めて大きな議論の的となっ た。
訴訟における原告側の主張は,被告B1は原告 らとの間の在園契約から生じる付随義務として,
園児らが幼稚園において過ごす間,本件被災園児 らの生命・身体を保護する義務を負っており,B 2園長も一般不法行為上,同様の義務を負ってい たが,下記①~③の点において安全配慮義務違反 があり,これにより園児が死亡したというもので ある(2)。
仙台地裁は,上記の原告側の主張のうち,①の 責任について,2)の義務違反のみで園児の死亡 による損害を認めた。すなわち,園児らの生命・
身体を保護する義務を負う学校法人およびその履 行補助者たる幼稚園長の責任を肯定するにあた り,予見可能性の対象を「巨大な本件地震を現実 に体感した後の津波被災のおそれ」であるとして これを肯定したうえで,ラジオや防災行政無線に よる津波警報等の情報収集義務違反を認め,これ と園児の死亡との因果関係を認めたのである。
民事における過失についても,刑事のそれと同 じく,意思緊張の欠如と捉える考え方(3)から適 切な行動パターンからの逸脱と捉える考え方,客 観的過失論に移ってきたという流れがある。そし て,客観的過失論によって結果回避義務を課すた めには,行為者が結果発生の具体的危険を予見で きたことが前提となり,その予見可能性が問題と なるためには,結果発生の具体的危険が存在する ことを必要とするのが原則である。すなわち,過 失とは,「結果回避ないし防止義務に違反した行 為であり,かつその前提として行為者に結果発生 の予見可能性の存在ないし予見義務が要求されて いる行為」(4)ということとなる。
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①幼稚園から送迎バスを海側に向けて出発さ せた責任
1)結果回避義務の前提となる予見可能性 2)情報収集義務の懈怠
3)本件被災園児ら4名を海側へ連れて行 った判断・指示の誤り
②門脇小学校から本件小さいバスを出発させ た責任
③地震時のマニュアル周知と避難訓練を怠っ た責任
もっとも,結果発生の抽象的危険しか存在しな い場合であっても,一定の情報収集義務を課する ことにより,これを尽くせば具体的な危険につい ても予見が可能であったとして予見可能性の要件 をクリアし,結果回避義務違反を判断するという 枠組みが公害裁判及び薬害裁判例等で見られるよ うになる。これらは,企業の営利活動による人身 損害や生活破壊という深刻で特殊な状況でのみ正 当化される枠組みであると考えられている(5)。
本判決で裁判所が認定した「情報収集義務」は,
上記のような抽象的危険が存在する場合の情報収 集義務ではなく(本件では,本件津波災害の具体 的危険が存在することを前提に,具体的予見可能 性を肯定している),結果回避義務としての情報 収集義務を問題としている。
⑵ 自然災害において監督者の過失が問題とな った最高裁判例
① 最判平成2年3月23日判タ725号57頁 最高裁の過去の判例において,自然災害による 事故に関し損害賠償請求がなされ,監督者の過失 の有無が争点となった事例は2件ある。1つは,
都立航空工業高専の山岳部が,学校行事として3 月末に中央アルプス木曽駒ケ岳で春山登山合宿を 行ったが,途中吹雪となって予定の行動がとれな くなり,山小屋に留まるか,下山を強行するかの 選択に迫られ,引率教師の指導下,本件パーティ は下山を決定したが,下山途中の沢筋で雪崩に遭 遇,10名のパーティ中7名が死亡したという事案 である。
最高裁は,「本件現場付近は雪崩の発生し易い状 態にあったから,引率教官は,特別の理由がない 以上,山荘に停滞すべきであったのに,本件ルート を強行下山したことは安全確保義務に違反する」
など,引率教師の過失を認めた控訴審判断を正当 として是認した。この事件では,引率教師の注意 義務について,「一般登山者」の注意義務のレベル で判断している第一審(東京地判昭和59年6月 26日判タ528号131頁)に対し,控訴審(東京高判 昭和61年12月17日判タ624号254頁)では「学校行 事としての登山は,一般の冒険的な登山あるいは
同好の士による登山とは異なり,より一層安全な 枠の中で行うべきことが要求され,その危険の回 避については,より一層の慎重な配慮が要求され ているというべきである」として,より高いレベ ルの注意義務を要求している。その結果,第一審 では事故現場が危険な沢筋であることの予見可能 性がなかったと判断されたが,控訴審では,雪崩 発生の予見可能性を肯定し,ⅰ)下山を強行した 判断,ⅱ)下山ルートの選択,ⅲ)本件ルートの通 過方法の3つの点において,結果回避可能性が あったことを前提に結果回避義務違反を認めてい る。
② 最判平成18年3月13日判タ1208号85頁 もう1件は,高校のサッカー部に所属していた 1年生の生徒が,課外のクラブ活動の一環として 参加していたサッカーの試合中に落雷を受け,視 力障害,両下肢機能の全廃,両上肢機能の著しい 障害等の後遺障害を負ったことについて,引率者 兼監督の教諭に,落雷を予見して回避すべき安全 配慮義務を怠った過失があるとして,学校法人及 び大会主催者である市体育協会に損害賠償を請求 したという事案である。
ア 予見可能性
争点は,落雷事故発生の予見可能性の有無で あったが,控訴審(高松高判平成16年10月29日 判時1913号66頁)は「社会通念上,遠雷が聞こ えていることなどから直ちに一切の社会的な活 動を中止又は中断すべきことが当然に要請され ているとまではいえない」とし,「平均的なスポ ーツ指導者」においても,雨がやみ,空が明る くなり,雷鳴が遠のくにつれ,落雷事故発生の 危険性が減弱するとの認識が一般的なものであ ったと考えられるから,落雷事故発生の具体的 危険性を認識することは可能であったというこ とはできないとした。これに対し,最高裁は,
まず「教育活動の一環として行われる学校の課 外のクラブ活動においては,生徒は担当教諭の 指導監督に従って行動するのであるから,担当 教諭は,できる限り生徒の安全にかかわる事故 の危険性を具体的に予見し,その予見に基づい て当該事故の発生を未然に防止する措置を執
り,クラブ活動中の生徒を保護すべき注意義務 を負うものというべきである」と述べる。そし て,落雷による死傷事故で平成5~7年に毎年 3~6人が死亡しており,また,落雷事故を予 防するための注意に関しては,多くの文献に,
運動場に居て雷鳴が聞こえるときには,遠くて も直ちに屋内に避難すべきであるとの趣旨の記 載が存在していたというのであるから,本件落 雷事故当時,雷鳴が聞こえ,雲の間で放電が起 きるのが目撃されていたという状況にあったと いうのであるから,引率教師としては,落雷事 故発生の危険が迫っていることを具体的に予見 することが可能であったというべきであり,ま た,予見すべき注意義務を怠ったものというべ きであるとして,原判決を破棄,引率教諭が落 雷事発生の危険を具体的に予見していたとすれ ば,どのような措置を執ることができたか,そ の措置を執っていたとすれば,落雷事故の発生 を回避することができたかなどについて,更に 審理を尽くさせるために,原審に差し戻した。
最高裁は,引率教師の注意義務について,
「平均的なスポーツ指導者」より高い注意義務 が求められると明言しているわけではないもの の,現に全国で落雷による死傷事故が年に数件 発生しているという事実と,雷鳴が聞こえると きは落雷の可能性があるという当時の科学的知 見を根拠に,引率教師の予見可能性を認めてい ることからすれば,引率教師の注意義務の水準 をかなり高く捉えているといえる。クラブ活動 に関する顧問教師の注意義務の範囲について は,裁判例も多く,議論されているところであ るが(6),落雷による事故は,自然災害に分類 されるものではあるものの,回避措置を講じれ ば避けることが可能なものもあるのは事実であ るから,屋外の広いスペースを利用して行う競 技であるサッカーの顧問教師としては,事故が 起きていることを把握し,その当時の科学的知 見を得,それを前提に事故を予見する義務があ ることは否定できない(7)。
イ 結果回避可能性および結果回避義務違反
(差戻控訴審の判断について)
次に問題となるのは,結果回避可能性である が,差戻控訴審(高松高判平成20年9月17日判 タ1208号85頁)では,結果回避可能性(回避措 置の具体的内容を含む)およびその義務違反の 有無について以下のように述べる。落雷事故の 発生したグランドにおいては,その外周に存す るコンクリート製柱を中心とする半径8m(そ の高さに相当する)の円内で,かつ,柱から2m 程度以上離れた部分が避雷のための保護範囲と なり,この範囲内にとどまる限り,落雷の直撃 に遭う危険性はかなりの程度軽減されることが 明らかであり,また,コンクリート製柱は同広 場の外周の東側,北側,西側に10ないし11mの 間隔をもって合計50本が存在していたことから すると,これにより形成される保護範囲は相当 広範囲に及び,試合開始直前ころ同広場にいた 約200名の生徒ら全員が一時的にしゃがむなど してとどまり,避雷する場所としては十分な面 積があったものということができ,教諭として は,少なくとも当面自校の生徒らを上記保護範 囲に避難させ,姿勢を低くした状態で待機する よう指示した上,同試合の対戦相手の監督であ り,同グランドの会場担当者であった者に対し,
試合の延期や中止の場合の通例に従って,落雷 の危険が去るまで同試合の開始を延期すること を申し入れて協議をし,他校の生徒らについて も同様に保護範囲に避難させるなどの措置を執 り,天候の変化に注目しつつ,更に安全空間へ の退避の方法についても検討するなどの措置を 執ることが可能であり,そうしていれば同試合 開始後まもなく発生した落雷事故を回避できた ものといえるとしている。
確かに,差戻控訴審の指摘する回避措置を講 じていれば事故を回避できたのかもしれない が,現実として,ここまでの回避措置を講じる ことが可能だったといえるだろうか。引率教師 の注意義務について,「平均的なスポート指導 者」よりも高いものが要求されているという点 については,予見可能性のみならず,結果回避 義務についても同様である。しかし,それは結 果回避の手段が1つでもあれば,その手段によ
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り回避する義務を負っているということになら ないはずである。一般の不法行為では,結果を 予見できれば結果回避できるというものが多い のであまり問題とならないが,自然災害につい ては,予見できても結果回避が難しいことが多 いと思われる。そして,科学的に結果回避可能 性があれば結果回避義務がそのまま肯定される ものではなく,その義務がその立場にある平均 人(合理人)にとって実現可能であることが必 要と解するべきである(8)。たとえ,サッカー 部の顧問教師であることを理由に差戻控訴審の 指摘する回避措置に関する知見を求めるとして も,運動広場の周囲のコンクリート製柱を見て,
その高さが8メートルあるから,これを中心と した半径8メートルの円内かつ柱から2メート ル程度離れた部分が保護範囲であると判断し,
試合直前から落雷事故発生のわずか5分間ほど の間に,そのコンクリート製柱50本の保護範囲 に約200名もの生徒を避難させることは,誰で あっても不可能ではないかと思われる。差戻控 訴審は,この点について「教諭が引率者兼監督 として注意義務を負うのは自らの所属する高校 のサッカー部員に対してだけであり,他校の生 徒が多数いることを根拠に,その義務を免れる べきいわれはない」とするが,教師の現実的な 行動可能性について,結果に対する法的責任を 根拠に否定している点で論理的でない。差戻控 訴審に述べられている理由のみで,引率教師の 結果回避義務違反が肯定されたことは疑問であ る。
⑶ 本裁判例の位置づけ
園児は危険回避能力が未発達であり,園長や教 諭を信頼してそれに従うほかに自らの生命身体を 守る手立てがない者を預っている者であることか ら園長に高い注意義務を課し,それを前提に予見 可能性を肯定している点は,これまでの最高裁判 例に沿ったものであるといえ,妥当なものである と考える。
また,その予見義務の対象を「巨大な本件地震 を現実に体感した後の津波被災のおそれ」として
いる点についても,賠償請求の内容が津波による 死亡に基づく損害であることからすれば予見の対 象が津波被災のおそれとなることは論理的に当然 であるといえ,また,本件津波被災は地震から1時 間経過した後のものであったことからすれば予見 可能性の時点を地震体感後においている点も妥当 であると考える。
そして,結果回避可能性および結果回避義務に ついても,情報収集すること,しかも調査するま での必要もなく,防災無線を注意深く聞くか,ラ ジオをつけることさえしていれば情報が入り,情 報が入っていればバスを海側に出すことはなく,
またバスを海側に出すことさえなければ本件津波 災害は発生しなかったと考えられることから,情 報収集義務違反のみで結果回避義務違反とするに は十分であったと考えられる。
本件の事実関係からすれば,本判決は支持でき るものであると考える。
なお,東日本大震災において発生した津波被害 については,本件訴訟以外にも複数の損害賠償請 求訴訟が提起されている。新聞報道等で確認でき たものとしては,自動車学校の送迎車が津波にの まれて教習生27名および自動車学校の職員4名が 死亡した事件(9)や,保育所において地震後園児 を待機させていたところに津波がきたので車数台 で避難させようとしたが後から出発した車が数台 津波にのまれ園児3名が死亡した事件(10),銀行 の支店が津波にのまれ支店長の指示で屋上に避難 していた(指定避難場所は別の高台だった)行員 ら13名が死亡した事件(11),などがある。
本判決の予見可能性の判断および情報収集義務 による結果回避義務違反を認めた点は今後の訴訟 の参考になると思われるが,本件は自然災害によ る損害ではあったものの,結果回避義務違反が認 められやすかったという事情があるといえる。今 後の訴訟においては,予見可能性のみならず,結 果回避可能性および結果回避義務違反の有無が大 きな争点となるものもあるのではないかと思われ る。
なお,本件訴訟については,平成25年10月1日 に幼稚園側が控訴している(12)。
【追記】本稿の脱稿後、本文中で触れた銀行員が 支店屋上に避難中に津波にのまれ死亡した遺族が 銀行に対して損害賠償を請求した事件の地裁判決
(仙台地判平成26年2月25日裁判所HP)が出され た。判決内容の検討は別稿に譲るが、指定避難場 所ではなく支店屋上(「津波避難ビル」としての 適格性は有していた)に避難した点の安全配慮義 務違反の前提となる予見可能性について、「緊迫 した当該状況下においても、約13.35mの高さを 有する本件屋上(塔屋を含む)への避難では不十 分であることを示すに足りる程度に危険な津波発 生の具体的な予見可能性があったことを必要とす べきである」とし、抽象的な予見可能性で足りる との原告の主張を否定している。そして、原告側 の「『自助』を担う企業は、行政機関作成の報告 書等を用いるのみでは足りず、労働者の生命及び 身体の安全を図るため、考え得る最悪の事態を想 定して、より早く、より高い場所へ避難すること ができるようにすべきだった」という主張に対し、
「企業は経済合理性の観点を踏まえてその活動を しているから、企業のみが考え得る最悪の事態を 常に想定して行政機関よりも高い安全性を労働者 に対して保障すべきであるとまではいえず、当該 具体的状況に応じて合理的な防災対策や避難行動 を取ることで足りると解される」と述べている。
なお、この事件についても遺族側による控訴がな されている。
注
(1)河北新報2011年3月27日付朝刊
(2)新聞報道(朝日新聞2011年8月10日)によると被 災園児5名のうち,両親が原告となった4名は男児 1名,女児3名である。訴訟における争点とは関係 ないが,その死亡による逸失利益の算定において,
原告側が基礎収入としたのはいずれも,賃金セン サス平成21年男女計学歴計全年齢平均賃金であ る。男児については男子計平均賃金を基礎収入と するのが一般的であるところ,いずれも男女計平 均賃金を基礎収入としている点は,幼い子どもを なくした両親の悲しみに,亡くなった子どもが男
児であるか女児であるかの区別はない,という当 たり前のことが反映されているように思われる。
(3)鳩山秀夫『増訂日本債権法各論(下巻)』(岩波書 店,1924年)901頁,我妻栄『事務管理・不当利 得・不法行為』(日本評論社,1937年)105頁,加 藤一郎『不法行為[増補版]』(有斐閣,1974年)
64頁など。
(4)平井宣雄『損害賠償法の理論』(東京大学出版会,
1971年)400頁。現在ではこのような立場が支配 的である。潮見佳男『債権各論Ⅱ不法行為法』
(新世社,2005年)27頁,吉村良一『不法行為法
(第4版)』(有斐閣,2010年)75頁など。前田陽一
『債権各論Ⅱ[不法行為法]第2版』(光文堂,2010 年)14頁は,《予見可能性を前提とした結果回避 義務》という定式化が意味するところについて,
「(ア)終局的には結果回避義務違反の有無で判断 されること,(イ)結果に対する予見可能性が前 提となって,そこから結果回避義務が導かれるこ と,(ウ)予見可能性は予見義務に裏づけられる こと」に分けて説明する。
(5)潮見佳男『不法行為Ⅰ〔第2版〕』296頁(信山社,
2009年),同『民事過失の帰責構造』(信山社,1995年)
98頁。熊本地判昭和48年3月20日判時696号15頁
(熊本水俣病事件),東京地判昭和53年8月3日判時 899号48頁(東京スモン訴訟)参照。
(6)最判昭和58年2月18日民集37巻1号101頁は「課外 のクラブ活動であっても,それが学校の教育活動 の一環として行われるものである以上,その実施 について,顧問の教諭を始め学校側に,生徒を指 導監督し事故の発生を未然に防止すべき一般的な 注意義務のあることを否定することはできない。
しかしながら,課外のクラブ活動が本来生徒の自 主性を尊重すべきものであることに鑑みれば,何 らかの事故の発生する危険性を具体的に予見する ことが可能であるような特段の事情のある場合は 格別,そうでない限り,顧問の教諭としては,
個々の活動に常時立会い,監視指導すべき義務を 負うものではないと解するのが相当である」とし ている。
(7)岩本尚禧「判批」北法58巻6号238頁は「本判決が,
結果的に,おそらく本人が一度も通読したことが ないであろう諸文献の科学的知見をB教諭に要求
74 『明治学院大学法科大学院ローレビュー』第20号
していること」および「『偶然性』に備えた事前 の学習が必要になること」から,かかる義務の遵 守は極めて難しく,「かくして,本判決が上記の ような基準を設定した実質的な理由は,具体的危 険に関して予見不可能であったという被告側の主 張を封じ,そのことによって被害者の救済を図ろ うとした点にある」と述べるが,最高裁はあくま で予見可能性を認めたのみであって,結果回避措 置に関する審理を尽くさせるため差戻しているこ とからすれば,このような理解にはやや無理がな いだろうか。
(8)その意味で,結果回避可能性あるいは結果回避義 務は規範的な概念であるといえる。もっとも,規
範的な概念であれば,実現不可能な結果回避措置 であっても結果回避可能性,結果回避義務を肯定 する場合を認めることも可能ということになる が,そのような重い責任を負わせるためには,単 に注意義務が重いからという理由では足りないよ うに思われる。
(9)毎日新聞2011年10月14日付東京夕刊。2012年4月 28日付地方版(宮城)
(10)読売新聞2011年11月15日付東京朝刊など
(11)読売新聞2012年9月11日付東京夕刊,毎日新聞 2012年9月11日付東京夕刊
(12)読売新聞2013年10月1日付東京夕刊,毎日新聞 2013年10月1日付東京夕刊