特別支援教育における造形教育の教材と指導方法 Ⅱ
伊 都 紀 美 子
Teaching Materials and Methods in Art Education for Special Needs Students Ⅱ Kimiko I TO
1.問題と目的
平成24年12月に,「通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする 児童生徒に関する調査結果について」(文部科学省初等中等教育局特別支援教育課,2012)が公表され た。この調査の質問項目「Ⅰ児童生徒の困難の状況」と「Ⅱ児童生徒の受けている支援の状況」によっ て,通常の学級に在籍する知的発達に遅れはないものの発達障害の可能性のある特別な教育的支援を 必要とする児童生徒の実態が明らかにされた。「Ⅱ児童生徒の受けている支援の状況」の調査結果か ら,協力者会議
1)は,学習面又は行動面で著しい困難を示すとされた児童生徒の教育的な支援があ る程度行われていることが見て取れる(文部科学省,2012)とした。そのうえで,各教員が個別に工 夫しつつ特別支援教育に取り組んでいると評価できる(文部科学省,2012)としながらも,指導方法 については,教員が十分に理解できていない可能性がある(文部科学省,2012)と示唆している。こ のことは,筆者が継続的に取り組んでいる課題である「発達障害児を受け持つ学級担任の多くが,個 別指導や個別教材の作成などによる負担の増加を訴えており,発達障害児を指導できる教員の不足を はじめ,教材や指導方法など,人的支援を含む学習環境の専門的対応が不十分で見過ごされている現 状」が,いかに重要な問題であるかがしめされているものと考えた。
発達障害は,平成17年₄月₁日施行の発達障害者支援法第二条に「この法律において発達障害とは,
自閉症,アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害,学習障害,注意欠陥多動性障害,その他これ に類する脳機能の障害であって,その症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めたも のをいう」と定義されている。本稿における発達障害の概念は,井上(2000)の「中枢神経系におけ る何らかの器質的損傷に基づく心理的・行動的障害で,発達期に生じ,その状態が長期的に継続する もので,生育環境要因のみに起因する障害は除くもの」と定義し,発達障害児(学習困難児)とは,
発達障害を有するために日常生活及び社会生活に制限を受け,学習場面において学習者と指導者の双
方ともに学習をすすめる上で困難を伴う児童生徒を対象とした。
これまで筆者は,個別の指導計画に利用しやすい教材や指導方法を明らかにするという目的で,現 場で実践されている造形教育の教材と指導方法に関する工夫と課題を調査し,その内容を分析した(伊 都・木戸,2008,2009,2012,木戸・伊都,2007,2008,2009,2010)。
本稿は,同報Ⅰ(伊都,2010)に続き前稿以後,調査結果より得た多くの情・意に関わる成果を「美 術の授業の構成」(東山,1986,p137)(付録₁)の項目に照らし合わせ,造形教育の実践上において配 慮すべき内容として検討したものである。
付録1 美術の授業の構成 (東山,1986)
導 入 題材把握 題材・資料の提示
題材の意図、特徴、条件の提示 内容を把握・深化・集団思考
・経験の想起・観察
・特徴・条件をまとめる・意欲の喚起 題材の課題の把握
発 想
発想を広げるたえの働きかけ
・新たな資料・情報
・動作化、文章化などで内面を引き出す 個々のイメージを尊重
自分の考え、主題を明確化 知・情・意・技の面からの深化
制 作 構 想
主題、場面を形に表現
・形、構図上の注意
・表現技法
・用具、技術、技法をおぎなう 構想に構図があっているか
表現
表現上の助言、技術技法の指導
・形、色、構図のアドバイス
・技術、技法の説明、指導
・作品資料の提示
・意欲、想像工夫の喚起 知・情・意・技からの追求
まとめ 鑑賞・評価
完成の喜びを味わう配慮 展示、活用、鑑賞の方法を考える 反省、評価
次時の予告
2.方法
同報Ⅰ(伊都,2010)の通り,調査の対象は,発達障害の児童生徒に対する造形教育の指導の経験
がある者50名(男性17名,女性33名),経験年数の平均25.8年(男性平均25.8年,女性平均25.8年)であっ
た。例えば,経験年数42年の回答者に関しては,42年前にアスペルガー症候群,注意欠陥多動性障害(以
下,ADHD:Attention Deficit Hyperactivity Disorder),学習障害(以下,LD:Learning Disorder)
などといった概念は知られておらず,回答者の「学習場面において学習者と指導者の双方ともに学習
をすすめる上で困難をともなった経験」に基づく判断によるものとした。回答者が関わった発達障害
児(学習困難児)は,精神医学的に確定診断をされた子どもと,回答者が自らの経験から判断したも
のの両方を含む。インタビューの質問項目は,臨界事象法(金井,1988)の視点から発展させて作成
した。質問内容は,指導経験において「よかった」または「よくなかった」と感じられた教材と指導
方法についてリアルに思いつくままに答えてもらうものであった。インタビューの回答内容は,回答 者の同意を得て録音記録され,逐語記録し,筆者ら₄名の美術教育者がKJ法によって「美術の授業 の構成」(東山,1986)(付録₁)の項目に分類された。
平成19年₃月,文部科学省は,それまでの報告書で用いていた「学習障害児(LD),注意欠陥多動 性障害(ADHD),高機能自閉症」という表記を使用せず,「発達障害」という表記をするとした。
また「軽度発達障害」なる用語も使用しないとした(久田,2013)。この時期と重なる本調査時期には,
これらの用語は現場では頻繁に使用されており,調査内容の現状を知る上では必要と考え,質問項目,
回答者ともに用語の使用制限をおこなわなかった。しかしその後,「発達障害」を「発達障がい」と 表記されることも多くなり,2013年₅月には,DSM-5も「自閉症障害」「小児期崩壊性障害」「アス ペルガー障害」 「特定不能の広汎性発達障害」に対応するものとして「自閉症スペクトラム障害」と「社 会(実用)コミュニケーション障害」に改訂された。そこで,本稿においては「通常の学級に在籍す る発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果について」(文 部科学省初等中等教育局特別支援教育課,2012)に準じて,調査時の表記LDを学習面(「聞く」 「話す」 「読 む」 「書く」 「計算する」 「推論する」)の各領域で著しい困難を示す,調査時の表記ADHDを行動面(「不 注意」「多動性―衝動性」)の各領域で著しい困難を示す,調査時の表記自閉症とアスペルガーを行動 面(「対人関係やこだわり等」)の各領域で著しい困難を示す(文部科学省,2012)という表記に変更 することにした。
3.結果
調査結果の事例数は,タイプ別に「よかったと感じられた教材と指導方法(よかったと表記)」ま たは「よくなかったと感じられた教材と指導方法(よくなかったと表記)」に分類された(表₁参照)。
「よくなかった」教材と指導方法についての記述は否定的なものになってはいるが,課題を検討する ことによって問題解決の手がかりとして用いられる可能性を考える。
表1 タイプに分けた構成別内訳
タイプ事例数(N) よかった事例数(N) よくなかった事例数(N)
行動面(「対人関係やこだわり等」)の 各領域で著しい困難を示す(調査時は 自閉症と表記)N = 56
導 入 22 制 作 17 まとめ 1
導 入 7 制 作 9 まとめ 0 行動面(「対人関係やこだわり等」)の
各領域で著しい困難を示す(調査時は アスペルガーと表記) N = 27
導 入 8 制 作 5 まとめ 0
導 入 9 制 作 まとめ 0 学習面(「聞く」「話す」「読む」「書く」
「計算する」「推論する」)の各領域で著 しい困難を示す(調査時は LD と表記)
N = 6
導 入 1 制 作 2 まとめ 0
導 入 0 制 作 3 まとめ 0
行動面(「不注意」「多動性―衝動性」)
の各領域で著しい困難を示す(調査時 は ADHD と表記) N = 53
導 入 14 制 作 18 まとめ 1
導 入 9 制 作 10 まとめ 1
なお,タイプ別にされた「よかった」または「よくなかった」ものの中で5例以上あったものを典 型例とし,事例を合成して筆者が作成したものを<>で表記した。
本稿では,行動面(「対人関係やこだわり等」)の各領域で著しい困難を示す(調査時は自閉症,ア スペルガー),学習面(「聞く」「話す」「読む」「書く」「計算する」「推論する」)の各領域で著しい困 難を示す(調査時はLDと表記),行動面(「不注意」 「多動性―衝動性」)の各領域で著しい困難を示す(調 査時はADHDと表記)の児童生徒に対する「よかった」または「よくなかった」と感じられた教材 と指導方法の典型例について報告する。
3 -1-1.行動面(「対人関係やこだわり等」)の各領域で著しい困難を示す(調査時は自閉症と 表記)の児童生徒によかった例
導入:題材把握・題材の提示
<色の学習の導入として,水を入れたペットボトルのフタの裏に,あらかじめ2色の絵の具を塗っ ておき,子どもの目の前でペットボトルを振ると,例えば,赤と黄で橙,赤と青で紫,多色混ぜると 黒になった。色の変化がひと目でわかるので,混色学習に興味をもたせることができた。>
導入:題材把握・題材の特徴の提示
<堅いもの,針金,ガラス,ビー玉,光るものを好むので,材料選びにそれらを取り入れると,喜 んで取り組むことができた。> <粘土をつかう題材では,とても喜んで取り組めるグループと,ベ トベトする感触を嫌がって取り組めないグループの二手に分かれた。>
導入:題材把握・内容を把握
<授業の前半では,なんとか自分ひとりで制作することができても,後半になると集中力が途切れ てしまい,制作を途中で投げ出してしまう場合もあった。そんな場合は,後半だけでも手伝ってもら える交流授業に入ると,制作を続行して作品を完成させることができたので,子どもの自尊心を傷つ けないですむし,なにより自信や意欲につながった。>
導入:発想・発想を広げるための働きかけ
<弱々しい作品しか作れない子や,自信をもって制作することが困難な子には,体験を通して作ら せると安心感とイメージづくりにつながり,事前学習をすると作品が力強い仕上がりになった。>
<同じ絵をくり返して描く子に対しては,その絵を好んで描いている場合もあるが,くり返すという
行為にとらわれて,そこからはずれなくなっている場合や,誉められることによって同じ絵を描くこ
とが強化されている場合もある。指導者が,大きさの違う紙や,いろいろな描画材料を与えて「この
車は,どこを走っているの?」,「誰と乗っているの?」,「どこに行くのかな?」など,絵について会
話をすることによってイメージが広がることがあった。>
導入:発想・個々のイメージを尊重
<電車,時刻表,歴史人物,線路,地下鉄の案内板を好むことが多かった。そのことも認めつつ,
そこからイメージを展開できるような指導の工夫も必要であった。>
導入:発想・自分の考えを明確化
<ひとりで制作することはできなくても,手伝ってほしいことを具体的に「何をどうしてほしいの か」相手に正確に伝えることができれば,ひとりでできることと同等に評価してもいいのではないか。
「人に頼むことができるということは,大事なことである」と教えた。>
導入:発想・情,意の面からの深化
<校内放送やチャイムなどの音が苦手な子に対しては,音に慣れさせるというよりも,むしろ音に 対する予防を考える必要があった。例えば,音が鳴る前の予告をくり返すことにより,パニックを起 こさずにすんだ。>
制作:構想・主題を形に表現(構図上の注意)
<細かい絵を描くのが苦手な場合,絵の構図に枠をつけると取り組みやすくなった。>
制作:構想・主題を形に表現(表現技法)
<水を入れた桶に,トイレットペーパーをちぎって入れ,水彩絵の具で色をつけ,最後に水糊を手 で混ぜる。指導者にも子どもにも加工しやすいこと,水を触るのを好むこと,水に溶けた紙や糊は感 触がいいことから,喜んで取り組むことができた。>
制作:構想・主題を形に表現(用具,技術,技法をおぎなう)
<高学年になると自尊心が強くなるので,描きたい気持ちはあっても「上手に描けないと恥ずかし い」という気持ちの方が大きくなり描けなくなった。そういう場合,指導者が予め周りの子どもにわ からないように,うすく下書きしておくと,その子は自尊心を保ちながら,描けるようになった。そ れをくり返すうちに,少しずつ自分ひとりで描けるようになった。>
制作:構想・主題を形に表現(手順,見通し)
<写生を描くことは困難であった。例えば学校を写生する場合,まず校舎の真中にある時計に焦点 をあてて描き,次にその時計の横の窓を描くというふうに,順番に少しずつ広げて全体を描き進めて いくと仕上げることができた。>
制作:表現・表現上の助言(形,色のアドバイス)
<人物像を描くことができない子に対しては,絵描き唄を歌いながら目や耳の部分を試写するのを
くり返すことで描ける部分が増えていった。そうするうちに,ボディイメージが出来上がり,だんだ んと人物が描けるようになった。>
制作:表現・表現上の助言(技術,技法の説明,指導)
<保護者としては「子どもひとりでつくってほしい,つくらせたい」という気持ちが強くなりがち で,手伝うのをためらうことが多かったが,指導者や保護者が少し手を添えることによって,作品は 0から100に進めることが多かった。作品がうまく仕上がると,子どもも達成感や充実感など嬉しい気 持ちを味わうことができ,自信もつくようになるので意欲も出てきて好循環となった。保護者に「ど んどん手伝ってあげてください」と促すと,保護者もためらわずに安心して手伝うことができた。>
制作:表現・表現上の助言(意欲の喚起)
<低かった自尊感情が,指導者にほめられて自信をもてるようになり,それが描画の変わる大きな きっかけになった事例として,自分のことを表現するときに,人間ではなくカエルの絵で描いていた 子が,授業中にみんなの前で指導者から,すごくほめてもらう場面があって以来,自分をカエルでは なく人間として描けるようになった。>
まとめ:鑑賞・完成の喜びを味わう配慮
<絵を鑑賞するときは,作品を全体として観ることができないので,全体からではなく部分から捉 えて,少しずつ全体に広げていくようにしていった。>
3 -1-2.行動面(「対人関係やこだわり等」)の各領域で著しい困難を示す(調査時は自閉症と 表記)の児童生徒によくなかった例
導入:題材把握・題材の提示
<子どもの目の前に実物を並べて「これとこれを使おう」と具体的にしめすとわかりやすいようで あったが,言葉だけで「これだけのもの使ってみては?」と言っても伝わりにくかった。>
導入:題材把握・題材の特徴の提示
<手が汚れるのを極端に嫌う子が多かったので,糸引き絵,油粘土,土粘土などの題材は苦手だっ た。>
導入:発想・個々のイメージを尊重
<子ども自身が,自分のこだわりの強さを自覚しながら,どうしてもこだわりにとらわれて,自分
のやりたい方向に進めない場合もあるので,子どもの様子をよく観察して子どもの気持ちや自尊心を
尊重した指導を心がけた。>
制作:構想・主題を形に表現(手順,見通し)
<制作の手順については,ひとつひとつの段階ごとに「まず,これ」,「次に,これ」といった指示 は有効なこともあったが,全体の流れについては,どれだけ丁寧な言葉で説明をして黒板に書いた視 覚的指導でも理解されにくかった。>
制作:表現・表現上の助言(技術,技法の説明,指導)
<物を組み立てる,構成,スケッチ,自由画の領域は困難で技術が伴わず,個別に指導する必要があっ た。>
3 -2-1.行動面(「対人関係やこだわり等」)の各領域で著しい困難を示す(調査時はアスペル ガーと表記)の児童生徒によかった例
導入:題材把握・題材の提示
<指導者がわかりやすい言葉で説明するよりも,わざと難しい言葉を使う方が,言葉に興味関心を もち,説明に対して注意をひくことができたので,あえて難しい言葉を用いて説明をした。>
導入:題材把握・内容を把握
<自分ひとりで作品をつくることができない場合,手伝ってもらいながらでも,諦めずに最後まで 作品を仕上げさせることが大事である。そうすることによって,自信がもてるようになり,意欲も育 むことができた。>
導入:発想・発想を広げるための働きかけ
<動きのある大胆な作業を好むので,広いスペースを確保し,汚れてもよい服装をさせた。>
導入:発想・個々のイメージを尊重
<紙粘土制作を好んだ。粘土制作は,自分の世界をつくり,その世界の中でいろいろな想像をする ことができ,どんどんイメージが広がるので夢中になった。>
導入:発想・自分の考えを明確化
<粘土は,自分のイメージを表現しやすい材料であるので,積極的に取り組むことができた。>
制作:表現・表現上の助言(形,色のアドバイス)
<立体をつくるときも工作の場合も,作品を上に上にと,どんどん積み上げていく傾向がみられた。>
制作:表現・表現上の助言(技術,技法の説明,指導)
<力や量の加減が困難な子に対しては,筆を使うよりもローラーを利用すると描きやすかった。ロー
ラーは,強い力で描く方がダイナミックな表現ができるし,インクの量も絵の具と比べると調節しや すい。また,インクはトレーで伸ばすので微妙な力加減も必要ではなく,子どもにとっても指導や注 意される場面が少なくすむので解放的に制作することができた。>
3 -2-2.行動面(「対人関係やこだわり等」)の各領域で著しい困難を示す(調査時はアスペル ガーと表記)の児童生徒によくなかった例
導入:題材把握・題材の特徴の提示
<几帳面過ぎる子の場合,短時間に集中し過ぎて,作品を仕上げる最後まで集中力が続かないで途 中で切れてしまった。>
導入:発想・個々のイメージを尊重
<絵をうまく描けない,描きたい気持ちはあっても自分のイメージをかたちにできない,イメージ をまとめることはできても表現の仕方がわからず自分の思うように描けない子は,自尊感情が低い子 に多くみられた。>
導入:発想・自分の考えを明確化
<作品に自分の考えを表現することができなかった。> <平面よりも立体の作品に表現するのが 難しかった。>
導入:発想・情,意からの深化
<彫刻刃を使う授業で,武器になる彫刻刃をたくさん集めるような子は,彫刻刃で攻撃してくるこ とがあるので,そういう道具を使用するときは注意する必要があった。>
制作:表現・表現上の助言(形,色のアドバイス)
<デッサンをする場合,じっと見て描くことは集中力を強いられるので,集中を持続するのが困難 であった。強制するような指導では,集中力の持続にはうまくいかなかった。>
制作:表現・表現上の助言(技術,技法の指導)
<写生や自画像などは苦手だった。ものを観察して集中して描くということは困難であった。>
制作:表現・情,意からの追求
<まだ行動面(「対人関係やこだわり等」)の各領域で著しい困難を示す(調査時はアスペルガーと
表記)という概念が知られていなかった時代に,今思えば行動面(「対人関係やこだわり等」)の各領
域で著しい困難を示す(調査時はアスペルガーと表記)ではなかったかと思う子に対して「気持ちが
弱いから,こんなことになる」というような根性主義の指導をしてしまった。当時を振り返ると「十
分に君のことを理解してあげられなかったことで辛い思いさせてしまった。すまなかった。」と謝り たい。>
3 -3-1.学習面(「聞く」「話す」「読む」「書く」「計算する」「推論する」)の各領域で著 しい困難を示す(調査時はLDと表記)の児童生徒によかった例
導入:発想・発想を広げるための働きかけ
<国語の授業でレオ・レオニ作の絵本「スイミー」を読んだ後,図工の授業で「スイミー」に登場 した魚のお面を全員で作って,そのお面をつけて絵本の場面を演じた。国語では,文章の読み方にお いて「楽しく一生懸命に読む」という変化がみられ,図工では「工作に熱心な取り組み」がみられた。
国語と図工が相補的に働きかけ,総合的な学習効果がみとめられた。>
制作:表現・表現上の助言(技術,技法の指導)
<平面から立体におこすときに,リンクしなかった。「どうしたら,こうなるのか」ということを,
子どもには悩むだけ悩ませるように仕組み,最終的には,周りの子にわからないように援助した。徹 底的に考えさせる時間をつくることも必要であった。>
3 -3-2.学習面(「聞く」「話す」「読む」「書く」「計算する」「推論する」)の各領域で著 しい困難を示す(調査時はLDと表記)の児童生徒によくなかった例
制作:表現・表現上の助言(技術,技法の指導)
<意欲があっても指導者が側についていなければ,自分ひとりでは細かいところを描いたり,切っ たり,貼ったりすることができないことが多かった。>
3 -4-1.行動面(「不注意」「多動性―衝動性」)の各領域で著しい困難を示す(調査時は ADHDと表記)の児童生徒によかった例
導入:題材把握・題材の特徴,条件の提示
<土粘土,油粘土の制作を好んだ。粘土はつくりながら,どんどん形をかえていくことができるので 形の変化が楽しいし,もしも失敗してもやり直せるという安心感があるので取り組みやすかった。>
導入:題材把握・内容を把握
<授業の時間の流れや,制作の手順などを黒板に書いておくと,確認しやすいので安心して制作に 取り組むことができた。>
導入:発想・発想を広げるための働きかけ
<子どもが制作に行き詰ったのを見つけた場合,タイミングは難しいが,新たなヒントになるよう
な隠し玉的な指導をさし出すと,再び楽しく取り組むことができた。>
導入:発想・個々のイメージを尊重
<子どもにとって,自分のイメージをまとめるのは困難ではあるが,ある程度は自分で考えさせな いと,簡単に指導するだけでは,子どもはすぐに飽きてしまった。>
導入:発想・情,意からの深化
<授業補助の先生が側にいると,それだけで落ち着いて制作することができた。>
制作:構想・主題を形に表現(表現技法)
<切る,塗る,貼るなど基本的単純な構成要素の作業は好んで最後までできた。> <モダンテクニッ クを使い,短時間でできる小さな作品をためておき,最終的に組み合わせて大きな作品に仕上げると,
子どもも達成感を味わうことができて満足度も高くなった。>
制作:表現・表現上の助言(形,色,構図のアドバイス)
<写生をする場合,全体の外側から描き始めるのでなく,気に入った部分から描かせる方が描かせ やすかった。>
制作:表現・表現上の助言(技術,技法の指導)
<試写するのは困難であったが,想像画を描くのは取り組みやすかった。> <筆を使う力加減が 困難な子に対しては,指導者が「ふわふわよ」などの言葉の指導だけではなく,子どもの手に指導者 が手を添えて「ふわふわよ」と言いながら一緒に描く感覚指導が大事であった。> <水彩絵の具よ りもアクリル系の絵の具を混色するのは集中して取り組めるので,油絵も適していた。> <ツルツ ルピカピカしたものを好むので,木工作業などでピカピカに磨くことは集中して取り組むことができ た。>
制作:表現・表現上の助言(意欲,集中の喚起)
<立体をつくることや,粘土制作は好んで取り組むことができた。> <できるだけ授業中は歩か せない配慮をするが,動きたくなる子が動いても正当な動きになるように,例えば,材料を取りに来 るように指示をするなど,動くことをわざと仕組むことも必要であった。>
まとめ:鑑賞・鑑賞の方法を考える
<絵画鑑賞をする場合,黙ってじっと絵を見ているのは,動きたくなる子にとってはとても辛いの
で,鑑賞するために絵の前に移動させることや,友だち同士で感想を言い合う場面をつくるなど,子
どもたち全員をわざと動かす仕組みをつくった。そうすると,他の子にはわからないように,動きた
くなる子には動いて落ち着かせることができた。>
3 -4-2.行動面(「不注意」「多動性―衝動性」)の各領域で著しい困難を示す(調査時は ADHDと表記)の児童生徒によくなかった例
導入:題材把握・題材の提示
<行動面(「不注意」「多動性―衝動性」)の各領域で著しい困難を示す(調査時はADHDと表記)
子が興味をもたない教材は,他の子も我慢して取り組んでいるのかなと心配になった。>
導入:題材把握・内容を把握,深化,集団思考,経験の想起
<指導者が誉めると,嬉しい気持ちが大きくなって調子に乗り過ぎてしまい,その後の制作が中断 してしまうこともあった。> <基本的な指導をすると,集中して聞くことができずに嫌がった。>
導入:発想・情,意の面からの深化
<授業中よく喧嘩をするし,気に入らないことがあるとすぐに泣くことが多く,なかなか授業はス ムーズに進まなかった。>
制作:表現・表現上の助言(形,色のアドバイス)
<加減することが困難なので,水彩絵の具を使う場合,色の濃さや薄さを決める水加減,混色をす る絵の具の量,筆の持ち方,塗り方,洗い方がとくに難しかった。>
制作:表現・表現上の助言(意欲,集中の喚起)
<指導者が,わざと授業中に身体を動かすことを正当な動きとして仕組んでも,それでもじっと座っ ていられなかった。>
制作:表現・情,意からの追求
<油粘土を使う場合,匂いに過敏な子は少なかったが,触過敏の子は多かった。>
まとめ:鑑賞・鑑賞の方法を考える
<図工室の廊下で友だちの作品を展示していると,その作品が気になってなかなか教室に戻れな かった。>
事例のなかで₅例以上あった「よかった例」をみると,行動面(「対人関係やこだわり等」)の各領
域で著しい困難を示す(調査時は自閉症と表記)に関しては,導入の発想・発想を広げるための働き
かけ,発想・自分の考えを明確化,発想・情,意の面からの深化,制作の構想・主題を形に表現・構
図上の注意,表現・表現上の助言・形,色のアドバイス,まとめの鑑賞・完成の喜びを味わう配慮が
多かった。行動面(「対人関係やこだわり等」)の各領域で著しい困難を示す(調査時はアスペルガー
と表記)に関しては,導入の題材把握・内容を把握,発想・発想を広げるための働きかけ,制作の表 現・表現上の助言・技術,技法の説明,指導が多かった。行動面(「不注意」「多動性―衝動性」)の 各領域で著しい困難を示す(調査時はADHDと表記)に関しては,導入の題材把握・内容を把握,
制作の構想・主題を形に表現・表現技法,表現・表現上の助言・技術,技法の指導,表現・表現上の 助言・意欲,集中の喚起が多かった。
「よくなかった例」に共通する要因として,自尊感情の低さ,実体験や成功体験の少なさが見出さ れた。行動面(「対人関係やこだわり等」)の各領域で著しい困難を示す(調査時は自閉症と表記)に 関しては,導入の題材把握・題材の特徴の提示など,触覚過敏に関するものが多かった。行動面(「対 人関係やこだわり等」)の各領域で著しい困難を示す(調査時はアスペルガー)に関しては,導入の 題材把握・題材の特徴の提示など,集中力の持続困難に関するものが多かった。行動面(「不注意」「多 動性―衝動性」)の各領域で著しい困難を示す(調査時はADHDと表記)に関しては,導入の題材把 握・内容を把握,深化,集団思考,経験の想起,制作の表現・表現上の助言・形,色のアドバイス,
表現・表現上の助言・意欲,集中の喚起など,行動の特徴や集中力の持続困難に関するものが多かっ た。学習面(「聞く」 「話す」 「読む」 「書く」 「計算する」 「推論する」)の各領域で著しい困難を示す(調 査時はLDと表記)の事例数は,₄タイプの中で最も少なかった。
授業の構成からみると,まとめの鑑賞・鑑賞の方法を考える事例数が極めて少ないことから,鑑賞 評価の指導方法が困難であることがしめされた。
4.考察
調査結果からは,まず指導者の長年に培われた経験知と,シンプルな内容のインタビュー調査から 明らかになった教材観のキーポイント,そして指導者の主観によるところが大きい造形教育領域のま さに直感的な吟味を知ることができた。そのなかで,指導者の見立てや主観の強さのあまり,断定さ れたような言い回しになっているところが,果たしてよいのかどうか疑問が残る内容も多くみられ た。例えば「行動面(「対人関係やこだわり等」)の各領域で著しい困難を示す(調査時はアスペルガー と表記)児童生徒によくなかった例」の導入:発想・個々のイメージを尊重(絵をうまく描けない,
描きたい気持ちはあっても自分のイメージをかたちにできない,イメージをまとめることはできても 表現の仕方がわからず自分の思うように描けない子は,自尊感情が低い子に多くみられる。)などは,
事例のひとつとして捉えられるべきものであり,一般的な見方とされるのは危ういと考える。しかし ながら,この調査によって多くの指導者の率直な見方や感じ方を知ることができたのは,実践の現状 を把握し,今後の指導を検討する上において欠くことのできない貴重な資料となったといえる。
学習面(「聞く」「話す」「読む」「書く」「計算する」「推論する」)の各領域で著しい困難を示す(調 査時はLDと表記)の事例数は,4タイプの中で最も少なかったのは,学習面(「聞く」 「話す」 「読む」 「書 く」 「計算する」 「推論する」)の各領域で著しい困難を示す(調査時はLDと表記)が行動面(「不注意」
「多動性―衝動性」)の各領域で著しい困難を示す(調査時はADHDと表記)などと重なっているこ
とが多いことや,学習面(「聞く」「話す」「読む」「書く」「計算する」「推論する」)の各領域で著し
い困難を示す(調査時はLDと表記)の中でもいろいろなタイプがあり,特徴を捉えて事例として回 答しにくいことが要因として考えられた。
タイプ別からみると,多くの事例が上がる要因として,タイプの特徴の理解度,指導者の関心度の 高さ,子どもの得意なところを生かし,苦手なところを補う指導方法の工夫ができるかどうかが大き く影響していると推測された。指導計画をたてる場合に,これら具体的内容を子どもの発達に合わせ て取り入れることにより,造形教育指導においても配慮すべきこととして生かすことができるのでは ないかと考える。
特別支援教育を進めつつ,子どもたちの学力を上げるためには,学力としての表現力保障という観 点から考えると,表現における創造性の源になるのが意欲で,意欲そのものが脳機能を高めること,
表現はノンバーバルであり言語活動の遅れがあっても十分に活動できること,造形活動を好む発達障 害の子どもたちが多いこと,そして,造形的な発達の視点において,障害の有無をこえて,すべての 人は基本的には同じ道筋を通って発達し,描く力の発達過程も同じである(新見,2010)ことが現場 において多く認められるようになってきていることから,これからも造形教育に期待できる要素は多 い。とくに造形教育の指導者は,瞬時に適切な対応が求められるときに役立つ勘やセンスといった主 観も長年の経験や豊かな専門的知識によるところが大きいので,教育者,美術家,心理学者,療法家 として求められる資質の領域がひろいことも要素のひとつに加えることができよう。
個別支援の重要性は,その集団全体の質の向上を目指す教材開発や指導方法と等しいということ は,すでに周知されてきており,学習面又は行動面で著しい困難を示すとされた児童生徒を取り出し て支援するだけでなく,それらの児童生徒も含めた学級全体に対する指導をどのように行うかを考え ていく必要がある(文部科学省,2012)。この指摘は,今後のインクルーシブ教育システムにもつなが る。今後も,学習面又は行動面で著しい困難を示すとされた児童生徒が理解しやすいよう配慮した授 業改善に寄与できるように,造形活動の実践による優良事例を収集する必要があると考える。
註
1)協力者会議とは,文部科学省初等中等教育局特別支援教育課が実施した「通常の学級に在籍する発達障害の 可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査」を以下のメンバーからなる協力者と特別 協力者が調査事項等,調査の実施方法等について検討した会議をさす。協力者,座長:大南英明(全国特別支 援教育推進連盟理事長),副座長:太田裕子(全国連合小学校長会特別支援教育委員長,品川区立鈴ヶ森小学校長),
副座長:滝澤雅彦(全日本中学校長会生徒指導部長,八王子市立松木中学校長),市川宏伸(日本発達障害ネッ トワーク理事長,児童精神科医),上野一彦(大学入試センター特任教授),土屋隆裕(統計数理研究所准教授),
宮本信也(筑波大学人間系長,小児科医),特別協力者,渥美義賢(国立特別支援教育相が追う研究所客員研究員),
拓殖雅義(国立特別支援教育総合研究所上席総括研究員),廣瀬由美子(国立特別支援教育総合研究所上席総括 研究員),笹森洋樹(国立特別支援教育総合研究所総括研究員),海津亜希子(国立特別支援教育総合研究所主 任研究員)。
〔付記〕
本稿は,神戸女子大学特別研究助成費の助成を受けておこなわれた。
本研究の一部は,第10回記念日本教育カウンセリング学会研究発表大会にて口頭発表をおこなった。
引用文献,参考文献
伊都紀美子 , 木戸里香「発達障害児に対する個別学習プログラムの試みについて 2―個別の指導計画における造形 教育アプローチ」日本教育カウンセリング学会第 6 回研究発表大会発表論文集 ,2008.
伊都紀美子 , 木戸里香「特別支援教育における造形教育アプローチに関する一考察―調査結果による教材と指導 方法のポイントー」日本教育カウンセリング学会第 7 回研究発表大会発表論文集 ,2009.
伊都紀美子「特別支援教育における造形教育の教材と指導方法」神戸女子大学文学部紀要 ,Vol.43,2010.
伊都紀美子 , 木戸里香「特別支援教育における造形教育アプローチに関する一考察Ⅱ」日本教育カウンセリング 学会第 10 回研究発表大会発表論文集 ,2012.
井上雅彦 発達障害の定義 , 兵庫教育大学大学院発達障害心理臨床特講 , 2000.
金井壽宏「臨界事象法」経営学大辞典,中央経済社 ,p.361,1988.
木戸里香 , 伊都紀美子「発達障害児(学習困難児)に対する個別学習プログラムの試みについて」日本教育カウ ンセリング学会第 5 回研究発表大会発表論文集 ,2007.
木戸里香 , 伊都紀美子「発達障害児に対する個別学習プログラムの試みについて 2―文章読解力の学習と造形教育
―」日本教育カウンセリング学会第 6 回研究発表大会発表論文集 ,2008.
木戸里香 , 伊都紀美子「特別支援教育の中においての造形教育について」日本教育カウンセリング学会第 7 回研 究発表大会発表論文集 ,2009.
木戸里香 , 伊都紀美子「発達障害児(学習困難児)のニーズに対応した造形教育の指導方法」日本教育カウンセ リング学会第 8 回研究発表大会発表論文集 ,2010.
新見俊昌「子どもの発達と描く活動―保育・障がい児教育の現場へのメッセージ」かもがわ出版 ,2010.
東山明「美術教育と人間形成―理念と実践」創元社 ,p.137,1986.
久田信行「特別支援教育の進展と発達障害児に対する支援」特別支援教育研究 ,Vol.669,東洋館出版社 ,2013.
文部科学省初等中等教育局特別支援教育課「通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な教育的支援を 必要とする児童生徒に関する調査結果について」2012.
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