交通学研究 第 63 号 (研究論文)
アクティブシニアの移動手段と身体活動量
*-佐賀県在住者の日常的な買物と非日常的な旅行における交通行動-
亀山 嘉大(佐賀大学)1 要旨 本稿では、佐賀県在住のアクティブシニアを対象に実施したアンケート調査をもとに、日常的な買物と非日常的な旅行で、 回答者の移動手段の選択と身体活動量の関係に違いがあるかどうかを探るために、個々の移動手段の選択を効用関数で定式化 して計量分析を行った。分析結果から、自家用車と運転免許を持たず、日々の運動とウォーキングの習慣がある回答者は、日 常的な買い物を徒歩で済ませる、あるいは、徒歩と自家用車・バスを組み合わせる傾向があることがわかった。旅行先で「散 策」したいと考えている回答者は、非日常的な旅行で散策をする場合、大都市の旅行時は散策を徒歩で行う、あるいは、徒歩 と自動車・バスを組み合わせる傾向があり、地方都市の旅行時は散策で自動車を選択する傾向があることがわかった。 Key Words: アクティブシニア、移動手段、身体活動量、日常的な買物、非日常的な旅行 1.はじめに-問題意識- 本格的な人口減少時代を迎えた我が国では、少子化と高齢化が同時に進行している。長寿化社会において人生 を謳歌し、充実した日々を送るためには、高齢者の健康な長生きが必要である。この結果、医療費や介護費の削 減も期待できる。健康な生活のためには、疫学や医学はもとより食事や運動のあり方も重要である。モータリゼ ーションと飽食の時代の到来は、生活習慣病の増加をもたらした。この背景には、地方都市において自家用車に 依存したライフスタイルが確立され、日常的に徒歩の機会が減少していることがあり、実際、徳島県では、食生 活の改善とあわせて移動手段の見直しによる身体活動量の増加に取り組んでいる(奥嶋・多久和・近藤,2017)。 先行研究で見るように、移動手段と身体活動量に関して、日常生活における移動手段の見直しを通じて、高齢者 をはじめ国民の持続的な健康に寄与できる社会システムの構築に貢献しようという研究が増えている。このよう な日常生活とともに、旅行という非日常生活における移動手段と身体活動量を見ていく必要があるものと考える。 旅行の価値は、近年のインバウンドブームもあって世代を超えて認識されるようになっている。日本交通公社 (2018)の調査は、シニア層の旅行者数が 30%強を占めることを報告している。JTB 総合研究所(2016)の調査 は、今後、シニア世代が「家族とのおでかけ(宿泊・日帰り)」、「貯蓄や投資」、「健康維持・増進のためのこと」 に支出の意向があることを報告している。今後も、高齢者の旅行者数は増えることが想定されている。旅行であ っても、移動手段の選択によって身体活動量を増加させることもできる。しかし、移動手段と身体活動量に関し て、日常的な買物と非日常的な旅行で意識や行動に違いがあるかどうかは定かではない。そこで、佐賀大学公開 講座をはじめ佐賀市内で開講されている複数の生涯学習講座の協力を得て、受講者である相対的に身体活動量の 多い高齢者をアクティブシニアと位置付け、その方々に『日常生活と非日常生活(旅行)における移動手段と身 体活動量に関するアンケート』という調査を実施した。 このアンケート調査をもとに、本稿では、アクティブシニアの日常的な買物と非日常的な旅行で、移動手段の 選択と身体活動量の関係に違いがあるかどうかを探るために、多項ロジット分析を行っていく。 * 2019 年11 月17 日初原稿受理、2020 年2 月1 日採択。本稿は、第78 回 日本交通学会研究報告会の発表時(予稿時)「アクテ ィブシニアの移動手段と身体活動量-佐賀県在住者の日常生活と非日常生活(旅行)の比較から-」というタイトルであった。 1 問合せ先:〒840-8502 佐賀県佐賀市本庄町 1 番地 佐賀大学経済学部/大学院地域デザイン研究科/大学院工学系研究科 教 授 亀山嘉大。E-mail: [email protected]2.先行研究と本研究の位置付け 移動手段と身体活動量に関して、交通分野では、移動手段の選択と交通インフラの整備の関係が追究されてお り、医療分野では、身体活動量の増加と健康維持・増進の関係が追究されている。これらの論点の整理は、村田・ 室町(2006)が詳しいが、これらの研究課題は、高齢化社会のもと健康維持・増進に対応できる(交通インフラ の整備を含む)街づくりに向けたものと理解できる。実際、パーソントリップ調査やアンケート調査で得たサー ベイデータを使用した多変量解析などによって、通勤や買物といった日常生活の移動手段と身体活動量(健康状 態)の関係が検証されている2。これらの先行研究では、ウォーキングを含む徒歩が健康維持・増進に効果がある ことが示されている。例えば、奥嶋・多久和・近藤(2017)は、全回答者の 31.1%を高齢者が占める徳島市在住 者のアンケート調査に基づき、健康意識と環境意識に対応した情報をどのように提示したら、自動車利用から公 共交通利用に転換を図ることができるのかを分析し、疾患リスク、身体活動量、地球環境問題の情報提供が自動 車利用を控える動機付けになることを示している。このように、日常生活における移動手段、身体活動量、健康 維持・増進の関係が追究されているが、個々の移動手段の選択は、個人の効用関数に基づいたものであるため、 経済学分野から、同様の研究課題に挑戦していくことは記述の蓄積の多様化に繋がるものと考える。 さらに、移動手段の選択では、日常的な買物とともに、非日常的な旅行を取り上げて、その動向を探ることも 重要であろう。冒頭で述べたように、シニア層(60~69 歳と 70~79 歳の合算)の旅行者数は30%強を占めてお り(日本交通公社,2018)、シニア世代の支出の意向は「家族とのおでかけ(宿泊・日帰り)」、「貯蓄や投資」、「健 康維持・増進のためのこと」にある(JTB 総合研究所,2016)。これらの調査は、旅行のために健康維持・増進が 必要なことを示唆している。日比野・森地(2006)、日比野・Parumog・平田(2007)は、各種のセンサスデータ に基づき、年齢階層によって旅行における都市間交通機関利用に違いがあるかどうかが分析している。分析結果 から、幹線交通旅客数は60 歳以上で顕著に増加し、近距離で自動車、距離が延びると新幹線や航空機を使用して いることを示している。これらの研究は、年齢階層によって移動手段の選択に違いがあることを示唆している。 ここまでの議論から、高齢者の移動手段と身体活動量に関して、健康維持・増進を目的に日常生活が取り上げ られているが、非日常生活(旅行)は取り上げられていない。そのため、高齢者の日常的な買物と非日常的な旅 行で、移動手段の選択と身体活動量の関係に違いがあるかどうか分析していくことには意義があるものと考える。 3.アンケート調査の概要 アンケート調査は、2019 年 5 月 13 日(月)、15 日(水)、16 日(木)に佐賀大学公開講座「みんなの大学」、5 月14 日(火)に公益財団法人佐賀県長寿社会振興財団の「ゆめさが大学」、6 月 6 日(木)に NPO 法人高遊外売 茶翁顕彰会「おもしろ学講座」の受講者に配布形式で実施し、合計251 の有効回答を得ることができた3。以下で は、一連の調査で得たサーベイデータをもとに、回答者の属性や行動の特徴を概観していく。 回答者の男女比(無回答3)は 109(43.4%):139(55.4%)である。表 1 を見ると、年齢分布は「70 歳~」の 151 人(60.2%)が最大で、平均年齢の74.2 歳(最大値 90、最小値 59)と整合的である。居住形態は「夫婦のみ」 の110 人(43.8%)が最大で、次点の「一人暮らし」の 57 人(22.7%)とあわせ 66.5%になる。自家用車と免許 の保有状況は「両方とも保有」の201 人(80.1%)が突出しているが、「免許を返納した」も15 人(6.0%)いる。 渡航回数は「0 回」の 133 人(53.0%)が最大で、「無回答」の 54 人(21.5%)、「2~5 回」の33 人(13.1%)、「1 2 例えば、谷口・松中・中井(2006)、村田・室町(2006)、難波・室町(2007)、真坂・加藤・近藤・奥嶋(2011,2012,2013)、 孔・近藤・奥嶋・渡辺・近藤(2012)、安東・糟谷・Schmoecker・藤井(2013)、奥嶋・多久和・近藤(2017)などの研究成果が あがっている。これら以外では、インタビュー調査に基づく定性的なアプローチによって、日常生活におけるアクティブシニ アの交通行動とその意識を調査したものとして、髙橋・毛海(2013)がある。 3 みんなの大学では、月曜クラス45 票(受講者数63人、回収率71.4%)、水曜クラス52票(受講者数62人、回収率83.9%)、 木曜クラス50票(受講者数61人、回収率82.0%)、合計147票(受講者数186人、回収率79.0%)の回答を得た。また、ゆめ さが大学で41票、おもしろ学講座で63票の回答を得た。
回」の26 人(10.4%)が続いている。次に、回答者の日常生活の特徴を見ていく。 表2 は、日常生活における直近 1 週間の利用施設の利用回数と移動手段を尋ねたものである。合計を見ると、 「自家用車」が828 回と突出している。「家族や知人の運転車」を加えると901 回となる。表 1 で見たように、回 答者の約60%が 70 代の中、自家用車と免許を「両方とも保有」が約80%を占めていたが、これらのことから、 地方都市である佐賀地域では、自家用車に依存したライフスタイルが確立されていることがわかる。しかし、そ のような環境の中、徒歩の319 回、自転車の194 回が続いており、少なくない回答者が「徒歩・自転車」を活用 していることがわかる。なお、括弧内は全回答者に占める割合であり、これ以降の複数回答の表も同様である。 表 回答者の属性(単位:人(%)) 年齢分布 居住形態 自家用車と免許の保有状況 渡航回数(2017 年以降) 50 歳~ 1(00.4) 一人暮らし 57(22.7) 両方とも保有 201(80.1) 0 回 133(53.0) 60 歳~ 43(17.1) 夫婦のみ 110(43.8) 免許のみ保有 14(05.6) 1 回 26(10.4) 70 歳~ 151(60.2) 親子二世代同居 35(13.9) 両方とも不保有 19(07.6) 2~5 回 33(13.1) 80 歳~ 42(16.7) 親子孫の三世代同居 16(06.4) 免許を返納した 15(06.0) 6~9 回 3(01.2) 無回答 14(05.6) その他 15(06.0) 無回答 2(00.8) 10 回以上 2(00.8) 無回答 18(07.2) 無回答 54(21.5) 出所:アンケートデータに基づき筆者作成 表 日常生活における近 週間の利用施設/移動手段別の利用回数(単位:回(%))複数回答 利用施設 徒歩 自転車 バイク 自家用車 家族・知人の運転車 タクシー バス・鉄道 スーパーマーケット 48(19.1) 44(17.5) 4(1.6) 151(60.2) 9(3.6) 1(0.4) 7(2.8) 大型ショッピングモール 12( 4.8) 15( 6.0) 2(0.8) 97(38.6) 13(5.2) 1(0.4) 6(2.4) コンビニエンスストア 43(17.1) 17( 6.8) 2(0.8) 71(28.3) 4(1.6) 0(0.0) 3(1.2) 商店街 11( 4.4) 6( 2.4) 0(0.0) 19( 7.6) 0(0.0) 0(0.0) 5(2.0) 飲食店 27(10.8) 7( 2.8) 1(0.4) 70(27.9) 21(8.4) 4(1.6) 6(2.4) スポーツ・娯楽施設 20( 8.0) 18( 7.2) 1(0.4) 85(33.9) 8(3.2) 0(0.0) 6(2.4) コミュニティ施設(公民館など) 37(14.7) 23( 9.2) 1(0.4) 61(24.3) 4(1.6) 1(0.4) 3(1.2) 公園 32(12.7) 7( 2.8) 0(0.0) 25(10.0) 3(1.2) 0(0.0) 1(0.4) 行政施設 12( 4.8) 5( 2.0) 1(0.4) 43(17.1) 2(0.8) 0(0.0) 1(0.4) 郵便局・銀行など 48(19.1) 35(13.9) 2(0.8) 106(42.2) 3(1.2) 2(0.8) 8(3.2) 医院・診療所など 29(11.6) 17( 6.8) 1(0.4) 100(39.8) 6(2.4) 3(1.2) 4(1.6) 合計 319 194 15 828 73 12 50 出所:アンケートデータに基づき筆者作成 図1 は、日常生活(買物時・買物以外)の移動手段を尋ねたものである。買物以外は、特に目的を指定していな い。どちらの場合も「自家用車」が突出している。表3 は、図 1 で徒歩・自転車を選択した理由(表中I)、図1 で徒歩・自転車を選択しなかった理由(表中Ⅱ)を(それぞれ表3 の選択肢で)尋ねたものである。買物時・買 物以外のどちらでも、選択した理由は、「徒歩・自転車圏で用が足りる」が最大で、以下、「ダイエット含む健康 管理のため」、「徒歩・自転車が好き」が続いている。選択しなかった理由は、「時間節約や時間制約のため」が突 出している。
図 日常生活の移動手段(複数回答) 出所:アンケートデータに基づき筆者作成 表 徒歩・自転車の選択・非選択理由(複数回答) 出所:アンケートデータに基づき筆者 回答者の非日常生活(旅行)の特徴を見ていく。表にしていないが、回答者に2018 年実績に基づき趣味で使っ た金額、及び、その内、旅行で使った金額(交通費と宿泊費に限定)を尋ねたところ、前者で平均値30 万 6,111 円、変動係数2.55、後者で平均値18 万 5,077 円、変動係数1.30 であった。旅行先を決める理由は、図 2 にあるよ うに、国内・海外/大都市・地方都市に関係なく「名所・景勝地」が突出している。国内の大都市では「旅費」 や「行きやすさ」が続く、国内の地方都市では「保養」や「食事」が続いている。海外の大都市・地方都市では 「安全性」や「旅費」が続いている。一方で、国内でも海外でも、大都市よりも地方都市で「散策できる」があ がっている点は興味深い。図3 は、図 1 に旅行時の移動手段の回答を重ねたものである。旅行時の移動手段は、 旅先(現地)で使用したものに限定しており、旅先までのものを含まない。自分の運転車は、レンタカーの利用 を含む。旅行時は、買物時、買物以外と比較して無回答が多かったが、バスや鉄道の回答は高くなった。 図 旅行先を決める理由(複数回答) 出所:アンケートデータに基づき筆者作成 図 日常・非日常生活の移動手段(複数回答) 出所:アンケートデータに基づき筆者作成 最後に、回答者の健康維持・増進や身体活動量の傾向を見ていく。回答者の日常的な運動の有無(無回答35 人) は188 人(74.9%):28 人(11.2%)である。表 4 は、健康維持のために心掛けていることを尋ねたものである。 「バランスの取れた食事を摂取」、「規則正しい生活」、「定期的な運動」、「健康診断の受診」が上位であった。な お、「定期的な運動」と「日常的に8,000 歩(約 4km)4程度歩く」の合算が延べ136 人で運動を意識している回答 者が多くなっている。表5 は、週平均の運動時間を運動の種類別に尋ねたものである。最も実施者数が多かった 4 一般社団法人人間生活工学研究センターを参考に、高齢者の歩幅を 50cm、あるいは、ウォーキングの歩幅を50cmと想定し て設定した(https://www.hql.jp/database/cat/senior/funcdb/result_dousa)。 0 50 100 150 200 食事 買物 保養 名所・景勝地 気候 旅費 行きやすさ 散策できる 体験観光できる 安全性 国内の大都市 国内の地方都市 海外の大都市 海外の地方都市 0 50 100 150 200 買物時 買物以外 旅行時 理由 買物時 買物時以外 I 徒歩・自転車が好き 18( 7.2) 17( 6.8) 徒歩・自転車圏で用が足りる 53(21.1) 42(16.7) 自家用車などがない 13( 5.2) 9( 3.6) 公共交通の便が悪い 10( 4.0) 11( 4.4) ダイエット含む健康管理のため 29(11.6) 29(11.6) Ⅱ 時間制約や時間節約のため 119(47.4) 134(53.4) 歩くのが辛いため 15( 6.0) 9( 3.6) 身体的に制約があるため 8( 3.2) 5( 2.0) 0 50 100 150 200 買物時 買物以外
のは「ウォーキング」の148 人で、週平均 132 分(2 時間 12 分)実施している。以下、「その他」、「山歩き・山 登り」が続いている。「その他」の自由回答には、ゴルフやテニスが散見される。 表6 は、表 5 を踏まえて、日常生活と非日常生活(旅行)で、「徒歩・自転車」で身体活動量 19Ex(エクササ イズ)を消費できているかどうか尋ねたものである。実際の質問にあたっては、1 日約 2 km 歩くか 5.5km 自転車 を漕ぐと1 週間で 19Ex を消費できることを説明の上、1 日分(1 回分)の基数を想定して回答してもらった。2 ~3 日の旅行時は、基数に日数をかけて回答してもらった。単価運動所要量・運動指針の策定検討会(2006)「健 康づくりのための運動指針2006」は、運動・活動強度の指標 METs に活動時間をかけたものを Ex と定義してい る。生活習慣病の予防に効果がある身体活動量は、週19~26Ex と定められている。表 6 に戻ると、日常生活と非 日常生活の両方で「はい」と「だいたいできている」が類似の数字になっている。 表 健康維持のために心掛けていること(複数回答) 表 週平均の運動時間(複数回答) 実施項目 人数(%) 種類 実施時間(分) 実施者数(%) バランスの取れた食事を摂取 169(67.3) ウォーキング 132.24 148(59.0) 健康食品の利用 30(12.0) ジョギング 3.98 6( 2.4) 規則正しい生活 116(46.2) プールでウォーキング 7.18 9( 3.6) 定期的な運動 95(37.8) スイム(水泳) 2.22 5( 2.0) 健康診断の受診 83(33.1) 山歩き・山登り 14.17 17( 6.8) ストレスの発散 39(15.5) その他 78.31 73(29.1) 日常的に8,000 歩(約4km)程度歩く 41(16.3) 合計 238.10 189(75.3) 定期的に旅行に行く 9( 3.6) 出所:アンケートデータに基づき筆者作成 出所:アンケートデータに基づき筆者作成 表 日常生活と非日常生活(旅行)で、徒歩・自転車で ([ を消費できているかどうか(単位:人(%)) 日常生活 非日常生活(旅行) はい 48(19.1) 40(15.9) だいたいできている 90(35.9) 94(37.5) いいえ 67(26.7) 61(24.3) 無回答 46(18.3) 56(22.3) 出所:アンケートデータに基づき筆者作成 4.実証分析 推定式の特定 ここでは、1)日常的な買物、2)非日常的な旅行を区別した上で、アクティブシニアの移動手段の選択に関し て、個々の移動手段の選択を効用関数で定式化し、回答者の属性や行動(回答者の身体活動量、健康維持・増進 の取り組みなど)とどのような関係があるのかを多項ロジット分析で明らかにしていく。運動所要量・運動指針 の策定検討会(2006)を含む先行研究で、ウォーキングを含む徒歩が健康維持・増進に効果があることが示され ていることを考慮し、回答者の行動の中でも、ウォーキングを含む徒歩を重点的に取り上げる。推定式の特定に あたって、毛海(2005)、奥嶋・多久和・近藤(2017)が参考になる。移動手段の選択に関して、毛海(2005)は、 多項ロジット分析によって、被説明変数(バス・自転車・自家用車の交通手段の選択)に対して、移動費用、快 適性、安全性といったサービス属性が有意に正であることを示している。奥嶋・多久和・近藤(2017)は、順序 ロジット分析によって、被説明変数(自動車利用から公共交通利用への転向意向の有無)に対して、健康意識と
環境意識に対応した情報組み合わせ、運動意識、環境意識、自転車利用通勤経験などが有意に正であることを示 している。 本稿でも、推定式はランダム効用理論に基づくものとし、個人(回答者)iの移動手段𝑗𝑗の選択によって得られ る効用𝑈𝑈𝑖𝑖𝑖𝑖を𝑈𝑈𝑖𝑖𝑖𝑖 = 𝑉𝑉𝑖𝑖𝑖𝑖+ 𝜀𝜀𝑖𝑖𝑖𝑖と設定した。ここで、𝑉𝑉𝑖𝑖𝑖𝑖は観察可能な効用、𝜀𝜀𝑖𝑖𝑖𝑖は観察不可能な確率項である。𝑉𝑉𝑖𝑖𝑖𝑖を (1)式のような線形関数として設定した。 𝑉𝑉𝑖𝑖𝑖𝑖 =∝𝑖𝑖+ ∑𝑛𝑛𝑘𝑘=1𝛽𝛽𝑘𝑘𝑆𝑆𝑖𝑖𝑘𝑘 (1) なお、𝑆𝑆𝑖𝑖𝑘𝑘(𝑘𝑘は属性数)は移動手段𝑗𝑗の属性、∝𝑖𝑖は定数項、𝛽𝛽𝑘𝑘(𝑘𝑘 = 1, … , 𝑛𝑛)はパラメータである。(1)式をもと の効用𝑈𝑈𝑖𝑖𝑖𝑖に代入し整理して、(2)式のような効用関数を得る。 𝑈𝑈𝑖𝑖𝑖𝑖 =∝𝑖𝑖+ ∑𝑛𝑛 𝛽𝛽𝑘𝑘𝑆𝑆𝑖𝑖𝑘𝑘+ 𝑘𝑘=1 𝜀𝜀𝑖𝑖𝑖𝑖 (2) 𝜀𝜀𝑖𝑖𝑖𝑖はガンベル分布に従うと仮定すると、個人iの移動手段𝑗𝑗の選択確率𝑝𝑝𝑖𝑖𝑖𝑖は(3)式で表現できる。 𝑝𝑝𝑖𝑖𝑖𝑖 = exp(𝑉𝑉𝑖𝑖𝑖𝑖) ∑ exp(𝑉𝑉𝑖𝑖 𝑖𝑖𝑖𝑖) (3) このとき対数尤度関数は(5)式で表現できる。 lnL = ∑ ∑ 𝑑𝑑𝑖𝑖𝑖𝑖𝑙𝑙𝑛𝑛 exp(𝑉𝑉𝑖𝑖𝑖𝑖) ∑ exp(𝑉𝑉𝑖𝑖 𝑖𝑖𝑖𝑖) 𝑖𝑖 𝑖𝑖 (4) 𝑑𝑑𝑖𝑖𝑖𝑖は回答者iが𝑆𝑆𝑖𝑖𝑘𝑘を選択したときに1 をとるダミー変数である。以下では、この対数尤度関数をもとに多項ロジ ット分析を行う。 多項ロジット分析-データの説明と分析結果- )日常的な買物:被説明変数は、図1 で見た回答者の移動手段(複数選択)をもとに、「1. 徒歩・自転車のみ で移動」、「2. 自動車のみで移動」、「3. 徒歩・自転車と自動車を組み合わせて移動」、「4. 徒歩・自転車、バス(鉄 道)の組み合わせ」の4 カテゴリに整理し直して、順に1~4 の番号を割り当てたものである。なお、自動車の利 用は、自分の運転車、親族・知人の運転車、タクシーを一本化したものである。この内「2. 自動車のみで移動」 がベースカテゴリである。説明変数は、表1 で見た回答者の属性をもとに、年齢lnAge、性別ダミーDM-Gender (男性が0、女性が 1)、2018 年実績に基づき趣味で使った金額lnBudget を基本的な変数群として設定した。さら に、身体活動量、健康維持・増進の活動の捕捉のために、表5 で見た週平均の運動時間を個々で集計した1 週間 の運動時間総数lnExTime、同じく週平均のウォーキング時間の内、週 210 分以上した回答者を 1、それ以外を 0 としたDM-Working、さらに、表 1 で見た「自動車・免許の両方保有」を基準に、自動車・免許の両方不保有ダ
ミーDM-Auto を設定した。表7a は、多項ロジット分析の結果である。左パネルでは、lnExTime と DM-Auto が有
意に正なので、運動時間総数や自動車・免許の両方不保有数が増えると、ベースカテゴリの「2. 自動車のみで移 動」から他の3 カテゴリに移る確率が高まることを示している。右パネルでは、DM-Auto と DM-Working が有意 に正なので、自動車・免許の両方不保有数や週210 分以上のウォーキング実施者数が増えると、ベースカテゴリ の「2. 自動車のみで移動」から他の 3 カテゴリに移る確率が高まることを示している。推定結果の解釈としては、 運動時間総数が高く、週210 分以上のウォーキング実施している回答者は、何らかの形で徒歩が関係した移動手 段をとっていることが示唆された。 )非日常的な旅行:被説明変数は、図3 で見た回答者の移動手段(複数選択)をもとに、「1. 徒歩・自転車の みで移動」、「2. 自動車のみで移動」、「3. バスのみで移動」、「4. 鉄道のみで移動」、「5. バスと鉄道を組み合わせ て移動」、「6. 徒歩・自転車、バス、鉄道を組み合わせて移動」、「7. 自動車、バス、鉄道を組み合わせて移動」の 7 カテゴリに整理し直して、順に1~7 の番号を割り当てたものである。この内「2. 自動車のみで移動」がベース カテゴリである。説明変数は、基本的に )日常的な買物の変数群と同様だが、回答者の行動の中でも、運ウォ ーキングを含む徒歩を重点的に取り上げるために、変数増減法によって、図2 で見た回答者の旅行先を決める理
由の有意性を確認し、「散策できる」を散策ダミーDM-Walk in Tournに設定した(国内大都市:n=1、国内地方都 市:n=2)。表 7b は、多項ロジット分析の結果である。カテゴリ 1、3~4 では、特に有意な結果を得ることはで きなかった。カテゴリ5~6 では、国内大都市の散策ダミーDM-Walk in Tour1が有意に正なので、「(国内大都市を) 散策できる」という回答が増えると、ベースカテゴリの「2. 自動車のみで移動」からカテゴリ 5~6 に移る確率 が高まることを示している。カテゴリ7 では、国内地方都市の散策ダミーDM-Walk in Tour2が有意に負なので、 「(国内大都市を)散策できる」という回答が増えると、カテゴリ7 からベースカテゴリの「2. 自動車のみで移 動」に移る確率が高まることを示している。推定結果の解釈としては、大都市の散策では、大都市で公共交通網 が発達していることを念頭に、徒歩、バス、鉄道を組み合わせて選択しているものと考えられる。地方都市の散 策では、大都市に比べて公共交通網が発達していないことを念頭に、自動車を選択しているものと考えられる。 表7a 買物時の移動手段の推定結果(ベース:自動車のみの移動) 表7b 旅行時の移動手段の推定結果(ベース:自動車のみの移動) 注:***はp<0.01、**はp<0.05、*はp<0.10の有意水準を示している。 出所:筆者作成 5.おわりに 本稿では、佐賀大学公開講座をはじめ佐賀市内で開講されている複数の生涯学習講座の受講者である佐賀市在 住のアクティブシニアの方々を対象に実施したアンケート調査で得たサーベイデータをもとに、彼らの移動手段 の選択は身体活動量とどのような関係にあるのか、また、それらの関係は日常的な買物と非日常的な旅行で違い があるのかどうかを探るために、個々の移動手段の選択を効用関数で定式化して計量分析を行った。 ここまでの議論から、回答者の移動手段の選択において、日常的な運動習慣は買物の移動手段の選択に繋がっ p値 p値 p値 p値 p値 p値 lnAge 2.16 0.74 -1.64 0.56 15.46 0.13 3.85 0.50 -1.30 0.60 18.96 * 0.08 DM-Gender 0.06 0.95 0.44 0.27 0.72 0.62 0.10 0.90 -0.05 0.90 0.73 0.58 lnBudget 0.25 0.51 0.13 0.42 0.16 0.80 lnExTime 0.58 * 0.05 0.29 ** 0.02 0.79 ** 0.04 DM-Auto 6.41 *** 0.00 2.97 ** 0.02 7.58 *** 0.00 4.96 *** 0.00 2.07 ** 0.02 6.62 *** 0.00 DM-Walking 1.73 * 0.06 0.26 0.47 3.41 ** 0.04 Const. -18.70 0.53 2.66 0.83 -78.77 0.10 -20.71 0.41 4.74 0.66 -90.25 * 0.06 Log likelihhod Probability > Chi2 Pseudo R2 Obs. 0.00 -121.35 -152.85 「3.徒歩・自転車と 自動車を組み合わ せて移動」 「4.徒歩・自転車と バス(鉄道)を組み 合わせて移動」 Coef. Coef. 158 195 0.20 0.16 0.00
Coef. Coef. Coef. Coef. 「1.徒歩・自転車 のみで移動」 「3.徒歩・自転車と 自動車を組み合わ せて移動」 「4.徒歩・自転車と バス(鉄道)を組み 合わせて移動」 「1.徒歩・自転車 のみで移動」 p値 p値 p値 p値 p値 p値 lnAge 19.91 0.13 -3.94 0.42 -3.93 0.50 1.10 0.83 5.88 0.31 4.99 0.21 DM-Gender -0.67 0.72 0.15 0.83 -1.00 0.24 0.66 0.36 -0.23 0.78 -0.34 0.54 lnBudget 0.14 0.84 0.08 0.75 0.24 0.47 0.23 0.42 0.90 ** 0.01 0.43 * 0.09 lnExTime -0.25 0.50 -0.01 0.97 -0.18 0.32 0.01 0.94 0.26 0.31 0.32 * 0.06 DM-Walk in Tour1 -11.98 0.99 -0.30 0.82 0.10 0.94 1.66 * 0.09 2.61 ** 0.01 0.93 0.31 DM-Walk in Tour2 -12.69 0.99 0.58 0.51 0.74 0.50 0.24 0.78 -0.47 0.65 -2.46 ** 0.04 Const. -88.82 0.14 14.66 0.49 14.60 0.57 -9.99 0.66 -38.97 0.15 -27.78 0.12 Log likelihhod Probability > Chi2 Pseudo R2 Obs. -176.12 0.07 0.12 118
Coef. Coef. Coef. Coef. Coef. Coef. 「1.徒歩・自転車 のみで移動」 「3.バスのみで 移動」 「4.鉄道のみで 移動」 「5.バスと鉄道を組 み合わせて移動」 「6.徒歩・自転車、 バス、鉄道を組み 合わせて移動」 「7.自動車、バス、 鉄道を組み合わせ て移動」
ているが、日常的な買物と非日常な旅行の移動手段の選択に繋がっていないことが示唆された。この点は、地域 や対象の変更、回答者の移動にかかる時間や費用の考慮など、さらに研究を深化させて検証していく必要がある が、本研究で、運動習慣が買物の移動手段の選択に繋がっていることが示せたことは意義がある。2019 年 10 月 16 日に、佐賀県健康福祉部健康増進課は“佐賀はよかとこ、とことこ歩こう”というキャッチフレーズのもと、 ス マ ー ト フ ォ ン で 使 え る 佐 賀 県 公 式 ウ ォ ー キ ン グ ア プ リ 「SAGATOKO 」 の 配 信 を 始 め た (https://www.pref.saga.lg.jp/kiji00371346.html)。日々の歩数や健康イベントへの参加でポイントが貯まり、県内の協 力店で割引など特典を受けることができる。インセンティブを設けて、県民の身体活動量を増加させ、健康維持・ 増進を図ろうという取り組みである。このような携帯端末(歩数計を含む)は旅行時にも活用できるため、歩数 管理歩が習慣化されれば、旅行時も歩く動機ができ、身体活動量の常態的な維持に繋がるのではないだろうか。 謝辞 本稿は、第78 回 日本交通学会研究報告会(於東京女子大学)で報告したものを加筆・修正した。討論者の毛 海千佳子先生(近畿大学)と匿名の査読者に有益なコメントをいただき感謝を申し上げる。本稿に残る誤りは全 て筆者の責任である。 参考文献 安東直紀・糟谷賢一・Jan-dirk Schmoecker・藤井聡(2013)「健康診断データから見た交通行動と健康に関する地域間比較」『土 木計画学研究・論文集』47,CD-ROM. 日比野直彦・森地茂(2006)「世代の特徴に着目した国内観光行動の時系列分析」『土木計画学会・論文集』23(2),pp. 399-406. 日比野直彦・Michelle G. Parumog・平田輝満(2007)「観光を目的とした都市間交通の特性に関する基礎的研究」『土木計画学研 究・論文集』24(2),pp. 389-395. 株式会社JTB 総合研究所(2016)「News Release シニアのライフスタイルと旅行に関する調査-70 代にさしかかる団塊世代の 変化と今後への可能性-」(https://www.jtbcorp.jp/scripts_hd/image_view.asp?menu=news&id=00044&news_no=40) 毛海千佳子(2005)「交通手段選択におけるサービス属性の評価について」『交通学研究(2004 年研究年報)』48,pp. 289-298. 孔慶月・近藤光男・奥嶋政嗣・渡辺公次郎・近藤明子(2012)「生活環境施設の利用を目的とした交通行動による身体活動量増 進策の提案と効果に関する研究」『都市計画論文集』47(3),pp. 781-786. 真坂美江子・加藤研二・近藤光男・奥嶋政嗣(2012)「地方都市における健康支援に着目した低炭素交通政策導入に関する評価 分析」『土木学会論文集D3(土木計画学)』68(4),pp. I_400-I_411. 真坂美江子・加藤研二・近藤光男・奥嶋政嗣(2013)「地方都市健康MM における行動の習慣性に着目した環境・健康促進効果 の比較」『土木学会論文集D3(土木計画学)』69(5),pp. I_57-I_65. 村田香織・室町泰徳( 2006)「個人の通勤交通行動が健康状態に与える影響に関する研究」『土木計画学研究・論文集』23,CD-ROM. 難波孝太・室町泰徳(2007)「都市環境が徒歩行動と健康に与える影響に関する研究」『都市計画論文集』43(3),pp. 925-930. 公益財団法人日本交通公社(2018)『旅行年報2018』(https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2018/10/Annual-Report-all-2018.pdf) 奥嶋政嗣・多久和岬・近藤光男(2017)「健康および環境に関する情報組み合わせ提示による通勤交通手段転換意向形成につい ての分析」『土木学会論文集D3(土木計画学)』73(5),pp. I_1129-I_1137. 髙橋愛典・毛海千佳子(2013)「大都市圏におけるアクティブシニアの交通行動-インタビュー調査から探る鉄道・バス利用促 進の方向性-」『交通学研究(2012 年研究年報)』56,pp. 163-170. 谷口守・松中亮治・中井祥太(2006)「健康増進のための歩行量実態調査とその行動群特性分析への応用」『土木計画学研究・ 論文集』23(2),pp. 543-549. 運動所要量・運動指針の策定検討会(2006)「健康づくりのための運動指針 2006-生活習慣病予防のために-」 (https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/undou01/pdf/data.pdf)