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仮名の成り立ち(小学校教材)について
著者 山内 洋一郎
雑誌名 奈良教育大学国文 : 研究と教育
巻 13
ページ 103‑108
発行年 1990‑03‑24
URL http://hdl.handle.net/10105/10595
仮 名 の 成 り 立 ち (小 学 校 教 材 ) に つ い て
山内洋一郎
一九八〇年(昭和五十五年)四月施行の﹁小学校学習要領﹂第六注1学年の言語事項ωオに
仮名及び漢字の由来︑特質などについての理解を深めること︒・
とあり︑それを受けての﹁小学校指導書国語編﹂第7節2[言語
事項]ω②にも左のようにある︒
平仮名︑片仮名の由来︑特質などについても︑初歩的な知識を
持たせる指導も必要である︒
漢字については︑偏勇冠脚に代表される構成法の概要を高学年で
理解させることが︑国語教育の展開上必要であることは︑納得でき
る︒仮名については︑構成という観点が存在しないので︑由来︑特
質に重点があるわけであるが︑平仮名︑片仮名いずれにも︑表音文 字として一定の字形が与えられ︑それを修得した上では︑仮名遣な
ど運用法が実用性の点では必要となっても︑由来︑特質は文化史的
視点となるものであろう︒
文化史的視点となれば︑その内容の程度をどめように設定するか
によって︑児童の学年が定まってきて︑六年生に設定することは︑
小学校という範囲としては妥当なようであるが︑義務教育という範
囲としては中学校教材とする方がより有意義ではないかという思い
を禁じえない︒
固有の文字を持たなかった日本民族が︑漢語を受容するだけでな
く︑そこから仮名を生み出し︑そのことが固有の文化を発展させ︑
それも高度な文化を早くより造り出した原因であるとは︑国民の全
てが理解して誇りとすべきことである︒そして︑もう少し高学年が
総合的に視野広く理解する能力を持つ意味で︑仮名の由来と特質に
ついて︑教材としても高度なものを提出できるはずである︒ 一〇3ユ一
しかし︑小学校六年に設定してあるので︑各種教科書を調査して
みると︑かなりに精粗︑高低の異同があるのに気付く︒そこに示さ
れる情報内容は︑簡単なものから︑大学の概論で示されるところと︑
要点において差のないものまであり︑子細に見れば︑問題を感じる
ものもある︒
文字論︑殊に仮名についての文字論は学界においても少なく︑曖
昧なままで放置されているところがある︒それが小学校教材の部分
にも見出される︒小学校教材の教授観点は別として︑研究の観点か
らも異論のないものが教材として示されるべきであろうから︑私は︑
関心を持った機会に︑少々検討してみようと思う︒
調査したのは左の五社である︒以下では略称を用いる︒
大阪書籍五上日本語の文字と言葉野村雅昭全八ページ
﹁五言葉について考えよう﹂の全て
学校図書六年上
教育出版6上
東京書籍六上
日本書籍6上
光村図書六下 日本の文学
﹁4言葉と文字﹂の後半
日本の文字
﹁言葉﹂事項6種のうち
文字の成り立ち[ことば2]
日本の文化とことば
﹁團日本の文字とことば﹂の全て
仮名の由来 全六ページ
全四ぺLジ
全二ページ
全一一ページ
全二ページ 二
日本の文字の由来︑特質の全般的記述としては﹁日本の文字﹂
(学図)が最も正確で目配りがきいているようである︒﹁漢字に出
会って初めて︑日本人は︑その場限りで消えてしまう話し言葉を書
き留めたり︑はなれた所にいる人に言葉を伝えたりする方法を知っ
たのです︒﹂という文に︑音声言語の二面の限界︑逆にいえば︑文
字言語の優質をはっきり示している︒文字の受容の段階的進展を︑
まず︑中国語の音で読み︑中国語として作文し︑次いで日本語とし
て読むために訓読する︒語序の相違を乗り越える努力から︑漢字訓
読法が工夫される︒和語の中で言い換えられ易い人名・地名などの
表記から﹁かな﹂が始まる︒このような道程を過不足なく記述して
いる︒ただすぐれた記述であるだけに︑小学六年生の理解能力に全
部が応じられるのか︑実際の授業では簡略化されるのではないかと
いった心配が残るようである︒
万葉仮名について︑東書を除き︑触れているが︑精粗さまざまで
ある︒教出の記述は︑簡明正確であるが︑例語がない︒
初め︑日本人は漢字だけをならべて日本語を書き表していま
した︒もともとの漢字の意味とは関係なしに︑漢字の音や訓で︑
日本語の音声を書き表したのです︒漢字を表音文字として使う
この方法は︑奈良時代にできた﹃万葉集﹄という歌集に多く用 一〇4エ︻ ︑
いられているところから︑後に﹁万葉仮名﹂と名づけられまし
た︒
奈良などの地名︑真理子などの人名︑その他万葉仮名用法は現代
にも継承されているから︑少しく具体的に示す方が︑国語への認識
を深めるのに役立つであろう︒しかし︑例は慎重に選ぶべきである︒
﹃万葉集﹄には︑﹁登理(鳥)﹂︑﹁由岐(雪)﹂のような書
き表し方が見られます︒(大書)
万葉集に鳥の万葉仮名例は︑複合語を含めて︑三三︑うち﹁理﹂
は僅か三︑﹁登理﹂は千鳥を表記した巻十七・四〇=番歌一例の
みである︒単独の鳥にはこの表記例はない︒
かり⁝朝猟に五百つ登里立て夕猟に知登理踏み立て⁝
﹁登里﹂﹁登利﹂を用いていけない理由はないであろう︒
光村が挙げている中にも不審なものがある︒
はる(春)波留なつ(夏)奈都
春を﹁波留﹂としたのは︑平仮名字源を意識したものであろうが︑
万葉集中に見ない︒学図の示す﹁波流﹂が最も多い用字である︒存
在しない用例を︑万葉集などで使っていたと示すのはどんなものか︒
夏を光村はもと﹁奈津﹂と記していて︑これも存しない上に︑﹁津﹂
が訓仮名で︑改めたようである︒
我々の現行平仮名字体の字源は全て万葉仮名として使われていた
か︒仮名の歴史はそのような単純なものではない︒﹁す﹂の﹁寸﹂ は上代では全く用いられず︑
えるのであった︒
三 訓仮名として﹁き﹂の仮名としては見
平仮名の成立についての記述には問題は少ない︒万葉仮名をくず
して書いたものとして︑くずして現行字体に至る過程を二二二段階
の例を載せる︒但し︑その段階として示された書体には︑巧拙と共
に書体の選択にどの程度の注意を払って作成したかに︑疑問を抱く
ばあいが少なくない︒印刷の関係で︑今それを具体的には論評しな
いけれども︑草仮名資料を含めて︑実在する資料からの採字を基本
に︑美しく書いて欲しいものである︒
平安時代(八〜十二世紀)から女性に主に使われ始め︑作りあ
げられたので﹁おんな文字﹂とか﹁おんな手﹂とよばれました︒
と記してある内容は︑必要なものかどうか︒殊に﹁おんな文字﹂は
近世になってからの呼称であって︑大学用の概説にすら出てこない
語である︒女性はこの字体を専ら使い︑男性も女性相手には専ら用
いたのであるが︑﹁女性に⁝使われ始め﹂﹁作りあげられ﹂たかど
うかは︑草仮名や中古の古筆切などからは簡単に断言できることで
はないと思われる︒
片仮名の由来を左のごとく簡明に記したものがある︒ 一〇5 一
かたかなは︑漢字の点画を省略して一部分だけを書いたものか
らできたのです︒(日書)
コ これに対し.﹁だいたい︑漢字の一部分を取って作ったものです︒﹂
(教出)︑﹁主に漢字の一部だけを採って作られましたが﹂(光村)
のように限定の副詞を用いているものがある︒この方が慎重な文章
で︑﹁シ(之)﹂﹁チ(千)﹂﹁ツ(川)﹂﹁ハ(八)﹂﹁ミ(三)
﹂は全画を用い︑﹁二(二)﹂も加わる(異論あり)からである︒
﹁イ﹂が﹁伊﹂の偏より出たように明瞭に楷書体漢字から説明でき
るのは︑さほど多くない︒
例示には︑説明がそのままに通用するものが良い︒大書でアイウ
エオを例示して阿伊宇江於としているが﹁於﹂でなく︑その異体字
﹁々︑オ﹂でないと理解しがたい︒学図で﹁於←オ﹂とし︑左半を墨書
しているのは︑﹁方﹂が独立して用いられて今の字形になったかの
ごとくに見えて︑正しくない︒日書で上下に活字体を置き︑二・三
由ゆ上ユ段に書写体を置く︒しかし﹁点画を省略して
久久クク一部だけ﹂の例としては︑二段目を見ても︑
加あガヵ久は殆ど同じ形︑加は草体︑奴は部分略と統
奴父又ヌ一がなく︑由の二段目からはユが視覚的に捉
えられない︒日書では全字形の表をページ上半に置くので︑それに
譲った方がよく︑本当は︑全字形の組成表は小学校段階として不要
であろう︒ 字源表に載せるのは︑日書と光村である︒両者を比較するだけで
も︑種々の問題点が浮び上がる︒
○字源を異にするもの︒
二の源を仁(日書)︑二(光村)とする︒﹁二﹂﹁仁﹂ともに万
葉仮名として上代に用いられ︑中古に入っても用いられるが︑﹁二﹂
が多く﹁仁﹂は﹁初期・中期に稀であるが︑後期以降亡びる﹂(築
島)という︒上代の﹁二﹂を﹁仁﹂の略体というわけにはいかない
から︑通して﹁二﹂を字源として良いのではなかろうか︒
○略した部分の異なるもの︒
モの字源で︑毛の初画を略す(日書)に対し︑初画を残すように
見える(光村)︒平安初期資料に﹁!'・毛﹂など初画を右上か
ら斜に下げる字体が多く︑後に﹁モ﹂が増してくるのから言えば︑
後に筆の方向を変えたものと解せるのではなかろうか︒
ここで︑タ(多)について述べると︑上下どちらを略したか︑で
ある︒日書・教出は下半を略したと見ている︒だが︑多は上半を簡
略化して︑真福寺本日本霊異記などに﹁亀タ﹂のように写すことは︑
珍らしくないのであって︑その傾向は﹁等﹂を﹁﹂ず﹂のようにす
ることなど︑所謂抄物書に多いもので︑上半の省略という方が当たっ
ていよう︒この類似ケースに︑ロ(呂)︑ヒ(比)がある︒
ロ(呂)が上半を略したものであることは︑﹁当﹂の略体の存
在で異論はないが︑ヒ(比)は左右どちらであろうか︒日書は右半 ﹁06ヱ﹁