緒 言
腰椎疾患における診察手技としてSLRテ
ストは頻用される診察手技である.SLRテス
ト陽性の定義は,疼痛部位や下肢伸展挙上角
(SLR角)から判定されるが,疼痛部位の定義
は,坐骨神経痛,腰痛,臀部痛,下肢痛,膝
以下の放散痛などさまざまであり,SLR角も
腰椎椎間板ヘルニア,変形性股関節症に対する
SLRテストの比較検討
森本 忠嗣 小西 宏昭 奥平 毅
Key words ■ SLRテスト(Straight-Leg-Raising test), ラセーグテスト(Lasègue test)
要旨:腰椎椎間板ヘルニア(以下LDH)と変形性股関節症(以下OAH)に対するSLRテ ストで生じる臨床所見を比較検討した.対象はLDH102例,OAH141例である.両群 とも手術施行例であり,両疾患の合併例は除外した.両群に対してSLRテストで生じ る臨床所見を調査した.結果は,SLR角70度未満はLDH79%,OAH26%,疼痛誘発 率はLDH83%,OAH25%であり,いずれもLDHで有意に高かった(P<0.01).誘発疼 痛部位は,膝以下(臀部から膝以下までの疼痛)はLDH47%,OAH0%,臀部(臀部か ら大腿後面の疼痛)はLDH36%,OAH9%であった.本研究結果から,SLRテストの 陽性率はLDHで有意に高く,LDHの診断におけるSLRテストの有用性が確認できた. しかしながら,両群ともSLRテストで臀部痛のみが誘発される症例があり鑑別に注意 が必要である. Summary
The objective of this study was to assess the validity of the SLR test for lum-bar disk hernia(LDH)and osteoarthritis of the hip(OAH). The subjects includ-ed 23 male and 118 female patients(43-89years)with OAH and 63 male and 39 fe-male patients(16-76years)with LDH. The clinical findings of the SLR test were investigated in the two groups. The incidence of limited of SLR angle(<70°) was 79% in LDH , 26% in OAH and the pain rate was 83% in LDH, 25% in OAH. All of the above of the SLR test were significantly more frequent in LDH than OAH(p<0.01). The SLR test was demonstrated to be very sensitive for the de-tection of LDH. However, based on the fact that the sensitivity of the SLR test was about 30% in OAH, the SLR test did not always differentiate OAH from LDH.
: Validity of the SLR test for lumbar disk hernia and osteoarthritis of the hip 長崎労災病院整形外科〔〒 857‒0134 佐世保市瀬戸越 2‒12‒5〕
60 ∼ 80度以下と報告され,本邦の教科書レ
ベルでも統一性がない
2).そのため,股関節
の可動域制限や股関節痛を有する変形性股関
節症患者は定義によってはSLRテスト陽性
と判断されるため,腰椎疾患とし誤診・誤治
療されていることも珍しくはない.このよう
な背景から,腰椎椎間板ヘルニアや変形性股
関節症に対するSLRテストで生じる臨床所
見を詳細に検討することは誤診予防のために
も重要な情報となると考えた.
Ⅰ.目 的
腰椎椎間板ヘルニアと変形性股関節症にお
けるSLRテストで生じる臨床所見を調査す
表 1 両疾患の内訳 腰椎椎間板ヘルニア (n=102) 変形性股関節症 (n=141) 対象 除外症例 性別 (男性:女性) 年齢 ・L5, S1 神経根障害 ・初回手術例 X 線にて股関節の 変形性変化を有する症例 63:39 16 〜 76 歳 (最多年代層 40 歳台) ・進行期〜末期の変形性変化 ・Primary THA 施行 神経学的異常所見を有する症例 23:118 43 〜 89 歳 (最多年代層 60 歳台) ※ 79% 26% 100% 80% 60% 40% 20% 0% 腰椎椎間板ヘルニア 変形性股関節症 ※P<0.01 図 1 SLR 角 70 度未満の割合 腰椎椎間板ヘルニア 79%、変形性股関節症 26% であり、 有意に腰椎椎間板ヘルニアが高かった(P<0.01)。ること.
Ⅱ.対象および方法
腰椎椎間板ヘルニアは,第5腰神経根また
は第1仙椎神経根障害に対する初回手術例
102例(男性63例,女性39例,最多年代層40
歳台)を対象とし,X線にて股関節の変形性
変化(進行期・末期)を有する症例は除外し
た.変形性股関節症はprimary THA施行例
141例(男性23例,女性118例,最多年代層
60歳台)を対象とし,明らかな神経学的異常
所見を有する症例は除外した(表1).
両群に対して入院時にSLRテストを行い,
SLR角70度未満の症例の頻度,下肢挙上に
より角度に関係なく疼痛が誘発される頻度
(以下,疼痛誘発率)および誘発疼痛部位を調
査した.疼痛部位は膝以下(臀部から膝以下
まで放散),臀部(臀部から大腿後面まで),
および,鼠径部に分類した.
Ⅲ.結 果
SLR角70度未満の割合は,腰椎椎間板ヘ
ルニア79%,変形性股関節症26%であり,
有意に腰椎椎間板ヘルニアが高率であった
(P<0.01)(図1).疼痛誘発率は腰椎椎間板
ヘルニア83%,変形性股関節症25%であり,
有意に腰椎椎間板ヘルニアが高率であった
(P<0.01)(図2).誘発疼痛部位は,膝以下
は腰椎椎間板ヘルニア47%,変形性股関節
症0%,臀部は腰椎椎間板ヘルニア36%,変
形性股関節症9%,鼠径部は腰椎椎間板ヘル
ニア0%,変形性股関節症13%であった(図
3).
Ⅳ.考 察
腰椎椎間板ヘルニアに対するSLRテスト
ではSLR角70度未満79%,疼痛誘発率83%
(膝以下47%,臀部痛36%)であった.高頻
※ 83% 25% 100% 80% 60% 40% 20% 0% 腰椎椎間板ヘルニア 変形性股関節症 ※P<0.01 図 2 SLR テストによる疼痛誘発率 腰椎椎間板ヘルニア 83%、変形性股関節症 25% であり、 有意に腰椎椎間板ヘルニアが高かった(P<0.01)。度に疼痛が誘発されることが明らかである
が,定義によりSLRテストの陽性率は多様
な結果となるために,病態の把握や誤診予防
のためにも疼痛部位やSLR角など具体的な
臨床所見を記載すべきである.視点を変える
と,定義の不明瞭な報告例の解釈や比較検討
には注意が必要である.
変形性股関節症に対するSLRテストでは,
SLR角70度未満26%,臀部痛誘発率9%で
あった.すなわち,定義によっては変形性
股関節症もSLRテスト陽性として判定され
る.さらに,腰椎椎間板ヘルニアにおける
SLRテストの臀部痛誘発率が34%であった
ことを考慮すると,SLRテストで生じる臨床
所見は腰椎椎間板ヘルニアの3割,変形性股
関節症の1割は類似しているといえる.その
ため,当然のことではあるがSLRテスト陽
性だから腰椎疾患と短絡してはならず,両疾
患の鑑別には注意が必要である.Lichterら
1)はSLRテスト陽性の定義を明確にしていな
い報告の信頼性に疑問をなげかけ,SLRテス
ト陽性の定義の混乱が誤診・誤治療の原因と
なる可能性があることを指摘している.われ
われはprimary THAを行った変形性股関節
症1163例のうち,前医での誤診・診断遅延
率は5%であり,その98%は腰椎疾患として
診断されていたことを報告した
3)が,本研究
結果と無関係ではないのではないかと思われ
た.
また,本研究結果よりSLRテストを行っ
た場合の両疾患の重要な鑑別点は,腰椎椎間
板ヘルニア(L5,S1神経根障害例)では鼠径
部痛は生じないこと,変形性股関節症では膝
以下の放散痛は認められなかったことがあげ
られる.しかし,疼痛誘発テストは独立した
ものではなく,他の疼痛誘発テストや神経学
的所見などの臨床所見から総合して疾患の鑑
別を行う必要がある.
本研究の問題点として,対照群の問題,す
なわち,最多年代層の違いがある.高齢者の
腰椎椎間板 ヘルニア 変形性股 関節症 膝以下 臀部 鼠径部 13% 0% 0% 47% 100% 80% 60% 40% 20% 0% 9% 36% 図 3 誘発疼痛部位の部位別頻度 誘発疼痛部位は、膝以下は腰椎椎間板ヘルニアで 47%、変形性股関節症で 0%、臀部は腰椎椎間板ヘルニアで 36%、変形性股関節症で 9%、鼠径部は 腰椎椎間板ヘルニアで 0%、変形性股関節症で 13% であった。腰痛椎間板ヘルニア例ではSLRテスト陽性
率は低いことが報告されている
5).そのため,
症例数を増やして年代別の比較を行うことが
今後の課題と考えられた.
まとめ
1)腰椎椎間板ヘルニアと変形性股関節症に
対するSLRテストの臨床所見を比較検討し
た.
2)SLR角70度未満は腰椎椎間板ヘルニア
79%,変形性股関節症26% ,疼痛誘発率は
腰椎椎間板ヘルニア83%,変形性股関節症
25%であった.
3)定義により変形性股関節症でもSLR陽
性と判断されるためSLRテスト陽性の評価
には注意が必要である.
文 献1)Lichter J. Misuse and abuse of the straight leg raising test. J Neurol Orthop Med Surg. 1993; 14: 10‒11.
2)森本忠嗣.Straight Leg Raising test(SLRテス ト)の文献的検討.日本腰痛会誌2008; 14: 96‒ 101. 3)森本忠嗣,小河賢司,重松正森ほか.変形性股 関節症患者の主訴(患者自記式)の検討. Hip Joint. 2008; 34: 663‒666. 4)佐藤勝彦.腰痛診断へのアプローチ-見逃されや すい腰,知っておきたい腰痛-.脊椎脊髄. 2000; 13: 472‒490. 5)吉田 徹,見松健太郎.SLRテストとその関連 脊髄神経根伸展テスト.骨・関節・靭帯.2003; 16: 835‒843. * * *