ふ る さ との 太 鼓
-長 崎 県 に お け る郷 土芸 能 の創 出 と地 域 文 化 の ゆくえ-八
木
康
幸
は じ め に I フ ォ ー ク ロ リズ ム の 時代 II 和 太 鼓 ブ ー ム と地 方博 (1) 和 太 鼓 ブ ーム の 現 況 (2) 長 崎 「旅 」博 覧 会 と市 町村 デ ー III 伝 統 へ の 憧 憬 (1) 太 鼓 名 と 自己 紹 介 (2) 真 正 性 と正 統 性 IV ふ る さ との 音 (1) 音 の伝 播 と定 着 (2) 音 の創 出 (3) 音 の演 出 V 太 鼓 の政 治 学 (1) 太 鼓 の担 い手 (2) 太 鼓 創 設 の支 援 (3) 地 域 文 化 と行 政 VI 表 現 形 式 と して の太 鼓 お わ り に キ ー ワ ー ド: フ ォー ク ロ リ ズ ム, 地 方 博, 民 俗 芸 能, 真 正性, 地 域 文化 の創 出, 地 域 ア イデ ンテ ィテ ィ ー は じ め に 全 国 的 な和 太 鼓 ブ ー ムで あ る, とい って も誤 りで は な い ほ どに, 各 地 で い ろい ろ な和 太 鼓 に 出会 う。 ご 当地 ゆ か りの名 を冠 して何 々 太 鼓 と 名 乗 り, 揃 い の衣 装 で 威 勢 よ く叩 か れ る太 鼓 を, 直接 に, あ る い は テ レビ な どの メデ ィ ア を通 じ て見 聞 き した者 は少 な くない はず で あ る。 さ ま ざ まな イベ ン トに 出演 す る どれ も同 じよ うな 太 鼓 に,「 また 太 鼓 か」 と う ん ざ り して い る 人 も 多 い に違 い な い。 地 域 振 興 や ふ る さ と創 生 な ど に結 びつ け て創 り出 さ れて ゆ く太 鼓 は, あ た か も町 お こ し村 お こ しの宣 伝 隊 とい った 印 象 が あ 1) る。 過 疎 や高 齢 化 に悩 む周 辺 地 域 の 市 町 村 にお い て, 地 域 活 性 化 の一 端 を担 うべ く結 成 され た 和 太 鼓 と, そ の演 出 や演 奏 に まつ わ る諸 現 象 は, 一 種 のサ ブ カ ル チ ャー を形 づ くって い る。 した が って, 日本 各 地 で生 み 出 さ れつ つ あ る和 太 鼓 は, 地域 文化 の今 日的状 況 を知 る重 要 な ひ とつ の材 料 と考 え る こ とが で きる。 本 稿 は, 現 象 と して の和 太 鼓 ブ ー ム の分 析 を通 じて, 表 現 形 式 と して の太 鼓 が, ふ る さ とや 郷 土 とい った 意 味 を獲 得 して い く現 場 を確 認 す る と と もに, 和 太 鼓 の織 り成 す 象徴 体 系 を, 社 会 と地 域 の コ ンテ クス トに即 して読 み解 くこ とを 目的 と して い る。 I フ ォー ク ロ リズ ム の時 代 か つ て 文化 地理 学 が 注 目 した の は, 前 近 代 社 会 の 生 活様 式 そ の もの や, 現 代 の景 観 に残 存 す る前 近代 の痕 跡 で あ り, 超 有 機 体 とい う批 判 の レ ッテ ル が含 意 す る よ うに, そ こで は文 化 は処 理 しや す い安 定 した 自明 の概 念 と して 扱 わ れ た。 文化 と は, 特 定 の 人 間集 団が 分 か ち合 う慣 習 で あ り, また構 成 員 に よ って学 習 さ れ, 世 代 を超 1) 岡橋 秀 典 「「周 辺 地域 」 論 と経 済 地 理 学 」, 経 済地 理 学 年 報36-1, 1990, 23-38頁。2) え て伝 承 され る もの で あ った。 文 明社 会 にお け る民 俗 文 化 も, この よ うな理 解 か らな さ れ る文 化 地 理 学 の研 究対 象 と して, 盛 ん に取 り上 げ ら 3) れ て きた ので あ る。 人 文主 義 地 理 学 も また, 伝 統 的 な景 観 をナ イー ブ に解 釈 し, 意 味 に充 ち た 真 正 な場 所 を称 揚 して きた。 しか し, 近 年 の文 化 研 究 に よ る文化 の捉 え方 は, 文 化 を保 持 す る 社 会 や 地 域 の現 在 を鋭 く問 お う とす る。 文 学 に 描 か れ た 景観 や, 長 く世 代 を超 え て伝 え られ て きた 民俗 文化 な どに真 正 な場 所 性 と実 存 的 な意 味 を見 出 そ う とす る研 究 姿 勢 は, こ れ を主 意 主 義 と して 退 け よ う とす る認 識 論 的 批 判 を別 に し て も, エ リー ト主義 的 で あ る との批 判 を逃 れ る 4) こ とが で きな い。 も と よ り文 化 とは多 義 的 な も の で, け っ して高 尚 と され る文 化 や 伝 統 文 化 だ け を指 す もの で は な い。 そ れ は, 人 々の 慣 習 や 日常 の行 動 に も含 まれ る意 味 や 価 値 の表 現 で あ 5) り, 意 味 と慣 例 の織 りなす 象 徴 の 網 の 目の 中 で 行 為 が 繰 り広 げ ら れ る よ う な 慣 習 行 動 (prac-6) tice) で も あ る。 文 化 は, 社 会 や 政 治 と の 関 わ りの 中 で創 造 され る構 築 物 と して, イデ オ ロギ ー や権 力 と無 縁 の もので もあ り得 ない。 近 年 の 7) 民 衆 文 化 に対 す る文 化 地 理 学 の熱 い関 心 は, こ の よ う な理 解 を前 提 に して い る。 民 俗 文化 を考 え て み よ う。 そ れ は 「目 に一丁 字 無 き」 人 々 の作 り出 した 「無 意 識 的 集 合 的」 な生 活 文化 で あ り, 本 来 は民 衆 の文 化 で あ った。 これ を研 究 す る民俗 学 は 「内省 の学 」 で あ る と と もに, そ の成 果 の提 示 を通 じて, 近 代 の 失 い つ つ あ る もの を的確 に指 摘 す る こ とが で きた。 民 俗 文 化 は, 前 近代 の環 境 に生 態 的 な適 応 を見 せ る文 化 とい う点 で, 有 力 な対 抗 文 化 の 一 つ と して 措 定 され, 都 市-農 村 の 関係 構 造 を背 景 に して, 都 市 文化 に対 して異 議 申 し立 て をす る可 能 性 を もつ は ず の もの で あ っ た。 しか し現 実 の 民俗 文化 が, わ れ わ れ の眼 前 で 衰 退 し消 滅 しゆ く下位 文化 に す ぎな い こ とは, 近 年 の民俗 学 に 8) お け るい くつ か の危 機 表 明 に も明 らか で あ る。 した が って, これ を伝 統 と呼 び, 心 のふ る さ と 9) に仕 立 て 上 げ る語 り口 は, 民 俗 誌 的 現在 を求 め る アカ デ ミズ ム の営 為 や, 自 ら はす で に失 な っ て し ま った真 正 性 を求 め る都 会 の 側 の レ トリ ッ 10) ク に支 え られ て きた の で は なか つ たか。 牧歌 的 世界 と して の ふ る さ と礼 賛 は, そ の よ うな都 市
2) Cosgrove, D., ‘Geography is everywhere: culture and symbolism in human landscape’(Gregory, D. and R. Wal-ford, ed. Horizon in human geography, Macmillan, 1989), pp.122-123.
3) た と え ば ア メ リ カ に お け る folk-life 研 究 を 参 照。Trindell, R. T, ‘American folklore studies and geography’, South-ern Folklore Quartery 34-1, 1970, pp.1-11. Dorson, R. M., ed., Folklore and folklife, University of Chicago Press, 1972, 561p. Yoder, D., ed., American folklife, University of Texas Press, 1976, 304p. 日 本 の 研 究 に つ い て は, 八 木 康 幸 「文 化 地 理 学 と 日 本 民 俗 学 」(大 島 襄 二 ・浮 田 典 良 ・佐 々 木 高 明 編 『文 化 地 理 学 』, 古 今 書 院, 1989) 87-116頁, 久 武 哲 也 「日本 に お け る 文 化 地 理 学 の 展 開: 1868-1945」(久 武 哲 也 編 『日 本 に お け る 文 化 地 理 学 の 展 開 』, 平 成2年 度 福 武 学 術 文 化 振 興 財 団 研 究 助 成 研 究 成 果 報 告 書, 1991) 8-79頁。
4) Cosgrove, D. and P. Jackson, ‘New directions in cultural geography’, Area 19-2, 1987, pp.97-99. Eyles, J., ‘The geography of everyday life’ (Gregory, D. and R. Walford, ed. 前 掲2), p.109. J・ バ ー ジ ェ ス, J・R・ ゴ ー ル ド 「場 所, メ デ ィ ア, 大 衆 文 化 」(J・ バ ー ジ ェ ス, J・R・ ゴ ー ル ド編 著 (竹 内 啓 一 監 訳, 山 田 晴 通 他 訳)『 メ デ ィ ア 空 間 文 化 論 メ デ ィ ア と 大 衆 文 化 の 地 理 学 』, 古 今 書 院, 1992) 17-22頁。
5) 文 化 の 定 義 に つ い て は, R・ ウ ィ リ ア ム ズ (岡 崎 康 一 訳)『 キ イ ワ ー ド辞 典 』, 晶 文 社, 1980, 104-112頁, D・ ヘ ブ デ ィ ジ (山 口 淑 子 訳)『 サ ブ カ ル チ ャ ー ス タ イ ル の 意 味 す る も の 』, 未 来 社, 1986, 17-22頁, な ど を 参 照。
6) Ley, D., ‘Cultural/humanistic geography’, Progress in Human Geography 9-3, 1985, p.417.
7) Jackson, P., Maps of meaning: an introduction to cuztural geography, Unwin Hyman, 1989, 213p. 成 瀬 厚 「わ が 国 の 地 理 学 に お け る 文 化 研 究 に 向 け て 」, 地 理 科 学49-2, 1994, 43-56頁。 8) た と え ば, 大 月 隆 寛 『民 俗 学 と い う 不 幸 』, 青 弓 社, 1992, 243頁, 大 塚 民 俗 学 会 「シ ン ポ ジ ウ ム ム ラ の 変 貌 と民 俗 」, 民 俗 学 評 論29, 1993, 1-48頁, な ど。 9) 再 構 成 さ れ た 伝 統 的 社 会 像 を 求 め る 「民 族 誌 的 現 在 」 の 仮 説 に 対 す る 清 水 昭 俊 の 批 判 は, 従 来 の 国 内 に お け る 民 俗 文 化 の 研 究 姿 勢 に も適 用 し う る。 清 水 昭 俊 「永 遠 の 未 開 文 化 と 周 辺 民 族-近 代 西 洋 人 類 学 史 点 描-」, 国 立 民 族 学 博 物 館 研 究 報 告17-3, 1992, 431-432頁。 10) 川 添 登 「国 民 文 化 形 成 と 「ふ る さ と 」幻 想 」, 春 秋 生 活 学3, 1988。 太 田 好 信 「文 化 の 客 体 化-観 光 を と お し た 文 化 と ア イ デ ン テ ィ テ ィ ー の 創 造-」, 民 族 学 研 究57-4, 1993, 392-394頁。
11) の 眼差 しを対 象 化 した もの に違 い な い。 現 代 社 会 は, 民 俗 文化 に常 に修 正 や変 形 を加 え, 新 た な意 味 や 機 能 を付 与 せ ず に は い られ な い。 資 本 主 義 が 民 俗 文化 を惜 しみ な く断 片 化 し 商 品化 す る一 方 で, 民俗 文 化 は芸 術 や文 化 財 と して権 威 付 け られ, また かつ て の東 欧世 界 に見 られ た よ う に, 国 家 主義 イ デ オ ロ ギ ー を背 景 に して国 民 精神 の 高揚 に も大 きな役 割 を果 たす の で あ る。 そ れ ら変 形 や応 用 は, け つ して外 部 の 力 に よ る もの だ け で は な い。 地 域 住 民 に よ る 自 覚 的 な作 用 も近似 の現 象 を生 み 出 し, 再 帰 的 な 12) 民 俗 が 多 く創 り出 さ れ て ゆ く こ と に も な る。 こ の よ う に, 民 俗 文 化 が そ れ を 生 み 出 した コ ン テ ク ス トか ら切 り離 さ れ, 二 次 的 な 意 味 や 役 割 を 獲 得 し た り与 え ら れ た り し て ゆ く よ う な 多 様 な 現 象 を, フ ォ ー ク ロ リ ズ ム (folklorism) と し て と ら え た の は, ドイ ツ 民 俗 学 のH・ モ ー ザ ー で 13) あ り, H・ バ ウ ジ ンガ ーで あ っ た。 民俗 文化 に 手 が加 え られ, 伝 統 が 創 造 され て ゆ くこ と は, す で に ヘ ル ダ ー に よる民 族 精神 の 強 調 や グ リム 14) 兄 弟 に よる昔 話 集 の脚 色 に見 られ る よ うに, 民 俗 文 化 の発 見 の 当初 か らあ った と はい え, そ れ が か く も広 範 な現 象 とな るの が 現代 の文 化 状 況 なの で あ る。 さ ら に, も とに な る ものが な い ま ま民 俗 ら し き ものが 装 わ れ, 疑 似 的 な民 俗 が 創 出 され る現 象 も, や は りフ ォー ク ロ リズ ム と呼 ぶ こ とが で き る。R・ ドー ソ ンは, 営 利 目的で 生 み 出 され 15) た にせ の 民 俗 (fakelore) を痛 烈 に非 難 したが, 現 代社 会 にお い て は, 本 物 か偽 物 か とい う問 い は大 した 意 味 をな さな い。 真 正 な民 俗 が 容 易 に フ ォ ー クロ リズ ム に転 じる一 方, 他 方 で は伝 統 を創 り出 し, 民 族 や 国民 の ア イ デ ンテ ィテ ィー を表 現 し よ う とす る 人 々 の 営 み が, 「fake を 16) folklore に 変 え て い く」 こ と も あ る。 重 視 さ れ るべ き は, 広 範 な 民 俗 文 化 を め ぐ る 過 程 な の で 17) あ る。 本研 究 で は, 長 崎 県 を ブ ィール ドに, 数 多 く 創 り出 され て い る和 太 鼓 に検 討 を加 え る。創 作 太 鼓 とい う表 現 が な され る よ う に, 和 太鼓 は ふ る く行 わ れ て い た民 俗 文 化 そ の もの で もな け れ ば, そ れ に修 正 や変 形 が 加 え られ た もの で もな い。 そ の多 くは近 年 の流 行 で あ り, あ た か も伝 統 的 な民 俗 芸 能 で あ るか の よ う に言 説 が構 成 さ れ, パ ー フ ォーマ ンス が な され る こ と を特 徴 と して い る。 そ の意 味 で は, 和 太 鼓 に まつ わ る諸
11) そ の こ と は, 民 俗 文 化 や 農 村 文 化 の 観 光 化 に 端 的 に 表 れ る。Robertson, J., ‘Furusato Japan: the culture ahd politics of nostalgia’, International Journal of Politics, Culture and Society 1-4, 1988, pp.494-518. Squire, S. J., ‘The cultural values of literary tourism’, Annals of Tourism Research 21-1, 1994, pp.103-120. Claval, P., ‘The museification of landscape’(Wong, S. T., ed., Person, place and thing: interpretative and empirical essays in cultural geography, Geoscience and Man 31, 1992), pp.335-351.
12) 太 田 好 信 「間 主 観 性 か ら 間 テ キ ス ト性 へ-民 族 誌 学 に お け る テ キ ス ト性 と 再 現 の 問 題-」, 北 海 道 東 海 大 学 紀 要 人 文 社 会 科 学 系2, 1989, 105-120頁。 八 木 康 幸 「町 お こ し と 民 俗 学-民 俗 再 帰 的 状 況 と フ ォ ー ク ロ リ ズ ム-」(御 影 史 学 研 究 会 編 『民 俗 の 歴 史 的 世 界 』, 岩 田 書 院, 1994) 481-502頁。
13) H・ モ ー ザ ー (河 野 眞 訳)「 民 俗 学 の 研 究 課 題 と し て の フ ォ ー ク ロ リ ス ム ス 」 上 ・下, 愛 知 大 学 国 際 問 題 研 究 所 紀 要90 ・91, 1989・1990 (1964), 63-95頁 ・1-38頁。Bausinger, H., ‘Toward a critique of folkorism criticism’ (Dow, J. R. and H. Lixfeld, ed. and transl., German Volkskunde: a decade of theoretical confrontation, debate, and reo-rientation (1967-1977), Indiana University Press, 1986), pp.113-123. Bausinger, H., (Dettmer, E., transl.), Folk cul-ture in a world of technology, Indiana University Press, 1990 (1961), 187p.
14) Dorson, 前 掲3) pp.15-20. Dundes, A., ‘Nationalistic inferiority complexes and the fabrication of folklore: a re. consideration of Ossian, the Kinder-und Hausmarchen, the Kalevala, and Paul Bunyan’, Journal of Folklore Re-search 22, 1985, pp.5-18 [Dundes, Folklore matters, University of Tennessee Press, 1989, pp.40-56, に 再 録]. J・M
・エ リ ス (池 田 香 代 子 ・薩 摩 竜 郎 訳)『 一 つ よ け い な お と ぎ話 グ リ ム 神 話 の 解 体 』, 新 曜 社, 1993, 278頁。 15) Dorson, R-M., ‘Fakelore’, Zeitchrift fur Volkskunde 65, 1969, pp.56-64. Dundes, 前 掲14).
16) Degh, L., ‘Grape-harvest festival of strawberry farmers: folklore or fake?’, Ethnologica Europaea 10, 1977/8, p. 131.
17) Ben-Amos, D., ‘Toward a definition of folklore in context’, Journal of American Folklore 84, 1971, pp.3-15. Degh, L, ‘Uses of folklore as expressions of identity by Hungarians in the old and new country’, Journal of Folklore Research 21, 1984, pp.187-200. Bendix, R., ‘Folklorism: the challenge of a concept’, International Folk-lore Review 6, 1988, pp.5-15.
現 象 は, ま さに広 義 の フ ォー ク ロ リズ ムの 一 過 程 と して と らえ る こ とが で きる。 長 崎 県 は79市 町村 の過 半 が 離 島半 島 部 にあ り, 18) 過疎 や 高齢 化 に悩 む 町村 が 多 数 あ る。 そ の た め 地域 活性 化 の動 き も活 発 で, 政 策 的 に も全 県 的 な取 り組 み が展 開 して い る。 無 形 文 化 財 と な る 19) よ うな伝 承 太 鼓 に対 して, 創 作 太 鼓 と して の和 20) 太 鼓 は, 行 政 か らは地 域 活 性化 グル ー プ と して 位 置 づ け られ る こ とが 少 な くない。 県 総 務 部 地 方課 が実 施 した調 査 で は, 60を 超 す創 作 太 鼓 の グ ル ー プが 確 認 さ れ て い る。 そ の 多 数 が 長 崎 「旅 」博 覧 会 に 出演 の機 会 を得 た こ と もあ って, 博 覧会 の資 料 や報 告 書 に含 まれ る和 太 鼓 関 連 の 情 報 を利 用 す る こ とが で きた。 本研 究 で は, 博 覧 会 に 出場 したす べ て の太 鼓 を中 心 に, そ の他 の太 鼓 グ ル ー プ の デ ー タ も可 能 な限 り収 集 して 分 析 を加 え た。 現 地 調 査 か ら資料 を得 た の は, 主 と して五 島列 島 にお け る和 太 鼓 グル ー プ に つ い て で あ り, そ の他 の グル ー プ に関 す る直接 的 な情 報 は, 一 部 演 奏 に接 した 以外 に は, 電話 に よ る イ ン タ ビ ュ ー と, 手 紙, フ ァ クシ ミ リ を通 じた問 い合 わせ に対 す る回 答 を も と に して い る。 な お, ふ る さ との 類 義 語 は多 い が, 本稿 で は, 古 里, 故 郷, 郷 土 な どの 漢 字 テ キ ス トが包 含 す 21) る意 味 か ら距 離 を置 く価 値 中 立 的 な用 語 と して, ま た 出郷 者 と在 郷 者, 都 会 と田舎 な どの構 造 化 され た位 置 ・空 間 関係 を相 対 化 で き る用 語 と し て, も つば ら 「ふ る さ と」 の語 を用 い た。 II 和 太 鼓 ブ ー ム と地 方 博 (1) 和 太 鼓 ブ ー ムの 現 況 全 国 的 ブ ー ム と は い え, そ の状 況 を知 る た め の簡 便 な資 料 はな い。 全 日本 太 鼓 連 盟 (1979年8月 結成) に加 盟 す るグ ル ー プ は, 1992年11月 現 在436を 数 え るが, そ れ は氷 山 の 一角 にす ぎな い。 和 太 鼓 の製 造 ・販 売 で知 られ, 全 国一 円 にマ ー ケ ッ トを広 げ る和 太 鼓 製 作 会 社 (石川 県松任 市) に よ れ ば, 同 じ 1992年11月 現 在, 全 国で 約3600の グル ー プ を把 22) 握 して い る とい う。 こ の数 に は, 都 市 や 地 方 を 足 場 に広 域 的 な活 動 を展 開す る プ ロや セ ミプ ロ の太 鼓 グ ル ー プ, 都 市 内 の地 域 や 職 場 の仲 間, あ る い は学 校 な どで結 成 され た グル ー プ, 観 光 協 会 や ホ テ ル ・旅 館 な どが ア トラ ク シ ョンの た め に作 っ た グ ル ー プ な ど も含 まれ て い る。 しか し, 近 年 急 速 に増 加 して圧 倒 的 多 数 を 占め て い る の は, 全 国各 地 の市 町 村 を舞 台 に して, 町 お こ しや地 域 文 化 の振 興 な ど を合 い 言 葉 に結 成 さ れ る太 鼓 グ ル ー プ で あ る。 都 道 府 県 ご とに か な りの差 が あ る と思 わ れ る が, 1つ 以 上 の和 太 鼓 グル ー プ を持 つ 町村 数 が, そ れ ぞ れ の都 道 府 県 で い まや 半 数 を超 して い る とい わ れ る。 数 少 な い実 態 調 査 の 例 と して, 財 第1表 創 設時期 別和太鼓 グループ数 『広 島県太鼓 グループ一覧』(注23),『太鼓』(注24) をもとに作成。 18) 過 疎 地 域 活 性 化 特 別 措 置 法 (新 過 疎 法) の 定 め る過 疎 地 域 に 指 定 され る 市 町 村 数 は, 長 崎 県 内 に お い て43 (2市40町1 村) を数 え る (1993年4月1日 現 在)。 19) 長 崎 県 庁 で は, 行 政 上 の 必 要 か ら伝 承 太 鼓 ・創 作 太鼓 の 別 を 用 い て い る。 伝 承太 鼓 は お もに教 育 庁 文 化 課 に よ って 管 轄 さ れ, 創 作 太 鼓 は地 域 振 興 に関 わ る政 策 の 対 象 とな って い る。 20) 原 義 か らい え ば, 和 太 鼓 の 語 は楽 器 名 と して 伝 承 ・創 作 の 別 な く用 い る こ とが で きる が, 本 稿 で は, 和 太 鼓 と創 作 太 鼓 を ほぼ 同義 と して 扱 っ た。 また 和 太 鼓 と創 作 太 鼓 の 語 は, 文脈 に よっ て 適宜 使 い分 け た。 21) Robertson, 前 掲11) pp.495-496. 22) 株 式 会 社 浅 野 太 鼓 専 務 浅 野 昭 利 氏 の教 示 に よる。
団法人広島文化振興基金が おこなった調査結果 23) 『広 島 県 太 鼓 グ ル ー プ一 覧 』(1991) か ら県 内 の 太 鼓 グル ー プ 数 を集 計 した とこ ろ, 県 内86市 町 村 の うち51市 町村 に73の グ ル ー プが あ り, 町 お こ し, 親 睦 な ど を 目的 と して結 成 さ れ た創 作 太 鼓 は, そ の うち64グ ル ー プ を 占 めて い る。 これ よ りさ き に長 崎県 総 務 部 地 方 課 が 実 施 した 太 鼓 24) グル ー プ の 調 査 資 料 『太 鼓 』(1989) に よ れ ば, 県 内79市 町村 の うち49市 町 に75グ ル ー プが あ り, そ の うち創 作 太 鼓 の グ ル ー プ は61と 判 断 され る。 これ らの ほ か に も, 県 連 盟 が 組 織 され, しか も 加 盟 率 の 高 い 岐阜 県 で は70の 和 太 鼓 グル ー プが 登 録 され て い る とい う。 また全 日本 太 鼓 連 盟 の 名 簿 か ら, 北 海 道 ・東 北 ・関東 ・中部 な ど東 日 本 の諸 地 方 にお け る和 太 鼓 の盛 況 を知 る こ とが 25) で き, さ きの約3600と い うグ ル ー プ数 も実 態 に 即 した 数 字 と理解 され る。 全 日本太 鼓 連 盟 が結 成 さ れ る1970年 代 後 半 に は, す で に和 太 鼓 は ブ ー ム と呼 べ る状 況 にあ っ 26) た が, 現 在 は さ らな る活 況 を呈 して い る。 第1 表 は, さ きの 両県 の調 査 資 料 か ら, I∼IVの5 年 毎 の4つ の 時期 に創 設 さ れ た太 鼓 グ ル ー プの 27) 数 を示 した。 途 中 で消 滅 した グ ル ー プ もあ る と 考 え られ る た め, そ れ ぞ れ の時 期 に創 設 され た 実 数 に 一致 す る とは い え な いが, お よ そ の傾 向 は把 握 で き る。 これ に よれ ば, 広 島 ・長 崎 両 県 の動 向 は共 通 して お り, 1986∼1990年 のIV期 に 両県 と も30グ ル ー プが 結 成 され て い る。 この 数 は どち らの県 と もI∼III期 の合 計 数 に匹 敵 し, 最 も新 しい 時期 に お い て ほ ぼ倍 増 した こ と を確 認 で き るの で あ る。 (2) 長 崎 「旅 」博 覧 会 と市 町 村 デ ー 全 国, 地 方 を問 わ ず, さ まざ まな規 模 の演 奏 機 会 も増加 して い る。全 国規 模 の もの と して, す で に8回 を数 えた 国民 文 化 祭 で は, 1988年 の第3回 に全 国 太 鼓 ま つ り (兵庫), 第4回 に 全 国 まつ り難 子 (埼 玉), 第6回 にパ ー カ ッシ ョ ン フ ェ ス テ イバ ル (千葉), 第7回 に は ふ る 里 の響 き太 鼓 祭 り (石川) な ど と銘 打 ち, 都 道 府 県 代 表 や 地 元 の 太鼓 グル ー プ が多 数 出演 す る大 きな イベ ン トを催 して お り, 1993年 の第8回 で も全 国 太 鼓 まつ り (岩手) が 実 施 され た。 地 方 レベ ル で も, 1987年 の 第1回 以 来, 長 野 県 松 本 市 で 毎 年 開 催 され て い る国 宝松 本城 全 国太 鼓 フ ェ ス テ ィバ ル の よ う に, 恒 例 とな って い る大 規 模 な コ ンサ ー トが め ず ら し くな く, 小 規 模 な演 奏 機 会 は枚 挙 にい と まが な い。 1988年 か ら1990年 に か け て各 地 で催 され た 地 方博 覧 会 の 中 に も, 多 くの太 鼓 グ ル ー プ に演 奏 機 会 を提 供 した も の が あ る。1988年 の 「'88さ い た ま博 覧 会」 「ぎふ 中部 未 来 博 覧 会」, 1989年 の 「'89海と島 の博 覧 会 ひ ろ し ま」, そ して1990 28) 年 の 「'90長崎 「旅 」博 覧 会 」 で あ る。 岐 阜 の 中 部 未 来博 で は “市 町村 の 日”を 設 け, ふ る さ と 広 場 で 県 内99の 市 町 村 が連 日郷 土 芸 能 を披 露 し, 創 作 太 鼓 グル ー プの 出場 が53組 を数 え た。 広 島 の 海 島博 にお い て も, 同様 の “市 区 町村 デ ー” の催 しが あ り, 県 内各 地 か ら創 作 太 鼓 グル ー プ 29) 44組 が 出 場 して い る。 こ の時 期 の 地 方 博 の 多 くは, 市 制 町 村 制100 23) 財 団 法 人 広 島 文 化 振 興 基 金 『広 島 県太 鼓 グ ル ー プ一 覧 』, 財 団 法 人 広 島 文 化振 興 基 金, 1991, 72頁。 24) 長 崎 県 総 務 部 地 方 課 『太鼓 』, 長 崎 県 総 務 部 地 方 課, 1989, 13頁。 25) た とえ ば, 東 北5県 に お い て連 盟 に登 録 す る グ ル ー プ数 は, 青 森 県11, 秋 田県39, 岩 手 県31, 宮 城 県3, 山形 県19, 福 島 県18, とな って い る。 26) 小 口 大 八 『天 鼓 小 口 大八 の 日本 太 鼓 論 』, 銀 河書 房, 1987, 262-277頁。 27) 長 崎 県 は, 1990年 に 設立 予 定 で あ っ た1グ ル ー プ (五 島 鳴 神 太 鼓) が 含 まれ て い る。 28) そ れ ぞ れ の 会 期 は 次 の 通 りで あ る。'88さ い た ま博 覧 会 (1988年3月19日 ∼5月29日), ぎふ 中部 未 来 博 覧 会 (1988年7 月8日 ∼9月18日), '89海 と 島 の博 覧 会 ひ ろ し ま (1989年7月8日 ∼10月29日), '90長 崎 「旅 」博 覧 会 (1990年8月3日 ∼ 11月4日)。 29) 岐 阜新 聞 ・岐阜 放 送 編 『ぎふ 中部 未 来 博 覧 会 公 式 記 録 』, 岐阜 県 ・ぎふ 中部 未 来 博 覧 会 協 会, 1989, 347頁。 岐 阜 新 聞 ・ 岐 阜 放 送 編 『ふ る さ と奮 戦記-燃 えた99市 町 村-』, 岐 阜 県 ・ぎふ 中 部 未 来 博 覧 会 協 会, 1989, 248頁。 中 国新 聞社 『'89 海 と島 の博 覧 会 ひ ろ しま公 式 記 録 』, '89海 と島 の 博 覧 会 協 会, 1990, 407頁。
周 年 を記 念 す る事 業 と して 開催 され た もの で あ り, 長 崎 「旅」博 覧 会 (旅博) も例 外 で は な い。 1990年 の8月 に開 幕 した 旅 博 は, 94日 間 に189 万 人 の 入場 者 を記 録 し, 目標 入 場 者 数 を達 成 し た とい う意 味 で, そ れ な りの成 功 を収 め て11月 に閉幕 した。 会 期 中, 博 覧 会 主 会 場 で は, 県 内 全 市 町村 の参 加 に よる各 地 の祭 りや 特 産 物 の 紹 介 が行 わ れ, また県 内各 地 で も, 旅 博 に連 動 す る数 々の行 事 が催 され た。 と くに, 市 内 主 会 場 で は “市 町村 デ ー ”と 称 す る催 事 が 行 われ, 長 崎 市 以外 の県 内 の市 町村 のす べ てが 参 加 して 連 日郷 土 の 芸 能 が披 露 され た。 先 行 した 中部 未 来 博 や 海 島博 に倣 って の市 町村 参 加 イベ ン トの 試 み は, 主催 者側 に よれ ば県 内各 地 域 の活 性化 や 30) 文化 振 興 に大 い に寄与 した と評 価 さ れ てい る。 この 市 町 村催 事, す な わ ち松 が 枝 会 場 を メ イ ン会 場 と して催 され る市 町村 デ ーが, 和 太 鼓 演 奏 の 舞 台 と な った の で あ る。 市 町村 デ ー は, 県 第1図 創 設 時 期 別 に み た和 太 鼓 グ ル ー プの 分 布 『太鼓』(注24),『ふるさとが燃 えた-長 崎 「旅」博覧会市町村デ ー特集-』(注32) をもとに作成。 ●旅博 に 出場 した和 太鼓 ●旅博 に出 場 しなか っ た和太 鼓 I∼1975 II 1976∼1980 III 1981∼1985 IV 1986∼1990 30) 高 比 良 元 「長 崎 「旅 」博 覧 会 の検 証 とポ ス ト「旅 」博 の 一 考 察 」(協 会 資 料), 1992, 51頁。 長 崎新 聞社 『長 崎 「旅」博 覧 会 公 式 記 録 』, 長 崎 「旅」博 覧 会 協 会, 1991, 153頁。
内 を7ブ ロ ッ クに分 か ち, 県 北 ・県 央 ・島原 ・ 西彼 ・壱 岐 ・対 馬 ・五 島 の順 に, 長 崎 市 を除 く 県 内78市 町村 が郷 土 芸 能 を 中心 に演 目を提 供 す る もの で あ った。 長 崎 県 各 地 に伝 え られて き た い わ ゆ る伝 統 的 な民 俗 芸 能 の うち, 太 鼓 を用 い ふ りゆ う る もの には神 楽 ・浮立 ・念 仏 踊 りな どが あ るが, そ うい った伝 統 芸 能 や ほ か の ア トラ ク シ ョン に 比 べ て も, 量 的 に他 を圧 倒 した の は や は り創 作 太 鼓 で あ った。 出場 した グ ル ー プ は38市 町 か ら 31) 41組 を数 え た。 そ の約 半 数 の22組 は, 前 章 で 示 した 創 設 時期 区分 に お い て, 最 近 のIV期 に結 成 され た和 太 鼓 グル ー プ で あ っ た。IV期 に設 立 さ れ た和 太 鼓30グ ル ー プ の うち, お よ そ7割 が 旅 博 に出 場 した の で あ る (第1図)。 各 ブ ロ ックの 市 町村 が事 務 局 か らの連 絡 を受 けて 市 町 村 デ ー の 準備 に着 手 した の は1989年 度 か らで あ り, そ の 後 に創 設 さ れ た太 鼓 グ ル ー プ の 中 に は, 旅 博 に間 に合 わせ る た め に急 ぎ結 成 され た もの も含 まれ て い る。 市 町村 デ ー で は, 主 会 場 で あ る松 が枝 会場 とい う場 所 と, 演 目の た め の 時 間 を各 市 町村 が与 え られ た わ け で あ る が, この こ と を通 じて, 町 を代 表 す る芸 能 は な にか, とい う こ と を地 元 の側 が選 択 した と見 る こ とが で き る。 出 し物 の 数 は 当該 市 町村 に委 ね ら れ た。 旅 博 市 町 村 デ ー の 記 録 で あ る写 真 集 32) 『ふ る さ と が 燃 え た』(1991), お よ び 当 時 の 「市 町 村 催 事 プ ロ グ ラ ム一 覧 」(協 会資料) に よ れ ば, 神 楽, 浮 立, 獅 子舞, 伝 統 舞 踊, 民 謡, ブ ラス バ ン ドな どの披 露 と と もに, 和 太 鼓 は主 要 な演 目 を構成 して お り, 創 作 太 鼓 が 町 を代 表 す る唯 一 の 演 目で あ った ケ ー ス も15町 を超 え た。 また, 大 村 市, 島 原 市 と小 浜 町 とを 除 け ば, 創 作 太 鼓 は1町1太 鼓 とい う形 に 落 ち着 い た。 III伝 統 へ の憧 憬 (1) 太 鼓 名 と 自己 紹介 旅 博 出場 の太 鼓 につ い て, グル ー プ の 名乗 り と 自己紹 介 を ま とめて み た (第2表)。 出場 の41組 に 限 らず, た いて い の 和 太 鼓 グル ー プ は2種 類 の名 乗 りを持 つ てい る。 一 つ は何 々 太鼓 と称 す る 自 らの太 鼓 の総 称 と して の 太 鼓 名 で あ り, 主 た る演 奏 曲名 と同 じ で あ る こ とが 多 い。 そ れ は演 奏 会 の案 内 ポ ス タ ー の表 記 の た め, あ るい は演奏 時 に 司会 者 か ら 紹 介 を受 け るた め, な ど に用 い られ る も っ と も 簡 潔 な名 前 で あ る。 い ま ひ とつ の 名乗 りは, 太 鼓 グ ル ー プの 組 織 名 で あ る。 太 鼓 名 と組 織 名 が 一 致 す る こ と もあれ ば, 何 々 太 鼓保 存 会 な どの よ うに, 単 な る太 鼓 名 に と ど ま らな い 名称 が付 け られ て い る場 合 もあ る。 い ず れ の 名乗 りも短 い もの なが ら, 太 鼓 の ア イデ ンテ ィテ ィー を よ く示 しう る もので あ る。 自 己紹 介 と した の は, グル ー プ結 成 の い き さ つ や 太 鼓 名 の 由 来, 演 奏 曲 の作 調 (作 曲) 主 旨 な ど, さ ま ざ ま な機 会 にお こ な われ る, 自分 た ち の太 鼓 は ど の よ う な もの で あ るか とい う説 明 で あ る。 そ れ らは必 ず し も全 て が 事 実 に即 した もの とは い え な い。 それ ゆ え に 自己 紹介 と して の語 りは, 太 鼓 につ いて の 集 合 的 な言 説 を構 成 し, た て ま え と して太 鼓 が よ つて 立 つ と ころ を 示 す こ とに な る ので あ る。 自己 紹 介 に は, 演奏 機 会 に司 会 者 や メ ンバ ー に よ って 言 葉 と して発 せ られ る もの と, 出版 物 の 中 に文 字 化 され た も の とが あ る。 統 一 さ れ た形 式 は ない が, 太 鼓 の 由緒 や創 設 の経 緯 を説 き, 太 鼓 名 の 由 来, 作 調 の主 旨 な どを語 る のが 通 例 で あ る。 主 と して 用 い た の は,『 ふ る さ とが 燃 え た』 の 各 市 町村 の キ ャプ シ ョ ン中, 太 鼓 を紹 介 す る部 分 と, 長 崎 県 企 画 部 離 島半 島 ・地 域 政 策 課 が 実 施 した ア ン 31) 出場 グ ル ー プ数 が 創 作 太 鼓 に次 ぐ演 目 は浮 立 で あ った が, 2市8町 か ら計10組 を数 え た に す ぎな い。 32) 長 崎 新 聞社 『ふ る さ とが 燃 えた-長 崎 「旅 」博 覧 会 市 町 村 デ ー 特 集-』, 長 崎 「旅」博 覧 会 協 会, 1991, 199頁。
第2表 旅博 に 参加 した和 太 鼓
-30-『太 鼓 』(注24),『 ふ る さ とが 燃 え た-長 崎 「旅 」博 覧 会 市 町 村 デ ー 特 集-』(注32),『 地 域 活 性 化 グ ル ー プ ア ン ケ ー ト集 』(注33),『 活 き活 き長 崎79市 町 村 の プ ロ フ ィー ル 』(注34), お よ び 聞 き聴 り調 査 に よ り作 成。
ケ ー トの 記 録 『地 域 活 性 化 グ ル ー プ ア ン ケ ー ト 33) 集』(以 下 『ア ンケ ー ト集』) に記 載 され た グル ー プ 自身 に よる 紹介 文 で あ る。 そ れ で も不 十 分 な もの は長 崎県 総 務 部 地 方 課 に よ る 『活 き活 き長 崎 79市 町 村 の プ ロフ ィ ー ル』(以 下 『プロフ ィ 34) ール』) の 記 載 内 容 に一 部 負 っ た ほ か, 同 質 の 資 料 を得 る こ との で きな か っ た舟 グ ロ ー太 鼓 に つ い て は, 問 い合 わせ に対 す る郵 送 回答 を, 炎 上 太 鼓 に つ い て は, 15周 年 記 念 公 演 の リー フ レ ッ トの 記 載 内容 を, そ れ ぞ れ も とに して 筆 者 が 全 体 の 表 記 にあ わせ て ま とめ た。 この よ う に 自己 紹介 欄 は, グ ル ー プ 自身 に よ って 記 され た もの を も とに, そ の表 現 が 持 って い た ニ ュ ア ンス をで きる だ け損 な わ な い よ う配 慮 しなが ら, グル ー プ結 成 の状 況, 太 鼓 や 曲 の 由 来, 地 域 との 結 び つ きな どに注 目 しつ つ60字 程 度 に ま とめ 直 した もの で あ る。 こ の手 続 きは 分 析 に必 要 と思 わ れ る情 報 を筆 者 が選 択 した過 程 に ほか な らず, そ の た め筆 者 の主 観 を排 除 し えた もの で は ない こ と を こ とわ っ て お く。 旅 博 で 市 町 村 を代 表 す る こ とに な っ た41組 の 和 太 鼓 名 をみ れ ば, (1)地名, (2)自然, (3)生業 な ど に関 係 す る もの の 多 い こ とが わ か る。(1)は町 名 や 地 名 を冠 した もの で あ り, (2)は町 の よ く知 られ た 自然 にち なむ もの で あ る。 五 蔵 岳 か ら と った 五 蔵 太 鼓, 轟 渓 流 の 轟太 鼓 を は じめ, 普 賢 岳 の 南 を意 味 す る岳 南 太 鼓, 早 崎 の 瀬戸 に ち な む瀬 詰 太 鼓, 伊 ノ浦 瀬 戸 にち な む うず しお太 鼓, 黒 潮 太 鼓 な ど, い ず れ も地 元 を代 表 す る 自然 や 景 勝 地 を冠 した 名 前 で あ る。 五 島 鳴神 太 鼓 も, 海 食 洞 に打 ち 寄 せ る波 が 遠 く福 江 に まで響 き渡 っ た とい う 「鳴 神 鼻 」 の伝 承 に基 づ く。 (3)の伝 統 的 な生 業 を強 調 す る もの で は, 五 島 まん ご し は ざし ブ ロ ックの 太 鼓 の うち, 万 越太 鼓 ・羽差 太 鼓 ・ しびあみ 鮪 網 豊 漁 太 鼓 な ど は, す べ て 漁 業 の伝 統 に 関係 す る命 名 で あ る。 万 越 と は, イ ワシ 漁 に お い て トロ箱 が 万 箱 以 上 に な る大 漁 を意 味 した。 また 羽差 とは, かつ て盛 ん だ っ た捕 鯨 にお い て, 鯨 を仕 留 め る た め急 所 に銛 を打 ち込 む こ とが で き る者 だ け に許 さ れ た尊 称 で あ っ た。 鮪 網 豊漁 太 鼓 の場 合 に は, 伝 統 漁 法 で あ る シ ビ網 漁 にち な む 由 緒 が語 られ て い る。 そ の ほ か, (4)歴史 的 出来 事 (世知原戦勝太鼓, 蒙古太鼓), (5)遺跡 ・史 跡 (鹿町倭冠太 鼓), (6)神 社 (海神太鼓), (7)伝説 (松浦龍 王太鼓, 阿池姫 太 鼓), (8)民俗 行 事 (舟 グロ ー太鼓) な ど に 関係 さ せ た 多 くの命 名 が行 わ れ て い る。 こ れ らはす べ て, 地 元 の住 民 (多 くの場合 は町民) が す ぐさ ま 納 得 した り同 意 を示 した りす る よ うな類 の もの ばか りで あ り, 自 らの 地域 の伝 統 を よ り よ く象 徴 す る記 号-あ るい は町勢 要 覧 に載 る よ うな町 の公 式 的 な シ ンボ ル-が, 積 極 的 に採 用 さ れて い る こ とが わか る。 (2) 真 正 性 と正 統性 こ うい った特 徴 は, 自 己紹 介 にお け る太 鼓 の 由 来 や結 成 理 由 に も当 て は ま る。 町 の活 性 化 が 目的 で あ る と述 べ, 新 し い創 作 で あ る と素 直 に説 明 す る もの は, あ わせ て3分 の1程 度 を 占め るが, ふ る さ との 自然 や 歴 史 を強 調 す る もの は これ ら を上 回 る。 そ の こ とは演 奏 さ れ る 曲 の作 調 主 旨 にお い て も共 通 し て お り, や は り土 地 の 自然 や 歴 史, 古 くか らの な りわ い な どが 大 きな役 割 を果 た して い る。 町 の 自然 を イ メ ー ジ して 作 調 した とい う説 明 が数 多 く見 られ, 歴 史 や 生 業 に まつ わ って祖 先 や海 に生 きる人 々 の心 意 気 な ど を盛 り込 ん だ との主 張 が な さ れ る の で あ る。 そ の全 てが 創 作 太 鼓 で あ る こ とか ら, さす が に古 くか ら継 承 さ れ て きた もの, 何 百 年 の伝 統 を もつ もの な ど と積 極 的 に本 物 を 自称 し, 真 正 性 (authenticity) を売 り物 に す る ケ ー ス は ほ と ん どな い。 しか し, 創 作 で あ る こ と につ い て の 直 接 的言 及 を巧 み に避 け なが ら, 遠 い 過 去 との 33) 長 崎 県 企 画 部 離 島半 島 ・地 域 政 策 課 『地 域 活 性 化 グ ル ー プ ア ンケ ー ト集 』, 長 崎 県 地 域 経 営 セ ン ター, 1991, 207頁。 34) 長 崎 県 総 務 部 地 方 課 『活 き活 き長 崎 79市 町 村 の プ ロ フ ィー ル 』, 長 崎 県 市 町村 振 興 協 会, 1991, 227頁。
繋 が りを強 調 し, そ の 由緒 と伝 統 を ほ の めか す もの は け っ して少 な くな い。 『ふ る さ とが 燃 え た』 の 記 載 を見 れ ば, 古 い歴 史 につ なが る由 緒 だ け を示 し, 創 作 で あ る こ とにつ い て触 れ ない ものが あ る (島原不 知火太鼓, 関所太鼓, 鮪網豊漁 太鼓)。 ま た 「古 い 伝 統 の 上 に 新 しい 工 夫 を加 え」(東 岩崎獅子舞太鼓)「郷 土 を愛 す る若 者 が 手 探 りで こ の伝 承 復 活 に挑 み, 創 意 を加 え」(世 知原戦勝太 鼓)「忘 れ去 られ た 郷 土 芸 能 を復 活 」 (西有家太鼓) な どの表 現 を見 出 す こ とが で きる。 さ らに 「(江戸時代 以前か ら) 士 気 を高 め 勢 い づ け る た め に太 鼓 を打 って きた が, 今 で は ほ とん ど姿 を消 して い た 」 の で 「地元 の青 年 た ちで 保 存 会 を結 成 」 した との 説 明 もあ る (権現太鼓)。 同様 に, 過 去 に行 わ れ て い た もの の復 活 を 自 称 す る深 江 太 鼓 で は, 深江 村 諏 訪 神 社 太 鼓 が も とに な った とい い, そ の起 源 を諏 訪 神 社 が 深 江 村 に勧 請 され た と伝 え る550年 前 に求 め て い る。 そ して 「いつ しか 途 絶 えて し ま った」 そ の 「郷 土 芸 能 の掘 り起 こ し」 の た め に, 深 江 青 年 団が 天 草 本 渡 市 の 諏 訪 神 社 を訪 ね, 御 諏 訪 太 鼓 の 「特 訓 伝 授 を受 け そ の復 活 を成 し遂 げ た」 と述 35) べ る の で あ る。 本 来 な ら継 承 ・存 続 (survival) さ れ て い た は ず の も の を 再 生 ・復 活 (revival) させ た, と い う の が 正 統 性 (legitimacy) を 正 当 化 す る 論 理 と な っ て い る。 創 作 で あ る こ と を 明 ら か に し つ つ, 地 域 の 伝 統 的 な 音 楽 を 取 り入 れ た と す る も の も あ る。 対 は いや 馬 の豊 玉 繁 栄 太 鼓 は, 町 内 廻 地 区 に伝 わ るハ イ ヤ節 を ア レ ンジ した と称 す る。 江戸 時代 か ら伝 わ る民 謡 を イ メ ー ジ させ, そ の 由緒 を権 威 付 け て い る。 旅 博 に 出場 したそ れ ぞ れ の和 太 鼓 は, この よ うに太 鼓 名 と自己 紹 介 を通 じて 自己 同一 化 を試 み て い る。 言 葉 を通 じて 目指 され て い る の は, 町 を代 表 す る芸 能 と して 正統 性 を持 つ こ との 表 明 で あ る。 正 統 な もの で あ るか ら こそ, 継 承 して ゆ くこ とが で きる, したが っ て組 織 が 「保 存 会」 と呼 ば れ る, と い う こ と に な るの で あ ろ う。 無 形 文化 財 で もな い の に, 保 存 会 とい う組 織 名 が 多 い の は興 味深 い現 象 で あ る。 そ こ 36) に は創 り出 され た 伝 統 (invented tradition) を守 る とい う決 意 が 強 くこめ られ て い る か らで あ る。 IV ふ る さ との音 (1) 音 の伝 播 と定 着 さ まざ まな言 葉 に よ っ て 自己 同 定 を はか ろ う とす る創 作 太 鼓 で あ るが, そ の音 楽 が 地 域 にふ る くか ら伝 わ る もので あ る 例 は少 ない。 あ ふ れ る ば か りの言 説 で土 地 と の 絆 を説 き, 正 統性 を主張 す る, そ れが 音 の コ ン テ クス トを構 成 して い る一 方 で, テ ク ス トで あ る はず の音 そ の もの に は場 所 性 が希 薄 で あ る。 そ れ は, 伝 統 芸 能 が 土 着性 を本 質 と しなが ら, そ の 芸 能 を活 か す 生 活 の場 (コ ンテ クス ト) が い まや 消 滅 しか か って い る状 況 に鋭 く対 比 さ れ る もので あ る。 残 念 な が ら本研 究 で は, 対 象 と な る太 鼓 グル ー プの 演 奏 そ の もの を全 般 に わ た っ て分 析 す る機 会 を得 る こ とは で きな か っ たが, そ の代 わ りに この 章 で は, グル ー プ結 成 時 に お け る技 能 の受 容 や, 作 調 に至 る 過 程 を見 る こ と に よっ て, 和 太 鼓 の音 の 出 自 に迫 る こ とにす る。 山路 興 造 は芸 能 の伝 播 と定 着 を論 じて, (1)習 得 型, (2)伝来 型, (3)定着 型 の3つ の類 型 を立 て た。 習 得 型 とは, 他 所 で 行 わ れ て い る 芸 能 を積 極 的 に習 い覚 え た り, 為 政 者 の 意 向 に よっ て習 得 す る もの, 伝 来 型 とは, 漂 泊 の 職 業 的芸 能者 や宗 教 的芸 能 者 が 地 方 を歩 い て 芸 能 を教 え る も の, 定 着 型 とは, 専 門家 が 地 方 に定住 す る こ と 37) に よっ て そ の芸 能 が 民 俗 芸 能 化 す る もの をい う。 す る と, さ きの深 江 太 鼓 が 天 草 本 渡 市 に赴 き, 御 諏 訪 太 鼓 を習 い覚 えて 創 設 され た の は, 習得 35) 天 草 太鼓 もま た, 長 野県 諏 訪 市 に御 諏 訪 太 鼓 を訪 ね, そ の 指 導 を受 けて1974年 に 創 設 され た。 36) E・ ホ ブ ズ ボ ウ ム, T・ レ ンジ ャー編 (前 川 啓 治 他 訳)『 創 られ た 伝 統』, 紀 伊 国 屋 書 店, 1992, 488頁。 37) 山路 興 造 「民 俗 芸 能 の伝 播 と担 い手 」(本 田安 次 編 『講 座 日本 の民 俗8 芸 能 』, 有 精 堂, 1979) 201-218頁。
型 とい う こ と に な る。旅 博 出場 の太 鼓 で は, ほ か に も五 蔵 太 鼓 が, 大 分 県 湯布 院 町 の 由布 院源 流 太 鼓 の もと に何 度 も通 って教 え を受 け た とい う。 ま た県 内 で は, 旅博 に 出場 して い な い佐 世 保 市 の 四ケ 町 太 鼓 と江 迎 町 の江 迎 祇 園太 鼓 に も 同様 のケ ース が あ る。 四 ケ 町太 鼓 は1954年, 江 迎 祇 園太 鼓 は1969年 に創 設 され て い る が, いず れ も町 内 の 祭 りの た め に, 北 九 州小 倉 に 出 向 い て 小 倉 祇 園 太 鼓 を導 入 した とい う。 しか し現 代 で は, 同 じ習得 型 で も, 指 導 者 の も とに 出向 い て 指 導 を受 け る の で は な く, 他 所 の指 導 者 を地 元 に招 い て教 え を受 け る こ とに よ って グル ー プ を発 足 させ る例 の ほ うが は る か に 多 い。 指 導 者 を捜 し出 して 出張 教 授 を依 頼 し, 数 日間 に わた る指 導 を何 度 か受 け て基 本 を習 得 す る ので あ る。 さ ら に1, 2の 作 調 もあ わせ て 依 頼 し, そ れ らの 曲 の 演 奏 も教 わ る。 この た め, 近 隣 市 町 の 太 鼓 グル ー プ に指 導 者 を照 会 した り, 和 太 鼓 製 作 会 社 に指 導 者 の 紹介 を求 め, プ ロ演 奏 家 や 名 の 知 れ た 太 鼓 グル ー プ に指 導 を依 頼 す る。 なか に は, 太 鼓 グル ー プ の結 成 支 援 を業 務 とす る民 間 機 関 に指 導 や 講 師 の 派遣 を依 頼 す る 例 もあ る。 この よ う な習 得 の 仕 方 で発 足 した グ ル ー プ は, 旅 博 太 鼓 グル ー プの7割, 28組 を占 め る。 極 端 な例 と して, 対 馬 地 方 で は, 北 九 州市 在 住 の お そ ら くは小 倉 祇 園 太 鼓 系 の 同 じ指 導 者 に よっ て, 旅 博 に出 場 しなか った 太鼓 を含 め て7組 もの和 太 鼓 が 育 成 され て い る。 そ れ は かつ て の民 俗 芸 能 にお け る伝 来 型 の 伝播 の あ り方, 漂 泊 の芸 能 者 が 隣 り合 う地 域 に同 じ芸 能 を伝 え る よ うな伝 染 型 の 拡 散 パ タ ー ン を想起 させ る もの で あ る。 隣 接 す る土 地 へ の伝 播 と して は, 鹿 町倭 寇 太 鼓, 大 村 く じら太 鼓, 佐 世保 市 の卸 団地 太 鼓 な どが, 近 隣 町 の 太 鼓 を指 導 した例 や, 佐 賀 県 伊 38) 万里市の伊万里太鼓やその関係者 が, 隣県 の肥 前 福 島玄 蕃 太 鼓 や松 浦 龍 王太 鼓 を指 導 した例 な どが あ る。 また, 隣接 す る地 点 ば か りで な く, さ ま ざ ま な情 報 の ネ ッ トワ ー ク を通 じて, 距 離 を隔 て た地 点 に も太 鼓 が移 植 され て い く。 た と え ば岐 阜 県 関 市 か ら指 導者 を招 い て生 まれ た太 鼓 グ ル ー プが7組 あ るが, そ の 多 くは さ きの和 太 鼓 製 作 会 社 の 紹 介 に よ る もの で あ り, 指 導 さ れ た グ ル ー プ は県 北1組 ・島 原1組 ・西 彼3組 ・五 島2組 と分 か れ て 分布 して い る。 富 江 倭 寇 太 鼓 も同 じ会 社 の 紹 介 に よ って, また卸 団地 太 鼓 は取 引 先 の縁 故 に よ って, い ず れ も北 陸系 の 指 導 者 を得 て 和 太 鼓 を習得 して い る。 これ らは 点 的 な伝 播 の例 で あ る。 指 導 者 の もと に 出向 くか, そ れ と も指 導 者 を 招 くか は, 実 地 指 導 と技 能 習得 が どち らの場 所 で行 わ れ るか の違 い にす ぎず, 指 導者 と指 導 を 受 け る側 の都 合 で 決 ま る。 相 互 に行 き来 す る例 もあ っ て, 明確 な 区分 は立 て が た い。 しか し指 導 者 を招 来 して 創 設 され た と判 断 で きる ケ ー ス が 大 半 で あ る こ と は, 楽 器 を輸 送 した りグ ル ー プ全 員 が 都 合 を合 わせ て 移動 す る よ りも, 指 導 者1人 を地 元 に招 く方 が 容 易 で あ る とい う事 情 を物 語 っ て い る。 山路 の い う定 着 型 に近 い発 生 の仕 方 と して, 別 の土 地 で 技 芸 を身 につ けた個 人 が, 移 り住 ん だ先 に グ ル ー プ を興 す 場 合 が あ る。 これ に該 当 す る の は, 東 京 大 森 で 幼 少 時 か ら盆 踊 り太 鼓 に 親 しん だ の ち, 親 の郷 里 に移住 した 人物 が グ ル お ん で こ ざ ー プ を興 した大 村 くじ ら太鼓 と, 鬼 太 鼓 座 の元 座 員 が 核 とな って, そ の 郷 里 で発 足 した小 浜 太 鼓 の2例 で あ る。 大 村 くじ ら太 鼓 で は, 別 れ 出 た メ ンバ ーが 新 た な太 鼓 グル ー プ大 村 藩 太 鼓 五 木 瓜 を興 して い る。 福 江 市 の炎 上 太 鼓 の よ う に洋 楽経 験 を もつ 者 や, 神 楽 太 鼓 や 祝 太 鼓 の経 験 者 な どが 中心 とな り, 特 定 の指 導 者 か らの 指 導 は受 けず に太 鼓 グ 38) 伊 万里 太 鼓 は, 福 岡県 飯 塚 市 の曩 祖 太 鼓 の 指 導 を受 け て, 1983年 に成 立 して い る。
ル ー プが 生 み 出 され る場 合 もあ る。 これ に は旅 博 出場 の5つ の グ ル ー プが 該 当 す る。 しか し, 39) い お う海 龍 太 鼓 が 源 流 太 鼓 や 竹 松 ホ ー ク太 鼓 に 通 っ て時 に教 え を乞 い, 瀬 詰 太 鼓 の メ ンバ ー が の う そ 福 岡県 飯 塚 市 の曩 祖 太 鼓 を何 度 も聞 き に通 った とい う よ うに, 正 式 の指 導 を仰 が ない ま ま他 の グ ル ー プ の演 奏 を参 考 にす る習 得 型 に近 い 例 も あ る。 また近 年 で は, よ く知 られ た 太 鼓 演 奏 の CDが 手 に入 る ば か りか, 教 則 本 や 練 習 用 の教 則 ビデ オ, 太 鼓 曲楽 譜 集 な ど も販 売 され て お り, 地 域 コ ミ ュニ テ ィー活 動 と和 太 鼓 の 関 わ りを説 40) く指 導 書 も何 種 類 か 出版 さ れて い る。 さ ら に は, 有 名 な太 鼓 曲 の楽 譜 を紹 介 し, 新 譜 情 報 を提 供 41) す る太 鼓 の専 門誌 もあ る ほ どで あ り, 指 導 者 な しで グ ル ー プ が生 み 出 さ れ る条 件 は整 って い る。 こ ど う (2) 音 の創 出 知 られ て い る よ う に, 鼓 童 は 佐 渡 島 を本拠 地 と して活 動 す る プ ロ の太 鼓 集 団 で あ る。各 地 の伝 統 的 な太 鼓 を積 極 的 に取 り入 れ つ つ, これ ら を昇 華 させ て創 造 的 な奏 楽 を実 42) 践 して きた。 布 津 無 双 太 鼓 が 作 調 時 に参 考 に し た とい う 「屋 台難 子 」 は, 鬼 太 鼓 座 の時 代 か ら 43) 引 き継 が れ た鼓 童 の レパ ー トリー の1つ で あ る。 埼 玉 県 の秩 父 屋 台難 子 は 国 の重 要 無 形 文 化 財 と 44) して 名 高 い もの で あ る が, 鼓 童 を手 本 に練 習 を 重 ね た 布津 無 双太 鼓 に と って 「屋 台 囃 子 」 とは, 鬼 太 鼓座 や鼓 童 に よ って い っ た ん ポ ピュ ラ ー ・ ナ ンバ ー に仕 立 て上 げ られ た もの に ほか な らな い。 しか し, 創 作 太 鼓 が 手 本 に しよ う とす る和 太 鼓 曲 の 多 くは, な お地 域 と と もに あ る。 小 倉 祇 園 太鼓 は, 曳 山 に据 え た太 鼓 を歩 きなが ら打 つ 囃子 太 鼓 と して, 現 北 九 州 市 の小 倉 八 坂 神 社 の 祇 園 祭 りと と もに発 展 した。 御 諏 訪 太 鼓 は1951 年 に小 口 大八 に よ って長 野 県 諏 訪 地 方 で 創 始 さ れ, や が て長 野県 に は多 くの御 諏 訪 太 鼓 系 の太 45) 鼓 が 育 った。 福 井 県 や石 川 県 に は 虫送 り太 鼓 を 基 調 とす る北 陸太 鼓 の独 自のサ ウ ン ドが あ り, 昭 和 の 初 期 に 生 まれ て県 の無 形 文 化 財 とな っ た 46) 能 登 地 方 の御 陣乗 太鼓 も一 派 を な して い る。 鹿 町 倭 寇 太 鼓 が 指 導 を仰 い だ東 京 江 戸 川 の寿 太 鼓 の 音 は, 盆 太 鼓 か ら始 ま った助 六太 鼓 系 の江 戸 47) 前 の リズ ム で あ ろ う。 これ らは いず れ も東 京 を 含 む 「地 方」 で創 出 され, や が て そ の土 地 の音 と して 認 知 され る にい た った もの で あ る。 西 角 井 正 大 の い う複 式 複打 の組 太 鼓 形 式 を基 本 とす る太 鼓 は, 伝 統 的 な 日本 の太 鼓 音 楽 に は 48) なか った もの で あ るが, そ れ とて も特 定 の地 域 で 活 動 を継 続 す る うち に土 地 の音 へ と育 っ て ゆ く。創 設 され て14年 の 大 分 県 の 由布 院源 流 太 鼓 が 地 元 湯 布 院 の 地 名 と と も に有 名 に な り, 九 州 地 方 で は今 や 大 き な影 響 力 を持 つ まで に至 っ て 49) い る。 長 崎 県 の 多 くの 太 鼓 グ ル ー プ が 目指 す の 39) 竹 松 ホ ー ク太 鼓 は, 大 村 市 の 自衛 隊 内 に 結 成 され た 太 鼓 グル ー プ で あ る。 40) 太 鼓 の指 導 書 に は次 の よ う な もの が あ り, 地 元 また は 地 方 で 出 版 され て い る。 小 口 大 八編 著 『日本 太 鼓 の基 本 打 法 全 日本 太鼓 連 盟 初 心 者 用 テキ ス ト』, 全 国 諏 訪 太 鼓 連 絡 協 議 会, 1980, 8頁。 静 岡県 東 部 地域 和 太 鼓 連 絡 会 編 『和 太 鼓 演 奏 指 導 書 心 ふ れ あ う地 域 づ くり をめ ざ して-活 力 あ る コ ミ ュニ テ ィの 形 成-』, 静 岡 県 東 部 振 興 セ ン タ ー, 1988, 65頁。 飛 鳥 大 五郎 『飛 鳥 大 五 郎 に よ る和 太 鼓 ノ ス ス メ』, 舞 太 鼓 飛 鳥 組, 1990, 37頁。 太 鼓 セ ン ター編 『和 太 鼓 入 門 心 とか ら だ に ひ び く太 鼓 を み ん なで 』, 太 鼓 セ ンタ ー, 1992, 92頁。 41)「 太 鼓 と 人 間 の 研 究 情 報 誌 」 を標 榜 す る 『た い こ ろ じい 』(十 月 社) は, 1988年7月 に 創刊 され た。 年2回 の 刊 行 で, 1994年8月 現 在, 第10巻 (1994年8月 刊) まで 発 行 され て い る。 42) 鼓 童 は鬼 太 鼓 座 の メ ンバ ーが1981年 に結 成 した もの で, 現 在 も佐 渡 島 に 本拠 を置 き, 国 内外 で の演 奏 活 動 を行 って い る。 太 田順 一 『佐 渡 の鼓 童 』, ブ レー ンセ ンタ ー, 1989, 132頁。 特 集 「鬼 太 鼓 座 の 時代 」, た い ころ じい10, 1994, 1-42頁。 43) 林 英 哲 『あ した の太 鼓 打 ちへ 』, 晶文 社, 1992, 58-65頁。 44) 小 野 寺 節 子 「秩 父 ば や しの 多 面 性 」, 日本 民 俗 学196, 1993, 23-24頁。 45) 前 掲26)。 46) 西 角 井 正 大 「和 太 鼓 の魅 力 」(太 鼓 セ ンタ ー編, 前 掲40) 77-78頁。 47) 西 角井 正 大 「解 説 」(森 田 拾 史 郎 『ザ ・太 鼓 森 田拾 史 郎 写 真 集 』, 大 月 書 店, 1989) 97-111頁。 48) 西 角井 正 大 「日本 の太 鼓 の分 類 解 説 」(西 角 井 正 大 編 『日本 音 楽 叢 書8 民 俗 芸 能 二 』, 音 楽 之友 社, 1990) 118-123頁。 49) 田井 修 二 「由布 院源 流 太 鼓 生 活 を打 つ 」, た い こ ろ じい6, 1992, 44-45頁。
も, や は り地 元 か ら発 信 で きる音 の表 現 な ので あ り, そ れ を願 う言説 につ い て はす で に前 章 に お い て確 認 した とお りで あ る。 習 得 型 の 中で も 指 導 者 を招 来 す る場 合 に は, 指 導 者 は求 め に応 じて 何 度 か 現 地 に赴 き, 地 域 の歴 史 や産 業 の説 明, 名 勝 地 の 案 内 な ど を うけ て地 域 の イ メ ー ジ を整 え, 依 頼 に合 わせ て歴 史 や 自然, 伝 統 的 な 暮 ら しな ど をモ チ ー フ と した作 調 を お こ な う。 時 に は, 土 地 の神 楽 や民 謡 な どの リズ ム を一 部 取 り入 れ るな どの工 夫 も試 み る。 指 導 者 を共 通 にす る グル ー プ間 の 曲 の違 いが, 作 調 者 の創 造 50) 性 の 偏 差 の 中 にあ る とは い え, 依 頼 者 側 も指 導 者 側 もこぞ って ふ る さ との イ メ ー ジ を実 現 しよ う とす るの で あ る。 そ の 努 力 は習得 型 以 外 で も変 わ る こ とは ない。 くち 島 原不 知 火太 鼓 の作 調 の も とに な っ た の は, 口 し ようが 唱 歌 で わ ず か 数 フ レー ズ伝 わ っ て い た町 内 の 太 鼓 の リズ ム で あ った。 い お う海 龍 太 鼓 で も, 創 設 当 時 は途 絶 えて い た町 の ペ ー ロ ン (舟漕競争) 行 事 の音 色 を, 太 鼓 で再 現 し よ う と試 み た とい う。 これ らは, 土 着 の音 に忠 実 で あ ろ う と した ケ ース で あ る。 第2表 の 自己紹 介 欄 で, 曲想 に言 及 した もの は17に の ぼ った。 神 々 の飛 翔, 歴 史 上 の 英 傑 の 活 躍, 大 漁祈 願, 勇 壮 な鯨 捕 りの様 子, 四季, 漫布 の風 情, 瀬戸 の 鳴動, うず ま く潮 流 な ど, 町 民 で あ れ ば容 易 に 了解 で きイ メ ー ジで き る情 景 や風 景 が, そ して感 情 移 入 の可 能 なふ る さ と の象 徴 が, きわ め て素 直 に対 象 化 され て い るの で あ る。 そ の よ うな例 と して, 五 島鳴 神 太 鼓 が 奈留 町 町民 体 育 祭 に お い て披 露 した持 ち 曲 の う は っだ み ち,「 鳴 神 太 鼓 」 「八 田網 太 鼓 」 につ い て, 演 奏 の合 間 に挿 入 され た ナ レー シ ョ ンを紹 介 して み よ う (1990年10月2日)。 1曲 目は, わが 奈 留 島 の祭 神, 鳴 神 をイ メ ー ジ した 「鳴 神 太 鼓」 で す。 こ の 曲 の 前 半 「第1章 潮 騒 」 は, 奈 留 島 を 取 り巻 く大 海 原 の 豊 か さ と, 四 季 折 々 に打 ち寄 せ る大 波 小 波 を表 します。 後 半 「第2章 鳴神 」 は, 島 と海 の 守 り神, 鳴神 の 雄 々 しい姿 と, そ こ に 寄 せ る私 達 島 民 の 心 を力 強 く打 ち 出 します。 まき 2曲 目の 演 奏 は, この 奈留 の基 幹 産 業, 旋 あみ 網 をテ ーマ にす る 「八 田網 太 鼓 」 です。 前 編 で は, 港 を船 出 し漁場 へ と向 か う 「櫓 漕 ぎ」 と, 網 を は り終 え, 泡 立 つ ほ どに魚 が 入 っ た 重 た い 網 を引 き上 げ る 「ま き網 」 の様 子 を, ゆ っ く りと, しか し力 強 く演 奏 し ます。 後 編 は, 大 漁 にわ く浜 の 様 子 と人 々 の喜 び を, 早 い リズ ム と踊 りを ま じえ て, 楽 し く軽 快 に演 奏 し ます。 「大 漁 祝 い太 鼓」 で す。 で は ど う ぞ 最 後 まで お 楽 しみ くだ さい。 この よ う な アナ ウ ンス を聞 きな が ら, 聴 衆 は 力 強 く美 しい ふ る さ との 自然 や, 慣 れ親 しん だ 活 気 に満 ち た 水揚 げ の風 景 をイ メ ー ジす る ので あ る。 (3)音 の 演 出 一 般 に, 太 鼓 の音 が神 楽 や祭 囃 子 の よ うな 古 き良 き生 活 へ の郷 愁 に結 びつ き, 普 遍 的 なふ る さ との イ メ ー ジ が 喚起 さ れ る こ と は否 定 で きな い。 日本 で最 も多 く使 わ れ て い る 51) 和 楽 器 は太 鼓 で あ る とい わ れ る。 太 鼓 の音 は ど の 地 方 にお い て も聞 くこ とが で きたが ゆ え に, 容 易 に懐 古 的 心 情 に訴 え, ふ る さ とのサ ウ ン ド ス ケ ー プ と して伝 統 へ の 回帰 を誘 う。 しか し普 遍 的 な ふ る さ とか ら離 れ て み れ ば, 意 味 す る も の と して の個 々 の創 作 太 鼓 の音 と, 意 味 され る もの と して の個 別 の ふ る さ との 関係 は恣 意 的 な 連 合 にす ぎな い。 横 溢 す る言 葉 に よ っ て示 され るふ る さ との イ メ ー ジ と, 創 作 太 鼓 の音 楽 性 が 持 つ 土 着 性 の 弱 さ, あ る い は 音 の rootedless-ness と い うべ き現 実 との 間 に は, な お 大 き な 50) 同 一指 導者 に よ っ て作 調 さ れ た 曲が 似 通 って い る こ と は, 部 外 者 に よ って 指 摘 され る ば か りで な く, 弟 子 グ ル ー プ 同志 で も よ く認 識 さ れ て い る とこ ろで あ る。 51) 小 島美 子 「日本 の太 鼓 覚 書 」(本 田安 次 編 『講 座 日本 の民 俗8 芸 能 』, 有 精 堂, 1979) 157頁。
乖 離 が あ る。 移 植 され 創 出 され る音 そ の もの に は, 場 所 か ら発 せ られ る はず の メ ッセ ー ジが 希 52) 少 で あ り, ス トー リー性 の ほか に も, 音 と言 葉 との 間 隙 を埋 め る ものが 求 め られ る。 そ の た め, 多 くの創 作 太 鼓 で は視 覚 的 パ ー フ ォー マ ンス に工 夫 を凝 らす。 舞 台 芸 能 で あ る こ と を強 く意 識 して, 衣 装 を と との え, 時 に は面 を被 り, 太 鼓 を打 つ 動 作 に もさ ま ざ ま な技 巧 を 用 い るな ど, 曲想 とス トー リー に合 わせ た演 技 を取 り入 れ る。 旅 博 に 出場 した太 鼓 グル ー プの ほ とん どが半 纏 に股 引 きの まつ り装 束, あ るい 53) は腹 掛 け, 長 パ ッチ に鉢 巻 きの車 引 きス タ イル, そ うで な い グ ル ー プ も運 動 性 を重 視 しなが ら懐 54) 旧 的 な 意 匠 の コス チ ュー ム を 身 につ けて い る。 太 鼓 名 を染 め揚 げ た幟 や幡 も欠 かせ な い道 具 立 て で あ る。聴 衆 は観 衆 とな る こ とを要 求 さ れ, 示 差 的特 徴 に よ って個 別 の太 鼓 が 見 分 け られ て ゆ く。ふ る さ との音 が場 所 に意 味 を与 え て ゆ く ので は ない。 演劇 性 と差 異 化 に よつ て, 個 々 の 音 が ふ る さ との 意 味 を獲 得 して ゆ くので あ る。 そ れ を ヴ ァナ キ ュ ラー な音, す な わ ち根 拠 を土 地 にお き, そ の 土 地 を特 徴 付 け る よ うな音 が 創 り出 され て ゆ く過 程 で あ る とい う こ と もで きる だ ろ う。 V 太 鼓 の政 治 学 (1) 太 鼓 の 担 い 手 太鼓 グル ー プ は, そ の多 くが 青 壮 年 層 に よ って構成 され て お り, 女 性 を メ ンバ ー に含 む もの も多 い。 また 数 は少 な いが, 保 育 所 児 童 や 小 中学 生 に よ って組 織 され る もの 55) もあ って, そ の 場 合 は比 較 的 大 人 数 の楽 団編 成 とな って い る。 『太 鼓 』 に は, グル ー プ の男 女 別 人 数 が 記 載 され て い るが, 社 会 人 ばか りで 組 織 され て い る い わ ゆ る 大 人 の グ ル ー プ の数 を た だ ち に知 る こ と はで きな い。 そ こ で,『 ふ る さ とが 燃 えた』 に 掲 載 さ れ て い る旅 博 出 場 の40グ ル ー プ (写真 のない島原太鼓 を除 く) の カ ラー 写真 を 中心 に, そ の他 の 資料 や 聞 き取 り内容 を合 わせ て判 断 し た と ころ, 正 式 メ ンバ ー が大 人 ば か りで 構 成 さ れ る グ ル ー プ は33組 で あ る こ とが わ か っ た。 『太 鼓 』 に よ っ て これ ら の平 均 成 員 数 を見 る と 15.4人 で あ り, うち男 性 は12.4人, 女 性 は3.0 人 とな る。 しか し, 約 半 数 に あ た る男 女 混 成 の 17グ ル ー プ を見 れ ば, 男 性 は12.7人, 女 性 は 5.4人 とな っ て, 女 性 は3割 を 占め て い る。 収 録 数 は 少 な い が,『 ア ンケ ー ト集』 に も県 内20の 太 鼓 グル ープ が 紹 介 され て お り, 構成 員 数 の ほか, 平 均 年 齢 や メ ンバ ー の 職種 が掲 げ ら れ て い る。 この うち 高校 生 以 下 を含 まな い16グ ル ー プ (うち旅博 出場 グル ープ14) の 平 均 メ ンバ ー 数 は16.3人 で あ り, 平 均 年 齢 を概 算 す る と 30.6歳 で あ った。 高 校 生 以 下 の 少 年 を正 規 メ ン バ ー に含 む グル ー プ は3組 で あ るが, 実 際 に は, ほ か に も少 年 少 女 を指 導 す る グル ー プ が い くつ か あ る。 それ らにお い て は, 彼 ら を正 規 メ ンバ ーで は な く育 成 グル ー プ と して 扱 って お り, 後 継 者 の養 成 が 意 図 され て い る。 大 人 だ けで 構成 され る太 鼓 グル ー プ の平 均 年 齢 か ら, 担 い手 の主 体 が20代 ・30代 にあ る こ と が わ か る。 『ふ る さ とが 燃 え た』 と 『プ ロ フ ィ ー ル』 を検 討 す る と, 旅 博41グ ル ー プの うち26 グ ル ー プ に, 構 成 員 につ い て 言 及 した 部分 が あ る。 企 業 内 グ ル ー プ1を 除 く25グ ル ープ を見 れ ば,「 青 年 団」 を結 成 の 中 心 とす る もの5組, 「商 工 会 青 年 部」 を主体 とす る もの3組,「 町 内 52) 日本 に は, モ シ の太 鼓 こ と ば にお ける よ うに, 意 味 を表 す 言 語 音 を楽 器音 で伝 え る方 式 は な い。 川 田順 造 『西 の 風 ・南 の風 文 明論 の組 みか えの た め に』, 河 出書 房 新 社, 1992, 24頁。 53) 車 夫 ス タ イ ル は, 映 画 『無 法 松 の 一 生 』 との 関 連 を 想 起 させ る が, 林 は, そ れ が太 鼓 上 手 の多 か っ た昔 の職 人 の 衣 装 で あ る と述 べ て い る。 林, 前 掲43) 111頁。 54) 和 太 鼓 の衣 装 も記 号 化 して お り, 各 グル ー プ を判 別 す る こ とは 容 易 で は な い。 手 が か り とな る の は, 半 纏 の 色 模 様 や 襟 に染 め られ た太 鼓 名 で あ る。 55) 和 太 鼓 は, 幼 児 教 育 や 障 害 者 の 機 能 訓 練 に も役 立 っ て い る。 富 岳 太 鼓10周 年 記 念 研 究 誌 編 集 部 『リズ ム が生 命 』, 社 会 福 祉 法 人 富 岳 会, 1987, 141頁。 宮 本 佳 計 「聾 学 校 の子 ど も た ち と太 鼓 」, た い こ ろ じい2, 1989, 44-45頁。
の若 者 」 「地 元 の 青 年 達 」 な どの 表 現 が な さ れ て い る もの は12組 で あ った。 世 代 層 を 明確 にせ ず 「有 志 」 な ど と した もの は5組 に す ぎな か っ た。 また, 町 内 や 地 元 とい った言 葉 は, 太 鼓 が 町 域 内 に完 結 す る グル ー プ で あ る こ とを表 す も ので あ る。 メ ンバ ーの 職 業 構 成 は多様 で あ る。 青 年 団 ・ 商 工 会 青 年 部 ・町 内 の 若 者 な どの 人 々 とは, 町 役 場 職 員 や 商 工 会 ・農協 ・漁協 な どの職 員, 教 員 ・保 母 ・看 護 婦, 商 工 業 自営 者, 会 社 員, 工 員, 農 漁 業 者 な どで あ り, 主婦 も少 な か らず含 まれ て い る。 この よ うな 職種 の 多様 性 は, 太 鼓 グル ー プの 活 動 の 本 拠 が, 町 内 の基 幹 集 落 や お もな町 場 集 落 に置 か れ る こ と を示 して い る。 伝 統 的 な祭 礼 の 担 い 手 と に世代 的 な 共通 性 を 見せ つ つ も, 創 作 太 鼓 の 成 員 が特 定 地 区 の住 民 で あ る こ とを資 格 要 件 とせ ず, 練 習 に 通 う こ とが可 能 な町 内 の 範 域 か ら集 って くる, 男女 を問 わ な い さ ま ざ ま な職 業 の 人 々 に よ って構成 され て い る こ とは, 新 しい 郷 土 芸 能 の 際 だ った特 徴 で あ る。 また, 創 作 太 鼓 の 活 動 が お もに基 幹 集 落 な ど の低 次 中 心 集 落 を中 心 に展 開 され る事 実 は, 町 内 にお け る周 辺 集 落-中 心 的機 能 は基 幹 集 落 に 依 存 しつ つ 基 幹 集 落 か ら距 離 を隔 て る 多 くの小 集 落-に お け る文 化 状 況 に強 い対 照 を見せ る。 基 幹 集 落 を中 心 に して 新 た に創 出 され て ゆ く芸 能 が あ る一 方, 周 辺 集 落 で は, 世代 を超 え て伝 承 され て きた 祭 礼 や 民俗 芸 能 な どが, 過 疎 化 や 高 齢 化 を原 因 と して 衰 退 ・消 滅 しつ つ あ る の で あ る。 (2) 太 鼓 創 設 の 支 援 衰 退 ・消 滅 の危 機 に瀕 して い るが ゆ え に, 年 中行 事 や祭 礼 な どの伝 統 的 民 俗 の 中 に は, 県 や 町 の 文化 財 行 政 の支 援 を う けて 維 持 ・継 続 が はか られ て い る ケ ー スが あ る。 そ して, 文 化 財 で はな い創 作 太 鼓 もま た組 織 的 支 援 と無 縁 で は ない。 青 年 団, 商 工 会, 役 場 な どが 結 成 の 中 核 にな る例 が少 な くな い こ と か ら推 察 され る よ う に, 多 くの和 太鼓 の創 出 に は, グ ル ー プ の外 か らの 組 織 的 な援 助 が な され て い る。 太 鼓 の創 設 そ れ 自体 が, 町 の 地域 活 性 化 事 業 や商 工 会 の振 興 事 業 と して 企 画 され る例 が あ る ば か りで な く, 創 設 資 金 の 補 助, 寄付 金 獲得 の た め の支 援, 公 報 に よ る町 民 へ の周 知 活 動 な どが 行 わ れ, 和 太 鼓 は町 を代 表 す る郷 土 芸 能 と して処 遇 さ れて ゆ くので あ る。 高 額 の楽 器 は援 助 を要 す る最 大 の 理 由 に数 え られ る。 桶 胴 太 鼓1台, 長 胴 太 鼓4, 5台, 附 締 太 鼓 数 台 な どの基 本 的 な もの を整 え, 桴 や太 鼓 を置 く台 な どを揃 え る だ けの あ りふ れ た 編成 で も数 百 万 円 を要 す る。 もち ろ ん衣 装 を誂 えね ば な らな い。 演 奏 曲 に応 じて, さ ら に笛, チ ャ ッパ, 当 り鉦, 拍 子 木, 銅 羅 な どの 楽 器 を追加 す る こ と もあ る。 指 導 者 を招 く場 合 に は, 前 章 で ふ れ た よ うに指 導 料 や 作 調 料 が 必 要 で あ る。 練 習 場 の確 保 につ い て も困難 が つ き ま と う。広 い場 所 を必 要 とす る だ けで な く, 太 鼓 の 音 が き わ め て大 きい た め, 練 習 時 間や 防 音 に も工 夫 が 必 要 とな る。 楽 器 の保 管 場 所 や 輸 送 に も, 単 な る個 人 の集 合 で は対 応 し きれ ない 問 題 が 生 じ る。 第3表 は, 旅 博 に 出場 した あ る太 鼓 グル ー プ (A町B太 鼓 とす る) が, 商 工 会 を母 体 と して成 立 した と きの事 業 収 支 報 告 で あ る。 町 の 活性 化 を模 索 す る商 工 会 が, 他 町 の 創 作 太 鼓 に刺 激 を 受 け て創 設 を企 図 した。 当 初 か ら商 工 会 内 の グ ル ー プ に留 め置 か な い こ とを 目指 し, 商工 会員 第3表 B太 鼓設置事業収支報告書 A町 商工会 1990.4 (単 位: 円)