(報告) 教材学研究第 31巻(2020) - 83 -
唐澤博物館と『教育博物館』の教材学的意義
淑徳大学 土井 進
キーワード: 教材論,博物館教育,教材学的意義,教科書教材,『教育博物館』 1 はじめに 筆者は『教材学研究』第 20 巻(2009)において, 荒廃地を開墾して「生活科指導法」と「総合演習」 の教材として活用した「信大茂菅ふるさと農場」 (水田 4 アール,畑8アール)のもつ教材学的意 義1)について,次の 4 点を明らかにした。すなわ ち、学生は「信大茂菅ふるさと農場」を体験的教 材として活用することによって農場を ①「働くことの意義を学ぶ場」, ②「環境マインドを身につける場」, ③「母なる大地への感謝の念を実感する場」, ④「食べ物の大切さを実感する場」, として認識を新たにしたところに,「農場」のもつ 教材学的意義があったと論述した。 本研究では,「生涯学習概論」において大学 1 年生が唐澤博物館を訪問し,最も興味関心を抱い た実物資料を 1 つ選定する。その実物資料を課題 探究型学習(アクティブ・ラーニング)の体験的 教材として位置づけ,学生は実物教材をスケッチ する労作業に取り組む。この課題探究型学習にお いて唐澤博物館の実物教材と『教育博物館』上中 下に掲載された写真教材が,学生の研究に貢献し た教材学的意義を明らかにすることが、本研究の 目的である。 2.教育博物館の創建,『教育博物館』の刊行を 経て唐澤博物館の開館 唐澤博物館と『教育博物館』の関係を初めに明 らかにしておきたい。1993 年に私設博物館として 一般公開された時に命名されたのが唐澤博物館と いう名称である。その前身は 1968 年に東京都練馬 区豊玉北の唐澤宅に隣接して創建された教育博物 館である。鉄筋 3 階建ての建物には児童文化・学 校文化・生活文化に関する実物教材が約 7 万点収 蔵され,唐澤の教育学研究室となっていた。 この実物教材の中から約 7,000 点を厳選し,4 年の歳月をかけて美術梱包して写真スタジオで撮 影し,編集されたのが『教育博物館』(1977) 上「日本の児童文化」,中「日本の学校文化」,下 「日本の生活文化」である。 本研究においては,唐澤博物館の実物教材と『教 育博物館』上中下の写真教材と解説を教材として 活用した。 3.先行研究にみる教材学の定義 わが国で最初に教材学の定義を明示したのは 長谷川榮であると思われる。長谷川は「教材学と は,教材に関わる現実から出発してその開発と活 用を研究する実践科学である。」2)と定義した。 この定義には次の3つの要素が含まれている。す なわち, 第 1 は教材学の研究は教材に関する「現実」の 問題から出発する実践科学である、ということで ある。教師が教材の作成や活用において、直面し ている「現実」こそが,教材学研究の出発点とな る。 第 2 は,教材をいかに開発し,開発した教材を どのように活用するか,が教材学研究の中心課題- 84 - である。教材を創意工夫して開発し,それを教育 目標の達成のために効果的に活用することが教材 学研究の中心課題となる。 そして、第 3 の教材学研究の使命は,「現実」の 問題から出発し,究明した研究成果を実践の場に 還元することである。実践科学としての教材学研 究の意義は,「現実」から出発し研究成果を実践の 場に還元するところにある。 長谷川榮は、また、教材学研究における教材構 成の工夫の大切さについて,次のように指摘して いる。「子どもと教材との効果的な出会いが起こる ように開発することである。出会いの本質は,心 に触れ,心に響き,心を動かすことである。」3) と。 この定義とは異なり,教育学における「教材」 の定義について広く研究した新井郁男は,以下の ように定義づけている。 「教育の目的・目標を達成するための内容を,教 育の対象者に理解させるために制作・選択された 図書その他の素材。広義には,教えるための道具 としての教具を含む。」4) 本稿においては,教材学を実践科学であると捉 えた長谷川の定義に沿って考察を進めていくこと にしたい。 4.教材学的意義を探究する 4 つの視点 長谷川榮が提示した「教材学」の定義の 3 つの 要素,ならびに学生の心を動かす教材構成につい ての指摘を合わせた4つの視点から考察をする。 まず,第一の要素である教材学研究の「現実」と は,本研究においては「生涯学習概論」を受講し て学芸員資格の取得を目指している学生にどのよ うな教材を提示するのが一番ふさわしいか,とい う問題である。 第二の要素である開発した教材をどのように 活用するかという問題に対して,強い確信をもっ て答えられるのが『教育博物館』の製作に学生時 代以来 10 年以上にわたって唐澤富太郎に師事し, 『教育博物館』製作のあらゆる仕事に関わってき たことを,学生に語るという活用法である。 そして,第三の実践研究の成果を還元する道と して取り組んでいるのが,学生が「唐澤博物館」 の実物教材を通して,“もの”と“こころ”は物心 一如していること,についてどのような知見を得 たかを明らかにし,学術論文として公表すること である。 第四の教材構成の工夫にあたっては,学生と教 材の出会いの本質は,「心に触れ,心に響き,心を 動かすことである。」という長谷川の指摘を真摯に 受け止め,学生が“もの”としての実物教材から どのような“こころ”を感動をもって看取したか, がレポートに十分反映されるように章立ての工夫 に意を尽くすことである。 さて,『教育博物館』が唐澤のライフワークと して完成の日の目を見るまでには,日本と世界の 教科書研究の長い道のりがあった。唐澤が教科書 研究に打ち込んでいたさ中に,大きな苦悩ととも に教育博物館の研究へと舵を切った状況について 明らかにしたいと思う。 5.教育博物館成立の基盤となった『教科書の 歴史』と世界の教科書研究 1949 年に東京文理科大学・東京高等師範学 校・東京体育専門学校・東京農業教育専門学校 の4校の合併により,新制東京教育大学が発足 した。これに伴い唐澤富太郎(1911-2004)は奈 良女子高等師範学校教授から東京教育大学助教 授に補され,次いで東京教育大学東京高等師範 学校教授に補された。母校での職務は,日本教 育史講座を開設し,日本教育史と教育原理の授 業を担当することであった。 奈良女高師での 7 年間の担当授業科目は,教 育学と教育原理で,その授業内容は,奈良での 研究生活が専ら仏教教育思想の研究一筋であっ たため,「教育の宗教的基礎」,「人生を切り開く 主体的真実の探究」,「人間形成の視座からとら
- 85 - えた仏教と教育の研究」などをテーマとした講 義であった。そのため日本教育史の授業のため のテキストを準備することが急務となった。こ の課題に対応するために取り組んだのが日本の 近代教育史 3 部作であった。唐澤は授業を構成 する 3 要素である教師・児童生徒学生・教材に 即して,『教師の歴史』『学生の歴史』『教科書の 歴史』をまとめた。 唐澤の『教科書の歴史-教科書と日本人の形 成―』(1956)の研究成果は,次の 7 点にまとめ ることができよう。 第 1 は,児童が使用した教科書を全教科にわた って収集し,わが国における教科書研究の先蹤と なったことである。 第 2 は、寺子屋時代の教科書から戦後の民主主 義の教科書まで,約 80 年間の教科書の内容を分析 することによって,教科書が日本人を形成したこ とを究明したことである。 第 3 は,『教科書の歴史』(1956)によって日本 人のパーソナリティを把握することができた唐澤 は,もう一度日本人を国際的な場にすえてみる必 要があると考え,世界 48 か国の教科書を収集して 世界の教科書 3 部作を完成させたことである。 第 4 は,1962 年の第 3 回ユネスコ教科書会議に 招かれ,西ドイツ(当時)のゴスラーで 3 時間に わたって「世界の教科書の比較研究の意義」につ いて講演したことである。 第 5 は,文献研究による教科書研究が,欧米 16 か国を教育視察することによって,実物研究によ る「教育博物館」の構想へと内的脱皮したことで ある。 第 6 は,『教科書の歴史』と世界の教科書 3 部 作の研究成果が,『教育博物館』(1977)となって 結実し,写真で可視化されるに至ったことである。 また,『教育博物館』には,教科書だけでなくその 版木,草稿本,そして教科書の執筆者の肖像画も 掲載されている。 第 7 は,唐澤が教科書研究を通して,近代日本 教育史を 8 期に区分する方法を提示し,日本教育 史学の相対的独立性をかち得たことである。表1 は 8 期の時期区分5)を示したものである。『教材 事典』においてもこの時期区分が紹介されている。 表1 教科書教材による近代日本教育史の8期の時期区分 近代日本教育史の時期区分 特 色 1 翻訳教科書(1872 年~1879 年) 開化啓蒙的性格の教科書 2 儒教主義復活の教科書(1880 年~1885 年) 儒教倫理復活の反動的教科書 3 検定教科書(1886 年~1903 年) ナショナリズム育成の教科書 4 国定一期教科書(1904 年~1909 年) 資本主義興隆期の比較的近代的教科書 5 国定二期教科書(1910 年~1917 年) 家族国家観に基づく帝国主義段階 の教科書 6 国定三期教科書(1918 年~1932 年) 大正デモクラシー期の教科書 7 国定四期 教科書(1933 年~1940 年) ファシズム強化の教科書 8 国定五期 教科書(1941 年~1945 年) 決戦体制下の軍事的教科書 『教科書の歴史』p.1 を参照して筆者が作成した。
- 86 - 6.『教育博物館』に収録された世界の教科書 の図録 唐澤は,1956 年に『教科書の歴史』を著し, 日本人のパーソナリティを把握することができた ことに非常な喜びを感じると同時に,日本人のパ ーソナリティの研究を深めるためには,「もう一度 日本人を国際的な場の中にすえてみて,これを巨 視的な観点から見なおしてみる必要がある」6)と 考えて,休む間もなく世界の教科書研究を開始し た。 世界の教科書を収集する苦労は,日本の教科書 を収集するときに味わった苦労をはるかにこえて いた。丸善や紀伊国屋へ行っても,教科書に限っ て入手することが出来なかった。文部省へ行って も一冊もなかった。次に東京にある大使館や公使 館へタクシーをとばして訪問してみたが,教科書 を入手する問題になると,たいていのところで拒 否された。 そこで最後に思いついたのが,「外国に駐在し ている日本の商社の人を通して教科書を入手する ことであった。さすがに商社マンは,選りぬきの 人であり,しかもふだん,物を扱っているだけに 折衝がうまく上手に入手してくれた。」7)のであ った。このような苦心惨憺の末に,唐澤は世界 48 か国の教科書を集めることができた。それを翻訳 する苦労を乗り越えてまとめた世界の教科書 3 部 作の結論として,唐澤は次のように論じている。 「“教科書はその国の小宇宙(ミクロコスモス) である。”」8)このことを別の表現で次のように説 明している。「教科書こそは、よその国の人に見せ ようなどという,よそゆきの観点から作ったもの ではなくて,まさに自分の国の国民を形成してい くという切実な願いから作られたものである。つ まりその国の大きなマクロコスモスを映しこむ小 宇宙ミクロコスモスのような性格をもっており, その国の教科書を見ると端的にその国の様子がう かがわれるのである。」9)と。 このような性格をもつ世界の教科書が『教育博 物館』中巻に「Ⅺ 世界の教科書にあらわれた理 想的人間像―あすの日本の教育を考えるためにー」 10)と題して掲載されている。これを表2・表 3 に まとめた。 表2 『教育博物館』に収録された世界の教科書教材の教科名と国名 1.宗敎 イタリア「祈り」3年・イギリス・デンマーク・フィンランド・ギリシャ・ノルウェー 2.国語 スウェーデン「みなさん読みますか?」・デンマーク「我々と世界」・ノルウェー フィンランド・コロンビア・スペイン・オーストリア・チェコスロバキア・東ドイツ 西ドイツ・ベルギー・ルーマニア・ポルトガル・レバノン・ブルガリア・トルコ ソ連コルホーズ「国語」1年 3.地理 デンマーク・オーストリア・イギリス・フランス・ポルトガル・ノルウェー
アメリカ Within Our Bordersアメリカ地理(日本の農家)
4.歴史 デンマーク・ベルギー・アメリカ・イラン・フランス(初級1・2年用) 5.算数 チェコスロバキア・デンマーク・西ドイツ・アメリカ・スイス・オーストリア フィンランド・東ドイツ 6.理科 イギリス・デンマーク・パキスタン「鳥の本」・韓国・トルコ・フランス・ソ連「動物」 (6・7年用) 7.音楽 アメリカ・ソ連・イギリス・西ドイツ 『教育博物館』中,pp.429-444 を参照して筆者が作成した。
- 87 - 表3 『教育博物館』に収録された『世界の理想的人間像』 1.よき“社会人”を目ざすアメリカ 「近隣・国家・人類社会の認識」(社会科)・「順番にしましょう」(規則を守る)・「教会 における祈り」(キリスト教的人間像)・「お手伝い」(協力)・「グレーン・カニンガム」(奇 蹟の一マイル走者 克己心・勇気)・「ワシントン」(建国の父)・「ジェファーソン」(独立 宣言の起草者)・「リンカーン」(奴隷解放の父)・「フランクリン」(近代市民の典型)・「エ ジソン」(発明の天才)・「エバンジェリン・ブース」(救世軍の女性司令官)・「ヘレン・ケ ラー」(三重苦の聖女)・「ベイブ・ルース」(野球王) 2. よき“生産人”を目ざすソ連 「大きなかぶら」(トルストイ民話 生産に結び付く(協力)・「動物」(6・7 年)・「算数」 (1 年)・「プーシキン」(ロシア国民文学の創始者)・「ツルゲーネフ」(帝政ロシアの批判 文学者)・「レーニン」(ソ連の象徴)・「トルストイ」(ロシアの偉大な魂の焔)・「ミチュー リン」(寒帯植物の改善)・「ポポフ」(無線電信の発明者)・「クーリビン」(機械製作者) 3.“教養人”を目ざすヨーロッパ (一)キリスト教精神の涵養 「宗教的情操の涵養」(スウェデン)・「聖フランシス」(愛に貫かれた生涯 イタリア) (二)伝統性の重視 「ヴィクトリア女王」(王冠を戴く人 イギリス)・「ダンテ」(芸術の世界に生きた人 イタ リア)・「レオナルド=ダ=ヴィンチ(芸術の天才 イタリア)・「シェークスピア」(世界最高 峰の劇作家 イギリス)・「絵物語フランス史」(フランス) (三)ドリル中心の算数と“しつけ”の重視 「算数」(1年 デンマーク)・「算数」(1年 イギリス)・「他人に迷惑をかけない」(国語1 年 イタリア) (四)ユーモア・動物愛護・社会連帯 「動物愛護」(国語1年スイス)・「楽しいお手伝い」」(オーストリア)・「共存の精神」(「さあ 読みましょう」スウェーデン)・「四海同胞」(「国語」ノルウェー) (五)ヨーロッパの目ざす人物 「ナイチンゲール」(博愛の天使 イギリス)・「アタチュルク」(トルコ)・「シュバイツアー」 (20 世紀の聖者「ランバレーネの人類の友」 西ドイツ)・「コロンブス」(新大陸の発見 イ タリア)・「ゲーテ」(世界の文豪 西ドイツ)・「ナンセン」(北極探検家 ノルウェー)・「パ スツール」(近代医学の建設者 フランス)・「ペスタロッチ」(人類の教師「国語」スイス) 4.アジア・ラテンアメリカの目ざす人間像 「コーラン」(イラン)・「毛沢東」(新中国の父 中華人民共和国)・「ガンジー」(インドの父)・ 「ジンナー」(パキスタンの独立につくした人)・「金日成」(朝鮮民主主義人民共和国の指導 者)・「サン・マルチン」(アルゼンチンの解放者)・「プラト」(国民的英雄 チリ)・「ボリバ ル」(コロンビアの解放者)・「イダルゴ」(建国の英雄 メキシコ) 『教育博物館』中,pp.445-460 を参照して筆者が作成した。
- 88 - 7.欧米 16 か国の教育視察で得た「教育博 物館」の着想 唐澤の『世界の道徳教育』(1961)がユネスコ 本部によって高く評価され,1962 年の第 3 回ユネ スコ教科書会議に招かれ,西ドイツ(当時)のゴ スラーで 3 時間の講演を行った。唐澤は,会議を 終えてから半年間にわたって欧米 16 か国を教育 視察し,各国の教科書を集めて帰国した。 唐澤はこの旅行中,はじめはヨーロッパの芸術 作品に圧倒されたが,ヨーロッパからアメリカに 渡り,「ボストンの美術館を見たとき,再び日本の 芸術文化の優秀性と良さとを認識し直し」11)自分 に自信を持つことができたという。 唐澤が欧米を旅行して,つくづく思ったことは, 日本のものを大切にしなければならないというこ とであった。そして,日本こそは東西文化の統一 者たるべき使命を,世界的に担わされていること を自覚しなければならないと思ったという。そし て,文化遺産とは「いわゆる芸術品だけでなく, われわれの先祖が日常使った民俗的な物,教育で 用いた品物,子どもの作品などを大切にしなけれ ばならないということを思いつきました。 なお特に感じましたことは,私が回ってみた範 囲内では,教育博物館とか児童博物館のようなも のを見出すことができなかったことであります。 これはぜひ日本へ帰ったらやらねばならぬ。日本 は狭いから全国を回ってみたところでたいしたこ とはない。個人の力でやれるだけやってみようと 思いまして,帰国後教育に関する資料,児童に関 する資料を集めることに全身心を賭したといって も過言ではないと思います。そしてようやく何万 点かを集めることができ,1968 年 3 月,自称,教 育博物館を作りました」12)と述べている。 唐澤が欧米 16 か国を教育視察したことにより, 日本の教育文化を大事にするために「教育博物館」 を作る必要があると気づき,帰国後に実物資料の 収集に全心身を傾けた。この文献研究から実物研 究への内的脱皮の背景に,世界の教科書研究があ ったということを銘記しなければならない。 8.教材学的意義を探究するための視点 唐澤博物館と『教育博物館』の教材学的意義を 探究する上で,重要な示唆を与えてくれている人 物に,次の 3 人がある。一人は教材学の長谷川榮, 二人目は博物館学の鷹野光行,そして,3 人目は 教育学の唐澤富太郎である。 先ず,鷹野は「博物館には資料としてさまざま な“本物・実物”が収蔵されており,これをみる ことによって諸々の事象の迅速な理解が得られ, 正しい情報も得られる。」13)ことを博物館のもつ教 材学的意義であるとしている。また,唐澤富太郎 は「実物の持つ迫力は,換言すれば,実物のもつ 統一性,全体性,具体性ということに外ならない。 つまり抽象的に印刷された文献資料の場合よりも その具体性において,また,その時代や社会との 活きた関連を如実に示すというその全体性におい て,さらに資料が部分的にではなく,一個のもの として有機的な統一性をもつということにおいて 優れているということがいえるのである。」14)と論 及している。 一方,長谷川榮は「教材学の定義」を説明する 中で,「現実」の問題から出発し,開発した教材の 活用法,子どもの心に響く教材構成,そして,研 究成果を実践に還元することが教材学の要素であ ると論じた。 本稿においては,長谷川榮の教材学の定義に沿 いながら,鷹野や唐澤の論を援用して考察するこ とにしたい。教材学研究の第一の視点として筆者 が設定した課題は,「生涯学習概論」を受講してい る学生が学芸員資格を取得することができる,と いうことを何より重要な「現実」として受け止め た。 そのための第二の視点である自ら開発した教 材をどのように活用するかという問題については, 学生時代以来 10 年以上にわたって唐澤富太郎に 師事し,『教育博物館』の製作に携わってきた経験
- 89 - を具体的に学生に語り,講義するという方法で授 業に臨んだ。 そして,第三の視点である,実践研究の成果を 教材学研究に還元するという課題について,筆者 は日本教材学会の研究発表大会で報告し,それを もとにして論文の執筆に取り組むことであると考 え,実践している。これまでの研究発表の成果を 単著『唐澤富太郎と教育博物館の研究』15)として 刊行することができた。 第四の視点として重要なことは,長谷川榮が指 摘するように,教材が子どもの「心に触れ,心に 響き,心を動かすことである。」この指摘を真摯に 受け止め,学生が“もの”としての実物教材から どのような“こころ”を感動をもって看取してい るかを丁寧に読みとり,それがレポートに的確に 表現されるように,レポートの小見出しに工夫を 加えた。 すなわち,学生はレポートの作成にあたって, 次の構成で執筆することが求められた。「実物資料 をスケッチした理由」,「“もの”をスケッチしてい て“こころ”に浮かんだこと」,「唐澤博物館の第 一印象」,「唐澤富太郎の人物像」,「調べ学習によ って分かったこと」,「引用・参考文献」という構 成であった。 9.体験的教材として位置づけたスケッチ 唐澤博物館の館内には,人間形成への飽くなき 探究に生涯を捧げた教育学者・唐澤富太郎の物心 は一如していると観る仏教的世界観が脈打ってい る。筆者はこのような世界観を学生に講義するこ とは困難であると感じ,2015 年度~2017 年度まで の 3 年間は実物をカメラで撮影し,それをレポー トに貼り付けることを「生涯学習概論」の課題と していた。 しかし,この方法では学生は写真を撮影してし まうとレポート作成の課題が出来上がったかのよ うに安易に捉え、実物とじっくり対話するという 場面は極めて少なかった。唐澤博物館に展示され ている一つ一つの“もの”は,このような安易な 姿勢で理解できるものではない。 唐澤は,実物資料を入手すると直ぐに修理し, 磨きをかけ,その“もの”は何というもので,何 に使われたものか、さらにいつ頃のものかなど, 辞典類や専門書をひも解いて納得がいくまで調べ た。こうして夜遅くまで“もの”と対峙し,そこ から伝わってくる“こころ”を看取することが, 唐澤にとって至福の時間であった。 唐澤が一つ一つの“もの”に愛情を込めて教育 資料として作り上げた実物の“こころ”に迫るた めには,実物教材の理解をカメラ撮影という方法 ではなく,スケッチという労作業と対話が求めら れる体験的教材として位置づけることがふさわし いと考えるに至った。 こうして 2018 年度からは体験的教材として位 置づけたレポートに,個性あふれるスケッチの作 品が掲載されるようになった。表4は,2018 年, 2019 年のレポートにおいて学生がスケッチした 実物教材名である。 2018 年 10 月に「生涯学習概論」を受講した 1 年生 30 名,2019 年 6 月に「教職概論」を受講し た 1 年生 26 名,そして 2019 年 9 月に「生涯学習 概論」を受講した 1 年生 24 名は,唐澤博物館の 1 階から3階までの全体の展示品を見学した上で, スケッチしようと決めた実物の前に,どっかと座 り込んで真剣に描いている姿が印象深く心に焼き 付いた。唐澤富太郎が実物と対峙していた姿を彷 彿させるものであった。 「唐澤博物館」の1階には,学校文化に関する 教材,2階には児童文化に関する教材,そして3 階には生活文化に関する教材が合わせて約 7,000 点が展示されている。学校文化に関する教材のう ち教科書教材に着目してスケッチした 3 人の学生 のレポートの事例を,学生の了解を得て次に掲げ ることにする。
- 90 - 表4 唐澤博物館の実物教材名 2018 年 10 月(30 名) 2019 年6月(26 名) 2019 年 9 月(24 名) 児 童 文 化 に 関 す る 教 材 戦時中の竹とんぼ コマ(独楽) 一閑張り天神 稚児天神像 児童の家庭用計算機 のらくろ計算機と人形 ガラス製こんぺいとう入れ 江戸時代の人形 赤坂人形(張り子の虎) はいはい人形 コリントゲーム 沖縄の張子玩具 白馬の木馬 演目・ザーカイ物語 コリントゲーム 貝覆(貝合わせ) コリントゲーム うさぎのがらがら 市松人形 双眼鏡をもつ明治の少年 学 校 文 化 に 関 す る 教 材 墨ぬり教科書(3 名) 学校の瓦(明) 国定五期教科書 教育勅語と御真影奉安殿 戦時中の木製幻灯機 顕微鏡(理科教具) ピアノ 寺子屋風景 墨ぬり教科書 運動会の大太鼓 机と椅子 明治初期の黒板 文筆一式 石盤・石筆 盲学校用そろばん 紙のランドセル 寺子屋使用の大筆 オルガンの上の楽譜 算用教具 福澤諭吉・西洋事情 世界国尽 児童二人用の机(山形県) 立体鏡(ステレオスコープ) ジュラルミン製両開き筆箱 墨ぬり教科書(終戦直後) 優等賞と勉学賞 時鐘 オルガン 大型幻灯機 戦時中折りたたみ式弁当箱 生 活 文 化 に 関 す る 教 材 ミシン 富山県福光町土製天神座像 木彫大天神坐像 銭桝・桃太郎ミルク看板 べっこう飴製造機 薬たんす(漢方薬) 炭火使用アイロン とかし櫛・きわだし櫛 ランタン・ピストル 戦時中の折り畳み弁当 竜吐水 お歯黒の道具 七つ玉の大津そろばん アンテナインキ看板 木彫大天神坐像 金蒔絵化粧箱 100 玉そろばん キリシタン禁止の高札 鍛冶屋の仕事始めの供え物 湯桶 室町時代・貴族婦人風俗模型 薬だんす(漢方薬) 瀬戸焼土瓶 下駄づくり道具一式 端渓硯
- 91 - 10.実物のスケッチによる“こころ”の看取 10.1「国定五期教科書」をスケッチした事例 「国定五期教科書には『レキシントン撃沈記』 といった現代の価値観からみると有り得ない内容 が多数散見された。しかし,現代の価値観が 70 年後も変わらないとは限らない。同じだ。教科書 に書かれた絵,文章,物語は当時の価値観を表す ものだ。少なくとも国が求めた価値観だ。私はこ の教科書を見て「教科書は時代を映す鏡だ」との 思いを改めて抱いた。また,現代の教科書と比べ て、小さいという印象を抱いた。このような感覚 を味わえるのが直接実物教材を見る点における強 みだと思う。」 戦争の時代に作られた最後の国定教科書であ る五期国定教科書をスケッチした学生は,絵,文 章,そして物語は当時の国家主義教育の価値観を 表しており,「教科書は時代を映す鏡だ」と洞察し ている。この学生は五期国定教科書の本物に触れ ることによって,絵,文章,物語から戦争時代の 社会の様子や人々の考えを鋭く,迅速に理解して いると考えられる。 10.2「墨ぬり教科書」(1)をスケッチした事例 「私は一見何の変哲もない教科書の挿絵に大き く「×」印が描かれているその様子に異様な雰囲 気を感じとった。「×」印が描かれていたのは、軍 服姿の青年とそれを見送る老若男女の絵であった。 私は墨で教科書を塗りつぶしながら、自分たちが 学んだことは何だったのか、と葛藤する子どもた ちの心情を理解できたような気がした。」と記述し ている。 このレポートの一字一句に込められた非常に深 い想いは,「実物教材」を通して洞察した学生の“こ ころ”から発せられた声であるといえよう。墨ぬ りをさせられた子どもたちの心情にしっかりと寄 り添い共鳴したことによって,このような表現が 可能になったものと考えられる。 この学生は,墨で「×」印が書かれた教科書に 触れて,あまりの具体性に圧倒されたのではなか ろうか。 10.3「墨ぬり教科書」(2)をスケッチした事例 「この墨塗り教科書をまじかに見て,写真で以前 に見た時には感じられなかった新しい発見や感じ るところがたくさんあった。教科書で見たときに は「平和への時代の変化」という象徴というよう な感じで,とても明るいイメージであったが,実 際に墨塗り教科書を見ると,写真では感じること の出来なかった生々しい質感とその実物から感じ る感情というものを少なからず感じた。写真で見 る時と実物を見る時の印象はかなり変わるのだと 実感できたと感じる。」 この学生は,「墨ぬり教科書」とじっくり対峙 したことによって,自分の“こころ”で看取した 生々しい質感と感情を如実に表現している。この レポートには借り物の知識をコピーして仕上げよ うなどという考えは微塵も見られない。この学生 は,写真で撮った実物よりも手でスケッチした実 物の方が,有機的な統一性をもつことにおいて優 れていることを感得したのではなかろうか。 11.まとめ 長谷川榮の「教材学の定義」において提示 された教材学研究の出発点である「現実」とは, 本研究においては「生涯学習概論」の受講学生を 唐澤博物館に引率し,実物教材に出会わせること である,と考えた。このフィールド・ワークを実 践することが最も「現実」的であり有効な研究方 法であると判断した。 第二は,唐澤富太郎に師事し『教育博物館』の製 作に 10 年以上にわたって携わってきた経験をフ ルに活用して,学生に具体的に語る講義を展開す ることができた。 第三の研究成果の還元方法として取り組んでい ることは,日本教材学会で研究発表を重ね,学術 論文としてまとめることであり,大学の研究紀要 に投稿することである。 さらに長谷川が教材学研究において重要である
- 92 - と指摘した児童生徒や学生が教材と出会うという ことの本質は,「心に触れ,心に響き,心を動かす」 ところにある,という重要な指摘を真摯に受け止 め,学生が実物教材と感動的に出会うことができ るように唐澤博物館館長と綿密に打ち合わせをし た。 このような実践を通して明らかになった唐澤博 物館と『教育博物館』の教材学的意義は,次のよ うにまとめることができよう。 ① 実物教材には学生に深い感動を与え,事象の 迅速な理解を助ける力がある。国定五期教科 書をスケッチした学生は,軍国主義教育の価 値観を鋭く見抜いている。 ② 教科書教材と対峙し,じっくりとスケッチす る労作業を体験的教材として位置づけたこと によって,学生は“もの”から伝わる“ここ ろ”を看取する力を十分に持っていることが 明らかになった。また,物心一如の把握に写 真撮影ではなくスケッチの手法を活用するこ とが効果的であることが明らかになった。 引用文献 1)土井進(2009)「「信大茂菅ふるさと農場を 教材とした総合演習(米づくりと食育)の実 践」,教材学研究,20,209-216 2)長谷川榮(2008)「教材学とは」,日本教材学 会設立 20 周年記念論文集「教材学の現状と 展望,上巻,10,日本教材学会 3)長谷川榮(2013)「教材の構成」日本教材学会編 『教材事典』,28 4)新井郁男(2016)「教材とは」日本教材学会編 『教材学概論』,9 5)牛田伸一(2013)「教材の歴史」日本教材学会編 『教材事典』,24, 6)唐澤富太郎(1970)『執念―私と教育資料の収集 ―』,講談社,62 7) 同上書,64 8)唐澤富太郎(1961).『世界の道徳教育』, 中央 公論社 ,1, 9)唐澤富太郎(1970)『執念―私と教育資料の収集 ―』,講談社,67, 10)唐澤富太郎(1977)『教育博物館』中巻, 429-460, 11)唐澤富太郎(1977).『教育博物館』,1 12)唐澤富太郎(1970).『執念―私と教育資料の収 集―』,講談社,250, 13)鷹野光行(1984)「博物館の現状をめぐって」『地 理』29,第 10 号,11 14)唐澤富太郎(1968)『図説明治百年の児童史』 上,76 15)土井進(2020)『唐澤富太郎と教育博物館の研究』, ジダイ社