• 検索結果がありません。

マングース移入に関する沖縄の新聞記事: 沖縄地域学リポジトリ

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "マングース移入に関する沖縄の新聞記事: 沖縄地域学リポジトリ"

Copied!
31
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

Author(s)

当山, 昌直; 小倉, 剛

Citation

沖縄県史研究紀要 = BULLETIN OF THE

HISTORIOGRAPHICAL STUDY ON OKINAWAN

HISTORY(4): 141-170

Issue Date

1998-03-30

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/8482

(2)

マ ン グ ー ス 移 入 に 関 す る 沖 縄 の 新 聞 記 事

当 山

昌 直 ・ 小 倉

は じ め に

沖 縄 島 の ハ イ イ ロ マ ン グ ー ス 飽 ゆ θ56θθ θげ 暇 rd 訪 (以 下 マ ン グ ー ス と 称 す る) は、 ネ ズ ミ 類 やハ ブ の 駆 除 の 目 的 で1910年 に 渡 瀬 庄 三 郎 によ っ て イ ン ド か ら 移 入 さ れ た も の で あ る。 し か し、 移 入 後 は 当 初 の 目 的 の 対 象 動 物 の み な ら ず 、 在 来 の 他 の 動 物 を も 捕 食 し て い る と 見 ら れ、 沖 縄 島 固 有 の 動 物 相 に 深 刻 な 影 響 を 及 ぼ す こ と が 心 配 さ れ て い る (池 原 ら1984; な ど)。 こ の よ う な 中 で、 本 種 の 沖 縄 島 に お け る 分 布 や 生 態 につ い て 調 査 がす す め ら れ つ つ あ る (藤 枝 , 1980; 池 原,1991; 川 島 ら, 1996; 沖 縄 総 合 事 務 局 北 部 ダム 事 務 所 編 , 1995a, b, 1997, 1998)。 今 後、 沖 縄 島 に お け る 在 来 動 物 の保 護 や 農 作 物 へ の 被 害 防 除 観 点 か ら も 本 種 に 関 す る 資 料 の 収 集 と 整 理 は 急 務 に な る も の と 考 え ら れ る。 そ こ で、 今 回 は 本 種 が 沖 縄 島 に 移 入 さ れ た1910年 ご ろ の 地 元 沖 縄 県 内 で 発行 さ れ た 県 の 中 央 紙 (沖 縄 毎 日 新 聞 ・ 琉 球 薪 報 が 現 存) か ら マ ン グ ー ス 関 係 の 記 事 を 抜 き 出 し、 移 入 当 時 の 様 相 を 明 ら か にす る こ と と した。 な お、 本 稿 は 資 料 的 性 質 を も つ も の で 、 科 学 的 な 分 析 を 加 え る に は 至 っ て い な い。 ま た、 資 料 収 集 の 期 間 も 短 期 で あ っ た た め 十 分 な も の と は い え な い が、 本 種 の 沖 縄 島 へ の 移 入 に つ い て の 何 ら か の 資 料 と し て 活 用 さ れ れ ば 幸 い で あ る 沖 縄 島 に 移 入 さ れ た マ ン グ ー ス の 学 名 に つ い て は、 こ れ ま で 十 分 な 分 類 学 的 分 析 が 行 な わ れ な い ま ま ハ イ イ ロ マ ン グ ー ス 旋 累pθ56θβ θ4 田 躍 db血 ジ ャ ワ マ ン グ ー ス 旋 明ρθ話θβ メaワaη必 〃5 あ る い は イ ン ド ト ビ イ ロ マ ン グ ー ス 挽 鳴ρθ謡θβ 血30α5 と す る 諸 説 が 混 在 し て い る。 分 類 学 的 な 検 討 に つ い て は、 141

(3)

現 在 分 析 を 進 め て お り (小 倉, 未 発 表)、 今 後 次 第 に 明 ら か に なっ て 行 く も の と 思 わ れ る。 し た が っ て、 こ こ で は 暫 定 的 に 従 来 一 般 的 に 用 い ら れ て い る ハ イ イ ロ マ ン グ ー ス (イ ン ド マ ン グ ー ス ) 、磁 塑 θ56θ5 θゴ猟ar ぬ ガ の 学 名 を 用 い て お く 。

方法

沖 縄 県 公 文 書 館 史 料 編 集 室 に 所 蔵 さ れ て い る 戦 前 の 新 聞 (沖 縄 毎 日 新 聞 ・ 琉 球 新 報) の 紙 焼 き 版 (B4版) を 使 用 し て、 1909年 3 月 か ら1910年 6 月 ま で の 1 年 4 ヶ 月 間 の 記 事 の 中 か ら 「マ ン グ ー ス」 あ る い は 「渡 瀬」 の 語 句 を キ ー ワ ー ド に し て 関 係 す る 記 事 を 抜 き 出 し た。 記 事 の 記 述 は 発 行 年 月 日、 新 聞 紙 名、 見 出 し の 印 (● や ◎)、 見 出 し : 本 文 の 順 に 記 し た。 判 読 で き な い 部 分 は 直 接 マ イ ク ロ フ ィ ル ム 等 か ら 読 み と り、 そ れ で も 判 明 で き な い 部 分 は 口 で 示 し た。 記 事 中 の 誤 字 脱 字 と 思 わ れ る 部 分 は、 直 す 必 要 が あ る 場 合 を 除 き、 で き る だ け 直 さ ず に そ の ま ま に した。 漢 数 字 の 一 部 は 読 み や す い よ う に 算 用 数 字 に 変 換 し た。人 名 以 外 の 旧 漢字 は 読 み や す い よ う に 新 漢 字 に 直 し た。 新 聞 記 事 の 内 容 で 資 料 が 不 足 し て い る 部 分 に つ い て は 文 献 等 で 補 足 し た。 ま た、 新 聞 記 事 や 引 用 等 の 部 分 で、 筆者 ら が 加 筆 し た 部 分 は [ ] 内 に 示 し、 記 事 と 区 別 で き る よ う に し た。 な お、 新 聞 に 掲 載 さ れ て い る 渡 瀬 庄 三 郎 の 講 演 に つ い て は、 内 容 が マ ン グ ー ス 移 入 の こ と と 直 接 関 係 して い な い 場 合 は そ の 講 演 内 容 の 部 分 を 省 略 し た。 移 入 前 の 動 向 (1909年 3 月17日 ∼ 4 月13日 の 記 事) 1909年 (明 治42) 3 月17日 沖 縄 毎 日 新 聞 ◎ 渡 瀬 教 授 の 来 沖 / 15日 5 時 発 : 東 京 大 学 教 授 渡 瀬 庄 三 郎 学 術 取 調 べ の 為 鹿 児 島 沖 縄 に出 張 1909年 (明 治42) 4 月 7 日 沖 縄 毎 日 新 聞 ◎ 黒 岩 国 頭 農 学 校 長 の 出 覇 : 国 頭 農 学 校 長 黒 岩 恒 氏 は 一 昨 々 日 の 運 輸 丸 便 に て 出 覇 目 下 池 田 旅 舘 に 止 泊 142

(4)

1909年 (明 治42) 4 月 7 日 琉 球 新 報 ◎ 沖 縄 教 育 講 話 会 : 明 8 日 午 後 4 時 よ り 那 覇 尋 常 高 等 小 学 校 内 に 於 て 沖 縄 教 育 会 の 講 話 会 を 開 き 目 下 在 覇 中 の 渡 瀬 理 学 博 士 の 講 話 あ る 由 傍 聴 は 随 意 な り と ◎ 黒 岩 校 長 の 出 覇 : 国 頭 農 学 校 長 黒 岩 恒 氏 一 昨 日 の 便 船 に て 出 覇 せ り 池 畑 に 投 宿 四 五 日 間 滞 在 の 筈 1909年 (明 治42) 4 月 8 日 沖 縄 毎 日 新 聞 ◎ 渡 瀬 博 士 の 来 県 に つ い て : 渡 瀬 博 士 の 来 県 に 就 て は 世 間 に て は 蛍 研 究 の 為 と 言 鯛 ら す 向 き も あ れ ど勿 論 博 士 は 蛍 研 究 学 者 の 泰 斗 と 仰 が れ 世 界 至 る 所 に 於 て 研 究 を な し た る 人 な れ ど 今 回 来 県 の 目 的 は 只 管 飯 匙 蛇 研 究 に あ る 由 に て 其 の 退 治 方 法 は 印 度 の コ ブ ラ ン ト (ハ ブ) 即 ち 本 県 の ハ ブ よ り も 害 毒 の 劇 甚 な る も の 及 び マ ン グ ー ス と 称 す る 馳 に 似 た 性 質 の 極 敏 捷 な る 獣 な る が 口 は ハ ブ 及 び 野 鼠 を 撲 滅 す る に 至 極 重 宝 な る も の に て 熱 帯 地 方 當 り に て は 右 の 方 法 を 以 て ハ ブ 類 を 退 治 し お る 由 な れ ば 本 県 に 於 て も 此 の 方 法 を 模 倣 し 野 鼠 杯 を 退 治 せ ん と の 目 論 見 に て 目 下 調 査 中 の よ し な る が 調 査 の 結 果 に 依 り て は 初 前 記 の 動 物 を 県 下 離 島 に 於 て 試 み 漸 次 本 島 に 及 ぼ す 考 案 な り と な り 1909年 (明 治42) 4 月 8 日 琉 球 新 報 ◎ 教 育 会 の 講 話 会 : 昨 紙 既 報 の 通 り 本 日 午 後 4 時 よ り 那 覇 尋 常 高 等 小 学 校 に 於 て 沖 縄 教 育 会 の 講 話 会 を 開 催 し 渡 瀬 博 士 の 講 話 あ る 由 な り 傍 聴 希 望 者 は 随 意 聴 講 を 許 さ る べ し と 云 ふ 1909年 (明 治42) 4 月 9 日 琉 球 新 報 ◎ 渡 瀬 博 士 の 講 話 (文 責 記 者 に 在 り): 〈 省 略 〉 1909年 (明 治42) 4 月10 日 琉 球 新 報 ◎ 渡 瀬 博 士 の 講 話 (続) (文 責 記 者 に 在 り):〈 省 略 〉 ◎ 渡 瀬 博 士 尚 家 訪 問 : 目 下 滞 県 中 の 渡 瀬 理 学 博 士 は 昨 日 午 前 岸 本 学 務 課 長 黒 岩 農 学 校 長 と 共 に 尚 家 を 訪 問 し た り 1909年 (明 治42) 4 月13日 琉 球 新 報 ◎ 渡 瀬 博 士 の 離 島 行 : 目 下 滞 覇 中 の 渡 瀬 理 学 博 士 は 土 地 観 察 の 為 属 大 山 武 輔 氏 と 同 行 渡 名 喜 島 へ 出 発 せ り 当 時 沖 縄 県 人 及 び 当 局 は 鼠 害 と 蛇 毒 か ら の 対 策 に 天 敵 利 用 を 考 え て い た (岸 田, 1927)。 1907年 (明 治40) 米 国 ボス ト ン で 開 催 さ れ た 第 7 回 動 物 学 143 一

(5)

大 会 に 委 員 と し て 参 加 し た 渡 瀬 庄 三 郎 博 士 が イ ン ド か ら 参 加 し た 委 員 に マ ン グ ー ス の 輸 入 の 可 否 を 相 談 し、 帰 り に セ イ ロ ン に 立 ち 寄 り マ ン グ ー ス が コ ブ ラ を 捕 ら え る 実 況 を 見 た こ と が 移 入 の 契 機 に な っ た こ と を 岸 田 (1927) は 記 し て い る (こ れ ら の 内 容 は、 昭 和 2 年 1 月24日 発 行 の 「沖 縄 日 乃 出 新 聞」 か ら の 引 用 で 記 さ れ て い る) 岸 田 (1927) に よ る と、 1909年 の 渡 瀬 の 沖 縄 行 き は、 沖 縄 県 に お ける 毒 蛇 の 被 害 状 況、 そ の 他 産 業 一 般 の 事 情、 気 候、 風 土 等、 マ ン グー ス の 生 息 環境 と し て 注 意 を 要 す る 諸 種 の 実 地 踏 査 の た め と し て い る。 3 月21日 に 東 京 発、 同30日 沖 縄 県 に 出 張 滞 在、 20日 [問] 県 視 学 泰 蔵 吉 氏 の 案 内 に よ り 那 覇、 首 里、 糸 満、 西 原、 宜 野 湾 を 視 察 し、 4 月12日 県 属 大 山 武 輔 島 尻 郡 書 記 松 方 太 次 郎 の 案 内 で 渡 名 喜 島 を 調 査、 同28日 に 東 京 に 帰 任 と い う ス ケ ジ ュ ー ル が 岸 田 (1927) よ り 読 み と れ る。 ま た、 岸 田 (1931) も 渡 瀬 が 来 県 し た の は 3 月 30日 と し て い る 渡 瀬 の 来 沖 と 沖 縄 か ら の 出 発 に つ い て、 当 時 の 新 聞 広 告 (沖 縄 毎 日 新 聞 と 琉 球 新 報 :1909年 (明 治42) 3 月 ∼ 4 月) か ら 船 の 入 港 出 港 を 調 べ て み た 来 沖 に つ い て 3 月30日 前 後 を 調 べ た と こ ろ、 30日 に 入 港、 ま た は 入 港 予 定 の 本 土 便 の 船 は 見 あ た ら な か っ た。 4 月28日 に 沖 縄 か ら 出 港 した 便 は、 沖 縄 毎 日 に は 大 島、 鹿 児 島、 神 戸、 大 阪 行 き と し て 馬 上 丸 と 金 澤 丸 が 記 さ れ、 琉 球 新 報 に は 同 日 に 大 島、 鹿 児 島、 神 戸、 大 阪 行 き と し て 金 澤 丸 の み が 記 さ れ て い る 来 沖 の 日 付 に つ い て は さ ら に 詳 し く 調 べ る 必 要 が あ る。 沖 縄 島 へ の マ ン グ ー ス 移 入 前 の 関 係 者 の 動 向 に つ い て は、 移 入 一 年 前 の 渡 瀬 の 来 沖 か ら 具 体 的 に 始 ま る。 渡 瀬 の 来 沖 に あ わ せ て、 沖 縄 に お ける 当 時 の 生 物 学 者 と し て 著 名 な 国 頭 農 学 校 長 の 黒 岩 は、 那 覇 へ 赴 き 渡 瀬 と 行 動 を 一 部 共 に し て い る。 渡 瀬 の 来 沖 の 目 的 は 4 月 8 日 の 記 事 か ら も、 マ ン グ ー ス 移 入 の 予 備 調 査 で あ っ た こ と が 伺 え る。 イ ン ド か ら の 移 送 (1910年 1 月19日 ∼ 1 月 22日 の 記 事) 1910年 (明 治43) 1 月19日 沖 縄 毎 日 新 聞 144

(6)

● 渡 瀬 博 士 と 沖 縄 昨 年 来 沖 し た る 農 科 大 学 教 授 農 学 博 士 渡 瀬 庄 三 郎 氏 は 客 月22日 横 浜 出 帆 の 丹 後 丸 に 便 乗 し 英 領 印 度 へ 渡 航 し た る 由 な る が 其 の 用 向 は マ ン グ ー ス (イ タ チ の 類) 即 ち 野 鼠 駆 除 及 び 飯 匙 蛇 退 治 に 無 類 の 敷 能 あ る 該 獣 を 携 帯 し 来 る3月 頃 帰 朝 の 筈 な る が 帰 朝 の 上 は 野 鼠、 飯 匙 蛇 の 被 害 多 き 本 県 下 に 於 て 実 地 研 鐙 に 従 事 さ る る よ し な り 1910年 (明 治43) 1 月19日 琉 球 新 報 ◎ マ ン グ ー ス の 移 入 / 野 鼠 及 ハ ブ を 駆 除 す : 東 京 帝 国 理 科 大 学 教 授 理 学 博 士 渡 瀬 庄 三 郎 氏 は マ ン グ ー ス 移 入 の 為 め 先 月 22 日 横 浜 出 航 の 丹 後 丸 に て 英 領 印 度 へ 赴 き た る が 同 獣 は 野 鼠 を 駆 除 す る も の な れ ば 今 回 之 を 日 本 に 移 入 し て 野 鼠 の 駆 除 を 行 は ん と す る も の な る が 又 一 面 に は 飯 匙 蛇 を 駆 除 し 得 る に 付 き 其 試 験 を 本 県 に 於 て 行 ふ の 計 画 な り と て 此 程 同 博 士 よ り 三 四 月 頃 同 獣 を 齎 し て 帰 朝 し 第 一 着 に 本 県 に 持 ち 来 り て 其 試 験 を 為 す べ し と の 旨 日 比 知 事 へ 来 口 あ り た り 1910年 (明 治43) 1 月20日 沖 縄 毎 日 新 聞 ● 「飯 匙 蛇」 と 「マ ン グ ー ス」 : 昨19日 の 紙 上 に も 既 に 報 道 せ る 如 く 理 科 大 学 教授 理 学 博 士 渡 瀬 庄 三 郎 氏 は 本 県 特 産 の 「ハ ブ」 及 び野 鼠 駆 除 の 目 的 に て 其 害 敵 た る 印 度 産 「マ ン グ ー ス」 な る 動 物 を 輸 入 す べ く 昨 年12月 22日 横 浜 解 撹 の 丹 後 丸 に て 英 領 印 度 に 渡 航 さ れ た る 由 な る が 本 年 三 月 頃 帰 朝 の 上 此 動 物 の 試 育 を 本 県 に 委 托 さ る ・ に 至 る べ し と い ふ 毒 蛇 の 為 め に 疲 ま さ れ た る 地 方 の 為 め に 大 に 拓 殖 の 功 を 見 る に 至 ら ん か 左 に 此 動 物 に 就 き て 聞 き 得 た る 所 を 記 し 大 方 の 参 考 に 供 せ ん 「マ ン グ ー ス」 と は 学 名 「ハ ー ペ ス テ ス マ ン ゴ ー」 の 印 度 語 名 様 な り 癖 香 猫 (狐 、 馳、 鼠 の 中 間 大 の 動 物 に し て 盛 香 を 有 せ ず) に 類 す る 食 用 小 動 物 な り 挨 及 地 方 に 於 て 能 く 鰐 魚 及 鶏 卵 を 盗 食 す る 鼠 猫 亦 此 属 也 マ ン グ ー ス と は 凡 て 此 等 の 動 物 の 属 名 と し て 用 ひ ら る 真 の マ ン グ ー ス は 凡 て の 此 動 物 と 同 じ く 隠 縮 爪 及 ひ 癖 香 を 有 せ ざ る も 全 然 食 肉 動 物 也 体 長 尾 を 除 き 約 一 尺 四 寸 四 分 余 色 は 灰 褐 色 又 は 鼠 色 な り 性 猛 烈 な る も 容 易 に飼 馴 し得 べく 殊 に 毒 蛇 を 嗜 食 す (蛇 毒 を 感 ぜ ず) る の 故 を 以 て 大 に 愛 育 せ ら る 亦 克 く 鼠 を 駆 食 す る か 故 に 重 宝 此 上 な し1872 年 比 目 的 を 以 て 西 印 度 に 輸 入 を 試 み た り 此 等 の 著 し き 物 性 は 単 に 此 動 物 が 毒 蛇 を 咬 噛 を 防 御 す る に 足 る 敏 捷 軽 快 な る 動 作 と 又 毒 蛇 を 闘 争 中 常 に 逆 立 せ る 長 剛 な る 密 毛 及 厚 き 体 皮 に 帰 固 す る な る べ し 1910年 (明 治43) 1 月22日 琉 球 新 報 ◎ 「飯 匙 蛇」 と マ ン グ ー ス / (農 事 試 験 場 通 知): 理 学 大 学 教 授 理 学 博 士 渡 瀬 庄 三 郎 氏 は 本 県 物 産 の 飯 蛇 及 び 野 鼠 駆 除 の 目 的 に て 其 害 敵 た る 印 度 産 (マ ン グ ー ス) な る 動 物 を 輸 入 す べ く 昨 年12月 22日 横 浜 解 縄 の 丹 後 丸 に て 英 領 145 一

(7)

印 度 に 渡 航 さ れ た る 由 な る が 本 年 三 月 頃 帰 朝 の 上 此 動 物 の 試 育 を 本 県 に 委 托 さ る ・ に 至 る べ し と い ふ 毒 蛇 の 為 め に 口 ま さ れ た る 地 方 の 為 め に 大 に 拓 殖 の 効 を 見 る に 至 ら む か 此 動 物 に 就 口 て 左 に 聞 き 得 た る 所 を 記 せ る 大 方 の 参 考 に せ ん 「マ ン グ ー ス」 は 学 名 「ハ ー ペ ス テ ス、 マ ン ゴ ー」 の 印 度 語 名 称 な り 盛 香 猫 狐 馳 鼠 の 中 間 大 の 小 動 物 に して 盛 香 口 産 す る 肉 食 獣 な り 挨 及 地 方 に 於 て 克 く 鰐 魚 及 鶏 卵 を 盗 食 す る 馳 猫 亦 此 属 也 「マ ン グ ー ス」 と は 凡 で 此 等 の 動 物 の 属 名 と し て 用 ひ ら る 真 の マ ン グ ー ス は 凡 て の 此 種 動 物 と 同 じ く 隠 縮 爪 及 ひ 露 香 腺 を 有 せ ざ る も 全 然 食 肉 動 物 な り 体 長 尾 を 除 き 約 一 尺 四 寸 四 分 余 色 は 灰 褐 色 又 は 髄 色 な り 性 猛 烈 な る も 容 易 口 得 ら る べ し 殊 に 毒 蛇 を 嗜 食 す (蛇 毒 を 感 ぜ ず) る の 故 を 以 て 大 に 愛 育 せ ら る 又 克 ち 鼠 を 駆 食 す る が 故 に 重 宝 此 上 な し 1872年 此 目 的 を 以 て 印 度 に 輸 入 を 試 み た り 此 等 の 著 し き 特 性 は 単 に 此 動 物 が 毒 蛇 を 咬 唾 を 防 御 す る に足 る 敏 捷 軽 快 な る 動 作 と 又 毒 蛇 を 争 闘 す る 時 に 常 に 逆 立 せ る 長 剛 な る 密 毛 及 厚 き 体 皮 に 帰 因 す る な る べ し 沖 縄 で の 予 備 調 査 を 終 え た 8 ヶ 月 後 に、 渡 瀬 は 自 ら マ ン グ ー ス 移 入 の た め イ ン ド に 赴 い た。 1909 年 ( 明 治42) 12月 24 日 東 京 発、 香 港 、 シ ン ガ ポ ー ル を 経 て イ ン ド の カ ル カ ッ タ へ 入 り、 イ ン ド 博 物 館 長 の タ リ シ 、 ア ン ナ ン デ ー ル 、 動 物 園 長 の ブ ー ス 等 の 援 助 の も と に ガ ン ジ ス 川 河 口 の 三 角 州 に お い て マ ン グ ー ス の 捕 獲 を 行 な っ た (岸 田, 1927)。 当 初 、 32 頭 を 捕 獲 し た が 、 捕 獲 時 の 傷 や 衰 弱 の た め 3 頭 が 死 亡 し、 結 局29頭 が持 ち 込 ま れ る こ と に な っ た (岸 田, 1927)。 と こ ろ で、 渡 瀬 が イ ン ド 向 け 出 発 し た 日 は、 沖 縄 毎 日 新 聞 と 琉 球 新 報 の 両 紙 と も12月 22日 の 横 浜 と し て い る が、 岸 田 (1927; 1931) に は12月24 日 に 東 京 か ら 出 発 と さ れ て い る。 も し、 両 者 が 正 しい と な る と、 横 浜 か ら 東 京 を 経 由 し て 出 発 し た こ と も 考 え ら れ、 そ の 場 合 は24日 東 京 発 を 選 択 し た こ と が 想 像 さ れ る の で、 渡 瀬 の 出 発 は24日 の 可 能 性 が 強 い と 思 わ れ る。 い ず れ に し て も 本 土 紙 等 を 含 め た 今 後 の 確 認 調 査 が 必 要 と 思 わ れ る。 1 月20日 付 け の 沖 縄 毎 日 新 聞 に は、 マ ン グ ー ス の 学 名 が 掲 載 さ れ て い る。 「 ハ ー ペ ス テ ス マ ン ゴ ー」 と は 」磁 ゆ θ話θ5 加 〃η80 を 指 す と 思 わ れ、 後 に 渡 瀬 (1911) も 「 旋 明ρθβ6θβ 加 召η810 又 は 卯 bθαθ」 の 学 名 を 用 い て い る 。 Pocock (1937) に よ る と、 こ れ ら は 血 pθ磁θβ θ4凧ard冨7 に 相 当 す る こ と か 146 一

(8)

移 入 さ れ た マ ン グ ー ス は ハ イ イ ロ マ ン グ ー ス で あ っ た と さ れ て い る が 、 冒 頭 で 述 べ た と お り 学 名 に つ い て は 未 だ 混 乱 が み ら れ る。 沖 縄 島 へ の 移 送 (1910年 3 月24 日 ∼ 4 月13日 の 記 事) 1910年 (明 治43) 3 月 24 日 琉 球 新 報 ◎ マ ン グ ー ス の 消 息 : マ ン グ ー ス 輸 入 の 為 め 印 度 へ 渡 り た る 渡 瀬 博 士 は 癒 よ 同 動 物 を 手 に 入 れ たる を 以 て 来 月 五 日 頃 神 戸 着 の 便 船 に て 携 帯 帰 朝 口 旨 通知 し 来 れ 口 由 1910年 (明 治43) 3 月30日 沖 縄 毎 日 新 聞 ● 大 工 廻 技 手 マ ン グ ー ス : 本 県 技 手 大 工 廻 盛 安 氏 は マ ン グ ー ス 受 取 り の 爲 め 神 戸 へ 出 張 を 命 せ ら れ 昨 日 出 発 し た り 1910年 (明 治43) 4 月 5 日 沖 縄 毎 日 新 聞 ● 渡 瀬 博 士 及 び マ ン グ ー ス : 婁 き に マ ン グ ー ス 受 け 取 り の 為 め 長 崎 へ 出 張 を 命 ぜ ら れ た る 大 工 廻 技 師 は 既 に29 頭 の 掛 受 を 終 へ 昨 日 帰 県 の 途 に 著 き た る 由 な る か こ れ と 同 時 に 飼 育 実 験 の 為 帝 国 大 学 理 科 大 学 教 授 理 学 博 士 渡 瀬 庄 三 郎 氏 は 同 時 に 来 県 す る 旨 電 報 あ る た る 由 多 分 本 明 日 著 県 す べ し と 1910年 (明 治43) 4 月 8 日 琉 球 新 報 ◎ マ ン グ ー ス の 消 息 : 渡 瀬 博 士 の 齎 し 来 る べ き マ ン グ ー ス は 都 合29 頭 に し て 同 博 士 は 大 工 廻 技 手 と 共 に 現 物 携 帯 今 明 日 の 便 船 に て 来 県 の 筈 1910年 (明 治43) 4 月12日 沖 縄 毎 日 新 聞 ● 渡 瀬 博 士 の 消 息 : 飯 匙 蛇 退 治 に 特 効 あ る マ ン グ ー ス 捕 獲 の 為 印 度 へ 渡 航 し た る 同 博 士 は 過 日 鹿 児 島 へ 来 着 し た る 由 な る が 今 回 携 帯 し 来 り た る マ ン グ ー ス は 栗 鼠 に 酷 似 せ る 小 獣 に て 都 合29疋 程 持 ち 来 り た る 由 に て 長 さ 七 八 寸 位 の 野 生 の も の な れ ど 近 口 は 余 程 人 に 馴 れ 身 体 も 大 に 発 育 し た り と な り 1910年 (明 治43) 4 月13日 琉 球 新 報 ◎ 渡 瀬 博 士 来 県 : 理 学 博 士 渡 瀬 庄 三 郎 氏 は 大 工 廻 技 手 同 行 マ ン グ ー ス29頭 を 齎 ら し 本 日 平 壌 丸 便 に て 来 県 の 筈 ◎ 両 博 士 の 歓 迎 会 : 今 回 来 県 の 玉 利 渡 瀬 両 博 士 の 為 め 明 14日 午 後 6 時 よ り 風 月 槙 に 歓 迎 会 を 催 す 由 新 聞 記 事 や 岸 田 (1927) に よ る と、 県 は 長 崎 に 技 手 大 工 廻 盛 安 を 派 遣 し、 そ こ で 渡 瀬 を 出 迎 え、 そこ か ら 直 ぐ に 沖 縄 県 入 り を し た と さ れ て い る 。 そ し 147 一

(9)

て ・ カ ル カ ッ タ よ り 那 覇 ま で 51 日 間 か か っ た と さ れ て い る (岸 田 1927) 渡 瀬 が 4 月13日 の 沖 縄 到 着 ま で の 新 聞 記 事 に は 神 戸、 長 崎、 鹿 児 島 の 地 名 が 出 て く る。 平 壌 丸 が13日 に 入 港 し た こ と は 当 時 の 沖 縄 毎 日 新 聞 と 琉 球 新 報 で も 確 認 で き た が、 平 壌 丸 は 大 島、 鹿 児 島、 神 戸、 大 阪 行 き (経 由) と さ れ て お り、 長 崎 は 経 由 地 に は な っ て い な い。 出 迎 え に 向 かっ た 大 工 廻 技 手 の 派 遣 先 も 神 戸 か ら 長 崎 に 変 わ っ て お り、 曖 昧 な 点 が 散 見 さ れる。 こ の 部 分 に つ い て は 本 土 紙 も 含 め た 検 討 が 必 要 と 思 わ れ る が、 少 な く と も 渡 瀬 が 沖 縄 に 到 着 し た の は13日 と い う 点 は 明 確 に な っ て い る と い え よ う。 4 月12日 の 沖 縄 毎 日 新 聞 に は 捕 獲 さ れ た マ ン グ ー ス の 大 き さ が 「長 さ 七 八 寸 位」 と 記 さ れ て い る。 前 出 の 1月22日 の 琉 球 新 報 で は 「体 長 尾 を 除 き 一 尺 四 寸 四 分」、 さ ら に 後 出 の 4 月14日 の 沖 縄 毎 日 新 聞 で は 「体 長 一 尺 二 三 寸」 と い う 記 事 が み ら れ る。 そ れ ぞ れ を 換 算 す る と、 「長 さ21∼24cm」 「体 長 尾 を 除 き44cm」 「体 長36 ∼39cm」 と な る。 記 事 に あ る 「長 さ」 や 「体 長」 と い う 言 葉 の 定 義 と 併 せ て ど の 様 に し て こ れ ら の 数 字 を 見 い だ し た か は 不 明 で あ る マ ン グ ー ス の 到 着 (1910年 4 月14 日 ∼ 4 月16日 の 記 事) 1910年 (明 治43) 4 月14日 沖 縄 毎 日 新 聞 ● マ ン グ ー ス 着 : 既 報 の 如 く 印 度 産 マ ン グ ー ス 29頭 は 昨 日 平 壌 丸 に て 到 着 姑 く 農 事 試 験 場 に て 飼 育 し 渡 名 喜 鳥 に 放 飼 し 其 効 果 を 試 む 由 な り 今 マ ン グ ー ス に 就 て 聞 く に 産 地 は 印 度 に し て 我 が 日 本 に 移 入 す る は 全 く 今 回 沖 縄 に 飼 育 す る を 嗜 矢 と す 該 獣 は 恰 も 馳 大 の 小 動 物 に て 一 見 頭 部 の 形 体 に し て 色 は 所 謂 全 鼠 色 体 長 一 尺 二 三 寸 首 頸 割 合 に 長 大 上 下 左 右 に 轄 報 せ し め 頗 る 温 順 の 相 な り 尾 は 割 合 に 太 く 長 く 一 尺 程 あ り マ ン グ ー ス の 特 徴 は 肉 食 を 常 と す る に あ り て 印 度 に あ り て は 蛇 と 鼠 を 捕 食 し つ ・ あ り 故 に 本 県 に 放 飼 せ は 甘 庶 に 大 害 あ る 鼠 を 除 去 し 危 険 な る ハ ブ を 食 す る を 以 て 本 県 に と り て は 有 用 な る 動 物 に し て 渡 瀬 博 士 の 労 を 多 謝 せ ざ る べ か ら ず 然 共 其 播 殖 力 は 1 頭 毎 年 4 頭 位 の 仔 を 産 し 蛇 鼠 の 絶 対 皆 無 と な る 時 は 畜 類 の 危 害 を 醸 さ ず と は 思 は ざ る べ し 幸 ひ マ ン グ ー ス の 飼 養 の 如 何 に よ り て は 県 下 の 幸 福 は 此 の 上 な か る べ し 且 つ 本 明 日 位 南 陽 館 前 農 事 試 験 場 に て 実 地 の 試 験 を 行 ふ べ し と い ふ 148 一

(10)

● 渡 瀬 博 士 来 沖 : 嚢 き に マ ン グ ー ス を 携 へ 来 県 す べ き 由 を 報 し た り し 帝 国 大 学 教 授 理 学 博 士 渡 瀬 庄 三 郎 氏 は 昨 日 の 平 壌 丸 に て 来 沖 浅 田 旅 館 に 投 宿 し た り ● 両 博 士 の 歓 迎 会 : 昨 日 入 港 の 平 壌 丸 に て 来 県 し た る 玉 利 渡 瀬 両 博 士 の 歓 迎 会 は 本 日 午 後 6 時 よ り 風 月 槙 に 於 て 開 催 す る 由 ● 渡 瀬 博 士 マ ン グ ー ス : 渡 瀬 博 士 は マ ン グ ー ス を 携 へ 来 沖 直 ち に 農 事 試 験 場 を 訪 ひ 飼 養 に 関 し 橋 本 農 商 課 長 中 目 倉 賀 野 技 師 佐 伯 大 工 廻 技 手 を 打 合 せ 安 里 な る 試験 場 第 二 農 場 を 視 察 し た り ● 玉 利 渡 瀬 氏 の 講 話 : 本 日 午 後 2 時 よ り 那 覇 尋 常 高 等 学 校 に 於 い て 私 立 教 育 会 発 企 と な り 今 回 来 県 した る 広 島 高 等 農 林 学 校 長 農 学 博 士 玉 利 喜 造 氏 及 び 東 京 帝 国 大 学 理 科 大 学 教 授 理 学 博 士 渡 瀬 庄 三 郎 氏 の 講 話 あ る 由 に て 傍 聴 随 意 な る 由 ● 大 工 廻 技 手 帰 庁 : マ ン グ ー ス 受 取 り の 為 め 長 崎 県 へ 出 張 中 な り し 技 手 大 工 廻 盛安 氏 は 昨 日 帰 庁 した り 1910年 (明 治 43) 4 月14日 琉 球 新 報 ◎ 両 博 士 の 講 話 会 : 教 育 会 の 主 催 を 以 て 本 日 午 後 2 時 よ り 那 覇 高 等 小 学 校 内 に て 東 京 帝 国 大 学 理 科 大 学 教 授 理 学 博 士 渡 瀬 庄 三 郎 氏 及 び鹿 児 島 高 等 農 林 校 学 長 農 学 博 士 玉利 喜 造 氏 の 講 話 会 を 開 く 由 ◎ マ ン グ ー ス の 試 験 : マ ン グ ー ス は 多 分 両 農 事 試 験 場 の 中 よ り 適 当 の 場 所 を 選 定 し 相 当 の 設 備 を 施 し て 試 養 せ ら る ・ 筈 な る が 近 日 の 中 に 飯 匙 蛇 及 び 鼠 を 求 め た る 上 農 事 試 験 場 の 事 務 室 内 に て 試 験 を 行 ふ 可 し と ◎ 渡 瀬 博 士 来 県 : 渡 瀬 博 士 は 印 度 地 方 よ り 携 帯 の マ ン グ ー ス 29 頭 を 齎 ら し て 昨 日 来 県 浅 田 旅 館 へ 投 宿 昨 日 は 県 庁 訪 問 の 後 マ ン グ ー ス の 試 験 地 を 選 定 の 為 め 久 茂 地 及 び安 里 の 両 農 事 試 験 場 を 観 察 せり ◎ 両 博 士 の 慰 労 会 : 官 民 有 志 者 の 催 し に て 本 日 午 後 六 時 よ り 風 月 棲 に 於 い て 来 県 中 の 玉 利 農 学 渡 瀬 理 学 両 博 士 を 招 待 し 慰 労 の 宴 を 催 す 筈 1910年 (明 治43) 4 月15日 沖 縄 毎 日 新 聞 ● マ ン グ ー ス 試 験 1 本 日 午 前 10 時 よ り 南 陽 館 前 農 事 試 験 場 に 於 て ハ ブ を 放 ち て マ ン グ ー ス の 捕 蛇 試 験 を 行 ふ 由 ● 黒 岩 農 学 校 長 出 張 : 国 頭 農 学 校 長 黒 岩 恒 氏 は 校 務 を 帯 び て 昨 日 の 運 輸 丸 に て 出 覇 池 畑 旅 舘 に 投 宿 し た り ● 両 博 士 の 歓 迎 会 : 玉 利、 渡 瀬 両 博 士 の 歓 迎 会 は 昨 日 午 後 6 時 よ り 風 月 槙 に 於 て 開 か れ た り 会 す る も の80余 名 □ 客 十 二 分 の 歓 を 尽 し て 散 会 せ し は 午 後11 時 頃 に て 頗 る 盛 況 な り き ● 両 博 士 の 講 話 : 昨 日 午 後 2 時 よ ℃ 那 覇 尋 常 高 等 小 学 校 内 に 於 て 私 立 沖 縄 教 育 会 主 催 と な り 目 下 来 沖 中 の 東 京 帝 国 大 学 理 科大 学 教 授 理 学 博 士 渡 瀬 庄 149 一

(11)

三 郎 氏 及 び鹿 児 島 高 等 農 林 学 校 長 玉 利 善 造 氏 の 講 話 あ り た る か 傍 聴 者 多 数 に して 師 範 学 校 生 徒 其 他 無 慮 3 百 人午 後 4 時 半 閉 会 した り ● 渡 瀬 博 士 の 講 話 : 琉 球付 近 島 懊 に 在 り て は 鼠 及 びハ ブ の 棲 息 彩 し く 此 れ が 為 め に 沖 縄 の 殖 産 上 最 も 憂 慮 す べ き 現 象 た り 一 体 有 害 動 物 を 分 類 し て 二 と な す こ と を 得 べ し 一 は 人 類 の 改 化 に 従 ひ 滅 す る も の 一 は 改 化 に 従 ひ 増 加 す る も の に し て 即 ち 山 に 口 住 し て 日 夜 野 生 す る も の 他 は 他 に 依 口 し て 生 命 を 維 持 し つ ・ あ る も の な り 鼠 の 如 き は 即 ち 口 者 に 展 す る も の な り 本 県 鼠 に 二 口 あ り て 一 は 南 亜 細 亜 の 原 産 に 属 す る も の に し て 同 地 は □ 県 と 同 じ く 砂 糖 甘 藷 の 産 地 な る が 故 に 鼠 の 繁 殖 に 最 も 好 適 に し て 農 業 の 進 歩 と 共 に 益 々 増 加 す る 形 況 な り 当 県 に 於 て も 其 状 況 を 一 に す る が 故 に 遂 に □ に 伝 播 す る に 至 り し も の な り ハ ブ は 本 県 固 有 の 産 物 に し て 好 ん で 鼠 を 捕 獲 し て 食 す る も の な り 故 に 農 業 の 発 達 と 共 に 鼠 群 口 増 加 に 相 伴 う て ハ ブ の 増 加 す る は 勢 の 然 ら し む る 所 に し て 此 等 の 繁 殖 状 態 が 第 一 位 に 寄 生 物 と し て 鼠 を 産 じ 第 二 寄 生 物 と し て ハ ブ ロ 増 殖 す る は 亦 自 然 の 配 置 な ら ざ る べ か ら ず 蛇 と い う 字 は 支 那 に 於 て は 人 の 傍 ら に ハ ブ の 将 さ に 唾 吐 せ ん と す る 象 形 文 字 に し て 即 蛇 な り 尚 亦 蛇 と 鼠 は 互 い に 相 距 る べ か ら ず 関 係 に 立 て る も の な る こ と を 知 ら ざ る べ か ら ず マ ン グ ー ス は 即 鼠 や 蛇 を 食 と す る も の に し て 第 一 の 実 験 が 頃 □19疋 を 印 度 に 放 飼 し た る に 其 結 果10年 を 出 ず し て 年 々 150万 円 及 至200万 円 の 農 作 物 の 増 収 を □ 示 し た る は 好 適 例 た る べ し マ ン グ ー ス は 其 形 態 狸 に 近 く 且 つ 河 豚 鯨 の 如 く 見 へ 突 □ し て 生 活 す 殆 ん ど 形 は 鼠 に 似 た り と い ふ べ し 然 共 元 来 切 口 動 物 に 非 ず し て 肉 食 獣 な る が 故 に 此 亦 著 し き 相 異 な り 而 し 口 各 を ペ ジ ー ミ ウ ル ナ タ ラ と 称 す 其 繁 殖 力 亦 強 盛 に し て 10年145年 の 内 に は 或 は 蛇 鼠 を 食 壷 し た る や は 知 れ ざ る も 若 し 多 数 の 産 出 を 見 れ ば 或 は 皮 及 び 皮 毛 は 亦 有 用 な る 工 業 品 た る べ き か 住 居 は 七 八 疋 群 棲 す る も の な る 故 放 飼 す る 時 は 善 く 住 居 を 見 定 め 標 札 の 如 き も の を 樹 つ る 方 可 な ら ん 今 如 何 に し て 蛇 を 捕 ふ る か と い ふ に 先 づ マ ン グ ー ス は 蛇 の 将 さ に 打 た ん と す る 時 は 互 い に 直 立 の 姿 に な り て 全 身 の 毛 を 突 立 て 然 る 後 蛇 の 周 囲 を 囲 り 歩 き 機 に 処 し て 首 頚 に 唾 み 付 く も の な り 決 し て 蛇 の 為 め に 打 た る ・ 気 遣 は な し 尚 委 細 は 遠 慮 な く 質 疑 あ ら ん こ と を 望 む 1910年 (明 治43) 4月15日 琉 球 新 報 ◎ 渡 瀬 博 士 の 講 話 : 当 地 は 鼠 も 飯 匙 蛇 も 共 に 多 し何 故 に 多 き か は 殖 産 上 の み な ら ず 学 術 上 面 白 き 問 題 に し て 余 は 動 物 学 者 と し て 此 問 題 に 多 大 の 興 味 を 有 す る も の な り 今 其 多 き 理 由 と 駆 除 の 方 法 と に 就 き 講 和 を 試 み ん と 欲 す ◎ 動 物 に し て 人 間 に 害 す る も の 之 を 分 け て 二 種 類 と す 可 し 今 吾 人 が 野 宿 な ど の 如 き 動 物 の 立 場 を 侵 す 時 生 存 競 争 の 必 然 的 結 果 と し て 蚊、 蝿 其 他 種 々 150 一

(12)

害 虫 な ど 口 り 阿 弗 利 加 等 の 口 き 荒 漠 の 土 地 に て は 幾 多 の 小 獣 に 加 ふ る に 獅 子 虎 の 如 き 猛 獣 来 つ て 吾 人 を 害 す が 如 き 種 類 の も の に て 土 地 の 開 拓 さ れ ざ る 間 は 人 間 の 住 居 を 侵 し て 害 を 加 ふ る 事 甚 さ 口 人 智 次 第 に 進 み 世 が 文 明 に な り て 人 類 に 自 衛 の 途 が 講 ぜ ら る れ ば 次 第 に 其 害 を 減 ず る も の な り 然 る に 今 一 つ の も の は 人 間 の 生 活 の 階 段 が 進 む に つ れ て 其 害 往 々 甚 し く な る も の に て 鼠、 蝿、 烏、 口 の 如 き 人 間 の 住 居 を 視 て 襲 来 す る も の な り 故 に 害 獣 は 之 を 前 述 の 二 種 類 に 区 別 し て 駆 除 の 途 を 講 ず 可 き な り ◎ 例 へ ば 耕 作 物 に 害 す る も の は 農 業 の 進 む に つ れ て 益 々 繁 殖 す る 事 獅 子 虎 の 如 き 野 獣 と は 大 に 趣 を 異 に す 此 等 の 害 獣 は 口 口 人 間 に 寄 生 す る も の と 云 ふ 可 く 人 間 を 害 す る も の ・ の 中 に も 完 全 な る 寄 生 動 物 と 不 完 全 寄 生 動 物 と 野 生 動 物 の 三 者 に 区 別 す る を 得 べ し ◎ 本 県 の 鼠 は 余 の 見 る 所 に て は 本 県 固 有 の 野 生 動 物 に あ ら ず し て 往 事 交 通 の 便 を 利 用 し て 多 く は 南 亜 細 亜 よ り 移 入 せ ら れ た る も の な ら ん 而 し て 今 日 の 如 く 繁 殖 し た る 所 以 は 気 候 温 暖 に し て 農 産 物 豊 饒 従 っ て 亦 鼠 の 食 物 多 き に あ り 故 に 本 県 が 気 候 暖 か に し て 農 産 物 の 豊 富 な る 間 は 尋 常 の 手 段 に て は 到 底 鼠 を 口 き 口 す 口 口 は ず 鼠 は 三 ヶ 月 に し て 成 熟 し 年 に 四 回 繁 殖 し 一 回 に 多 き は20匹 も 子 を 産 む も の に て □ □ 人 間 の 一 代 は 鼠 の30代 に 当 た り 加 ふ る に 一 代 に 6 匹 及 至 20匹 も 産 む も の な れ ば 其 繁 殖 力 の 強 盛 な る 実 に 驚 く 可 き も の な り 今 や 沖 縄 に 止 ら ず 世 界 到 る 処 鼠 害 に 苦 し ま ざ る は な し 而 し て 此 の 急 連 な る 繁 殖 は 実 に 人 間 が 間 接 に 之 を 助 け つ ・ あ る も の に 外 な ら ざ る な り ◎ 飯 匙 蛇 は 琉 球 の 特 有 に あ ら ず ヒ マ ラ ヤ 地 方 に あ り 台 湾 に あ り 唯 多 少 其 性 質 を 異 に せ る の み 彼 は 総 て の 生 物 を 食 ふ も 好 ん で 鼠 を 食 ふ も の な り 故 に 農 業 の 発 達 今 日 の 如 く な ら ざ れ ば 鼠 も 今 日 の 如 く 多 か ら ず 飯 匙 蛇 も 亦 従 っ て 今 日 の 如 く 繁 殖 す る を 得 ざ り し な ら ん 現 今 の 如 く 繁 殖 し た る 所 以 は 鼠 の 多 き と 穴 居 す る に 屈 強 な る 石 垣 の 多 き に 依 ら ず ん ば あ ら ず ◎ 鼠 は 人 家 の 付 近 に 集 り 飯 匙 蛇 は 鼠 を 追 ふ て 来 る 往 年 余 の 友 人 が 琉 球 群 島 の 其 離 島 ヘ ハ ブ の 毒 を 研 究 す 可 く 旅 行 せ し 時 土 地 の 父 老 は 飯 匙 蛇 を 全 滅 さ せ る の は 有 難 く な し と 云 へ り 其 理 由 と す る 所 は 飯 匙 蛇 は 人 間 を 害 す る 事 口 ば な れ ど 其 代 り 甘 庶 畑 に 行 い て 鼠 を 喰 ふ を 以 て 口 口 人 間 の 恩 人 な り と 云 ふ に あ り 然 ら ば 鼠 を 駆 除 せ ば 如 何 と 問 ひ し に 鼠 を 全 滅 せ ば 今 度 は 飯 匙 蛇 が 人 家 に 襲 来 す る に 依 り 之 も 甚 だ 困 る と の 話 な り き ど 誠 に 気 の 毒 な 有 様 な れ ど 学 問 上 よ り 云 ふ 時 は 実 に 面 白 き 事 例 な り と 云 ふ 可 し ◎ 印 度 に カ ン ヂ ス の 大 河 あ り ヒ マ ラ ヤ 山 よ り 流 れ 洪 水 の 場 合 に は 河 水 の 氾 濫 恐 る 可 き も.の あ り 然 し 土 地 は 極 て 肥 沃 な る が 同 地 は 広 漠 た る 平 地 の 間 に 所 々 丘 陵 あ り て 人 は 之 に 住 居 を 営 み 丘 陵 の 上 に 少 な き は 二 三 十 戸 多 き は 五 十 戸 程 の 村 落 を 口 せ り 之 れ 洪 水 の 氾 濫 を 避 け ん と す る も の に し て 此 洪 水 は 肥 料 を 移 入 し て 土 地 肥 沃、 米 穀 の 産 出 極 め て 豊 饒 な り 然 る に 米 穀 は 鼠 の 繁 151

(13)

殖 を 助 け 鼠 は 蛇 が 繁 殖 す る を 以 て 蛇 の 禍 害 頻 々 と し て 絶 口 ず 1 年 に 2 万 及 至 3 万 人 の 蜷 死 を 見 る に 至 る 天 気 の 際 鼠 が 田 に 集 ま れ ば 蛇 も 田 に 行 き 洪 水 の 際 は 共 に 丘 陵 に 集 ま る 年 々 田 と 人 家 の 付 近 を 往 来 し て 之 が 為 め に 損 害 を 受 け 今 に 至 っ て 如 何 と も す る 能 は ず ◎ 印 度 の 蛇 は コ ブ ラ と 云 ひ 長 さ 四 尺 位 を 大 と し 印 度 馬 来 半 島 及 び 我 台 湾 に 産 す 怒 る 時 は 襟 を 広 げ て 扁 平 と な り 其 状 匙 の 如 し 故 に 飯 匙 情 は コ ブ ラ を 指 せ る も の に て 之 を 当 地 の ハ ブ に 当 つ る は 間 違 な ら ん 支 那 人 は 古 来 大 に 之 を 恐 れ た り 支 那 に て 安 否 を 問 ふ に 他 な き や の 語 あ り 他 は 古 字 佗 に 作 る 官 は 象 形 文 字 に し て コ ブ ラ に 象 れ る も の な れ ば 他 な き や は 口 口 蛇 に 噛 ま れ な い か と の 意 味 よ り 出 で た る も の な り (未 完) ◎ 昨 日 の 講 話 会 : 昨 日 午 後 2 時 過 よ り 那 覇 高 等 小 学 校 内 に て 両 博 士 の 講 演 会 を 開 か れ た る が 会 衆 四 五 百 人 先 づ 渡 瀬 博 士 の マ ン グ ー ス に 関 す る 講 話 あ り 次 に 玉 利 博 士 の 鹿 児 島 高 等 農 林 学 校 に 関 す る 演 説 あ り て 5 時 頃 閉 会 し た り 講 話 口 項 は 渡 瀬 博 士 の 分 よ り 号 を 追 ふ て 紹 介 す る 事 と す 可 し 1910年 (明 治43) 4 月16日 沖 縄 毎 日 新 聞 ● マ ン グ ー ス 試 験 / 好 結 果 な り : 昨 日 午 前10時 よ り 南 陽 館 前 県 立 農 事 試 験 場 内 に 於 て マ ン グ ー ス の 鼠 及 び ハ ブ の 捕 殺 試 験 を 行 へ り 試 験 場 は 一 室 を 硝 子 障 子 に て 張 り 詰 め 四 辺 を 囲 む と 同 時 に 一 般 の 観 覧 に 供 へ た り も 定 刻 前 よ り 各 官 庁 員 及 び一 般 人 の 参 観 人 多 数 押 し掛 け 雑 問 を 極め ぬ 先 づ 一 般 に マ ン グ ー ス ー 頭 を 放 入 し た る に 網 籠 中 よ り 放 さ れ し こ と ・ て 右 、 へ 左 と 跳 ね 廻 も 頗 る 元 気 の 態 な り 折 節 一 頭 の 鼠 を 躍 り 込 ま し む や こ れ を 目 蒐 け た る マ ン グ ー ス 先 む 飛 ぶ か 如 く に 抱 き 付 た る と 思 □ も あ ら せ ず 鼠 は 一 度 二 度 身 標 は た る の み に し て 絶 命 せ し め た る は 有 口 に 急 所 を 外 さ ぬ マ ン グ ー ス な り 続 い て 一 頭 の ハ ブ 包 を 携 へ た る ハ ブ 採 り 先 生 戸 を 押 し て □ れ り 先 生 は ハ ブ を 食 い 相 な 顔 し て 風 呂 敷 包 を 広 げ は 中 よ り ハ ブ ー 頭 を 生 け る 口 に 取 出 し 首 を 足 指 に て 挟 ん で 針 糸 に 繰 れ る 糸 を 切 放 し 手 に て 蛇 首 を 捉 げ て 打 放 せ ば ハ ブ は 長 き 該 を 輪 に グ ル リ と 巻 き て 頭 を 後 身 に し て イ ザ 好 敵 と 身 構 ひ た り マ ン グ ー ス は 其 れ と も 知 れ ず 後 よ り 寄 り 付 け ば 弦 □ と 計 り に ハ ブ は 躍 り 上 る や 機 敏 な る マ ン グ ー ス は 体 を ヒ ラ リ と 落 ち 述 べ ば 不 意 に 遺 ら れ た か 疵 鼻 上 を ハ ブ は 刺 さ れ た る は 気 の 毒 こ れ よ り 同 勢 二 疋 の マ ン 先 生 の 援 兵 と 放 ち し も 其 程 の 活 動 は 見 ず ハ ブ 師 を し て ハ ブ の 位 置 を 転 換 せ し め し も 蛇 は 終 に 壁 の 利 を 籍 り て 一 角 に □ し マ ン グ ー ス 容 易 に 近 く べ か ら ず 午 後 0 時 迄 何 の こ と な く 菰 を 引 上 げ 更 に 県 庁 会 議 室 に 一 室 を 仕 つ ら へ 再 試 験 に 着 手 し た り 午 後 1 時 例 の 如 く 著 手 マ ン グ ー ス を 3 疋 網 籠 中 よ り 取 出 す や ハ ブ は 亦 勢 良 げ に 身 構 へ り 小 い と 思 ひ し マ ン グ ー ス 今 迄 周 囲 に 走 り 狂 ひ し が ハ ブ を 目 懸 る や 否 や 十 分 隙 も あ ら せ ず 天 の 如 く ハ ブ の 後 頭 飛 び 付 し て 152 一

(14)

報 轄 蚕 く や 否 や 流 石 の ハ ブ も 身 を 標 は し骨豊 を 長 く 動 し む る の み 同 時 に 他 の マ ン グ ー ス も 飛 び 付 き 尾 を 食 ふ や ら 艦 を 無 二 無 三 に 肉 に 食 ひ 就 き 頭 は 食 ひ 切 っ て 腹 中 に 納 め 飯 を 喰 ふ が 如 く に 捕 殺 し た り こ れ を 見 た る 渡 瀬 博 士 今 迄 片 唾 を 呑 ん で 結 果 奈 何 れ と 手 に 汗 を 握 り 居 り し か 口 般 の 結 果 に 際 し て 拍 手 愉 快 を 叫 べ り 有 繋 は 学 者 丈 又 結 果 の 是 否 に 任 せ る 博 士 の 熱 心 の 程 想 遺 ら れ て 口 か し 後 其 状 況 を 影 撮 して 此 内 亦 第二 回 の 実 験 に 取 懸 る 筈 な り ● 玉 利 渡 瀬 両 博 士 の 歓 迎 会 : 一 昨 晩 風 月 槙 に 於 け る 玉 利 農 学 博 士 渡 瀬 理 学 博 士 の 歓 迎 会 は 官 民 の 重 な る も の60余 名 出 席 し 先 づ 河 村 事 務 官 立 っ て 玉 利 博 士 が鹿 児 島 高 等 農 林 学 校 長 の 身 を 以 て 幸 ひ にも 今 般 本 県 に 渡 来 せ ら れ 日 本 の 南 西 部 に 於 け る 農 林 上 の 位 置 関 係 を 設 示 せ ら れ 且 つ 親 し く 本 県 に 熱 帯 植 物 園 を 設 置 す る の 実 地 踏 査 を 遂 げ ら れ 又 た 渡 瀬 博 士 が 遠 く 印 度 地 方 よ り マ ン グ ー ス を 携 帯 せ ら れ て 自 ら 当 地 に 渡 来 せ ら れ 其 の 養 護 上 の 方 法 注 意 を 教 示 せ ら れ し は 必 ず や 本 県 の 産 業 上 に 多 大 の 効 果 あ ら ん こ と を 信 じ て 我 々 口 県 の 官 民 が 大 に 喜 び 以 て 深 く 感 謝 す る 口 な り 而 し て 今 晩 我 々 口 両 博 士 と 一 堂 に 会 し て 歓 □ 以 て 其 の 旅 情 を 慰 す る 機 会 を 得 た る は 頗 る 満 足 す る 所 な り と の 意 を 述 べ 次 口 玉 利 博 士 は 口 も 懇 切 な る 優 待 を 謝 す る 旨 を 語 ら れ し が 両 博 士 の 前 に は 会 衆 の 其 の 杯 を 得 て 且 つ 該 博 に し て 興 味 あ る 動 植 物 及 び 産 業 上 の 口 話 を 聞 て 喜 ぶ も の 絶 へ ず 充 ち 満 ち た る 状 情 あ り し は 此 の 種 の 会 に 於 て 多 く 見 ざ る 所 の 好 況 な り き 1910年 (明 治43) 4 月16日 琉 球 新 報 ◎ 渡 瀬 博 士 の 講 話 : ◎ 鼠 と 蛇 の 吾 人 に 禍 す る も の 極 め て 莫 大 な る に 今 に 駆 除 の 方 法 を 講 ず る 口 は ざ る は 悲 し む 可 し 凡 口 世 界 の 事 は 人 為 を 以 て 口 す 可 き あ り 動 か す 可 ら ざ る あ り 日 月 星 辰 の 進 行 の 如 き 天 然 自 然 の 法 則 な ど は 人 為 を 以 て 如 何 と も す る 能 は ざ れ ど 蛇 鼠 と 人 類 の 関 係 及 び 其 繁 殖 の 如 き は 半 ば 人 為 的 に し て 他 の 自 然 の 現 象 と は 大 に 趣 を 異 に せ る を 以 て 人 為 を 以 て 駆 除 し 得 ず と も 限 ら ざ る べ し ◎ 之 等 の 動 物 を 駆 除 す る に 二 法 あ り て 東 洋 西 洋 と の 間 に 其 手 段 の 異 る も の あ り 東 洋 に て は 主 と し て 薬 品、 又 は 口 の 如 き も の を 以 て す と 錐 其 繁 殖 力 の 強 盛 な る 口 も 此 種 の 方 法 に て は 間 に 合 ひ 難 し 然 る に 西 洋 に て は 自 然 の 敵 を 利 用 す 即 ち 害 虫 あ れ ば其 敵 を 求 め 之 を 繁 殖 して 害 虫 を 駆 除 せ し む 之 れ 即 ち 博 物 学 の 進 歩 せ る 所 に あ ら ざ れ ば 企 及 し 得 ざ る も の あ り ◎ 瓜 畦 に 於 て は 即 ち 此 法 に 依 っ て 駆 除 に 苦 心 し た る 時 代 あ り き 即 ち 鼠 を 駆 除 す る 為 め に 最 初 南 米 地 方 よ り 一 種 の 墓 を 移 入 し 来 つ て 鼠 を 呑 ま し め ん と し た る も 失 敗 に 帰 し、 次 に 赤 蟻 の 口 口 な る を 輸 入 し た る も 予 期 に 副 は ず 馳 を 輸 入 し た る も 思 は し く な く 最 後 に 1 種 の 犬 を 輸 入 し て 梢 々 成 功 に 近 き を 得 た る も 甘 庶 畑 を 奔 走 す る の 結 果 刺 の 為 め に 目 を 損 じ て 多 く 用 を 為 さ ず 非 153

(15)

常 に 困 却 せ る 所 へ 此 の マ ン グ ー ス を 得 最 初19頭 を 移 し 来 つ て 盛 ん に 繁 殖 を 口 り た る 結 果 は 見 事 に 成 功 を 来 た し 今 日 に 於 て は 之 が 為 め に 砂 糖 丈 け に て 1 年 に150 万 円 の 増 穫 あ り と 云 ひ 其 他 珈 瑳 な ど の 如 き 鼠 の 為 め に 栽 培 し 得 ざ る も の 盛 ん に 之 を 営 む を 得 た れ ば 其 利 益 莫 大 な り と 云 は ざ る 可 ら ず 然 し 今 日 に て は 繁 殖 過 度 に 失 し た る 為 め 鼠 は 既 に 取 り 蓋 く し て マ ン グ ー ス の 食 物 乏 し き 為 め 口 又 は 甘 庶 に 掛 り 若 く は 又 共 喰 ひ を 為 す が 如 き 程 度 に 至 れ る は 大 に 鑑 む 可 き 事 な り ◎ マ ン グ ー ス は 形 体 は 鼠 馳 に 似 た れ ど 歯 は 解 剖 学 上 明 か に 肉 食 動 物 た る を 示 し 其 性 質 は も っ と も 狸 に 近 き も の あ り 原 産 地 は 阿 弗 利 加 な れ ど 古 来 印 度 に も 多 し 学 名 を 「ハ ル ペ ス テ ス、 マ ンゴ ー 」 と 云 ふ も 其 名 称 頗 る 多 く 「ニ ュ ー ル」 と も 「 ペ ジ ー」 と も 「ナ グ ラ」 と も 云 ふ 而 し て ヘ ル ペ ス テ ス と は 蛇 を 食 ふ の 意 味 に て 支 那 に 於 て 食 蛇 鼠 と 命 名 せ る と 同 一 轍 に 出 づ 印 度 に て は 家 庭 に も 多 く マ ン グ ー ス を 飼 養 せ る が 能 く 人 に 馴 れ 家 庭 の 慰 物 と し て □ 伽 語 の 中 心 と な り 又 は 教 訓 の 材 料 と し て 取 扱 は れ つ ・ あ り ◎ ナ イ ル 河 畔 に 埃 及 文 明 の 勃 興 せ し 時 代 河 畔 の 平 野 は 穀 物 豊 饒 に し て 世 界 の 宝 庫 と 歌 は れ た る が 其 代 り 鼠 も 亦 多 き よ り 猫 を 以 て 其 駆 除 を 口 れ り 猫 の 飼 養 は 実 に 埃 及 よ り 起 る、 然 れ ど も 川 に は 鰐 魚 多 く し て 人 畜 の 禍 害 頗 々 た る を 以 て マ ン グ ー ス を 繁 殖 せ し め て 鰐 魚 の 卵 を 食 は せ た る 事 あ り 当 時 之 を イ ク ニ ュ ー モ ン (希 □ 語) と 称 せ り 英 語 の 之 を 訳 し て ト ラ ッ カ ー (追 跡 者 の 意 味) と す る 所 以 の も の は 鰐 魚 の 跡 を 追 ひ 廻 は り て 卵 を 奪 ひ 去 る よ り 出 で た る も の な ら ん ◎ マ ン グ ー ス は 其 性 極 め て 敏 捷、 殺 伐 に し て 好 ん で 鼠、 蛇 及び 其 卵 を 食 す る を 以 て 本 県 に て も 適 当 の 方 法 を 以 て 之 が 繁 殖 を 口 り 野 鼠 及 び 飯 匙 蛇 を 駆 除 す る に は 極 め て 好 都 合 な ら ん と 信 ず 其 の 蛇 と 戦 ふ 時 の 如 き 蛇 の 撲 た ん と し て 身 構 へ た る 周 囲 を 疾 走 し 隙 を 視 つ て 頭 に 噛 み 付 く 其 挙 動 極 め て 敏 捷 な る と 共 に 一 旦 噛 み 付 き た る 以 上 は 殺 さ ざ れ ば 止 ま ざ る も の な り ◎ マ ン グ ー ス は 斯 く 珍 奇 な る 動 物 な れ ど 気 候 食 物 其 他 境 遇 の 彼 に 適 当 な る も の あ る に 於 て は 無 限 に 繁 殖 す る も の に て 如 何 に 有 益 の 動 物 な り と も 分 外 に 繁 殖 す る に 於 て は 口 つ て 之 を 持 て 余 す 事 印 度、 瓜 畦、 布 畦 の 如 き に 至 る を 以 て マ ン グ ー ス の 繁 殖 を □ る に は 其 程 度 及 び 時 と 場 所 を 考 え る を 要 し 若 し 適 度 以 上 に 繁 殖 す る 場 合 に け 其 繁 殖 が 抑 ふ る 丈 け の 手 段 は 豫 め 講 究 し 置 か ざ る 可 ら ず 然 れ ど も 実 際 に 於 て は 其 毛 皮 利 用 の 道 も あ る 可 き を 以 て 如 何 に 繁 殖 し て も 全 然 無用 物 と な る が 如 き 事 は 無 か る 可 き か ◎ 余 は 夏 季 ペ ス ト 流 行 の 時 期 の 如 き マ ン グ ー ス を 内 地 に 齎 し て 開 港 地 の 倉 庫 等 に 於 け る 家 鼠 の 駆 除 を 試 む る の 希 望 を 有 す 之 は 強 ち 不 可 能 の 事 に あ ら ず 如 何 と な れ ば 桑 港 に て 余 は マ ン グ ー ス を 持 ち 廻 り 家 鼠 1 匹 5 弗 の 賃 金 を 得 て 営 業 と せ る も の を 見 た れ ば な り マ ン グ ー ス は 兎 に 角 重 宝 な 動 物 に し て 154 一

(16)

馴 る れ ば 猫 よ り も 人 に 懐 く も の に て 蛇 鼠 を 征 伐 す る の み な ら ず 一 方 に て は 又 家 庭 の 慰 物 と も な る を 以 て 余 は 成 と 可 く 各 戸 に 飼 養 せ ら れ ん 事 を 望 む 而 し て 今 や 鼠 の 問 題 極 め て 盛 な る 時 節 柄 な れ ば 余 は 日 本 の 為 め の み な ら ず 世 界 の 為 め 諸 君 が 充 分 の 同 情 と 注 意 を 以 て 其 繁 殖 飼 養 に 尽 力 さ れ ん 事 を 切 望 す (完) ◎ マ ン グ ー ス と 飯 匙 蛇 の 試 合 (マ ン 君 の 大 勝 利) : 渡 瀬 博 士 が 遙 々 印 度 か ら 齎 ら し た 遠 来 の 珍 客 マ ン グ ー ス 君 は 愈 よ 昨 日 を 以 て 当 地 名 物 の 飯 匙 蛇 と 試 合 を や る 事 と な っ た 午 前10時 頃 農 事 試 験 場 の 事 務 室 の 一 部 を 片 付 け て 硝 子 障 子 を 立 て 連 ね 此 処 を 試 合 の 場 所 に 定 め 口 渡 瀬 博 士 や 河 村 事 務 官 以 下 県 庁 の 各 課 長 庁 員 が 立 ち 会 ふ て 先 づ 鼠 か ら 捕 ら せ る 事 に す る 左 う 口 う す る 中 に 弁 護 士 が 来 る 実 業 家 が 来 る 新 聞 記 者 来 る 郡 区 役 所 員 来 る と 云 ふ 有 様 皆 硝 子 戸 の 外 に 立 っ て 物 珍 ら し げ に 見 て 居 る、 そ こ で 先 づ 一 頭 の マ ン グ ー ス を 引 き 出 し て 鼠 を 放 つ て や っ た ら 手 も な く 飛 び 掛 か っ て 喰 ひ 殺 し て 肉 を 噛 じ り 始 め た の で 鼠 な ら ば 訳 は な い か ら 之 か ら が 愈 々 飯 匙 蛇 の 真 剣 勝 負 と あ っ て 飯 匙 蛇 取 り に 命 じ て ハ ブ を 囲 の 中 に 入 れ さ せ た、 サ ア 之 か ら だ と 思 っ て 居 る と い つ の 間 に か 此 の 開 開 以 来 の 珍 試 合 を 見 物 し よ う と 云 ふ 連 中 が 潮 の や う に 押 し 掛 け て 来 て 事 務 室 の 周 囲 は 忽 ち 人 の 黒 山 と な っ て 大 騒 ぎ し て 居 る、 所 が マ ン グ ー ス 先 生 は ハ ブ の 居 る の に 気 が 付 か な い や う で 唯 周 囲 の ワ イ ワ イ を 迂 散 気 に 見 て 居 る の で あ っ た が 飯 匙 蛇 を 包 ん で 来 た 風 呂 敷 を 嗅 ぎ 付 け て 始 め て 気 が 付 い た ら し く ノ コ ノ コ と 其 側 に や っ て 行 く と ハ ブ は 突 然 身 構 を 為 し て マ ン 君 の 鼻 先 を 撲 つ 血 が だ ら だ ら と 流 れ る、 不 意 を 突 か れ て マ ゴ マ ゴ し て 居 る と 今 度 は 背 中 と 来 る マ ン グ ー ス 先 生 見 苦 し い 不 覚 を 取 っ て 再 び 向 ふ 勇 気 も な く な っ て 外 に 逃 げ 出 そ う と す る ば か り で あ る ソ コ で 外 の 三 匹 を 籠 か ら 出 し て 飯 匙 蛇 に 向 は せ た が 唯 気 合 が 窺 つ て 睨 み つ こ を す る ば か り 口 と 思 は し い 勝 負 も な い 兎 角 す る 中 に 窓 の 外 で は 群 衆 が 押 し 合 っ た り 怒 鳴 っ た り 頻 り と 騒 い で 居 る も の だ か ら 外 来 の マ ン 君 は 兎 角 遠 慮 勝 ち で 思 ひ 切 っ た 働 き を 見 せ そ う で は な い の で 之 で は 駄 目 だ か ら 県 庁 内 で や り 直 そ う と 云 う 事 に な り 一 切 の も の を 県 庁 に 引 き 上 げ 会 議 室 の 一 隅 に 再 び 元 の や う な 仕 掛 け で 硝 子 障 子 を 立 て 列 ね 蛇 と マ ン グ ー ス を 三 頭 程 入 れ た 、 二 匹 の 奴 が 周 囲 の 群 衆 に た ち て マ ゴ マ ゴ し て 居 る 間 に 一 匹 の も の は 直 ぐ □ 身 を 躍 ら せ て 既 に 飛 び 掛 か ろ う と す る 飯 匙 蛇 を さ る も の だ か ら 逸 早 く 身 構 へ を 為 し 得 意 の 鎌 首 を 真 申 に 振 り か ざ し 毒 牙 を む き 出 し て サ ア 来 い と 待 ち 構 へ る、 マ ン 君 も 後 足 で 直 立 し 全 身 の 毛 を 逆 立 て て 隙 も あ ら ば 飛 び 掛 か ろ う 云 ふ 勢 ひ 周 囲 の 人 々 は ド ウ な る 事 か と 手 に 汗 を 握 っ て 居 る 中 に 飯 匙 蛇 の 方 か ら 其 高 々 と 振 り 上 げ た 鎌 首 を マ ン 君 目 掛 け て 勢 ひ 鋭 く 投 げ 出 し た と 思 ふ 間 も あ ら ば こ の マ ン 君 は 素 早 く 身 を か は す と 共 に 直 ぐ 口 口 鎌 首 に 噛 み 付 く そ こ 155 一

(17)

で 飯 匙 蛇 は 七 転 八 倒 頻 と 振 り 放 そ う と す る け れ ど も 中 々 放 さ ず 凡 そ も の の 二 三 分 も 経 な い 中 に 見 ん 事 往 生 し て 仕 舞 っ た の で あ る マ ン 君 の 戦 闘 振 り の 機 敏 な 事 と 云 っ た ら 夫 こ そ 電 光 石 火 鎌 首 三 寸 に し て 身 を 醗 へ す と 云 ふ 勢 ひ だ 然 し 飯 匙 蛇 だ っ て マ ン 君 の 敵 と し て そ う 馬 鹿 に し た も の で あ る ま い 今 は 昔 し 故 伊 藤 公 が 当 地 に 来 遊 さ れ た 時 ハ ブ と 猫 を 橿 の 中 に 入 れ て 立 合 は せ た 事 が あ っ た そ う で 時 の 随 行 者 森 口 南 氏 は 其 悲 壮 の 光 景 を 口 蛇 行 に 歌 っ て 居 る が 今 度 の 催 も 亦 之 に 劣 ら ざ る 晴 れ の 試 合 で あ る 然 る に 吾 輩 は 此 の 晴 れ の 試 合 に 於 て 見 事 遠 来 の 珍 客 マ ン 君 の 大 勝 利 に 帰 し た 事 を 謹 ん で 天 下 の 為 マ ン 君 の 為 め に 祝 す る の で あ る ト 饒 計 な 事 に 気 を 取 ら れ て 一 寸 云 ひ 忘 れ た が ハ ブ の 為 め に 二 度 も 噛 ま れ た マ ン 君 は 毒 に 当 つ て 死 ぬ 事 か と 思 ひ の 外 相 変 ら ず の 元 気 で 更 に 別 条 の な い 所 を 見 れ ば 多 分 ハ ブ 毒 に は 不 感 性 だ ろ う と の 話 益 々 以 て 結 構 な 次 第 だ ◎ マ ン グ ー ス の 飼 養 : マ ン グ ー ス は 安 里 農 事 試 験 場 に 於 て 一 部 は 金 網 を 囲 ふ て 飼 養 し 一 部 は 甘 庶 畑 に 放 飼 す る 計 画 に て 又 其 一 部 は 国 頭 農 学 校 に 貸 輿 飼 養 せ し む と 云 ふ ◎ 黒 岩 校 長 の 出 覇 : 黒 岩 国 頭 農 学 校 長 は 一 昨 日 入 港 の 便 に て 出 覇 池 畑 に 投 宿 せ り マ ン グ ー ス は 4 月13日 に 沖 縄 島 に 到 着 し た6 到 着 直 後 の 記 事 に は 渡 瀬 に 対 す る 感 謝 の 気 持 ち が 現 れ て い る。 ま た、 歓 迎 会 に は 多 く の 民 間 人 や 県 当 局 関 係 者 が 出 席 し て お り、 ハ ブ や ネズ ミ 駆 除 へ の 期 待 ば か り で な く、 マ ン グ ー ス が 増 え た 暁 に は 毛 皮 を 利 用 し よ う と い う 発 想 ま で 出 て い る。 4 月15日 に 行 な わ れ た 実 験 に は 当 時 の 県 事 務 官 三 氏 (河 村 弥 三 郎、 和 田 勇 、 岸 本 賀 昌) 、 各 課 長、 係 員、 渡 瀬 庄 三 郎、 玉 利 喜 造、 那 覇 区 長、 県 会 議 員、 郡 役 所 員、 弁 護 士、 実 業 家、 新 聞 記者 の他 老 弱 男 女 が 参 観 して い た ら しく (岸 田, 1927) 関 心 の 高 さ を 伺 い 知 る こ と がで き る。 新 聞 記 事 に も あ る よ う に、 ハ ブ に 咬 ま れ た マ ン グ ー ス が 少 な く と も 1 頭 以 上 い る は ず だ が 咬 ま れ た 後 の マ ン グ ー ス に つ い て の 記 述 は 無 い そ れ に 19日 ま で の 配 置 状 況 を 見 る と み ん な 生 存 し て い た こ と に な っ て い る。 記 事 の と お り ハ ブ に 数 回 咬 ま れ て い る の で い る と し た ら、 通 常 の 動 物 で あ れ ば 何 ら か の 影 響 が 発 生 す る と 思 わ れ る。 し か し、 マ ン グー ス の 血 清 中 に は ハ ブ の 出 血 毒 に 対 す る 抗 体 の 存 在 が 確 認 さ れ て い る こ と か ら (To mihara et al,,198 一 156 一

(18)

7)、 当 時 ハ ブに 咬 ま れ た マ ン グ ー ス は 記 事 の と お り 影 響 がほ と ん どな か っ た こ と も 考 え ら れ る 一 方 名 護 に 持 ち 込 ん だ 4 頭 の マ ン グ ー ス は ハ ブ と の 対 戦 に よ る 酷 使 で 全 て 死 亡 し た と さ れ て い る が (伊 波1966)、 そ れ に は 毒 の 影 響 が 全 く 無 い と い う 状 況 下 で は 考 え に く く、 何 ら か の 影 響 が あ っ た 可 能 性 も あ り え る。 毒 の 影 響 に つ い て は 当 時 の 資 料 の 詳 細 な 調 査 が 必 要 と 思 わ れ る マ ン グ ー ス の 配 置 (1910年 4 月 17日 ∼ 4 月 21日 の 記 事) 1910年 (明 治43) 4 月17日 琉 球 新 報 ◎ マ ン グ ー ス 余 聞 : マ ン グ ー ス が 昨 年 渡 瀬 博 士 が 来 県 さ れ た 時 に 島 尻 郡 に 鼠 が 多 く ど う も 農 作 物 を 害 し て 困 る と の 話 が 始 ま っ た 夫 な ら ば 印 度 に 斯 う 云 ふ 動 物 が 居 る 鼠 の 駆 除 な ら 訳 は な い か ら 僕 が 世 話 し て や ら う と 云 ふ 事 に な っ て 今 度 博 士 自 身 が 口 々 出 掛 け て 持 っ て 来 ら れ た の で 元 を 云 へ ば 一 場 の 座 談 に 過 ぎ な か っ た の で あ る そ う な ▲ そ こ で 元 来 か ら 云 へ ば 野 鼠 を 取 ら せ る の が 目 的 で あ る け れ ど も 重 宝 な 事 に は マ ン グ ー ス 先 生 蛇 の 征 伐 を 副 業 に し て 居 る の で ハ ブ の 多 い 当 地 で は 益 々 以 て 結 構 な 奴 だ と 云 ふ 事 に な り 一 昨 日 飯 匙 蛇 と 立 合 せ て 見 た ら 物 の 見 事 に 退 治 し て 仕 舞 っ た ▲ 尤 も 最 初 の 中 は マ ン 君 も 旅 の 疲 れ は あ る 群 衆 は 騒 ぎ 立 て る 加 之 に 飯 匙 蛇 と は 初 対 面 で あ る か ら 一 寸 ま ご つ い た や う な 気 味 は あ っ た が 少 し 呼 吸 を 覚 へ た ら 何 の 朝 飯 前 と 云 っ た よ う な 工 合 で あ っ た ▲ た “ 祖 先 代 々 印 度 の 毒 蛇 コ ブ ラ と ば か り 戦 っ て 来 て 居 る か ら 今 度 の 戦 闘 振 リ も 最 初 の 中 は コ ブ ラ に 対 す る 型 で あ っ た が 一 寸 勝 手 が 違 ふ の を 見 て 気 抜 け し た 気 味 が あ っ た と は 黒 人 の 観 察 談 で あ る ▲ 之 か 事 実 で あ る な ら ば マ ン 君 も 追 々 ハ ブ に 対 す る 戦 術 を 考 へ る や う に な る だ ろ う し 又 現 に 二 回 も 噛 み 付 か れ た も の が 今 に 至 る ま で 少 し も 毒 に 感 ぜ ず 平 気 で 居 る 所 か ら 見 て も 飯 匙 蛇 が 到 底 マ ン 君 の 敵 に あ ら ざ る 事 が 分 か る ▲ 印 度 で は 家 庭 に 養 っ て 口 伽 話 や 教 訓 の 材 料 に し て 居 る そ う だ 其 一 例 を 云 へ ば 或 婦 人 が 乳 呑 児 を マ ン 君 に 托 し て 外 出 し た 帰 っ て 見 る と 子 供 は 喉 を 噛 ま れ て 血 だ ら け て 死 ん で 居 る 吃 驚 し て マ ン 君 を 見 た ら 之 も 口 は 血 が 付 い て 居 る の で 屹 度 此 奴 が 噛 み 殺 し た に 違 ゐ な い と 云 っ て 直 ぐ 様 マ ン 君 を 叩 き 殺 し て 仕 舞 っ た ▲ 所 が 後 で 気 を 付 け て 見 る と 側 に コ ブ ラ が 血 だ ら け に 噛 み 殺 さ れ 居 る の で ハ ハ ア 之 は コ ブ ラ が 嬰 児 を 噛 殺 し た の を マ ン 君 が 讐 を 取 て 呉 れ た の だ と 云 ふ 事 が 分 り 大 に 後 悔 し た と 云 ふ 話 が あ っ て 之 を 以 て 人 の 軽 卒 を 警 め る 教 訓 に し て 居 る と は 渡 瀬 さ ん の 演 説 の 一 節 だ ▲ 家 庭 に 飼 っ て よ く 懐 け る と 猫 よ り も 馴 れ て 家 族 の 布 団 の 中 に モ グ リ 込 ん だ り す る 又 ポ ッ ケ 157 一

(19)

ッ ト の 中 に 入 れ て 外 出 な ど も 出 来 る の で 大 に 慰 み 物 に な る そ う だ が 其 代 り 迂 っ か り す る と 食 卓 の 御 馳 走 な ど を 凌 っ て 逃 げ る そ う だ 現 に 博 士 な ど も 印 度 で 食 事 の 際 一 寸 側 見 を し て 居 た ら 何 時 の 間 に か 宿 屋 の マ ン 君 が 飛 ん で 来 て 皿 の ビ フ テ キ を 勝 手 に 頂 戴 し て 逃 げ た と 云 ふ 話 で あ る マ ア マ ア 猫 の 極 く 素 ば し こ い 奴 と 思 っ た ら 間 違 は な か ら う 1910年 (明 治43) 4 月18日 沖 縄 毎 日 新 聞 ● マ ン グ ー ス 試 験 地 :29 頭 の マ ン グ ー ス は 其 飼 養 試 験 を 行 ふ 爲 め 首 里 城 那 覇 泊 泉 崎 農 事 試 験 場 及 び 国 頭 農 学 校 に 二 頭 を 飼 育 試 験 す る 筈 な り ● 渡 瀬 博 士 : 渡 瀬 博 士 は 昨 日 正 午 よ り 首 里 城 に 同 城 内 に マ ン グ ー ス 試 験 地 設 定 の 爲 め 同 地 観 察 に 起 け り ● 黒 岩 校 長 : 黒 岩 国 頭 農 学 校 長 は 昨 日 渡 瀬 博 士 同 道 首 里 城 内 マ ン グ ー ス 試 験 地 選 定 の 爲 め 同 地 に 趣 き た る 由 1910年 (明 治43) 4 月19日 沖 縄 毎 日 新 聞 ● 渡 瀬 博 士 : 渡 瀬 理 学 博 士 は 昨 日 倉 賀 野 技 師 と 共 に 首 里 城 の マ ン グ ー ス 試 験 地 に 赴 き 午 後 4 時 帰 覇 し た り 本 日 の 薩 摩 丸 に て 出 発 す る 筈 ● 黒 岩 校 長 帰 校 : 出 覇 中 な り し 国 頭 農 学 校 長 黒 岩 恒 氏 は 昨 日 の 運 輸 丸 に て マ ン グ ー ス 四 疋 を 携 へ 帰 校 し た る 由 1910年 (明 治43) 4 月19日 琉 球 新 報 ◎ マ ン グ ー ス の 配 置 : 今 回 移 入 せ ら れ た る マ ン グ ー ス は 雄14 頭 雌15 頭 な る か 如 何 に し て 之 を 配 置 す る か と 云 ふ に 昨 日 渡 瀬 博 士 倉 賀 野 技 師 立 会 の 上 安 里 農 事 試 験 場 の 甘 庶 畑 に 雌 雄 二 対 を 放 飼 し 二 対 は 黒 岩 校 長 携 帯 昨 日 国 頭 農 学 校 へ 口 ら し た り 猶 ほ 首 里 城 内 に も 放 飼 す る 為 渡 瀬 博 士 は 昨 日 実 地 の 視 察 を 遂 げ た る が 多 分 本 日 二 対 を 同 城 内 に 放 つ 可 く 其 他 糖 務 局 に 於 て も 構 内 の 甘 庶 試 験 地 に 放 飼 せ ん 事 を 希 望 せ る 由 な れ ど 之 は 未 だ 決 定 し 居 ら ざ る が 如 し 斯 く し て 以 上 各 地 に 配 置 し た る も の の 外 は 常 分 安 里 の 試 験 内 に 小 舎 を 設 備 し て 飼 養 繁 殖 を 計 る 筈 因 に 黒 岩 校 長 は マ ン グ ー ス に 対 す る 学 術 的 研 究 に 従 事 す る 事 と な れ る か 雌 雄 二 対 を 得 て 恰 も 愛 児 を 求 め た か の 如 く 大 満 足 を 以 て 先 日 名 護 に 携 帯 し 行 き し か 先 日 帰 校 の 上 は 時 を 移 さ ず 生 徒 に 命 じ て 小 舎 を 設 備 せ し め 最 も 大 切 に 保 護 飼 養 す る 考 な り 云 々 と 語 り た り ◎ 黒 岩 校 長 帰 名 す : 国 頭 郡 農 学 校 長 黒 岩 恒 氏 昨 日 の 便 船 に て 出 発 帰 校 せ り 1910年 (明 治43) 4 月 20日 沖 縄 毎 日 新 聞 ● 首 里 城 にマ ン グ ー ス : 昨 日 午 前 9 時 渡 瀬 博 士 倉 賀 野 技 師 大 工 廻 技 手 同 道 首 里 城 に 赴 き マ ン グ ー ス を 同 区 各 小 学 校 生 徒 に 見 物 せ し め た る 後 午 前 11時 雌 雄 四 頭 共 神 廟 殿 後 方 の 藪 中 に 放 し た り と 1910年 (明 治43) 4 月20日 琉 球 新 報 158 一

(20)

◎ 首 里 城 内 ヘ マ ン グ ー ス 放 飼 : 昨 日 午 前10 時 頃 渡 瀬 博 士、 倉 賀 野 技 師、 大 工 廻 技 手 首 里 へ 出 張 し て 城 内 ヘ マ ン グ ー ス を 放 飼 す る □ に な り 各 小 学 校 生 徒 へ 観 覧 せ し め 次 で 同11 時 ご ろ 神 廟 殿 前 の 藪 中 へ 4 頭 放 飼 し た る に マ ン 君 は さ も 嬉 し き 面 付 に て 何 処 と な く 遁 走 し 去 り た り と 云 ふ ◎ 渡 瀬 博 士 の 陳 列 所 巡 観 : 昨 日 午 後 4 時 よ り 来 県 中 の 渡 瀬 博 士 と 大 工 廻 技 手 随 行 に て物 産 陳列 所 を 巡 観 口 琉 球 産 反 布 類 視 察 の 後 八 重 山 上 布 を 購 求 せ ら れ し が如 才 な き 大 工 廻 技 手 は 今 し も 博 士 の 上 布 を 取 上 げ 緋 の 模 様 な ど ス ッ カ リ お 気 に 召 し 居 る 所 を 見 て 取 る や 上 布 口 殊 の 口 質 の 説 明 中、 之 れ は 若 し 二 代 三 代 で す か ら ね と 博 士 の 顔 を 打 窺 く と 博 士 は 一 寸 解 り 兼 ね し と 見 □ 二 代 三 代 と は と 問 返 す、 大 工 廻 氏 ハ ッ と 言 句 に 詰 り 窮せ し を 傍 に 見 て 居 し 安 里 書 記 が 気 転 を 利 か し、 イ エ 此 上 布 は 二 代 も 三 代 も 迄 も 持 続 き ま す と 云 ふ 意 味 な の で す と 大 工 廻 氏 の 二 代 三 代 に 詳 解 を 試 み た の で 博 士 も ヤ ッ ト 納 得 し 大 工 廻 技 手 も 大 に 安 心 し た そ う だ ◎ 渡 瀬 博 士 : 渡 瀬 博 士 は 明 後 日 出 港 の 馬 山 丸 便 に て 帰 京 の 筈 1910年 (明 治43) 4 月21 日 沖 縄 毎 日 新 聞 ● マ ン い の 配 置 決 定 : 渡 瀬 博 士 の 持 参 し た る マ ン グ ー ス 29頭 は 左 の 各 所 に 於 て 飼 育 試 験 を 行 ふ 旨 決 定 した り 4 頭 国 頭 農 学 校 4 頭 西 原 糖 務 局 4 頭 渡 名 喜 島 4 頭 安 田 農 場 5 頭 農 事 試 験 場 本 場 4 頭 渡 瀬 博 士持 参 ● 渡 瀬 博 士 : 渡 瀬 理 学 博 士 は 昨 日 首 里 城 及 び 安 里 農 場 の マ ン グ ー ス を 視 察 し て 午 後 3 時 帰 覇 し た り 岸 田 (1927) に よ る と、 県 下 に お ける マ ン グー ス の 配 置 は 次 の よ う に な っ て い る。 4 月 17日 沖 縄 県 立 農 学 校 4 頭 (飼 養)、 4 月 18日 沖 縄 県 立 農 事 試 験 場 (安 里) 4 頭 (飼 養)、 4 月19日 首 里 城 内 4 頭 (放 養)、 4 月19日 農商 務 省 沖 縄 糖 業 改 良 事 務 局 (西 原) 4 頭 (飼 養)、 4 月19日 渡 名 喜 島 4 頭 (放 養)、 4 月 19日 農 業 試 験 場 (久 茂 地) 5 頭 (飼 養) の 以 上25頭 が 沖 縄 に、 残 り の 4 頭 は 渡 瀬 博 士 が 大 学 に 持 ち 帰 っ た こ と に な っ て い る。 沖 縄 県 立 農 学 校 に つ い て は、 18日 に 黒 岩 校 長 に よ っ て 持 ち 帰 っ た こ と が 記 事 に 記 さ れ て い る が、 前 述 の 岸 田 (1927) で は17日 と な っ て い る の は、 配 置 の 決 定 ま た は 引 き 渡 し の 期 日 と 実 際 に 運 ん だ 日 に ち と の ず れ に よ る も の と 思 わ れ る。 同 様 な 日 に ち の 159 一

参照

関連したドキュメント

 平成25年12月31日午後3時48分頃、沖縄県 の古宇利漁港において仲宗根さんが、魚をさ

地域の感染状況等に応じて、知事の判断により、 「入場をする者の 整理等」 「入場をする者に対するマスクの着用の周知」

東北地方太平洋沖地震により被災した福島第一原子力発電所の事故等に関する原

東北地方太平洋沖地震により被災した福島第一原子力発電所の事故等に関する原子力損害について、当社は事故

学校の PC などにソフトのインストールを禁じていることがある そのため絵本を内蔵した iPad

In this study, spatial variation of fault mechanism and stress ˆeld are studied by analyzing accumulated CMT data to estimate areas and mechanism of future events in the southern

、「新たに特例輸入者となつた者については」とあるのは「新たに申告納税

3 学位の授与に関する事項 4 教育及び研究に関する事項 5 学部学科課程に関する事項 6 学生の入学及び卒業に関する事項 7