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環境ゲノミクスが見いだした「謎の微生物」の存在

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Academic year: 2021

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76 生物工学 第96巻 第2号(2018) 著者紹介 国立研究開発法人海洋研究開発機構高知コア研究所(特任主任研究員) E-mail: [email protected] 「自然科学の理解が進んだこの世の中で,人類がまっ たくその存在を認知していない事象がこの地球上にどれ だけ残されているのだろうか?」と考えることがある. もちろん「存在を認知していないもの」なので知る由も ないのだが,私は環境微生物を専門としているため,微 生物種の多様性に関してはほぼすべて炙り出されている と思っていたし,ゲノム情報さえ得られれば,培養例の ない,いわゆる「未培養の系統門」に属する微生物であっ たとしても,おおよそのエネルギー代謝機構を予測でき る程度には,遺伝子機能の知見はすでに蓄積されている と考えていた. 実際,微生物学者は,地球上のありとあらゆる環境へ 出向き,サンプルを採取し,DNAを抽出した.そこか ら分子マーカーである16S rRNA遺伝子の配列を決定 し,その配列に基づく分子系統学的解析からバクテリア やアーキアの種を網羅的に推定してきた.一方,生化学 者,分子生物学者は,培養された微生物の遺伝子破壊株 や発現株を用いた表現型解析,分離精製されたタンパク 質の活性や構造解析などを通し,ゲノムにコードされて いる莫大な数の遺伝子配列情報に注釈を加えていった. これらの「科学者の多大な努力から得られた知」のデー タベース化により,微生物の種や代謝の多様性に関する 理解は飛躍的に進んだ. しかし2015年,Brownらは16S rRNA遺伝子配列に 基づく解析では,その系統の全容が把握しきれていな かったバクテリア系統群が,バクテリアの多様性の少な くとも15%以上を占めると報告した1).Candidate Phyla Radiation(CPR)と名付けられたこの系統群に属する 細菌は2),環境微生物の細胞回収に慣習的に用いられて きた0.2 ȝm孔の膜フィルターを通り抜けるほど細胞サ イズが小さく,またその多くがrRNA遺伝子内にイント ロンを持つというバクテリアとしては稀有な特徴を持っ ていたため,これまでのrRNA配列に基づく多様性解析 でその大部分が見過ごされてきていたのだった. このCPR細菌を見いだすきっかけとなった環境ゲノ ムの解析手法は「メタゲノム」および「ビニング」とよ ばれるものである3).メタゲノムとは,環境中の微生物 群集から直接ゲノムDNAを調製し,そのヘテロなゲノ ムDNAをそのまま用い,網羅的に塩基配列を決定した ものである.しかし,環境中で微生物は群集で存在して いるとは言え,生命活動そのものはそれぞれの個体で完 結するプロセスである.よって,微生物群集の機能や役 割の全体像は,個々の微生物の代謝能から理解する必要 がある.そこで開発されたのがビニングという手法であ る.ビニングとは,メタゲノムから,同一微生物由来の 配列断片をグループ化し,構成する個々の微生物のゲノ ムを再構築する手法である.Brownらは地下水の0.2 ȝm 孔の濾液のメタゲノムに対して,網羅的なビニングによ るゲノム再構築を行い,CPRという新しい微生物群を 炙り出すことに成功した. さて,このCPR細菌であるが,そのゲノム上に「転写, 翻訳,複製に関する一連の遺伝子,線毛や細胞壁(ペプ チドグリカン)の合成経路を持つ」という点では一般的 なバクテリアと同様であるが,一方で「アミノ酸,核酸, 脂肪酸の完全な生合成経路や,電子伝達系,呼吸代謝系, 時にはATP合成酵素すら持たない」という特異な性質 を有する細菌であることが明らかになった.つまり,ゲ ノムから見えるCPR細菌の姿は「外界と隔てる殻はあ り,次世代を残す能力がある」一方で「材料,エネルギー を作る術を持たない」というもので,現時点では「謎の 微生物」と位置付けられている. このCPR細菌は,土壌,海洋堆積物,廃水処理槽, 人体などさまざまな環境に存在するため,地球,人体シ ステムにおいて一定の役割を担うと思われるが,それぞ れの環境のマイナー種として存在していることが多い. しかし近年,初期地球の類似環境とされる強アルカリ, 超還元性で,貧栄養な蛇紋岩湧水中に,このCPR細菌 の一つであるOD1細菌が70%以上を占める微生物叢が 存在することが見いだされた4).これまで「死菌食い」 や単純な「共生」が想定されていたCPR細菌であるが, この発見により「事はそう単純ではないのかもしれない」 と思われ始めている. 現時点では,CPR細菌は,生存戦略や進化的意義が まったく不明な謎の微生物である.しかし,我々がその 存在を認知した以上,新たな「生命の生き様」に関する 人類の知がまた一つ増える日もそう遠くないのかもしれ ない.

1) Brown, C. et al.: Nature, 523, 208 (2015). 2) Hug, L. et al.: Nat. Microbiol., 1, 16048 (2016). 3) Albertsen, M. et al.: Nat. Biotechnol., 31, 533 (2013). 4) Suzuki, S. et al.: ISME J., 11, 2584 (2017).

環境ゲノミクスが見いだした「謎の微生物」の存在

鈴木 志野

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