序 文
肺結核症は治癒後その肺実質障害の程度に応じ て様々な後遺症を生ずるが,中でも肺アスペルギ ルス症は治癒困難な後遺症とされ,場合によって は致死的経過をたどることが知られている.肺ア スペルギルス症の発症形式や重症度,臨床経過は 患者の基礎状態に大きな影響を受けると考えられ る.今回我々は肺結核治癒後早期に肺アスペルギ ルス症を発症し,大量喀血と全身消耗を主体とし て急速な転帰をたどった 1 剖検例を経験したので 報告する.
症 例
症例:70 歳 男性.
主訴:発熱,咳嗽,血痰.
家族歴:特記事項なし.
喫煙歴:68 歳時まで 1 日 20 本を 45 年間.
飲 酒 歴:70 歳 時 ま で 日 本 酒 1 日 2 合 を 50 年 間.
既往歴:45 歳時に交通外傷にて輸血を受け,そ の後 C 型肝硬変を指摘されている.65 歳時に胃癌 にて幽門側胃切除術を受けている.
現病歴:2003 年 3 月上旬(68 歳時)に全身倦怠 感と発熱が出現し 3 月 24 日当院外来受診, 胸部 X
線写真上両肺に浸潤影を指摘され入院となった.
喀痰検査は施行できなかったが,胃液抗酸菌塗抹 検査にて抗酸菌 3+を検出,PCR 検査及び培養検 査にて結核菌陽性,肺結核(学会分類 bII2)と診 断 し た.2003 年 3 月 29 日 よ り イ ソ ニ ア シ ド
(INH),リファンピシン(RFP),ストレプトマイ シ(SM),レボフロキサシン(LVFX) (C 型肝硬変 及び視力障害合併のためエタンブトールとピラジ ナマイドは使用せず)による治療を開始し,同時 に著明な低栄養(血清アルブミン値 1.8g
!dL)を 伴っていたため約 3 週間経鼻胃管による経管栄養 を行った.6 月上旬より遷延する肝機能障害の悪 化(血清 ALT 250IU
!mL)を認めため 6 月 18 日よ り全抗結核薬を中止し,肝庇護剤を併用しながら 7 月 18 日より INH,RFP,SM の順で再開した.
2003 年 7 月より排菌は陰性化,抗結核薬薬剤感受 性検査にて使用した薬剤全てに感受性があること を確認し, 以後 2004 年 7 月まで約 1 年間抗結核療 法を継続し終了した. 2004 年 11 月 12 日に突然 38
℃の発熱,咳嗽及び血痰を自覚し 11 月 15 日外来 受診,胸部エックス線写真にて新たな異常影を認 め緊急入院となった.
入院時現症:身長 164cm,体重 43kg,血圧 130
!80mmHg,脈拍 104 回
!分整,呼吸数 18 回
!分,体 温 38.7℃,眼球結膜に軽度の貧血を認める,黄疸な し.表在リンパ節を触知しない.呼吸音は左下肺
肺結核治癒後早期に発症した肺アスペルギルス症の 1 剖検例
1)天理よろづ相談所病院呼吸器内科,2)同 臨床病理部
馬庭 厚
1)田中 栄作
1)井上 哲郎
1)櫻本 稔
1)水口 正義
1)前田 勇司
1)谷澤 公伸
1)竹田 知史
1)岡元 昌樹
1)小松 方
2)田口 善夫
1)(平成 17 年 5 月 23 日受付)
(平成 17 年 10 月 5 日受理)
別刷請求先:(〒632―8552)天理市三島町 200 番地 天理よろづ相談所病院呼吸器内科
馬庭 厚
pulmonary aspergillosis, hemoptysis, antifungal drug, immunosuppression
Key words:
Table 1 Laboratory Data on Admission Serology
Hematology
CRP 14.1 mg/dL
WBC 9,900 /µL
Aspergillus Antigen (−) (latex agglutination)
Neut 80.2 %
Aspergillus Antibody (+) (precipitation)
Lymp 7.8 %
β-D glucan 16.8 pg/mL(nephelometry)
Mono 7.9 %
Sputum
Eosi 4.1 %
Bacteria Normal flora
RBC 283 × 104 /µL
Fungus Aspergillus fumigatus(+)
Hb 9.1 g/dL
Acid-Fast Bacilli (−)
Ht 27.4 %
TB PCR (−)
PLT 25.5 × 104 /µL
MAC PCR (−)
ESR 115 mm/h
Cytology class ΙΙ Biochemistry
TP 5.8 g/dL
Alb 2.1 g/dL
ChE 0.15 ∆pH
AST 35 IU/L
ALT 29 IU/L
LDH 164 IU/L
BUN 13.2 mg/dL
Cr 0.9 mg/dL
Na 132 mmol/L
K 4.5 mmol/L
Cl 102 mmol/L
野と右下肺野に coarse crackle を聴取.心音正常.
腹部正中に手術痕あり.四肢末梢に浮腫認めず,
バチ状指は認めず.
入 院 時 検 査 所 見(Table 1) :白 血 球 の 上 昇 と CRP 高値,すでに著明な低栄養状態を示した.血
清アスペルギルス抗原(ラテックス凝集法)は陰 性だが,抗体は陽性であった.β-D glucan は軽度 上昇を認めた.喀痰培養では一般細菌は normal flora であったが,Aspergillus fumigatus を検出し た.喀痰抗酸菌塗抹,培養,結核菌及び
Mycobac- terium aviumcomplex の PCR 検 査 は 全 て 陰 性 で あった.
画像所見:肺結核治療終了時の胸部 CT(2004 年 8 月 16 日 Fig. 1)では左中肺野を中心として 気管支と交通する大きな空洞ないし嚢胞性病変を 認めるが,不整な壁肥厚は認めない.入院時胸部 エックス線写真(2004 年 11 月 15 日 Fig. 2)では左 肺の空洞壁の肥厚と一部空洞内にニボー像を伴 い,その周囲に浸潤影を認めた.
臨床経過(Fig. 3) :11 月 15 日より一般細菌に よ る 肺 炎 及 び 空 洞 内 感 染 と 考 え ceftriaxon
(CTRX) 2g
!日の治療を開始したが奏効せず,さら に 11 月 16 日より喀血が出現した.第 2 病日に入 院時の喀痰培養から
A. fumigatusが検出された.
血液検査,画像所見,喀痰培養結果を併せ肺アス
Fig. 1 Chest HRCT 1 month after chemotherapy forpulmonary tuberculosis shows large cavities of the left lung and an ectatic change in the leading bron- chus(arrow).
ペ ル ギ ル ス 症 と 診 断 し 11 月 17 日 よ り mica- fungin(MCFG)150mg
!日 及 び itraconazole
(ITCZ)200mg
!日を開始した.一旦解熱し改善を 認めたが,5 日後再び悪化した.その後連日高熱 と,喀血(1 回あたり 50mL 以上)を伴い急速に全 身衰弱が進行したため,輸血を行うとともに中心 静脈栄養に移行し MCFG を 250mg
!日まで増量,
細菌感染合併も考慮し MEPM1g
!日を併用した.
ITCZ はその後経口摂取不可能となりやむを得ず 中止した.
β-D glucan はその後徐々に上昇した.
気管支動脈塞栓術を試みようとしたが,直前に大 喀 血(200mL 以 上)を き た し 急 性 呼 吸 不 全 と ショック状態に陥り呼吸循環動態が保てなくなり 施行不能となった.その後の胸部 X 線写真では左 肺空洞内部に大きな菌塊様の陰影が形成され,そ の空洞周囲及び右肺にも淡い浸潤影が出現し(12 月 2 日 Fig. 4),胸部 CT(12 月 2 日 Fig. 5)で も空洞内に菌塊様の陰影が出現しその周囲にも濃 い浸潤影を認め右肺にも浸潤影と気道散布性の陰 影を認めた.喀痰培養は入院以降 3 度繰り返し
行ったが
A. fumigatusを継続して認める以外は有
意菌は認めなかった.これら出現した浸潤影は出 血の陰影のみならず肺アスペルギルス症の病状の 急速な悪化を示すものと臨床上考えた.なお
A.fumigatus
の抗菌薬感受性検査(Table 2)では,使
用 し た MCFG や ITCZ の MIC 値 は 低 値 を 示 し た.気管内挿管及び外科的根治術,amphotericin B(AMPH-B)による治療も考慮したが,患者及び 家族が希望されず,その後も急速に病状は悪化し 12 月 14 日(入院第 30 病日)に死亡された.
病理解剖所見では,空洞内部及びその周囲には
Fig. 2 Chest radiography on admission shows largecavities in the left lung with fluid level(arrow).
Fig. 3 The clinical course shows initial improvement during hospitalization, followed by abrupt deterioration.
Table 2 Sensitivity to antifungul drugs(A.fumigatus)
MIC(µg/mL)
Drug
0.5 AMPH-B
64 5-FC
> 64 FLCZ
2 MCZ
≦ 0.03 MCFG
0.25 ITCZ
This test was based on Clinical and Laboratory Standards Institute(CLSI) , Broth Dilution Antifungal Susceptibility Testing of Filamentous Fungi, M 38A, Volume 22, Number 16.
自潰したと推測される壊死組織が広範に認めら れ,左上葉空洞壁及び右下葉にもアスペルギルス の菌塊が認められた (Fig. 6) .拡張した気管支と空 洞に交通が認められた.また他の部位には広範囲 に気管支肺炎を合併していた.胃癌の再発はな かったが,肝臓は C 型肝硬変とともに径 1cm 程 度の肝細胞癌を認め,経過中のショックに伴うと 考えられる肝壊死所見も認めた.
最終病理診断 1.多重癌
I.胃癌 幽門側全摘術後 再発なし II.肝癌 肝細胞癌(S1 と S4 径 1cm)
2.肺アスペルギルス症(空洞壁,右 S6 に菌塊 周辺に壊死を伴う)陳旧性肺結核症
3.気管支肺炎,びまん性肺胞障害 (右下葉に軽 度)
4.肝硬変症及び肝壊死(広範囲)
考 察
肺アスペルギルス症はその分生子が主に経気道 的に体内に入ることにより,感染症を惹起すると 考えられている.肺内に空洞や嚢胞を生じる疾患 ならいずれもその発生母地になると考えられる
Fig. 4 Chest radiography on hospital day 18 showsdeterioration with the lesion spreading to the right lung.
Fig. 5 Chest HRCT on hospital day 19 shows large fungus balls(arrow)in the large cavities with ir- regular wall thickening and some infiltration of the bilateral lung field(arrowheads).
Fig. 6 Lung specimen obtained on autopsy(micro- photograph)shows anAspergillus fumigatusfungus ball(arrow)(Grocott-Gomori stain×200).
が,その中でも最も頻度の高い病態は本症例のよ うな肺結核治療後の空洞病変である.
本症例の肺アスペルギルス症の発症時期につい て検討すると,肺結核病変が画像上最も改善して から約 110 日後,肺結核排菌陰性化から約 480 日 後程度と推測される.発症時期に関するこれまで の研究と比較し,本症例の発症経過はかなり早い 部類に入るものと考えられる
1).菌球型肺アスペ ルギルス症では,肺内の遺残スペースが大きいほ ど肺アスペルギルス症の発症頻度は高く,また発 症までの時間は早くなると報告されているが
1), 本症例では最終剖検時に菌球が形成されていた左 上葉の空洞は長径約 10cm 以上に及びまた画像所 見,病理解剖所見でも比較的中枢の気管支と空洞 にはっきりとした交通がみとめられた.さらに,
本症例はこのような肺の局所要因だけでなく,患 者が C 型肝炎・肝硬変に罹患し,さらに胃切除術 後であったため著しい低栄養状態に陥ったことが 易感染性宿主要因として発症までの経過及び発症 後治療抵抗性を示したことに大きく関与している ものと考えられる
2)3).
本症例の肺アスペルギルス症の病型診断につい ては,2004 年 7 月に血清アスペルギルス抗体が陰 性であることを確認しておりその後今回はじめて 陽性となったこと,
β-D glucan は軽度上昇を認め 経過とともに上昇したこと,高熱を伴い急速に発 症進展しているなどことなどから,画像所見及び 剖検所見において菌球が存在したものの菌球型肺 アスペルギルス症のみの経過とは異なると考えら れる.血清アスペルギルス抗原はラテックス凝集 法で行ったため感度が低くそのために陰性であっ た可能性も有ると考えられる.また,最終的な病 理解剖所見においては強い血管侵襲所見やそれに 伴う血行性播種の所見は認めず,空洞内部及び周 囲に菌塊だけでなく壊死病巣が広がっていた.肺 アスペルギルス症の病型は主に 3 型(おのおの更 に 4−5 型に亜分類) に分類されているが,必ずし もどれか 1 つというわけでなく,それらの移行や 併存が存在することが知られており,また臨床経 過の中で薬物治療等の修飾が加わることも考えら れるため複雑となることから,病型を検討するに
は慎重に吟味する必要がある
4)5).それらをふまえ て本症例は臨床経過及び最終剖検所見を総合し,
肺アスペルギルス症の中でも比較的急速に進展し た慢性壊死性肺アスペルギルス症とするのが妥当 と考えられた.また病理解剖所見をもとに振り返 ると,今回の急速な経過には,肝硬変及び胃切除 術後状態であることを背景に肺アスペルギルス症 による対処不可能であった断続的喀血,それに伴 う全身消耗,及びそれらが引き金になった気管支 肺炎の併発が大きく関与していると考えている.
本症例の治療については,早期より抗真菌薬 2 剤(MCFG+ITCZ)を併用し一旦は発熱や炎症反 応は改善したが,その後の急速な経過を抑止でき なかった.また広域スペクトラムの一般抗菌薬
(MEPM) も併用して治療したが,最終的に剖検で は空洞局所ならびに右肺にもアスペルギルスの病 巣を認め,気管支肺炎も同時に広範囲に認められ た.一般に抗菌薬の MIC 値が良好な結果であって も臨床経過との間に解離が生じることは稀ではな く,治療効果が基礎の全身状態に左右されること を改めて認識した.2003 年の深在性真菌症の診 断・治療のガイドラインによれば,内科的治療で は侵襲性アスペルギルス症などの難治例には早期 に AMPH-B を 考 慮 す る べ き と 記 載 さ れ て い る
6).本症例も急速な経過で進行したことからそ れに準じて AMPH-B の使用をまず第一に考慮し たが,全身状態不良であったことが原因で患者及 び家族の了解が得られず他剤を希望され,結果使 用できなかった.一方 MCFG と ITCZ の併用療法 の有用性ついても
in vitroの検討
7)及び症例報告
8)も最近みられ,有効な治療方法である可能性が示 唆されている.出血症状に対しては,いわゆる気 管支動脈塞栓術は比較的侵襲度は低いがアスペル ギルス症の病巣からの断続的出血をコントロール することは実際は困難であることが多い.それよ りもむしろ,肝硬変があり危険性は非常に高いも のの可能なら対側右肺に病状が進展する前の極く 早期に外科的根治術(左肺全摘術等)を施行し,
その前後にわたり抗真菌薬による治療を長期継続
することが本症例の唯一の救命手段だったのでは
なかったかと考えている
2)6).
一般的に肺アスペルギルス症の発症背景には肺 の基礎疾患に加え悪性疾患 (特に造血器腫瘍) ,副 腎皮質ステロイドや免疫抑制剤長期投与,栄養状 態不良などが背景にあることが多く,一旦高熱や 出血症状及び全身消耗を伴うとあらゆる治療手段 を駆使してもいまだ予後は不良である
6).本症例 も,肝硬変と胃切除後でありながら先行する肺結 核については難渋しつつも治癒せしめることがで きたが,その後早期に発症した肺アスペルギルス 症は急速な経過をたどり, 結果救命できなかった.
今後は,抗真菌薬併用療法のエビデンスの確立や voriconazole などの新たな抗真菌薬に期待をしつ つ,実地臨床においては全身状態の適切な評価と 内科的治療と外科的治療を如何に組み合わせるか を常に念頭に置きながら診療に当たる必要がある と考えられた.
結 語
肺結核治癒後早期に発症し急速に進行した肺ア スペルギルス症の 1 剖検例を報告した.肺アスペ ルギルス症の経過には肺の局所要因とともに全身 要因が大きく関与するため,全身状態の評価と最 適な治療方法を常に念頭に置きながら診療に当た る必要があると考えられた.
本症例の画像診断に御助言戴きました当院放射線部野
間恵之先生,病理解剖を施行していただきました当院医学
研究所病理本庄 原先生,小橋陽一郎先生に深謝申し上げ
ます.
文 献
1)倉島篤行:肺アスペルギルス症の発症と進展.毛 利昌史,四元秀毅,倉島篤行編,結核 Up to Date,
南江堂,東京,1998;p. 225―33.
2) Soubani AO , Chandrasekar PH : The clinical spectrum of pulmonary aspergillosis . Chest 2002;121:1988―99.
3)Denning D W:Invasive aspergillosis. Clin Infec Dis 1998;26:781―805.
4)Binder RE, Faling LJ, Pugatch RD, Mahasaen C, Snider GL : Chronic necritizing pulmonary as- pergillosis:A discrete clinical entity . Medicine 1982;61:109―24.
5)網谷良一,西坂泰夫:肺真菌症.呼吸 2000;19:
110―7.
6)深在性真菌症の診断・治療のガイドライン作成 委員会:深在性真菌症の診断・治療のガイドラ イン 第 1 版,医齒薬出版,2003.1
7)二木芳人,吉田耕一郎,松島敏春,中島正光,中 井 徹,大 友 寿 美,他:Micafungin と ampho- tericin B, itraconazole お よ び fluconazole と の 併 用効果.日化療会誌 2002;50(S1):58―67.
8)丸山貴也,高木健裕,油田尚総:ミカファンギン とイトラコナゾールの併用が奏効した肺アスペ ルギルス症の 1 例.日呼吸会誌 2005;43:94―
8.
Autopsy Case of Pulmonary Aspergillosis Soon after Convalescence from Pulmonary Tuberculosis
Ko MANIWA
1), Eisaku TANAKA
1), Tetsuro INOUE
1), Minoru SAKURAMOTO
1), Masayoshi MINAKUCHI
1), Yuji MAEDA
1), Kiminobu TANIZAWA
1),
Tomoshi TAKEDA
1), Masaki OKAMOTO
1), Masaru KOMATSU
2)& Yoshio TAGUCHI
1)1)Department of Respiratory Medicine, Tenri Hospital
2)Department of Clinicopathology, Tenri Hospital