凋 契に見る善と道徳(樋 口)23
漏契 に見 る善 と道徳
一 牧 口価 値 論 との比 較
樋 口 勝
一 は じめ に
二 道徳 的意義 の善 一 人道原 則
三 道徳 の理想 と自由 一 自覚原則 と自願原 則 四 価値 として の善 一 牧 口説 との比較
五 おわ りに
一 ・ は じ め に
善 悪 の 基 準 を論 じ る倫 理 問題 は、 古 来 様 々 に論 じ られ て きた 。1西 田 幾 多 郎 に よれ ば、 それ を他 律 的倫 理 学 説 、 自律 的 倫 理 学 説 に大 別 し、 他 に双 方 に 位 置 づ け られ る直 覚 説 が あ る と言 う。 前 者 は善 悪 の 標 準 を人 性 以 外 の権 力 に 置 こ う とす る も の で、 君 主 を本 と した 君 権 的権 力 説 と神 を本 と した 神 権 的権 力 説 に分 か れ る。 共 に、 人 間 が 道 徳 法則 に従 うの は 自 己 の利 害 得 失 の た めで は な く、 単 に この絶 大 な権 力 の 命 令 に従 うだ けで 、 なぜ 人 間 が 善 を な さね ば な らな い の か を説 明 で きな い とす る。 つ ま り、 権 威 で あ るか ら従 う と しか 言 い よ うが な い の で あ る。 後 者 は、 道 徳 の標 準 を人 性 の 中 に求 め よ う とす る も
ロラ
ので 、 これ を合 理 説 、 快 楽 説 、 活 動 説 に分 け て説 明 して い る。
① 合 理 説 で は、 道 徳 上 の 善悪 正 邪 と知 識 上 の真 偽 を 同一 視 して お り、 物 の
真 相 が 即 ち 善 で あ る。 した が っ て 、 善 が真 理 な る故 に 、 善 を な さ ね ば な らな い。 つ ま り、 人 間 は理 性 を具 して い るか ら、 知 識 に お い て理 に従 わ な けれ ば な らな い よ うに、 実 行 に お い て も理 に従 わ な けれ ば な らな い とい う こ とに な る。 これ に対 し西 田 は、 人 間 は単 に知 識 上 に物 の真 相 を知 り得 て も、 何 が 善 で あ るか を 知 る こ とは で き な い。 か くあ る とい う こ とよ り、 か くあ らね ば な らな い とい う こ とを知 る こ とはで き な い、 と言 っ て批 判 す る。 そ して 、 そ れ は惰 欲 に反 対 す る純 理 を 人性 の 目的 に す る故 に、 理 論 上 に お い て も実 行 上 に お い て も、 道 徳 的 動 機 や 積 極 的 善 の 内容 を与 え る こ とはで き な い と斥 け て い
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る。
② 快 楽 説 は、 快 楽 を人 性 唯 一 の 目的 と し、 道 徳 的善 悪 の 区別 を この 原 理 に よ って 説 明 し よ う とす る も の で、 利 己 的快 楽 説 と公 衆 的快 楽 説 とが あ る。 公 衆 的快 楽 説 は功 利 説 の こ とを指 し、 個 人 の 快 楽 を最 上 の善 とな さず 、 社 会 公 衆 の快 楽 を最 上 の 善 とす る もの、 す な わ ちベ ンサ ム に代 表 され る 「最 大 多 数 の最 大 幸 福 」 を最 上 の善 とす る説 を言 う。 この説 に対 し、 西 田 は、 快 楽 の 感 情 は 同一 人 で あ っ て も時 空 に よ って 変 化 し、 快 楽 の強 度 も明 確 に はな らな い こ とか ら、 他 人 の快 楽 の 尺 度 を定 め るの は困 難 で あ り、 また 善 悪 の判 別 は 単 に苦 楽 の感 情 に定 め られ る こ とに な っ て し ま うの で 、 正 確 な客 観 的 標 準 を与
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え る こ とはで きな い と して い る。
③ 活 動 説 とは、 善 を人 間 の 内面 的 要 求 即 ち理 想 の実 現 、 換 言 す れ ば 意 志 の 発 展 完 成 、 す な わ ち 自己 の発 展 完 成 で あ る とす る倫 理 学 説 で あ る。 西 田 に よ れ ば、 意 志 は意 識 の根 本 的統 一 作 用 で あ り、 また 実 在 の根 本 た る統0力 の発 現 で あ る。 意 志 は他 の た め の活 動 で は な く、 己 自 らの た め の活 動 で あ る。 意 志 の価 値 を定 め る根 本 は、 意 志 そ の もの の 中 に 求 め る以 外 に な い 。 意 志 活 動 の性 質 は、 そ の根 底 に は先 天 的要 求(意 識 の素 因)な る もの が あ り、 意 識 の 上 に 目的 観 念 と して 現 わ れ 、 これ に よっ て 意 識 を統 一 す る。 この 統 一 が 完 成 され た 時 、 即 ち理 想 が 実 現 され た と き人 間 は満 足 の感 情 を生 じ、 これ に反 し
濡契 に見 る善 と道 徳(樋 口)25
た と き不 満 足 の感 情 を生 ず る。 行 為 の価 値 を定 め るの は、 この 意 志 の 根 本 で あ る先 天 的 要 求 に あ り、 この要 求 す な わ ち人 間 の理 想 を実 現 した 時 に そ の行 為 は善 と賞 賛 され 、 これ に反 した 時 は悪 と して 非 難 され る と言 う。 また、 自 己 の発 展 完 成 で あ る善 とは、 自 己 の実 在 の法 則 に従 う こ と、 す な わ ち 自己 の 真 実 在 と一 致 す る の が最 上 の 善 で あ る と し、 善 を求 め 善 に移 るに は そ の 自 己
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の 真 を 知 る こ と、(こ の場 合 の知 は体 得 の 意)で あ る と説 い て い る。
IIそ の他 、 周 知 の如 く古 来 の倫 理 学 説 をi先 験 主 義 、 絶 対 主 義 、ii経 験 主 義 、 自然 主 義 に分 け る見 方 も広 く行 わ れ て い る。iの 見 方 は、 道 徳 律(善) を人 間 に そ な わ る 「純 粋 直 観 」 「実 践 理 性 」 「道 徳 的 感 覚 」 な どに よ っ て と ら え られ る もの と し、 人 間 の経 験 に左 右 され な い絶 対 的 な道 徳 を か か げ る。ii の 見 方 は、 道 徳 を孤 立 的 な現 象 と して 絶 対 化 せ ず に、 人 間社 会 の他 の 諸 側 面
との つ な が りにお い て 発 展 的 に理 解 し よ う とす る。
西 田 の 分 類 法 と この分 類 法 とを比 較 す る と、 前 者 は善 悪 の 標 準 を人 性 に求 め るか 否 か に置 き、 後 者 は そ れ を人 性 の 中 に求 め っ っ 、 それ が 先 天 か 後 天 か を 問 題 に して い る こ とが わ か る。 後 者 で は、 マ ル ク ス 主 義 はiiの 見 方 に 属 し、 道 徳 を入 間 社 会 の 生 産 関 係 に ね ざ す社 会 意 識(イ デ オ ロ ギ ー)の 一形 態 と して とら え る。 前 者 で 言 え ば、 さ しず め 西 田 の言 う活 動 説 に属 す る こ とに な ろ うか 。
中 国 で も、 儒 家 、 墨 家 、 道 家 、 法 家 な どの 倫 理 思 想 が形 成 され たが 、 漢 代 に儒 家 が 封 建 統 治 思想 の正 統 と認 め られ て か ら、 「義 利 之 弁 」が倫 理 思 想 の 中 心 課 題 に な った 。 そ して 、 道 徳 の本 質 、 人 性 の善 悪 、 道 徳 評 価 の根 拠 、 道 徳 の最 高 原 則 、 人 間 の 道 徳 的 素 養 や 修 養 、 人 生 の意 義 な どの 問 題 が 議 論 され て きた 。 他 方 、 漏 契 はマ ル クス 主 義 哲 学 史 家 で あ り、 弁 証 法 を 中 国 哲 学 史 研 究
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に 運 用 し、 「哲 学 は 哲 学 史 の 総 括 で あ り、 哲 学 史 は哲 学 の展 開 で あ る」 とい う観 点 か ら中 国 哲 学 史 を祖 述 した 。 中 国哲 学 史 家 で あ り、 マ ル ク ス主 義 者 の 漏 契 は、 善 や 道 徳 に対 して 従 来 の マ ル ク ス主 義 と どの よ うな違 い を持 っ て い
た の で あ ろ うか 。 前 述 の 区 分 に従 え ば 、 漏 契 は どの 系 統 に入 るの で あ ろ う か 。 西 田 は萄 子 を君 権 的 権 力 説 に分 類 す るが(そ れ を否 定 で き な い 面 も あ る が)、 濡 契 は荷 子 をII‑iiす な わ ち 経 験 主 義 あ るい は 自然 主 義 の見 方 に分 類 す
る。 分 類 の基 準 の 問題 に も よ るが 、 善 の 問題 は確 か に複 雑 で あ る。
そ こで 、 本 稿 で は、 まず 凋 契 の 善 や道 徳 の概 念 を整 理 し、 凋 契 の価 値 論 で
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見 られ る善 の価 値 の特 色 を考 察 して い きた い。 また 、 「善 は公 益 」と定 義 す る 牧 口常 三 郎 の 善 的価 値 と比 較 す る こ とに よっ て 、{,,,契の特 色 が 明 らか に な る よ う に 思 う。 な ぜ な ら、 漏 契 の価 値 論 に お い て は、 牧 口 ほ どで は な い に し ろ、 「利 」 の概 念 を価 値 の 中 に導 入 して い る と思 わ れ るか らで あ る。
二 道徳 的意義 の善 一 人道原 則
漏 契 は 、 善 の概 念 を広 義 と狭 義 に分 け る。 広 義 の 善 は人 間 に快 楽 を与 え、
幸 福 にす る対 象 の もの 全 て を指 し、 「好 い」もの の こ とだ とす る。 しか し、 健 康 、 飲 食 、 服 飾 な ど人 間 に とっ て利 益 に な る もの は 「好 い」も ので は あ るが 、 道 徳 的 な意 味 で 善 とは言 わ れ な い。 つ ま り、 濡 契 は人 間 の 行 為 の 目的 は利 益 に あ る と し、 人 間 の物 質 的 、精 神 的 な需 要 を満 足 させ る もの は利 益 で あ り、
そ の合 理 的 な利 益 を広 義 の意 味 で 善 とい う。 他 方 、 道 徳 的 な 意 味 で の 善 は 、
狭 義 の 善 で あ り、 人 倫 関 係 にお け る 「好 い」 行 為 を 指 す と言 う。
この道 徳 行 為 と して の 善 につ い て、{,,,契は伝 統 哲 学 で 言 わ れ て きた 「利 と
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義 」に言 及 して説 明 す る。 『墨 子 』に 「義 、 利 す る な り」 とあ る よ う に、 墨 家 に お け る道 徳 内 容 は利 益 で あ る。 しか し、 この 「利 」 とは一・定 の 社 会 集 団 の 利 益 を 指 し、 感 性 で も物 質 的 に も生 活 上 で も満 足 を得 る こ と を言 う。 しか し、 この 「義 、 利 す るな り」とは、 「志 は 天 下 を 以 て券 と為 し、 而 して能 く之
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を能 利 す 」 とあ る よ うに、 公 利 で あ り私 利 で はな い。 つ ま り、 一 定 の社 会 集 団 に合 致 した 公 利 が 、 そ の社 会 集 団 の人 間 に とっ て の義 で あ り、 道 徳 と称 せ
凋 契に見 る善と道徳(樋 口)27
く
られ る もの で あ る。 一 方 、 儒 家 で は 「義 は 宜 な り」 とあ り、 行 うべ き行 為 が 道 徳 で あ る と して い る。 墨 家 は功 利 論 、 儒 家 は道 義 論 の観 点 か らの道 徳 説 で
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あ る。
これ に対 し漏 契 は、 人 間 は労 働 生 産 の基 礎 の上 に社 会 関 係 を結 ぶ 故 に、 人 間 の 一 切 の 行 為 は社 会 関 係 す な わ ち 人 と人 の 関 係 の 中 で 行 わ れ る。 そ れ 故 に、 この人 と人 との 関 係 に は遵 守 す べ き規 則 が あ り、 そ れ が 道 徳 基 準 、 道徳 規 範 で あ る と言 う。 道 徳 規 範 を 遵 守 す る こ と は、確 か に一 定 の 社 会 集 団 に
とっ て 利 益 にな るの で 、 そ の 意 味 で は、 「義 、 利 す る な り」 も 「義 は宜 な り」
もそれ な りに道 理 が あ るが 、 共 に一 面 を強 調 して い る に過 ぎ な い 。 両 者 は統
く
一 され な けれ ば な らな い とす るの で あ る
。
(I3)
111i契は ま た、 萄 子 の 「明 分 使 群(分 を 明 らか に し群 せ しむ る)」 説 を援 用 す る。 それ に よれ ば、 人 間 は社 会 組 織 に拠 っ て こそ 、 自然 を利 用 し制 御 す る こ とが で き、 財 を 創 造 で き る。 また 、 人 間 の欲 望 や 利 益 は往 々 に して 矛 盾 が 生 じ、 個 人 間 、 集 団 と個 人 、 社 会 集 団 同 士 、 国 家 間 で 利 害 が 衝 突 す る もの で あ るか ら、 法 律 や 道徳 な どの 社 会 規 範 を設 け て この矛 盾 を処 理 し、 合 理 的 な社 会 秩 序 を保 ち、 か つ 社 会 集 団 や 個 人 の 利 益 を適 当 に満 足 させ な けれ ば な らな い と して い る。 漏 契 は、 人 間 の 一・切 の 有 目 的 の 活 動 は、 「苦 を避 け 楽 を 求 め」、 「害 を避 けて 利 に赴 く」と言 う。 しか し、 この 利 害 や 苦 楽 に お け る矛 盾 、 す な わ ち個 人 間 や 集 団 と個 人 の 矛 盾 を処 理 す る た め に は、 遵 守 す べ き規 範 、 礼 や 法 が 必 要 な こ とは言 う まで もな い 。 そ の 点 で は、 萄 子 の 「明分 使 群 」 説 を踏 襲 して い るが 、 苞 子 は封 建 階 級 制 を意 図 した 点 に そ の 歴 史 的 限 界 が あ る
く の
とす る。
また 、萄 子 は 礼 や 法 を物 事 を分 か っ基 準 にす るが 、 法 と道 徳 とは 区別 しな けれ ば な らな い と、 漏 契 は言 う。 法 は、 人 間 の 天 性 が 害 を避iけ利 に赴 く傾 向 が あ るの で 、 賞 罰 を もっ て 人 間 の 行 動 を制 御 し、 強 制 的 に悪 を行 わ せ な い よ うにす る もの で あ る。 それ に対 し、 道 徳 行 為 の 特 徴 は、 仁 愛 を前 提 と した 人
間 関係 に あ り、 自願 ・自覚 原 則 に基 づ くも の で あ る と して い る。 凋 契 に よれ ば、 一 人0人 の人 間 は皆 、 主 体 で あ り目的 で あ る。 そ れ ゆ え、 人 間 の尊 厳 、 人 間 の 価 値 は肯 定 され な けれ ば な らな い 。 道 徳 の領 域 で は、 人 を利 し人 を愛 す る こ とは、 共 に要 求 され な けれ ば な らな い 。 っ ま り、 道 徳 行 為 は、 一 定 の 社 会 集 団 の 功 利 に合 致 し、 集 団 の 利 益 と個 人 の利 益 の 関係 を解 決 す る必 要 が あ る。 人 を利 す る行 為 は、 人 間 の 仁 愛 を基礎 とす る 「人 道(仁 愛)」 の原 則 に
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基 づ か な けれ ば 、 人 は そ の 行 為 を受 け入 れ よ う と しな いか らで あ る。
先 に挙 げた 孔 子 も墨 子 も、 仁 や 兼 愛 とい う よ うに道 徳 は愛 か ら出発 すべ き こ とを説 き、 人 道 原 則 を主 張 して い る。 儒 家 は理 性 主 義 、 墨 家 は経 験 主 義 で 立 論 に相 違 は あ る が 、 共 に 人 道 原 則 、 仁 愛 の 原 則 を強 調 す る 点 に違 い は な い。 人 の利 益 を 図 ろ う とす るな らば、 そ の 人 に対 す る愛 情 や 信 頼 感 が な けれ ば な らな い 。 『論 語 』に 「之 を愛 して は 、 能 く労 す る こ と勿 か らんや 。 焉 に 忠
く
に して 、 能 く講 ふ る こ と勿 か らん や 」 とあ る通 りで あ る。 また 中 国 で は、 道 徳 につ い て は伝 統 的 に仁 義 を合 わせ て 説 い て い る。 『孟 子 』に 「仁 は 人 の心 な
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り。 義 は 人 の 路 な り」 とあ る。 こ こで は、 人 間 の 道 徳 行 為 は、 人 性 の 自然 の 要 求 で あ り、 遵 守 す べ き当 然 の規 範 で あ る こ とを示 して い る。 つ ま り、 仁 と 義 は分 割 で き な い もので あ る。 そ うで あ れ ば、 儒 家 と墨 家 の観 点 は統 一 され
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な けれ ば な らな い と、 漏 契 は述 べ て い る。
で は次 に、 そ の人 性 の 自然 の要 求 と遵 守 すべ き 当然 の 規 範 、 更 に 言 え ば道 徳 規 範 と社 会 規 律 の 関 係 は どの よ うに考 え るの で あ ろ うか 。 漏 契 は この 問題 を 善 と真 の 問 題 、 中 国 の 伝 統 哲 学 で 言 え ぼ 義 と理 の 問 題 で あ る と捉 え て い る。 漏 契 に よれ ぼ、 正 当 な 道 徳 規 範 と社 会 規 律 は、 究 極 的 に は統 一 され るべ き もの と考 え る。 道 徳 規 範 は一 定 の 歴 史 的 条 件 の 下 で 形 成 され 、 そ こに客 観 的 な規 律 が存 在 して いれ ば、 合 理 的 で 正 当 な もの で あ る。 しか し、 この義 と 理 に は往 々 に して矛 盾 が 存 在 す る。 道 徳 基 準 は当 然 の則 、 客 観 規 律 は必 然 の 則 で あ り、 当 然 と必 然 に は 区 別 が あ る。 必 然 の理 が 提 供 す る可 能 性 は選 択 す
爲契 に見 る善と道徳(樋 口)29
る こ ともで き るが 、 そ の必 然 性 や 可 能 性 は人 間 の 意 志 に関 係 な く推 移 す る も の で 、 この規 律 に 背 く こ と も破 壊 す る こ ともで き な い 。他 方 、 道 徳 規 範 や 規 則 に は、 意 志 や 願 望 とい う要 素 が 含 ま れ て い る。規 範 や 規 則 は人 間 が 制 定 し、 そ の規 範 を 自 らに要 求 して義 務 とす る もの で あ る。 人 間 の 意 志 とい う要 素 が 含 まれ て い る以 上 、 人 間 が それ に背 くこ と も可 能 で あ る。 そ れ ゆ え、 人 間 は 自覚 して 、 規 範 を遵 守 す る努 力 が 必 要 に な る。 そ の意 味 で 、 規 律 と規 範
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とは 区別 され な けれ ば な らな い と して い る。
しか し一 方 、 道 徳 規 範 の合 理性 に つ い て言 え ば、 それ は社 会 的歴 史 的規 律 の 面 だ けで は な く、 人 性 の発 展 の要 求 に合 致 す る面 もあ る。 人 性 は情 や 欲 と
して表 現 され 種 々 の矛 盾 を生 ず る。 人 性 に は理 性 もあ れ ば非 理 性 もあ り、 意 識 、 無 意 識 の要 素 も あ る。 しか し、 規 範 に よ っ て調 節 し正 確 に処 理 す れ ぼ、
情 欲 を抑 え て人 性 を伸 ば し、 人 性 の 正 常 な 発 展 を望 む こ とが で き る。 また 、 人 間 は社 会 関 係 の 総 和 で あ り、 集 団 の成 員 とい う社 会 的 歴 史 的 産 物 で も あ る。 しか し、 価 値 の領 域 で は、 人 間 の個 性 を軽 視 して は価 値 が 抽 象 的 な もの に な って しま う。 それ ゆ え 、 善 や 美 を言 う場 合 、 各 個 人 は 内在 価 値 を備 え た 主 体 で あ り、 各 個 人 が 尊 重 され な けれ ば な らな い 。 そ の 上 で 、 マ ル ク スが 言 う よ うに、 社 会 形 態 の 変 化 に伴 って 、 その 発 展 の 方 向 は人 間 や 物 に対 す る依 頼 性 か ら脱 して、 この個 性 に 自由 を獲 得 し発 展 させ る もの で な け れ ば な らな い 。 それ が 人 間 の本 質 的 な 願 望 で あ り、 人 道 原 則 で あ る と漏 契 は 強調 す る。
先 に、 人 性 は情 や 欲 と して 表 現 され 矛 盾 が 生 ず るの で 調 節 が 必 要 が あ る と述 べ た が 、 漏 契 は情 や 欲 自体 を悪 い もの だ とは考 え な い 。 問題 は、 そ の情 を如 何 に理 に適 っ た方 向 に 向 け るの か 、 道 徳 実 践 や 教 育 を通 して 、 人 道 主 義 の 精
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神 と理 性 を合 致 させ るの か を 問題 に す る の で あ る。
この よ うに漏 契 は、 道 徳 規 範 の 合 理 性 や 正 当 性 を、 客 観 規 律 の根 拠 を伴 っ た 社 会 発 展 の 規 律 に合 致 す る こ と、 人 性 の 発 展 の 要 求 に合 致 す る こ と と し た 。 特 に、 人 性 の 発 展 に合 致 す る こ との本 質 は、 人 間 を個 性 あ る もの と見 な
し、 各 個 人 を 目的 と見 な す こ とで あ る と言 う。 この両 面 を結 合 させ て こ そ、
善 は真 を前 提 に す る、 つ ま り客 観 規 律 を根 拠 と して 、 人 性 の発 展 の真 実 の要 求 を前 提 に した と言 え る と強 調 す る。 例 え ば 、{,,,友蘭 が 程 伊 川 の言 った 、 た とえ餓 死 して も寡 婦 は 貞 節 を守 るべ きで あ る とい う こ とに 対 して、 当 時 の 時 代 背 景 か らす れ ば正 しい こ とで あ る と して い るが 、 これ は 明 らか に 間 違 い で あ る。 なぜ な ら、 た とえ一・定 の歴 史 的条 件 下 で あ り、 寡 婦 の 貞 節 が その 客 観 的歴 史 的規 律 で あ っ て も、 それ は人 性 の 自 由 な 発 展 とい う人 道 原 則 に背 い て い るか らで あ る。 そ の意 味 で 、 社 会 的歴 史 的 規 律 の認Rに して も、 人 性 の発 展 の要 求 に して も絶 えず 発 展 して ゆ くも ので あ り、 教 条 主 義 で あ っ て は な ら な い 。歴 史 上 に お け る道 徳 規 範 は、 総 括 して 言 うな ら ば、 当初 は 自発 的 に形 成 され た もの が 、 程 度 の差 こそ あ れ 次 第 に 自覚 され て い く。 それ ぞ れ の 歴 史 段 階 で 、 社 会 倫 理 関 係 の維 持 と人 性 の発 展 が 積 極 的 な作 用 を果 た して い く。
この 作 用 は条 件 的 で あ り、 相 対 的 な もの で は あ るが 、 相 対 の 中 に 絶 対 が あ る。 今 後 の発 展 の観 点 で 言 うな ら ば、 人 道 主 義 と社 会 主 義 の統0、 個 性 の 解
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放 と大 同団 結 の 統 一 とい う価 値 体 系 に 向 って い くと主 張 して い る。
合 理 的 な道 徳 規 範 と言 っ て も、 道 徳 規 範 は歴 史 の 発 展 の 中 に あ っ て 、 当 初 は神 聖 な 道 徳 規 範 で あ っ た もの が 、 次 第 に転 化 して 人 性 を束 縛 し規 律 に背 く よ うに な る もの で あ る。 そ の 時 に、 力 を結 集 して 古 くな っ た従 来 の 神 聖 な事 物 を 批 判 し、 社 会 習 俗 に適 合 した 道 徳 秩 序 に改 め る。 つ ま り、 旧来 の 道 徳 が 、 社 会 発 展 を阻 害 し人 性 を束 縛 す る よ う に な れ ば、 そ の悪 に 対 し反 撃 す る 必 要 が あ る。 そ の 意 味 で 、 悪 は歴 史 発 展 の原 動 力 で あ る とす る。 す る と、 凋 契 は、 道 徳 規 範 とい う観 点 か ら言 え ば、 善 の 解 釈 を一 っ の 固 定 した 尺 度 で 見 て い るわ けで は な い こ とが わ か る。 善 と悪 、 道徳 上 の 是 非 な ど は弁 証 的 に見 るべ き で あ る とす る。 善 の領 域 で は 、 善 は悪 に変 わ る こ とが あ るか ら で あ る。 それ は 、 善 が 多 種 多様 で あ り、 人 間 関 係 が 多 方 面 に わ た っ て お り、 各 人 の 自覚 や 認 識 の程 度 に差 が あ り、 道 徳 も多 重 で あ るか らで あ る。 また 、 各 人
漏契 に見る善 と道 徳(樋 口)31
の徳 性 も完 全 で は な く、 誰 もが発 展 過 程 に あ り、 人 間 相 互 の信 頼 関 係 の 中 で 切 磋 琢 磨 す る内 に、 人 間 の徳 性 が 養 成 され る もの だ か らで あ る。 つ ま り、 人 道 は歴 史 の 中 で発 展 し、 道徳 規 範 も歴 史 の 制 約 を受 け る もの で あ るが 、 人 間 関係 の 中 で 相 互 に尊 重 す る こ とに よっ て 、 人 間 の徳 性 が 発 展 して い く。 漏 契
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は、 こ こに人 道 の 原 則 が あ る と強 調 す る の で あ る。
三 道徳 の理想 と自由 一 自覚原 則 と自願 原則
漏 契 は、 道徳 の 理 想 とは善 の倫 理 と品 格 に つ い て の 理 想 で あ る と言 う。 つ ま り、 倫 理 は個 人 間 や 集 団 間 、 個 人 と集 団 の あ るべ き関 係 を指 し、 品 格 ほ道 徳 主 体 の 品 格 の こ とで あ る。 一 般 的 に 言 え ば 、 道 徳 の 理 想 は、 如 何 に して 人 民 の 利 益 を基 礎 と した正 義 と仁 愛 の倫 理 関 係 を築 き、 正 義 と仁 愛 の 品 格 を備
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えた 人 格 を養 成 す るか とい う問題 に帰 着 す る。 そ こで 本 章 で は、 社 会 倫 理 、 道 徳 行 為 、 道 徳 主 体 の 問題 を取 り上 げ る こ とに す る。
まず 、 道 徳 の理 想 と言 って も、 そ れ が 現 実 化 され な けれ ば無 意 味 で あ る こ とは言 うまで もな い。 した が っ て 、 道 徳 の理 想 とは 人 間 の行 為 の 中 で 表 現 さ れ 、 人 間 と人 間 の 関 係 を具 体 的 に処 理 す る道 徳 規 範 とな っ て 現 わ れ る もの で あ る。 前 述 した よ う に、 道 徳 規 範 が 正 当 で 合 理 的 な らば、 常 に客 観 条 件 と人 性 に お け る根 拠 を有 す る。 と同 時 に 、 現 実 の 可 能 性 を有 し、 人 間 の 利 益 に合 致 し、 人 道 原 則 に則 っ た 規 範 で あ っ て こそ、 人 間 は そ の規 範 に基 づ い て行 動 す る こ とが で き、 行 為 の 中で そ の 規 範 を現 実 化 で き るの で あ る。 道 徳 規 範 に 沿 って 行 動 す る場 合 、 教 条 的 で杓 子 定 規 に考 え るの で は な く、 そ の精 神 を よ く理 解 し、 柔軟 に行 動 す る必 要 が あ る。 つ ま り、 道 徳 規 範 は主 体 が そ の規 範 を理 解 し、 そ の規 範 に沿 っ て仁 愛 の行 為 を貫 い て こ そ、 そ の 規 範 を本 当 に把 握 した と言 う こ とが で き るの で あ る。 人 類 が 意 識 を持 ち 目的 を有 す る全 て の 活 動 に あ っ て は、 まず現 実 の 可 能 性 と人 間 の 必 要 性 に基 づ いて 目的 が 設 定 さ
れ る。 そ して 人 間 は この 目的 達 成 の た め に、 条 件 や 手 段 を鑑 み て 規 則 を設 定 し、 それ に基 づ い て行 動 をす る。 道 徳 行 為 は一 般 の 利 益 追 求 の行 動 とは異 な り、 人 間 と人 間 の倫 理 関 係 を改 善 す る こ とを 目的 にす る。 この行 動 が 仁 愛 と
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利 他 の 活 動 で あ り、 道 徳 規 範 を基 準 に した もの な の で あ る、 と焉 契 は言 う。
また!1̲契 は 、 『墨 子 』の仁 義 に対 す る定 義 を も とに道 徳 規 範 に つ い て説 明 し て い る。 『墨 子 』に 「仁 。 己 を愛 す る者 は、 己 を用 ふ るが 為 に非 ざ るな り。 馬
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を愛 す る者 の 若 くな らず 」 「義 。 志 は 天 下 を 以 て 券 と為 し、 而 して 能 く之 を
(2s>
能 利 す 。 必 ず し も用 ひ られ ず 」 とあ るが 、 墨 子 が言 う仁 義 に は道 徳 規 範 とし て 注 目す べ き点 が あ る。 第 一 に、 人 を愛 す る の は 自分 を愛 す る よ うに し、 他 人 を 自己 と同 じ よ うな 主 体 と して 見 な す べ きで あ る。 牛 馬 を扱 う よ う に人 に 使 用 され る手 段 で は な い とい う点 。 これ は人 道 原 則 の基 本 で あ る。 第 二 に、
他 人 を利 す る こ とを 自分 の職 分 、 自分 の な す べ き義 務 とす る こ と。 利 他 の た め に 自己 の 才 能 を養i成 し、 利 他 の行 為 を行 う能 力 をつ け る こ と。 第 三 に、 墨 家 は 「其 の 志 功 を合 せ て 観 ん こ と を」 と主 張 す る。 つ ま り、 動 機 と効 果 の 双 方 を見 て 道 徳 行 為 を評 価 すべ き こ とを言 う。 要 す る に、 自分 自身 に利 他 の 行 為 を行 う能 力 を要 求 す るが 、 人 が 自分 を用 い るか 否 か は 問 わ な い 。 主 体 か ら 言 え ば、 行 為 は必 ず 仁 愛 の情 か ら出 て 、 利 他 の 実 践 を行 う能 力 を備 え な けれ
ぼ な らな い とい う こ とで あ る。 た だ、 実 際 に そ の能 力 を有 す るか 否 か は 、 ま
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た別 の 問題 で あ る と して い る。
道 徳 の理 想 が現 実 化 され 、 道 徳 規 範 が 人 間 関 係 の 中で 体 現 され て 倫 理 関係 が 成 立 す る。 中 国 の 伝 統 哲 学 の範 疇 で 言 え ば 、 これ は仁 と義 の 関 係 で あ る と 凋 契 は 言 う。 つ ま り、 人 と人 との 公 正 な 関 係 で あ り、 愛 と信 頼 の 関 係 で あ る。 この 関 係 が 増 進 され れ ば、 社 会 組 織 に対 し極 め て 大 きな結 合 の 力 を もた ら し、 道 徳 凝 結 作 用 を有 す る こ と とな る。 この 道 徳 の凝 結 作 用 は三 方 面 で表 現 され る。 第 一 に、 集 団 に正 しい 目標 を設 定 させ 、 この 目標 達 成 の為 に成 員 が 心 を合 せ て 努 力 し、 この 社 会 組 織 を維 持 させ る。 第 二 に、 この社 会 組 織 の
凋 契に見 る善と道徳(樋 口)33
中 で個 人 と個 人 の友 愛 と信 頼 関係 を醸 成 させ 、 個 人 が集 団 の 中で 尊 重 を受 け 幸 福 を感 ず る。 第 三 に、 道 徳 の気 風 、 社 会 の 世 論 を形 成 させ 、 社 会 生 活 の各 方 面 に浸 透 す る、 と言 う。 この道 徳 の力 は、 小 さ くは家 庭 か ら民 族 や 階 級 と い う大 集 団 に まで大 きな作 用 を及 ぼ す も ので あ る。 偉 大 な行 動 に は 当然 、 客 観 的 な社 会 、 経 済 、 政 治 の条 件 は必 要 で あ るが 、 社 会 の成 員 を動 員 す る道 徳 の 力 は よ り以 上 に重 要 な の で あ る。 例 え ば、 行 動 に参 加 す る成 員 が 自 ら参 加 して い る事 業 が 正 義 で あ り、 道 徳 的 に も合 理 的 で あ る と意 識 で きれ ぼ、 道 徳 の気 風 や 社 会 世 論 を形 成 させ 、 また そ れ に よ って 鼓 舞 を受 け る こ とに な る。
如 何 な る団体 も社 会 組 織 も、 そ れ を強 固 に しよ う とす るな らぼ、 道 徳 の力 が
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必 要 な の で あ る。
で は、 社 会 組 織 の 維 持 発 展 お い て 、 倫 理 と法 制 の 関 係 を どの よ うに考 えて い た の で あ ろ うか 。 この 問 題 は 中 国 にお いて も古 い 問題 で 、 儒 家 が徳 治 を主 張 し、 法 家 が 刑 法 を 以 て 人 民 を服 従 させ るの を優 先 させ た こ とは周 知 の こ と で あ る。 凋 契 に よれ ぼ 、 法 規 範 と道 徳 規 範 は区 別 され 、 法 規 範 は 国 家 が 発 布 施 行 す る もの で、 国 家 は国 の安 全 を犯 す と見 な され る犯 罪 に対 し取 り締 ま り
を行 う。 ま た、 国 民 に対 して も強 制 力 を有 し、 人 は法 令 に触 れ れ ば処 罰 を受 け、 法 の制 裁 を受 け る。 しか し、 正 し い 法 律 の あ り方 は、 道 徳 の 精 神 に 則 り、 人 道 原 則 を体 現 して い る もの で な け れ ば な らな い。 そ して 、 法 教 育 を通 して 、 人 民 に 自覚 と自願(自 ら望 む)を 促 して法 を遵 守 させ る よ うに しな け れ ば な らな い。 そ う は言 う もの の、 法 に は常 に外 在 の 強 制 力 が 伴 っ て い る。
それ に対 し、 道 徳 の人 間 に対 す る拘 束 力 は 内在 的 な もの で あ り、 良 心 に訴 え る もの で あ る。 道 徳 に よ る拘 束 は、 社 会 世 論 に基 づ い て 行 わ れ る。 世 論 に よ っ て 、 道 徳 に反 す る行 為 に は批 判 が 、 有徳 の人 に は賞 賛 が 与 え られ る。 し か し、 世 論 に よ る道 徳 評 価 は、 常 に人 の理 性 に訴 えか け る もの で あ るか ら、
人 間 の 良 心 は教 育 を通 して 喚起 され る もの で あ る。 人 が も し道 徳 に反 した場 合 、 そ の 人 の 心 の 内 に懸1鬼や 恥 を感 ず る、 それ が 良 心 の 責 め を受 け る とい う
こ とで あ る。 道徳 規 範 に従 って 行 動 す る こ とに よ っ て、 人 は安 心 を得 る。 そ れ 故 に、 道 徳 の 評 価 は法 律 の 賞 罰 と相 違 す る の で あ る。 社 会 が 近 代 化 、 民 主 化 され る ほ ど法制 は重 要 に な るが 、 民 主 社 会 に あ って 法 制 は道 徳 精 神 を堅 持 しな けれ ば な らな い 。 ま た それ 故 に 、 現 代 社 会 の複 雑 な人 間 関 係 の 中 で道 徳
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の 凝 結 力 が 求 め られ る と して い る。
前 述 した よ う に、 道 徳 や 法 は そ の性 質 は異 な るが 、 主 体 の観 点 か ら言 え ば、 法 遵 守 の理 想 形 態 は 自覚 と 自願 で あ り、 内在 的 な もの で あ っ た 。 言 うま で もな く、 道 徳 遵 守 も 内在 的 な 力 に負 う。 漏 契 は それ を 自覚 原 則 と 自願 原 則
と表 現 す る。 漏 契 に よれ ば、 道 徳 規 範 に よっ て 自 己 の 行 為 を律 して い くこ と を道 徳 行 為 と言 うが 、 時 に は本 能 や 習 慣 に基 づ い て行 動 して も、 道 徳 に合 致 して い る こ とも あ る。 これ も道 徳 行 為 に違 い は な い し、 善 の価 値 を 有 す る と も言 え るが 、 自由 な道 徳 行 為 とは言 え な い。 個 人 の資 質 が 善 良 で あ り、 自発 的 に善 を行 う傾 向 が あ って 良 い こ とで は あ るが 、 道 徳 行 為 の 自由度 か ら言 え ば 、 高 い とは言 え な い。 本 当 に 自 由 な道 徳 行 為 とは 自覚 自願 か ら出 る も の で あ り、 自覚 原 則 と 自願 原 則 が 統 一 さ れ 、 意 志 と理 知 が 統 一 さ れ た もの で あ る、 と言 う。 一・方 で は、 道 徳 行 為 が 規 範 に合 致 す るの は、 理 性 に基 づ く認 識 か ら来 る もの で 、 自覚 の こ とで あ る。 また も う一 方 で は、 道 徳 行 為 が 規 範 に 合 致 す るの は、 意 志 の 自由選 択 に よ る もの で 、 自願 で あ る。 自 ら望 ん で(自 願)選 択 し、 自覚 して 道 徳 規 範 を遵 守 して こそ 、 道 徳 に お け る本 当 の 自 由 の 行 為 と言 え る ので あ る。 この よ うな徳 行 こそ 自身 を 目的 に し、 自身 の 内 に 内 在価 値 を備 え た もの で あ る。 この よ うな道 徳 行 為 で あ っ て こそ 、他 律 で は な
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く、 本 当 の意 味 で の 自律 と言 え る、 と凋 契 は強 調 す るの で あ る。
中 国 の 哲 学 者 は一・般 に 自覚 原 則 を強 調 して きた 。 そ れ に よれ ば、 人 間 が 道 徳 行 為 を行 う場 合 、 まず 如 何 に行 うべ きか を理 解 す る こ とに よっ て 、 道 徳 規 範 と合 致 す る こ とが で き る。 つ ま り、 道 徳 規 範 を 理 解 し、 そ の規 範 を把 握 す る こ とを意 識 して こ そ、 規 範 に基 づ い て行 動 で き る と言 う。 道 徳 規 範 の 理 解
{,,,,契に 見 る善 と道 徳(樋 口)35
は教 育 の 結 果 で あ り、 自覚 した 心 理 状 態 で 規 範 を遵 守 して 行 動 す るわ けだ が 、 理 解 に しろ 自覚 の 状 態 に しろ程 度 の 差 が あ り、 それ 故 に こ そ 自覚 を高 め る こ とを強 調 す るの で あ っ た 。0方 、 道 徳 行 為 は 、 自 由意 志 か ら発 現 され な けれ ば な らな い もの で あ る。 も し、 行 為 が 意 志 の 自 由選 択 か ら出 た もの で な く、 外 在 的 な 強 迫 に よ る もの で あれ ば、 行 為 の 善 悪 を語 る こ と はで きな い 。 道 徳 行 為 とは人 間 の意 志 活 動 で あ り、 意 志 は 自由選 択 の機 能 を有 して い るの
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で あ る 。 『 筍 子 』に 「 令 を 出 し て 令 を 受 く る所 無 く」 と あ る 通 りで あ る 。 ま た 、
「之 を是 とす れ ば則 ち受 け、 之 を 非 とす れ ば則 ち辞 す 」 と言 う よ う に、 外 的(32)
力 は身 体 を拘 束 し黙 らせ る こ とはで きて も、 人 間 の 強 固 な 意 志 を曲 げ させ る こ とは で きな い 。 意 志 は 自由選 択 の権 能 を有 して い る。 だ か ら こ そ、 道 徳 責 任 が 伴 うので あ る。 つ ま り、 善 を行 い悪 を な す の は 人 間 の 自 由選 択 で あ り、
自主 的 に決 定 した もの で あ るか ら こ そ、 自分 の 行 為 の結 果 に対 して 道 徳 的 責 任 が 伴 うので あ る。 また 、 道 徳 行 為 にお い て 、 人 間 は意 志 の 選 択 だ け で は な く、 行 動 の 中 で 意 志 を 発 揮 し、 一 貫 して 堅 持 して い くこ と も必 要 で あ る。 そ れ ゆ え 、 意 志 に は、 自由選 択 に よ る決 定 と決 定 後 に行 動 の 中 で 自己 の道 徳 責 任 を果 た して い くこ との 双 方 の 意 味 が あ る。 そ の意 味 で 、 道 徳 行 為 に お け る
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命運 は、 自己 がi握っ て い る とす る。
この よ うに 自 由 な道 徳 行 為 は、 自願 と自覚 原 則 の統 一 、 理 知 と意 志 の統 一 で あ るべ きだ が 、 儒 家 は なぜ 自覚 原 則 に偏 す る こ とに な っ た ので あ ろ うか 。 それ は、 特 に董 仲 舎予が 順 命(天 命 に順 う)を 論 じ、 程 朱 理 学 が 復 性 を主 張 す る に至 った 理 論 に原 因 が あ る。 例 え ぼ 、 朱 烹 は 自覚 さ え あ れ ば、 た とえ苦 痛 が あ っ て も 自願 に変 化 す る と言 う。 針 灸 は痛 み を伴 う もの で あ るが 、 人 間 は 針 灸 が 治 療 に効 果 が あ る こ とを知 っ て い るの で 、 痛 くて も望 んで 行 う。 つ ま り、 自覚 さえ あれ ば、 自 ら望 む(自 願 す る)よ うに な る と考 え た 。 そ れ ゆ え、
朱 烹 は、 苦 痛 に耐 え て 「天 理 を存 して 、 人 欲 を滅 す 」 る こ とを教 え、 当初 は 困 難 で も久 し くす れ ば 自 ら願 うよ う に な る と教 え た の で あ る。 っ ま り、 宋 明
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理 学 で は 自願 原 則 を軽 視 した の で あ る。
他 方 、 西 洋 の キ リス ト教 は原 罪 説 で あ る。 原 罪 説 は意 志 自由 の 思 想 を含 ん で お り、 道 徳 と信 仰 の分 野 で は意 志 選 択 は 自由 で あ る。 ア ダ ム とイ ブが 神 の 命 令 に背 い た の は 、彼 等 の 自 由意 志 に 出 た もの で あ る。 キ リス ト教 で は、 人 間 が 神 に従 うの も従 わ な い の も、 また キ リス ト教 を信 仰 す るか しな い か も 自 由 に選 択 で き る とす る。 しか し、 無 信 仰 あ るい は異 教 を信 仰 す る こ とは 自 ら 望 ん で 悪 を な す こ とで あ り、 神 の 懲 罰 を受 け な けれ ば な らな い の で あ る。 こ の よ うに、 確 か に意 志 の 自 由 を 強 調 は す るが 、 明 らか に独 断 論 に 陥 っ て お
り、 専 制 主 義 で あ る。 儒 家 とキ リス ト教 の 道 徳 観 を比 ぺ て み る と、 専 制 の根 拠 は異 な るが 、 共 に専 制 主 義 的 で あ る こ とが わ か る。 儒 家 に お け る礼 教 の遵 守 は、 自覚 を 求 め るが 自願 で は な い 。 キ リス ト教 に見 られ る神 に対 す る信 仰 は、 基 本 的 に 自願 で は あ るが 盲 目的 で あ る。 つ ま り、 中 国 の倫 理 の特 色 は 自 覚 を強 調 し容 易 に宿 命 論 に、 西 洋 の 倫 理 説 は 自願 を強 調 す るが 唯 意 志 論 に
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陥 っ て しま う。 共 に偏 して い る、 と凋 契 は 言 う。
意 志 の 自由 の 問 題 は、 必 然 的 に道 徳 の主 体 の 問題 と関 連 す る。 凋 契 は、 道 徳 の 主 体 を実 践 精 神 あ る い は カ ン トが 言 う実 践 理 性 で あ る して い る。 そ し て 、 実 践 理 性 は、 善 良 な 意 志 あ るい は 理 性 に合 致 し た意 志 で あ る と定 義 す
る。 薦 契 に よれ ば、 人 間 の有 目的 の 活 動 は 、 意 志 に よ っ て 発 動 され 貫 徹 され る。 例 え ぼ、 善 とは、 自覚 的 に、 自願 的 に道 徳 規 範 を遵 守 す る こ とで あ る。
そ して 、 愛 情 を 持 っ て他 人 や 集 団 の た め に利 益 を 図 る た め に は、 善 良 な 意 志 が原 動 力 に な らな け れ ば な ら な い。 この善 良 な意 志 あ るい は実 践 精 神 は 、 行 為 を通 して 理 想 を現 実 化 させ 、 合 理 的 な倫 理 関 係 を築 き、 人 間 の 品 格 を 向 上 させ る。 それ ゆ え、 意 志 は理 性 と離 れ る こ とは な く、 意 志 とは実 践 の 中 の 理
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性 で あ る と も言 え る。
更 に凋 契 は、 中 国 古 代 思 想 家 の 明(明 察)と 志(意 志)を 挙 げ、 両 者 は相 互 に促 進 作 用 が あ る こ とを述 べ 、 そ の 上 で 張 載 や 王 夫 之 の 志(志 向)と 意(動
漏契 に見 る善と道徳(樋 口)37
機)に っ い て 紹 介 す る。 それ に よれ ぼ 、 志 向 は公 的 な も ので 、 人 間 の 個 別 行 動 に お け る動 機 や 意 向 は私 的 な もので あ る。 一 時 的 な 感 動 に よ っ て生 まれ る
意 向 や 動 機 は 、個 人 の 意 見 と関 連 が あ る。 個 人 の意 見 は 正 確 か も しれ な い し、 間 違 い が あ るか も しれ な い 。 善 か も しれ な い し、悪 か も しれ な い 。 その 意 味 で、 随 意 の 行 動 は 盲 目 的 で 、 自発 に よ る道 徳 行 為 は罪 悪 を生 む 恐 れ が あ る。 そ れ ゆ え に、 まず 志 を立 て る こ とが 必 要 に な る。 正 しい 志 は、 人 間 の 意 向 を道 に対 す る理 性 の認 識 と一致 させ 貫 徹 させ る。 しか し、 正 しい 志 とは、
本 来 一 つ の過 程 で あ る。 認 識 論 か ら言 え ぼ 、 相 違 す る意 見 の 検 討 を通 して 是 非 が 明 らか に な り、 真 理 を獲 得 で き る。 そ れ と同 ーじ よ う に、 人 間 の志 に は一 定 の 自願 が あ るが 、 意 向 と動機 との 闘 争 を繰 り返 して 志 向 が 確 立 され 、 志 向 も よ り しっ か りした もの に な る。 つ ま り、 道 徳 実 践 の 中 で 、 理 知 と意 志 は相
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互 に促 進 し合 う、 と して い る の で あ る。
lip+契は、 この よ うな道 徳 主 体 の 品 格 に も高 低 が あ り、 同 一 主 体 に も段 階 が.̀
あ る と言 う。 つ ま り、 人 間 の 品格 は一・つ の 発 展 過 程 で あ り、 儒 家 が言 う よ う な聖 人 や 神 人 が い るわ けで は な く、 道 徳 的 境 涯 に差 が あ るだ けで あ る。 実 践
と教 育 を通 して、 道 徳 的境 涯 も実 践 精 神 も低 い 境 涯 か ら高 い境 涯 へ と不 断 に 向 上 す る もの で あ る。 儒 家 な どで は、 聖 や 神 とい う最 も完 全 な 道 徳 的 境 涯 を 説 い た 。 「天 理 を存 して 人 欲 を滅 」 し、 最 終 的 に至 善 の 境 地 に達 す れ ば 、 「天 地 位 し、 万 物 育 す 」 とあ る よ うに宇 宙 に まで影 響 を与 え る こ とが で き る とい う もの で あ っ た。 しか し これ は、 当然 の 則 を形 而 上 化 して天 命 と し、 当然 の 則 を 自然 の 必 然 性 と同等 と見 な した 誤 りに よ る もの で あ る。 それ ゆ え、 儒 家
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の 「天 人 合 一 」論 は形 而 上 学 で あ る と批 判 す る。
これ まで 見 た よ うに 、 漏 契 が 言 う道 徳 的境 地 とは、 人 道 原 則 と自然 原 則 の 統 一 とい う観 点 か ら見 て 、 品格 と知 恵 す な わ ち道 徳 的 境 涯 と哲 学 的境 涯 は、
統 一・す る こ とが で き る もの で あ る。 つ ま り、 科 学 的 知 恵 に基 づ い た 道 徳 理 想 が 、 人 間 の実 践精 神 を把 握 させ 、 道 徳 行 為 を貫 徹 させ る こ とが で き る。 そ し
て 、 実 践 精 神 の 自覚 と自願 活 動 に よ って 、 習慣 が 人 間 の性 とな り、 最 終 的 に 徳 性 の 自然 に到 達 す る。 そ の徳 性 に 出 た 道 徳 行 為 が 、 また現 実 世 界 を規 範 に 合 致 した 道徳 秩 序 を有 す る世 界 に変 えて い くと主 張 して い る。 この よ う に、
品 格 と道 徳 的境 涯 、 現 実 の社 会 倫 理 、社 会 的道 徳 秩 序 は相 互 に関 連 し、 統 一
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さ れ る と説 くの で あ る。
四 価 値 と して の善 一 牧 口説 との 比 較
(1)功 利 原 則
漏 契 は 、 「通 常 言 わ れ る 『快 楽 』や 『利 』 は、 人 間 の 生命 の維 持 、 生 活 の享 受 と関連 し、 人 間 の物 質 的 需要 の満 足 と関連 す る。 しか し、 科 学 や 芸 術 や 道 徳 にお け る楽 しみ は、 人 間 の 本 質 的 な力 の 発 展 を 目的 に して い る。 これ らの 活 動 の 中 で は、 快 楽 に新 た な 意 味 が 生 じ、 楽 しみ は 人 間 の 精 神 生 活 と関 連
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し、 理 想 人 格 や 理 想 社 会 の実 現 とい う 目標 と関 連 す る」 と言 う。 つ ま り、快 楽 や 利 とい う概 念 に は 、 人 間 の 生 命 の 維 持 や 物 質 的 満 足 、 精 神 的満 足 が 含 ま れ る。 そ して 、 科 学 や 芸 術 や 道徳 す なわ ち真 善 美 の創 造 は 、 人 間 の 人 格 の発 展 を 目的 に して い る と言 うの で あ る。 こ こか ら も看 取 で き る よ う に、 漏 契 は 価 値 の功 利 性 を否 定 しな い。 む しろ 「人 間 と人 生 の 崇 高 な価 値 は現 実 生 活 を
くゆ
根 源 と し、 功 利 性 は これ らの 価 値 の 輝 き を 消 失 させ る もの で は な い 」 と言 い 、 真 善 美 とは別 に価 値 内容 に功 利 を も採 用 して い る。
0方 、 利 に関 して 言 え ば、 牧 口常 三 郎 は利 善 美 の価 値 内容 を主 張 し、 利 的 価 値 を 重 視 して い る。 牧 口 に よ れ ば、 「実 用 主 義 の 立 場 に立 っ て 言 え ば価 値 とい い得 べ き唯 一 の価 値 は生 命 で あ り、 爾 余 の価 値 は何 らか の生 命 と交 渉 す
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る限 りに於 て のみ成 立 す る」 「人間共通 の本能 た る生存 欲 を絶 対価値 と して、
他 の相 対的価値 を判 断す る基本 とな るもので、0切 の価値 は、即 ち人類 乃至
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生 物 に共 通 な る生 存 本 能 に基 づ い て 派 生 した もの で あ る」 と言 う。 こ こで 言
{,,,契に 見 る善 と道 徳(樋 口)39
う牧 口 の価 値 とは、 単 な る快 楽 で は な く、 人 間 生 命 の価 値 の こ とを言 い、 そ の 上 で 、 生 命 の維 持 発 展 に役 立 つ 価 値 を利 的価 値 とす るの で あ る。 そ れ ゆ え 、 善 や 美 につ い て も、 この利 的価 値 を基 盤 に価 値 論 が 展 開 され る こ とに な る。
牧 口価 値 論 の特 色 の 一 つ は、 従 来 の真 善 美 の価 値 論 か ら 「真 」を 除 い て 「利 」 を導 入 した こ と に あ る。 牧 口 に よ れ ば、 「対 象 の 如 実 の 表 現 が 真 で あ り真
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理 」、 「価 値 は対 象 と主 観 との 関係 力 若 し くは 力 的 関係 」、 「価 値 の程 度 は、 評 価 主 体 の生 命 に 対 す る関係 の程 度 に よっ て 異 るの で あ る。 普 通 に用 い られ て 居 る判 別 の標 準 は利 害 とい う語 で 、 評 価 主 体 が個 人 な る場 合 を普 通 とす る。
各 個 人 の生 命 の伸 長 に 有利 な る対 象 は其 の個 人 に取 って 価 値 あ る存 在 で 、 対 象 は主 観 に利 害 と して の 吸 引力 又 は反 発 力 を起 させ るだ け の 力 を具 有 して 、 其 れ が 主 観 に相 対 した 時 、 主 観 が 利 害 を感 ず る とい う精 神 作 用 を起 す の で あ る。 我 々 は其 の 作 用 の 程 度 に よ っ て 力 を評 価 し価 値 と して 認 識 す る の で あ る。 しか しな が ら同一 の 対 象 に対 して も利 害 と言 う語 で 表 わ す 場 合 と、 善 悪
とい う語 で 表 わ す場 合 とあ る。 … … 善 とい い 、 悪 とい う評 語 は社 会 それ 自身 が其 の要 素 た る各 個 人 の行 為 を評 価 す る場 合 に於 て の み使 用 され る所 謂 社 会
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自身 の専 有 で あ る」 と言 う。 これ に よれ ば、 価 値 とは対 象 と評 価 主 体 との 関 係 概 念 で あ り、 評価 主 体 が 対 象 に影 響 され る こ とに よ っ て 感 じ る評価 主 体 の 精 神 作 用 で あ り、 対 象 の 如 実 の 表 現 で あ る真 理 とは 異 な る。 ま た 、 評 価 主 体 が個 人 か社 会 か に よっ て 、 対 象 か ら受 け る評 価 主 体 の価 値 の種 類 も利 害 か 善 悪 に変 わ る。 そ して 、 善悪 を言 う場 合 の 対 象 とは、 人 間 の行 為 に 向 け られ た 評 語 で あ る こ とが わ か る。 つ ま り、 善 悪 とは 団 体 あ る い は社 会 が 評 価 主 体 と
な って 、 あ る個 人 の 行 為 が そ の評 価 主 体 に対 して ど うい う利 害 を もた ら した の か を測 定 した 評 語 で あ る、 と牧 口 は考 え た 。 そ れ ゆ え に、 牧 口 は善 とは公 益 の こ とで あ る と定 義 す るの で あ る。 価 値 は対 象 と評価 主 体 との 関 係 力 と定
義 す る牧 口価 値 論 の 当 然 の帰 結 とも言 え よ う。
す る と、 牧 口 の善 の概 念 は功 利 主 義 的 で あ り、 事 実 そ う解 釈 され て きた 。 西 田 の分 類 に従 え ば、 快 楽 説 の 中 の公 衆 的快 楽 説 に属 す る。 西 田 は快 楽 説 に 対 し、 快 楽 の 感情 は常 に変 化 し、 善 悪 の判 別 が 単 に変 化 す る苦 楽 の 感 情 に定 め られ る ので 、正 確 な 客 観 的標 準 を与 え る こ とは で きな い と斥 けて い る。 牧 口 も そ の 点 は 認 め て 、 「快 で あ って 而 も道 徳 的 無 価 値 又 は美 的 に無 価 値 の も の は あ り得 る。 けれ ども快 で あ っ て全 然 無 価 値 な も のが あ る と速 断 して は な
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らぬ」 と言 い 、快 は何 らか の価 値 に は関 係 す るが 、快 と善 が イ コー ル で結 ば れ る とは考 え な い 。 しか し、 個 人 に よ っ て構 成 され る集 団 や 社 会 に利 益 を も た らす行 為 を善 と解 釈 す るか らに は、 「最 大 多 数 の 最 大 幸 福 」とい う功 利 主 義 的側 面 を持 っ て い る こ とは否 定 で きな い。 漏 契 の 関連 で 言 え ぼ、./]iii契も功 利 論 自体 を全 否 定 す るわ けで は な く、 現 実 的 に社 会 に利 益 を与 え る こ とを善 の 一 つ の基 準 と見 て い る こ とは前 章 まで に見 た こ とで あ る。 漏 契 は 墨家 の功 理 論 と儒 家 の 道 義 論 を挙 げ、 また 葡 子 の 「明 分 使 群 」 を挙 げ て 、 功 利 と道 義 の 双 方 の統 一一を主 張 す る。 牧 口 も 「社 会 の 生 存 は生 物 の本 能 た る種 族 保 存 の大
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目的 か らの 必 然 的 な もの で 、 又 何 人 もの 目的 で あ る」 と言 って 、 社 会 の利 益 が 人 間 の 目的 にっ なが る こ とを 強 調 し、 「所 謂 道 徳 生 活 と謂 わ れ る共 同 親 和
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の生 活 を奨 励 せ ん とす る に は、 何 よ りも先 ず 社 会 意 識 を喚 起 す るに あ り」 と あ る よ うに 、社 会 意 識 の 喚起 を促 し、 社 会 秩 序 に基 づ い た生 活 を重 視 す る点 で 凋 契 の主 張 と重 な る と言 え よ う。
(2)人 道 原 則
で は次 に 、 前 章 まで に見 た 漏 契 の 善 の基 準 に基 づ き、 牧 口 との 対 比 を行 っ て い く こ とに した い。 まず 、 凋 契 の 人 道 原 則 つ い て 。 牧 口 は、 「善 の 意 味 も 永 劫 不 変 な も ので な く、 社 会 状 態 の 変 化 に伴 っ て 変 っ て 行 く こ とは明 らか で
あ る」 と言 い 、 これ まで 歴 史 的 に社 会 的 に善 の意 味 が 変 遷 し、 普 遍 的 な善 の 定 義 が な か っ た こ とを指 摘 す る。 そ して 、 「唯 其 の変 化 の 中 に一 貫 して 変 り
漏契 に見 る善 と道 徳(樋 口)41
の な い の は、 善 は社 会 を背 景 と して其 の 意 義 が 決 定 され て居 る と言 う こ とで
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は な い か 。 善 は社 会 に於 て 始 め て確 立 され て居 る もの で あ る」 と言 い、 社 会 的 に歴 史 的 に状 況 が 変 化 して も一 貫 して 不 変 の 善 の 定 義 は、 集 団 や 社 会 に利 益 を もた らす行 為 で あ る と した こ とは先 に見 た 。 しか しそ の 際 、 牧 口 は/1̲̀契
の よ うに、 仁 愛 に基 づ い た 人 道 原 則 を問 題 に して い るわ け で は な い。 それ は、 牧 口 の価 値 論 に は心 理 学 的 考 察 が あ ま り見 られ な い こ と と関 係 が あ る よ
うに 思 う。 牧 口 の価 値 論 は教 育 学 の観 点 か ら出発 し、 教 育 の 目的 は 人 生 の 目 的 と一 致 し、 人 生 の 目 的 は幸 福 に あ る とい う考 察 に帰 着 す る。 そ して 、 そ こ か ら社 会 学 的 観 点 を導 入 して価 値 論 を展 開 す る。 それ ゆ え、 利 と善 の 問 題 を 中心 に展 開せ ざ る を得 な くな るの で あ る。
そ うは言 って も、 牧 口の 幸 福 の概 念 を見 れ ば、 人 道 主 義 に基 づ くこ とは容 易 に理 解 で き る。 牧 口 に よれ ば、 「人 生 は畢 寛 価 値 の 追 求 で あ る。 そ の 価 値 の獲 得 実 現 の 理 想 的 生 活 は幸 福 で あ る」 と言 い 、 価 値 の獲 得 が 幸 福 に つ な が る と主 張 す る。 価 値 は対 象 と評 価 主 体 との 関係 力 と規 定 す る牧 口の 価 値 論 か らす れ ば 、個 人 が 評 価 主 体 の場 合 は利 と美 を感 じ る こ とはで き るが 、 社 会 が 評 価 主 体 とす る善 の価 値 は個 人 が 感 じ る もの で は な く、 他 者 あ るい は社 会 が 評 価 す る もの で あ る。 す る と、 善 の価 値 の実 現 は 、個 人 の 幸 福 の 問 題 と別 次 元 の 問 題 とい う こ とに な っ て しま う。牧 口 は、 「真 の幸 福 は、 社 会 の0員 と
して 公 衆 と苦 楽 を とも に す る ので な けれ ぼ 得 る能 わ ざ る もの で あ り、 真 の幸 福 の概 念 の 中 に は、 ど う して も円満 な る社 会 生 活 とい う こ とが 欠 くべ か らざ
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る要 素 を な す こ とが容 易 に承 認 され よ う」 と言 い 、 社 会 との共 存 関 係 につ い て言 うが 、 善 の 価 値 が 心 理 的 に個 人 に及 ぼ す 影 響 に つ い て は 言 及 し て い な い。 や は り、 この 問題 を解 決 す るた め に は、 善 の価 値 を実 現 す る こ とに よ っ て、 個 人 が 何 らか の精 神 的幸 福 感 を感 ず る と しな けれ ば、 論 理 的 に矛 盾 す る よ うに思 う。 つ ま り、 漏 契 が 言 うよ う に、 善 の価 値 の実 現 が 人 性 の発 展 に合 致 す る とい う よ うな、 人 性 の発 展 あ るい は個 人 の 精 神 的 幸 福 感 へ の 言 及 が 必
要 な の で は な い だ ろ うか 。
これ に つ い て は また 後 述 す るが 、 た だ 人 道 原 則 とい う面 で 重 要 な点 は、 価 値 の基 底 を な す もの を利 的価 値 に置 い た こ とに あ る。 そ して 、 利 の解 釈 を単 な る物 質 的 、 精 神 的 な満 足 とす るの で は な く、 生 命 の伸 長 ・維 持 発 展 と した こ とで あ る。 もち ろん 、 生 命 の維 持 発 展 に は、 物 質 的、 精 神 的満 足 も含 まれ るが 、 生 命 の価 値 を最 重 要 に置 き、 尚且 つ そ の発 展 が 幸 福 で あ り、 人 生 の 目 的 で あ る とす るの で あ る。 これ を、 前 述 した 寡 婦 の例 で言 え ば 、 社 会 的 に道 徳 的行 為 とされ る貞節 が 善 の 行 為 で あ る と して も、 それ に よっ て寡 婦 の生 命 の維 持 発 展 が 損 な わ れ るの で あれ ば 、 人 生 の 目的 で あ る幸 福 に 背 くこ とに な る。 そ れ ゆ え 、 牧 口の価 値 論 か ら言 って も、 承 認 され る こ とで はな い。 こ の よ うに見 る と、.̀lip,.契が 言 う人 道 原 則 は善 の観 点 か らの 立 論 で あ り、 牧 口 の そ れ は利 的価 値 か らの立 論 とい う違 い は あ るが 、 共 に人 道 原 則 を重 視 して い る
こ とが わ か るの で あ る。
ま た、{,,,契は、 善 悪 、 道 徳 上 の 是 非 は弁 証 的 に み るべ きで あ る と し、 そ れ は、 善 の種 類 や 各 人 の 自覚 の程 度 に よ って 道 徳 も多 重 で あ るか ら とす るが 、 牧 口 も同様 の見 解 を有 して い る。 牧 口 は、 「評 価 主 体 の 同一 人 で も知 識 発 育 の程 度 や 境 遇 に よ って 、 それ に 対 す る価 値 を異 にす る こ とが あ る。 乃 ち価 値
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の主 観 的要 素 とす る所 以 で あ る」、 「利 で も美 で も これ を実 現 す る個 人 が 善 用
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す るか 、 悪 用 す るか に よっ て 、 善 と もな り、 悪 と もな る」 と言 う。 牧 口 は、
弁 証 的 とい う言 葉 こそ使 わ な い が 、価 値 は主 観 的 要 素 を有 す る ゆ え に、 評 価 主 体 の 自覚 の 程 度 や 意 志 に よ っ て 、 善 的 行 為 や 悪 の 行 為 を行 う こ と、 あ るい は社 会 とい う評 価 主 体 が 利 害 す な わ ち善 や悪 を感 ず る こ とに相 違 が 生 まれ る と指 摘 す る。 それ ゆ え、 良 好 な社 会 関 係 を築 くた め に は、 まず 社 会 意 識 を喚 起 し、社 会 との 共 存 関 係 を 自覚 させ る こ とを強 調 す るの で あ る。 この点 も、
両 者 の 立 論 は相 違 す るが 、 その 志 向 は 同 じで あ る と言 っ て も よい の で は な い だ ろ うか 。
濡契 に見 る善 と道 徳(樋 口)43
(3)自 覚 原 則 と 自願 原 則
社 会規範 として の法律 や道徳 の関係 につ いて、牧 口は 「法律 は道徳 の最低
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限 を規 定 す る もの で あ る」 と言 う。 そ れ は、 法 律 は万 人 共 通 の利 を規 定 しな けれ ば な らず 、 「万 人 共 通 の 利 は、 客 観 的 に は、 消 極 的 に しか 規 定 す る こ と が 出 来 な い 。 何 となれ ば 人 に は独 特 の個 人 性 が あ っ て 、 仮 令 其 の欲 望 の質 に
く
於 て は共通 して も量 に於 て無 数 の差 が あ るか らで あ る」 と言 う。つ ま り、
「道徳 は善悪 を両 端 とす る評価 尺度 に よ りて社会 生活 に対 す る人 間 の行 為 の 利 害 の程 度 を評価 した内容 をい うので あって、法律 はその一端 な る悪 の限界 を規 定 し、道徳界 の最低 限界線 た る非 人格線 を超脱 す る者 の あ るか否 か を監
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視 し、 そ の 犯 した もの を 取 締 る役 を っ とめ る もの で あ る」 とい う こ とに な る。 そ れ ゆ え、 単 に法 を遵 守 す るだ けで は、 最 低 限 の道 徳 を 行 っ た 、 あ る い は人 に不 利 益 を も た らさ なか った とい う意 味 に しか過 ぎず 、 道 徳 家 と して 人 か ら尊 敬 を受 け る に は至 らな い。 一・方 、 道 徳 に つ い て は、 「団 体 生 活 を第 一 義 とな し、 自己 の 生 活 を それ に付 随 せ しめ る もの に於 て 始 め て 善 人 とい う こ
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とが 出来 る」 と言 っ て 、 道 徳 行 為 を通 して 社 会 に貢 献 す る人 格 を一 つ の 目標 に置 い て い る。 それ は、 牧 口の価 値 論 の 最 終 目標 が 人 格 価 値 の 向上 に あ るか らで あ る。
で は なぜ 牧 口 は、 道 徳 行 為 を通 して 人 格 価 値 を 向 上 させ よ う とす るの か 。 それ は 、 人 生 の 目 的 が個 人 の幸 福 に あ り、 個 人 の幸 福 を実 現 す るた め に は、
社 会 生 活 を 円 満 に送 る必 要 が あ るか らで あ る。 牧 口が 、 「真 の幸 福 は、 社 会 の 一 員 と して公 衆 と苦 楽 を と も に す るの で な け れ ば得 る能 わ ざ る もの で あ り、 真 の幸 福 の概 念 の 中 に は、 ど う して も円満 な る社 会 生 活 とい う こ とが 欠 くべ か らざ る要 素 を な す こ とが 容 易 に承 認 され よ う」 と言 う通 りで あ る。 た だ しか し、 これ だ け で は 自己 の 利 益 の た め に道 徳 行 為 を行 う こ とに な り、 道 徳 行 為 を通 して 人格 向 上 を 図 る意 義 を説 明 で き な い 。 つ ま り、 人 格 価 値 の 向 上 と幸 福 との 関 係 、 す な わ ち善 と利 の 関 係 で あ る。(牧 口 の 幸 福 の概 念 は、