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投資信託の本質とその運用対象について

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(1)

投資信託の本質とその運用対象について

その他のタイトル What is Investment Trusts

著者 松谷 勉

雑誌名 關西大學商學論集

巻 7

号 6

ページ 551‑567

発行年 1963‑02‑28

URL http://hdl.handle.net/10112/00021649

(2)

投 資

信 託

の 本

質 と

そ の

運 用

対 象

に つ

い て

︵ 松

谷 ︶

七 九

戦後の我国証券市場における特徴的な現象として︑なによりもまず大衆投資家層の積極的な進出と投資信託の飛

躍的発展とを挙げることが出来よう︒前者は︑戦後の財閥解体後の一連のいわゆる証券民主化運動によって次第に

実現せられ︑更に︑証券投資の大衆化・普及化を促進させるための具体的一方策たる投資信託制度の実施によって

より一層促進せしめられるにいたった︒したがって︑両者は密接不可分なる関係にあるといえる︒即ち︑投資信託

の飛躍的発展は︑その背後に︑何よりもまず︑戦後︑証券会社を先頭とする前記の証券民主化運動によって︑次第

に一般大衆の内に評券投資分野への積極的な進出傾向が現出して来たことによるものであり︑更に︑その市場支配

力を確立させるための唯一の武器たる投資々金掌握力の強大化をめざす各証券会社間における激烈な販売競争の結

果にもよるものである︒又︑大衆投資家の積極的な進出は︑ たしかに投資信託の飛躍的発展の結果によるものでも

ある︒それ故︑投資信託の発展は︑今後益々大衆投資家層の拡大ーーそれは単に投資信託市場内であるか︑更に広く証券

市湯一般においてであるかは別としてーをその結果としてもたらすものであるといえる︒

昭和二六年に戦後の投資信託が発足して以来一 0 年を経過した今日︑その残存元本は遂に一兆円台に達し︑しか

もこれは︑各種の貯蓄残高比較において︑郵便貯金のそれとほゞ並んで銀行定期予金残高に次ぐ大いさとなるまで

投資信託の本質とその運用対象について

(3)

投 資

信 託

の 本

質 と

そ の

運 用

対 象

に つ

い て

︵ 松

谷 ︶

山 にいたっている︒したがって︑このことから戦後の我国投資信託ほ︑戦前の一部特定階層の投資手段から︑今や︑

広く一般大衆の投資手段︑否︑貯蓄手段となるまでに一般化しているといえる︐それ故その産業金融︑に対しては勿

論のこと︑又広く一般大衆の貯蓄手段としても重要な役割を果たすにいたっている投資信託は極めて重大な責務を

なるほど︑現在の我国投資信託は︑規模的或いは量的には益々その本領を発揮しつつあるといえるが︑他方︑そ

の内面的或いは質的には果たしてどうであるであろうか︒最近︑各方面で投資信託をめぐる色々な問題︑例えば︑

その適正規模について•投資基金運用問題・証券会社との実質的分離問題•投資信託委託会社問題・同販売会社問

題 ・

等 々

について盛んに議論されている︒これらの諸々の議論は現在の我国投資信託の問題点を指摘し︑そのよ

り良き解決策を見い出すことによって︑ いわゆる投資信託の姿勢を正し︑今後︑投資信託の正常なる発展をもたら

すための土台を築き上げようとするものであるといえる︒だが併し︑これらの問題点を解決することの重要性もさ

ること乍ら︑今一度より基本的問題﹁投資信託とは如何なるものであるか﹂つまり投資信託の出発点に立ち戻って︑

その本質的問題を解明し︑且つ再確認することこそ最も重要なことであり︑

くべきではなかろうか︒以下においては︑

察をなそうとするものである︒ しかる後︑それら諸問題を解決して行

か 4 る意図の下に特に投資信託の本質とその運用対象について若干の考

図 もともと投資信託とは︑不特定多数の人々の資金を集合せしめ︑多数の証券に共同投資するための一組織であり︑

証券投資の分散化と専門的管理とをその甚本原理として︑証券投資に必然的に随伴する投資危険を回避もしくは最

小限に食い止め︑且つ最大限の投資報酬の獲得を目的とするものである︒ 持つものとなっている︒ 八〇

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投 資

信 託

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対 象

に つ

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︵ 松

谷 ︶

﹁換言すれば︑投資信託とは︑小額の投資資金しかもたないいわゆる中小投資家及び証券投資に不慣れな投資家

達の投資資金をプールすることによって巨額の投資基金を形成せしめ︑投資専門家による多数の証券への分散投資

とボートフォリオ

最大限の投資報酬の獲得と投資元本の安全性をめざす投資代行機関である︒したがってそれは︑最大限の投資報酬

獲得目的と投資元本安全性目的を同時に達成しようとする投資組織であるのだ︒

これは︑最大限の投資報酬は最大限の投資危険を負担することによってのみ獲得しうるものであり︑投資危険負

担力が大であればあるほどそれだけより一層大なる投資報酬獲得の可能性があること︑更に証券投資に習熟し︑且

図 つ充分なる調査綱を備える投資専門家による多数証券への分散投資とボートフォリオの専門的管理によって投資元

本の安全性をも確保しうる可能性があるとの理念にもとずくものである︒したがって︑投資信託の投資対象として

は当然株式特に普通株となる︒

の継続的管理によって︑彼ら個人投資家が単独では到底実現することが出来えない

何故なら︑上記の如く︑最大限の投資報酬は上位証券

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へ の

投 資

つまり公社債・優先株投資

によってではなく︑低級証券

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への投資によって︑とりわけより低級証券へ投資し︑最大限の投

資危険を負担することによってのみ獲得しうるものであるからだ︒更に︑投資元本の安全性は︑単にその当初の投

資元本額の名目的貨幣金額を維持することだけにとどまるのではなく︑その実質的貨幣価値をも保持することによ

ってはじめて真の投資元本の安全性が確保出来うるのであるからだ︒したがって︑確定対価・確定利付証券たる公

社債への投資は︑

をも維持する点に於いて甚だ不適当である︒このことは︑特に戦後の資本主義各国に於いてみられる共通的な現象 一般にその投資元本の名目的貨幣金額を完全に維持しうるものであるとはいえ︑その実質的価値

p o r t

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(5)

持たない︑実質的には社債の一種となるほどまでになっており︑株式としての投資的魅力を持たない証券となって

い る

日優先株金融の最も発達しているアメリカに於いては︑ 一般に種々な条項が附加されて︑株式としての性格を全く

だ が

一 般

たるマイルド・イソフレーション︵或いはクリー︒ヒング・イソフレーショソ︶の下に於いては殊にそうであり︑そ

の結果として公社債投資の沈滞化をもたらしていることは現代的投資観点からけだし当然の帰結であるといえよう︒

それはともかく︑物的証券・財産証券たる性格をその背後にもつ不確定対価・実績対価証券たる株式は︑

貨幣価値変動危険に対して弾力性を持つ︑

優っているといえる︒それ故︑その投資対象の選択と売買時期の適切なる決定をなしうるならば株式投資は証券投

資の中で最大限の投資報酬の獲得と投資元本の安全性を確保出来うる可能性をもつものであるとなる︒

一口に株式といえどもそこには優先株をはじめとする色々ないわゆる種類株が存在する︒特に証券金融の

高度なる発展を示しているアメリカに於いては︑単に株式だけではなく社債に於いてもそうである︒併し︑優先株

をはじめとする一連の種類株︑及び︑転換社債をはじめとする色々な条項をもつ社債は︑すべて社債と株式との両

者の性格を持つもの︑ つまり投資元本の実質的価値を維持する点に於いて公社債よりも遥かに

かであって︑これはデューイング

A . S .

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う ︑

つまり︑社債の確実性に株式の収益性︵有利性︶を加味したものか︑その逆であるかいずれ

囚 いわゆる折衷的証券

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で あ

り ︑

これらはすべて証券金融の高度化と共に現出するいわゆる株式の社債化・社債の株式化傾向を示す中間的証券であ

る︒したがって︑これらの中間的証券はすべて確実性をその根底にもつ確定的安定証券であるということが出来

る︒つまり︑確実性大である反面有利性に欠けるものである︒とりわけ現段階に於ける優先株についていえば︑今

投 資

信 託

の 本

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運 用

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︵ 松

谷 ︶

(6)

投資信託の本質とその運用対象について︵松谷︶

それ故︑株式としての本来的性格を持つ株式は普通株だけであるとなる︒したがって︑普通株はすべての証券投

資対象の中で最も危険性大なる証券であり︑それ故にこそ最大限の投資報酬の獲得と投資元本の安全性を確保出来

したがって︑普通株投資の分野に於いて分散投資と専門的管理の必要性が最も大となる︒極言すれば︑分散投資

と専門的管理は普通株投資に於いてのみ必要であるのだ︒換言すれば︑個人投資家の資カ・能力では到底実現する

ことが不可能な一般により大なる危険性と有利性とをもつ普通株への分散投資 I より低級な普通株からより高級

な普通株にいたる多種多様な銘柄へ分散投資することによって︑最大限の投資報酬の獲得と投資元本の安全性を実

現すべく管理・運営するのが投資信託本来の姿であり︑それを実現するところに豊富な経験と充分な投資管理機構

矧 を具備せる専門的投資機関たる投資信託の存在価値があるのだ︒更に分散的投資は︑いわゆる防禦的政策であり︑

ボートフォリオの総所得額と投資元本額の変動を逓減させる︑つまり投資報酬及び投資元本を安定化させるもので

あるから︑その意味からも投資信託の投資対象としては当然普通株一本でなければならぬ︒

それ故、その投資対象の中に普通株以外のもの|—現金部分は除くーーとりわけ、上位証券をはじめとする一連

のいわゆる安定的投資対象が組み入れられている割合が大であればあるほど︑全体としてその投資信託はそれだけ

投資信託本来の姿からより一層逸脱するものであり︑又︑投資信託としてのその存在価値がすくなくなるといえる︒

例えば︑その最も極端な例としては︑我国に於ける公社債投資信託いわゆるボンド・オープンがあげられうる︒叉︑

何 故

な ら

アメリカに於ける債券・優先株型基金

Bo nd an d  P r e f e r r e d ' S t o c k   Fu nd s

もそれに近いものである︒

閻 ヘイズ

Do ug la

s

A•Hayes も指摘している如く、これら公社債をはじめとするいわゆる確定収益証 うる可能性をもつ最上の投資対象であるといえよう︒

(7)

型基金

B a l a n c e d f u n d s

に相当するのであるが︑ この均衡型についても︑そのポートフォリオ内の上位証券部分

更 に

券は︑その投資収益は当初より確定し︑又︑投資元本価格の変動も極めて少ない︒したがって︑これら上位証券へ

の投資に於いては殆んど投資経験を必要とせず︑投資銘柄の選択は極めて容易であり︑且つ分散的投資の必要性は

全くない︒そこで特に専門家に依存せずとも個人投資家が各自単独ででも容易にこれら上位証券投資から予期せる

成果をあげることが出来るからである︒それ故︑

地 は

全 く

な く

か 4 る上位証券投資の分野に於いてほ︑本来︑投資信託の存在余

したがって︑これら公社債投資信託は投資信託としての存在価値は全くないといえる︒

だが勿論︑この点については︑投資信託の投資対象による多種類化︑

との意図から公社債投信の存在価値を認める論者も存在するが︑併し筆者は︑上記の如く︑公社債投信は︑分散投

資と専門的投資管理とを甚本原理として最大限の投資報酬の獲得と投資元本の安全性を確保することを目的とする

投資信託の本来的形態ではなく︑ したがって︑投資信託としての存在価値は全くないと考えるものである︒たゞ︑

︑ ︑

投資信託をより広義に解して︑証券投資の専門的管理︑つまり︑証券投資の面倒さ│ーより正確には︑個人投資家

が公社債を直接購入することに伴う面倒さー│とそれに伴う時間のロスを個人に代って負担する専門的投資代行

鳴 機関である︑という点にだけ強いて投資信託性を見い出しうるにすぎないといえる︒

ユニット型・オープン型のすべてを含めて我国のいわゆる株式投資信託はアメリカに於けるいわゆる均衡

については上記のことと同じことが当てはまる︒ヘイズもこれについては債券・優先株型に対すると同じ理由があ

てはまり︑その結果︑均衡型の不振をきたしていると説明し︑更に︑公社債銘柄の選択というより簡単な仕事に対

して投資家が他の普通株部分と同様の投資管理費用を負担する必要がはたしてあるであろうか︑との疑問を投げか 投資信託の本質とその運用対象について︵松谷︶

つまり︑投資信託にバラニテイをもたらす

八 四

(8)

投資信託の本質とその運用対象について︵松谷︶

均 衡

型 ︑

つまり︑株式・公社債をボートフォリオ内に持つことによって収益性と安全性を得ようとする方式は︑

いわば投資元本の安全性に重点をおく極めて慎重な投資方式であり︑

し た

が っ

て ︑

八五 か 4 る方式では最大限の投資報

酬の獲得は到底不可能であり︑又︑これは︑若干の投資知識と経験を持つ投資家であれば︑別段︑専門的投資機関

に依存せずとも︑その成果の大小の差は多少あるとしても誰にでも実現出来うるものであるといいえよう︒つまり︑

か 4 る均衡型に於いてほ︑投資信託の独自性を最大限に発揮することが出来えなく︑その本領を充分に発揮しうる

余地は少くない︒前述せる如く︑投資信託とは︑個人投資家が単独では到底実現することが不可能な最大限の投資

報酬の獲得と投資元本の安全性を確保することをめざすところにその独自的存在価値があるのであるから︑均衡型

も投資信託の本来的な姿から逸脱するものであるといえる︒

だが︑勿論︑大衆投資家はすべて全く同一の投資条件及び性格を持ってはおらず︑特に︑証券投資に於いて極め

て重要な要因となる個人的性格は千差万別である︒極端な冒険心に富む︑ いわゆる旧来の相場師的気質を持つ人々

から︑極めて慎重性大なる安全確実をモットーとする人々に至るまで多種多様な性格を持っている︒したがって︑

安全性を重視する極めて慎重な投資家のための投資信託の一類型として︑均衡型はその存在性を認められうる︒併

しそれは︑あくまでも︑ いわば投資信託の支流であって︑決してその本流ではない︒周知の如く︑我国の投資信託

は︑すべてこの均衡型に属するものであり︑したがって︑今日迄のところ我国には本来的な姿の投資信託がいまだ

存在しておらず︑その支流があたかも本流であるかの様な様相を呈しているといえる︒

これは︑投資家保護或いは公社債市場育成化等を意図する政府の投資信託に対する強い規制によるものでもある

け て

い る

(9)

と い

え る

が ︑

より根本的には︑我国投資信託の特殊性によるものであるといえる︒

アメリカのそれの如く︑ 一般投資大衆の自主的行動によって誕生し

たものではなく︑戦前の投資信託も︑又︑現在のそれもすべて投資家側からの要望によるものではなく︑上からの

もの︑即ち︑戦前に於いてほ︑浮動株の吸収による株価の安定と︑国債の消化を目的とする国家的要請によって生

まれたものであり︑又︑戦後のそれは︑証券民主化を促進させるための一手段として︑更に︑浮動株の吸収による

株式市場の安定化︑︐及び︑貯蓄増強による増資の促進・資本蓄積を推進するために政府・業界の要望によって生ま

れるにいたったことに帰因するものである︒

し た

が っ

て ︑

か 4 る事情の下で誕生するにいたった我国の投資信託は安全性を極めて重視する︒即ち投資元本の

安全性を主目的とし︑投資信託本来の主目的たる最大限の投資報酬の獲得を従としている︒つまり︑先ず︑投資元

本の安全性の確保に最大限の努力をなし︑その上に適度の投資報酬を獲得しようとする極めて保守的な型であると

いえる︒投資信託とは︑先ず最大限の投資報酬の獲得をめずものであり︑それと同時に投資元本の安全性をも実現

しようとするものであることを彼らは忘却している︒即ち︑今これら両者のいずれに最重点をおくべきであるのか

鴻 について強いて順位をつけるとすれば︑当然に前者︑即ち︑最大限の投資報酬の獲得にある︒したがって結局︑投

資信託に於いては︑投資元本額を完全に維持するものであるとの保証は全くなく︑又︑各投資信託の投資報酬額は

当然異なるものであるのだ︒これについても︑我国の現行の各投資信託は甚だ奇妙な様相を呈しており︑果たして

真の投資信託の姿であるといえるかどうか甚だ疑わしいように思える︒

以上のことから結局︑投資信託に於いてはその投資対象として当然普通株一本でなければならぬとなる︒ 即ち︑我国の投資信託の実施が︑

イ ギ

リ ス

投資信託の本質とその運用対象について︵松谷︶ 八六

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(10)

投 資

信 託

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︵ 松

谷 ︶

性があるかどうかについては甚だ疑問であるといえる︒ ア

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Fundsこそ投資信託の本来的形態であるといえる︒

勿論︑普通株一本といえども︑そこには社債に劣らないほどの安全性に富む︑

きものから︑それとは対照的に︑ いわゆる相場師達の絶好の餌食となっている非常に投機的な株式にいたるまで︑

つ ま

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高 級

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八 七

いわゆる安定株或いは資産株の如

よ り

低 級

株 式

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r stockにいたるまで多種多様な呈度の危険をもつも

のが存在している︒これらの中から︑最大限の投資報酬を獲得しうる銘柄をーー一般に︑それはより危険性大なる低

級株式の中に存在するといえるーー掘り出し︑色々な組み合わせ投資を行なうことによって︑投資元本の安性全を

も同時に実現しうる様に管理・運営し︑それを実際に確保するところに専門的投資機関たる投資信託の本来的存在

価値があるのだ︒安定株への投資は個人投資家がわざわざ専門的投資機関を媒介とせずとも直接投資することによ

って誰でも当初の予期せる成果を治められうる可能性が甚が大であり︑又︑分散投資の必要性は殆んどないからで

ある︒したがって︑昭和三十六年末から我国に於ける︑

1 1

別名︑大型株ファンドは︑

大型株ファンドは︑ いわゆる四大証券によって始められた基幹産業投資信託

か 4 る意味に於いて投資信託としての存在価値が殆んどないといえる︒だが︑大型

株ファドは︑前記の如く投資信託にバラェテイをもたらすとの意味からはその存在は認められうる︒このことは︑

今日︑高度なる発展を示しているアメリカに於いて種々なる型が存在し︑極めてバラェテイに富み︑投資信託の高

度なる発展と共に︑それの多種類化・多様化がみられるのは当然のことであることから︑その存在は認められ︑又︑

ア メ

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特 定

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F u n d s の 一 種 と み な し う る こ と も 出 来 る か ら ︑

その存在性はあるともいえるが︑併し︑我国の現段階に於いて︑投資信託の一形態としての大型株フアンドの存在

(11)

ヘイズは︑成長株とは長期的に株価の著しい値上りを示す充分な可能性をもつ株式であるとして︑これには

一般に二つのもの︑即ち︑拡長しつつある会社の株式

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が含まれている︒前者については︑理論的には拡長しつつある会社の株式はすべて成長株である

又 ︑ は極めて因難であり︑ましてや︑ 当然異なるものであるが︑筆者は︱つの具体的事例として︑

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近年各方面で盛んにいわれている成長株 それでは実際上︑具体的に如何なる銘柄が投資信託の投資銘柄として適当であるのであるか︒これについては勿

論︑各投資信託の投資基金運営者達︑ いわゆる投資専門家達による調査•投資分析•投資経験・予測・等によって

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こ そ

9 貧信託に於ける最適の銘柄の一つであると考えるものである︒

グラハム

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Graham•ソーベーンH.

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•ヘイズ

D.A.

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析論者或いは投資経営論者が共通して述べている如く︑成長株投資はよい成果を得られる可能性と同じ大いさの損 その他多くのアメリカに於ける証券分

失を蒙むる危険をもつものであるから︑個人投資家が成長株投資に於いて成功を治めることは極めて困難なことで

あるといえる︒したがって︑成長株投資は投資信託に於いてはじめて成功を治められうる可能性をもつものである

のだ︒何故なら︑成長株とは︑将来に於いて一株当たりの収益が平均的水準より以上のものを挙げうる可能性をも

ち︑叉︑平均的株価の騰貴よりも大なる値上りが期待せられる株式をいうのであるから︑

だが併し︑現在までのところ︑ か 4 る成長株銘柄の発掘

一般投資家がか 4 る分野で成功を治めることは到底不可能に近いからである︒

まだ成長株についての正確な概念規定が存在していないようである︒

例えば︑グラハムは︑成長株とは過去に於いても長年の間︑平均より以上の成果をもたらし︑そして将来に於い

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てもそれが期待せられうるであろう株式であるとしている︒

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と低評価株式

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︵ 松

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八八

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(12)

561 

投 資

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︵ 松

谷 ︶

べている︒又︑後者の低評価株式については︑ 長期的には株価は結局︑

八九 であり︑株価は長期的には といえるが︑併し︑成長会社とは一株当たりの収益の増加率が平均のそれよりもより大になる見込みのある会社を いうのに対して︑真の成長株とは︑この可能性がいまだその株価に充分に反映されていない株式のことであると述

次 に

ソーペーンは︑成長株とは超特級株

11

スーパー・ストック その甚本的価値要因

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を反映するものであるから︑現時点に於いて色々な他の諸要因の作用によって︑たとえ︑株価

が低下していたとしても︑基本的な株式価値が大であれば︑結局︑その価値通りに高くなるであろうから︑か 4 る

低評価株も成長株の中に含まれるものであると述べている︒

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般に上昇するものであるから︑同一期間に互って代表的な普通株

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s の株価の値上

りよりもより一層大である株式である︑と規定しているが併し︑実際上︑成長株の概念は投資論に於いても又︑金

闘 融市場の用語上に於いても一定しておらず︑又︑しばしば不明瞭に用いられていると述べている︒

カム J•Kamm は、一般に成長産業 growth

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の中の成長会社の株式を成長株と呼ばれてい

最 後

に ︑

ると指摘し、更に、成長会社の特長として、 H 攻撃的且つ機敏な経営、口拡長資金は主として減価償却積立金•利

益の内部留保等のいわゆる内部資金

11

自己金融でまかなっている︑国研究及び新分野開発を重視する︑四労働力の

削減を計るための最も効果的な産業機構を重視する︑国伸びつつある産業の会社である︑因総売上金及び単位売上

金が伸長している︑伯会社の収益が増大している︑四一株当たりの税込み収益の増加︑因売上金に対する労務費が

低 い

も の

であるとして︑更に︑これだけは完全なものでないとして︑最も重要なことは︑数年間に互って年々一

株当たりの収益の増加がもたらされうる会社の株式であり︑将来の成長株は相対的に今日余り一般に知られていな

(13)

の投資信託の正常なる発展は望めないのではなかろうか︒ 投資信託の本質とその運用対象について︵松谷︶

閥 いものであると述べている︒

以上の如く︑これら四人の説明からもわかる如く︑成長株についての具体的に正確な規定をなすことは極めて困

難である︒これは︑成長株そのものが︑現在の時点に立ってその株式の将来ー当該会社の将来ーを見通した結

果︑将来に於ける収益の増加︑ひいて︑株価の成長性が期待せられうるであろうとの判断の結果︑当該株式が成長

株であるかどうかを決定するのであるから︑それの規定が甚だ不明確になるのは当然のことであるともいえよう︒

何故なら︑成長株であるかどうかは将来に於いて過去を振り返った時にのみその真の解答が得られるものであるか

らでもある︒何人も現時点から︑過去の経過だけを基にして将来のことを正確に予測することは不可能である︒

成長株及び成長株投資についてのより詳細なる検討は他の機会に譲るとして︑こ A では成長株とは一応︑前記の

如く︑将来に於いて一株当たりの収益が平均的水準より以上のものを挙げうる可能性と︑平均的株価の値上がりよ

りも大なる値上がりが期待されうる株式であるとしておこう︒それ故︑成長株とは︑現時点に於いては甚だ危険性

大なる株式︑つまり︑投機的色彩の甚だ強い株式であり︑これらの株式は︑我国では具体的には現在の第二部銘柄

つ ま

り ︑

により多く散在する可能性をもつものであるといえる︒したがって︑現在とられている投資信託の投資対象の範囲︑

いわゆる運用対象の範囲を第二部銘柄にまで拡大する必要性がある︒この点についても上述せる我国投資

信託の特殊性が現われているといえる︒投資信託の本来的な健全な姿をとることなしには︑専門的投資機関として

それはともかく︑上記の如く成長株投資は甚だ危険なものであり︑それ故にこそ︑専門家による充分なる調査と︑

分散投資の必要性があるのである︒したがって︑結局︑個人投資家の資力︑能力では︑成長株投資に於いて成功を

九 〇

(14)

投資信託の本質とその運用対象について︵松谷︶

治めることは到底不可能となり︑専門的投資機関たる投資信託に於いてのみこれを実現することが出来うるの.であ

るといえよう︒したがって︑個人投資家の直接投資は︑安定株へ︑それ以上危険性に富む株式への投資は投資信託

が代行する、即ち、公社債・優先株•安定的普通株は、直接個人投資家が、それ以上の危険性をはらむ株式への投資

は投資信託を媒介とする間接的投資へ︑ つまり︑証券投資の分業化ともいうべき姿をとるか︑或いは︑上位証券・

低級証券の如何にか 4 わらず証券投資はすべて投資信託を媒介とする間接的投資の方向へ︑ つまり証券投資の専門

化へと進むべきであるかいずれかであると考えられよう︒筆者の考えでは︑先ず︑証券投資の分業化現象が現われ︑

次いで︑証券投資の専門化の段階へと移行するとみられる︒これが投資信託の巨大化・高度化につれて漸次現われ

る当然の傾向でもあるといえるからである︒その意味からも︑現在の我国投資信託は︑投資信託としての存在価値

を充分にもち︑正常なる発展をもたらしうるべく︑その本来的な存在形態をとるべきであるといえる︒そのために

は︑現在の我国投資信託委託者は︑ アメリカの投資会社にみられる如き充分な調査部門・証券分析部門・各分野の

ニキスパートから成る助言部門︑等の充分な投資管理機構を備え︑真に投資専門家たる資格をもつべきであり︑あ

くまでも投資専門家による大衆投資家達の投資代行者としての責務を充分に果たすべく最善の努力をつくさねばな

らない︒他方︑現在実施されている投資信託に対する諸規制も︑それが投資信託の本来的な姿から逸脱する方向へ

と導く規制は即刻撤廃すべきである︒

以上の如く︑われわれは︑投資信託の本質論から出発して︑その投資対象の如何について考察し︑合わせて︑現

在の我国投資信託のそれについて検討してきた︒その結果︑投資信託としての本来的な存在価値をもち︑その本領

を充分発揮出来うる投資対象としては普通株一本のものでなければならぬとの結論に達し︑更に︑その︱つの具体

(15)

56•

( 4 )   ( 3 )   ( 2 )  

的銘柄として成長株が適切であることを述べた︒だが︑これは︑あくまでも︱つの具体的例であるにすぎなく︑最

大限の投資報酬を獲得しうる可能性のある銘柄は︑まだ他に数多く存在するものであると考えられるが︑それにつ

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註山各種貯蓄残高比較をみれば次の如くである︒ いての考察は他の機会に検討することにしよう︒

投 資

信 託

の 本

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︵ 松

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l O O n f l )

(16)

投資信託の本質とその運用対象について︵松谷︶

固今日︑優先株金融の最も高度なる発展を示しているアメリカに於ける優先株をみると︑累積的・非参加的・償還等の諸条

項が附加されて︑更に無議決権株となっている(H.

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p . 9 1 . ) ︒ し た が っ て ︑ 今 や 優 先 株 は 株 式 と し て の 諸 特 質 を な く し ︑ 社 債 の 一 種 と な る ほ ど ま で に な っ て い る と い え る ︒ ,  

何故なら︑株式と社債との本質的差異は︑ H 社債権者は債権者であるのに対して株主は当該会社の所有者である︑は社債権

者は確定したる利子を受けるのに対して︑株主は不確定な配当を受ける︒国社債には議決権がないが株式には議決権がある︒

四社債には償還期があるが株式にはない︑以上の四点にある(J.F.

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ibid••pp.

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を 除 い て こ れ も 実

質的には妥当しないがー│ほ全く社債と同じものであるとみなしうるからである︒それ故︑優先株は公社債と同様に安定

的投資物件であるといえる︒

⑥ ア メ リ カ に 於 け る 大 規 模 な オ ー プ ソ 型 投 資 会 社 1 1 m u t u a l

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  ~於ける投資管理機構は各会社によって異なるが、併し、

大体︑証券種別化による証券分析部門・証券に関する情報の蒐集とその評価部門・各業界の専門家から成る助言部門・計算 及び技術部門・資料調整部門•投資方策決定部門•投資実行部門・全般的調査部門の八つの主要部門に支えられて専門的投 資管理を遂行している。(H.E•Hoagland;

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i n a n c e ,   1 9 4 7 ,   p p . 7 3 3

│ 7 3 4

. )  

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ibid••p.374.

⑧公社債投資信託11ボンド・オープンは︑日起債市場の拡大による資本市場の正常化︑口公社債消化の大衆化を促進させる

こ と を 目 的 と し て 昭 和 一

1

一六年一月から発足したものであり︑元来︑ボソド・オープソが投資信託としての本来的形態であり

投資信託にバラェテイをもたらそうとしての一種として誕生したものであるというよりも︑むしろ︑上記の二つの目的を達

成しようとする苦肉の策として発足したものであるといえるであろう︒

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,   1 9 6 1 ,

  p .

3 9 8 .

 

皿ボンド・オープソの投資信託としての存在価値が全くないとはいえ︑それの発足によって一時的であったにせよ︑我国資

本市場を幾分でも正常化せしめ︑各企業による社債金融を若干︑容易にしたことの意義はあったといえるであろう︒即ち︑

そ れ の 発 足 し た 一 一 一 六 年 一 月 に は 四 六

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‑ 億 円 を 消 化 し た

︒ 併 し ︑ 四 月 以 降 そ の 額 は 急 激

に減少し同︱二月には六五億円へとてい減している︒これは︑同七月半ばまで続いた二︑三年来の株式市場の上昇傾向によ

(17)

566 

D.A•Hayes;

i b i d . ,   p . 3 9 8 .  

⑫江口行雄﹁投資信託発展史論﹂二九

0

10 0

⑬投資信託の目的は最大限の投資報酬の獲得と︑それと同時に投資元本の安全性をめざすものであるこというまでもないが︑

その第一目的は最大限の投資報酬の獲得にあることは投資信託発生の起源にまでさかのぽってみる時︑明白となる︒今日︑

オープン型投資信託の類別投資比率(%)

11957

年末│

1958

年末│

1959

年末

普 通 株 分 散 型 │

50 

55 

58 

特 定 産 業 型 I 6  I  6  I 

一般(均分衡型散)型 I 

31  1 

2s  I  26 

収 益 目 的 型 I

債券・優先株型 l 2  I 

カ ナ ダ 投 資 I

Source;

江口行雄:投資信託発展史論

165

る既存投資信託の成績が良好であり︑一般大衆が投信に信頼をよせており︑新らしい型の投信としてのボンド・オープンに 発足当初集中したことによるものであり︑七月半ばから株式市場の下向から次第に人気がなくなって来たものであるといえ るが︑より根本的には︑やはり︑ボンド・オープンの投信としての魅力のなさが一般大衆に分かって来たことによるもので

あ る と い え る ︒

このことは︑アメリカに於ける債券・優先株型がその投資会社資産総額中に占める比率が極めて少なく︑しかも︑

七年の二彩から一九五八・一九五九年には︑わずか一形にすぎなくなっていることからも理解出来うる︒

投資信託の本質とその運用対象について︵松谷︶

九 四

一 九

(18)

投資信託の本質とその運用対象について︵松谷︶

九 五

一般に投資信託の起源として認められている一八六八年設立のイギリスの投資信託である

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の設立事情︑及びその投資対象を考察すれば最大限の投資報酬の獲得にあることが明白であり︑そこに又︑

その設立の一大理由があったといえる︒

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附記なお本稿は︑日本商業学会関西部会︵昭和一二十七年十二月一日於関西大学︶にて発表した報告要旨に加筆したものであ

る。(三七•―ニ・一0)

参照

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