〈付録 民俗学研究所第25回公開講演会〉海難と供養(発表要旨)
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(2) 海 難 と供 養 ( 発表要旨). はじめ に. 川. 島. 秀. 一. 東 日本 大 震 災 の津 波 によ り 命 を 落 と した 者 の供 養 の儀 礼 が 各 被 災 地 で行 な わ れ た が 、 津 波 以外 の海 難 事 故 の とき. の供 養 と 何 ら 変 わ り が な い こと は、 さ ま ざ ま な 場 面 で認 め ら れ た 。 三陸 沿 岸 は津 波 ぼ か り で はな く 、 海 難 事 故 に関. し ても 常 習 地 であ った か ら で あ る 。 津 波 に 限 ら ず 、 こ の海 難 者 を め ぐ る民 俗 を広 く 列 島 の事 例 を 通 し て 見 回 す と 、. 特 に海 難 者 供 養 と 大 漁 祈 願 と の関 わ り の伝 承 が 目 に触 れ てく る。 た と えぼ 、 海 から 漂 流 遺 体 を 拾 った とき に供 養 す. る こと が 大 漁 に結 び つく と いう 伝 承 や 、 魚 と 海 難 者 や 魚 と 人 間 とを 同時 に 同 じ場 所 で供 養 す る民 俗 行 事 や民 俗 芸 能. の事 例 が あ る。 ま た 、 津 波 に特 化 し て、 津 波 と 大 漁 と の関 わ り を 伝 え る民 俗 を 拾 い上 げ て いく と、 漁 携 に携 わ る者 の、 魚 と 人 間 の命 と の 回帰 的 な 生 命 観 を 導 き 出 す こと が でき る よう であ る。. 海 難 者 を め ぐ る民 俗. 海 難 者 を 供 養 す る こと が 、 大 漁 に つな が る こと を 、 よく 表 し て い る伝 承 に、 海 上 で漂 流 遺 体 を 拾 う とき の慣 例 が. あ る。 三 陸 沿 岸 で は ﹁オ ホ ト ケ を 拾 う ﹂ と いう 言 い方 が さ れ て いる が 、 そ の多 く は 、 船 員 の 一人 が 死者 に 成 り 代. わ って漁 船 に大 漁 を 約 束 さ せ た 後 、 船 のオ モカ ジ ( 右 舷 ) か ら 揚 げ て い る こ とが 特 徴 であ る。 岩 手 県 久 慈 市 で は 死. 56 3.
(3) 69801(CS2)tanaka10川島(講演).indd. 357. 2013/08/16. 20:34:46.
(4) 城 県気 仙 沼 市小 々汐 の 「 放 生会 」 の祭 壇. ▲写 真3宮. うな 漂流 遺体 を ム. ラ の神 とし て祀 っ. ている例 も沖 縄県. の池 間 島 な ど に あ. る。. 三宅島 では、漂. 流 遺 体 に 限 ら ず、. 海難 者を す べ てム. エ ンと 呼 ん で お. が 、 お そ ら く 、 海 難 者 の霊 と 共 に 魚 の霊 の こと も 組 み 入 れ て考 え な け れ ば な ら な いも の と 思 わ れ る。 こ の列 島 に. こ とが 大 漁 に つな が る の で あ ろ う か 。 海 難 者 の霊 の力 に よ って大 漁 を も た ら し た と 考 え て も よ い の か も し れ な い. 養 と 大 漁 祈 願 と が 関 わ り が あ った こと が 理 解 さ れ るが 、 そ れ で は、 翻 って考 え て み る に、 な ぜ に海 難 者 を 供 養 す る. 難 者 に対 す る 供 養 と 言 わ れ、 海 上 安 全 と 大 漁 と を 祈 願 す る 習 俗 であ る ( 写 真 2 )。 ほ と んど 日 常 的 に 、 海 難 者 の供. る前 に、 な か ば 無 意 識 に、 箸 でご 飯 を つま ん で海 へ投 じ て お り、 こ れも 海. な ると いう 。 新 島 の若 郷 でも 、 船 上 で漁 師 た ち が 弁 当 を 最 初 に開 いて食 べ. り 、 不 漁 が 続 い て いた と き な ど に熱 心 に供 養 を す れ ぼ 、 ま た大 漁 の状 態 に. 1一 げ. は 、 海 難 者 と 魚 な ど の海 洋 生 物 の霊 を 同 時 に同 じ場 所 で供 養 を す る と いう こ とが 行 な わ れ て いる から であ る。. 358. 島若 郷 の大掛 網船 で の朝食 ▲写 真2新.
(5) 海難 と供養. 魚 類 ・海 洋 生 物 と 海 難 者 ・死 者 を 祀 る こと. た と え ば 、 宮 城 県 気 仙 沼 市 の小 々汐 で は、 気 仙 沼 湾 内 の水 死 者 と魚 介 類 とを 同時 に祀 る ﹁放 生 会 ﹂ の行 事 が 毎 年. 水 死者 ・魚 介 類 (筆 者 注 "二. の八 月 一七 日 にあ った 。 小 々汐 の河 岸 前 に出 て、 盆 棚 と 同 様 の棚 を か く が 、 棚 の 二段 目 に位 牌 に貼 ら れ た紙 に書 か れ た 文 字 か ら 御 神 体 が 読 め る 。 一枚 は ﹁天 八 大 竜 王﹂、 も う 一枚 は ﹁ 為気 仙沼海岸. いしぎ ょう. 行 に わ た る ) 無 縁 一切 之 菩 提 也 ﹂ と あ る (写 真 3)。 つま り 、 気 仙 沼 湾 内 の水 死 者 と 魚 介 類 と を 同 時 に 祀 って い る の であ る。. 三重 県 尾鷲 市 須 賀 利 の普 済 寺 で は 、 毎 年 一月 一五 日 過ぎ に ﹁石 経 ﹂ と 呼ぼ れ る供 養 が 、 漁 協 と 関 わ って行 な わ. れ て い る 。 行 事 の中 心 は 、 般 若 心 経 と 観 音 経 の文 字 を 、 一つの 石 の表 裏 に. 一字 ず つ書 い てお き、 そ れ を 海 に納 め る こと で あ る が 、 須 賀 利 で カ イ ド ウ. ( 海 道 ) と 呼ぼ れ る 、 魚 の通 り 道 に 沿 って船 を 動 か し 、 一石 ず つ投 じ る と い. 婆 の ほ か に、 向 岸 寺 仏 教 婦 人 会 に よ る ﹁婦 人 会 先 亡 諸 々 霊 ﹂ と ﹁鯨. であ る が 、 通 の向 岸 寺 で は 春 に は 必ず ﹁鯨 回向 法 要 ﹂ の行 事 を 行 な って い. う か ら、 魚 を 供 養 す る こと で、 当 年 の 大 漁 を 願 う のが ね ら いで あ る (写 真 重県 尾 鷲市須 賀利 の石 経. かよい. の塔 婆 に は 、 通 漁 業 定 置 組 合 に よ る ﹁鯨 観 群 霊 ・魚 鱗 群 霊 ﹂ と書 か れ た 塔. る。 こ の法 要 の最 後 に、 拝 殿 に掲 げ ら れ た 塔 婆 の 回 向 が 行 な わ れ る が 、 こ. 山 口県 長 門 市 の青 海 島 の 通 は 近 世 か ら 明 治 時 代 にか け て捕 鯨 で栄 え た村. おお み. 供 養 し て い る の であ る。. も 投 じ て 全 員 が 手 を 合 わ せ て拝 む が 、 こ の行 事 で も 、 魚 と 海 難 者 を 同 時 に. 4)。途 中 で 、 須 賀 利 の漁 師 が 亡 く な った 場 所 で船 を 止 め 、 こ こ で は ミ カ ン. ▲ 写真4三. 珊.
(6) 観 群 霊 ﹂ が 並 列 し て書 か れ た塔 婆 が 上 げ ら れ て い る ( 写. 真 5 )。 向 岸 寺 の拝 殿 に 集 ま って いた 女 性 た ち が 、 口 々. に経 を 唱 えな が ら、身 を 乗 り 出 し て両 手 を合 わせ る。. ﹁鯨 回向 法 要 ﹂ と は、 ク ジ ラ のみ を 特 化 し て 供 養 す る の. で は な く 、 現 在 でも 捕 り続 け て い る魚 類 一般 と 、 そ のク. ジ ラ や魚 類 を 食 べ続 け て き た 先 祖 た ち も供 養 す る 行 事 で. あ った。 特 に 向 岸 寺 仏 教 婦 人 会 の場 合 は、 そ れ ま で に亡. く な った 婦 人 会 の先 輩 た ち を 供 養 し て いる 。 つま り 、 人. 間 の側 か ら のみ ク ジ ラ を 憐 れ ん で い る の で は な く 、 ク ジ. ラも 人 間 も 等 しく 供 養 の対 象 とな って い る の であ る。. 現在 の 捕 鯨 の基 地 で あ る 和 歌 山 県 太 地 町 や 宮 城 県 石 巻. 市 牡 鹿 町 鮎 川 でも 、 盆 に お け る 寺 の供 養 で は 、 ク ジ ラも. 人 間 も そ の対 象 にな る。 太 地 町 で は ﹁魚 鯨 貝 鱗 之 霊 ﹂ と. 共 に、 特 に第 二次 世 界 大 戦 で の戦 死者 を 祀 って い る。. ま た 、 高 知 県 室 戸 市 に 伝 え ら れ る ﹁シ ット ロト 踊 り ﹂. は、 カ ツ オ の供 養 と 漁 招 き の芸 能 であ る が 、 こ の 一年 間. に亡 く な った 踊 り 手 の仲 間 の家 の前 に来 る と 、 家 の中 か. ら 遺 影 を譲 り 受 け 、 遺 影 を 手 に持 って 踊 って い る ( 写 真 6)。 カ ツオ と 人 間 の供 養 を 同 時 に行 な って いる わ け であ る。. 360.
(7) 海 難 と供養. 以上 のよ う に、 こ の列 島 に は、 魚 や 海 洋 生 物 と 海 難 者 を 含 む 人 間 を 同 じ 時 間 と 同 じ 場 所 で 供 養 す る事 例 が 多 い. が 、 次 には 、 津 波 と いう 海 難 の極 致 と も 思 わ れ る災 害 の伝 承 を 通 し て、 魚 の命 と人 間 の命 と は相 互 に交 換 でき るも のと 考 え てき た ら し い こと を 捉 え 直 し て みた い。. 津波と大漁. 三陸 沿 岸 では 、 以 前 か ら 津 波 と 大 漁 に関 す る、 次 の よう な 言 い伝 えが あ った 。 岩 手 県 大 船 渡 市 の 三陸 町 で ﹁イ ワ. シ で殺 さ れ 、 イ カ で 生 か さ れ た ﹂ と 表 現 さ れ て い る 伝 承 は、 明 治 二 九 (一八 九 六 ) 年 の 大 津 波 で も、 昭 和 八. (一九 三 三 )年 の 津 波 で も 、 津 波 前 に は イ ワ シ が 豊 漁 で 、 津 波 後 は イ カ が 大 漁 で あ った と いう 言 い伝 え であ る 。. こ の 言 い伝 え に 対 し て何 か し ら の科 学 的 な 説 明 が で き る の か も し れ な いが 、 大 漁 の後 に大 津 波 を 受 け た 者 た ち. や 、 あ る いは 津 波 後 に大 漁 に見 舞 わ れ た 者 た ち にと って は、 そ れ は魚 や 海 洋 生 物 の命 と人 間 の命 と の 互換 関 係 と感. じ ら れ た のか も しれ な い。 つま り 、 津 波 で亡 く な った 者 た ち や 海 に凌 わ れ た 行 方 不 明 の者 たち が 、 海 の生 物 に生 ま. れ 変 わ って遺 族 を 生 か し てく れ ると いう 伝 承 であ り 、 逆 に津 波 前 のイ ワ シ の大 漁 は そ の逆 で、 大 漁 を 与 え た のだ か. ら 、 そ の魚 の命 と 引 き 換 え に、 人 間 の命 が 失 わ れ た のだ と いう 考 え方 であ った 。 つま り、 津 波 と大 漁 に関 す る伝 承. は 、 現 実 にそ のよ う な こと が あ った にせ よ 、 あ く ま で フ ォー ク ロア の問 題 と し て捉 えな け れ ぼ な ら な いも の と思 わ れ る。. おわり に. 以 上 のよ う な こと を 簡 単 にま と め ると 、 ま ず 海 難 者 の場 合 に は大 漁 祈 願 と重 な って供 養 さ れ る場 合 が 多 く 、 津 波. に よ る 水 死 者 に つ い ても 、 同様 の考 え方 が 基 底 にあ った ろ う こ と を 述 べ た。 た だ し 、 海 難 者 と 津 波 に よ る 被 災 者. 謝.
(8) ( 水 死者 ) と の 供 養 で は 、 そ れぞ れ の魚 の 供 養 や 大 漁 の 伝 承 と の 関 わ り が 微 妙 に 相 違 し て いる と 思 わ れ る 。. 海 難 者 の場 合 は 、 そ の供 養 と 大 漁 への願 いは 一体 化 し てお り 、 特 に漂 流 遺 体 を 拾 った 者 や お 施 餓 鬼 に参 加 す る者. にと っては 、 供 養 す る者 の漁 船 の大 漁 を 個 人 的 に願 って い る こと が 明 ら か であ る。 気 仙 沼 市 小 々汐 や 尾 鷲 市 須 賀 利. の事 例 のよ う に、 同 族 や 集 落 単 位 で海 上 安 全 や 大 漁 を 願 う 場 合 も あ る。 と こ ろが 、 海 難 者 以 外 の死 者 と 魚 や 海 洋 生. 物 を 供 養 す る場 合 は 、 明 ら か な か た ち で大 漁 に つな げ るよ う な 儀 礼 は 見 当 た ら な い。 一年 に 一度 、 婦 人 会 や 芸 能 団. 体 にお け る組 織 にお い て、 そ の中 で の死 者 を 魚 の供 養 と 共 に祀 る場 合 が 多 い。 そ の中 でも 施 餓 鬼 棚 に海 難 者 や 戦 没. 者 の位 牌 を 置 い て供 養 を し て い る こと が 注 意 さ れ る。 盆 中 には 終 戦 記 念 日と も 重 な り 、 第 二次 世 界 大 戦 の戦 没 者 を. 思 い出 し や す い時 期 でも あ るが 、 海 難 者 と 戦 没 者 に対 し て通 じ る意 識 も 見 逃 す こと が でき な いだ ろう 。 さ ら に、 津. 波 で亡 く な った 場 合 の供 養 も 、 そ れ が 大 漁 祈 願 に直 結 す るよ う な こと は な い。 た だ し、 津 波 と 大 漁 と の伝 承 に見 ら. れ るよ う に、 家 単 位 でも 集 落 単 位 でも な く 、 た だ 自 然 の摂 理 のよ う な も のと し て、 津 波 によ る死 者 の命 と 魚 の命 の. 関 わ り を 捉 え て い る にす ぎ な い。 基 底 に流 れ て い るも のは 、 海 難 者 の供 養 と 大 漁 と の関 わ り と 共 通 し て い ると 思 わ. れ る。 これ ら の違 いを 構 造 的 に明 ら か に でき な か った こと は 、 今 後 の課 題 と し て残 し てお き た い。. さ ら に、 津 波 と 大 漁 と の関 わ り に つい ては 、 魚 と 人 間 の生 命 と の互 換 関 係 だ け で説 明 でき るわ け で はな い。 津 波. で近 親 者 を 亡 く し た 者 は 、 そ の 死 者 が 様 々 な か た ち で、 生 き 残 った 者 に 幸 福 を 与 え てく れ て いる と 思 わ な いか ぎ. り 、 近 親 者 を 失 った 者 の心 は 救 わ れ る こと は な いだ ろ う 。 津 波 の後 の大 漁 はそ の 一つの表 現 であ った こと に は違 い な い の であ る。. 誠.
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