アイロニーの記述的研究(3) - 賛辞、世辞、からかいとの比較 -
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(2) アイロニーの記述的研究 ( 3 ) 春木. を 3つ{反定し、どのプロセスが最も現実的かを議論する O そこでは、ズレ の認識が解釈プロセスの入力条件であり、攻撃性が解釈プロセスの出力結 果であるとするモデルが妥当であると提案する。. 2 . 全般的観察 この節では、賛辞、世辞、からかい、皮肉の比較を明確にするために、 出来るだけ共通した文脈を設定しその中で部分的に文脈要素を操作し、そ れぞれの振る舞いを観察する。それぞれの発話行為の詳しい比較は次節以 誇で行うので、全般的立比較をまず行うことにする。 まず、共通した文康とは、話し子と聞き手がカラオケなどに行き開き子 が歌を歌い終わった後に、話し手がその歌に対する惑想を述べるという場 面である。変化する文張要素としては、 4種類のものを設けてある。 1点. J、 f 普通J 、[下手j の 目は、話し手自身の歌の上手さで、「非常に上手 p 3段階を設定した。 2点目は、開き子の歌の上手さで、. f すごく上手い J. から「明らかに下手j まで 7段階の設定を行った。 3点目は、話し手と開 き子との入間関係で、ここでは. f 目上」、 f 同等ム「目下j の 3段階を設け. た。最後の 4点目は、話し手の発話の程度差であり、「うまい(です〉ね j と「すごくうまい(です〉ね」の 2種類を設けた o 以上のよう主文脈要 素の変化によりどのように解釈が変化するのかを観察して p くO また、も う一点註意しておくべき文康条件は、上で挙げた、話し手の歌の上手さ、 聞き手の歌の上手さ、人間関係に関して話し手も聞き手も全く同じ認識で あり、かつ、話し手と開き手が同じ認識を持っているということをお互い が知っているという条件である O 日常の自然会話ではこのような条件がそ ろうことの方が特殊といってよいが、必要以上に議論を複雑にしないため に、このような条件を加えることにする。 以上の文脈設定を勘案して得られた解釈の観察は次の表 1および表 2の. -40-.
(3) 1 8 巻 1号. 文学・芸術・文化. 2 0 0 6 .7. ようなものになろう。. 表 1 話し手の発話が「うまい(です)ね」の場合 sの歌は下子. Sの歌は普通. SI 正歌がすごくうまい Eめ訟のうまさ. S>H. S=H. 5く H. S>H. S=区. 5く E. S>H. S=H. sく H. すごくうまい. 賛辞. 賛辞. 賛辞. 賛辞. 賛辞. 賛辞. 賛辞. 賛辞. 賛辞. ~辞. 賛辞ー世辞. 控訴. 賛辞. 賛辞. 賛辞. 賛辞. 賛辞. 賛百字. 位 差 宇. 世辞. I!t~'宇. 賛辞. 賛辞. 賛辞. 賛辞. 資計. 賛辞. i ' i 世l. l l i 辞. I ! ti 宇. l l i辞. 賛言語ー世辞. 世辞 賛辞・ 1. 賛辞. 賛辞. 位詳. 世辞. l l i 辞・からかい. からカ均三. 賛辞位辞. からかい・皮肉. l l i辞. ヵ、らカミ L、. からか Lミ. 資辞・世辞. からカ吟、皮肉. 世辞. カもらカ . t、. からヵ、 L通. i 立辞. ( E ). ( F ). (G). ( H ). ( I ). そこそこ うま之、 どちらかとい えI i'うまい 普通 どちらかとい えI i'下手 けっこう下手 明らかに下手. 世辞ーからか い・皮肉 世毒事・からか い・皮肉 白書幸ーからか い・皮肉. ( A ). 位辞・からか い・皮肉 位辞ーからか いー皮肉. 世辞 世苦手. かもかい・皮肉. I ! t 辞. ( B ). (C). 世辞 世辞. l l i辞・からか い・皮肉 (D). 表 2 :話し手の発話が「すごくうまい(です)ねJの場合 sの歌は普通. SI 立歌がすごくうまい Eの款のうまさ. S>H. すご〈うまい. 賛辞 世辞. そこそこ うま z 、 どちらかとい えばうま L、. S>H. S=H. S<H. 賛辞. 賛辞. 賛辞. 賛辞. 賛辞. I ! ! 辞. 賛辞ー世辞. 賛辞. 賛辞. 賛辞. 賛辞. 世辞. I ! ! ; ! 事. 世辞ーからかい. 賛辞・位辞. 賛辞・ 1 量辞. l l i; l I '. からかい・世辞. 世若手 aからかい. 澄辞. i 主 主 宇. I ! t 辞. から f J 均 、. i 皇 古 学. i 主辞からかい. 治、らか L、. i 泣 古 宇. l l i 辞. かられト皮肉. からかい・皮肉. i 童 話 事. 註I 辞 zからかい. 、 昔Lる 1 ; ‘ ら3. i 宮 古 宇. 位主宇. から制、.皮肉. からかい・皮肉. 註f 辞. I ! l 辞 aからかい. からかい・皮肉. i 立辞. ( L ). ( M ). {災}. (0). ( p ). (Q). { 宜 ). 賛辞. 賛辞. I ! t 辞. i 宣 言 宇. 世辞・からか 世辞・からかL、 い・皮肉 世辞・からか 位辞・からか 善通 い・皮肉 い・皮肉 どちらかと L、 世辞・からか からかい皮肉 い・皮肉 えI 王子手 世辞ーからか からカい・皮肉 けっこう下手 いー皮肉 世辞・からか からかい・皮肉 明らかに下手 い・皮肉. ( J ). S=H. S>H. 賛辞. S=H. (K). sの歌{ま下手 sく 日. S<日. 3 う 、 ら かL、. 賛辞. . l l i辞. 世辞・かち制、. 賛辞・世辞. 1. 賛辞世辞. 次節以降では、この表に現れている解釈の結果に関して、欄内に見られる 傾向と欄同士の比較という 2つの観点から詳しく述べて p く. O. 2 .1.それぞれの欄内に克られる特徴 まず、それぞれの構を上から見ていくと、おおよそ、賛辞、世辞、から かい(皮肉的冗談)、皮肉(攻撃的皮肉)の顕に解釈が変わっていくこと がわかる. O. この解釈の変化は、特定の文振における聞き手の歌の上手さが. 低下するという文脈要因の変化に従う. O. ただし、話し手の立場が聞き手よ. り 抵 い 文 脈 (( C )、(町、(1)、(L)、 (0)、 ( R ) の構)に関して誌やや異. 41-.
(4) アイロニーの記述的研究 ( 3 ) 春本. なる振る舞いをするが、この点は後に説明する。 では、具体摂として、表 1の(豆)輔、つまり の. r sはすごく歌がうま Lリ. r s= HJの梼を詳しく見ていくことにする。ここでは話し手と韻き手. は同等の人間関係(友人関係など)であり、歌が非常にうまい話し手が開 き子に対して[歌がうまいね」と発話する場面である。変化する文脈条件 は聞き手が歌った歌の上手さでるる. O. まず¥毘き子の歌が「すごく上手. かった」場合、発話の意味する内容は現実の開き手の歌の上手さを評倍し ている賛辞として解釈するのが普通である O 次に、関き手の歌が「そこそ こ上手かった j 場合法、 2つの解釈が考えられる O 一般的なレベルと比べ て聞き手の歌が上手いと考えられる場合は賛辞であり、一般的には上手い と考えられても歌が非常に上手い話し手の発話として考えると世辞と解釈 され得る。次に、聞き手の歌が. f どちらかといえば上手かった j 場合には、. 話し手の歌の上手さを考慮、に入れると賛辞としては解釈しにくく世辞とし て解釈するほうが普通であろう。さらに、関き子の歌が「普通j の場合は もう少し明確に世辞と解釈される。 続いて、開き手の歌が下手な範曜に入ってくる条件を考えてみよう。こ ど の条件になると、皮肉との関連性が大きくなる。まず、開き手の歌が f ちらかといえば下手j であった場合には、解釈の可龍性が 3種類考えられ るであろう O 一つ自は、世辞の場合である C 下手な範轄に入るとは言えど ちらかといえば下手な場合で£れば、開き手に対する何らかの配患を払っ た場合には世苦として解釈される場合はある. O. 特に ( B ) 鶏の場合は発話. が「歌がうまいね j というものであり、発話が意味する上手さも程度が低 い場合から程度が高い場合まで大きく含む解釈もでき、そのような条件で は、どちらかといえば下手な範需という評舗とのズレが比較的少なく解釈 できる。そのような条件であれば、嘘ゃからかいや皮肉という解釈ではな く、話し手の梧らかの配慮、による世辞と解釈できる. O. 二つ自の解釈 i まから. かいであろう。からかいというのは少しではあるが開き子への攻撃的ニュ. -42-.
(5) 文学・芸術・文化. 1 8 巻 1号. 2 0 0 6 .7. アンスが出てくるので、皮肉的冗談と言い換えてもよい。特に話し手と爵 き手の立場が同等である文振では、皮肉的な冗談としての解釈は容易で為 る。ただし、注意すべきはからかいがあくまでも冗談の範曜にある内はあ くまでも冗談として聞き手や周りの者に笑いを起こさせることが主たる昌 的であることである。もちろん、からかいは程震がひどくなれば冗談とし ての目的ではなく椙手への攻撃が巨的の中心となる。しかしながら、ここ で挙げているからかいという二つ自の解釈はあくまでも冗談、つまり、悪 意なく笑わせることが話し手の中心的な意図である場合である。三つ自は 話し手の意図が開き子への攻撃である皮肉の解釈である。しかしながら、 皮肉の場合、世辞ゃからかいと異なり、話し手と聞き手の関係がその時点、 で悪く、話し手が関き子を攻撃しでも不思議ではないというかなり特殊な 文康条件が J必要となってくる。ごの点(攻撃性が品ると判断できる文紙条 件)は皮肉を皮肉たらしめている要件のーっと考えられるが、この条件が 明確になる感情的な議論や口喧嘩をしている状況というのは日幸世界で法 少ない方であるので、そのような特殊な文振で誌ない場合には、ある発話 が皮肉であると解釈をするのは難しいことになる。もちろんこの特殊性ゆ え度肉が巧みに用いられ間接的に相手を非難しながらも表面上は非難して いるとは解釈されないようにさせる伝達手段として発達してきたとも言え る。話を戻し、この文康での解釈に限ると、 3種類の解釈が出来るとはい え、話し手と開き手の入関関係が同等である場合には、からかいの解釈が 一般的であり世辞や皮肉は誇らかの付加的な文康条件が必、要となってくる と考えられる。 次に、開き子の歌が「けっこう下手」な場合を考えよう。基本的には 「どちらかといえば下手」の場合と同じ観察ができ 3種類(世辞、からか い、皮肉〉の解釈が考えられる。ただし、患き子の歌の下手さがひどく なっている分、世辞の解釈が難しくなる。話し手と聞き手が同等の立場で ある場合には、開き子に対してよ;まどの配慮、を払わないといけないよう立. -43-.
(6) アイロニーの記述的研究 ( 3 ) 春木. 特殊な文脹がある場合にのみ世辞と解釈されるであろう。このように世辞 の解釈が制限を受ける一方で、からかいおよび皮肉の解釈は容易になる。. J という というのも、下手さの程度が比較的ひどい場合には「歌がうま p 発話の意味とのズレが大きくなり、笑いを目的とするからかいは冗談とし ての特鍛をよりはっきりさせるし、発話が本心ではなく本 J ( )は歌が下手で るると患っておりその下手さを非難しようとしている皮肉であると解釈し やすくなるからである。 最後に、開き手の歌が. f 明らかに下手j な場合は、解釈の可能性はから. かいと皮肉の 2種類になる。特にこの文脈では話し手と開き子は同等の立 場であるので、世辞の解釈を導く文巌条件は不可能ではないが現実世界と. f明らかに下手j な場合法、 しては不自然で、特殊なものと考えるべきである o 発話の意味とのズレはますます大きく広がり、からかいと皮肉の解釈は p っそう容易になる。また、興味深いの誌、「けっこう下手j な場合と比. 較して詳しく観察すると、からかいの場合、目的である笑いを導く冗談と しての解釈が明確になるだけでなく、皮肉性(攻撃性)が増すように解釈 できる。また、明らかに皮肉である場合にも、皮肉であるという解釈の透 明性だけでなく攻撃牲が増すように解釈できる。この点を考慮、に入れると、 皮肉の解釈というのは解釈できるかできないかという白か黒かの分類では なく、攻撃性を軸にとる段階性があるものと考えられる。この点、はからか いの部分でも少し触れたが、からかいも程度がひどくなると皮肉に近づく ように変化するように解釈できるが、そうで島るならば、やはり皮肉の解 釈には攻撃性という段階的尺度が関連してくると考えた方が自然である。 ~、上、. (B) 構を例として各欄に晃られる解釈の観察を行った。この観. 察から得られる皮肉の特徴は後にまとめるが、もう一点興味深い点がある ので先に触れておきたい。それは、話し子の歌が非常にうまい場合法、極. J場合にすら皮肉っぽく解釈す 端に考えると罵き手の歌が「すごくうま p ること法可能であるということである。す立わち ( B ) 欄の最も始めの文. -44-.
(7) 1 8 巻 1号. 文学・芸衛・文化. 2 0 0 6 .7. 原条件ですら皮肉として解釈することが出来る。このある意味詩殊な解釈 はどのように考えればよいのであろうか。おそらくこれは歌の上手さに関 する認識の仕方に原因を求めることが出来るであろう. O. つまり、第三者か. ら見て話し手と聞き手のどちらの歌も非常にうまいと考えられても、話し 手は器き手の歌が自分よりも下手だと認識していることを(聞き手を含 む〉解釈者が仮定した場合に法皮肉の解釈が導く条件が整ってくる O 言い 換えると、上で観察してきたように、開き手の歌が「どちらかといえば下 手Jより下の場合には、攻撃性の条件が加わることで皮肉の解釈が可能に なっていることを述べたが、この特殊な場合にも話し手が抱く聞き手の歌 の上手さに関する認識がそれらの場合と同じであると解釈者が仮定すれば 皮肉の解釈が立ち現れる条件が整ってくるのである。これ誌特殊な条件で あるが、ここから観察できる興味深い点は、皮肉が解釈される条件の一つ が話し手の発話の内容と話し手が抱く認識との聞に易るズレであるという 点である. O. このズレがどういうものであるのかという議論詰残るものの、. 皮肉の解釈が現れる場合には、このズレが十分条件のーっと考えても問題 はないと思われる. G. 2 . 2 . 額再士の比較 次に、ある捕と別の欄との比較から観察を行いたい。ここでは、特に聞 C )、 ( F )、(1)、(L)、 ( 0 )、 ( R ) き 手 よ り も 話 し 手 の 立 場 が 下 の 場 合 ((. の欄〉とそれ以外の場合の比較と、話し手の歌が下手な場合〈特に、. ( G )、. p ) 欄〉とそれ玖外の場合の比較の、 2つの観察を取り上げる。こ (語、 (. れらの比較を取り上げて明らかになるのは、攻撃性の脊無に関する条件で ある. O. まず、聞き手よりも話し手の立場が下の場合は皮肉と解釈しにくいこと が. ( C )、 ( F )、(1)、 ( L )、 ( 0 )、 ( R ) の捕を見ればわかるが、これはどう. してで品ろうか。おそらくこの条件では立場が下で為る話し手が目上の聞 F h υ. At.
(8) アイロニーの記述的研究 ( 3 ) 春本. き手に対して間接的な非難である皮肉で攻撃的意留を示すということが日 常的な感覚からは仮定しにくいからであると考えられる O もちろん、下の 立場が皮肉を用いて攻撃的意図を示す場面は現実にも起こりうるが、日常 経験の中ではかなり特殊で稀なケースである. O. もちろん、この特殊で、稀な. 文紙条件を加えると、 ( C )、 ( F )、(1)、(L)、 (0)、 ( R ) の捕でも皮肉の 解釈が起こりうる。例えば、なぜ、か上司に嫌われ小言を言われ続けている 社員がおり、ある年の忘年会でその社員がひどく酒に医科三気持ちの抑えが 利かなくなってしまうような文探条件を加えれば、それらの欄での発話も 皮肉として解釈できる. O. このような特殊な文康条件がある場合と無い場合. を考雇、に入れると、解釈者側に話し手の攻撃的意図が認識できる場合には 皮肉と解釈でき、そうでない場合には皮肉と解釈できないということが分 かる。. ( C )、 ( F )、(1)、 ( L )、 ( 0 )、(おの欄で誌、通常呂上の語き手 i こ. 攻撃的意図を示す状況が仮定しにくいので皮肉の解釈が出にくいが、特殊 な文振条件では話し手の攻撃的意留を明確に認識できる O つまり、攻撃的 意国が皮肉の解釈において非常に重要な役醤を果たしていることが明らか である。 続いて、二つ自の比較、話し手の歌が下手な場合とそれ以外の場合の比 G )、(町、 ( p ) 欄では皮肉の解釈が 較を考えてみる O ここでは、特に、 ( 得られにくい点、を考える。. ( G )、 ( H )、 (p) 捕での文脹条件は話し手の歌. が下手である点であるが、この文振条件がおそらく皮肉の解釈を陸止して いる要因と考えられる。話し手が自分の歌が下手であると認識している場 合、いくら開き手の歌が下手であったとしても、自分の下手さを概に上げ て相手を非難する攻撃的意図を持つことは通常では考えられないという一 般的な知識が皮肉の解釈を担止する要因でおると考えられる。ただし、こ こで注意すべき点は、自らの下手さを棚に上げて椙子の下手さを責めるべ きで誌ないという社会的ルーんとしてのー殻的な知識が重要なのではなく、 その一般的知識の中にある「相手の下手さを責めな Lリという点、すなわ. -46-.
(9) 文学・芸街・文化. 1 8 巻 1号. 2 0 0 6 .7. ち、攻撃的意図が簡単に仮定できないという点が重要であると考えるべき である Jこのように考えると社会的ルーんとしての一般的知識が攻撃性の 低さ(無さ〉という文脹条件として読み替えることが出来、そして、この 攻撃性という文脹条件がやはり皮肉の解釈には重要な役割を果たしている ことが明らかになる. O. 2 . 3 . まとめ 2節での観察を簡単にまとめておく. O. ここではまとめるだけにとどめ、. 考察は後の節で行う。. (1)皮肉に関する特徴 1 a.賛辞、世辞、からかい(皮肉的冗談)、皮肉(攻撃的皮肉〉の. 発話行為は何らかの点、で関連がある. O. b.発話の意味と状況(=話し手の認識) ,こズレがある場合に皮肉. として解釈される場合がるる。このズレはからかい(冗談)の 解釈の場合にも関連している。また、このズレが大きくなると、 皮肉(または、冗談)としての解釈がより明確になる. O. c.話し手が攻撃的意図を持つと判酷できた場合に皮肉の解釈が出. 来る。攻撃性があると判断できる文康条件は皮肉として解釈で きる要件のーっと考えられる. O. d . 発話の意味と状況(=話し手の認識)とのズレが大きくなると、 皮肉(または冗談)の解釈の明確性が増すだけでなく、攻撃性 が増すように解釈できる。皮肉には攻撃性を軸にとる段階性が あると考えるべきである O. 以上、 2節では、発話の意味と話し手の認識のズレと話し手の攻撃的意留 の 2つの要素が非常に重要な役割を果たしていることが明らかになった。. -47-.
(10) アイロニーの記述的研究 ( 3 ) 春本. ここまで、は全般的な麓察を行ってきたが、以降の節では、これまでに出て きた発話行為の比較を行いたい。この比較によって、(1)の特徴を詳しく 考察することが出来ると同時に、皮肉における重要な役割を果たすズレと 攻撃的意図をさらに明確にすることが出来る。. 3 . 皮肉と他の発話行為との比較 この節では、皮肉と賛辞、世辞、からかいの発話行為を比較する。 2節 で明らかになったズレと攻撃的意国を中心に議論を進めるが、それぞれの 比較においてできる限り具捧的な皮肉の特徴を浮き彫りにして p く. O. 3 .1.賛辞と度肉 賛辞と皮肉とは直惑的に考えても全く異なる発話行為で品るので、共通 点を見いだすのが難しいが、栢達点、を見つけることは容易である。例えば、 次のような状況で誉める場合と皮肉を言う場合を考え、それらの相違点か ら茂肉の特殻を明らかにしてみよう。. ( 2 ) [パーティーで A社社長のスピーチ。聴衆から割れんばかりの拍手。. A社社員の発話] 本当に素晴らしいスピーチでした!. ( 3 ) [パーティーで A社社長のスピーチ。聴衆からはパラパラとした拍. 手。ライバル会社吉社社長の発話] 本当に素晴らしいスピーチでした。. ( 2 )と ( 3 ) の例では、発話を同じ形式に設定した条件で解釈が明らかに. 賛辞になる場合と皮肉になる場合を取り上げた。これらの例から観察でき. -48-.
(11) 文学・芸街・文化. 1 8 巻 1号. 2 0 0 6 .7. るのは、賛辞は発話の字義的意味が話し手の本心であるのに対し、皮肉の 場合は発話の字義的意味は現実の状況とはつじつまが合わない、つまり、 話し手の本心とは矛虐を起こす場合でるる O ここでは拍手の量でその現実 および、それから推測できる話し手の本心が推論できるが、パラパラとした 3 ) のよう右字義的には誉める言葉は通常は出てこな Lミ。こ 拍手からは (. のように発話の字義的意味と環実や話し手の本心との矛盾が皮肉には重要 な役割を果たしていることはわかるが、もう少し詳しく観察すると、発話 の字義と矛着を起こしているのは厳密には現実の状況ではなく、話し手の 本心の方であるのはすぐにわかる O 次のような例を考えてみる。. ( 4 ) [UFO研究に狂信的な Eと Tがいる。あるパーティーで、 Eが SF としか言えないような説を力説したスゼーチを行った。聴衆の反応、 は最悪なもので為った。] a.. [ Tの発話] 本当に素晴らしいスピーチだったよ。. b . [聴衆の一人の発話] 本当に素晴らしいスピーチだったよ。. ( 4 ) で誌現実としては聴衆の反応が最悪であったのであるから、 ( 4 a )も ( 4 b ) も皮肉として解釈され立いといけないはずであるが、 ( 4 a ) の発話 法賛辞として解釈される方が普通である。なぜなら、聴衆の反応が最悪で、 あったとしても、話し手である T にとって辻、 Eのスピーチの内容が本当 に素晴らしいものであると信じて露程も疑わず感動していることは容易に 推論できるため、その場合に誌、賛辞と解釈され皮肉とは解釈されない。 この例からわかるように、皮肉として解釈される場合の矛君、もしくは、 ズレ誌発話の字義的意味と話し子の認識との関係でとらえられなければな らない。. -49-.
(12) アイロニーの記述的研究 ( 3 ) 春木. 次の相違点は、警辞と皮肉が用いられる. E的、また誌、話し手の意罰. (の一つ)である。賛辞の場合は、開き手に対する肯定的評価や感動を率 直に表すことが目的である。一方、皮肉は相手を非難したり朗笑したりす ることが目的である. O. この椙達点、は実は別の見方をすれば、賛詐と皮肉の. 共通点を示しており、この点が皮肉の特数の一つであると考えられる。再 発話行為の共通点は聞き手を評語するという点であり、皮肉の解釈におい ても聞き手を否定的に評錯するという点が特徴のーっと考えられる。そし てこの否定的評錨はこれまでに見た攻撃性という特徴と表裏一体のもので あり、この二つをどう関孫づけるかで構築する皮肉の理論も変わってくる という理論的側面にも重要な特徴となる. O. 例えば、皮肉の解釈プロセスに. おいて、攻撃性(攻撃的意図)を先に認識するからこそ字義で誌肯定的な 評揺を表す発話の意図された解釈は否定的評舗でるるという、攻撃性が先 に解釈され否定的評価が後に来る推論プロセスを仮定することも可能であ るO また、反対に、字義的には肯定的評掘の発話では文脹との不整合が起 き、文脈から推論される状況証拠より否定的評価が本心であるとまず解釈 し、そのような否定的評語をするのは攻撃性があるからに遠い者いと、否 定的評価が先に解釈され攻撃性が後に推論されるという推論プロセスも考 えられる。このように、需き子への評錨をどのように考察するかは皮肉研 究の重要な鍵となる. O. 3 . 2 . 世辞と度肉 世辞と皮肉において、発話と話し手の認識とのズレと、攻撃性(意図) を考えてみる. O. まず、ズレに関して、世辞の場合も皮肉の場合もズレがあるのは明らか である。すなわち、本心を誠実に言葉にしていない点は共通している。こ こには、事柄〈評錨対象)に対する話し手の認識とその事柄を表す発話と. 云 の二重牲が品り、この二重性が世辞の打算や不誠実さや、皮肉の嫌みを f にd. AV.
(13) 文学・芸箭・文イヒ. 1 8 巻 1号. 2 0 0 6 .7. える要因となっている O もう少し具体的にこのズレを観察してみよう G ま ず¥いくらズレがあるといっても、皮肉の場合、特殊な文張条件がない限. t t辞の場合は少しのズレでも世 りは、少しのズレでは解釈されにくいが、 t 6 ) の関では、世辞の解釈を受 辞として解釈することが出来る O 例えば、 (. けるのが普通である。. ( 6 ) [ある家の庭は手入れがそこそこ行き届いている。ただし、レイア. ウトや樹木や草花の選び方にセンスがあるというまではいかないが、 努力して整えられているという印象である。] その家の隣人:きれいなお庭ですね。センスがすばらしいんですね、 きっと。. ま受けに また、ズレが大きすぎると皮肉の解釈が普通になり、置詐の解釈 i くくなる. O. ( 7 ) [ある家の庭は特に手入れもされておらず、箸やスコップなども無. 造作においであるような状態である。] その家の隣人:きれいなお庭ですね。センスがすばらしいんですね、 きっと。. ここまでズレが大きくなると、話し手がどれだけ勉人に対して擾しいと評 判の人であっても、世辞と解釈することは不可能である. O. 仮に、世辞を. 言っていると解釈しようとしても下手すぎて本心は「汚い庭だj と思って いてそれを言わないだけであるという嘘の解釈か、場合によっては皮肉の 解釈に傾いてしまう。このように、ズレがあればいいわけではなく、世辞 や皮肉にはそれ相当のズレの程度が必要になってくるのがわかる O では、世辞や皮肉として解釈されるために必要な適切なズレの程度とは 12A. FO.
(14) アイロニーの記述的研究 ( 3 ) 春本. どのくらいのもので為るのか。もちろん、このような程度差は厳密に数量 化するのは不可箆であるが、皮肉として、または、世辞として解釈される ためには、どのようなタイプの程度差が必要であるのかを考えてみる。こ れを考えるには、ズレだけではなく、世辞や皮肉を用いる擦の話し手の意 図を考えると明らかになる. O. 世辞を用いる場合、話し手は何らかの司的があり開き手に対する肯定的 評価を発話する O 話し手の本心がどういうものであろうとも、開き子に関 する評価対象について肯定的な評錨を発話として表し、その肯定的評価を 聞き手にそのように解釈してもらう必要がある。つまり、どれだけ社交辞 令としてでるっても、あくまでも世辞は発話が表す肯定的評価は肯定的評 価として解釈される必要がある. O. これには、入から良く評語されたいとい. う人間の欲求が関係してくるであろうが、本心からかどうかは判訴できな いとしても発話の肯定的評倍は聞き手が信じる、もしくは、信じてもいい と思う程度の評価が必要となってくる。言い換えると、世辞の発話内容は、 (話し手の本心や開き手に関する評髄対象についての一殻的な評錨は別と して、)評価対象についての評価として聞き手が信じられる可能性のある 程度が世辞のズレの許容範毘であるといえる。したがって、聞き手が信じ られる範囲を超えるようなズレを示す世辞は下手な世辞であり、場合に よっては、嘘や皮肉という解釈になってしまう。一方、皮肉は、発話が示 す評錨内容を文字通りに解釈されたのではいけない。発話が示す評価の程 度は、話し手の本心や評価対象についての一般的な評価と法相当ずれてお り、発話が示す評錨が聞き手には信じられない範冨に入らなければならい。 このように、世辞と皮肉の解釈には、評価対象についての評価を語き手が 信じられるか信じられないか、また、話し手の本心や一般的な評鍾とのズ レが開き手が信じる際の根拠になっているかなっていな L活道の違いが重要 な役裂を果たしていることが分かる。 次に、攻撃性について考えてみる。これまでの議論で明らかなように、. -52-.
(15) 文学・芸術・文北. 1 8 巻 1号. 世辞には攻撃的意図はなく、皮肉にはある. O. 2 0 0 6 .7. このような明らかな点以外に. 興味深いのは、攻撃的意図という文探条件が加わるだけで世辞が簡単に皮 肉に変わる例がある. O. ( 8 ) [ある家の庭は手入れがそこそこ行き届いている. O. ただし、レ千ア. ウトや樹木や草花の選び方にセンスがあるという程ではなく、すっ きりと整えられているという程度である。] その家の欝入:きれい立お庭ですね。センスがすばらしいんですね、 きっと。. ( 9 ) [為る家の庭は手入れがそこそこ行き届いている。ただし、レイア. ウトや樹木や草花の選び方にセンスがあるという程ではなく、すっ きりと整えられているという程度である O く追加文脈条件:この家 の息子は大学受験で東大に合慈し近所でも評判であるが、その携の 家の息子は大学受験に失敗した。ある時、それを庭のきれいな家の 者に慰められたことをきっかけに両家族は犬猿の伸となった。. > J. その家の隣人:きれいなお庭ですね。センスがすばらしいんですね、 きっと. O. ( 9 ) のように ( 8 ) に攻撃的意図が容易に推論できる条件を加えると、そ. れ以外は条件が同じにも関わらず、世辞としての解釈は行われず皮肉とし て解釈される。これはおそらく話し手の本心、つま号、聞き手に関する評 価対象についての評価が攻撃的意図によって低くなったためであろう。つ まり、攻撃性が本心である話し手認識の解釈に大きく影響を与えている。 これからわかることは、世辞と皮肉の解釈の遣いが攻撃性の有無で毒ると いう単純な条件ではなく、攻撃的意留の認識誌聞き手が想定する話し手認 識を操作する(ここでは評価の抵下〉だけの重要な役裂を果たしているこ. -53-.
(16) アイロニーの記述的研究 ( 3 ) 春木. とである O この点をさらに分析すると、攻撃的意図の認識が皮肉の解釈プ ロセスの途中の段搭で行われている可能性が高いということである. O. つま. り、攻撃的意図があるから皮肉と解釈できるのであって、皮肉だと解釈し たからそれから攻撃的をさらに解釈したのではないということである。そ 8 )も ( 9 ) もどちらも世辞として解釈されるはずである うでなければ、 (. O. 以上、世辞と皮肉の比較を詳しく見てきたが、ズレと攻撃的意図は茂肉 として解釈されるための弱々に楊く要因というよりも、それらがかなり強 p 関係で相互作用していることが明らかになった。また、皮肉の解釈には. 攻撃性の認識がプ口セスの途中で関与しているという仮説の可能性が高く なり、解釈プロセスの結栗{出力結果〉として攻撃性が認識解釈されると いう仮説は支持することを難しいということも言える。. 3 . 3 . からかいと皮肉. 2節の全捧的比較では、からかいと皮肉は非常に関連が強く攻撃性を軸 とする段階的な関保がある可能性があると論じたが、この節では、両発話 行為をもう少し詳しく観察してみたい。まず、からかいと皮肉の共通点は、 話し手の本Jむと発話内容にズレがある. O. ( 10 )[ 1 中の良い恋人同士の会話。彼女が高校の文化祭でクレヨンしん 1. ちゃんの仮装をしている写真を被氏が見て次のように言う J すごくかわいいよ。. 中の悪い夫婦の会話。夫が忘年会で女装し隠し芸をしている写真 1 ( 1 1 )[ 1. を妻が見て。] すごくかっこいいじゃない。. ( 1 0 ) はからかい、(11 ) は皮肉の例であるが、どちらの場合にも話し手. -54-.
(17) 文学・芸街・文牝. 1 8 巻 1号. 2 0 0 6 .7. の本心と発話内容のズレが認識できではじめて、からかいや皮肉と解釈で きる。仮に次の例のようにズレをなくすとからかいや皮肉としては解釈で きな t':¥0. ( 1 0 ' ) [伸の良い恋人間士の会話。彼氏は彼女のどのような部分もいと おしくていとおしくてたまらない。彼女がどのような言動をして もすべてを肯定的にとらえている。彼女が高校の文北祭でクレヨ ンしんちゃんの仮装をしている写真を彼氏が晃て次のように言 う。] すごくかわいいよ. O. ( 1 1 ' ) [仲の悪い夫婦の会話。しかし、この日はいつもと異なり、ある 本を読んだせいで妻は夫が仕事を頑張っていることを素直に認め ており、そのような気持ちでいることを夫に話していた。その話 の後すぐに、夫が忘年会で女装し隠し芸をしている写真を妻が見 て。] すごくかっこいいじゃない。. ( 1 0 ' 1 1 ' ) では、話し手の本心が発話の内容と一致するように文脈条件を 入れると、その地の文採条件が同じでも、からかいや皮肉とは解釈されな くなる O つまり、このようにからかいや皮肉の解釈にはズレが必要となる O さて、このようなズレに関して、話し手が倖を伝えたいのかという意図、 つまり、話し手が伝えたいの誌発話の内容であるのか話し手の本心である のかという点に関して考えると、興味深いことが分かる. O. まず皮肉の場合、. 伝えたいのは話し手の本 Jむの方であるという哀感がある。例えば、(11) では妻が伝えたいのは、. f 夫がとてもかっこいい j ではなく、「夫が情けな. Lミ人間である j というような内容である。一方、からかいの場合は、話し. -55-.
(18) アイロニーの記述的研究 ( 3 ) 春木. 手が伝えたいのは、話し手の本心とも発話の内容とも解釈できない。例え 1 0 ) では ば 、 (. f クレヨンしんちゃんの諮好をした彼女は変だ j くらいの. 本心を持っていたとしても、決してそのようま本心を長えたいためにから かいという発話行為を行ったのではないし、ましてや、[クレヨンしん ちゃんの慈好をした彼女はとてもかわ L斗リという意味を伝えたいとは解 釈できない。こう考えると、からかいを一種とするジョークの特徴が浮か び上がってくる。つまり、ジョークとは程度差があるにせよ、笑いを起こ すこと、面白昧を想起させることが主要な E的であって、特別なメッセー ジを伝えたい訳ではないということである。 3 これに対して、長肉の場合、 「本当は発話とは逆のことを思っていてそれを言いたいんだな j という直 惑があり、話し手の伝えたいメッセージがおおよそ発話内容の逆のことで あると解釈する。ここで重要なのは、話し手の伝えたいメッセージが発話 のおおよそ逆の意味であるということと同時に、上で晃たように、そのお およその逆の意味はすでにズレとして皮肉の解釈のプロセスにおいて詰認 識されているということである O このように考えると、話し手の伝えたい メッセージは聞き手の解釈プロセスで誌すでに現れており、推論の結果と いうより推論を行う際の前提的な情報となっていると考えられる。 次に、からかいと皮肉を攻撃性という条件から考えてみる. O. 先に述べた. ように、皮肉を用いて話し手が伝えたいメッセージは発話内容とは逆のこ と、通嘗;ま毘き手に関する否定的評価であるので攻撃性は高い。つまり、 話し手の攻撃的意図は、ズレを起こす話し手の本心によって解釈すること が出来る。一方、からかいでは攻撃的意留があるとは解釈できない、例え 1 0 ) の例では、男性が恋人の女性の過去についての行動を否定的に ば 、 (. 評価しているとは考えられない。この観察から挙げることが出来る皮肉の 特徴は、攻撃的意図は解釈プロセスの結果として導き出されるのでは者い かということでるる。すなわち、皮肉において攻撃的意習が解釈できたの は、本心(否定的評価)と発話内容(肯定的評価)のズレがあり、文巌情. -56-.
(19) 文学・芸術・文化. 1 8 巻 I号. 2 0 0 6 .7. 報から考えると話し手が伝えたいメッセージ誌本心である否定的評価だと 判断できたからこそである. O. つまり、攻撃性の認識をするためには、それ. までのプロセスでズレの認識と本心がメッセージであるという解釈が行わ れていなければならない。そうすると攻撃牲の認識誌これらのプロセスの 後であり、解釈プロセス全体のうちの結果プロセスであるといってよ t~o. 3 . 4 . まとめ. 3節の最後として、この節で論じてきた皮肉に関する特徴をまとめるこ とにする。. ( 1 2 ) 皮肉に関する特数 2 a. 話し手の認識と発話内容との間にズレがある。 ( 3 .1.節). b . 皮肉として解釈されるには、適切立ズレのタイプ、つまり、発 話内容が示す評錨が開き子には信じることが出来ない程度のズ. 3 . 2 .節) レが必要である。 ( C.. 皮肉の解釈には攻撃性の認識がプロセスの途中で関与している という仮説の可能性が高くなり、解釈プロセスの結果(出力結 果〉として攻撃性が認識解釈されるという仮説は支持すること. 3 . 2 .節 〉 は菌難である。 ( d. 皮肉において攻撃的意留が解釈できたのは、本心〈否定的評 価〉と発話内容(肯定的評語)のズレがあり、文賑情報から考 えると話し手が伝えたいメッセージは本心である否定的評揺だ と判翫できたからこそである。つまり、攻撃性の認識をするた めには、それまでのプロセスでズレの認識と本心がメッセージ であるという解釈が行われていなければ右らない。そう考える と攻撃性の認識はこれらのプロセスの後でるり、解釈プロセス. 3 . 3 .館) 全体のうちの結果プロセスであるといってよい。 ( -57-.
(20) アイロニーの記述的研究 ( 3 ) 春木. ( 12 ) のまとめでは、ズレと攻撃性についての皮肉の特徴が出てきたが、 1 2 c )と ( 1 2 d )が 非常に興味深いのは、皮肉の解釈プロセスにおける (. 示す特徴は一見矛震するように思える. O. 先にも触れたが、この点、は皮肉理. 論の構築において非情に重要な部分である。したがって、次節では、皮肉 理論を構築する際の展望にむけて、この点、を次の節で詳しく議論する。. 4 . 皮肉の解釈理論構築への展望 これまで、本稿では、話し手の認識と発話内容のズレ、および、攻撃性 〈攻撃的意図)を中心に皮肉の特徴を取り上げてきた。皮肉の特撮はこれ 以外にもあると思われるが、少なくともこれら二つの特徴が皮肉の解釈プ ロセスにおいてどのような住置づけでどのような役割を果たしているのか を明らかにする必要がある。そこで、この 4簡では、度肉の解釈理論構築 へ向けて、この二つの特徴の役割を考察する。 大きな問題として、聞き手を含む解釈者側にとって、どういった解釈プ ロセスを経てどんな出力を得られれば、話し手が皮肉を発していると解釈 できるかという解釈プロセスの全体像を求める必要がある。しかしながら、 解釈プロセスの全体は、皮肉に関するるらゆる特徴をふまえた上で考える 必要があるため、本稿の分析の範囲を超えている。そこで、これまで論じ てきたズレと攻撃性に絞り、次のような問題提起をしてみる. O. 考察すべき. 問題とは、ズレや攻撃性法解釈プロセスのどの段階で現れ、どのような役 割を果たしているのかということである。到の言い方をすると、ズレや攻 撃性は解釈プロセスでは入力側であるのか(推論の前提条件的役割を果た すのか〉、それとも、出力側(推論の結果として導き出されるもの〉であ 1 2 ) でまとめ るのかという問題である。そのために、便宜上、(1)と (. た皮肉に関する特徴を再掲し議論を進めることにする. -58-. O.
(21) 1 8 巻 1号. 文学・芸術・文化. 2 0 0 6 .7. (1)皮肉に関する特徴 1 a.賛詳、世辞、からかい(皮肉的冗談〉、皮肉(攻撃的皮肉)の. 発話行為法何らかの点で関連がある。. b . 発話の意味と状況(=話し手の認識)にズレがある場合に皮肉 として解釈される場合がある。このズレ泣からかい(冗談)の 解釈の場合にも関連している O また、このズレが大きくなると、 皮肉〈また誌、冗談)としての解釈がより明確になる C.. O. 話し手が攻撃的意図を持つと判断できた場合に皮肉の解釈が出 来る。攻撃性があると判新できる文脈条件は皮肉として解釈で きる要件のーっと考えられる O. d . 発話の意味と状況(=話し手の認識〉とのズレが大きくなると、 皮肉{または冗談〉の解釈の明確性が増すだけでなく、攻撃性 が増すように解釈できる. O. 皮肉には攻撃性を軸にとる段階性が. あると考えるべきである。. ( 1 2 ) 皮肉に関する特徴 2. a. 話し手の認識と発話内容との間にズレがある。 ( 3 .1.蔀). b . 皮肉として解釈されるには、適切なズレのタイプ、つまり、発 話内容が示す評語が聞き手には信じることが出来ない程度のズ. 3 . 2 .第) レが必要でるる o ( c.皮肉の解釈には攻撃性の認識がプロセスの途中で関与している. という仮説の可能性が高くなり、解釈プロセスの結果(出力結 果〉として攻撃性が認識解釈されるという仮説は支持すること. 3 . 2 .鮪) は菌難。 ( d.皮肉において攻撃的意図が解釈できたの誌、本心〈否定的評 価〉と発話内容(肯定的評錨)のズレがあり、文脹情報から考 えると話し手が伝えたいメッセージは本心である否定的評倍だ. 戸. hd. QU.
(22) アイロニーの記述的研究 ( 3 ) 春木. と判断できたからこそである。つまり、攻撃性の認識をするた めには、それまでのプロセスでズレの認識と本心がメッセージ であるという解釈が行われていなければならない。そう考える と攻撃性の認識はこれらのプロセスの後であり、解釈プロセス. 3 . 3 .節) 全体のうちの結果プロセスであるといってよい。 (. まず、話し手の認識と発話内容のズレであるが、 ( 4 )、 ( 1 0 11)、(10 ' -. 1 1 ' ) の慌の際 i こも述べたように、ズレの認識がないと皮肉として解釈さ れること誌右い。したがって、ズレの認議は明らかに皮肉の解釈プロセス においては入力関の条件として考えてよい。次に、攻撃的意図の認識であ るが、可能註としては、入力側の条件であるとすると、ズレの認識よりも 以前に認識される場合、以後に認識される場合という 2つの場合と、出力. ( 1 3 ) )。 測の条件であるという場合の、 3つの可能性が考えられる (. ( 1 3 ) a. <入力側:攻撃性の認識→ズレの認識>→<出力側> b. <入力側:ズレの認識→攻撃性の認識>→く出力側> C.. く入力側:ズレの認識>→<出力側:攻撃性の認識>. ) の特徴からのみ分析する。 ( l c ) と(12 c ) の特徴から まず、(1)と(12 ( 1 3 a b ))と、 ( 1 2 d )の 考えると入力側に攻撃性が位量づけられる場合 ( 1 3 c ))とがあ 特徴から考えると出力側に攻撃性が位霊づけられる場合((. l d ) の特徴は、ズレの程度が攻撃性の程度に影響を与えると るO また、 ( いうことであるので、ズレの認識が攻撃牲の認識に先行することを示して. 1 3 a ) の攻撃性が認識されてからズレ いる。これらの特徴に基づくと、 ( が認識される可能性は低くなる。さらに、次のような例を考えると、. ( 1 3 a ) の可龍性は排除されると考えてよいで品うろう。(14 ) では、攻撃性 の認識がなくてもズレを認識でき、皮肉を言っていると解釈できる。. -60-.
(23) 文学・芸術・文化. 1 8 巻 1号. 2 0 0 6 .7. ( 14 ) [授業に遅れて入ってきた学生に優しいと評判の先生が気を配って 心配したかのように言う J どうした?今日は早いな!. ( 1 4 ) では、「早いな!Jが発話されるまでは先生が心記したかのように. 振る舞っているのであるから、攻撃性の認識が出来ない。そして、「早い なりが発話された亘後では、状況から推論できる「学生の到着が遅 Lリ という先生の認識と発話内容とのズレ法認識できても、このズレの認識よ り先に攻撃性の認識が行われるとは考えにくい。つまり、皮肉と解釈でき る例でも必、ずしも攻撃性の認識がズレの認識に先行するとは限らないこと このような例からも ( 1 3 a ) の可能性は立いと結論づけてよ. が分かる o いであろう。. 1 3 b ) の可能性であるが、この可能性も高いと結論づけるのは 次に、 (. 難しい。というのも、ズレの認識がかならず攻撃性を引き起こすわけでは ない。これは世辞との比較で議論したことを考えれば鳴らかである。 ( 1 3 b ) のような可能性は排除されると考えられる一方で、(1c ) と(12 c ). のように、攻撃性が入力側の条件であると考えた方がよい特鍛もある。こ れはどういうことであろうか。後で詳しく説明するが、最も簡潔に考える のであれば、ズレの認識と攻撃性の認識との間に因果関係はなく、攻撃性 の認識は入力側の条件に独立的に入ることも出来るという可能性である。 b ' ) という可能性である。 つまり、(13. b ' ) ( 13. <入力側:ズレの認識&攻撃性の認識>→<出力関>. ( 1 3 b ' ) では解釈するための前提的情報としてズレの認識と攻撃性の認識. があるということであり、必ずしも両者が因果論的に関連づけられている わけではないということである O. -61-.
(24) アイロニーの記述的研究 ( 3 ) 春木. 以上では、ズレの認識と攻撃性の認識が直接の因果関係は有していない ということは分かったが、ここで攻撃性の認識については疑需が出てくる。 そもそも攻撃牲の認識とは何が要因となっているのであろうか。これに対 する可能右答えは 2つ考えられる。皮肉の解釈とは関連せずに攻撃性が認 識できる場合と、皮肉の解釈が行われたことで攻撃牲の認識が出来る場合 である。まず、皮肉の解釈とは関連がない場合とは、発話外の文康条件か ら攻撃性が推論できる場合である{本語注4参照〉。単純に言えば、話し手 と開き子の人間関孫が少なくともその時点、で非常に悪いか、話し手の感情 1 4 ) の例 がその詩点で攻撃的にまっている場合である。しかしながら、 (. ではこのような発話外の文康条件から誌攻撃性は推論できない。それにも 1 4 ) の皮肉が解釈されたときは、先生の攻撃的意図は明確 かかわらず、 (. ) においてどのように攻撃的意図が認識される に解釈される。では、(14 のであろうか。おそらく、これを詳しく考えることで、皮肉の解釈プロセ スを解く鍵が見つかると思われる。 ( 1 4 ) では、学生が遅刻してきたという状況から推論される想定日到. 着が遅 L寸、〔先生は怒っている]、[学生は気まずい]など)や、先生が心 配そうに接している態度から推論される([先生は心配していた]、[先生 は優しい(と評判)]など)がある。このような状況から推論される想定 があるが、おそらくは現実として自の前にある先生の心理そうな表情を直 接知覚できる証拠として採用し[先生は J心配していた]や[擾しい先生で ある]のような想定が認識されていることになる。まだこの段指では先生 の攻撃的意図は認識できていない。次の段階では、発話内容の解釈に移る が 、. 「どうした?今日はj までは特に攻撃的意図を解釈するようなきっか. けにはならな t\0 しかし、 I~ 早いなリの解釈の段轄で、遅刻という状 況から誰論される想定[到着が遅 p] とは明らかに矛震が起こる O つまり、 現実では[遅 Lワ が 発 話 で は [ 早 p] というズレが起こる O 通常、何らか のズレが起これば、どちらかが間違いであるという判断を下す。. 5. しかし. U. FO. つ.
(25) 文学・芸術・文化. ながら、. 1 8 巻 1号. 2 0 0 6 .7. ( 1 4 ) が解釈される場面では、このような通常の判断が出来ない. 要因がある。それは、状況から推論できる[到善が遅い]という想定も、 発話内容から復元できる[到着が早い]という想定も、どちらも解釈者に とっては正しいように認識してしまうからである. O. というのも、明らかに. J ことであり誰が考えてもそのような想定を 遅刻することは[到着が遅 p 推論することは正しいと思われるし、一方、話し手が常に嘘をつくという 条件でもない摂り、話し手の発話は話し手の本心であり、この場合[到着 が早い]と話し手は思っていると推論するからである。このように、この 段階ではズレは認識できるが、だからといって、攻撃性が認識されるかと いうとまだその直接的な要因は考えられな t'¥0 さらに、次の段階では、ズ レを認識したままでは発話および状況の把握が出来ないため、おそらくズ レの関採を解消するような解釈プロセスに進むはずである。そうすると、 最も自然なステップはどちらかの想定を間違っていると判断して削除する ステップであろう。確かに、前の段階では二つの想定が正しいように認識 していたが、[到着が遅 Lミ]と[到着が早い]では、どれだけ先生が真実. J という想定はおかし t ¥ ' どれだけ先生が遅刻 味を込めても[到着が早 p 0. した学生のことを心配していたとしてもその学生の到善が早いという認識 は先生が持つとは考えられないからである。この結果、[到着が遅 Lミ]が やはり正しいようであると解釈する. G. これでズレの認識が解消されたよう. に思われるが、皮肉の場合はさらに複雑で、単なる毘き子(解釈者〉慌の 知識や情報の整理にとどまらず、そのようなズレを引き起こすような発話 を行った話し手の意図の解釈に進むと考えられる。つまり、状況から推論 して話し手である先生も[到着が遅 L寸と認識しているはずであるのに、 どうして矛盾するような発話を行ったかを解釈するステップに進むである。 語き子が認識する話し手の認識世界でも、上で述べたようなズレの認識と 解消が行われるはずであると解釈できるが、その結果、話し手の認識世界 にも[学生の到着が遅い]という想定が残る(すなわち、先生は到善が遅. -63-.
(26) アイロニーの記述的研究 ( 3 ) 春木. いと患っている〉と聞き手は解釈する. O. この段階で、話し手(先生〉の本. 心は[到善が遅 Lミ]であったと聞き手(学生〉は解釈する。そして、解釈. J ということを言いたいに がさらに進み、本当は本心である[到着が遅 p 違いないと解釈すると考えられる。この段階までくると話し手の攻撃的意. J と学生を非難し 留との関係が明確になる。つまり、先生は[封善が遅 p たいに違いないという解釈が可龍になる。この段階ではじめて話し手の聞 き手に対する否定的評価と攻撃的意図が結びつくのである. O. この解釈プロセスをもう少し一般化してまとめると次のようになる O. ( 15 ) 皮肉解釈のプロセス(仮説) a.第 1段階:状況の把握{聞き手に関する評語対象について否定. 的評錨が想定される。). b . 第 2段搭:発話内容の解釈(評価対象について肯定的評価が解 釈される。) c.第 3段指:ズレの認識〈肯定的評価と否定的評価との矛活〉. d . 第 4段搭:ズレの解消による否定的評価の顕在化と開き手が認 識する話し手認識世界での否定的評錨の顕在化 e.第 5段階:話し手の開き子に対する否定的評語から導かれる話. し子の攻撃的意図の認識. 以上の考察から明らかになることは、攻撃性(攻撃的意図)は解釈の結果 〈出力)であるということである. G. このように考えると、皮肉の解釈プロ. セスは(13 b ) や(13 b ' ) ではなく、 ( 1 3 c ) であるということになる 0 ( 15 ) の仮説はかなり正しいように考えられるが、一方で、この仮説に従うなら むりと ( 1 2 c ) の 特 徴 を 十 分 に 説 明 す る こ と が 出 来 な t't 乙の点はどの 0. ように考えるべきであろうか。 ここでは、暫定的ではあるが、 ( 1 5 ) の仮説を支持し、(1c )と ( 1 2 c ). -64-.
(27) 文学・芸術・文化. 1 8 巻 1号. 2 0 0 6 .7. の特徴を次のように捉え亘すことを提案したい。ここで提案したいの誌、 攻撃的意図は発話外の文賑条件によって、解釈プロセスの入力側の段階で も認識することができ、そのように入力段階で認識した攻撃的意図は、. ( 1 5 d ) の段階での評錨対象についての否定的評価がより正しいようであ るという解釈の根拠となり、したがって、発話から推論される書定的評価 の削除を行いやすくなる条件となっているということである。つまり、 む り や む2 c ) の特徴が見いだされたのは、そのよう立発話外の文脹条 件から攻撃的意留が明らかな場合であり、皮肉の解釈プロセスとの宣接的 関連でなく前提条件としてすでに存在していたからでるる c そして、さら. 1 5 c ) のズレの に、始めからプロセス外に存在していた攻撃的意図は、 ( 認識をより明確にし、 ( 1 5 d ) でのズレの解消を容易にするだけでなく、 皮肉の解釈プロセスを経て得られる出力結果である攻撃的意図によって再 確認(強化)されると考えるとさらに興味深い。というのも、皮肉はあく までも間接的に遂行される非難であり、話し手が本心を言わない限り、攻 撃的意留はあくまでも開き手の推論による仮定的想定であって確信的想定 にはならないが、攻撃的意図が発話外の文脈条件によって推論される場合 には、皮肉の解釈プロセスは部分的には言わばその攻撃的意思の再確認作 業になり、仮定的想定を限りなく確信的想定に近づけることが出来る. O. こ. の意味では、入力条件が出力結果を促しながら、出力結果が入力条件の蓋 然性を高めるという非常に興味深い解釈プロセスが見られるからである. O. このように考えると、皮肉の特徴と考えられることがうまく説明できる O その特徴とは、椙子を関義的に非難するが非難しているとは相手に薙信さ せずにおける特徴(弱 p 攻撃性)と、その一方で、直接的に非難するより も強く非難することが出来る特徴〈強い攻撃性)である。つまり、弱い攻 撃性の場合、発話外の文振条件を操作して攻撃的意団があるとは認識させ ないようにすれば、攻撃的意図の解釈はあくまでも罷き手の想定の範屈で あり確信させることを避けることが出来る。それに対して、発話外の文脹. -65-.
(28) アイロニーの記述的研究 ( 3 ) 春木. 条件が攻撃的意留を想定させる場合は、その意図を皮肉の解釈を通して再 確認させることが出来るのであるから、攻撃性をより確信させることが出 来、強い攻撃性へとつながる. G. 以上の議論より、 ( 1 5 ) の皮肉解釈プロセスが妥当で品り、そのプロセ. 1 3 c ' ) のような関係で捉えるべきである スにおけるズレと攻撃性は次の ( と結論づけることが出来る. O. ( 1 3 c ' ) く入力関:ズレの認識(&攻撃'註の認識). >. →く出力関:攻撃性の認識(およびその再確認) >. また、 ( 1 5 ) のようなプロセスを仮定すると、(12 d ) で挙げたズレが大 きくなると攻撃性が強くなるという特徴も説明できる. O. つまり、ズレが大. 1 5 c ) でのズレの認識がより明確になりズレの解消を行うプ きくなると ( d ) でのステップでは現実(および ロセスを促進できるだけでなく、(15 話し手の認識世界での現実認識)との季離が大きく立り、発話から推論で きる想定〈肯定的評価〉はその蓋然性をより缶くしてしまう. O. その結果、. 現実(認識)である否定的評価の蓋然性が相対的に高くなり、攻撃的意図 がより明確になる。攻撃的意菌がより明確になるということは、話し手が 抱く非難の度合いも強くなると推論できる. O. このように、ズレの大きさは. 解釈プロセスにおける否定的評髄の蓋然性に影響を与え、結果として攻撃 性にも影響を与えるのである。. 5 . 結語 本積では、皮肉を賛辞、世辞、からかいと比較することにより、ズレの 認識と攻撃牲の特散に絞り分析を行った。また、その分析に基づいて皮肉 の解釈プロセスの提案を行った。そこでは、ズレの認識は解釈プロセスの. -66-.
(29) 文学・芸橋・文化. 1 8 巻 1号. 2 0 0 6 .7. 入力条件として働き、攻撃性は出力結果として現れるということと示した。 また、攻撃性は付加的な入力条件としての役割を果たすことも示し、その 場合は出力結果としての攻撃性により、話し手の攻撃的意図の蓋然性を強 めるということも明らかにした。もちろんこの解釈プロセスの仮説は全て の皮肉の特徴を組み込んでいないという点でまだ不十分で、あるが、本稿で 取り上町たデータの特徴を説明できるという点においては、人間が実際に 行う解釈プロセスに近づけることが出来たといえよう. O. 残念ながら、本稿では十分に取り上げられなかったが興味深い点がいく つかある。それ法、ズレの認識を取り上げたが、ズレとはそもそもどのよ うなものであるのかという点はさらに議論する必要が毒る。また、賛辞、 世辞、からかいとの関連性をもっと詳しく分析していくことでさらに興味 深い論点、が見つかるはずである. O. 特に、攻撃牲を軸にからかいと皮肉は関. 連付けられるように考えられるが、このテーマを分析することでさらに皮 肉とはどういうものかを特定化することが出来るはずである。これらの く 。 テーマは今後の誘究で取り上げて Lミ 注. l 本分析では賛辞や世詐を扱うために肯定的な表現を用いている。また皮肉の場合に も、肯定的表現で否定的内容を伝えるというー披的な考えがあるため、本分析では 肯定的な表現を用いていることを断っておかな i すればならない。また、ここでは、. fうま Lりという評価表現の場合とそれに f すごく j という翠要部認を加えた場合の 2種類を取り上げたが、現実の状況で誌 f なかなか」ゃ f けっこう j などの倍の程 産量言語が用いられることも少なくない。しかし立がら、それらの副詞に辻それ自体 に特有の語国論的意味を持っている可能性も考えられ、議論が必、要以上に複雑にな るため、本分析では「すごく j という一般的な程度部詞だけを用いることにする。 もちろん、今後の研究としては、他の翠度副認を含めた分析が必要で、あるだろうし 非常に興味深いものになるであろう。. 2 語尾論の研究、特に発話解釈の研究では、文康情報が大きな決定要理を占める O そ して、この点が語罰論を不明瞭な研究分野にしている一つの原菌でもある。という のも、解釈の決定法文巌情報次第であるが、文脈情報というのは総合的立もしくは 譲合的なもので、定式的、形式的に扱うことが難しいという印象がある o おそらく このような印象を与えているのは、語用論的現象を接合的な文脈1 ' 言報を分解して記 述する研究が少ないためでゐると考えられる。文脹情報の完全主定式化や形式化を. -67-.
(30) アイロニーの記述的研究 ( 3 ) 春木. 求めるのは不可能かもしれないが、研究対象となる語用論的現象が立ち現れる文康 情報の中でも、必ずもしくは頻繁に出てくるような文脹条件を特定することは必要 であろう。. 3 この点は非常に興味深いのと同時に混詞がおきる部分である。ジョークにおいても 混雑的なタイプのものは明らかなメッセージがあるが、このようなタイプのジョー クは厳密な分類としては皮肉の分類に入れるべきである。つまり、皮民的冗談と (言葉はおかしいが)冗談的皮肉とは、連続性があるといえども、話し手が伝いたい メッセージの有無によって、分類されるべきである。もちろん、厳密な分類をする 一方で、冗談から皮肉的冗談や冗談的皮肉を経て皮肉という連続性がどのような要 素で構成されているのかを考察するのは、自然発話を分析する上で有意義である。 残念ながら本稿ではこの分析は行わないが、今後、福を改めて議論したい。 4 もちろん、文脹条件を少し変えれば、攻撃性の認識が先に来る場合も考えられる。 ( 1 ) [設業に遅れて入ってきた学生にその学生を自の敵にしている先生が冷たい口調 で言う。] どうした?今 Bは皐いな! しかし、注意すべきは、ズレの認識が要因となり、攻撃性を引き超乙したわけでは なく、攻撃性はこの発話だけに限らず既に想定されているということである。つま り、この攻撃性はそれまでの経験から推論される条件であるので、ここでの解釈プ ロセスの議論とは矛重しな~. ' 0. 5 人慢の知識習得および保持において、既存の知識と新境の知議との間にズレが起 こった場合、最もシンプルな知識の整理方法は、どちらかの知識が間違っていると 判断し正しい方の知識を残すことである。例えば、 SMAPが 8入だった頃に留学に 行き、 5人になった後に場昌した A氏とずっと日本にいた B氏との会話では、 A氏は 8人であるという知識に基づいて話をするが、吉氏は正しい知識を持っているため に A氏の発話は SMAPの人数という点、において、ズレが出てきても B氏の知識が間 違っていると判断し、自分の知識の方を保持する。{もちろん、通常詰 A氏に正しい ことを教えてあげる。また、 A氏は SMAPが 6人であるという知識は部除し、 5人 であるという正しい知識を残すことになる。). 参考文献 C a r s t o n,RobynandS e i j iUchida ( 1 9 9 8 ) RelevanceTheory:A p p l i c a t i o n sandI m p l i c a -. ohnBenjamins,Amsterdam ,P h i l a d e l p h i a . t i o n s,J ,An ne ( 19 7 4 )“OnS a y i n g羽Tha tYou話 eanw i t h o u tMeaningwhatYouSay , "P a C u t l e r 匂T,1 1 7 1 2 7 . p e r sfromt h e TenthR e g i o n a lMeetingo ft h eChicagoL i n g u i s t i cs o c i e G i o r a,Rachel ( 19 9 5 ) “OnI r o n yandNegation, "D iscourseP r o c e s s e s,1 9,2 3 9 2 6 4 . 2 0 0 2 )“ L i t e r a lv s .f i g u r a t i v el a n g u a g e :D i f f e r e n to re q u a l ?, "1 ournalof G i o r a,Rachel ( 8 7 5 0 6 . P r a g m a t i c s,34,4 海上誓作 ( 1 9 9 3 )r O v e r s t a t e m e n tと Understatement:アイロニーを取りまく関連語葉の 言語学からの挑望j 九州大学出版会, 2 3 5 2 4 6 . 研究Jr 河上誓作 ( 1 9 9 8 ) アイロニーの言語学J 待兼山論叢 i第 32 号文学篇 1 1 6大阪大学.. r. r. -68-.
(31) 文学・芸荷・文化. 1 8 巻 1号. 2 0 0 6 .7. 話a r t i n,R o b e r t( 19 9 2 )“ I r o n yandU n i v e r s eo fB e l i e f ,"且ngua8 7,7 7 9 0 .. 佐藤信夫(19 9 3 )r レトリック感覚 j 講談社学術文塵 1 0 2 9講談社, 東京. S e t o,K e n i c h i( 19 9 8 ) “OnN o n e c h o i cI r o n y , "i nC a r s t o nandUchida,2 3 9 2 5 5 . S p e r b e r ,DanandD e i r d r eWi 1son ( 1 9 8 1 γ‘ I r o n yandt h eUse-MentionDis t i n c t i o n, "i n e t e r( e d . )R a d i c a lPra 交m a t i c s,2 9 5318,AcademicP r e s s,NewYor k . C o l e,P S p e r b e r ,DanandD e i r d r eWilson ( 19 86,1 9 9 5 )R e l e v a n c e :CommunicationandCo 豆n i t i o n,( 2 n de d i t i o n ),B la c k w e l l,O x f o r d . S p e r b e r,DanandD e i r d r e羽T i l s o n( 19 9 8 )“I r o n yandR e l e v a n c e :AR e p l yt oS e t o,HamamotoandYamanashi, "i nC a r s t o nandUchida ,2 8 3 2 9 3 . Wilson,D e i r d r eandDanS p e r b e r( 19 9 2 ) "OnV e r b a lI r o n y, " Li盗塁 8 7,5 3 “7 6 . ・. -69-.
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