はじめに コブシ (Magnolia kobus DC.) はモクレン科モクレ ン属の落葉高木である。モクレン属ハクモクレン亜 属 (Yulania) に属し、国内の近縁種にシデコブシ (M. stellata) やタムシバ (M. salicifolia) がある。コブシは、 主に冷温帯に生育し、国内では北海道と本州、九州に、 国外では韓国の済州島に分布する (図 –1)。花が美しい ため街路樹や庭園樹としての人気が高く全国で広く植 栽されている。 コブシの種内には、基本変種コブシ (M. kobus var. kobus) と変種キタコブシ (M. Kobus var. borealis) が存在 する。大橋(2015)によると、変種キタコブシは、変種 コブシに比べて葉や花が大きく、本州中部の日本海側 から北海道にかけて分布している。Tamaki et al. (2019) は九州から北海道にかけての22 集団の葉形質の変異を 調べ、北緯36 度付近に葉形質の変異の境があることを 示したが、南方に位置する一部の集団では葉形態から 変種を特定するのが困難だとも述べている。Callaway (1994) は、変種キタコブシの形質は一定のものではなく、 両方の形質を示す個体もいるので、変種の区別をする のは適切ではないと述べている。また、Ueda (2006) は 変種キタコブシを異名の一つとして扱っており、特に 変種としての説明もしていない。以上より、コブシの 種内には葉形質の変異があるものの、変種コブシと変 種キタコブシの違いはそう明確なものではないと考え るのが適切だろう。 コ ブ シ の 近 縁 種 の 一 つ に コ ブ シ モ ド キ (M. pseudokobus) がある。コブシモドキはコブシに似るが、 低木で花が大きく、コブシが2 倍体であるのに対し、3 倍体の核相を示す (Ueda 1986)。コブシモドキは、コブ シが分布しない四国の徳島県から1 個体のみが報告さ れているだけで、さらにその野外個体は既に絶滅し、 現在では挿し木によるクローンが現地外保存されてい るのみである。最近、Sakaguchi et al. (2020) は、コブ シモドキの核と葉緑体のゲノムを調べてコブシを含む 近縁種と比較した結果、コブシモドキは最近になって、 コブシから生じた3 倍体であることを示した。さらに、 Sakaguchi et al.(2020)は、コブシモドキは植栽個体か らの逸出に由来する可能性が高いと述べており、これ まで独立種とされていたコブシモドキをコブシの品種 (M. kobus f. pseudokobus) に位置付けた。 コブシは展葉前の3 〜 4 月にかけて開花する。花は 白く、花弁の枚数は6 枚である。一般に、開花時に花 のすぐ下に小型の葉が出ることで近縁種のタムシバと 区別できるとされるが、筆者の観察では出ない個体も あり、花だけではタムシバとの識別は困難である。し かし、葉の形状や葉芽の毛の有無から、タムシバとは 明確に区別できる。近縁種シデコブシとは、花弁数や 葉の形状で区別できる。花粉は虫媒で、ポリネータは ハエ目やハチ目、コウチュウ目などである (Yasukawa et al. 1992)。果実は主に鳥により散布されるが (石田ら 2008)、テンによる散布の報告例もある (高槻 2017)。果 実や種子の形態が良く似た近縁種のタムシバでは、げっ 歯類による散布も知られていることから (高橋 2009)、 鳥に加えて小動物によってもコブシの種子が散布され ていると考えられる。 タムシバとは、生育立地は異なるが分布は重複する ため、時に自然種間交雑由来の個体が見つかる (Ueda 2006)。シデコブシとは、生育立地は似るが分布は重複 しないため、自然種間交雑は生じない。しかし、シデ コブシの自生地の近くに植栽されたコブシとシデコブ シとの種間交雑が報告されている (行年ら 2016)。 地理的遺伝構造と遺伝的多様性 Tamaki et al. (2019) は済州島から北海道にかけてのコ
【解 説】シリーズ
日本の森林樹木の地理的遺伝構造(
32)コブシ(モクレン科モクレン属)
玉
木 一 郎
*, 1 * E-mail: [email protected] 1 たまき いちろう 岐阜県立森林文化アカデミー 森林遺伝育種 第 10 巻(2021) 117 116ブシ分布全域からの23 集団の核マイロサテライトの変 異を調べ、大きく北緯39 度付近で北方系統と南方系統 に分かれることを示した (図 –1)。さらに、北方系統は 内部にあまり明瞭な集団構造が見られなかったのに対 し、南方系統は内部にほぼ都道府県レベルで異なる明 瞭な集団構造が見られた (表 –1)。従って、コブシは階 層的な集団構造を有していると言える。 北方系統は単一の葉緑体DNA ハプロタイプから構成 されていたのに対し、南方系統は北方系統で出現した ハプロタイプを含む3 種類のハプロタイプから構成さ れていた。また、北方系統は南方系統に比べて有意に 低いアレリック・リッチネスと遺伝子多様度の値を示 した (図 –2)。済州島や中国地方の一部の集団を除くと、 遺伝的多様性は北方系統で低く、南方系統で高い傾向 にあると言える。近似ベイズ計算により、北方系統と 南方系統の分岐年代は56.5 万年前 (95% 最高事後密度 区間、23.5–160 万年前) と推定された。2 系統は最終氷 期に分岐したのではなく、分岐はそれよりも古く、分 岐後に何度か氷期・間氷期のサイクルを経験している と考えられる。 北方系統と南方系統の境界 (北緯 39 度付近) は葉形 態の境界(北緯36 度付近)と異なっていた。北方系 統は変種キタコブシのみで構成されていたが、南方系 統は変種コブシとキタコブシの混合から構成されてい た (表 –1)。つまり、形態に基づくコブシ 2 変種は遺伝 的系統と完全には対応していない。葉形変異を応答変 数にし、気候データと集団の歴史(北方系統の祖先性) を説明変数にして回帰分析した結果、葉形変異は気候 データと集団の歴史の両方で説明された。このことは、 変種の違いを示す葉形変異が自然選択と系統分岐の両 方の影響を受けて形成されたことを意味する。 おわりに コブシの遺伝的構造と葉形変異の関係は、一見、タ ムシバの遺伝的構造と葉形変異の関係に似ているよう に見えるが、タムシバでは遺伝的構造と葉形変異が対 応していたのに対し、コブシでは対応していなかった 点で大きく異なる。詳しくはタムシバについての解説 (玉木2020) を参照してもらいたい。 コブシは街路樹や庭園樹としての人気が高く、全国 で植栽されているが、植栽個体から野外への逸出も多 く報告されている (石田ら 2008;玉木ら 2016)。コブシ 図−1 コブシ 23 集団の位置と STRUCTURE 解析における K = 2 の場合の遺伝的クラスターおよび葉緑体 DNA ハ プロタイプの分布(左)。灰色のエリアはコブシの分布域を示す。太字のアルファベットとその個数は葉緑体 DNA ハプロタイプとその調査個体数を示す。葉緑体 DNA ハプロタイプのネットワーク図(右;H–J はコブ シで検出されたハプロタイプを、A–G はタムシバで検出されたハプロタイプを示す)。Tamaki et al. (2019)を もとに改変。
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表–1 STRUCTURE 解析における K = 14 の場合の各集団に占める各遺伝的クラスターの割合 遺伝的クラスターの割合 a 集団 系統 変種b 所在県 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 1 北方 キタ 北海道 0.66 0.21 0.01 0.01 0.01 0.01 0.01 0.01 0.00 0.01 0.00 0.00 0.01 0.06 2 北方 キタ 北海道 0.22 0.59 0.01 0.02 0.01 0.02 0.03 0.01 0.01 0.00 0.01 0.01 0.01 0.06 3 北方 キタ 北海道 0.23 0.57 0.01 0.01 0.01 0.01 0.01 0.01 0.01 0.01 0.01 0.00 0.01 0.10 4 北方 キタ 北海道 0.12 0.73 0.01 0.01 0.01 0.01 0.02 0.01 0.01 0.00 0.01 0.00 0.01 0.06 5 北方 キタ 北海道 0.26 0.63 0.01 0.01 0.01 0.01 0.01 0.00 0.01 0.00 0.01 0.00 0.02 0.01 6 北方 キタ 北海道 0.44 0.40 0.00 0.01 0.01 0.01 0.01 0.01 0.01 0.00 0.01 0.01 0.01 0.07 7 北方 キタ 北海道 0.21 0.64 0.01 0.01 0.01 0.02 0.01 0.01 0.01 0.00 0.01 0.01 0.01 0.05 8 北方 キタ 青森県 0.22 0.55 0.01 0.01 0.01 0.01 0.02 0.01 0.01 0.01 0.01 0.01 0.01 0.11 9 北方 キタ 秋田県 0.10 0.63 0.02 0.02 0.01 0.01 0.02 0.01 0.01 0.01 0.01 0.01 0.02 0.13 10 北方 キタ 岩手県 0.06 0.60 0.01 0.03 0.02 0.02 0.05 0.02 0.03 0.02 0.02 0.01 0.06 0.05 11 南方 コブシ 宮城県 0.03 0.08 0.45 0.03 0.04 0.09 0.03 0.02 0.02 0.00 0.02 0.01 0.14 0.04 12 南方 キタ 新潟県 0.01 0.03 0.01 0.81 0.03 0.02 0.01 0.01 0.01 0.01 0.01 0.01 0.01 0.01 13 南方 キタ 長野県 0.02 0.04 0.01 0.47 0.03 0.03 0.02 0.01 0.03 0.01 0.01 0.01 0.15 0.16 14 南方 キタ 富山県 0.01 0.03 0.01 0.06 0.73 0.02 0.01 0.05 0.02 0.01 0.02 0.02 0.01 0.01 15 南方 コブシ 茨城県 0.01 0.03 0.05 0.05 0.02 0.67 0.05 0.01 0.02 0.01 0.01 0.02 0.02 0.03 16 南方 コブシ 千葉県 0.03 0.03 0.01 0.01 0.04 0.59 0.02 0.02 0.01 0.01 0.01 0.00 0.02 0.19 17 南方 コブシ 山梨県 0.02 0.06 0.01 0.02 0.01 0.08 0.66 0.05 0.02 0.01 0.01 0.02 0.01 0.03 18 南方 キタ 滋賀県 0.01 0.02 0.01 0.01 0.02 0.01 0.01 0.84 0.01 0.01 0.02 0.01 0.01 0.01 19 南方 中間 兵庫県 0.01 0.03 0.04 0.06 0.12 0.13 0.01 0.17 0.22 0.08 0.04 0.01 0.05 0.03 20 南方 コブシ 広島県 0.01 0.01 0.00 0.00 0.00 0.00 0.01 0.01 0.00 0.88 0.00 0.00 0.00 0.05 21 南方 中間 大分県 0.01 0.02 0.00 0.02 0.01 0.01 0.01 0.01 0.03 0.02 0.83 0.01 0.01 0.01 22 南方 中間 鹿児島県 0.01 0.01 0.00 0.01 0.02 0.01 0.01 0.01 0.87 0.02 0.01 0.00 0.01 0.01 23 南方 未計測 済州島 0.01 0.02 0.00 0.02 0.01 0.01 0.01 0.01 0.01 0.00 0.01 0.89 0.01 0.01 a 0.2 以上の値を太字で示した。
b 変種はTamaki et al.(2019)の Fig. 4 に基づく。キタはキタコブシを示す。
図−2 コブシ23集団の核マイクロサテライトのアレリック・リッチネスと遺伝子多様度の分布。Tamaki et al. (2019) をもとに改変。
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は変種コブシとキタコブシの形態的な違いがそれほど 明瞭ではなく、さらにキタコブシだからと言って、必 ずしも同じ遺伝的背景 (北方系統/南方系統の違い)を 示すわけではない。従って、遺伝的地域性に配慮した 植栽を行うためには、形態的な違いで判断してはいけ ない。特に北緯39 度以南の地域では、都道府県レベル で異なる集団構造が存在するため、植栽を行う際には、 できるだけ自生地に近い集団から採取した地域性種苗 を用いる必要がある。 東海地方の低地にはもともとコブシは分布しておら ず、一方で固有種かつ絶滅危惧種のシデコブシが分布 している。東海地方でもコブシが植栽されることが多 いが、シデコブシへの遺伝子撹乱が生じる可能性が高 いため、自生地の近くでは決して植栽を行うべきでは ない。 引用文献
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