1.は じ め に
概念,カテゴリー*1がどのような姿をしているかにつ いては哲学はもちろん,心理学,認知科学,人工知能な どさまざまな学問分野で議論され続けてきた.ここ数十 年の認知科学,人工知能においては,特にその存在形式, 表現方法についての議論が行われてきた.カテゴリー, 概念が私達の知性を特徴づける最も重要なものの一つで あることを考えれば,これは当然のことといえるだろう. これらにはさまざまな立場があるが,その多くはカ テゴリーや概念を何らかの形で安定した実体として捉え てきたように思われる.人工知能の中で初期に現れたフ レーム,スキーマ,スクリプトなどは構造化された述語 のリストとしてこれを定式化しようとした [Minsky 75, Rumelhart 80, Schank 77].これらをさらに体系的に記 述し,ある領域の知識の構造を明確な形で定式化しよう とするオントロジーという研究分野も 1990 年代初頭に 現れた.一方知識をルールの集合として手続き的に表現 するというアプローチを採用した研究も数多くなされた [Anderson 93, Newell 72].またニューラルネットワー クにおいては,荷重付きのリンクで結ばれたノード群の 活性パターンとして概念は捉えられた [McClelland 86]. これらはその実現形態はさまざまであるが,何かしら安 定した構造なり,パターンとして知識や概念を捉える立 場と考えることができるだろう. また知識や概念を構成する要素が感覚独立であること (amodal)もこれらのアプローチに共通している.ここ で感覚独立性とは,特定の感覚に依存しないという意味 である.概念の構成要素はさまざまな感覚から得られる. 例えば水についていえば,その冷たさは触覚から,透明 なという性質は視覚から,それが流れる音は聴覚からお のおの取得されている.従来の枠組みでは,これらの感 覚情報は変換器(transducer)を通して,もともとの感 覚に依存しない特徴に変換される.この際に言語のよう な記号としてそれが表現されたり,あるいはネットワー クのあるノード(群)の活性パターンとして表現された りする.水を見るたびに冷たい感覚が甦ったり,その音 がこだまするわけではないので(ただし,この直感は後 に反証する),水概念を構成する特徴は感覚から独立し たものとして安定した水概念の下に統合されているとい う仮定は妥当なものであるように思える. しかしながら,こうした概念の安定性,感覚独立性の 仮定は,近年の認知科学,人工知能,哲学の研究の進展 に伴い大きく揺らいでいる [Barrett 11, Calvo 08, Clark 99, Gallagher 05, Gibbs 06, Goldin-Meadow 03, Lakoff 87, Pfeifer 99,Varela 91].これらの分野の進展が示唆す るのは,概念を構成する要素はさまざまな感覚モダリ ティーに分散して断片化されて存在しており,これらが 状況とのインタラクションの過程の中でそのつど組織化 される,という新しい概念の姿である.ここでは概念は 感覚から独立した要素の集合体ではなく,感覚レベルと 切り離せないものであること,そして安定した実体とし て存在しているわけではなく,プロセスの中で生み出さ れ,更新されていくものであることが示されている. 本論文では関連する研究をレビューしながら,この新 たなアプローチの基本的な枠組みを明示するとともに, これに課された課題を明確にすることを目的とする.そ のため,2 章において知識や概念がもろく,はかなく, 断片化されたものであることを,3 章においてこれらが さまざまなモダリティーに分散されて表象されているこ とを示す.4 章では,これらの知見を統合するものとし て Barsalou の知覚的シンボルシステム理論 [Barsalou 99, Barsalou 03],および記号創発ロボティクス [谷口 14]の考え方を紹介する.これを通して断片化,分散さ れた表象群が状況の中で相互作用することを通して知 識,概念がそのつどつくり出されるというプロセスベー スの知識観の全体像を明らかにする.5 章では,この新実体ベースの概念からプロセスベースの概念へ
Dusk of“Concept as Entity”View and Dawn of“Concept as Process”
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鈴木 宏昭
青山学院大学Hiroaki Suzuki Aoyama Gakuin University.
[email protected], http://wsd.irc.aoyama.ac.jp/hiblog/suzuki/
Keywords:
concept, emergence, embodiment, robotics.「認知科学と記号創発ロボティクス:実世界情報に基づく知覚的シンボルシステムの構成論的理解に向けて」
*1 カテゴリー(category)という用語は主に外延的な,概念 (concept)は内包的な意味合いをもつが,本論文ではこの間に
しいアプローチが今後取り組まなければならない課題を 列挙し,今後の発展の促進を試みる.
2.表象のぜい弱さ,断片性
認知科学では多くの人工知能研究と同様に表象と計算 が知的な活動の背後にあると考えている.つまり外界の 情報は感覚器を通して取得され,これらは中枢に集めら れ,外界の表象=モデルをつくり出すというものである. このモデルはどのような性質をもっているものと考え られてきたのだろうか.例えば視覚を取り上げてみる. 表象と計算という考え方からすれば,視覚情報は網膜, 外側膝状体を通って,一次視覚野に到達し,近傍の部位 でのさまざまな処理の結果,視覚表象としてまとめ上げ られる,ということになる.視覚表象がつくり出す視覚 世界は主観的にはあまりに鮮明で詳細であり,世界を構 成するさまざまな情報はほぼ完全な形で視覚表象の中に 取り込まれているかのように思える. こうした常識を根底から覆えしたのが,「変化の見落とし(change blindness)」と呼ばれる現象である [Rensink 02, Simons 05].これにはいくつかのタイプがあるが, その中にフリッカータイプの変化の見落としがある.こ れは,一部分だけが異なっている 2 枚の写真が 1 枚のマ スク画像を挟んで短い間隔で交替する.この 2 枚の画像 の異なる点を指摘するのが課題である.異なる点が非常 に微妙なものであればこの課題が困難であることは誰で もわかる.しかしこの課題における違いはあまりに明白 であり,もし 2 枚並べて示されてしまえばたちどころに 指摘できるレベルのものである.ところがこれがなかな かできない.画像のつくり方にもよるが,数秒でわかる 人は数パーセント程度であり,30 秒以上見てもわから ない人も多い.もし先に述べた常識が正しいのであれば, このようなことが生じるはずはない. どうしてこのようなことが生じるのだろうか.これは 情報のサンプリングが極めてスパースに行われているた めであると考えられる.私達は世界を見渡して,そこに 存在する情報をもれなく取得していると考えているが, 実際には全く違う.こうした課題の最中の視線の動きを 計測すると,人は同じようなところを何度も何度も行っ たり来たりしているだけであり,それ以外の場所にはほ とんど視線が向かない.つまり必死に違いを見つけよう として意識のうえでは悉皆的にサンプリングをしている と思っているが,それは事実ではないのである. 実は私達はこうした視覚表象のもろさ,サンプリング のスパース性を暗黙のうちに知っている可能性もある. Ballard達の実験はその可能性を示唆している [Ballard 95].この実験の課題は,さまざまな色のピースが並べて ある場所から適切なものを選んで,モデルとなっている 単純な二次元図形と同じもの=コピーをつくるという簡 単なものである.普通に考えると,モデルの特定の場所 を見てそこの色を確認し,ピースの山から同じものを取 り出して,所定の位置に置くという行為を繰り返すとい うことになるだろう.つまり,モデル上のピースの位置 と色を記憶し,それに一致するピースを山から探し,記憶 しておいた位置に置くことの繰返しとなるはずである. しかしながら,被験者の行為のシークエンスはこれと は異なっている.まず彼らはモデルの特定の場所を見る. そしてその色を確認したうえで山の中から同じ色のもの を探す.そして次に行うのは,それを所定の場所に置く ことではなく,またモデルの配置を見直し(おそらく位 置を確認して),その後に所定の場所に置くことなので ある.この結果は,最初にモデルを見たときには場所の 情報は取り込んでおらず,色しか把握していないことを 示している.色と場所くらい一度に覚えられそうなもの だが,この結果はそうした期待とは異なった人の姿をあ らわにしている.もっとも,被験者達は慎重を期して再 度確認しているだけなのではないかとも思える.しかし この期待は裏切られる.被験者が最初にモデルを見て山 からピースを探すときに,こっそりとモデルのほうの色 を変えてしまってもほとんどの被験者はそれに気付くこ となく,自分が取り上げたピースの色とマッチする部分 をモデルの中に探して淡々と作業を進めるのである.こ のことは,私達は自分がほんのわずかな情報しか取得で きないことを暗黙のうちに知ったうえで行為を実行して いることを示しているように思える. 知識の源泉となる経験からの情報取得がこれだけ貧弱 なのだから,そこから構成される記憶表象も相当にいい 加減なものとなっていることは容易に想像がつく.記憶 の研究者達は,実際にこれを多くの実験から明らかにし ている.むろん記憶が正確でないこと,薄れていくこと は,研究をしなくてもわかることである.ところがこう した記憶の変化とは次元が異なる変化が生じることが明 らかにされ,虚偽の記憶(false memory)として研究者 の注目を集めてきた.実際には起きていないことをあた かも起きたかのように,それも極めて鮮明なイメージと ともに“想起 ”するという現象である.起きてもいない 事件を思い出したり,別の場面で見た人間を自分が目撃 した犯行場面に混入させるなど,信じられないような記 憶の捏造がこの分野の研究ではいくつも報告されている (この現象のわかりやすい解説は [越智 14] がよい). このような知識はエピソードに関わるものであり,い わゆる知識,概念と呼ばれるものとは異なっている.例 えば意味記憶に保持されている机,馬などの安定した 記憶についてはそのようなことはないという可能性もあ る.そう考える人は図 1 をご覧いただきたい.これらは 驚くべきことに「馬」の絵であり,描いたのは幼稚園児 ではなく,都内のある有名大学の学生達であり,これを 描く際にはできるだけ写実的になるようにと指示を受け ていたのである. この絵が示すことはいわゆる上う手まい,下手とは別次元
のものであることに注意しなければならない.ここにあ げたものの中には首が極端に短い,またはないといえそ うなものもある.これらは,首という存在をなくしてし まうことにより,現実にはいない馬をつくり出した例と なる.また馬にはたてがみがあるが,それが背中を貫き, 尻尾までつながっているものもある.また,後ろ足の屈 折の仕方が現実の馬とは逆で獅子舞のように見えるもの などもある.こうした特徴は観察される性質ではないの で,描いた学生達が創造のうえで付け加えたものである. つまりここでは観察されないものを自分で勝手に付け加 えた馬が想起されたということになる. 私達はおそらく今までに何度も馬を見ており,どうい う馬がいそうなのか,何が典型的な馬であるのかについ ての洗練された知識をもっているはずである.だからど んな馬を見てもそれが馬であることは容易に識別できる し,馬以外のものを見たときにはそれを馬と見間違うこ とはまずないだろう.しかしだからといって,馬の特徴 を正確に私達が保持し,安定した馬の概念をもっている とはいえないことを,これらの絵は示している.前述し た目撃者証言で見られる記憶の断片性,もろさと同様の ことが概念レベルでも生じているのである. 私達はきっちりと構造化され,体系化された知識を もっているかのように考えている.しかし以上のことか らすれば,これは妄想である可能性もある.変化の見落 としに見られた知覚表象のはかなさ,虚偽の記憶に見ら れた経験から得られるエピソード的な知識,馬の描画に 見られた概念体系に組み込まれる知識,いずれも,もろ く,うつろいやすく,断片化されたものである.
3.概念の感覚・身体依存性
私達はさまざまな経験を通して知識や概念をつくり上 げる.この経験は通常複数の感覚へ働きかける情報を含 んでいる.赤ちゃんがあるおもちゃで遊ぶとき,そこに はおもちゃの形から得られる視覚情報,おもちゃの出す 音という聴覚情報,接触から得られる触覚情報,おもち ゃの発する匂いから得られる嗅覚情報,自分の体の位置 や運動に関わる自己受容感覚情報などが含まれている. これまでの概念理論の多くではこれらの感覚情報は変換 子の働きにより,言語様のシンボルへと置き換えられ, 「おもちゃ」概念の下に統合されていると考えられてきた. しかし近年,こうした基本的な前提とそこから生じ る問題に対するさまざまな疑問や反論がなされるように なってきた.理論的な問題としては,記号接地問題があ げられる[Harnad 90].伝統的な枠組みでは,概念が経験, およびそれを構成した身体,行為から切り離されてしま うため,それが現実世界においてもつ意味がわからなく なってしまうというのである.こうした問題は Harnad だけでなく Varela らの enactive アプローチ [Varela 91],Lakoff らの概念メタファー理論 [Lakoff 87] などさ まざまな分野の研究者によって指摘され続けてきた. Lakoffは概念の意味が身体,それが働く世界と切り離 せないことを説得的な形で示してきた [Lakoff 87].これ に大きな影響を受けた認知心理学者達は,実験状況での 参加者の“認知的 ”判断が身体的基盤をもつこと,ま た概念はアナログ的で,(記号化されていないという意 味で)知覚的であることを示してきた.例えば,行為─ 文一致効果の実験 [Glenberg 02] では,「太郎は嘘をつい た」,「空き缶を持つ」というような簡単な文が有意味文 か否かをキー押し反応で答えさせ,その反応時間を測定 する.すると文が手の行為を意味する場合(空き缶を持 つ)にはキー押し反応が,そうでない文(嘘をつく)よ りも速くなる.それだけではなく,文が意味する方向性 (例えば「あげる」は自分から遠ざかる,「もらう」は自 分に近づくを意味する)と反応に用いるキーの位置(ボ タンが手前にあるか,遠くにあるか)が相互作用する. 例えば,近づくことを意味する文の場合には手元に反応 ボタンがあるほうが速いが,遠ざかることを意味する文 では反応ボタンが遠いところにあるほうが速くなったり する.また文の意味判断において,判断すべき対象が文 の述べる方向と一致する場合には素早い判断ができたり [Richardson 03],その方向への注意が促進されることな どが示されている [平 09].これらは,文の理解のよう な概念的な課題においても,身体やアナログ的な空間の イメージが関与することを示している. また脳機能イメージング研究では,文の真偽判断のよ うな概念的処理のみが関与するという課題(「鳥には羽 がある」について yes/no で答える)であっても,動物 カテゴリーに関わる課題では視覚野が,道具カテゴリー に関わる課題では運動野,体性感覚野が強く活性するこ とがわかっている.損傷患者を扱った研究でも同様であ り,損傷部位によって特異的な影響が現れることが知ら れている.視覚野の損傷は生物カテゴリー,体性感覚野 の損傷は道具カテゴリーに関わる判断に負の影響を与え る [Pulvermüller 99].これらの研究は概念の構成要素 が,当該概念の特徴を処理したさまざまな脳領域に分散 して保持されている可能性を示している.また自分と親 図 1 大学生の書いた「写実的な」馬しい人だけがその人のそっくりさんと認識されてしまう というカプグラ症候群は,対象の視覚的な認識が視覚系 と情動系に分散されて行われていることを示している [Ramachandran 98]. いわゆる概念と呼ばれるものではないが,知覚表象 における身体の役割を最も早い時期から明らかにしたも のに,積山の研究がある [Sekiyama 82].回転した対象 が元の対象と同一かを判断する課題はメンタルローテー ション課題と呼ばれており,これにかかる時間は 180 度 の回転角のときにピークをもつ左右対称のカーブを描く ことが知られている.通常は二次元平面に表された三次 元物体が用いられることが多いが,彼女の実験ではさま ざまな角度に回転させた人間の手が用いられた.すると, 手のメンタルローテーションにおける反応時間のピーク は 180 °ではなく,右手の場合は 135 °,左手の場合は 225°あたりとなり(時計回り),これは手の可動域を反 映したものと考えられる.思い出すべきことは,参加者 の課題は右手か左手かを「視覚的」に判断することであ り,手を動かすことではない.こうした課題であるにも かかわらず手の可動域の影響が現れるということは,視 覚判断に運動表象が混入してくることを意味している. また佐々木の行った空書研究も漢字の記憶表象がそれ を書くときの運動表象成分と一体となっている可能性を 示している [佐々木 84].この研究では漢字を構成要素 に分解した形で提示し(日+土+寸),そこから漢字を再 現する(時)という課題が用いられた.この課題を行う ときに,あるグループの参加者は手を動かすことが許さ れ,別のグループは禁止された.すると後者の成績は前 者よりも低下した.漢字の表象の検索が手の運動によっ て影響を受けるというこの事実は,漢字の記憶表象が運 動成分を含んでいることを示唆している. これらの事実は,概念,知識はアナログ的,知覚的で あること,またそれが経験された場でのさまざまなモダ リティーに与えられる情報を含んでいることを示してい る.こうした考え方は,シンボル化された特徴リストか ら構成されるという伝統的な概念観と鋭く対立するもの であることはいうまでもない.
4. プロセスベースの概念:
モノとしての概念からコトとしての概念へ
ここまで私達人間の知識は断片化されており,それら はさまざまな感覚モダリティーに分散して貯蔵されてい ることを見てきた.これらの断片が概念としてまとまっ た形で働くように見えるのはなぜなのかが次の問題とな る. 4・1 ゴール導出型カテゴリー この問題に最初に取り組んだのは Barsalou である [Barsalou 83].「預金通帳,赤ちゃん,アルバム,指輪」 から連想できるカテゴリーは何だろうか.普通の人はす ぐに答えることはできないが,自分の家が火事になった と考えれば自然にわかるだろう.つまりこれらは「火事 のときに持ち出すもの」カテゴリーのメンバなのであ る.これらはその場でつくり出されるという意味でアド ホックカテゴリー,あるいは活動のゴールに基づくも のであるという意味でゴール導出型のカテゴリー(goal derived category)と呼ばれている. このタイプのカテゴリーにはシミュレーションが必須 のものとなる.火事の場面に自分の身を置き,何を持ち 出すべきかをイメージし,その中でシミュレーションす ることで,ふだんはとうてい一緒にならないものがひと まとまりになるのである.もう少し抽象度を上げた言い 方をすれば,避難というプロセスを起動させ,その場の シミュレーションを行うことで,そこに関与するものが ひとまとまりになるわけである. ただし,これらは(なぞなぞのときのような)特 殊なカテゴリーと考えられるかもしれない.しかし, Barsalouはこれらが通常のカテゴリーと同じ内的なグ レード構造(graded structure)をもっていることを示 した.特に興味深いのは「理想形(ideals)」の関与である. これはゴール導出型カテゴリーでは組織化の原動力とし て強く働く.火事のときに持ち出すものは,「価値の高い」 ものであり,これに応じた構造が見られるのである. 通常のカテゴリー「家具」,「野菜」,「武器」などでは こうした理想形は無関係であるように思え,その意味 でゴール導出型のカテゴリーは特殊と考えたくなるかも しれない.しかし通常のカテゴリーにおいても,ゴール や理想形が関与している可能性があると Barsalou は指 摘する [Barsalou 85].家具については「どれくらい必 要か」,野菜については「どれくらい好きか(嫌いか)」, 武器については「どれくらい効果的にダメージを与えら れるか」などに応じたカテゴリー構造の組織化が行われ ているという.つまり「普通の」カテゴリー(特に人工 物カテゴリー)も活動のゴールとシミュレーションから 生み出されたものであり,それらがルーチンになっただ けとも考えられるのである. 4・2 知覚的シンボルシステム理論とプロセスベース アプローチ こうした考えをさらに拡張して身体化したのが,知 覚的シンボルシステム(perceptual symbol system)と いうカテゴリー理論である [Barsalou 99, Barsalou 09]. 従来のカテゴリー理論では知覚された特徴は,変換子 (transducer)によって特定の感覚に依存しない言語様 のシンボルとして存在すると仮定してきた.一方この理 論では,感覚から独立したシンボルの存在を否定し,知 覚から得られた神経の興奮状態を知覚的シンボルと呼ん でいる.ある経験から得られる知覚的シンボルは,一つ の感覚様相に限ってみても膨大なものである.例えば,スマートフォンをある視点から見たときには選択的注意 の働きにより,全体の形状,液晶画面,ボタン,カメラ のレンズ,メーカのロゴなどが見えるかもしれない.ま たそれに触れれば触覚情報から得られる知覚的シンボ ル,それの音を聞けば聴覚的な知覚的シンボルが得られ る.それらは個別の知覚的シンボルとなるがけっしてバ ラバラに保持されているわけではなく,simulator と呼 ばれるものに統合される. 注意したいことは,simulator が統合するといっても, これらの知覚的シンボルがそこにまとめられるわけでは ないという点である.つまり simulator はおのおのの感 覚処理系の貯蔵庫に分散した形で貯蔵されている知覚的 シンボルを相互に関係付ける,いわばリンク集のような ものと考えることができる.同時,あるいは継時的に発 火した神経の興奮状態の間の相互結合を束ねたものと いってもよいかもしれない.言うまでもないが,これら は言語様の表現をとるわけではない. こうして分散された知覚的シンボルはカテゴリー化の 際には simulator とともに働きシミュレーションを行う. ある視覚刺激を受け取ることで,それと類似した知覚的 シンボルシステムのいくつかが活性化する.その活性化 は simulator を通して,他の知覚的シンボルシステムの 活性を促す.これらの活性のパターンが一定以上になれ ば,同じ simulator が活性化したということで同一のカ テゴリーに属すると判断される.これがシミュレーショ ンによるカテゴリー化である.この過程で,実際には観 察されていない知覚的シンボルも活性化することにな り,これはカテゴリー推論,あるいは予期に当たる.こ のようなカテゴリーの表現形式は伝統的な観点からする と相当に奇異なものと思えるが,徐々に広がりつつある [Bergen 08, Meteyard 08]. また神経科学的な観点からはかなり前から,こうし た可能性が指摘されていた.例えば Damasio の提唱 した convergence zone の考え方はここで述べてきた simulatorの考え方にとても近い [Damasio 89, Damasio 94].convergence zone は,感覚野,運動野などに分散 された情報を再構成する働きをもつが,それ自体は再 構成されるものの内容についての情報はもたないとされ る. ここで相互に関連する重要な点を三つ指摘しておく. まず知覚的シンボルシステムにおいては,概念を構成す る情報は各モダリティーに知覚的シンボルとして分散さ れ,断片的な形で表象されているという点である.これ は従来のカテゴリー理論が集約された形でのカテゴリー 表象を前提にしていたのとは大きく異なっている. 2番目は,概念が身体化されているという点である. この理論では,対象を知覚した際のさまざまな情報が変 換されずにそのままの形で保持されているのである.こ れは従来の理論が変換子を導入して,言語様のシンボル で各特徴をコード化していたのとは大きく異なってい る.したがって知覚的シンボルシステム理論では,記号 接地の問題は生じない. 最後は本論文にとって最も重要な点だが,概念は実体 化されていないということである.概念,カテゴリーは simulatorを通したシミュレーションによって各知覚的 シンボルがそのつど活性化するパターンとして表現され る.つまりシミュレーションというプロセスを抜きにカ テゴリーを語ることはできないのである.これは概念を 実体として捉える立場から,プロセスとして捉える立場, つまりモノ的概念観を脱し,コト的概念観へ移行してい ると考えられる. 4・3 記号創発ロボティクスのアプローチ 知覚的シンボルシステム理論はさまざまな現象と一 致するとともに,多くの難問をクリアするための基盤と なるものである.しかしこれの計算機モデルへの実装 について,Barsalou は少なくともこの理論が提案され た時点では懐疑的であった.この理由として,計算機 が通常の入力デバイスから得られた情報をそことは切り 離したうえで記号化してしまうことがあげられていた [Barsalou 99]. しかしこの理論が提案された時代背景と現在は大きく 異なっている.現在では,センサやアクチュエータがた やすく手に入るようになるとともに,そこから得られる 膨大な情報を迅速に処理する確率的な情報処理技術が長 足の進歩を遂げている [麻生 12]. こうした発展を土台にして概念の獲得研究にアプロー チするのが,記号創発ロボティクスの考え方である [谷 口 14].記号創発ロボティクスでは,システムが実世界 の中で自らが動き,多様なセンサから得られる情報だけ をもとにして概念をつくり出すことを目的としている. 例えば,中村らは文書の分類に用いられてきた潜在ディ リクレ配分法(LDA:Latent Dirichlet Allocation)を マルチモーダルに拡張した MLDA(Multimodal Latent Dirichlet Allocation)モデルを考案した.これを実装し たロボットは,自らの運動によって取得した視覚,聴 覚,触覚情報を用いて,教師なしで物体の概念を獲得で きること,またこれをそこでの自然な発話と結び付け, 物体の名称を教師なしで学習可能であった [中村 13, 中 村 15].なお,こうしてつくり上げられるカテゴリーに 基づく分類は,すべての感覚情報を用いた場合に最もよ く人間の分類と一致することも示されている.また安藤 らは前述の中村らの研究で用いられた MLDA に nCRP (nested Chinese Restaurant Process)を導入したアル ゴリズムで階層的なクラスタリングを行うロボットを開 発している [安藤 13]. これらの研究は上述の人間の概念研究とは全く独立 に行われたものであるが,マルチモーダルな情報を取得 し,これらを組み合わせて,自然な形で概念を獲得する という意味で,知覚的シンボルシステムの考え方にとて
も近い.またこの研究における概念は,各モダリティー における膨大な特徴群の分布として潜在的に表現されて おり,明示的な形で存在しているわけではない.この点 もプロセスベースの概念観の描く概念の姿に近いものと なっている. 確かに人間の感覚器官と同じセンサや,人間の運動系 と同様のアクチュエータが開発される可能性は現時点で はとても低い.よって記号創発ロボティクスが実現する 概念やその形成過程での処理は人間とは大きく異なる可 能性も高い.例えばセンサの情報をどう縮約して表現す るのかという問題は,センサのタイプにひどく依存する 事柄であり,そこでの処理を人間の処理と同じと考える ことはナンセンスである. 一方,多様に分散され,断片化した表象の場面に応じ た組織的活性化としてカテゴリーを捉えているという意 味では,つまり計算論のレベル [Marr 82] では,記号創 発に基づくロボットが行う概念処理は,プロセスベース の概念理論が仮定する人間の概念処理と一致していると も考えられる.したがって記号創発ロボティクスは人間 の概念とその構造,働きと同じものを体現している可能 性もある.もしそうだとすれば,開発されたシステムに さまざまなテストを実施することで,概念のコンポーネ ントや概念を用いた処理で働くメカニズムを特定できる 可能性もある.
5.プロセスベースの概念理論の今後の課題
今後プロセスベースの概念理論,記号創発ロボティク スが取り組まなければならない課題について,その優先 度の順に述べる.まずこうした新しいアプローチが受け 入れられるためには,これまでに明らかにされてきた概 念の姿をある程度まで再現する必要がある.まず典型性 効果のようなよく知られた現象,さらにはその変動につ いての原理的な説明が必要となるだろう.また概念およ びその典型性は分類だけでなく,記憶検索 [Rosch 78], 演繹,帰納 [Osherson 90] など他の認知活動にも強く影 響することが知られている.これがプロセスベース,記 号創発の考え方でどのように表現できるのかも考える必 要がある. 中期的なターゲットは,概念の生成的,創造的な利用 に関わるものである.概念は比喩的な拡張が可能であり, これによって新たな表現をつくり出すことができる [内 海 13].例えば「カギ」の通常の意味は「解決」,「問題」 のような文脈では変化する.また概念結合 [Osherson 81]においては,概念同士が結び付き,新たな表現を生 み出す(ペットフィッシュ,グラスワイン,金属疲労な ど).こうした比喩,概念結合によってどのように意味 が変容するかも今後の課題となるだろう.さらにまた, 抽象的な概念,実在しない概念,経験できない事象につ いての概念も存在する.これらの生成と利用についても 検討していく必要があるだろう. 長期的な課題としては,概念の獲得の目的を取り込む ことがあげられる.村山が正しく指摘するように,概念 は物体,事象の弁別のために存在しているわけではなく, 人間が自分の目標を効率的に達成するために,つまり活 動,行為を行うためにつくり出されている [ 村山 90]. このためには基本的な欲求,動機,目標を陽に取り込ん だ理論化が必要となる [van Elk 14].これを行う際には, 自己受容感覚など,自己に関わる情報の取込みも重要に なるだろう.以上は比較的先の未来の課題として取り上 げたが,もしかすれば,これが最も最初に考えなければ ならないことなのかもしれない. 謝 辞 本研究は部分的に科学研究費補助金(15H02717)の 援助を受けて行われた.また,本論文は 2014 年の八ヶ 岳会議,2015 年の熱海シーサイド会議での議論に多く 負っている.企画者の岡田浩之,谷口忠大の両氏,およ び会議の参加者に心よりのお礼をしたい.◇ 参 考 文 献 ◇
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