「コミュニケーション演習」「メンタルヘルス実習」という
教育的実践(2014年度)
†
川原誠司
*宇都宮大学教育学部
*Seishi KAWAHARA*: Educational practice as Seminar in communication and Practice in mental health (in the Academic Year 2014). Keywords : communication, mental health, core curriculum
* Faculty of Education,Utsunomiya University (連絡先:[email protected]) 概要 本稿で取り上げる「コミュニケーション演習」「メンタルヘルス実習」という授業は,教育学部総合 人間形成課程の課程必修授科目であり,筆者を含めた2教員が担当して(分担・協働して)実施しているも のである。これらの授業は学生の人間力向上を意図して設定した科目であり,文部科学省の提唱する「学士 力」や経済産業省の提唱する「社会人基礎力」とも大きく関連するものである。本稿は,これらの授業実践 をまとめ,筆者個人の視点からこれらの授業設定の意義とこれからの課題とを考察するものである。 キーワード:コミュニケーション,メンタルヘルス,必修授業 1.本授業設定までの経緯 筆者は以前から教員養成課程の授業を担当してい るが,「人前での話し方のスキル不足」というもの を痛感していた。将来教壇に立つことが予想される 立場であるのに,あまり意識されていない。また, 教師のメンタルヘルスの問題が近年取り上げられて きており,若い学生たちに自分自身のその部分に着 目してもらいたいという思いがあった。 筆者は以前に教育学部附属教育実践総合センター に所属しており,センターが学部生に貢献するため の授業として「教育臨床学演習」「教育相談学実習」 を新規開講し,その中に話し方のトレーニングやメ ンタルヘルスへの着目といったものを盛り込んでい た(川原,2002a;川原,2002b)。 これらの授業は選択授業として位置付けられ,教 員養成課程の希望者が受講する形をとり,非常に有 意義な授業ではあったが,より必要な学生たちには なかなか届かなかった。教員免許取得に縛られてい る中で独自科目を必修にすることは難しいし,また全 学生までは担当できないマンパワーの問題もあった。 2009年度から発足した総合人間形成課程の教育プ ログラムの作成に携わったとき,教育学士の学位を 与えることの整合性を文部科学省より求められ,教 員養成課程での教科教育法や教育実習に準じるもの を創出する必要があった。また,その当時,大学教 育の質保証や社会人との接続の問題として,大学で 何を身につけさせるかという議論があり,その中で 「学士力」(文部科学省)や「社会人基礎力」(経済 産業省)というものが提唱されていた。 これらの動向は,筆者が行ってきた話し方の練習 やメンタルヘルスの検討などと強く関連していると 思われた。また,必修にしても対応可能な学生数で あると思われたので,先述した「教育臨床学演習」 や「教育相談学実習」の骨子をより一般化した視点 で幅広く構築し直し,「コミュニケーション演習」「メ ンタルヘルス実習」として総合人間形成課程の必修 科目の一部として新設した。 2.授業の概要 (1)「コミュニケーション演習」の概要 「コミュニケーション演習」は総合人間形成課程 の2年次前期必修の授業である。この授業では「公 的な場でのやりとり」を向上,改善するという目的 で内容が組まれている。そのため「手紙(メール) の書き方や電話の取り方」「論理的な話し方」「話し 合いの仕方」「論理構成された手短なスピーチ」「ノ ンバーバルの表し方」「話の聴き方」「プレゼンテー ションの仕方」といった内容が盛り込まれている。 宇都宮大学教育学部教育実践紀要 第1号 2015年8月1日
大人数の講義形式に留まっては学生自身が実感し て変えようという働きかけにはつながりにくい。そ こで,課程の1学年約60名を3クラス(1クラス20名 程度)に分け,少人数体制の綿密な授業規模にした。 また,1クラスの中もさらに少人数の班編制をして, 班の中で授業中に演習したり,授業後に相互に宿題 を実施したりしてもらう。自ら振り返る意識を高め てもらうために,ICレコーダのような記録機材も利 用し,学生自身が確認しながら反復練習・再練習す る機会を設けている。 惰性を避けるために,授業の中間でスピーチテス トを行い,また,授業の最後にはまとめとして,7 月末の大学オープンキャンパスを利用して,プレゼ ンテーションコンテストを公開実施してきた。これ らによって班内のみだけでなく人前で話すという実 践の機会を実際に用意し,適度な緊張感を持続でき るようにした。 2014年度は実施していないが,2010年度や2012年 度には,外部講師を招聘して発音や発声についての セミナーも実施した。 (2)メンタルヘルス実習の概要 「メンタルヘルス実習」の授業内容については, 以前に紹介しており(永井・川原,2012),基本的 なスタイルはあまり変わっていないが,受講生の状 況を鑑みてその後変更した部分もある。 本授業は,総合人間形成課程の3年次必修の授業 である。この授業では「自分自身のあり方を見つめ, 適切な対処方法を模索する」という目的で内容が組 まれている。「ストレスの処理過程を知ること」「自 らの対人認知の特徴を知ること」「周囲とのサポー ト関係」「大人との関係」「家族関係」「自分の精神 史作成」といった内容が盛り込まれている。 この授業も,前述の「コミュニケーション演習」 と同様に3クラスに分け,1クラスの中もさらに少人 数の班編制をして,班の中で授業中に自分の内面の ことについて話をしたり,他者の内面の話について 耳を傾ける時間を取るようにしている。班内で様々 なやり取りをして内省の材料が与えられたとしても 最終的には自分のことを自分でじっくり考えること が大事になるので,内省の宿題を出し,各自でまと めたものを提出してもらうこともおこなっている。 2011年度と2012年度は3クラスとも同一の観点で 同質の内容で授業実施をしたが,内省よりも対処の 仕方についてより多く学んだほうがよい学生,メ ンタルヘルスに関する内省がおこないにくくてパ フォーマンスを習得して乗り切ることのほうが現実 的な学生もいることも感じられた。そこで,2013年 度からはパフォーマンスのあり方により重きを置い たクラスを1クラスだけ変更して新設し,筆者の同 僚教員が担当している(白石,2015)。 通年の授業期間設定だが,前期分を定時的に行う 代わりに,次のものに振り替えている。クラス内や 班内の関係性構築(アイスブレーキングの視点も含 め)を含意して,夏季に1泊2日の合宿や2日間の集 中授業を行うことと,春季に総まとめとして1日の 集中授業を行うことである。後期授業期間中は週1 回の定時授業をおこなった。 2014年度は実施していないが,2011年度や2012年 度には,外部講師を招聘して大学のキャリアフェス ティバルの日の午前中にメンタルヘルスに関する講 演会も実施した。 3.実施を通して感じられた意義 (1)「コミュニケーション演習」について 「公的な」場での発言の仕方や表現の仕方に慣れ ていないことを学生に認識してもらうという意味で は有意義であったと思われる。 例えば,手紙(メール)の書き方や電話のかけ方・ 取り方についてはよく知らない者が多い。手紙を書 く機会がなかったり,電話の取次ぎについても携帯 で相手に直接やり取りすることが多くなったりして いるので,知らないということは当然起こり得る。 このことだけで「近頃の若い者は……」としてしま うことは問題であり,教えれば理解できることはしっ かりと伝え,その後は学生自ら意識して使うように していくことも大事な教育ではないかと感じる。 メールの書き方において(これは現代の大学生に もよくあることだろう),「相手に配慮して書くこと」 といった相手への配慮を意識させることで見えてく る不備をつかめるように説明することでだいぶ改善 された。筆者自身の経験として総合人間形成課程の 学生の電子メールの送り方は,他所属の学生と比べ ても相対的によくできている印象である(個人差は あるが)。メールの件名を省かないということだけ に着目しても,より意識しているように見える。 短時間でのスピーチやプレゼンテーションなど音 声による公的な伝え方は慣れることでもだいぶ変
わってくるように思えた。学生にとっては相当に大 変な経験であったろうが,授業が進むにつれ,その ようなことへの過度の抵抗感は和らいでいったよう に思える。しかし,流暢に話すことについては,ま だまだ改善の余地があることは言うまでもない。 (2)「メンタルヘルス実習」について 自分の内面をしっかり話すという経験は,日常で はなかなかおこなう機会がないと思われる。班内で の話したことの守秘義務や自分がどうしても話した くないことについての説明の仕方など,話し合いの ルールを授業開始時に説明したが,多くの者がこれ らの抵抗感を自分なりに処理しつつ班内の話し合い に参加しているように見える。その点では,自分の 内面を話せて聴いてもらえること,相手の話をしっ かり聴けたことは多くの学生にとって貴重な経験に なったと思われる。 ただ,宿題として出されたものを見てみると,内 省の様子には大分個人差があることが見て取れた。 得手不得手もあり,実習での自己分析の深さには個 人差もあったことが推測される。 4.受講した学生の印象・感想 受講した学生自身はこれらの授業の意義をどのよ うに捉えているだろうか。授業直後ではなかなかそ の「効果」の意識を掴むことは難しい。そこで,昨 年度以前に受講した学生が,公開発表の場で授業の ことをどのように振り返ったのかを,その発表内容 からまとめることとする。2014年度に総合人間形成 課程を卒業予定の学生たちを対象とした。その多く が2012年度に「コミュニケーション演習」を,2013 年度に「メンタルヘルス実習」を受講している。 対象学生たちは2015年2月7日(土)に「卒業研究B」 の公開発表をおこなった。「卒業研究B」とは,ポー トフォリオ等の記録などを基に大学での学修を振り 返り,自己の成長について卒業年次の最後に発表す る(現在のところ公開でのポスター発表)という課 程必修科目である。スペースの限られたこの発表に おいて,全ての授業を振り返ることは難しい。その ような制約の中で「コミュニケーション演習」や「メ ンタルヘルス実習」について取り上げてあれば,対 象学生において特に印象に残る授業として認識され ているということと見なした。それらの学生の実数 ならびに記述内容を把握し,検討することとした。 2014年度の「卒業研究B」の発表者は64名であっ たが,その中で「コミュニケーション演習」か「メ ンタルヘルス実習」の授業を取り上げた者は,35名 いた。発表者全体の約55%が取り上げてくれたこと になる。大学での数多い授業科目を考えると非常に 高い割合と言えるのではないか。 どのようなことについて触れていたか,発表ポス ターの内容を抜粋してまとめたものを表1に示して いる。「コミュニケーション演習」においては,苦 手なことであった(A-2,A-5ほか)が練習を重ね ることでの慣れや改善(A-4,A-9ほか)が記述さ れており,また,授業内容が大学での授業やサーク ル活動,あるいは就職活動に活かせた(A-1,A-6, A-10ほか)という記述も見られた。 「メンタルヘルス実習」においては,自己分析が できたこと(B-1,B-5,B-9ほか)や長所・短所が つかめたこと(B-2,B-6,B-8ほか)についての記 述が多かった。この授業においても就職活動に役 立った(B-4,B-11,B-12ほか)という記述が相応 数あった(表1には示していないが,「エントリー シートへの記入」と明記した発表もあった)。 以上のことから,学生のその後の人生・生活,特 にさらなる社会へ踏み出していく第一歩となる就 職活動の段階で早くも意識してもらえることがうか がえる。このような実体験への適用は授業意図にか なっているものでもあり,学生の具体的な活動に還 元できているようである。 5.今後の課題 (1)授業内容の定着 表1の記述からも推測できるが,2つの授業で学 ぶ内容はその後の学生の様々な活動に関連するもの である。2年次前期に学ぶ「コミュニケーション演 習」はその後の大学生活の中だけでも様々な発表機 会,プレゼンテーション場面,スピーチ場面で応用 できるものであると思う。当然のことであるが,授 業をおこなっただけで即全員が上手になるわけでな く,授業内容を様々な場面で意識的に練習して,使 いこなせるようになること,定着させることが必要 になってくる。 その後の学生の学びでの発表やスピーチの場面を 聴いていると,応用意識のある者がもっと増えて ほしいと感じる。紙に書いたものを読み上げるプレ ゼンテーションだったり,発表者の方を向いて話す
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ことがほとんどない発表が散見されるのは残念であ る。プレゼンテーションソフトの使用によって視覚 的な補助がきくため,発声をはじめとした聴覚的要 素に思いがまわらないことも見られる。 これについては,以後の授業等で意識できるかが 重要になる。ただ,発表の何を重視するかは授業す る教員に若干温度差があり,考え方や教え方にも差 があるだろう。もし,本授業で説明したことを教員 間で共有でき,各教員の授業においても学生に意識 させる機会を継続できれば,かなりの底上げができ る可能性があると感じる。 (2)自らの課題へのさらなる気づき 表1のような学生の記述とその学生の授業での様 子を繋げてみると,教員である筆者から見てもよ く内省できていると感じる記述がある反面,もっと 精査した方がよいと感じるものもある。内省力とい うものを簡単に上昇させるのは難しいことであるが (強制できるものでもない),他者からの指摘による ずれの認識は非常に貴重な機会になる。同質の仲良 し関係に閉じ込めてやりとりしていくような学生の 場合には,表面的にきれいな文章を書いているとし ても,自己分析がやや弱いと危惧する部分はある。 現在の授業で振り返っていることが,今後の人生 でどのような場面でどのような時に使えるかの呈示 や想像の機会を用意し,学生自身がそのことをポー トフォリオとして残しておくような活動も今後必要 になってくるであろう。 (3)安定した学びにつながらない者への対応 一定割合の学生に印象ある授業として取り上げて もらえる一方で,授業への取り組みが甘かったり, 授業への抵抗が大きく,結果的に効果的な学習につ ながらない学生も存在する。対人コミュニケーショ ンに恐怖を感じる者もいるし,メンタルヘルスにつ いてまさしく今現在の自分の問題として大きな心的 負担を抱えている者もいる。このような学生の存在 は決して特異なことではなく,どの大学でもどの教 育組織にも存在し,適切な対応の必要な課題である。 極端な問題を有していることに配慮はするが,生 きていくにあたってコミュニケーションやメンタ ルヘルスと全く無縁であるわけにはいかない。苦手 な人も避けるだけでなく,どのようにそれらと付き 合ってもらうか,そのことを含めて考えてもらう工 夫が必要となろう。 また,俗に言う怠学的な学生もいて,能力の問題 というよりも意欲の問題と感じる学生もいる。メン タルヘルス実習の内省の宿題において,内容の巧拙 というよりも,多くの学生が記述する量の3割程度 しか書かない者もいる。動機づけの差を実感する。 これらの課題を有する学生は,本授業だけでなく, 他の授業においても,学生生活全般においても何か しら気になる様子を示していることも多い。より包 括的な対応の中で教育・支援・指導し,コミュニケー ションやメンタルヘルスによりよくアプローチする 術を見つけ出してもらう必要があろう。 引用文献 川原誠司 (2002a).臨床心理研究分野による「教育 相談学実習」の試み――学生にとって人と関わ り,自分を知ることの意味―― 宇都宮大学教 育学部教育実践総合センター紀要,25,51-63. 川原誠司 (2002b).臨床心理研究分野による「教 育臨床学演習」の試み――教師の仕事を望む 学生に意識してもらいたいこと―― 宇都宮 大学教育学部教育実践総合センター紀要,25, 65-74. 永井知子・川原誠司 (2012). 必修科目としてメン タルヘルス教育を実施することの意味(2) ――授業内容紹介と授業実践の分析―― 宇 都宮大学教育学部教育実践総合センター紀要, 35,93-100. 白石智子 (2015).受講生のニーズを考慮した必修 科目「メンタルヘルス実習」の展開――授業内 容の紹介と受講生による評価についての報告 ――宇都宮大学教育学部教育実践紀要,1. 付記 2014年度の「メンタルヘルス実習」の実施に関し ては,宇都宮大学教育プログラム支援経費の支援を 受けており,また,2014年度の「コミュニケーショ ン演習」の実施に関しては,学部から総合人間形成 課程に配分された予算の一部を活用している。 (2015年 3月31日 受理)