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幼児における鉄棒の「前回り下り」に関する発生分析的研究

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幼児における鉄棒の「前回り下り」に関する発生分析的研究

樋口 和真

筑波大学大学院科目等履修生

Die genetische Analyse des „Umschwung vorwärts Absteigen“

am Reck beim Kleinkind

Kazuma HIGUCHI

Zusammenfassung

Kinder in der frühen Kindheit sollen verschiedene kinästhetische Hyle sammeln, weil sie auf natürliche Weise viele neue Bewegungen erlernen. Aber sogar im Spiel entwickeln Kleinkinder keine neue Bewegung, wenn sie es selbst nicht wollen. Damit sie neue Bewegungen entwickeln, ist die Beteiligung eines Bewegungslehrers notwendig. Dabei ist es wichtig, dass er vom Stand-punkt der kinästhesiologischen Bewegungslehre des Sports aus die genetische Analyse durch-führt.

In dieser Betrachtung handelt es sich um eine Genese der Kinästhesiomorphe des Lernen-den in der frühen Kindheit.

Der Zweck dieser Betrachtung ist den Lernprozess des Bewegungslehrers, der den „Um-schwung vorwärts Absteigen“ am Reck bei Kleinkindern ermöglicht, zu veranschaulichen. Darü-ber hinaus trägt es zur Lehrpraxis am Übungsplatz bei.

Dafür wurde in dieser Betrachtung die phänomenologisch- reflexanalytisch Analyse der Lehrpraxis an einer Turnenklasse in einem Kindergarten durchgeführt, bei der der Verfasser ei-nem Kleinkind das „Umschwung vorwärts Absteigen“ am Reck gelehrt hat.

Daraus ergaben sich die Abwandlungen der Modalifikation des kinästhetischen Bewusst-seins des Kleinkindes und die Entscheidung vom Konflikt des Pathos im Lernprozess des „Um-schwung vorwärts Absteigen“ am Reck bei einem Kleinkind.

Ⅰ.はじめに

子どもたちは,遊びの中で走ったり,登ったり, 投げたり,ものを上手く使ったりするなど実に多 くの動きかたを身につけていく。とくに,「子ど もは就学前の年齢の終りごろには,諸条件が良け れば,おとなの運動系の発達ときわめて近い状態 になる。子どもはもうスポーツ運動系の基本形態 を自由に卸せるものである。」(マイネル,1980, p.299)とマイネルが述べるように,子どもは幼 児期の頃に基本的な動きを身につける。また,「就 学前の年齢の発達に特徴的なことは,個々の技能 スポーツ運動学研究33:153∼166,2020

研究資料

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の発達が,あおり上げるように急速で,“並列性” や“同時性”をもって行なわれることである。こ うして子どもは歩くことといっしょによじ登るの を覚え,歩くことと同時にもち運ぶことを覚える のである。」(マイネル,1980,pp.299-300)と述 べられているように,様々な動きを同時に身につ けていくのである。そのため,幼児期に様々な動 きを経験し,多様な動感素材を蓄えておくこと は,その後の動きの形成に大きく関係している。 鉄棒運動では,ぶら下がったり回転したりする などの動きを楽しむことができる。幼児期に鉄棒 運動を行うことで,日常的な動きとは異なる多様 な動感素材を獲得することできると考えられる。 中でも,鉄棒の「前回り下り」は,小学校の体育 でも前方支持回転下りやその発展技である前方支 持回転が取り上げられていることから,誰もが一 度は経験する技であろう。「前回り下り」には, 支持する,回転する,逆さになる,といった動感 運動が含まれている。足が地面から離れた状態で 回転し逆さになるという感覚は,他の運動にない 特有の動感素材であり,そこに前回り下りを練習 させる意義が存在する。その回転する感覚の楽し さから,「前回り下り」は幼児の遊びの中でも実 施される技である。 しかし,たとえ幼児の遊びの中でも子ども自身 がやりたいと思わなければ,新しい動きかたの発 生は起こらない。今村と長谷川は,園庭の鉄棒で 幼児たちがどのように遊ぶかということを調査し た研究において,「幼児によって鉄棒で何をして 遊ぶのかはおおむね決まっていた」と述べた上 で,幼児が「自由遊び時間の鉄棒遊びで,自分が できそうな遊びをしている」ことを指摘している (今村・長谷川,2019,p.28)。鉄棒で遊ぶ中で, 毎度違った技を行うというのではなく,自分がで きそうと思える技(動き)で遊んでいるというの である。 また,襲田と西舘は,園庭の鉄棒と太鼓橋に幼 児がどうかかわるかを調査した研究で,年齢が上 がるほど幼児自らが鉄棒にかかわり,いろいろな 動きを試しているということを述べた上で,次の ような指摘をしている。「子どものうち,鉄棒や 太鼓橋での遊びが見られなかった子も少なからず いた。子どもたちのなかには,鉄棒や太鼓橋での 遊びに恐怖や不安を強く感じる子どもがいる。ま た鉄棒や太鼓橋から落ちた経験によって,恐怖心 を強めた子どももいる。そもそも,これらの遊具 にあまり興味をもたない子どももいる。」(龍田・ 西舘,2019,p.112)。この龍田と西舘の指摘から もわかるように,指導者の関与しない遊びの中で は,鉄棒に興味を持たずに全くかかわりを持とう としない,もしくは怖い経験をして興味をなくし てしまう子どももいるのである。 鉄棒に興味を持たないもしくは持たなくなって しまった幼児に鉄棒での運動を発生させるには, 指導者の関わりが必要となる。幼児が鉄棒に対し て,「何となく『嫌な気分はしない』など,その 運動世界を感情的に忌避しない」(金子,2002, p.418)という「なじみの地平」を形成させるこ とが,幼児の鉄棒での運動発生を促す第一歩であ る。幼児は「やってみたい」と感じる動きであれ ば何度でも繰り返すのに対して,指導者が幼児の 運動世界に共感できずに的外れな処方をすれば, 全くやろうとしなくなることもある。金子は,「こ れから新しい動感形態を発生させようとすると き,そのことに背を向けない『何となく嫌ではな い』という〈なじみの地平〉が浮上してくると, 幼児たちはその運動課題に積極的な関心を持つよ うになります。『やる気が起こらない』『無関心』 という場合は,なじみの地平にまだ問題がありま す。そのような子どもを叱咤激励し『やらなけれ ばならない』という危機感を煽って,運動課題に 挑戦させることがあります。しかし,その原志向 性は『動きの違いに気づく』ような能動的な地平 へとは浮かび上がらず,運動課題ができたのに 『二度とやりたくない』という事態を招くことも あります」(金子一,2015,p.155)と述べている。 この金子による指摘からもわかるように,指導者 は,まず幼児になじみの地平が形成されているか どうかを,運動課題に取り組ませる前に把握して おかなければならない。 しかしこのなじみ地平の段階においては,「運 動の形態発生への志向は,まだ顕在化されずに暗 い地平に沈んだままである」(金子,2002,p.418) から,能動的志向性として意識されることはな

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く,「こう動きたいという感じ」などは受動的志 向性として地平のなかに沈んでいる。そのため, 幼児の運動指導を行う際には,運動者本人の受動 的な運動世界に深く入り込み,共感することが必 要となる。とくに,鉄棒運動のような非日常的な 動きを幼児に発生させるためには,より慎重な指 導が求められるのである。 そこで,本研究では幼児の鉄棒での動感発生を 問題として取り上げる。具体的には,幼児の遊び の中でも実施される「前回り下り」に焦点を当て る。鉄棒の「前回り下り」では,回転する感覚を 楽しむことができる一方で,その回転する動きに 対して不安や恐怖を感じる幼児もいる。そういっ た幼児に「前回り下り」の動きを習得させるため には,日常的な運動と隔たりのある鉄棒運動の特 性を理解した上で,幼児の「動きたい感じ」を引 き出し,なじみの地平を形成させようとする指導 者の発生分析が不可欠である。このようなことか ら,本研究は,筆者が幼児に対して鉄棒の指導を 行い,なじみの地平を形成させ,「前回り下りが できる」という確信が得られた動感形態の発生事 例を取り上げ,様相化分析によってその発生過程 を明らかにし,スポーツ指導実践へ寄与しようと するものである。

Ⅱ.研究方法

本研究では,筆者の指導経験から,幼児に「前 回り下りができる」という動感形態の発生を促す 過程を明らかする。そのために,筆者が幼児の動 感発生にどのように関わっていたかだけでなく, 幼児の動感意識の様相変動がどのように生じてい たかにも焦点を当てる必要がある。そのような運 動主体の動感経験は,運動者本人の意識で経験さ れている世界であり,主観を取り除こうとする自 然科学的な分析では明らかにすることはできな い。そのため,「できるだけ『与えられているそ のままに』,つまり『私たちの経験に現れている ままに』受け止めることから始めようと」(山口, 2019,p.33)する現象学的立場に立って研究する 必要がある。つまり,我々の意識の特徴である, いつもすでに何かを意識してしまっているという 志向性を出発点として,そこに「現象学的還元」 (山口,2012,p.44)を施した上で,先入見を排 除しながら考察を進めようとするのである。 実際の指導現場では常に,幼児がどのような動 きをしたいのか,動きをどのように感じているか という動感志向性を読み取り,こうすればできる のではないかと試行錯誤して指導をする。この指 導者が幼児の動きをみて共感的に解釈し,動きを 改善しようと指導する営みは程度の差こそはあれ ど発生分析をすることに通じる。そのため,筆者 が実際の指導で行った発生分析について,反省分 析を行うことによってその発生過程を明らかにし ようとするのである。 ここでいう反省は,現象学的な超越論的反省の ことであり,「以前は体験であって対象的ではな かったものを対象と」することによって,「もと の体験を反復することでなく,それを観察し,そ のうちに見出されるものを解明する」(フッサー ル,2001,p.71)ことである。つまり,ここでは 筆者が幼児を指導するときに,指導者の動感志向 性,すなわち意味づけと価値づけがどのように働 いていたのかということを明らかにしようとする のである。また,筆者が指導する際の幼児の動感 がどのように変化したのかを厳密に純粋記述す る。「純粋記述とは,学習者の動感化現象の本質 を捉えて記述しようとするもの」(中村,2015, p.3)であり,「その純粋記述を可能にするには, まさに〈超越論的反省〉に依拠するしかない」(金 子,2018,p.89)のである。 本研究では,筆者が幼児へ「前回り下り」の指 導を実践した際の発生分析を取り上げて,幼児に なじみの地平を形成させ,「前回り下りができる」 という動感形態の発生へと導いた筆者の関わりと 幼児の動感意識の様相変動について,超越論的な 反省分析を行う。分析を行う際,毎回の指導の後 に筆者が書き留めていた指導メモも参考資料とさ れた。なお,幼児の指導事例の提示においては, 学習者個人が特定されないように配慮してい る。  注1)

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Ⅲ.指導事例について

1 .指導の対象 筆者は幼稚園での課外活動として,希望者だけ が参加する体操教室で月に 3 . 4 回程度指導して いる。満 3 歳児・年少,年中,年長の 3 つにクラ スを分け, 1 回40分の練習が行われる。 1 つのク ラスは10人前後の人数である。 1 回の練習では, 鉄棒・マット・とび箱のいずれかを取り上げて指 導を行っており,月ごとに取り上げる種目を変え て行っていた。つまり,鉄棒を取り上げる月には, 毎回の練習で鉄棒の指導を行っていた。 参加者は,体操教室に希望して入ってきている ため,意欲的な子が多くみられた。動きたいとい う気持ちをどの子も持っていたが,落ち着きがな く,活動中に集中が途切れてしまうような子もい た。本研究で対象とする幼児 A は,好きな運動 は積極的に取り組むが,やりたくないという気持 ちになれば,どう声をかけても全くやらない,と いうように「やりたい」と「やりたくない」が極 端に表れる子であった。また,一度でも動くこと が嫌になると「疲れたからもうやらない」などと 言って,運動内容にかかわらずに動こうとしなく なることもあった。 本研究で取り上げる事例は,筆者が幼児 A に 対して,年少の10月から年中の 6 月にかけて行っ た鉄棒の指導である。鉄棒の練習を主に行った月 は,10月・1 月・3 月・6 月であった(表 1 )。 3 月については,後半に種目を変更したため, 1 回 のみの練習であった。幼児 A は年少の 5 月から 体操教室に入会しており,練習日に休むことはほ とんどなかった。鉄棒の指導を開始する10月まで に,座って自分の順番を待つことができるように なり体操教室に慣れてきていた。跳び箱では台上 によじ登ってジャンプしたり,平均台では上を歩 いたり下をくぐったりするなど,幼児 A は体操 の器具には遊び感覚でなじんでいた。また,マッ トでは前転を一人でできるようになっていた。 2 .筆者の指導歴 筆者が幼児 A の指導を行ったのは,幼稚園で の体操の指導を始めて 2 年目の時である。 2 年目 は週に 3 回程度幼児に指導する場があったが, 1 年目は週に 1 回程度であった。同時期に小学生低 学年に対して,体操競技の指導も開始しており, 週に 3 回程度指導を行っていた。幼児 A へ前回 り下りの指導を開始する前である指導 1 年目の期 間にも,幼児へ鉄棒の「前回り下り」の指導を行 うことはあったため,本論の事例が初めての指導 ではない。 筆者本人の運動歴は,体操競技を18年続けてお り,全日本学生体操競技選手権大会などへの出場 表1 幼児 A への指導の流れ 月日 鉄棒の主な指導内容 幼児 A の様子 10 月 15 日 ぶら下がり、ぶたの丸焼き、足抜き回 り 鉄棒をあまりやろうとしない 足抜き回りはできない 10 月 26 日 足抜き回り、支持、ふとんの姿勢 足抜き回りもふとんの姿勢になる のも怖がる 10 月 29 日 ぶら下がり足タッチ、支持 足抜き回りはできない 支持では肘が伸ばせない 1 月 18 日 足抜き回り ぶら下がることも怖がる 1 月 21 日 鉄棒の下のマットを跳び越える ぶら下がることに慣れる 1 月 28 日 足抜き回り、支持 足抜き回りは怖がる 支持では肘が伸ばせない 3 月 1 日 足抜き回り、支持、ふとんの姿勢 足抜き回りは幇助でできる 支持はお腹で乗っていて、ふとんの 姿勢をやろうとするが怖がる 6 月 3 日 支持、ふとんの姿勢 少し怖がるが幇助でふとんの姿勢 になることができる 6 月 17 日 ふとんの姿勢、前回り下り 幇助なしで前回り下りができる 表 1  幼児 A への指導の流れ

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経験がある。つまり,幼児 A へ指導を開始した 際は,幼児に対する前回り下りの指導経験が豊富 にあったというわけではないが,類似の運動経験 は豊富であったと言える。

Ⅳ.前回り下りの構造分析

前回り下りの発生分析をするにあたって,その 動感構造を明らかにしておく必要がある。前回り 下りの動感構造がわからなければ,どのような動 きを目標像とするのか,どのように動いたら前回 り下りができたと評価するのかが判断できないか らである。 1 .目標像としての前回り下り 前回り下りは,正面支持の体勢から鉄棒を回転 軸として前方へ回転し, 1 回転未満で下りる運動 形態である(図 1 )。その終末局面は,鉄棒の高 さによって,着地もしくは懸垂姿勢となる。正面 支持∼前方に 1 回転∼正面支持というように 1 回 転して再び正面支持になれば前方支持回転とな る。前回り下りは,この前方支持回転の動感素材 を含む動きの一つとして,つまり前方支持回転を 習得する道しるべの「目当て形態」(金子,2005, p.232)として行われることがある。その場合, 支持まで戻ってこられるようになるためには, 「回転開始の腕を伸ばし,胸を張る体勢がわかる 定位感能力と肩ができるだけ遠くを通って真下を 過ぎるまで回転することがわかる時間化身体知と 遠近感能力の充実」(三木,2015,p.149)が目指 されなければならない。 しかし幼児 A に対して行った指導では,前方 支持回転の目当て形態としてではなく,懸垂時に 足がつく高さの鉄棒で「前回り下りが一人ででき るようになる」ということを目標とした。この場 合,鉄棒で支持から前に回転して下りるという, 「前方に回転しながら下りる」こと自体が運動課 題となる。そのため,勢い余って落ちてしまわな いように回転の勢いを制御しながら下りる動きで もその運動課題は達成される。ここでは,支持か ら前方回転を始める際にどんな感じで動くかわか る「予感化能力」,回転して逆さになっていると きに今ここでどのような体勢になっているのかわ かる「定位感能力」の充実が目指される。 2 .前回り下りの技術構造 「前方に回転しながら下りる」ことを運動課題 とする前回り下りについて,前方支持回転と比較 することでその技術構造を浮き彫りにする。前方 支持回転では,回転開始の技術・真下を通過する ときの前屈技術・支持になるための手の握り直し の 技 術 が 必 要 と さ れ て い る( 三 木,2015, pp.145-148)。 回転開始の技術は前回り下りでも必要な技術で ある。しかし,前方支持回転では支持まで回転す る必要があるのに対して,前回り下りは一回転未 満で下りてくるため,回転の勢いはそれほど大き くなくてよい。回転の勢いが大きすぎて,懸垂に なるときに勢いあまって手が離れてしまうようで は落ちる動きになってしまうことがある。勢いよ く回転開始する場合には,回転の後半で勢いを制 御して下りてくる必要がある。回転開始の勢いを 小さくするには,前方支持回転を行うときのよう に,両腕を伸ばして頭が高い位置から回すより も,むしろ軽く肘を曲げて背を丸くしてゆっくり と回す方が制御しやすい。かといって,支持体勢 で両腕でバーを押し返すことができずに,お腹で 鉄棒に乗っているような状態では,前方に回転す ることが難しい。また,支持で静止することがで きていても,いざ回るときに腕の突っ張り全くな くなってしまうと,前方に回転できずにずるずる と後方に落ちてしまう。支持が利いていなくて も,お腹を反らせることで鉄棒上に静止すること はできるが,そこから回転を開始するためには, 図 1  前回り下り(三木,2015,p.123)

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手で鉄棒を押して前方へと回転させていくという 支持の技術が必要となる。つまり,「前方に回転 しながら下りる」という課題を達成するには,最 低限の回転の勢いを確保できる,支持の技術を前 提とした回転開始の技術が必要である。 前屈の技術も前回り下りで必要な技術である。 前方支持回転の場合は,前屈の技術によって,鉄 棒の真下で腰角を狭めて回転スピードを加速さ せ,上昇局面で上体が起き上がる動きへスムーズ に伝動させる必要がある。このように前屈の技術 は回転加速と伝動の役割を持つ。前回り下りでは 再び支持へと戻るほどの回転加速は必要ではない が,腰で鉄棒にぶら下がった状態(ふとんの姿勢) (図 2 )で止まることなくスムーズに回転できる ように伝動させる必要はある。また,前屈するこ とで鉄棒を腰部分で挟みこみ,落ちないようにす ることも重要である。前屈の姿勢がうまくできず に,鉄棒から勢いあまって下半身がはずされてし まうような動きでは,落ちる動きになってしま う。つまり,前屈することによって落下しないよ うにしっかりと腰で鉄棒を挟みこみ,回転の勢い を止めすぎずに次の下りる動きへ伝動させる技術 が重要である。 握り直しの技術は,前回り下りでは前方支持回 転とは違い,終末局面で着地もしくは懸垂姿勢に なるため,必ずしも必要ではない。しかし回転の 勢いが大きすぎると,とくに懸垂姿勢になる場合 には,鉄棒を握っていられずに手を離してしまう 可能性がある。そのため,握りを深く握り直すこ とで,手を離れにくくすることができる。 前回り下りを足がつく高さの鉄棒で行う場合, 前方支持回転とは違い,着地の先取りをする必要 がある。着地の先取りができていなければ,足が つく衝撃を緩和できずに手が離れてしまうことも ある。回転しているときに着地するタイミングを 先読みし,足が地面につくときに膝や腰の動きも 使って衝撃を受け止める技術が必要である。 3 .前回り下りの習練形態 今回の指導事例では,懸垂時に足がつく高さの 鉄棒を用い,床面にソフトマットを置いた状態 で,「前回り下りが一人でできるようになる」こ とが目指された。このとき,終末局面で着地する 際には,ソフトマットが衝撃を吸収してくれるた め,比較的安全に「前方に回転しながら下りる」 という課題を達成することができる。しかし,た とえソフトマットがあったとしても,落ちずにで きるという確信がなければ,恐怖を感じることに なる。 そこで,まず「支持からふとんの姿勢になって 一度止まってから下りる」という運動形態を目標 像に設定した。そのようにすることで,回転開始 の技術と鉄棒を挟んで落ちないようにするための 前屈の技術の動感素材を獲得することができると 考えたからである。とくに,ふとんの姿勢で一度 止まることで,腹部で鉄棒を挟んで落ちない感覚 が身につけられることが考えられた。そして,そ の習練形態を経て,徐々にふとんの姿勢で止まら ずに下りるようにすることにより,回転伝動のた めの前屈の技術を身につけていくことが予測され た。最終的に,「支持からふとんの姿勢になり, 回転を止めずに下りる」ようにすることで,「前 方に回転しながら下りる」という前回り下りの形 態発生が目指されたのである。

Ⅴ.前回り下りの発生分析

1 .前回り下りのなじみ地平の形成 1 )鉄棒運動を行う場へのなじみの形成 10月に鉄棒の練習を開始したとき,幼児 A に とって鉄棒で運動することはなじみがないもので あった。指導で使用していた鉄棒は,幼児 A の 頭ほどの高さであり,ぶら下がるには膝もしくは 図 2  腹部支持(ふとんの姿勢)(金子,1984,p.162)

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腰を少し曲げる必要があった。下にはソフトマッ トが置いてあり,ぶら下がっておしりから落ちて も痛くない程度に衝撃を吸収するようになってい た。鉄棒は一台だけであり,常に指導者が横につ いて,一人ずつ順番に鉄棒を行うという練習環境 であった。鉄棒が設置されている練習環境は幼児 Aにとって見慣れないものであり,鉄棒運動を 「やりたい」と思えていないようであった。それ は,幼児 A が柔軟運動や動物歩きといった準備 運動を楽しそうに行っていたのにもかかわらず, 鉄棒を練習できるように配置したとたんに,「鉄 棒はやりたくない」と言ってやろうとしない様子 がみられたことから読み取ることができた。 はじめは,幼児 A を含めたクラスの子たち全 員に対して,鉄棒に慣れさせる運動として,鉄棒 にぶら下がるという運動課題を行わせた。ぶら下 がっている子に対して,指導者が「いーち,にー, さーん,しー,ごー!おっけー!」,「上手にでき たね」などと反応をすると,楽しそうに行ってい た。幼児 A は,クラスの子たちが楽しそうに鉄 棒を行う様子に引き込まれて,順番の列に並ぶよ うになり,ぶら下がりなどを行うようになって いった。幼児 A は鉄棒の練習を行う場に対して, 「何となく嫌ではない」というようななじみの地 平を形成するまでに他の子たちと比べると少し時 間がかかったが,大きな問題はなかったと言え る。 2 )逆位姿勢の否定 幼児 A は,鉄棒運動を行うことに対して「嫌 な感じ」をもっておらず,ぶら下がりも問題なく 行うことができていた。また,次の運動課題とし て行わせた,ぶら下がりで鉄棒に足タッチやぶた の丸焼き(図 3 )といった懸垂系の技は,足を上 げるのを幇助してやればとくに問題なくできてい た。しかし,その次の運動課題として行わせた 「足抜き回り」では,幼児 A は直接幇助で足を鉄 棒のところまで上げて回ろうしたところで,「怖 い」といってやめてしまっていた。幼児 A は, 後方に回転して逆さになる感覚を受け容れること ができずに,恐怖を感じてしまっていたため,「足 抜き回りを行うことができない」という否定の様 相であったと考えられる。このとき指導者は無理 に怖い思いをさせてはいけないと考え,しばらく はぶら下がって足を鉄棒にタッチをする運動など を行わせるようにした。 10月 2 回目の練習でも,他の子は足抜き回りを 行っていたが,幼児 A に対しては,引き続きぶ ら下がりや鉄棒に足タッチなどを行わせていた。 懸垂系だけでなく他の運動も行わせるために,次 の全体の運動課題として,跳び上がり支持を取り 上げた。この課題では回転することはないため, 幼児 A も怖がらずにできるのではないかと考え, 他の子と同様に支持の練習を行わせた。鉄棒が幼 児らの腰のあたりにくるように置いた台の上から 跳び乗って支持をさせるようにしたが,幼児 A は,手に力を入れることができずに,お腹で鉄棒 の上に乗ってしまうような動きであった。お腹に 負担をかけないために,指導者がおしりのあたり を下から支えてあげて,片方の手は胸からお腹に かけて支えてあげるように幇助してやると,幼児 は支持する姿勢にはなっていた。手を「ピーンっ てしてごらん」と言いながら同様に幇助をする と,少し鉄棒を押し返すような動作はみられた が,身体を支えるほどの力を入れることはできて いなかった。 指導者は,直接幇助をすればふとんの姿勢も行 うことができると考え,支持からふとんの姿勢に なる運動課題を与えた。幼児 A は,指導者の手 を借りてふとんの姿勢となったが,「怖い」,「痛 い」と訴え抵抗したためすぐに抱きかかえて台上 にもどしてやった。このとき,幼児 A が動くの を幇助で助けてやったというよりも,ふとんの姿 図 3  ぶたの丸焼き

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勢になるまで指導者が動かしたという直接幇助で あった。それは,幼児 A にとってはふとんの姿 勢まで一気に動かされたという受け身的な体験で ある。その直接幇助でふとんの姿勢となった一度 の体験によって,日常的には一致しているはず の,「天頂の上」と「頭頂の上」(金子明,2015, p.194)に混乱が生じ,幼児 A は恐怖を感じてい たと考えられる。その後,幼児 A は自分の順番 がきて台上に上がっても,支持をせずに鉄棒の下 をくぐり抜けて降りようとする素振りがみられ た。こうしたことから,幼児 A が「ふとんの姿 勢になる」という逆位姿勢になる運動に関して先 構成した動感形態は,否定の様相を呈していたと 考えられる。また,幼児 A はふとんの姿勢になっ た際に,腹部で鉄棒を支えるようになってしまっ たために腹部に痛みを感じていた。その痛みが幼 児 A を「やりたくない」気持ちにさせ,なじみ 地平の形成を阻害してしまっていたと考えられ る。 3 )足抜き回りにおける逆位姿勢の受け容れ 少し時間が空いた 1 月の鉄棒の練習でも,幼児 Aのなかで逆位の姿勢に対する恐怖感が色濃く 残っているようであった。ぶら下がるという運動 課題でも,鉄棒を強く握ろうとはせずにゆっくり と手を離してソフトマットの上に落ちるという, 妙な動きを行っていた。こうしたことから指導者 は,ぶら下がるという動きがあとの逆位になる動 き(足抜き回り)を想起させてしまうことで,幼 児 A はぶら下がる動きさえも嫌がっているでは ないかと考えた。そのままでは,ぶら下がりの練 習を行うこともできなかったため,逆位になる怖 さを感じることのない運動課題を与えた。それ は,鉄棒の下に通常のマットを敷いて50cm 程度 の隙間を空け(図 4 ),鉄棒や支柱をつかんで体 を支えてマットの隙間を跳び越えるという課題で あった。幼児 A はその課題に抵抗することなく, 何度も繰り返し行った。鉄棒に触れながらも身体 が完全に宙に浮くことはなく,怖さを感じること がないようであった。マットの隙間に落ちないよ うにしようと,意欲的に取り組む姿がみられた。 マットの隙間を跳び越えるのに夢中で,鉄棒に頭 をぶつけてしまうことがあったが,気にすること なく何度も行おうとしていた。同じクラスの子の 中には,膝を曲げて鉄棒にぶら下がって,隙間を 跳び越えるようにする子もいた。それをみて筆者 が「お,すごいね!」などと,大げさに反応をみ せると,幼児 A もつられて,同じように鉄棒に ぶら下がるようにもなっていった。幼児 A がま ねをしたことから,幼児同士の間で「動感仲間化」 (金子,2009,p.317)が生じていたと思われる。 「怖い」,「やりたくない」と感じるような動きを 取り除いた運動課題を設定し,楽しく鉄棒運動を 行う場が整備されたことで,他の子たちと受動的 に動感共鳴し合う情況が生まれていたと考えられ る。そして,それが幼児 A が再び「ぶら下がり ができる」という動感形態の発生にプラスに働い たと考えられる。 その後 3 月の練習では,幼児 A は懸垂で逆位 となることへ抵抗が徐々になくなってきているよ うに感じられた。そのとき,ぶら下がりで鉄棒に 足タッチやぶたの丸焼きの練習で,それまでは指 導者が幇助で足を持ち上げてやっていたのが,幼 児 A は少しずつ幇助の手を借りずに自ら足を上 げられるようになってきていたからである。幇助 での練習の中で,逆位の姿勢における定位感が充 実化し,幼児 A は懸垂で自ら足を上げられるよ うになっていったと考えられる。また, 2 月中に 行っていたマットの後転の練習も関係していると 考えられる。幼児 A は,幇助が必要ではあった 図 4  鉄棒とマットの配置

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が後転で自ら手をついて頭越しをする動きができ るようになってきていた。そのマットの後転にお ける後方回転する感覚が,鉄棒での懸垂姿勢から 足を上げて逆位姿勢となるときの定位感の充実化 を促したと考えられる。 そこで,指導者が幼児 A に「くるりんしてみ よう」と伝えて,足抜き回りをすることを促した。 幇助で足を手の間に通して回転するのを助けてや ると,幼児 A は足抜き回りを行うことができた。 懸垂での逆位の姿勢を受け容れられたことによっ て,幼児 A が先構成している足抜き回りの動感 形態は「できそう」という可能性の様相に向かっ ていたと考えられるのである。 4 )前回り下りに対するなじみの地平の形成 1 月の練習で幼児 A は,支持になることに対 しても,ぶら下がることと同様に抵抗がみられて いた。またこの頃,ふとんの姿勢にはならずに支 持の練習だけをさせるために,「肘ピーンやるだ けだよ」と支持することのみが運動課題であるこ とを強調すると,幼児 A は支持の練習に取り組 んでいた。したがってこのときは,支持をやりた くないというのではなく,支持の後に行うふとん の姿勢で逆位になることに対して否定の様相が続 いていたと考えられる。その後,支持からふとん の姿勢なる動きを習得させようとして指導者が示 範したり,他の子たちがふとんの姿勢になってい るのを見せても,幼児 A は支持からふとんの姿 勢をやろうとはしなかった。 なじみの地平の形成について,中村は「運動を 〈知る〉ところから〈やってみたい〉と思い,〈で きそう〉だとして,自ら〈やってみる〉ためには, 受動世界における営みがうまく機能していなけれ ばならない。だから,運動課題が提示されてもな かなか〈やってみる〉ことができない子どもは, この受動世界における営みがうまく機能していな いのであり,〈やってみる〉前の主体的な営みに おいてすでに躓いているのである」(中村,2007, p.257)と指摘している。幼児 A は,他の子たち が前回り下りやふとんの姿勢を行っているのを見 ても,幼児 A の受動世界においてすでに躓いて おり,支持からふとんの姿勢になろうと思えない 情況であったと考えられる。 3 月の練習で,幼児 A は懸垂での逆位の姿勢 を受け容れ,幇助で足抜き回りができる動感形態 が構成されていた。支持の練習においても,幼児 Aは拒むことはなく,幇助の手を借りて支持する ことができていた。足抜き回りが幇助でできるよ うになったことから,指導者はふとんの姿勢で逆 位になることもできるのではないかと考え,再度 ふとんの姿勢になる運動課題を幼児 A に与えた。 幼児 A は,抵抗することはなく支持からふとん の姿勢をやろうとしたが,幇助があっても「痛 い」,「怖い」と訴え抵抗したため,ふとんの姿勢 になることはできなかった。このとき,幼児 A の支持からふとんの姿勢になる動感形態は,「で きない」という否定の様相でありながらも,「やっ てみる」ことができたことから「できるかもしれ ない」という疑念,そして「できそう」という可 能性の様相へ向かおうとしていたと考えられる。 また,幼児 A はふとんの姿勢になることを拒絶 せずにやってみようと試みたことから,支持から ふとんの姿勢になるという,「前回り下り」のな じみ地平が形成されていたと考えられる。 2 .前回り下りができる動感形態の発生 1 )支持の習得 幼児 A が年中となった 6 月初めの練習では, 驚いたことにほとんど幇助なしで支持することが できるようになっていた。これは, 5 月に行って いた跳び箱での練習が関係していると考えられ る。跳び箱での開脚跳びの練習で,踏み切り∼跳 び箱に手をつく∼切り返し動作,という動感素材 を与えるために,ミニトランポリン上でジャンプ をしているところから,幼児の胸あたりの高さの 跳び箱に手をついて開脚で座るという運動課題を 行っていた。そのときの跳び箱に手をついて開脚 で座る動きと,鉄棒での跳び上がり支持の動きは いずれも,手をついているところに力を加え,肩 角度を狭めるようにして身体を引き上げるという 動きである。この二つの動きの動感形態が類似し ていたことから,跳び箱での開脚跳びの練習が幼 児 A の鉄棒での支持の動感形態化を促したと考 えられる。

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2 )直接幇助によるふとんの姿勢の受け容れ 幼児 A は,支持ができるようになってからも, 支持からふとんの姿勢になる動きの動感形態は, 変わらずに「やりたいけどできない」という否定 の様相であった。支持からふとんの姿勢になろう として前傾する動きでは,傾きが大きくなるにつ れて地面が近づいてくるのであるから,落下への 恐怖が付きまとう。もし一気にふとんの姿勢にさ せると,怖がって再び前回り下りを避けるように なる可能性があったため,慎重に逆位の姿勢を受 け容れさせるようにする必要があった。そこで, 幼児 A に「先生が持っていてあげるから,少し ずつ前にいこう」と伝えて,支持から幇助で少し ずつ前傾する練習を行った。顔がこわばったり, 力を抜いて怖がりそうな様子がみられればすぐさ ま支持まで戻してやる,というように幼児 A の 反応をよく見ながら幇助を行った。また,「大丈 夫だよ」,「上手にできているよ」と伝えながら, 幼児 A を安心させるようにも注意していた。傾 きが大きくなるにつれて,幼児 A は「怖い」と 訴えることもあったが,「痛い」と訴えることは なくなっていた。幼児 A は支持ができるように なったことで,前傾した際に腹部ではなく骨盤に バーが当たるようになり,痛みはあまり感じてい なかったようである。そのため,鉄棒をやりたく ないと言い出すことはなく,自分の順番がくると 指導者の手を借りながら練習を行っていた。その 幼児 A が何度も行おうとする様子から,「怖い」 と言いながらもどこか,ふとんの姿勢になれそう と感じているようにもみられた。幼児 A はふと んの姿勢になることに怖さを感じながらも,その 動感を拒絶せずに受け入れようとする「受容発 生」(金子明,2015,p.159)の層位にいたと考え られる。 この直接幇助の練習を繰り返し行うことによっ て,幼児 A はふとんの姿勢になることができた。 初めてできたときは,幼児 A のお腹に負担がか からないように幇助で支え,ふとんの姿勢から支 持までもどしてやるようにした。指導者が「ふと ん(の姿勢が)上手にできたね」と伝えると怖さ と嬉しさが混ざったような表情で,そのふとんの 姿勢の感覚を受け容れ始めているようにみられ た。前方に傾けて支持の姿勢に戻すという動きを 繰り返すことで,「支持からふとんの姿勢まで傾 いても大丈夫」という予感化能力が充実していっ たと考えられる。それは,指導者が幼児 A が前 に身体を傾ける動きに合わせながら,表情などに 注意して「これ以上はいくことができない」と感 じるところまでいって戻してやることで,「ここ までは大丈夫」という確信が一回ごとに得られ, そうしたことを繰り返すうちに,徐々に「そこま でいけるかもしれない」という探り入れの範囲が 増大していったと考えられる。なじみの地平が形 成されたあと,幼児 A のできそうな感覚へ触手 を伸ばそうとする探索位相での営みがこの直接幇 助を用いた練習によって行われていたのである。 3 )前回り下りの形態発生 ①前回り下りの先構成 幼児 A は,一度ふとんの姿勢ができてからも 何度も行おうとしたため,「ふとんの姿勢になる ことができる」という可能性の様相に達していた と考えられる。また,何度かふとんの姿勢を繰り 返す中で,逆位である状態に慣れさせるために 「後ろのおともだちにこんにちはしてごらん」な どと指示すると,幼児 A は逆さに見える友達を みて楽しんでいた。幼児 A は「怖い」という発 言をすることもなく,ふとんの姿勢になることに 慣れてきている様子であった。このことから,定 位感能力の充実によって,幼児 A は自分がふと んの姿勢になっているときに,今ここでどの方向 を向いているのかという「頭頂の上」と「天頂の 上」の混乱がなくなっていたと考えられる。  6 月の 2 回目の練習で,幼児 A はふとんの姿 勢になるところまで,幇助であまり力を加えずと も一人でできるようになっていた。そのため,前 回り下りを実施させるために,「くるりんしてみ ようか」と声をかけると,幼児 A は意欲的な表 情ではないものの,嫌な顔をすることはなかっ た。それは,前回り下りが「なんとなくできそう な感じ」がその身で捉えられるようになっていた からだと考えられる。幼児 A は,支持からふと んの姿勢になる練習の中で,「逆位の姿勢を受け 容れられる定位感能力の充実」と,「支持から前

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方に回転しても痛くなく落下しないという確信が 得られる予感化能力の充実」から,前回り下りの 形態が先構成され「なんとなくできそう」という 可能性の様相にあったと考えられる。 実際に幼児 A が前回り下りを行う際には,支 持からふとんの姿勢で止まって,そこから下りる ように,「ふとんをしてから,くるりんだよ」と 伝えて幇助しながら行わせた。しかし,幼児 A はふとんの姿勢をスムーズに経過し,前方に回転 して下りてきた。着地の衝撃があったからか, びっくりしたような表情もみえたが,「お,すご い!上手!」と伝えると嬉しさがこみあげている ようであった。幼児 A にとって,「なんとなくで きそうな感じ」として先構成されていた空虚形態 が,実際に前回り下りを行うことで充実したと考 えられる。 ②パトス的葛藤による決断 幼児 A は前回り下りの練習を行う中で,「怖 い」,「痛い」という気持ちを抱えていた。しかし, そんな中でも,「やりたい」という気持ちとの葛 藤の中で,前回り下りを行うという決断に至っ た。ヴァイツゼッカーは「行為の始原は決断 (Entscheidung)であり,決断とは必然と自由,『ね ばならぬ』と『したい』の闘争ということに等し い」(ヴァイツゼッカー,2017,p.295) と述べて いる。前回り下りをしたい,でもふとんの姿勢に なるという恐怖から尻込みせざるを得ないという パトス的な葛藤から,前回り下りを行うという決 断がされたのである。また,何かを「しようとす る(Wollen)」ことは,「〈してよい〉に引っ張られ, 〈できる〉に拘束されるというかたちで抑制」 (ヴァイツゼッカー,2010,p.109)されるのであ るから,前回り下りのできそうな感じがなければ 動く決断に至ることはできない。 幼児 A の「やりたい」という気持ちを引き出 すためには,そう思うことができる場が必要で あった。幼児 A は,体操教室に参加することに 対して抵抗はなく,動きたいという気持ちがみら れていた。また,体操教室では怖いことを「やら なければならない」という場ではなく,運動課題 を下のレベルの子に合わせた上で「できる人は やってみよう」という場であった。それに加え, 幼児それぞれの動きに対して指導者が褒める反応 を示していた。荒井は,子どもの発達論的視点か ら,模倣を効果的に行うためには「成功体験(で きる喜び)による積極性を味わわせることを心が けることが望まれる」(荒井,2009,p.103)と述 べている。指導者が子どもたちの動きに対して, 「〇〇ができたね」,「上手だよ」などと褒める反 応は,子どもにとって成功体験として感じられて いたと考えられる。この子どもたちにとって成功 体験を何度も感じられる場が,幼児 A にとって も「やりたい」,「できるようになりたい」という 気持ちを引き出すことに大きく関わっていたと考 えられる。 しかし,どれだけやりたいという気持ちがあっ たとしても,幼児 A にとって「感覚的に受け容 れられないような難しい動きでは,やる気をなく して」(三輪,2020,p.108)しまう。幼児 A が初 めて鉄棒で逆位の姿勢を経験したとき,一度はも う鉄棒をやらないのではないかと思うほど恐怖を 感じ,鉄棒にぶら下がることさえできない状態で あった。しかし,幼児 A が怖いと感じないよう な運動課題から行わせることで,徐々に鉄棒の 「前回り下り」のなじみ地平を形成していった。 そして,幼児 A は支持ができるようになったこ とで痛みによる「やりたくない」気持ちは薄れ, 少しずつ逆位姿勢を受け容れられるようになった のである。 マイネルが,「子どもというのは人や動物の動 きに鋭い観察をするものである。子どもは,対象 物から離れて外側を見るのではない。そこでの観 察はただちに動きのなかに入って共感し,すぐ模 倣へと移っていく」(マイネル,1998,p.101)と 述べているように,幼児が模倣によって動きを習 得することは多くある。幼児 A が練習を行う場 では,常に同じ運動課題を行っているクラスの他 の子たちがいて,一人ずつ順番に鉄棒を行ってい たため,幼児 A は他の子たちが前回り下りを練 習しているときの動きを観察できる環境にあっ た。他の子の前回り下りを観察できる情況の中 で,幼児 A が自分もやりたいと思えたからこそ, 前回り下りをやるという決断ができたと考えられ

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る。 さらに幼児 A が前回り下りを行う決断に至っ たきっかけの一つとして,その時母親が体操教室 を見学していたということもあげられる。普段は 祖母が迎えに来ていたため,母親に自分の体操を している姿を見せることがなかった。夏休み期間 (年少 8 月)の練習で,母親が見学に来ていたと きには,幼児 A はいつもより張り切って練習に 取り組む様子がみられた。三輪は,「意志の強化 には,子どもをとりまく人々,とりわけ親による 運動の例示や励ましといった,運動を誘発するは たらきかけで満ちあふれた状況が不可欠である」 (三輪,1994,p.22)と指摘している。前回り下 りをやる決断に至った日は,幼稚園の参観日であ り,母親が体操教室も見学しにくることは幼児 A に伝えられていた。普段とは違う,母親が見てく れていることよって,幼児 A は母親にかっこい い姿を見せようと,「やりたい」気持ちがより強 くなっていたと考えられる。ヴァイツゼッカーが 「意志(Wille)の強化は『しうる』の範囲を拡大 する。」(ヴァイツゼッカー,2017,p.294)と述べ ているように,幼児 A の「やりたい」気持ちが 強くなったことによって,先構成されていた前回 り下りの「できそうな感じ」がより強くなり,前 回り下りを行う決断に至ることができたのであ る。 3 .まとめ ここまで幼児 A の前回り下りの動感意識の様 相変動に対して,どのように指導者が関わり,幼 児のなじみの地平がどのように形成され,前回り 下りの形態発生に至ったのかということを考察し てきた。ここでは考察結果について簡単にまとめ ておく。 幼児 A は,鉄棒運動になじむことに他の子た ちより少し時間がかかったが,大きな問題はな かった。指導者は,前回り下りの練習として,直 接幇助でふとんの姿勢を行わせた。そこでは,指 導者が幼児 A の身体をその姿勢になるまで動か していたが,それは幼児 A にとって逆位の姿勢 に一気に動かされる恐怖の体験として感じられ, 幼児 A に「ふとんの姿勢になることができない」 という否定の様相を招いてしまった。 一度は幼児 A に前回り下りのなじみの地平を 形成させることに失敗してしまったが,指導者が 逆位になることのない運動課題から与えていくこ とで,少しずつなじみの地平は形成されていっ た。幼児 A が支持することをできるようになっ てからは,指導者が幼児 A の動きや表情に合わ せて直接幇助しながら少しずつ前に傾けて戻ると いう練習を繰り返し行うことで,幼児 A にふと んの姿勢への探り入れを促した。その練習によっ て,逆位の姿勢を受け容れられる定位感能力の充 実し,支持から前方に回転しても大丈夫(痛くな いし怖くない)という確信が得られる予感化能力 の充実したことから,前回り下りの空虚形態が先 構成され「できそう」という可能性の様相に至っ た。 そして,幼児 A のやりたい気持ちを増大させ る場が,前回り下りをする決断へと向かわせた。 それは,ふとんの姿勢の練習によってすでに前回 り下りの空虚形態が先構成されていたからに他な らない。幼児 A のなかですでに前回り下りが先 構成されており,「やりたい」という気持ちがそ の「できそうな感じ」をより大きくさせることで, 幼児 A は前回り下りの形態発生に至ったのであっ た。 この一度の前回り下りを転機として,幼児 A はこれまで怖がっていたのが嘘であるかのよう に,何度も前回り下りを繰り返し行うようになっ た。指導者が横で幇助をしようと手を出している ものの,ほとんど幇助の手を借りることなく支持 からスムーズに回転して下りることができてい た。その日の練習の終了時刻が迫っても,幼児 A はもっとやりたいとせがむほどであった。金子 が,「コツとカンという儚さを潜めた身体発生能 力をわが身に確信的に捉えたいと願う〈原動力〉 は,本質可能的に根源的な努力志向性つまり〈原 努力〉に支えられているのだ。幼い子どもが滑り 台の遊びに夢中になり,何かに取り付かれたよう に〈滑る感じ〉の反復を求めるのは,そのキネス テーゼ感覚意識を受動的に志向する原努力が働い ているからである」(金子,2018,p.185)と述べ ているように,幼児 A は毎回違う前回り下りの

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感覚質を感じ取ろうとする原努力に支えられ,そ の動感形態をより充実させようとしていたと考え られる。このように,何度も一人で前回り下りを 行えるようになったことから,幼児 A は「前回 り下りができる」という動感形態の発生に至った と言える。  幼児 A への指導の中で,指導者の直接幇助で 一気にふとんの姿勢に持ち込ませる練習で幼児 A に前回り下りができないという否定の様相へ導い てしまったことは,指導者の誤りであった。直接 幇助によって,闇雲にその運動経過を一気に経験 させればいいというわけではないのである。少し ずつ支持から前傾する練習のときのように,直接 幇助が効果的に働いたのは,幼児 A が受容発生 の層位にあり,幼児 A 主体の動きに合わせて幇 助が行われたからであると考えられる。

Ⅵ.おわりに

本研究では,筆者が指導者として幼児 A の前 回り下りを発生分析した事例を反省分析すること で,幼児の「前回り下りができる」という動感形 態の発生過程について,とくになじみ地平の形成 から前回り下りを行う決断に至るまでの筆者の関 わりと幼児の動感意識の様相変動について明らか にしてきた。 筆者の幼児 A への鉄棒の指導の中で,直接幇 助で支えていれば大丈夫であろうと,一気に逆位 姿勢に持ち込むことで怖い思いをさせてしまった ことは,指導者として致命的なミスである。体操 をやりたくないと全く離れてしまうのではなく, 動きたいという気持ちを持ち続けてくれていたこ とは,それまでの筆者との関係をうまく築けてい たことも幸いしている。その経験をもとに,幼児 Aに少しずつ逆位姿勢への受け容れを促し,動感 発生に導いた指導者の関わりを提示することがで きた。このことからも,幼児の動感世界にいかに 入り込み,どのように動感発生を促すかという現 場での実践知を明らかにする研究が必要であると 考えられる。 幼児の動感発生において,幼児が「やりたい」 と思える場を作り出し,「できそう」と思える運 動課題を与えていくことが重要となる。幼児の 「やりたい」という気持ちを引き出す能力は,常 に幼児に関わる母親や保育士が非常に長けている であろう。しかし,スポーツ運動などの非日常的 な動きの発生を促すには,その運動構造を把握 し,幼児の動感志向性を見抜いた上での促発指導 が不可欠となる。一歩間違えれば,怪我をするだ けでなく,運動嫌いの子どもを生み出しかねな い。本研究から,幼児を運動指導する際に,どの ようにやりたい気持ちを引き出し,できそうと感 じさせるのか,その発生分析的研究がより盛んに なることを期待したい。

注 1 ) 研究の公開に際して,事例として提示した幼 児の保護者より掲載の許可を得ている。

文 献

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三輪佳見(1994)乳幼児期の運動発達における主体 と環境世界の相互作用的関係,スポーツ運動学研 究, 7:13-24. 三輪佳見(2020)コツとカンの運動学―わざを身に つける実践,日本スポーツ運動学会編,大修館書 店:106-111. 中村 剛(2007)体育授業における促発指導の不可 欠性について−発生運動学の立場から−,埼玉大 学紀要教育学部,56( 1 ):245-259. 中村 剛(2015)マット運動における倒立の動感発 生に関する様相化分析,スポーツ運動学研究, 28:1-18. 野中郁次郎・山口一郎(2019)直観の経営「共感の 哲学」で読み解く動態経営論,KADOKAWA. 龍田幸奈・西舘有沙(2019)幼児の固定遊具へのか かわり方とその発達的変化に関する観察研究−園 庭の鉄棒と太鼓橋に着目して−,富山大学人間発 達科学研究実践総合センター紀要教育実践研究, 14:103-112. ヴィクトール・フォン・ヴァイツゼッカー著:木村 敏訳(2010)パトゾフィー,みすず書房. ヴィクトール・フォン・ヴァイツゼッカー著:木村 敏・濱中淑彦訳(2017)ゲシュタルトクライス知 覚と運動の人間学,みすず書房. 山口一郎(2012)現象学ことはじめ―日常に目覚め ること〈改訂版〉,日本評論社. 受付2020年 9 月 9 日 受理2020年11月18日

参照

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