新規
Ni-S-O
系単結晶作成と磁性測定Synthesis of a novel Ni-S-O compound and measurements of its magnetic properties
物理学専攻 高橋 美咲
TAKAHASHI Misaki
1.
序論序論序論 序論Ni
2+イオンは3d
8の電子配置を持ち、S = 1
スピ ンとして振る舞う。もしNi
2+からなる理想的な一 次元の反強磁性体を得るならば、Haldane
ギャッ プという量子磁性特有の現象の出現が期待でき る。Haldane ギャップとは一次元反強磁性体にお いてスピンの大きさがS = 1, 2, 3,
…などの整数 である場合に基底状態が非磁性となり、励起状態 との間にギャップが開く現象である。スピン量子 数がS = 1/2, 3/2, 5/2,
…などの半奇数である場合 には同様の事は起こらない。このようにスピンの 大きさが変わるにつれて互い違いに全く質的に 異なる磁性が現れることは古典的な考えでは理 解できず、大変興味深い。以上のような興味から、
Ni
2+を含む新しい磁性 体の探索を行った。本研究では特にNi
の硫酸化 物に着目した。その理由はNiSO
4にはきわめて多 くの種類の水和物NiSO
4· nH
2O
(n = 1
、2
、4
、6
、7
)があり、NiO
6からなる八面体とSO
4からなる 四面体の組み合わせにより新しい化合物を得る 事ができると期待したからである。その結果、新 物質Ni
2-δSO
5の発見に至った。2.
実験実験実験方法実験方法方法 方法Ni
2-δSO
5 の単結晶は水熱合成法により作成した。NiSO
4· H
2O 40 mg
及びB
2O
3200 mg
と4 mol/l H
2SO
40.3 ml
をAu tube
に封入し、オートクレー ブ内にて1500 atm
、900 K
の条件で1
日反応させ た。チューブから取り出した生成物は多量の水で 洗浄し、B
2O
3を取り除いた。構造解析は単結晶X
線回折により行い、測定したデータはCrystal Structure 3.6.0 (Rigaku)
で解析した。組成分析にはSEM−EDS
を用い、磁化率測定にはSQUID
磁束計を使用した。
3.
結果結果結果および結果およびおよびおよび考察考察考察考察3.1.
構造解析構造解析構造解析構造解析図
1(a)
は本研究により発見された新規物質Ni
2-δSO
5 の単結晶の顕微鏡写真である。透明な緑 色の結晶で、多面体的な形をしている。結晶の色 は緑色の他、黄色と赤色のものも生成された。典 型的な結晶の大きさは0.5
×0.4
×0.4 mm
3で ある。単結晶X線回折を用いて精密構造解析を行 ったところ、空間群I4
122(#98)
、格子定数a = 5.184
Å, c = 12.91 Å
の正方晶であることがわかった。表1
は最適化された際のそれぞれの原子の位置と熱 振動の値と占有率である。また、これをもとに作 図した結晶構造を図2
に示す。構造の最適化にお いてNi
サイトの占有率を約2/3
にしたところR
値が最も下がり、3.4 %
となった。Ni
サイトの占 有率を1
とした時はS
とO
の熱振動が負になって しまい、またR
値も15 %
前後と高かったので、Ni
サイトの欠陥は本質的なものと見られる。また(b)
のIP(
イメージングプレート)
写真では鋭いブ ラッグ反射に加えてぼやけた周期的な散漫散乱 が確認できる。このような散乱は短距離相関を持 つ超周期が存在する場合に現れ、Ni
の欠陥がある(a) (b)
図1 (a) Ni2-δSO5の単結晶の顕微鏡写真。(b) Ni2-δSO5単結晶 のX線振動写真。
表 1 Ni2-δSO5の単結晶について最適化を行った際のそれぞ れの原子の位置と熱振動の値と占有率。
atom x y z Beq Occ
Ni 0.7500 0 0 0.998(8) 0.6328
S 0 0 0 0.608(9) 1
O 0 0.5000 0.7500 1.10(2) 1
O 0.5034(10) 0.2330(2) 0.81427(8) 1.86(2) 1
程度規則性を持って配列していることが示唆さ れる。
この物質の結晶構造は次のように理解できる。
まず図
3(a)
に示すようにNiO
6八面体が面共有し て一次元鎖を形成する。次にその一次元鎖が図3(b)
に示すように90º
向きを変えたものが互い違 いに積層した、いわゆる「ログキャビン型」の構 造をつくる。同じ方向を向いている鎖を含む隣接 した層を比べると、鎖の位置が隣接層内の鎖の真 上にあるのではなく、ちょうど2
本の鎖の間の位 置の真上にある。このような面共有一次元鎖を含む既知物質とし ては
Ba
4Ir
3O
10やBaNiO
3などがある。Ba
4Ir
3O
10はIrO
6の八面体が面共有した一次元鎖を含んでいる。しかしこの一次元鎖は
2
連や3
連のものに限られ、短い
[1]
。BaNiO
3はNiO
6の八面体が面共有してで きる一次元鎖を含んでいる。この鎖は無限一次元 鎖であり、一方向にのみ伸びている[2]
。今回のよ うに直交する方向に互い違いに積層しているの は非常に珍しい。図2 Ni2−δSO5の結晶構造。四面体がSO4で八面体がNiO6を 表す。実際はNiサイトのほぼ1/3に欠陥がある。
(a) (b)
図3 (a)NiO6八面体が面共有して形成される鎖。このような
鎖はBaNiO3などにも含まれている。(b)「ログキャビン型」
積層の模式図。それぞれの円柱は面共有一次元鎖を示す。
次に
Ni−O
間の結合距離について考察する。NiO
6 八面体が面共有して形成される無限鎖を含 むBaNiO
3では1.865 Å [2]
であるのに対し 、今 回の物質のNi-O
結合距離は2.059 Å
である。こ のような結合距離の違いはNi
の価数の違いに由 来するものと考えられる。BaNiO
3ではNi
の価数 が4
価という高酸化状態をとっているために結合 距離が短くなっている。それに対し、Ni
2-δSO
5 のNi-O
結合距離はNi
の価数が2
価であるNiSO
4の2.048 Å
に近い。したがって結合距離の視点からは
Ni
2-δSO
5におけるNi
の価数は2
価と考えられ る。一方、Ni
2-δSO
5 では構造解析の結果をもとにNi
の占有率が2/3
だとすると( δ = 2/3)
、Ni
の価数 は3
価と考えられる。現在のところこの矛盾は解 決されておらず、酸素の欠陥や水素イオンの含有 などにより、Ni
の価数が2
価に近い状態になって いる可能性を考えなくてはならないかも知れな い。隣接する鎖はSO
4四面体により結合されてい る 。S−O
結 合 距 離 は1.452 Å
で あ り 、 他 のNiSO
4· nH
2O
でも1.45~1.55 Å
と、近い値となって いる。3.2.
磁性磁性磁性磁性3.2.1.
磁化率磁化率磁化率の磁化率ののの温度依存性温度依存性温度依存性温度依存性図
4
に磁化率の温度依存性を示す。磁化率は1 T
の磁場をかけ、1.8
~300 K
の温度範囲で測定し た。グラフから17 K
付近に反強磁性的転移が確 認できる。B//a
の結果では転移温度以下で磁化率 はゆるやかな増加を示すが、B//c
では急激な減少 を示すことから、スピンの容易軸はc
軸方向であ ると推測される。またこのグラフは典型的な反強 磁性の挙動を示し、Haldane
磁性体の挙動とは異 なっている。3.2.2.
キュリーキュリーキュリーキュリー定数定数定数と定数とととワイスワイスワイス温度ワイス温度温度温度のののの見積見積見積見積もりもりもりもり 図4
の挿入図は逆磁化率1/ χ
の温度依存性であ る。転移温度以上でほぼ直線であることから、Curie-Weiss
則χ Θ
= − T
C (1)
に従っていることが分かる。この逆磁化率より、
キュリー定数
C
とワイス温度Θ
を求めた。最初に、T (K) χ ( 1 0
-5e m u /g )
B = 1 T B // c B // a
(a)
0 100 200 300
2 4 6 8 10 12 14
図4 磁化率の温度依存性。TN = 17 Kに反強磁性転移が確認 できる。挿入図はB//aの場合の逆磁化率であり、Curie-Weiss 則に従うことがわかる。
Ni
の欠陥を無視し、組成がNi
2SO
5( δ = 0)
と仮定 してキュリー定数を求めるとNi
モルあたりのキ ュリー定数はC = 0.799 emu/mol K
となった。一方、Ni
の欠陥を仮定し、組成をNi
1.33SO
5( δ = 1/3)
とし て計算するとC = 0.994 emu/mol K
となった。理論 値はNi
2+(S = 1)
と仮定すると1.00 emu/mol K
であ り、Ni
3+(S = 3/2)
と仮定すると1.88 emu/mol K
で ある。この結果から、欠陥ありの組成でかつS = 1
という場合が最も一致が良いことになる。しかし、Ni
に欠陥がある場合はNi
の形式価数は3
価となるので、
S = 3/2
での値と比較しなくてはならないので、現在のところ定量的な説明には成功してい ない。構造のところですでに考察したように酸素 の欠陥や水素イオンの含有の可能性を今後検討 する必要がある。
逆磁化率プロットからワイス温度は
Θ = − 40 K
と求まった。このことから、Ni
間には強い反強磁 性相互作用がはたらいている事が明らかになっ た。最も短いNi-Ni
距離は、チェーン内での2.60 Å
であり、次に短いNi-Ni
距離は90
°向きを変えた チェーン間の3.66 Å
である。このことから、チェ ーン内の近いNi-Ni
間において強い反強磁性相互 作用がはたらいていると考えられる。一方、NiSO
4· H
2O
のワイス温度は−13 K
であるので[3]
、 それに比べてNi
2-δSO
5は反強磁性相互作用が強く、面共有の八面体による鎖構造を反映したものと 考えられる。
3.2.3.
低磁場低磁場低磁場低磁場でのでのでのでの磁化率磁化率磁化率磁化率図
5
は1.8
~25 K
の温度範囲においてB//a
方 向に低磁場(1 mT)
をかけた際のZero-Field-Cooled (ZFC)
とField-Cooled (FC)
の測定条件における磁 化率である。転移温度以下において自発磁化の発 生が確認された。このような挙動から転移温度以 下において反強磁性転移と同時に弱強磁性が現 れたと考えられる。また転移温度以下でのZFC
とFC
の磁化率の差は磁場が弱くなるほど大きく なることがわかった。同様の測定をB//c
で行っ たところ、転移温度以下で磁化率の上昇が確認で きるのは同じであり、転移点における磁化の上昇 が困難軸よりも鋭くなっている(
挿入図)
。このよ うな自発磁化発生の原因として挙げられるもの のひとつにスピンのキャンティングがある。これT (K)
M ( em u /g )
B = 1 mT ZFC FC
(b) B // a
0 5 10 15 20 25
0.005 0.01 0.015 0.02 0.025 0.03
図5 B//aでの1 mTにおける磁化率。○がZero-Field-Cooled
(ZFC)で、△がField-Cooled (FC)の条件におけるデータを示す。
挿入図は同様の測定をB//cにおいて行ったもの。TNにおけ る磁化率の上昇がより急激になっている。
(a)
(b)
図6 スピンキャンティングの概念図。(a)一次元鎖中のNi原 子を抜き出した図。容易軸をc軸とし反強磁性的にスピンが 配置している。(b)スピンがキャントしている状態。このモデ ルでは B//a のように磁場をかけると自発磁化が観測され、
B//c では観測されないはず。
1/χ (104 mol Ni/emu)
T (K)
B = 1 T B // a
-50 0 500 150 250 1
2 3 4 5 6
B // c FC
M (emu/g) ZFC
T (K) 0 5 10 15 20 25 0.01
0.02 0.03
は、反強磁性的に並んだスピンが完全な反平行の 向きを向かずに、少しキャントしている場合に起 こる。一般的な
(
キャントしていない)
反強磁性で のスピンの並びを図6(a)
に示す。そして例えば図6(b)
のようにスピンがキャントしていると仮定す ると、B//a
に磁場をかけるとキャントしている分 の自発磁化が観測され、B//c
ではキャントの効果 は観測には現れないはずである。しかし、今回の 測定結果を見るとB//c
でも自発磁化が現れてい るため、弱強磁性が単なるスピンキャンティング に由来すると考えて良いかは疑問が残る。3.2.4.
磁化曲線磁化曲線磁化曲線磁化曲線図
7
はa
軸とc
軸に平行にそれぞれ磁場をかけ た際の磁化曲線である。B//a
では全測定磁場領域 で原点を通る直線になっている。一方B//c
の場合、低磁場領域では磁化は磁場に比例しているが、あ る臨界磁場
B
C= 3.5 T
を超えるとその比例関係か ら逸脱する。ひとつの解釈としてこれはスピンフ ロップの転移の始まりを観測したものと考える ことが可能である。今回の6.8 T
までの測定では 転移は確認できないが、より高磁場で測定を行う ことによってスピンフロップ転移が現れる可能 性がある。M ( em u /g )
B (T) T = 1.8 K
B // a B // c
(c)
0 2 4 6
2 4 6 8
図7 1.8 K におけるB//a とB//cにおける磁化曲線。B//aで は原点を通る直線になっているのに対し、B//cでは磁場3.5 T を超えると直線から上方に逸脱する。
4.
結論結論結論結論興味深い量子スピン系として期待される
Ni
硫 酸 化 物 を 探 索 し た と こ ろ 、 新 規 物 質 で あ るNi
2-δSO
5 の合成に成功した。単結晶構造解析によ り、この物質はNiO
6八面体が面共有して形成さ れた一次元鎖が90º
向きを変えながら互い違いに 積層しているログキャビン型の興味深い構造を 持つことが明らかになった。またNi
サイトには 約1/3
の無視できない欠陥が存在し、IP
写真では ぼやけた散漫散乱が確認できることから、それら が短距離秩序を持ちつつある程度整列している ことが明らかになった。しかしNi
の価数や欠陥 についてはまだ矛盾が存在し、確かなことは今後 検討する必要がある。磁化の測定からは、この物質は
T
N= 17 K
以下で弱強磁性を伴う反強磁性を示すことがわかった。磁化曲線は困難軸では直線 的だが、容易軸では
3.5 T
を超えたあたりから直 線から上に外れはじめ、これはスピンフロップを 示唆していると考えられる。以上のように、この物質は
S = 1
、一次元鎖を含 む構造なのでHaldane
ギャップの挙動を期待した が、観測されたのは典型的な反強磁性であった。Haldane
系にならなかった理由として、(i)
鎖と鎖の距離が近く、一次元鎖の独立性が小さい。
(ii)Ni
に欠陥があることで、一次元鎖が厳密に鎖となっ ていない。などが考えられる。参考文献 参考文献 参考文献 参考文献
[1]
K. E. Stitzer, M. D. Smith, H. Loye : J. Alloys Compd. Vol. 338 (2002), p104.
[2]
J. J. Lander : Acta Cryst. Vol. 4 (1951), p. 148.
[3]