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【学位論文審査の要旨】

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Academic year: 2021

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【学位論文審査の要旨】

1 研究の目的

プロトン移動反応は、化学や生物学の広い分野で、酸・塩基反応、求電子付加、酵素触 媒反応、光合成などの基本的な反応過程として機能発現の基礎をなす重要な役割を担って いる。溶液などのバルク状態では、プロトン移動反応はプロトン親和性や酸解離定数をパ ラメータとして現象の解釈が進められてきたものの、このような理解は原理的に分子集団 の挙動を見ており、溶媒中では分子数は不特定多数で、分子の配向は不定であることから、

単一の分子レベルでのプロトン移動反応の機構は解明されていなかった。一方、1980 年代 に急速に進歩した超音速ジェットレーザー分光法は極低温孤立分子状態下でのスペクトル を観測するという手法であるが、この分光法を用いた分光学的研究は分子論的なアプロー チを可能にするもので、プロトン移動反応もこの手法により詳しい研究が行われた。超音 速ジェット法では溶質と溶媒分子により構成される溶媒和分子クラスターが生成されるが、

分子クラスターは構成する分子数が特定でき、しかも分子の配向も固定されているため、

クラスター内プロトン移動反応の研究にとっても理想的環境と期待され、多数の研究が報 告されている。

たとえば、1-ナフトールアンモニアクラスターは励起状態でプロトン移動反応を起こす 系として、

Zewail

Jouvet

などの複数のグループにより実験が行われてきたが、プロトン 移動を引き起こす最小の溶媒分子数について、アンモニアが3個から5個までの幅で解釈 の不整合があり、30 年間未解決のままになっていた。このように、グループごとに結論が 異なりサイズ依存性が確立していない理由は、実験で測定している蛍光スペクトルや励起 状態の寿命などはプロトン移動の有無を直接反映しないからと考えられる。

ところが、このような実験による分子論的アプローチに対し、不整合を巡る解釈の問題 を解明するような理論的研究が極めて少なく、実験を再現できる理論がほとんど報告され ていないのが現状である。したがって、理論化学に基づく実験を解釈する分子論的メカニ ズムを確立することが必要不可欠である。本研究では、このような現状に鑑みて、実験結 果を解釈する理論を構築することを目的としている。

具体的には、典型的な酸・塩基対のモデルである

1-ナフトールおよびフェノールの溶媒

和クラスターに着目して、基底および励起状態におけるプロトン移動反応について述べて おり、1.プロトン移動反応の閾値となるクラスターサイズの研究、2.プロトン移動反 応のメカニズムの研究、3.電子状態との関係の研究という3つの目的を設定している。

2 研究の方法と結果

本論文では、1-ナフトールアンモニアクラスターおよび

1-ナフトールピペリジンクラ

スターの励起状態プロトン移動反応(ESPT)のサイズ依存性やメカニズムについて、さら にはフェノールアンモニアクラスターの基底状態プロトン移動反応(GSPT)のサイズ依存 性について課題の解明を試みた。分子クラスター構造の最適化のための理論計算について、

基底状態では密度汎関数理論(DFT)を適用した。計算方法として、1-ナフトールアンモ ニアクラスター、1-ナフトールピペリジンクラスターおよびフェノールアンモニアクラス ターの基底状態に対しては

M06-2X/cc-pVTZ

のレベルで

DFT

による構造最適化を行った。

DFT

(2)

は、多体に関連する交換相関相互作用を表すために、交換相関項が導入されており、分子 クラスター系の電子状態計算にも幅広く用いられている。また、

DFT

は、さまざまな物質の 電子状態を波動関数ではなく、電子密度に基づく平均場ポテンシャルを利用した非線形

Kohn-Sham

方程式を解いて求める計算法であり、量子論的な交換相関相互作用を電子密度の

汎関数として近似しているため、電子相関を取り込んだ計算を実用的な計算時間で実現す ることができる。

一方、励起状態では時間依存密度汎関数法(TD-DFT)を適用した。計算方法としては、1

-ナフトールアンモニアクラスターおよび

1-ナフトールピペリジンクラスターの励起状

態に対して

M06-2X/cc-pVDZ

のレベルで

TD-DFT

による構造最適化を行った。

TD-DFT

は、

DFT

に対して線形応答理論を適用することで、励起状態の計算が可能な密度汎関数法として開 発されてきたものである。さらに、基底状態から励起状態

L

bおよび

L

aへの垂直遷移のエネ ルギーを計算するための1点計算には、

ab initio

分子軌道法である

CISD

法を適用した。

1-ナフトールアンモニアクラスターの励起状態プロトン移動のサイズ依存性に関する

理論的研究では、アンモニア分子数が3個から5個までの

1-NpOH–(NH

3

)

nでの

ESPT

のサイ ズ依存性について理論計算により検証した。アンモニアが3個および4個の場合には、エ ネルギー的に

2-step-3-state

モデルで説明される

L

b状態から

L

a状態への内部転換により生 成することが可能なプロトン移動体があるものの、実験条件下では構造転換が伴わないこ とから、プロトン移動は起きないと考えられる。一方、アンモニアが5個の場合には、実 験条件下で存在するポピュレーションとしては異性体1種類のみであり、Lb状態から

L

a状 態への内部転換で生成する

L

a状態の構造はプロトン移動体で

L

b状態よりも安定であること から、ESPT 反応が起こることが明らかになった。超音速ジェット条件の実験では、構造転 換がなくてもプロトン移動反応が進むかどうかという考え方に依拠することがサイズ依存 性の不整合を説明する上で適切であることが示された。

1-ナフトールピペリジンクラスターの励起状態プロトン移動のメカニズムの研究では、

ピペリジン分子数が1から3個までの構造異性体を求め、

1-NpOH–(Pip)

n

ESPT

のサイズ依 存性について理論計算により検証した。ピペリジンが1個の場合には、どの励起状態でも プロトン移動体は見つかっていないことから、ESPT 反応は起こらない。一方、ピペリジン が2個の場合には、実験条件下で存在する異性体は1種類のみであり、光励起により生成 するのは、垂直遷移の

L

b状態である。ところが、この

L

b状態そのものがプロトン移動して いる構造であることから、光励起されたら、即座にプロトン移動体に遷移することになる。

したがって、ESPT 反応が生じる最小溶媒分子数はピペリジン2個であることが明らかにな った。これは、プロトン移動が起こるために内部転換を必要とするものではなく、新しい 直接的な

ESPT

反応であることから、1-ナフトールアンモニアクラスターのときとはまっ たく違うメカニズムであり、本研究で新たに発見された反応機構であることが確かめられ た。

フェノールアンモニアクラスターの基底状態プロトン移動のサイズ依存性に関する理論 的研究では、アンモニア分子数が10個までの

PhOH–(NH

3

)

nでの

GSPT

のサイズ依存性につ いて理論計算により検証した。アンモニアが8個以下の場合には、典型的な分子線中での 実験条件下で共存する閾値を考えると、分布する異性体は非プロトン移動体でありプロト ン移動は起こらないことが示された。一方、アンモニアが9個の場合では、非プロトン移

(3)

動体の最安定構造と次に安定なプロトン移動体の間のエネルギー差が実験条件下で共存す る閾値以下となることから、アンモニアが9個以上で

GSPT

が起こるという結論を得た。一 方、Jouvetらが行ったイオン化ポテンシャルの実験結果では、GSPT反応が生じる最小サイ ズは

n =6

と大きく異なる。これは、Jouvet たちがアンモニア9個から3分子蒸発したもの を検出したからであり、イオン化した後、アンモニアが蒸発するという効果を考えること により

GSPT

のサイズ依存性はアンモニア9個であると説明することに成功している。

3 審査の結果

本論文では、1-ナフトールアンモニアクラスターの

ESPT

のサイズ依存性に関する理論 的研究の中で、実験では

ESPT

反応が生じる最小溶媒分子数が3個から5個までの幅で解釈 の不整合が生まれるという大きなテーマに対して、理論により明瞭に説明することに成功 した。一方、1-ナフトールピペリジンクラスターの

ESPT

反応の溶媒数依存性とプロトン移 動のメカニズムについても、新しいメカニズムを理論によって提案している。さらに、フ ェノールアンモニアクラスターについては、GSPT 反応が生じる最小サイズについて、理論 計算により得られた結論は、Jouvet らが行ったイオン化ポテンシャルの実験結果と異なる ものの、アンモニアが3個蒸発していることを考慮することにより実験事実を説明し、

GSPT

反応の溶媒数依存性を理論により解明することに成功している。本研究は溶媒和分子クラ スターの励起状態や基底状態のプロトン移動反応のサイズ依存性やメカニズムに関係する 研究に貢献し得るものであり、その意義は大きい。以上により、本論文は博士(理学)の 学位に十分値するものと判定した。

4 試験及び試問の結果

本学の学位規定に従い、最終試験を行った。公開の席上で論文内容の発表を行い、化学 専攻委員による質疑応答をもって論文および関連分野の最終試験とし、合格と判定した。

参照

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