近赤外線光トポグラフィによる超重症児の触感覚受容評価
阿部友子 * ・勝二博亮 ** ・尾﨑久記 ***
(2018 年 8 月 31 日受理)
Tactile Sensory Assessment by NIRS for a Child with Medically Dependent Severe Motor and Intellectual Disabilities
Tomoko A
be*, Hiroaki S
hoji** and Hisaki o
zAki***
(Accepted August 31, 2018)
*茨城県立水戸特別支援学校(〒310-0845 茨城県水戸市吉沢町3979; Ibaraki Prefectural Mito Special Needs Education School, Mito 310-0854 Japan).
**茨 城 大 学 教 育 学 部 障 害 児 生 理( 〒310-8512 水 戸 市 文 京2-1-1; Laboratory of Physiology, College of Education, Ibaraki University, Mito 310-8512 Japan).
***茨城大学(〒310-8512 水戸市文京2-1-1; Ibaraki University, Mito 310-8512 Japan).
はじめに
近年,新生児医療や救急医療の進展にともない,複数の障害を併せもつ重度・重複化した重症心 身障害児(以下,重症児)が増えており,その中には濃厚な医療や介護を常時かつ継続的に必要と する子どもたちが一定数存在していることで知られている(鈴木, 2002 )。そのような子どもたち は超重症心身障害児(以下,超重症児)と呼ばれており,運動表出機能に制約があるだけでなく,
嚥下機能や呼吸機能の低下から日常生活場面において様々な医療的ケアを受けながら療育・教育を 受けているのが現状である。さらに,超重症児の場合,視覚や聴覚といった感覚機能の障害を合併 することが少なくなく,感覚刺激に対する反応は視覚や聴覚よりも体性感覚や前庭感覚で現れやす いことが報告されている(野崎・川住, 2011 )。したがって,触刺激に対してわずかでも反応が得 られるならば,かかわり手が働きかけることにより,周囲の状況理解を促し,さらには相互コミュ ニケーションへの発展も期待できるだろう。
実際に,これまで重症児における日常的な教育・療育場面では,触感覚刺激を用いた働きかけが
重視されている。例えば,遊び場面で泡遊びや砂遊び,小麦粉粘土,プール,バイブレーターなど
様々な触感覚へのアプローチが用いられており(清水ら, 1992 ),それらは身体の一部から全身に
至るまで,軽い刺激から強い刺激までの豊富な触感覚刺激を呈示することができる。超重症児に対
する教育実践報告を整理した川住( 2003 )の研究においても,マッサージや抱っこ,体に触れな
がらの話しかけなど,身体に触れるかかわりが多く示されており,重い障害のある子どもとの関わ
りにおいて受容しやすい刺激としての触感覚は不可欠であることがうかがえる。触感覚刺激は日常
生活の中でも欠くことのできないものであり,手を握る・頬をなでるといった直接的な接触は,身 近な触感覚への働きかけのひとつと言えよう。
その一方で,超重症児の中には行動反応が乏しかったりほとんど観察されなかったりする場合も 多く,かかわり手は非常に微細な動きを見いだして,かかわりの糸口としているのが現状である。
また,行動反応がまれに表出したとしても,それが外部からの刺激と関連したものか否かを行動観 察のみで判断することは困難であろう。そのような中で,対象児の微弱な行動反応と生体情報の変 化をつぶさに観察・記録する研究も行われ,刺激受容や応答反応についての検討が積み重ねられて いる。例えば,自発的な身体の動きがまったく見いだされなかった超重症児に対し,行動観察とと もに心拍変動もあわせて検討し,かかわりを継続することで次第に自発的な動きが見られるように なった事例(岡澤・川住, 2005 )や,微弱で不安定な反応であっても指導仮説を立てて継続的に 取り組むことで反応頻度が高まることが確認された事例(高木ら, 1998 )も報告されている。い ずれも心拍変動といった生体情報を駆使することで,行動反応の極めて乏しい超重症児で観察され た感覚刺激への微弱な行動が応答的表出であった可能性を示唆しており,このような情報をもとに よりどころをもってかかわることで,超重症児の反応表出頻度を高めることができるものと考えら れる。
本研究では,常に寝たきりの状態で呼吸管理がなされている超重症児 1 名を対象とし,生理学的 指標を用いて感覚受容評価を試みた。対象児において目的的な身体の動きは観察されず,閉瞼が困 難なために両眼がラップで覆われていた。聴性脳幹反応( Auditory Brainstem Response: ABR )に おいても反応が認められなかったことから,視聴覚刺激の感覚受容は極めて困難な状態であろうと 推察される事例であった。一方で,触刺激に対しては,稀に下顎のわずかな動きが観察されたもの の,療育者の働きかけに応じて見られた反応であるかは定かでなかった。そこで,簡便に脳の血流 動態を計測することができる近赤外線分光法( Near-Infrared Spectroscopy: NIRS )を触感覚の受容 評価に用いることにした。 NIRS を用いれば,近赤外光によって大脳皮質における血液中ヘモグロ ビン濃度を計測することができ,脳の活動状態を検討することが可能である。可搬性に優れている ため,対象児が検査室へ移動したり無理な姿勢になったりする必要がなく,装置をベッドサイドに 設置して対象児の姿勢に合わせて脳の活動状態を計測することが可能である。一方で,触感覚機能 評価の一つである短潜時体性感覚誘発電位( Short latency Somatosensory Evoked Potentials: SSEP ) の場合には,主に正中神経を電気刺激する方法が用いられるが, NIRS においては手に触れるといっ た自然な刺激に対しても脳血流反応がみられることが報告されている( Franceschini
et al., 2003 )。
したがって, NIRS を用いることで,より日常生活に近い状況下での超重症児における触感覚刺激 の受容状態について検討することが可能であるものと考えられる。
そこで,本研究では,超重症児 1 名を対象として右手掌と左手掌にそれぞれ触感覚刺激を呈示 し,その際の脳血流動態を NIRS により計測し,対象児における触感覚の受容過程を評価した。なお,
触感覚刺激受容に関する基礎データを得るために,健常成人を対象として触刺激に対する血流動態
を計測した。これらのデータをもとに, NIRS 波形による反応の特徴から対象となる超重症児にお
ける触感覚刺激の受容の様相を捉え,超重症児を支援する上で NIRS の応用可能性について考察す
ることを目的とした。
方 法
1.対象
本研究では,重症心身障害児病棟に入院する脳血流計測当時 3 歳 8 か月の女児(以下,対象児 A と記す)と健常成人 8 名(全員女性, 21 歳 5 か月~ 27 歳 8 か月)を対象とした。対象児 A は低 酸素性虚血性脳症後遺症で,頭部 CT 画像からは脳室拡大(高度)が認められた。超重症児スコア は 39 点で,常時人工呼吸器とパルスオキシメーターによる呼吸管理がなされていた。日常生活 の姿勢はベッドの上で四肢を伸ばした状態であった。閉瞼が困難なことから乾燥を防ぐために両 眼はラップで覆われていた。療育者からの呼びかけや身体接触に対して明瞭な反応は認められず,
ABR による検査でも反応が認められなかったことから,視聴覚刺激の受容は極めて困難な状態で あると思われた。一方,触感覚については SSEP による検査を実施しており,頭皮上では無反応であっ た。療育者からの触刺激に対して稀に下顎を動かしたり,目を大きく開いたりすることが観察され たものの,それらが療育者の働きかけと関連した動きであるか否かは定かでなかった。
本研究は当該医療機関による倫理審査委員会の承認を受けて行われた。研究実施にあたり,研究 の目的や計測装置に関して健常成人においては本人に,超重症児においては保護者及び医師に説明 し,了解を得て行われた。
2.刺激
刺激は,対象者の手掌に実験者(対象児 A においては,
指導員)の手掌をのせて軽く握るようにして触れる手掌 タッチ条件とした(図 1 )。これは指導員が超重症児に日 常的に行っている行為でもあり,日常生活の場面に近い状 態で触刺激への感覚受容評価を試みるために行われた。健 常成人においては右手掌タッチ条件のみ,対象児 A におい ては右手掌タッチ条件に続いて,左手掌タッチ条件も同様 に実施した。
3.手続き
NIRS 計測のパラダイムを図 2 に示す。健常成人に おいては 40 秒間の安静状態区間( Rest 区間)から始 め,その後 15 秒間の刺激呈示区間(刺激区間)と 40 秒間の Rest 区間を 5 回繰り返すブロックデザインを採 用した。なお,超重症児事例においては覚醒と睡眠の 区別が困難であったが,普段の生活場面では医師及び 指導員が対象児 A における全身の緊張状態などを観察
し,覚醒と感じられる際の心拍変動の様子から覚醒状態を判断していた。そこで,脳血流計測時 においても医師及び指導員にこれらの観察から対象児 A の覚醒状態を判断してもらい,その判断を 待って 15 秒間の刺激呈示を開始した。したがって,対象児 A の覚醒状態に合わせて刺激呈示の開
図
1 対象児Aへの右手掌タッチ場面図
2 NIRS計測パラダイム่⃭༊㛫 䠄15⛊㛫䠅
Rest༊㛫 䠄40⛊㛫䠅
始を調整したため, Rest 区間が 40 秒以上になることもあった。
4.NIRS計測
脳血流計測に近赤外線光トポグラフィ装置( ETG-100 ,日立メディコ社製)を使用した。国際電 極配置(国際式 10-20 法)の C3 ならびに C4 を 3 × 3 ホルダーの 6ch と 19ch となるように配置して,
両側頭領域の各 12 部位,計 24 箇所から Oxy-Hb (酸化ヘモグロビン), Deoxy-Hb (脱酸素化ヘモ グロビン)の相対的変化をサンプリング間隔 10 Hz で測定した(図 3 下)。
健常成人においては,手掌を上に向けた状態で右腕をひじかけにのせ,いすに着座した状態で脳 血流計測が実施された。対象児 A においては,入院する病院の個室のベッドサイドに NIRS 装置を 搬入し,普段通りベッドに横たわった状態で脳血流計測が実施された。したがって,プローブの配 置に関しては,おおむね図 3 に示したとおりであったが,対象児の仰臥位姿勢を変えることなく計 測可能な左右両側頭領域にプローブを設置した。
5.分析
刺激区間前 10 秒から刺激区間終了後 40 秒までの計 65 秒間の NIRS データについて 0.1 Hz の Low Pass Filter 処理を実施した。さらに,刺激区間前 10 秒と刺激区間終了後 30 - 40 秒のそれぞれ 10
1ch 2ch
3ch 4ch 5ch
6ch 7ch
8ch 9ch 10ch
11ch 12ch
13ch 14ch
15ch 16ch 17ch
18ch 19ch
20ch 21ch 22ch
23ch 24ch 0.1
-0.1 -10
*
p<.05 p<.1
*†
55䠄sec䠅
0 15
0 (mmol䡡mm) Oxy-Hb
Deoxy-Hb
† †
図
3 健常成人におけるOxy-HbおよびDeoxy-Hbのグランドアベレージ波形左右側頭領域の各
12部位,計
24箇所からOxy-HbおよびDeoxy-Hbの相対的変化が計測された。健常成人では
3×
3のプローブホルダ―を
6chがC3,19chがC4になるようにそれぞれ左右側頭領域に配置し,右手掌タッ チ条件でのみ実施した。図中の赤線はOxy-Hb波形,青線はDeoxy-Hb波形を示している。灰色で示した部位(8,
9,11ch)は刺激区間前10
秒間に比べ刺激区間中の
15秒間において平均Oxy-Hb値が有意(有意傾向も含む)
に上昇していたことを意味している。
秒間の平均データに対して,最小二乗法で 1 次直線を引いたものをベースラインとしてトレンド 除去を行った。健常成人 8 名については Oxy-Hb および Deoxy-Hb のそれぞれについてグランドアベ レージ波形を算出し,刺激区間前 10 秒間との刺激区間の 15 秒間における Oxy-Hb の平均値につい てチャンネルごとに t 検定を実施した。なお, Deoxy-Hb 波形は, Oxy-Hb 波形に比べて刺激区間中 に顕著な変化を示さなかったことから,統計解析の対象から除外した。
結 果
1.健常成人の脳血流反応
健常成人 8 名の右手掌タッチ条件について, Oxy-Hb および Deoxy-Hb のグランドアベレージ波形 の重ね書きを図 3 に示す。刺激側と反対側の左半球で中心から下方領域にかけて刺激区間中におけ
る明瞭な Oxy-Hb 波形の増大が認められた。これらの増大は,触刺激呈示後およそ 10 秒でピークに
達した後に 10 ~ 20 秒かけてベースラインに戻っていった。そこで,刺激区間前 10 秒間と刺激区 間中の 15 秒間についてそれぞれ平均 Oxy-Hb 値を求め,計測部位ごとに paired-t 検定を実施した結 果,左半球の 11ch で有意な上昇が認められ(t ( 7 ) = -2.455,
p<.05 ),さらにその周辺の 8ch と 9ch で有意傾向を示した( 8ch:
t( 7 ) = -2.259,
p<.1; 9ch:
t( 7 ) = -2.078,
p<.1 )。
2.対象児Aの脳血流反応
対象児 A の脳血流反応について,右手掌タッチ条件を図 4 (上)に,左手掌タッチ条件を図 4 (下)
に示す。右手掌タッチ条件をみると,刺激呈示後から右半球の中心および下方領域にある 18 , 20 , 22 , 23 , 24ch で Oxy-Hb の上昇が認められた。一方,左手掌タッチ条件でも同様に刺激呈示後から 右半球の中心および下方領域にある 18ch , 21ch , 23ch で Oxy-Hb の上昇がみられたものの,右手掌 タッチ条件に比べると増大した部位は限定されており,振幅値も小さかった。さらに,条件のいか んに関わらず,左半球の 1ch , 3ch , 6ch でも明瞭な Oxy-Hb の上昇が観察されたが,左半球の NIRS 波形は全般的に Oxy-Hb と Deoxy-Hb が上下対称的に変化するものが多かった。なお,いずれの条件 においても手掌タッチ中における対象児 A の明瞭な行動反応を認めることはできなかった。
考 察
1.脳血流反応による触感覚受容評価の可能性
たとえわずかな反応であっても働きかけの手がかりを得たいという願いは,超重症児の支援に携 わる者の共通した想いである。しかし,行動反応の観察のみからは刺激受容について判断すること が難しい事例も多く,対象児 A もそのようなケースであった。そこで,本研究では日常的に行われ る「手に触れる」という行為に注目し, NIRS による感覚受容評価を試みた。
まず,健常成人を対象として右手掌への接触刺激に対して脳血流反応が得られるか検証し たところ,刺激呈示とは対側の左半球で Oxy-Hb の顕著な増加が生じていた。この点に関して,
Franceschini
et al. ( 2003 )も健常成人を対象として,実験者が対象者の指先に触れるといった本研
究と類似した条件下で左右側頭領域より NIRS 計測を実施し, 11 名中 10 名の対象者で触刺激側と
ྑᡭᤸࢱࢵࢳ᮲௳
1ch 2ch
3ch 4ch 5ch
6ch 7ch
8ch 9ch
13ch
15ch 16ch 17ch
18ch 19ch
10ch 20ch 21ch 22ch
11ch 12ch 23ch 24ch
14ch
0.2
(mmol-0.2䡡mm)
-10 0 15 55䠄sec䠅 Oxy-Hb 0
Deoxy-Hb
ᕥᡭᤸࢱࢵࢳ᮲௳
1ch 2ch
3ch 4ch 5ch
7ch
8ch
15ch 16ch 17ch
18ch 19ch
10ch 20ch 21ch 22ch
12ch 23ch 24ch
14ch
0.2
(mmol-0.2䡡mm) -10 0 15 6ch
13ch
11ch 9ch
0
55䠄sec䠅 Oxy-Hb
Deoxy-Hb
図
4 超重症児事例(対象児A)における条件ごとのOxy-HbおよびDeoxy-Hb波形左右側頭領域の各
12部位,計
24箇所からOxy-HbおよびDeoxy-Hbの相対的変化が計測された。上図は右手掌
タッチ条件,下図は左手掌タッチ条件におけるOxy-Hb(赤線)およびDeoxy-Hb(青線)波形をそれぞれ示し
ている。プローブの配置に関してはおおむね図
3に示したとおりであり,普段通りベッドに横たわった状態で
計測可能な左右両側頭領域に設置した。
同側の半球に比べ対側半球で Oxy-Hb の明瞭な増大が安定してみられたことを報告している。本研 究においても 8 名という少ない人数にもかかわらず,統計的に有意な増大が対側半球のみに認めら れたことから,手に触れるという極めて受動的で日常的な触感覚刺激を呈示した際でも NIRS を指 標としてその受容過程を評価することは可能であることが示唆された。
2.脳血流反応からみた超重症児の触感覚受容
超重症児の中には,何らかの手段でコミュニケーションが可能な事例から全く反応がみられない 事例,さらには意識状態が低下している事例まで幅広く存在している(大村, 2004 )。対象児 A は 低酸素性虚血性脳症の後遺症により,脳室の拡大や遷延性重度意識障害を呈し,呼吸障害など濃厚 な医療的ケアを継続的に必要とする超重症児であった。そのような事例に対して,左右の手掌に触 れる条件下での脳血流反応を NIRS により検討したところ,いずれの側の手掌タッチ条件において も Oxy-Hb の増大と Deoxy-Hb のわずかな下降を示す典型的な NIRS 波形を示した。しかし,そのよ うな反応を示したのは右半球から計測された部位であり,左半球から計測された部位の多くは刺激 開始前から Oxy-Hb と Deoxy-Hb が上下に対称的な動きを繰り返す波形を示しており,アーチファク トであった可能性が高いものと推察された。これらの結果は,今回の計測に際してベッドに仰臥位 で横たわった状態での計測で, NIRS 信号の状況を確認した上で実施されたはずではあったが,左 半球での脳血流計測ができていなかった可能性が考えられる。もう一つの可能性としては, CT 画 像から低酸素性虚血性脳症による後遺症を呈した超重症児事例であったことである。例えば,脳萎 縮などがみられる場合には近赤外線が吸収・散乱されにくくなるとの指摘もあり(福田ら, 2004 ),
脳の構造的変化が生じた影響で左半球から脳血流を計測することが困難であった可能性も考えられ る。しかし,本事例において CT 画像上で片側性の病変は明らかには確認されておらず,脳の器質 性病変により生じたものと言い切れない。したがって,現時点ではいずれの影響によるものかをう かがい知ることはできないので,本研究では記録状態の良好であった右半球での NIRS 波形に注目 して考察していくこととする。
両条件における右半球での NIRS 波形に注目してみると,いずれも健常成人と同様にプローブ中 央から下方の領域にかけて Oxy-Hb が増大している部位が散見された。このことから,対象児 A は 触刺激呈示中も明らかな行動反応は示さなかったものの,脳血流変化から手掌への接触感覚が脳に 達していた可能性が示唆された。確かに対象児 A は SSEP 検査において無反応の事例であった。こ の SSEP は非常に短い電気刺激に対する反応を数百~数千回加算することで求められる刺激直後の 一過性反応である。一方で,本研究で用いた刺激は 15 秒間の比較的長い持続時間により生じる脳 血流の緩徐な変化であった。さらに,振動や接触といった触刺激と電気刺激とでは NIRS 波形のふ るまいが異なることも報告されていることから( Fraceschini
et al., 2003; Obrig
et al., 1996 ), SSEP によって明瞭な波形が得られなかったとしても触刺激に対する感覚受容の可能性を完全に否定する ことはできないであろう。
このような対象児 A における触刺激への感覚受容の可能性を支持するものとして,同じ事例を対 象として手掌への触刺激を呈示した際に心拍変動を計測した野崎・川住( 2012 )による知見がある。
彼らの介入は本研究の実施から約 1 年後に行われたものであったが,手掌への接触により心拍の上
昇がみられたことを報告している。何らかの刺激に対して生じる一時的な心拍変化は一過性心拍変
動と呼ばれており,心拍数が上昇する加速反応は防御(驚愕)反応を示していると考えられている
( Graham & Jackson, 1970 )。野崎・川住( 2012 )は対象児 A でみられた加速反応を防御反応と結論 づけるのは早計であると論じているが,超重症児において触刺激は受容しやすい感覚である一方で,
かかわり手が身体に触れることにより強い緊張や不快と思われる表情が生じるなど感覚過敏を示す 事例の多いことも指摘されている(松田, 2006 )。したがって,対象児 A への触刺激で生じた心拍 の加速反応は感覚過敏による防御反応を示していた可能性も否定できないであろう。
さらに,対象児 A の脳血流反応において,左右の手掌タッチ条件で NIRS 波形に違いが生じてい たことは注目される。すなわち,右手掌への接触の方が左手掌よりも広範位でかつ明瞭な Oxy-Hb の増大が認められたが,通常,触刺激は対側半球に情報が送られるため,先述の Franceschini
et al. ( 2003 )による知見でも触刺激とは対側半球優位で Oxy-Hb の増大が報告されている。今回,右 側頭領域のみの比較ではあるものの,刺激同側にもかかわらず右手掌への接触の方が対側の左手掌 への接触よりも広範かつ明瞭に Oxy-Hb の増大が認められており,脳血流反応は右手掌の方が明瞭 であった。対象児 A は身体の動きがほとんど見られない事例であり,今回の脳血流計測時において も何らかの反応が見られることはなかったが,普段より対象児 A と関わっている療育者は日常生活 場面で時折下顎が動くことを確認しており,実感として右手や右腕に働きかける際に下顎の動きが 増える印象をもっている。先述の野崎・川住( 2012 )の研究で報告された一過性心拍変動の加速 反応においても右手掌への接触でのみ統計的に有意な上昇を認めていた。したがって,対象児 A に とって身体右側への触刺激情報は,より広範囲に脳に伝達している可能性があり,防御反応の可能 性はあるものの,右手掌への刺激の方がより受容しやすいのではないかと示唆された。
3.超重症児へのNIRS応用の可能性と課題
細渕・大江( 2004 )は,重症児への生理心理学的アプローチの意義を述べる中で,生理学的指 標と教育的対応とを結びつけた検討が求められており,超重症児への働きかけの手がかりとして必 要に応じて十分活用しうることを示している。本研究では,可搬性に優れる NIRS の利点を活かし,
装置自体を対象児のベッドサイドへ搬入して対象児の姿勢にあわせて脳血流を計測することができ た。 NIRS は移動や身体の動きに制限のある超重症児にとって負担の少ない方法であり,超重症児 へ NIRS を応用することが可能であることが確認できた。さらに,本研究では,日常的で自然な行 為である「手に触れる」という刺激であっても, NIRS による感覚受容評価の可能性があることを 示すことができた。このように脳機能を客観的に評価できることは,療育・教育上の支援を考える 際に有効な手がかりとなり得ると言えよう。
一方で,超重症児の中には脳機能障害が重い場合もあり,そのような場合には生理機能評価を駆
使しても反応が不明瞭となることが考えられる。心拍変動を指標とした超重症児の刺激受容に関す
る先行研究においても,覚醒水準の維持が困難であるために心拍反応が安定しないことを指摘して
いる(岡澤・川住, 2005 )。本研究においても,このような超重症児の実態を踏まえれば,継続し
て繰り返し測定を試みたり,複数の生理学的指標を組み合わせたりして評価することで,より詳細
に実態を捉えられる可能性が広がるものと期待される。その上で,今回得られたように,超重症児
が働きかけを受け入れている可能性を念頭におきながら,さらに行動観察を丁寧に重ねていくこと
が重要であろう。
引用文献
Franceschini, M. A., Fantini, S., Thompson, J. H., Culver, J. P., & Boas, D. A. 2003. Hemodynamic evoked response of the sensorimotor cortex measured noninvasively with near-infrared optical imaging. Psychophysiology, 40(4), 548-560.
福田正人・亀山正樹・山岸裕・上原徹・伊藤誠・須藤友博・井田逸朗・三國雅彦.2004.「精神疾患の生理学 におけるNIRSの意義」 『臨床精神医学』33(6),787-798.
Graham, F. K., & Jackson, J. C. 1970. Arousal systems and infant heart rate responses. Advances in Child Development and Behavior, 5, 59-117.
細渕富夫・大江啓賢.2004.「重症心身障害児(者)の療育研究における成果と課題」 『特殊教育学研究』42(3),
243-248.
川住隆一.2003.「超重症児の生命活動の充実と教育的対応」 『障害者問題研究』
31(1),11-20.松田 直.2006.「超重症児者におけるコミュニケーションの能動性」 『発達障害研究』28(4),287-289.
野崎義和・川住隆一.2011.「特別支援学校における超重症児の実態に関する調査 -在籍状況の把握および 具体的な状態像についての分析-」 『東北大学大学院教育学研究科研究年報』59(2),265-280.
野崎義和・川住隆一.2012.「最重度脳機能障害を有する超重症児の実態理解と働きかけの変遷 -心拍数指 標を手がかりとして-」 『特殊教育学研究』50(2),105-114.
Obrig, H., Wolf, T., Döge, C., Hülsing, J. J., Dirnagl, U., & Villringer, A. 1996. Cerebral oxygenation changes during motor and somatosensory stimulation in humans, as measured by near-infrared spectroscopy. Oxygen Transport to Tissue XVII. Springer, Boston, MA, pp. 219-224.