• 検索結果がありません。

イワン3世の1497年法典 ―本文試訳ならびに 註解―

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "イワン3世の1497年法典 ―本文試訳ならびに 註解―"

Copied!
24
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

奈良教育大学学術リポジトリNEAR

イワン3世の1497年法典 ―本文試訳ならびに 註解―

著者 石戸谷 重郎

雑誌名 奈良学芸大学紀要

巻 8

号 1

ページ 37‑59

発行年 1959‑02‑15

URL http://hdl.handle.net/10105/4865

(2)

イ ワ ン 3世 の1497年法典

−本文試訳ならびに註解−

石 戸 谷  重 郎

は  し が き

イワソ3世の「1497年法典」CyAe61用K1497roAaの全文の写本は、19世紀のはじめ1817年に ストローエフn M.CTpOeBによって発見された。勿論この写本の発見以前でもひとびとは、イ ワン3世時代に法典が編修されたことを知っていたし、また法典の内容についても若干の知識を もつことはできた。それはオーストリア人へルベルジュタインの「モスクワ事情報告記」(Sig・

mund von Herberstein,RerumMoscoviticarum Commentarii.1549)によってである。ヘルベ ルンユタイソは1517年と1526年の2回にわたって、オーストリア使節としてそれぞれ半年以上モ スクワに滞在した人であるが、帰国後その報告書をラテン語でウィーン(1549年)、ついでバー‥ゼ ル(1556年)で公にし、さらにドイツ語でも出した(クイーン、1557年)。このヘルベルシュタイ ンの報告記は、モスクワ国家史の研究には貴重な資料を提供するものであって、ロシア語訳も2つ

(1)

出されており、いまでもソヴェ一幸の歴史家によってしばしば引用されている。彼はこの中にイ ワソ3世法典の一部を tSequuntur Ordinationes aJoanneBasiliiMagnoDuce anno mundi 7006factae という見出しでラテン語に訳して紹介している。それはわれわれが用いている条項 区分にすれば、3−7条、9−16条にあたるものである。ストローエフによる法典の写本発見ま では、たゞこのラテン語訳の抜革だけが手がかりであった。カラムジンH.M.KapaM3m(1766−

1826)も、その未完の大著「ロジア国家の歴史」HcTO四月rOCyAapCTBa PoccH員cKOrOの第4巻

(1816年初版)の執筆に際しては、もっぱらへルベルレユタインによって考察をすしめている。

さて、1817年ストローエフ発見の写本は現在urA几Å(国立中央古文書保存館)に保管されて いるが、その全部すなわち12葉の表と裏の写真版はグレーコフ B.几rpeKO8監修の「15−16世

(2)

紀の法典集」Cy皿e6EIHKH XV−XVIBeKOB・1952.に収められている。それは異った3つの筆蹟 と書体(行書体、大文字草書、小文字草書)から成っており、3人の異った書写人がかきついだ と思われるものである。その書写年代であるが、1819にこの法典とイワン4世の法典とを一緒に して刊行したストローエフとカライドーウィッチ K・Ka刀a員AOBHqは、序文の解説の中で、16世

(3)

紀初頭のものであると述べている。 帝政ロレアが生んだ最大の古文書学者リハチョーフH.n.

刀HⅩaleBも亦、この書写が法典編修後あまり遠くない時期に行われたことを疑わず、15世紀末あ

(4)

るいは16世紀初頭のものと考えており、これは外国の学者、例えばプリッケC.M.Briguetらに

(5)

支持された。

(6)

大著「14−15世紀のロVア封建文書」PyecKHe小eoÅaJlbHhIe aTIXHBhIXIV一ⅩV BeKOB全2巻 を公にした現代ソグェート古文書学界の権威チエレープニン几B.qepenHHHは、その第2巻第

(3)

5章において実に150貢にわたって、イブン3世法典の研究史、編修前後の政治的情勢、法典編 修者の問題、法典編修の資料、法典の構成等々について論じている。それはこの法典研究の集大 成であるとともに、またいくつかの独創的見解によって必読文献の随一に数えられなければなら

ないのであるが、チエレープエソはその第5章第3節で、ストローエフ発見の、というよりはた ゞひとつのこの法典の写本に言及し、1504年の書写であろうと、具体的な書写年代を推定してい

(7)

る。それはイワン3世の1504年の遺言状(月旦「.No.89)−この遺言状は1504年4月から6月半 ばまでの間に作成されたものと確認されている−との書体、様式の比較、内容の関連から推定

(8)

したものであるが、充分に納得がいくものではない。いずれにしても学界の定説になっているス トローエフ発見の写本は16世紀初頭のものである、ということに積極的に反対すべき根拠は見出 されない。

然らばこの写本は法典の全文を伝えているであろうか。これについては確言をほゞからなけれ ばならないが、少くともこれを否定するような史料は現在まで出ていない。イワン3世法典は、

イワン4世の1550年法典とくらぺれば、全体の構成において粗雑なところ、未整理なところがあ ることは否定できない。しかしこのことから直ちに、この写本に重大な脱落があると想像するこ とは正しい態度ではあるまい。たゞチエレープニソほ、通説に反対して法典を68ヶ条でなく、94 ヶ条に区切った方がよいと主張し、その上で、元来100ヶ条であったのが、うつしもらされたので はないかという大胆な予想をしている。チエレープニンによれば、イワン4世法典の100ヶ条、ま た教会の儀式、制度、裁判権などをきめた1551年の「首章」(CTOma8)などは、イワン3世法典 の100ヶ条に範をとったのではないか、そして、1550年法典の第100条が1456・−1462年のグーブナ ヤ・ダーピシ㍗こ基いているとの考えの上にたって、この第100条に相当するものが1497年法典の

(9)

第95一一100条を構成していたのではないか、とするものである。

1497年法典は、写本発見後2年して最初のテキスト刊行が発見者によってなされたが、その後 19世紀中葉から現在までに10いくつかの刊行があった。即ち、古文献委員会編修の歴史文書第1 巻の中に(1841)、Tobienによるドイツ訳(1846)、JTa3aPeBC田浦とyTVHのロシア法記念の中 に(1859)、HermengildとJireckによるチエツコ語訳(1880)、乱r.CeBePCKH員の古代ロシ ア法記念の中に(1893)、M.K調OqKOBがバリコフ大学紀要に(1915)、朗.◎.B刀aA打M叩C田浦−6y・

AauOBのロジア法史選集に(初版1873、2版1915)、ワ・プダビノフの同じものがゴーリキイ教 育大学紀要に(1939)、C.B,氾ⅢKOBがサヲ下フ大学紀要に(1926)、グレーコフ監修の15−16世

(10)

紀法典集に(1952)、チエレープエソ監修ロレア法記念第3巻に(1955)、C.H.uTaMMが教科書

(1Tl

用小冊子として(1955)。

これらの多くは序文的な解説をもち、中には逐条の註釈をもつものもある。特にプダーノブと エソコープの解説は、法典の資料、編修者、構成、実際の適用等について、たとえ全部が現在の ソグェート学界で容認されているものではないにしても、注目すべき数との発言をもち、1497年 法典の研究を大きく前進させたものである。なかんずくプダーノフほ、この法典をあまねく学界 に知らせる上に貢献したのみならず、現在用いられている68ヶ条の区切りは、実に彼によってな されたものである。既述のように、チエレープニソはこれに反対して独自の94ヶ条区分案を公に

(12)

しているが、披自らが校訂註釈している「15−16世紀法典集」のなかの1497年法典についても、

またその他の著書論文においても、つねにプダーノフの区分に従っている。筆者もプダーノフの 区分には大いに異論があるが、これをかえることはかえって不便をまねくことを考え、訳出にあ たってはこれに従っている。

38

(4)

本文訳出にあたって底本としたのほ、1497年法典テキスト刊行史上の金字塔ともいうべき、上 記の「15−16世紀の法典菓」である。これは1550年法典と1589年法典をもふくんでいるが、1497 年法典に関してはテキスト校訂ならびに註釈はチエレーブエソがしている。はじめに述べたよう にこの「法典集」には、ストローエフ発見の写本の写真版が収められているはか、ヘルベルジュ タインのラテン語訳、そのロレア語訳ものせられている。これらのはかに訳出の参考に役立った のは、「ロ1/ア法記念第3巻」およびレユタムの「1497年法典」における全文の現代ロジア語訳で ある。しかしこの2つの現代語訳は、若干の点において相互に解釈の異るところがあるだけでな く、両者ともにあまりに意訳にすぎて、かえって原文のもつ素朴な味を失わせている。筆者はこ れらを単なる参考にだけとゞめ、あくまで原文に忠実に、むしろ直訳をむねとして訳出すること につとめた。それでもなお筆者の試訳は決して原文の代りをなし得るとは考えていない。かっ′て 上原専禄教授は「伝カール大王御料地令」の邦訳に際して、「本訳はヲテソ語原本と併読せらる

(13)

べきものであって、原本に代用せらるべきものではない」と述べられた。筆者の試訳もまた1497 年法典の理解のための一手段にすぎない。

わが国のロレア史学は戦後次第に盛になりつ⊥あるが、歴史学の大前提である原史料主義とい う立場からすれば、日本史、東洋史はもとより、わが国における英独仏の歴史研究にくらぺて、

格段の相違があることを認めざるを得ない。堀米庸三氏の言葉をかりれば、「徒弟の修業もふる

(14)

ことなくして、いきなりマスターのみに許された問題に入りこんで」いるのが、わが国ロレア古 代中世史学の現状ではあるまいか。近年におけるソヴエートの史料刊行に対する熱意と良心には

(15) (16) (17)

注目すべきものがある。そして月几r,rBHn,AC:)H,Ae3X などほわが国でもひもとき得る状 態になっている。これらの史料は1497年法典以前(以後のものもあるが)において、この法典が とりあげている問題がどのように実施されていたかを知る上に貴重である。またさきにあげた「

(18)

ロレア法記念」に収められている諸法律と諸条約、たとえばルースカヤ・プラーグタ、スモレン

(19)       (20)     (21)        (22)

スクとリガとの条約、ノブゴロドとヤロスラフ侯との条約、ドヴィナ法、ノダゴロド法、ブスコ

(23)      (24)      (25)       (26)        (27)

フ法、べロゼール法、べロゼール関税法、ノヴゴロドとリトワとの条約、キプリアン法規、大司

(28)   (29)

教裁判法、1550年法典等々は、あるいは1497年法典の直接的な典拠として、あるいはこの法典と 比較考察さるべきものとして、是非参照しなければない。この事たるや、古代中世ロシア語の難 解さもあって、筆者ひとりのよくするところではないが、1497年法典の邦訳と註釈とのためでき る限りをつくしたつもりではあるが、なお意にみたぬところ、疑問をのこすところ少しとしない。

読者諸賢の御叱正を待つ次第である。

イワン3世の1497年法典の歴史的意義、法源、構成、編纂事情など、この法典をめぐる諸問題 については、改めて論ずべき幾多の問題がふくまれており、紙面のゆるすところではないので、

こゝには割愛せざるを得なかった。

はしがきの註

兼「1497年法典本文註解」では、書名や法律の名は原則として、略記して引用されている。暗記はこの「は しがきの註」に説明してあるものによる。

(1〕C.rep6epulTeiitl,3aIIHCKH O机ocKOBlm,CJlaTHHCKOrO6a3eJIhCKOrO H3月aIImI1556r.

rIepeBeJIH.AllOHKMO臥1866;C.rep6epIuTe如,3aIlⅡCKH O MOCKOBCKⅡⅩAeJlaX.BBeJIerLtIe,

nepe】】0,4H rIDHMetlaIIH兄A.H.NlaJIe拷Ha.1908.

以下にrep6el)ⅢTe董血として引用するものは、すべてマ/インのロシア語訳とその真数である。

(5)

(2)CyAe611uKuⅩⅤ一ⅩVI BeKOB.nOA061ue員peAaK卿e員6・且rl)eKOBa.1952.CyAe611HK11と略記。

(3)3aKOHhIBeJIHltOrOKH51351日oaHITaBacHJleBHtla H CyAe6HHKllapSIH BeJIHKOrO Kfr51351HoaI用a Bacli汀beBnqa,C AOnOJIIl伍Te恥甘uMliyKa3aMⅥ,Ⅵ3A.K.KaJlaiiAOB肌eM E n・C叩OeBuM.1819・

CTp.XXVI.

(4〕H・nnHXaLleB,ByMara拭且peBHe汲田朋e6yMa)K甘ue MeJlbtlm粗目3MocKOBCKOM rOCyAapCTBe・

1891.a刀b60M,Ta6Jlqa38,J鳴.344−345.

(5)C.M.Briquet,Les filigranes−《Dictionaire historique des marques du papier》t.Led.2,

Leipzig,1923.No.2994.

(6)Jl.B・t−IeperlHHHH,PyceKHeq)eO皿aJlbHbleapXHBhlⅩIV一XVBeKOB・tltl1948t tl・2・1951・以下 に.qepeIIHHH,ApxHBu.2と略記。

C7)月nr・−nyXOBHhIe HAOrOBOPHbIe rPaMOThlBeJIHKHX H yJLeJlbHblXK醐3e汲ⅩIV−ⅩVIBeKOB・

IlOA Pe几JI.B.tleperIHHHa.1950.(14,16世紀の大侯と分領侯の遺言状と協約書)

(8)qep由皿叫ApxH恥.2.cTp.2攻).

(9〕qepemlHH,ApxHBN.2.cTp.289.350.

(10)naM刑.HHKH pyCCICOrOI−paBa(ロシア法記念)、監修者は各巻毎に異り、3巻と4巻はチエレープ ニンによる。第3巻所収の1497年法典は、その解説ならびに逐条註釈はポリャークA.r.noJI弧の執筆 による。naM.pyC・HpaBaⅡ または∴Ⅲと略記。

(11〕C・H・ⅢTaMM,CyAe6ImK1497ro且a・1955・以下に単にluTaMM として引用。原文とその現代ロ シア語訳とを同一貢の左右に並記してあり、包括的な解説もあって、この法典研究の入門書として適して いる。

〔12〕qepemm叫Al)ⅩHBu.2.cTp.282−289.

(13)上麻専禄、伝カール大王御料地令国訳嘗試、小野博士還暦記念論文集「西洋農業経済史研究」所収。

(14)井上・林編「西洋史研究入門」第2章中世、61頁

(15)rBHn−rpaMOTblBeJIKKOrO HoBrOpOAalinCKOBa.nO月.pe几C.H.Ba皿Ka,1949.C大/ヴゴ ロドとブスコフの文書)

((16)AC∋H−AKTbr CO叩aJThH0−3KO打OM削eeKO員ガCTOPMHCeBePO−BOCTOtIHO員PycH KOHlla XIV−

HatIaJZa XVIB・T・I・1952・OTBeT.PeAhP.6.几rpeKOB(14世紀末−16世紀初の東北ロシア社会経済史 文書〕

(17)Ae3Ⅹ−AIくTbIq)eOノIaJlbHOrO3eMJIeJ3JlaAeHH51H XO3月員cTBa.nOA Pen.qePerTHHHa.tl.I.1951.

q・21956・C封建的土地所有と経済の文書)第1部はモスクワ大司教関係、第2部はイオシフーヴオロコラ ームスキイ修道院関係の文書を収む。

(18)ルースカヤ・プラーゲダーPyccKa只 npaBA乱 プラーゲダ(以下このように略称)のテキスト刊行の 決定版はグレーコフによる1940年版、そして1947年には註訳が第2巻として出ている。TlaH.pyC・npaBa・

Iにも収められている。しかし筆者はこれらすべてを参照することができず、次の諸書にとゞまった。

1〕M∴丘THXOM叩OB,nOCO6KeA間Ⅵ3yqeEⅥ兄PyccKO汲nl}aBHu・1953・写真版、簡濃な註、利用価値 ある索引などをふくむ。条項区分が一般と異るのは不便である。 2〕MedievalRussian Laws.trans by G.Vernadsky.1947.プラ〜ヴダのはかに、ドヴイナ法、ブスコフ法、ノヴゴロド法の英訳をふく む。但し英訳は全面的に信頼できるものではない。以下Vernadskyというときは本書を指す。 3)河 村盛一氏「ルースカヤ・プラーヴダ」1953.黎元社、はじめ史林にのせられたもの。条項区分が一般と異

り不便である。 4〕勝田吉太郎氏「ルス法典研究」法学論叢59巻2号(昭28)所収。

(19)スモレンスクとリガとの条約一nOrOBOP CMO刀eHCfCa C P封rOIO H rOTCKHM6eperoM.1229年のも のはnaM・pyC.npaB乱IL CTp・57−71・ユ230−1270年のものは筒「Ⅱ.cTp.72−75.

(20) ノダゴロドとヤロスラフとの条約一nOrOBOPHa兄 rPaMOTaHoBrOPO且aCBeJllIKHMKH513eM51poeJl_

40

(6)

細OM和OeJlaBHtleM・1264−1265CrTaM・pyC・即aBa・Ⅱ.CTp・135−136).1266−1267CTaMXe.CTP・

137−138)・1270(TaM:渥e.CTp.138−141).rBHn 地.1.2.3.

(21〕ドヴィナ法1397−1398.ycTaBHa兄rpaMOTa B.K.BacI川棚覆月M拓で抑eB胴a月8IIHCKO蕗3eM皿e.

naM・PyC・rIPaBa.臥CTP.162−164.rBHn.滝.88.

(22〕ノヴゴロド法−15t琳己中黄。Ho8rOpOACKa兄Cy月Fa貫rpaMOTa naM.pyC・叩aBa nCTp・212−

218.

(23)ブスコフ法−15世紀後半。rlcKOBeKa只CyAHaSlrl)aMOTa・naM・PyC.rlpa8a・Ⅱ・eTp・286−301・

(24)ベロゼール法−14=88・BeJl03epClくaSlyCTaBHa5IrPaMOTa・rlaM・pyC.rIPaB臥Ⅱ・CTP・170−174・

(25)ベロゼール関税法一1497.6eJ703ePCIくa月TaMO光e月HaE rPaMOTa.TaM2Ke CTp.175−178.

(26〕 ノヴゴロドとリトワとの条約−1470−1471.npoeKT AOrOBOpa KOpOJI兄nOJlbCIくOrOI Be刀HKOrO KmB51JlmoBCKOrOIくa3HMHPaIV c BeJTHKHM HoBrOPO』OM・naM・PyC・rlpaBal工・eTP・247−251・

rBHn.Nb.77.

し27)キプリアン法規一1391.ycTaBHa兄rPaMOTa MHTPOnOJIHTa KHrlpHaHa KoHCTaHTHHOBCKOMyMOIh acTupbIO・naM.pyC.npaBa.Ⅱ.423−425.

(28〕大司教裁判法−13−16憧紀(成立年代未詳).HpaBOCyAHe MHTPOIlOJIHtlHe・naM・pyC・npaBa・

Ⅱ.426−428.

(29)1550年法典一CyJIe6HHKH1550ro且a・CyAe6HHKH.(註2〕およびnaM.Pye・rTPaBaIVに所収。

1497 年 法 典 本 文

*原本には条区分も改行もなく、全体で改行と思われる簡所が5つあるだけである。邦訳では一般に従って 条区分をつけ、条ごとに改行した。

*〔〕内の語句はすべて原本にないものである。〔〕使用による挿入はできるだけさけるようにした。それ は原本における脱落を意味するものではないからである。〔〕内の語句を除外して読まれゝば、原本の趣 が一一一そうよく三理解されると考える。

*原木では、「決斗の手数料について」などの見出しは朱書されている。これらは全部邦訳にはゴシックに してある。

*その他原本に朱書されているのほ、ゴシックにしたが、間組はAという接続詞で、これは殆どの文章の文 頭に用いられている。このAを「しかし」「しかるに」と訳出するLとはわずらわしいと考え、また現代 ロシア語訳でも特に訳出することはしていないので、邦訳にも特別な場合をのぞき一切省略した。

* しかしこれら多くのAのうち、あるものは朱書されている。これは条の区切りを意味しているのではない かとも思われる。それで朱書されたA(邦訳に省略)その他、文の区切りを示すと思われる朱書の前にはIl をしるした。これを条区分と考えれば、チエレープニンのいうように全部で94ヶ条になる。

*「はしがき」に述べたように、直訳をむねとしている。たとえば第17条のように、「から」を連続して用い ることは日本語の表現としては生硬と思われるであろうが、あえてそのまゝにしておいた。また原本の動 詞の不定法はト・すべし」「…するものとする」の意であるが、それらも単に「・‥する」と訳出してある。

*原本の明かな誤写と思われるもの(全部で11ヶ所)は各条毎に註記してある。訂正はチエレープニンの校 訂によってした。

(1)

〔前文〕

(2)     瀞(3)      (4〕

7006年9月全ノし−シの大便イワン=ワシーリエヴイツチは、おのれの子らおよび貴族らととも

(5)

に、裁判について、貴族とオコールニチイがし、かに裁判すべきかを定めた。

*BeJIlイKI通,原本にはBeJIH伝

(7)

(6)      (7)

〔第1条〕貴族とオコールニチイが裁判を行う。裁判には貴族とオコールニチイのもとに書記官

(月HaK)が出席する。貴族、オコールニチイ、および書記官は、裁判から、また斡旋(neqa刀08a−

(8)       (9)

HHe)から賄路(nOCy刀)をとらない。同様にあらゆる裁判官(cy且朋)は、何人に対しても裁

(10)

判から賄路をとらない。裁判によって何人にも復讐したり親しんだりしない(He MCmTH,He

ApyXHTH)。

〔第2条〕貴族のもとに、ある告訴人(xa刀06HMK)が来るときは、彼は告訴人を自分のところか

(Tl)

ら追払わず、該当する(町田汀OXe)すべてのことについて、すべての告訴人に裁きを与える。

(H)

(AaBaTHynpaBa)。=裁くのに該当しない告訴人あるときほ、大侯に申告するか(cKa3aTH)、

あるいはこのような人々を区処すべく命ぜられている者に(K TOMy,KOTOpOMy KOTOpueJIIOAE npHKa3a11以【BeAaTH)彼をおくる。Il

〔第3条〕貴族と書記官は、裁判において1ループリの事件から(oTpyb刀eBarO Ae刀a)、原告ま

(12)

たは被告の誰が有罪になっても、有罪者に対してとる(HMaTH HaBHHOBaTOM)。貴族は有罪者

(13)

に対して2アルトゥイン、書記官は8ジ′ェーニガ。事件が1ループリ以上または以下のときは、

貴族はこの割合で(口O TOMy pOCqeTy)とる。Il

(14)

〔第4条〕決斗の手数料につし、て(O no刀eBuX nOlu刀HHaX)決斗(Ⅲ0刀e)によって裁判をきめる

(39)

ことになり、しかも決斗の場に立たないで和解する(noM叩ガThC兄)ときは、貴族と書記官はこ の割合でとる、貴族は1ループリにつき2アルトゥイン、書記官は8ジ′ェーニガ。しかしオコ

(15)

ールニチイ、書記官、および執行官(HeAe調叫HK)には決斗の手数料はない誹

〔第5条〕決斗の場に立った後に和解するときは、貴族と書記官はこの割合で自分の手数料をと る。オコールニチイは4分の1ループリ、書記官は4アルトゥイン1ジ′ェーニガ、執行官は4

(16)

分の1ループリ、また執行官は準備料(B兄Cqee)2アルトゥイン。Ii

〔第6条〕負債事件で、または殴打(60員)のことで、決斗するときほ、貴族ならびに書記官は

(17)      (18)

敗れた者に対し(Ha y6nTOM)、訴訟要求額に応じて手数料をとる(B3mH rpOTHBeHb 叩OTHBy HClleBa)。オコールニチイは半ループリ、書記官は4分の1ループリ、執行官は半ループリ、

また執行官は準備料4アルトゥイン。Il

〔第7条〕放火、または殺人、または強盗、または盗みのことで決斗するときほ、敗れた者に対

(19)

して訴訟要求額を取立てる。またオコールニチイは半ループリと具足(月OCneX)を、放れた者 に対して、書記官は4分の1ループリ、執行官は半ループリ、また執行官は準備料4アルト

イン。敗れた者白身は処罰され(B Ka3HH)、貴族と書記官に罰金(npoAaXa)を〔支払う〕。

〔第8条〕盗みについて(O TaT6e)。誰かについて、盗み、または強盗、または殺人、または

(20)

好計(516eノIHHtleCTBO)、または他のある悪事(JIHXOe ZLeJIO)を取調べて(JLOBeEyT)、重大犯人

(BeAOMO員JHⅩ0汲)であるときは、貴族はその者を死刑(cMepTEa只 Ka3Hb)に処するように命 ずる、訴訟要求額は彼の財産(cTaTOIく)から取り立てるように命ずる。財産に残りがあるとき ほ、貴族と書記官が自分にとる。手数料と罰金は、貴族と書記官が分ける、貴族は2アルトゥ

イン、書記官は8ジ′ェーニガ。ある犯人に訴訟額を支払うべき財産がないときは、貴族は犯人

(2I)

を原告に彼の損害の代償として(B erO rH6e刀H)引き渡さず、モスクワ大侯のチワンおよびド

(33)

ウォールスキイに彼を死刑に処するように命ずる。ii

〔第9条〕主人の殺害者、および謀叛人(KOpOMO刀HHK)、教会の盗人、および殺人をした盗人

(20)

(ro刀OBHO員TaTb)、および秘密をもらした者(HOAuMluHK)、および放火犯、重大犯人には生命 を与えず、彼を死刑に処する。11

(8)

〔第10条〕盗人について(OTaTeX)。ある盗人を、教会の盗みおよび殺人をともなう盗み以外の、

何かある盗みではじめて(BnepBbIe)捕え、以前に他の盗みをした罪証(AOBO皿)が彼にないと きは、彼を市場の罰(TOprOBa只Ka3Hb)に処して笛で打ち、そして彼に対し訴訟要求蘭を取立 て、そして裁判官は彼に罰金を科する(ero npoJIaTH)。その盗人に、訴訟額を支払うべき財産 がないときは、彼を苔で打った後、その損害の代償として売るために(Ha npOAa)KIO)彼の身 柄を原告に引き渡す。裁判官は彼に対して何もとらない誹

〔第11条〕盗人を盗みで二度目に(BApyrbIe)捕えるときは、彼を死刑に処する。訴訟要求額は 彼の財産から支払い、彼の財産の残りは裁判官に。その盗人に原告の損害にひとしい(c blCll・

eBy rbIbe刀b)財産がないときは、彼を損害の代償として原告に引き渡さず、死刑に処する。ll

(22)

〔第12条〕誰かを、5・−6人の善良な小貴族(AeTH60叩ClくbIe)が大侯の十字架接吻をして、あ

(23)

るいは5−6人の善良な黒土農民の接吻者(qep汁ue XpHCTHaHelle刀OBa刀HHKH)が、彼が盗人 であると告発するときは、以前の事件で彼に誰かのところで盗んだか、または誰かに盗みの償 いをしたかの罪証がなくても、その者に対して原告の損害を裁判なしにとる。ii

〔第13条〕物的証拠につし、て(O no刀HqHOM)。物的証拠をもって彼をはじめて連行し、5−−6人 が大侯の十字架接吻をして、彼が重大な盗人であり、それ以前に一度ならず盗んだと、彼を告 発するときは、被を死刑に処し、訴訟要求額は彼の財産から支払う誹

〔第14条〕盗人の言うことにつし、て(O TaTHHbIX peqeX)。盗人が誰かを告発するときは、その

港      港丑

者を取調べる(onuTaTH)。被告発人(叩叩OqHO員 qe刀OBeK)に罪証があれば、彼を盗みの罪で 取調べる。しかし以前に何かある事件で罪証のある告発(叩叩OK)が、彼にされたことがない

(24)

ならば、盗人のいうことを信用せず、捜索(06以CK)まで彼を保証に渡す(月aTlイerOIia n0−

pyKy)。Il

廿np叩OtlHO汲原本にはnpOqHOIす,・洛jキAOBOAOM鹿本には3AOMOM

(25)

〔第15条〕判決書について(0汀paBO員rpaMOTe)。判決書からは、印章(neqaTb)から1ループ リにつき9ジ′ェーニガとる。書記官は署名から1ループリにつき1アルトゥイン。判決書をか く書記官補(no郎姻男娼)は1ルーブリにつき3㌔ェーニガとる誹

(25)

〔第16条〕報告書について(0月OK刀aAHOM CnHCKe)。報告書に貴族は自分の印章を押し、書記官

・浄

は署名する。貴族は報告書から1ループリにつき1アルトゥイン、書記官は署名から1ループ リにつき4ジ′ェーニガ、〔報告〕書をかく書記官楠は1ループリにつき2㌔エーニガ。11

単打0几m訳旭原本には汀0.乃搭CH.

〔第17条〕奴隷の判決書について(0Ⅹ0刀Onhe員O npaBO銑rpaMOTe)。奴隷(Ⅹ0刀On)および女奴

(26)

隷(po6a)からほ、判決書ならびに解放状(oTnyCTHa兄 rpaMOTa)から、貴族は印章から1人 あたり(c ro刀08Ⅲ)9ジ′ェーニガとる。書記官は署名から1人あたり1アルトゥイン、判決書 または解放状をかく書記官補は1人あたり3ジ′ェーニガ。Il

〔第18条〕解放状につし、て(00TnyCTHO員 rpaMOTe)。誰かが貴族への報告のない、また書記官 の署名のない、あるいは都市からほ貴族裁判権を伴う扶持を(KOpM刀eHHe C CyAOM60即CK汀M)

貴族から受けている代官(HaMeCTHHK)への報告のない、解放状を提示するときは、その解放 状は、主人が自分の手で書いた解放状をのぞいて、解放状にならない。その〔後者の〕解放状

は解放状になる。11

〔第19条〕不正な裁判について(0 丹e刀pa80M CyAe)。 誰かを貴族が裁判によらずに有罪とし

(06HHnT)、書記官とともに彼に対する判決書を与えるときほ、そのときはその〔判決〕書は〔判 決書〕にならない。とられたものは返す。それについて貴族と書記官に罰金(neHb)はない。

43

(9)

原告ははじめから(c ro刀08u)裁判を〔うけなおす〕誹

〔第20条〕代官への訓令について、てoHaMeCTHnqe yKa3e)。貴族裁判権を伴わない扶持を受けて いる代官と郷司(BO刀OCTe刀b)は、奴隷と女奴隷を報告なしにひき渡さず(He B班員aTH)、逃亡

(27)

証書(6ema只rpaMOTa)を与えない。同様に奴隷にも女奴隷にも、主人に対しての判決書を報 告なしに与えない、解放状を奴隷と女奴隷に与えない誹

〔罪21条〕大侯について(O Be潤KOM KH兄3Ⅵ)。大侯裁判および大侯の子の裁判からほ、貴族裁判 からと同じように、大侯が命じた者は有罪者に対し1ループリにつき2アルトウインとる。il

〔第22条〕判決書について(OIIpaBO員 rpaMOTe)。判決書からほ、大侯の掌璽官(neqaTHHK)お よび大侯の子の掌璽官は、印璽から1ループリにつき9ジ′ェーニガとる。書記官は署名から1 ループリにつき1アルトゥイン、判決書をかく書記官補は1ループリにつき3ジ′ェ【ニガ。

〔第23条〕奴隷および女奴隷からは、掌璽官は判決書から1人あたり9ジ′ェーニガとる。書記官 は署名から1人あたり1アルトゥインとる。〔判決〕書をかく書記官補は1人あたり3ジ′ェーニ ガとる。Il

〔第24条〕報告書につし、て(0ノ10K刀a皿HOM CmHCKe)。大侯への報告および大侯の子への報告のあ る報告書には、大侯の掌璽官および大侯の子の掌垂官が印要を押す。〔報告〕書からは、印璽か ら1ループリにつき9ジ′ェーニガとる。書記官は署名から1ループリにつき1アルトゥイン、

〔報告〕書をかく書記官補は1ループリにつき2ジ′ェーニガとる誹

(28)

〔第25条〕欠席裁判判決書について(06e3Cy那OM CnliCKe)。欠席裁判判決書からほ、掌璽官は 1ループリにつき1アルトゥインとる。書記官は署名から1ルーブリにつき1アルトゥイン、

書記官補は1ルrブリにつき2ジ′ェーニガ。Il

(29】

〔第26条〕出頭日通達状につし、て(O cpoq班bIX)。出頭日通達状からは、書記官は署名から2ジ′

(30)

ェーニガとる誹 出頭H延期通達状(oTIIHCEa月 CpOqHa刃)からほ、書記官は署名から1ループ リにつき3ジノェーニガとる。書記官補は書類から(oT rIHCMa)1ループリにつき2㌔ェーニガ とる。日もし原告と被告の両者がともに出頭日を延期することをのぞむときは、彼ら両者は署

(31)

名および書額から〔の手数料〕、また執行官への出張手当(ⅩOXOHOe)を半分ずつ支払う誹.誰 かある原告または被告が出頭日までに来ないで、出頭目を延期するために〔ひとを〕つかわす ときほ、その者は両者の出頭日通達状から〔の手数料〕ならびに出張手当を、すべてひとりで支 払う。出頭日通達状は書記官が自分のもとに保管する。Il

〔第27条〕欠席裁判判決書について(06e3CyノmuX)。欠席裁判判決書を与えるときは、書記官 自ら出頭日通達状を比較し、書記官自ら出頭日通達状を調べ、そして書記官補に欠席裁判判決 書を与えるように、また出頭日を延期するように命ずる。欠席裁判判決書は8日目以後に与え

(28)

る。I。l

(32)

〔第28条〕執行官派遣状につし、て(OIl囲CTaBEuX)。執行官派遣状からは、掌璽官は執行官から 出張手当に応じて(no e3月y)とる。ある執行官派遣状によって執行官が〔出張手当〕1ルー ブリとるとき、書記官は署名によって執行官から1ループリにつき1アルトゥインとる。掌璽

官は印璽によって執行官から1アルトゥインとる。ある都市への〔執行官の〕出張手当が、1 ルーブリ以上あるいは以下のときは、書記官と掌璽官はその割合でとる。Il執行官派遣状に訴 訟要求額が出張手当より少く〔しるされて〕あるときほ、書記官はその執行官派遣状に署名し ない。執行官〔の承認〕なしには、書記官は執行官派遣状iこ署名しない誹 執行官派遣状に何 人が〔出張手当の支払に〕加わる〔としるされてある〕にしても、執行官への出張手当は執行

44

(10)

官派遣状に書かれてあるその都市まで〔の距離〕のみによる。Il 蛍KOTOpOPO原本にはKOTOrO

〔第29条〕執行官へのモスクワ内での出張手当は10ジ′ェーニガ、実情調査に対してはその2倍

(Ha npa即Iy BABOe)。彼らほ保証〔に渡すこと〕から賄路(noMHHOK)をとらない誹執行官は出 張手当をある都市まで〔の距離〕によってとり、実情調査に対しては2倍の出張手当をとる。Ii

〔第30条〕出張手当につし、ての訓令(yI〈a3 0 e3月y)。モスクワからコロムナまでの出張手当は 半ループリ、コレラまで半ルーブリ、ホ下ウニまで10アルトゥイン、セルプホフまで半ループ

リ、タルナまで20アルトゥイン、アレクレナまで25アルナゥイン、カルガまで1ループリ、ヤ ロスラグェツまで半ループリ、べレヤまで半ループリ、ポロフスカまで半ループリ、ヴイレゴ ロドまで半ループリ、クレメンスクまで20アルトゥイン、モ汐ヤイスクまで半ループリ、メジ ナまで25アルトゥイン、グヤジムまで1ループリ半、ズヴェニゴロドまで2グリーグナ、クォ ロチン∵スクまで40アルトゥイン、オドエフまで40アルトゥイン、コゼリスクまで1ループリ4 分の1、べレフまで同じ、メジェックまで40アルトゥイン、オポレン∵スクまで半ループリ、ド ミトロフまで10アルトゥイン、ラドネジまで4分の1ループリ、ぺレヤスラグリまで20アルト ゥイン、ロストフまで1ループリ、エロスラグリまで1ルーブリ4分の1、クォログタまで2 ループリ半、べロゼールまで2ループリ半、クスチュグまで5ループリ、ウイチェグダまで7 ループリ、ドゥヴイナまでおよびコルモゴールまで8モスクワループリ、クラジミルまで1ル ープリ4分の1、コストロマまで1ループリ半、ユリエフまで1ループリ、スズダリまで1ル ープリ4分の1、ガリーチまで2ループリ半、ムーロムまで1ループリ半、スタロドゥプ侯の 領地(oTqHHa)まで1ループリ半、メソチェラまで2ルーブリ、ニ汐ニ・ノヴァゴロドまで2 ループリ半、タグリツまで1ループリ、べクツキイ・グェルフまで1ループリ半、ロマノフま で1ループリ4分の1、クリンまで半ループリ、カレンまで1ループリ、トヴェリまで1ルー プリ、ズプツェフまでおよびオポクまで1ループリ、フレプニまで40アルトゥイン、ル汐エワ

まで1ループリ4分の1、大ノヴァゴロドまで2モスクワループリ半。

瀞属0原本にはAa

〔第31条〕執行官は自ら執行官派遣状をもって出張し、そして保証に渡すか、あるいは自分の親 族(meM兄HEHKH)と用人(刀mAE)に執行官派遣状をもたせて派遣する。臨時傭人(ypoqHHK)

に執行官派遣状をもたせて派遣しない。執行官派遣状をもって出張する者は、保証から何もと らない。臣執行官につし、ての訓令(O HeAe咄打KaX yKa3)。執行官がある都市に住んでいるとき、

彼はその都市に執行官派遣状をもって出張しない。また彼は如何なる事件でも自分の代りに

〔誰かに〕執行官派遣状をもたせて派遣しない誹

〔第32条〕何かで、誰かが誰かに対して(KTO nO KOrO)執行官を派遣し、彼がその件の遅延

(BO刀OKma)によって損害をうげ、あるいは出頭日通達状、判決書、または欠席裁判判決書か ら〔の手数料を〕出すときほ、〔裁判で〕正しい〔と認められた〕者はこれらすべてを有罪者か

らとる誹

〔第33条〕執行官は、裁判で、貴族、オコールニチイ、および書記官のために(括a)賄路を乞わ ず、また受けとらない。自分もまた保証から賄路をとらない誹

債OKOJIE椚HX原本には0刀HHqHX

〔第34条〕誰かある人に盗人が引き渡され、取調べるよう(nbITaT打)命ぜられたとき、彼は盗人 を良心的に(6e3XHTpOCTEO)取調べる。盗人が誰かを何かで告発するならば、そのことを大侯 または彼に盗人をひき渡した裁判官に報告し、盗人には何人をも中傷(K刀eIIaTH)しないよう に命ずる。il 誰かある執行官が盗人に対して派遣されるとき、彼は盗人を良心的に逮捕し、何 人にもえこひいきしない(HeHOpOBHTH)。盗人を逮捕した後、保証に渡さず、賄路をとらない。

(11)

関係のない者(0岬Ⅵ山田ueJ氾且冊)を逮捕しない誹

〔第35条〕誰かある執行官のもとに盗人が留置されている(ce且只T)とき、彼は盗人を報告なしに 保証に渡さない、また盗人を〔奴隷に〕売らない。日

〔第36条〕何かある事件で誰かある盗人を保証に渡すときほ、彼ら〔執行官〕ほ原告と被告をひ きとめておかず(HeBO刀OqHTH)、彼らを裁判官の前に出頭させる。= 遅滞なく農民に出頭日通 達状の期日を延期したり(oTnⅢCbIBaTH)、欠席裁判判決書を与えたりする。欠席裁判判決書に ついて農民から何もとらない。日 もし訴訟当事者の両者がともに出頭日を延期するときは、両 者から〔半分ずつ、あわせて〕1人分の出張手当(0且珪0ⅩOXeHOe)をとり、その他には何もとら ない。〔執行官は〕自分の出張手当を支払わせてから(B e3Ay CBOeM)〔盗人〕を捜査(06bICK)

まで保証に渡し、事件が終ったとき出張手当を有罪者に対してとる。il 誰か原告または被告が 自ら答弁に行かず、出頭日を延期するために自分の代りに〔他人を〕つかわすときは、執行官 は出張手当を彼の代りに出頭日を延期しに来たそのひと1人に対してとる。Il

〔第37条〕都市裁判について代官への訓令(yKa3 HaMecTHHKOM O CyAe rOpOACK甘M)。ある都市

またはある郷に、執行官または彼の用人(qe調OBeK)が執行官派遣状をもって来るときほ、彼 は執行官派遣状を代官、または郷司、または彼らのチウンに提示する。日 南訴訟者がその都市 または郷の裁判管轄下にある(cyAHMhI兄)ときは、彼は両訴訟者を代官または郷司または彼ら のチウソの前に出頭させる。=

半日0J10CTh廃木にはBOCTh

〔第38条〕貴族または貴族裁判権を伴う扶持を受けている小貴族が裁判をもつときほ、裁判にド

(33)        (34)      (55)

ウォールスキィ、スターロスタ、およびルーチレイ・リュ一㌔ィが出席する。ドウォールスキ イなしに、スターロスタなしに、そしてルーチレイ・リュ一㌔イなしには、代官および郷司は 裁判を行わない。彼らは裁判から賄路をとらない、彼らのチクソも彼らの用人も裁半摘、ら賄路 を自分の主人〔の名〕においてもチクソ〔の名〕においてもとらない、手数料徴集人は裁判か ら賄路を乞わない。原告が自分の訴訟に勝つ(属0叫eTC兄 CBOerO)ときは、彼〔代官〕は有罪 者に対して裁判からの手数料を、規定に従って(no rpaMOTaM)とる。規定のないときは彼は 訴訟要求額に応じて(叩OTHByⅢClleBa)とる、チクンまた同じ。日 原告が自分の訴訟に負けて、

原告が有罪となるときほ、彼は原告に対して1ループリにつき2アルトウイン、彼のチクンは 1ルーブリにつき8ジ ェーニガとる。事件が1ルーブリ以上または以下のときは、原告に対し

(15)

その割合でとる。ドクォートチクは規定に従って出張手当(Ⅹ0XeuOe E e3且)および実情調査

(npa瑚a)〔の手当〕をとる。決斗によって裁判をきめることになり、しかも和解するときほ、

彼は規定に従ってとる。=決斗するときほ、彼は規定に従って、裁判と決斗の手数料(BHHaIi npoTEBelib)をとる誹 規定がなく、〔決斗によって裁判をきめることになっていたのに〕和解 するときほ、彼は訴訟要求額の半ばにあたる手数料(叩OTHBeHb BnO重bIHClleBa)をとる、チウ ンまた同じJl負債事件または殴打のことで決斗するときほ、彼は訴訟要求額に応じてとる誹 放火、または殺人、または強盗、またほ盗みのことで決斗するときほ、敗れた者に対して訴訟 要求額を取り立てる。敗れた 者白身は処罰され、代官に罰金を〔支払う〕、チタンにもまた同

じ。日

〔第39条〕盗人についての訓令(O TaTeX yKa3)。誰かについて、盗み、または強盗、または殺 人、または好計、または他のある悪事を取り調べて、重大犯人であるときは、彼〔代官〕ほそ の者を死刑に処するように命ずる、訴訟要求額は彼の財産から取立てるように〔命ずる〕。財 産に残りがあるときは、代官と彼のチタンが自分にとる。ある犯人に訴訟要求額を支払うべき

46

(12)

財産がないときは、彼はその犯人を原告に彼の損害の代償として引き渡さず、彼を死刑に処す るように命ずる。il

〔第40条〕判決書について(O npaBO員 rpaMOTe)。判決書からは、貴族または貴族裁判権を伴う 扶持を受けている貴族の子は1ループリにつき2アルトウイン半印章からとる、チクソまた同

じ。判決書をかく書記官は書類から1ループリにつき3㌔ェーニガとる。= チクソが判決書を 与えるときほ、彼は印章から1ルーブリにつき2アルトゥイソ半を自分の主人と自分にとる、

彼の書記官は1ループリにつき3ジ′ェーニガとる。= 奴隷および女奴隷からは、判決書、解放 状から、貴族または貴族裁判権を伴う扶持を受けている貴族の子は、印章から、1人あたり2

アルトゥイン半とる。11彼の書記官は書類から1人あたり3㌔エーニガ。

(2エ)

〔第41条〕扶持を受けている彼〔代官〕のチウソほ(THyH erO tla KOpM刀eHHe)、主人への報告な しに奴隷に判決書および解放状を与えない。Il

〔第42条〕解放状について(0 0TnyCTHO員 rpaMOTe)。誰かが貴族への報告のない、また書記官 の署名のない、あるいは都市からほ貴族裁判権を伴う扶持を貴族の子から受けている代官への 報告のない、解放状を提示するときは、その解放状は、主人が自分の手で書いた解放状をのぞ いて、解放状にならない。その〔後者の〕解放状は解放状になる。

〔第43条〕貴族裁判権を伴わない扶持を受けている代官と郷司、および貴族裁判権を伴う扶持を 受けている大侯のチウソと貴族のチウソは、奴隷と女奴隷を報告なしに引き渡さず、また解放 状を与えない。盗人と殺人者を釈放しない、あらゆる犯人を報告なしに売ったり、処罰したり、

釈放したりしない。Il

〔第44条〕執行官につし、て(O npHCTaBeX)。各都市の、代官の執行官は出張手当(ⅩOXeHOe He3月)

を規定に従ってとる。規定のないときは、都市内の出張手当(Ⅹ0〉KeHOe)は4ジ′ェーニガ、1 露里に対する出張手当(e3月)は1ジ′ェーニガ、都市および郷をこおける実情調査に対してはその

2倍。Il

〔第45条〕もし誰かが執行官を、代官、郷司、貴族、貴族の子、彼らのチウソ、大侯のチワン、

(15)

およびドゥォトチクのもとに派遣するときは、〔これらの者は〕期日までに〔裁判で〕答弁する

(36)

ために行く。期日までに自ら行かないときは、彼は期日までに自分の代りに〔ひとを〕答弁に つかわす。Il

(37)

〔第46条〕商人について(O TOprOBqeX)。誰かが市場で(汀a TOpry)馬以外の何か新しいもの を、誰から買うのか彼〔の名〕を知らないで買い、2−3人の善良な人が〔このことを〕知っ ていて、〔後日この品物が〕彼のところで見つかるときは、それらの善良な人が、彼らの前で 市場で〔彼が〕買ったことを真実にもとずいて述べるならば、〔品物を〕見つけられたその人 は正しい〔と認められ〕、彼は接吻しない。Ii

〔第47粂〕誰かが外国で何かを買い、〔後日この品物が〕彼のところで見つかるときは、2−3人 の善良な人の証人が、彼らの前で市場で〔彼が〕買ったことを真実にもとずいて述べるならば、

〔品物を〕見つけられたその人は正しい〔と認められ〕、彼は接吻しない。彼に証人のないとき は、彼に裁判を与える(eMy npaBAa AaTH)。Il

薔ABa原本にはABali且Ba       (38)

〔第48条〕証言につし、て(0 HOC調ylueCTBe)。証人(nOC刀yX)が殴打、または略奪、または負債 のことでで誰かにk対の陳述をするときほ、訴訟要求をおこされている者の意志によって裁判 する、彼は証人と決斗に行くか(刀e3eT)、あるいは決斗に立ってから十字架のもとに彼に訴訟 要求をおこされているものを置く。〔後者の場合は〕原告は接吻せずに自分のものをとり、被

47

(13)

告は決斗手数料をも支払う、しかし敗れたための罰金(Bma y6HTa兄)は彼に〔科せられ〕ない。日 決斗に立たないで十字架のもとに〔訴訟要求額〕を置くときほ、彼は裁判官に規定に従って(HO CnHCKy)手数料を支払う、しかし決斗手数料は彼に〔科せられ〕ない誹

〔第49条〕証人と〔決斗で〕対決する被告が、老人、年少者、不具者、僧侶、修道僧、修道尼、

または女であるときは、証人と対決するに傭人(Ha員MHT)を自由にやとう、しかし証人に傭人 はない。正しい者または彼の証人に損害が及んだときは、その損害は有罪者に対して〔とりた てる〕。

〔第50条〕証人が裁判官の前に、彼らのために陳述するしないにかゝあらず、出頭しないときは、

その証人に対し訴訟要求額および損害、およびすべての手数料をとる。1圧証人の不出頭が出頭

(15)

日通達のまちがいによるときほ〕執行官(npaBeAWK)を相手に出頭目についてその証人に裁 判を〔与える〕。

〔第51条〕証人が裁判官の前で原告の陳述と一致した陳述を行わないときは、原告はそれによっ て有罪となる。Il

〔第52条〕誰かを何かで、女、年少者、老人、病人、不具者、僧侶、修道僧、または修道尼が告 訴するとき、あるいは誰かに対してこれらの誰かが証人となるとき、傭人を自由にやとう。原 告または証人は接吻し、傭人は決斗する。日原告または被告はその傭人に対するため〔自分も〕

傭人をやとう、しかし望むならば彼は自ら決斗する。=

〔第53条〕誰かが誰かを殴打、または罵言(刀a員)、または負債のことで執行官に逮捕してもらい

(39)

(noHMaeT)、しかも裁判に行くことを望まないときは、彼らは裁判官に報告して和解する。し かし裁判官は出張手当(e3月厘Ⅹ0XefIOe)のほかは、彼らに対し罰金(叩0月aX)は〔科さ〕な い。Il

(40)

〔第54条〕傭人が自分の〔契約〕期限をつとめ上げないで立去るときは、彼は賃銀(Ha貢Ma)を 失う。

〔第55条〕負債につし、て(0 3a員MeX)。誰かある商人が商売に行き、誰かから金銭または商品を 借り、そして途中で商品がわるだくみからでなしに(6e3ⅩHTpOCTHO)彼から失われる、すなわ

(41)

ち沈没するか、焼失するか、またほ軍隊に取られるときには、貴族は調査の上で、大侯の書記

(42)

官に命じて大侯印璽のある年賦返還証書(no刀eTHa只rpaMOTa)をその者に与え、元金(HCTHHa)

を無利子で原告に支払うようにさせる。Il 誰かが誰かから商売のために何かを借りて、それ を飲んでしまうか、または他の何かの無分別によってやむを得ない事情があるのでもないのに

(6e3 Hanpa3AHbCTBa)自分の商品をなくすときほ、損害の代償として売るためにその者の身柄 を原告にひき渡す。il

〔第56条〕奴隷がタタール軍の捕虜となり、捕虜(no刀011)から逃走するときは、彼は自由とな り(C刀060月eIl)、もとの主人の奴隷ではない誹

(43)

〔第57条〕農民の移転について(0ⅩpHCTHaHCKOM OTKa3e)。農民は郷から〔郷へ〕、村から村へ、

1年のうち1つの期間、秋のユリーの日(氾恥eB AelHb)の前1週間と秋のエリーの日の後1 週間に移転する(oTKa3bIBaTHC兄)。家産使用料(ABOpbI nOXE刀ue)は、1軒に対し畑地(HO刀e)

では1ループリ、森林では半ループリ支払う。il誰かある農民が、誰かのもとに1年住んで立 去る(no呵AeTIpOqb)ときは、彼は4分の1軒分支払う。2年住んで立去るときほ、彼は半軒

分支払う。3年住んで立去るときは、彼は4分の3軒分支払う。4年住むときは、彼は丸1軒 分支払う。=

(14)

〔第58条〕外国人につし、て(01mKO3eMIleX)。誰かある外国人が、外国人に対して何かのこと で訴訟要求をおこすときほ、訴訟要求をおこされている者の意志により、望むならばそのこと で罪はないことを接吻するか、あるいはまた十字架のもとに彼に訴訟要求をおこされているも のを置く。〔後者の場合は〕原告は十字架に接吻した上で、これをとる。Il

〔第59条〕僧侶、司祭補(AHaKOH)、修道僧、修道尼、〔教会〕番人(cTpO員)、および神の教会か ら生活費をうけている寡婦は、司教(cB兄mTe刀h)または彼の裁判官が裁判する。日世俗人が教 会人と(npocTO汲qe刀OBeK C qepKOBEuM)〔争う〕ときは、合同裁判(cyA BOnqe員)が〔構成さ れる〕。誰かある寡婦が神の教会から生活費をうけておらず、自分の生計で(cBOHM AOMOM)

生活しているときは、司教の裁判によらない誹

(44)

〔第60条〕ある人が遺言状(EyXOBHa兄rpaMOTa)なしに死んで、彼に息子がないときほ、全財産 と土地(cTaHOK BeCb H 3eMJIH)は娘のものになる。彼に娘がないときは、彼に最も近い親族

(po.環)がとる誹

〔第61条〕柵につし、て(O H3rOpOAaX)。村および部落の間には〔土地所有者が〕柵を半分ずつつ

(45)

くる。誰かの柵によって家畜の踏みあらし(npoTpaBa)がおこるときは、柵の持主が〔損害〕を 支払う。日村または部落から離れた草刈場(noxH兄)があるときは、草刈場の所有者(rocyノIapb)

が柵をつくらず、草刈場に接して耕地(opaHaa naIuH兄)を持っている者が全部の柵をつくる誹

〔第62条〕境界につし、て(O MeXaX)。誰かが大侯の土地から貴族および修道院の〔土地〕に、

または貴族および修道院の〔土地〕から大侯の土地に、または貴族もしくは修道院の〔土地〕か ら貴族の〔土地〕に、または責族の〔土地〕から修道院の〔土地〕に越境耕作するか、あるい は境界を破壊する(copeTh MeXy HJI拷rPaHH CCetleT)ときは、越境耕作あるいほ境界を破壊し た者を答で打ち、なお原告は彼に対し1ループリとる。日 農民が一つの郷または村の中でお互 の間で誰かが誰かのところに越境耕作あるいは越境草刈する(nepeKOCHT)ときは、郷司また

(46)         (47)

はポセールスキイほその者に対し罰金として(3a 60paH)2アルトウインをとり、損害弁償は

(3a paHy)人と損害と審議(paccy)KeHHe)を考慮して判定する(npHCy′田汀)。日

(48)

〔第63条〕土地につし、ての裁判(03eMJl兄ⅩCyJL)。貴族が貴族に対し、または修道院が修道院に 対し、または貴族が修道院に対し、または修道院が貴族に対して〔土地について〕訴訟をねこ す(83bIlqeT)ときは、〔訴訟まで〕3年以内であれば裁判する、3年以上〔たったもの〕は裁 判しない誹黒土民(qepHO員)が黒土民に対し、または領主が大侯の土地を受けている領主に 対し(r10MeCTHHK Ha rIOMeCtIHKe,3aICOTOPtJMH3eMJTH BeJTHKOrO KH兄3只)、または黒土民あるい は村民(ce刀Ctく0叫が領主に対し、または領主が黒土民あるいは村民に対して〔土地について〕

訴訟をおこすときほ、〔訴訟まで〕3年以内であれば裁判する、3年以上〔たったもの〕は裁 判しない守臣貴族または修道院に対して大侯の土地の訴訟をおこすときは、〔訴訟まで〕6年以 内であれば裁判する、6年以上〔たったもの〕ほ裁判しない誹 ある土地が執行官管理のもと に裁判にかけられているとき、その土地は最後まで裁判する(AOCy)KbIBaTH)。

〔第64条〕再審裁判官(mepecyノIq肱)は、有罪者に対し〔訴訟要求額1ループリにつき〕再審裁 判料(nepecyA)2グリーブナとる、1ループリ以下のときは再審裁判料はない。Il 裁判記録

(cyAHu汲(n胴COK)から、また奴僕から、また土地からは再審裁判料はない。あらゆる決斗か ら再審裁判料をとる。Ii 誰かが〔裁判〕記録が虚偽であると抗議して(060湖打か偶で)、実情調査

(15)

(npaBAa)を要求するときは、それについて再審裁判料が〔とられる〕。ポドウォーイスキイほ 調査料(npaBu員属eC椚OK)4ジ′ェーニガを有罪者よりとる。Il

(15)

〔第65条〕ある都市に2人の代官、あるいは郷に2人の郷司がいるときほ、彼らはこの規定に従 って(HOCeMyCnHCKy)1人の代官の分の手数料を2人でとり、彼らのチクソほ1人のチタン の分をとる。彼らは半分ずつ分けあう。ll

尊rOpOA原本にはrOAe       (49)

〔第66条〕奴隷身売り状について(O no刀HO員rpaMOTe)。奴隷身売り状によって〔人は〕奴隷と

(50)

なる。チワンの職または農村の倉庫管理人の職につけば(noK刀肌的nOCe刀bCKOMy)報告の上 で、または報告なしでも奴隷となる、同一の主人のもとに住む妻子とともに。別の主人のもと に住む、または自分で生活している彼の子は奴隷にならない。都市の倉庫管理人の職について も奴隷にならない。女奴隷をめとれば奴隷となり、奴隷にとつげは女奴隷となる(no po6e

(51)       (44)

Ⅹ0刀On,Ⅲ0 Ⅹ0刀0me pO6a)。持参金(叫押uaHO員)〔として渡された者は〕奴隷となり、遺言状に よって奴隷となる誹

〔第67条〕賄路および証言について(O nocy調eX H O nOC刀ylueCTBe)。モスクワの、およびモス

(52)

クワ地方(3eM湖)とノダォゴロド地方の全都市の、市場ごとに、またすべての郷ごとに次の ことを公布するように命ずる。すなわち原告および被告は、裁判で裁判官や執行官に賄路を約

束しないこと、証人は知らないときは陳述せず、知っているときは真実を述べること。証人が 知らないのに虚偽の陳述をし、後にそのことが露見するときは、その証人に対して原告の損害 全部と費用(川6eJIh8C刃】1C y6郁肛亙)を〔とる〕。日

削叩OKJIMKaTb原本にはnpOKJIHHaTb

〔第68条〕決斗の手数料について(OI10諏eBblXnOlⅡ爪EEaX)。オコールニチイと書記官が決斗の場 に来るときは、オコールニチイと書記官は、訴訟当事者すなわち原告と被告に、彼らの側の審 判人(cTp只me鋲)および保証人は誰か、自分の側の審判人および保証人に誰を指定するかをた ずねる、そしてそれらの者に命じて〔決斗の場に〕立たせる、しかし具足、棍棒(只y6封Ha)、

(58)

および長い棒(ocⅢ0月)を審判人および保証人にもたせない。関係のない者が決斗の場に立っ ているときは、オコールニチイと書記官はそれらの者を立去らせる。関係のない者が立去らな いときは、オコールニチイと書記官は、それらの者に対し訴訟要求額ならびに手数料を取立て

るように命じ、そして彼らを保証に渡して天候の前に出頭させるように命ずる。

一1497年法典本文おあり一

1497 年 法 典 註 解

*用語の註解を主とし、かつできるだけ法典外の史料をあげて用語の説明を根拠すけるようにした。ポリャ ークの註のように、各条の意味するところを要約する、というやり方は紙面の都合上剖愛した。またチエ レープニンの註に引用されている史料も利用したが、筆者自身で検証した史料に重きをおいている。従っ て以下の註解に、ポリヤークおよびチエレープニンの証をあわせ見られることがのぞましい。

*註解iこ引用されている史料・参考文献の略語については本稿「はしがきの註」参照。

註(1)この前文に相当する記事は、ロシア年代記7006年の条にも見出される。「この年、大侯イワン=ごワシ ーリエゲイツチは、オコールニチイ、および全ての裁判官、および貴族が法典に従って裁判すべきことを 定めた」nCPJI.T.XXIV.cTp.213)。チエレープニンは、この年代言己の記事をユ497年法典前文および1550 年法典前文とくらべて、年代記をそのま⊥信ずることはできないとし、これにつゞく「ウオロジーメル=

グーセフ書く」という語句を法典にむすぴつけて1497年法典の編さん者をグーセフとする従来の説に反対 している(tlepeIIHFrH,ApxHBhL2.cTP.290−303)。

50

参照

関連したドキュメント

相対成長8)ならびに成長率9)の2つの方法によって検

近年、日本のスキー・スノーボード人口は 1998 年の 1800 万人をピークに減少を続け、2020 年には 430 万人にまで減 少し、20 年余りで 4 分の

年度まで,第 2 期は, 「日本語教育の振興」の枠組みから外れ, 「相互理解を進 める国際交流」に位置付けられた 2001 年度から 2003

日本全国のウツタインデータをみると、20 歳 以下の不慮の死亡は、1 歳~3 歳までの乳幼児並 びに、15 歳~17

生物多様性の損失も著しい。世界の脊椎動物の個体数は、 1970 年から 2014 年まで の間に 60% 減少した。世界の天然林は、 2010 年から 2015 年までに年平均

(a)第 50 類から第 55 類まで、第 60 類及び、文脈により別に解釈される場合を除くほか、第 56 類から第 59 類までには、7に定義する製品にしたものを含まない。.

「1 つでも、2 つでも、世界を変えるような 事柄について考えましょう。素晴らしいアイデ

○福安政策調整担当課長