自然と文化に関する覚書 ; 1 : 哲学的人間学の視点から
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(2) 2θ. θ. 問学 を. 自然 と文化に関する覚書 (I). HOmo sapiensの 学 と限定す る こ とは許 され るで あろ うか ら。 さて. 私 は「 文化」 を「 環境 に対 す る直 1妾 的な適応 を超 えた仕方 で人 間 が欲求 を満 たす ために,そ の種特有 の (arteigen)知 的能 力 によ って作 り出 し,か つ 世代 と社会 集団 とを通 じて 学習 し伝達 す る有形無形 の生産物 ,生 活 関係 ,行 動様 式 (衣 類 ,食 料 ,住 居 ,道 具 ,機 械 ,通 信運搬手段 ,言 語 ,法 律 ,信 仰 ,風 俗習慣 ,芸 術 な ど)」 と定義 し,1)「「1然 」 を「 人 間 の意識 的 もし くは無 意識的 な知的作業 の加 え られ て いない,そ の意味で それ 自身 の 中 か ら因果 的 な必然 性 に もとず いて生成 した,物 質 的 もし くは非物質 的な存在者 の総体 とそれ の 領域」 と定 義す る。 このよ うに「 文化」 の定 義 が positiVeで あ るのに対 し て,「 自然」 のそれ が い わゆ る negative deinitionに 終 って い るの は,一 種 の無 限存在 で あ る自然 とい うものの本質上 己む を得 ない こ とで あろ う。 と ころで一般 に 自然 と言 え ば,人 間 の外部 にあ って これを囲続 し,人 間 の 理 論 的 な思索や技術 的な生産活動 や芸術的 な構 想力や宗教的 な信仰 の対象 と な る もの,す なわ ち外的 自然 もし くは物理 的 自然 が考 え られ ,文 化 と自然 と の 関係 は主 として 外的 自然 に対 して働 く人 間知性 の活動 とい う点 か ら見 られ るのが通常で あ る。 しか しまた別 の面 か ら考 えれ ば,自 然 は必 ず しも外 的 な もの に限 られ るわ けではな く,い わば人間 の 内側 に も存在 す る もので あ り. ,. 従 って いわゆ る 内的 自然 とい うもの も考 え られ るとい う こ とは,既 に. human. natureと い う ことばが これを示 してい ると言 え るで あろ う。phySisは 人間 の外部 に超越 的な もの として存在す るばか りでな く,人 間 の 肉体や精神 の 内 部 に も存在す るとい う想定 か ら,人 間 に とって固有 で生得 的 な人間的 自然 と い う観念 が翌1然 生 じて来 ると考 え られなけれ ばな らな い。 この よ うな 自然観 念 が ス トア的 な世界観 の基 礎 とな り, 自然法思想 の原 理 とな る ことは周知 の 事実 で あ る。 また他面 において gratiaと naturaと い う二 つ の秩序 を もっ て世界 の構成原 理 とす るス コ ラ的 な思 考 のパ ター ン. (こ. れ は中世以 降 の西 欧. 思 想 の基調 を なす もので もあ る)に 従 えば,人 間 は基 本的 には naturaの 秩. 1)こ の 定義 につ いて は石 田英 一 郎 ,KLUCKHORN,KROEBER,LINTON,MALINOW― SKI,TYLORな ど多 くの文化人 類学者 た ちの所説 を参考 に した ..
(3) 中 埜. 肇. 2θ. l. 序 に属す るもので あ るか ら,当 然 自然 は人 間 の 中 に も存在 す ると考 え られ る。 そ して このパ ター ンを継 承す る哲学的人間論 において hOmO ens naturale で あ るか ら,natura in homineと い う観念 は常識 であ り, これか らさ らに 進 んで natura in Deo(ScHELLINGに よれ ば Natur in Gott)と い う思想 も出て来 ると考 えて さ しつ かえないで あろ う。 しか も この よ うな思考様式 で は少数 の例外 を除 いて一 般 に 自然 とい う観念 に対 して 多 かれ 少 かれ 否定的 な 評価 が与 え られ て い る こ とが西欧思想 の特質 で あ る。 しか し評価 の問題 は さ て お き,「 人間 の 内な る 自然」 とい う思想 その もの は洋 の東西 を問わず ,時 の古今 にかかわ らず普遍的で あ ると考 え られ る。 そ して こ うい う内的 自然 も し くは人 間的 自然 は,人 間存在 を構成す る二 う の要素 に従 って,生 理 的 な も の と心理 的 な もの とに区別 され る こ とがで きよ う。前者 を生理 的 自然 (phy―. sische Natur)と 呼 び,後 者 を心理 的 自然 (psychiSChe Natur)と 呼 ぶ な ら ば, この両 者 が文化 との関連 において人 間 に とって どのよ うな意義を持 つ か とい う こ とを考 察す るのが本稿 の第 一 部 の主題 で あ る。. 2 まず生理 的 自然 につ いて考 えて見 よ う。 ここで 問題 とな るのは言 うまで も な く生物学的 な人 間像 で あ る。 Sapiensと ぃ う形容語 (種 名 )を 持 つ として も,人 間 が何 よ りもまず第一 に生 物 もし くは動物 として存 在 す るとい う こ と は否定 で きな い事実 で あ り, この こ とはいかな るかたちに もせ よ人 間 につ い て探 究す るにあた って 必ず前提 とす べ き基 礎命題 で ある。何 となれ ば人間 が どれ ほ ど高 度 に文 明化 され よ うとも,ま た どれ ほ ど大 きな 自然条件 か らの独 立 性 を獲得 しよ うとも,そ の生存 の基礎 は依然 として 生物学的 な体制 と生理 学的 な機能 であ り,生 物 としての次元 を超 えた人 間存在 を想定す る こ とは. ,. 人 間 に 関す る理 論的 な究 明 が形而上学 な思 弁 や神学的な ドグ マ の範 囲 内で行 なわれ得 た遠 い昔 の こ とは さて お き,少 くとも現 代的な思考 に とっては不可 能 で あ ると言 わなけれ ばな らな いで あろ うか らで あ る。 その限 りにおいて. ,.
(4) 2θ. 2. 自然 と文化に関する覚書 (I). 「『 人 間 とは何か』 とい う問 いに答 え よ うとす る1859年. 1)以. 前 のす べ て の試 み. は無価値で あ り,そ れ らはまった く無視 した方 が よか ろ うと思 う。 その理 由 は人 間が大 古 の無尾猿類 …… か らの進化 の産物 で あるとい う こ とが認 め られ るまでは,ど のよ うな解答 も堅 固 で客観 的 な基礎 を持 たないか らで あ る。 わ れわれ に対 して唯一 の確実 な出発点 を与 えて くれ る もの は人間 の進 化 の歴史 2)と. とそ の現在 の状態 との両方 にお け る人間 の生物 学的本質 であ る」. G.SIMPsoNの. ぃ ぅ G.. 発言 は正 しい と私 は考え る。 そ して ここで人 間 の生物 学的本. 質 (bi010gical nature)と 言 われ る もの が私 のい う生理 的 自然 にほか な らな い こ とは更 めて 言 うまで もなか ろ う。 それでは人間 の生物学的本質 もし くは生理 的 自然 は どのよ うな具体 的事実 を意 味す るか 。 それを主 として RENSCH3)に よ って 素描す れば概 ね次 のよ う な もので あ る。人間を他 の動物 と区別す る肉体 的 な諸特徴 の もっとも基本的 な ものは直立姿勢 とそれ に伴 う二 足歩行 とであろ う。人間 の体制 と行 動 のす べ ての特質 は bipedalismと い ゎれ る この基本的 な条件か ら由来 す ると考 え. 4)bipedalismは. られ る。. い わ ばす べ ての人間的 な もの がそ こか ら演繹 され る. 基礎命題 のよ うな もので あ ると考 え る こ とがで きよ う。 そ して この直立姿勢 の結果 と して生ず る主 な身体 的特質 と しては次 のよ うな もの が挙 げ られ るで あろ う。す なわ ち手 の 自由化 (こ れが拇指 の対 向 と相 ま って,食 物 の摂取. ,. 道具 の使用 と製作 ,物 体 や小児 の長時間 にわた る把持 ,外 敵 に対す る防禦 な どを可能 な らしめ る),肘 や肩 の 関節 の可動化 ,骨 盤 および脚 の発達 と特殊化 と足 ゆ びの退化 (こ れ によ り人 間 は二 足歩行 にます ます適 合 し,ま た 内臓器 官 の荷重 が骨盤 にかか る),両 眼 の視線平行 (立 体視 によ って 眼 と手 との共 1)CHARLES DARWIN:Origin of Species lll版. の年. .. 2) GEORGE Go SIMPSON:The Biological Nature of Man,in:Science,vOle 152,P。 472.. 3) BERNHARD RENSCH:Homo Sapiens― 一一VOm Tier ztlm HalbgOtt一 一一,Gё ttin― gen 1965, S. 132--3.. 4)直. 立 姿 勢 か ら人 間 の 諸 特 質 が 結 果 す る こ と に つ い て は , 香 原 志 勢 「 ヒ トの か ら だ. の構造」,「 現代人間学 2」 ,東 京 1963,68ペ ー ジの図 2-1を 参照。.
(5) 中. 埜. 肇. 働 が可能 とな る),頭 蓋骨 の大化 ,歯 の非特 殊化 ,顔 面 の縮少 な どであ る。 しか し以上 に挙 げ た諸特質 に もま して重要 な のは,ほ ぼ直立 した脊柱 によ っ て頭蓋 が支 え られ る結果 として生起す る大 脳 の強度 の進化で あ り, これ に も とず く大脳皮質 にお け る諸 領野 の分化 によ って運動 ,言 語 ,感 覚 ,記 憶 ,思 考 な どとい う複雑 な機能 が い わゆ る知能 と して極度 に発達 す るとい う こ とで あ る。 そ して このよ うな体制 や 機能 ,特 に大脳 の分化 と手 の発達 とに もとず いて,道 具 の使用 と製作 に始 ま るもろ もろ の文化 が形成 され るとい う こ とは 言 うまで もな い。従 って bipedalismは 文化 に と ってい わ ば もっとも基本的 な 自然条件 をなす と言 う ことがで きるであろ う。 西欧 の伝統的な形而上学的人 間学 で は,そ れが少 くともキ リス ト教 の ドグ マか ら逸脱 しな い 限 り,上 に述 べ たよ うな人 間 の生物学的与件 を肉体 ,も し くは よ リー 般 的 に 自然 と見 な し, これ に精神 も し くは霊魂 を対立せ じめ る こ とによ って,二 元論的 な人間観 が展 開 された。 そ して ここで 肉体 は動物一 般 と本質 的 には 同 じもの と見 な され たが,精 神 は い かな る動 物 も これを有 しな い人 間特有 の もの と考 え る こ とによ って,肉 体 に対す る独立 性 ・優位性 を精 神 に与 え, これが い わゆ る 身心 二 元論 と して 展 開 した こ とは周 知 の 事実 で あ る。 そ して 近代 にお け る このよ うな 二 元論的人間学 の 先駆 をなす もの が. DESCARTESの 実体論 で ある こ とも明 らかで あろ う。 まで もな く,. ここで更 めて詳述す る. DESCARTESは 無 限実体 であ る神 に次 いで,精 神 と物 体 もし く. は肉体 とを有限実体 とな し,後 者 を一種 の 自動機械 と考 え る機械論的思 考 を 提 唱 しなが らも,自 我 として現象す る前 者 の本質 には依然 と して 自覚 や 自由 を認 め る ことによ って 機械論 を徹底 す る こ とがで きず ,こ のよ うな実体観 の 必然的 な帰結 として ,い わゆ る心 身 問題 をオ ープ ン・ クエ ス チ ョン と して後 世 に残 さなけれ ばな らなか った。 しか し少 くとも中世以 降 の西欧 の形 而上学 の基底 にキ リス ト教 の ドグ マがあ り,そ れが先 に触 れたよ うな二 元論的発想 に もとず いてい る以上 ,よ しん ばそれが ス ピノザや その流れを汲む ドイツ観 想 によ って現象的 には 中断 さ 念論 ,な かん ず くヘ ー ゲ ル な どの一 元論的 な思、 れ る こ とがあ って も,二 元論的人間学 は い わば西欧思想 の正 統 に属す る もの.
(6) 2θ. 自然 と文化に関する覚書 (I). `. と して執拗 に持続 し, これが多少 の変容を合 みなが らも. MAX SCHELERに. よ って代表 され るよ うな現 代 の形而上学的人間学か ら実存哲学 に まで 及 んで 1)そ. い るのであ る。. もそ も人間を HOmo sapiensと 定 義 し,知 性 を もって人間. の 本質 と解す る こ と自体 が既 に精神 と肉体 とを 固定的 に対 立 させ る三 元論的. 0実 体 論的 な発想 の産物 で あ ると言 わなければな らな い。 と ころで技 術や文 化 の発達 を伴 う人間 の歴史 の展 開 とと もに この は一 般 に これ と対立 して考 え られ る. Homo sapiens的 な人間観. Homo faber的 な人間観 へ と移行 す る 2)も. もので あ り,前 者 は後 者 によ って克服 され るべ き必然性 を持 つ ので あ る。. とよ り知性 が人 間 の もっとも重要 な特 質 で ある こ とは疑 を容れ ないが,「 知 性 とは何であ るか」,「 sapiensで あ ることを可能 な らしめ る条件 は どのよ う な もので あ るか」 とい う こ とにつ いて 実証 的 な反省を加 え る こ とな しに,人 間 理 解 もし くは人間探 究 のための公理 的な命題 として hOmO Sapiens estを 立 て る こ とは,少 くと も現代 の科学 的知見 に もとず く人間学 の前 にはほ とん ど意 義を失 って い ると言 って も 過言 ではないで あろ う。「 知性 は先天 的 で あ る」 とい う命題 の妥 当性 を保証 す る もの は形而上学 的 な信念以外 にはないは ず で あ り,む しろ「 知性 は習得 的 で あ る」 とい う命題 の方 が よ り大 きな説得 力を持 つ で あろ う。ま た例 えば「 約 120億 の神経細胞 と機能領野 の高度 の分化 を伴 った大脳 の複雑化 が きわ めて微細 な知覚 と無数 の記憶 印象 とを可能 な ら しめ る。連 合 中枢 の非常 な拡 大 と共 に,さ らに天文学的 な数 にのぼ る多様 な 束1激 過程 と同時 に思 考 と行動 の可能性 が与 え られ る。 その場合特 に重 要 な も のは,人 間 において一 段 と明確 に現 われ る,意 志 によ って 決定 され る思 考 過 程 ,広 汎 な抽象 と一般化 の作用 ,な らび に空想 と思 弁 の表象作用 で あ って. ,. これ らの ものはす べ ての計画 ,発 明お よびす べ て の文化発達 に とって欠 くべ か らざる もので あ る。複雑化 された思考過程 が人 間 に きわめ て広汎 な抽象 を 行 なわせ,同 じよ うに抽象的 な概念 で思 考す る こ とを可能 な らしめた。Homo Vglo ARNOLD GEHLEN:Zur Geschichte der Anthrop010gie, in:Anthropologi― sche Forschung, Hamburg 1961, S。. 12 ∬ .. cfo The Encyclopedia of Philosophy, New York 1967, Vol。. 6, p。. 162..
(7) 中 埜. 2θ. 肇. l. sapiensに して初 めて 自分 の 自我 を重要 な表象複 合 として完全 に把握 し,自 分を. (自. 我 として)主 体 の外 に あ る世界 か ら明確 に区別す る こ とがで きた。. 同時 に物質 ,空 間 と時間 を判定 し,因 果 的,論 理 的,心 理 的法則性 を認識す る 1)と. こ とがで きた」. い う生物学的 な 説 明 によ って 夕1え ば 自我 に関す る哲学的. な問題 が完全 に解 け た とは もとよ り言 えな い として も, このよ うな科学的 記 述 に対 して近代哲学 の基礎 に置かれ た実体論的 な 自我 としての精神 が ど こま でその独立性 と存在 意義 とを主張 し得 るか とい う こ とは哲学者 として充分 に 考 えな くて はな らな いで あろ う。 一 般 に現代哲学 のひ とつ の課題 として,わ れわれ は科学が現在 の時点 において達 成 した成果 を充分 に踏 まえ た新 しいそ の視点 か ら,近 代哲学 の根抵 に あ る実体論的思考 およびそれ に結 び つい た二 2). 元論的発想 と徹底 的 に対 決 し, これ の妥 当性 を批判検 討す べ きで ある。. また人間 の生 物 学的本質 ,す なわ ち上 に述 べ た よ うな生物学的体制 と生理 学的 な機能 とを「 自然 」 と考 え る立 場 で は, しば しばそ の「 自然」 が固定 化 され ,そ うい う固定 的 な 自然 を前提 して,い わ ばそ の基盤 の上 に「 文化」 が 作 られ ると考 え られ てい る。言 い換 えればそ こで は 自然 と文化 とが一種 の重 層的 な関係 において捉 え られ てい るわけで あ るが, このよ うな 自然理 解 は先 に述 べ た. HOmO Sapiens的 な人間観 は もとよ り,い ちお う二 元論 を脱 却 し. た と見 られ る. HOmo faber的 な人間観 において も見 られ るので ある。伊1え. ば GEHLEN3)は 次 のよ うに見 る。 人間 は生物 として 自然 の次元 において見 ら 「 欠 陥存在」MangelWesenと ぃ う顕 れ る限 り,HERDERの こ とばを借 りれ ば 著 な特 質 を示す。具体 的 に例示す るな らば,人 間 には他 の動物 の毛皮 に見 ら 1) RENSCH:opo Cit.,S.159.. 2)参. 照 ,吉 村 融 「 行動 科 学 の 現 代 的 意 義 」, 山下 正 男 「 行 動 科 学 の思 想 的 背 景 」,共. に 「 思 想 」 1966年 11月 号 所 収. .. 3)ARNOLD GEHLEN:Der Mensch,seine Natur und sein,Stellung in der Welt, 4。. Aufl。. ,Bonn 1950,S.35,37, 39,47,89, 109 usw。. な お. PORTMANNの. 関 し て は , ADOLF PORTMANN:Zoologie und das neue Bild volm Menschen一 Biologische Fragmente zu einer Lehre vom Menschen,Hamburg 1956,高. 「人間は どこまで動物か」東京 1961を 見 よ. .. 説 に 一一 木 訳.
(8) 2θ. 6. 自然と文化 に関する覚書 (I). れ るよ うに気候や天候 に対 す る天然 の防禦物 も無 けれ ば,他 の動物 に発達 し た鋭 い歯牙 や爪 に類 す る天然 の攻撃器官 もな い。筋 力 その他 の生得 的 な能 力 も比較 にな らぬほ ど弱 く,敵 か ら逃走す るに適 した 肉体 の形態 も備わ ってい な い。感覚 はそ の鋭敏 さにお いて他 の動物 に追 か に劣 り,動 物 一 般 の行動 を 無 意識的か つ 合 目的的 に決定す る本能 も致命的 に欠如 して い る。 また人間 の 嬰児 は一 種 の「 生理 的早産」 (PORTMANN)に よ って生 れた もので あ るために. ,. 授乳育児期間が他 の動物 と比較 して非常 に長 く,そ の間 はほ とん ど全 く無 力 な状 態 に あ り,親 や他人 の手 による保護 を必要 と し, 自力 で生 活行動 を 営 む こ とは不可能 であ る。 さ らに人 間 の器官 の 中 には他 の霊長類 が既 に胎児期 に 通過 し終 ったよ うな状態が生後 も存続 していて一 種 の 台児 化」Fё talisation 「月 を示 してお り,ま た 5本 の手指 に現 われて い るよ うな進 化史的 に見 て 古 い型 に属す る「 原始性」 Primit市 iSmus(L.BoLK)が あ る。以上 のよ うな事実 か ら,人 間 は生 物学的 には「 非特 殊 化状態」UnspeZialisiertheitで あ り,環 境 に対 して は「 不適応状態」Unangepa3theitに あ るとい う こ とがで きよ う。 従 って もし人 間が あ りの まま の体制 と機能 とを もって あ りの まま の 自然条件 の下 で生 きると した ら,必 然的 に生 存競争 に敗 れて死滅 したで あろ う。人 間 は内的 に も外的 に も, そのよ うに 生存 のため に不利 な 自然条件 を備 えて い る。 これ に反 して他 の動物 はそれぞれ の種 に特有 の特殊 化 され た体制 と機能 とを持 ち,発 達 した本能 とあ い まって,そ の種 に独特 の環境 にきわめて 良 く 適応 して い る。 言 い換 えれば 他 の動物 は特殊 化 された器官構造 に対応 す る. UmWeltを. 持 つ のに対 して,人 間 はその非特殊性 ,非 適応性 の故 に Umwelt. な らぬ Weltを 持 つ 。 つ ま り特殊 化 され た器官を持 つ 動物 は局 限 された適 応 生 活領域 しか 持 たないが,人 間 はそ の器官 が特殊 化 されて いないため に,か え って少 くと も可能性 としては無限 に近 い生存 空間を与 え られ てい る こ とに な る。 MAX 状. SCHELERの ことばを用 いれば,人 間 は「 世界 に対 して開かれ た. lWeltOrenheitに 態」. あ ると言 う ことがで きよ う。しか し. Umweltを 持 た. な い人 間が Weltの 中 で生 きなければな らな い とい う こ とは きわめて重大 で 困難 な課題 であ り, これを果す ため に,人 間 は 自然条件 を 自己 の生存 に役 立.
(9) 中 .改. つ ものへ と変. 埜. 肇. しなければな らな い。 このよ うに人 間 によ って生活 に役 立 つ. よ うに改造 され た 自然 の総体 が文化 と言 われ る。従 って人間 に とって は「 生 きる」 ことがそ の まま課題 を果す「 行為」 Handlungで あ り,行 為す る こ と において文化が形成 され る。従 って人 間 は本質的 に. HOmo faberで あ る。. 以上 のよ うに考 え るな らば,人 間的 自然 (こ こで は生理 的 自然)が 形態学的 に 固定化 され, この形態学的特質 を基盤 と してその上 に文化 が作 られ る こ と にな る。 その意 味 で 自然 と文化 との 関係 は重層的で あ り,外 在 的 で ある。 ま た人 間が生 理 的 自然 とい う与件 の 中 で生 きるた め に行 な う自然改造 の結果 が 文 化 で あ るか ら,自 然 が先ず存在 してそれか ら文化 が形成 され るとい うな ら ば, 自然 と文化 とは, もっぱ ら前者 が条件 で あ り,後 者 が 帰結 で あ るとい う 関係 において,不 可逆 的 にのみ連 結 され る こ とにな るで あろ う。 しか し両者 の 関係 は果 して ま った く可逆 的 で はな いので あろ うか。 あ る意 味 で は文化 が 条件 で 自然 が帰結 で あ るとい う上述 とは逆 の可能性 は全然考 え られ な いので あろ うか。 また 自然 とい う基盤 の上 に文化 とい う構築物 があ るとい う重層的 ・ 外在 的 な関係以外 に両者 の 関係 は考 え られ な いので あろ うか 。 つ ま り ここ で も検討 さるべ きは固定的 。三 元論的思考 で あ る。 既 に述 べ たよ うに,人 間 はそ の生理 的 自然 (後 に述 べ るよ うに, この点 に 関す る限 り心 理 的 自然 につ いて も同様 で あ ると考 え られ るが)に 関 して言 え ば,他 の動物 のよ うに閉 じられ た Umweltの 中 に住む代 りに開 かれた Welt を持 ち,み ず か らそ の 中で生 きるとい う課題 を果す こ とを可能 な らしめ るた め に,自 然的条件 の不備を補 お うとして文化 を作 った とい う定式化 は もとよ りかな り高 い妥 当性 を持 つ と考 え られ るけれ ど も,そ れだ け で 自然 と文 化 と の 関係 が本質的 な意味で尽 された こ とにはな らな い とい う こ とは言 うまで も な いで あろ う。 ここで先 の二 元論的定式化 に対 す る反論 を根拠 づ け るた め に い ささか文化 とい うものにつ いて考 えて見 よ う。 まず そ もそ も文化 とは どの よ うに して発生 した ので あろ うか。 この 問 い は文化 を どのよ うな もの として 理 解 す るか によ って さま ざまに答 え られ るで あろ う。本稿 の 冒頭 に掲 げ た文 化 の一 般 的定義 を著 し く縮少局 限 して,い くつ か の具体的個別 的文化現象 に.
(10) 2θ. 8. 自然 と文化に関する覚書 (I). つ い て 考 え て JLよ う。 伊1え ば. 具 の使 用 を もって 文 化 の 徴 表 と見 なす とす れ '並. ば ,そ の よ うな文 化 が既 に類 人猿 の行 動 の 中 に も見 られ る こ と は動 物 心 理 学 )あ. 者 た ち の 実 験 的研 究 に よ って 確 認 され て い るよ fヒ. る い は また道 具 の 製 作 を文. と考 え るな らば ,Australopithecusが 既 に きわ め て 原 始 的 な道 具 を作 り. ,. これ を用 い て 生 存 の た め の 最 少 限 の 必 要 を満 した こ とが あ る人 類 学 者 に よ っ )さ. て 主 張 され て い るよ. ら に火 の 使 用 を もって文 化 と見 るな らば ,SinanthroT. pus pekinensisは 文 化を有 して い た こ とに な る。 この よ う に「 文 化 」 と い う語 の 指 示 す る内 容 に応 じて ,そ れ の 起 源 は さま ざま の 個 別 的現 象 に よ っ て い ろ い ろ に確 認 され主 張 され た けれ ど も,要 す るに文 化 そ の もの の 起 源 を一 義 的 に確 定 す る こ とは ,最 新 の 自然 ・文 化人類 学 上 の 知1見 を もって して も. ,. 現 在 の と こ ろ (ま た恐 ら くか な り遠 い 将来 に わ た っ て も)不 可 能 で あ ろ う と 考 え られ る。 そ して また それ を確 定 しよ う とす る試 み を合 め て 文 化 の 起 源 に 関 す る 問題 提 起 そ の もの が 本 稿 に お い て 考 察 しよ うとす る主 題 に と っ て は特 に 重 要 な こ とで は な い 。 何 となれ ば こ こで 考 え られ る人 間 とは ,既 に 冒頭 で 述 べ た よ う に,Homo. sapiensに 限 られ るか らで あ り,そ. enSが ,い か に原 始 的 な民 族 で あ ろ う と も,. して Homo sapi―. 既 に事 実 と して , 先 に掲 げ た. 定 義 の 意 味 で の 文 化 を有 して い る こ とは決 して 疑 い 得 な い こ とだ か らで あ る。 もと もと文 化 を持 た な い. HomO sapiensと. ぃ ぅ もの は い わ ば概 念 矛盾. で あ り,事 実 と して過 去 と現 在 に お い て い か な る と こ ろ に も存 在 しな い し. ,. 考 え る こ と もで きな い はず で あ る。 (HOBBESや. RoussEAUの 想 定 した人 間. の 自然 状 態 は 結 局 の と こ ろ ひ とつ の 抽 象 的 な仮 構 に過 ぎな い )「 自然 人 と い う 3)と. もの は 存在 しな い 」. ぃ ぅ こ とば は,少 くと も. HomO sapiensで あ る 限 り. 夕 えば WOLFGANG KoHLER:Intelligenzprufungen an Menschenaren, Berlin 1917,English Translation:The Mentality Of Apes(PeliCan B00ks).KoHLER 1り. は この 書 物 の 中 で 類 人 猿 に よ る「 道 具 の製 作 」 に つ い て も観 察 して い るが , こ の 「製 作 」 は そ の 意 味 が必 ず し も一 般 的 な もの で は な い c. RAYMOND A.DART:Adventures with the Missing Link,New York 1959, □ 訳 「 ミ ッシ ング リ ン クの謎 」,1960。. 3) BRONISLAW MALINOWSKI,Encyclopedia Of sOcial Sciences,vOl.Ⅲ ,p.621。. 山.
(11) 中. 埜. 2θ 9. 肇. において文化を持 つ とい う意味で は正 しい。 それ ほ どに人間 に とって文化 は 本質 的 な もので あ り,誤 解 を招 き易 い逆説 的 な表現 を敢 えて使 うとすれ ば. ,. 文化 は人 間 に と って「 生 得 的」 で あ るとさえ言 え るで あろ う。後 で述 べ るよ うに,人 間 が存 在 し, しか る後 に文化 が作 られ たので はな くて,文 化が作 ら れ る こ とにおいて人 間 が生 成 したので あ る。 その意 味 で は「 人 間が文化を作 1)と. ったのではな くて, 文 化 が 人 間を作 った」. 言 う こ ともで きるで あろ う。. そのよ うな本質的 な意 味 での文化 は人 間 において どのよ うなあ り方 を持 ち. ,. どのよ うなかたちで 自然 と関係す るのであろ うか。 既 に述 べ たよ うに人 間 の生物 学的体制 にお け る最 も重要 な特質 は直立二足 歩行 で あ る。 そ して その結果 と して一 方 では手 の 自由化や指運動 の複雑微妙 化 が お こなわれ ると同時 に,ま た他方 では脳 の発達 と分化 とが進 み,さ らに この こ とによ って道 具 の使用や製作 が可能 にな った と考 え られ る。 つ ま り道 具 の使用製作 が可能 とな るための条件 として手 や 指 の微妙 な運動 の習熟 が必 要 で あ り,手 や指 の運動 が習 熟す るためには大脳皮質や 神経系 の発達 が必 要 で あ る とい う こ とにな り,そ の限 りで は脳 → 手 → 道具 とい う因果 的な連 関が 成 立す る。 しか し手 と脳 との関係 は決 して一 方 的ではな くて,相 互 依存 的で あ る。脳 の発達 が手 の発達 を条件 づ け促進 したばか りではな くて,む しろ 二 「 足動物 にな ったおか げで人 間 の手 は 自由 自在 にな った。 そのために脳 が大 き 2)と. くな る こ とがで きた」. ぃ ぅ こ と も 当然考 え られ な ければ な らないので あ. って (む しろ多 、の人 類学者 はそ う主張す る),つ ま り手 や 指 の運動 が逆 に 脳 や 神経系 の発達 を促 がすわ けで あ り,従 って手 が脳 を導 いた と言 え るので あ る。 こ?点 にァ いて は既 に ア リス トテ レス とアナ クサ ゴ ラス が論 じた と言 3)同. われ る。. じよ うに手 と道 具 との 関係 も相互依 存的で あ る。 手 の働 きによ. って 道具 が作 られ る こ とは言 うまで もな い が,遂 に道 具 を製作 し使用す る こ. 1) RALPH LINTON:The Study of Man,New York 1936,p.79。 2) PIERRE TEILHARD DE CHARDIN:Le ph6nOmё 「 現 象 と して の 人 間 」 東 京 1964,192ぺ. _ジ. ne humain,Paris 1955, 美 田 訳. .. 3) MAX ScHELER:Zur ldee des Menschen,in:Vom umsturz der werte,Bern 1955, S. 176.
(12) 自然 と文化に関す る覚書 (I). 21θ. とによ って手 の 働 きが い っ そ う器用 とな り,そ れ に応 じて手 の構造 も変化 し )こ. た とい う こと も考 え られなければな らな いよ. の よ うに見 るな らば,前 とは. 逆 に,道 具 の製作使用 が手 の機能 や構造 を発達 せ しめ,手 の発達 が脳 の複雑 化 と分 化とを促 した ので あ って,道 具→ 手→ 脳 とい う逆 の 因果 的な連 関が成 立す る。 と ころで前 に述 べ た と ころに 従 えば, 手 や脳 の 構造 や 機能 は「 自 然」 で あ り,道 具 は「 文 fヒ 」 で あ る。従 って ここで 明 らか にな った ことは. ,. 自然 が文 化を条件 づ け, もし くは これ に作用す ると同時 に,逆 に文化 が 自然 に働 きか け, これ に影響 を与 え るとい う交互作用 関係 が両者 の間 に成 立す る とい う ことで あ る。 そ して この よ うな相 関性 は単 に脳 や手 だ け ではな くて さま ざま の身体器官 につ いて あて はまる こ とで あ り,例 えば人 間 の歯 の構造 的 ・ 機能的 な変化 は食物 の調 理 や摂取様式 とい う文化現象 の作用 を強 く受 け )こ. て い る ことが確認 され てい るので あ るよ. う して 自然 が文 化を規定す る反 面. で逆 に文 化が 自然 を制約す る。 両者 は可逆 的 な 相互 関係 に あ るわ け で あ る が, しか も この 関係 は決 して外在 的 ・重層的 な もので はな い。両者 はそれぞ れがたが い に他 の 内部 に浸透 して い るので あ る。 自然 が文化 の 内側 に浸 透 し て これ に働 きか け これを 作 ってい る こ と は 言 うまで もな い が, それ と同時 に,文 化が 自然 の 内側 に入 り こんで これを 内面 か ら規定す る。両者 はそれぞ れ の 内側 で 相互 に緊 密 に結 び つ いて い る。 この結合 を分解 して両項 を別 々 に 取 出 して考 え る こ とは意味 のない ことで あ る。人 間 の生理 的 自然 は既 に文 化 によ って深 く浸 透 され,働 きか け られ てい るので あ るか ら,人 間 は根源的 に 自然 と文 化 との相互浸透的 ・ 相互作用的 な複合体 であ るとい う ことがで きる で あろ う。 人 間 の 内面 にお いて 自然 と文 化 とは相互 に否定 的 に働 き合 い,そ れぞれ単独 で は存在 す る こ と も機能 す る こ と もで きな い とい うかたちで関係 して い るので あ る。. 3 次 に人 間的 (内 的)自 然 を構成す る第 二 の契 機 で あ る心理 的 自然 につ いて 1) cfo KENNETH P。. OAKLEY:Man the Tool-lmaker,Chicago 1959,p.2.. 2)参 照 ,埴 原和郎「人 類 のか らだ の進 化」,「 科学 」37巻 4号 ,185ペ ー ジ. ..
(13) 中. 埜. 肇. 考 えて見 よ う。心 理 的 自然 とは,い わゆ る「 こころ」 の 中で人 間 の行動 を決 定 す る諸 因子 の うちで 自然的 な もの を意味す る。定 義 によ り知性 に媒 介 され た ものは文化 で あ るか ら,心 理 的 自然 とは知性 や意志 のよ うな大脳 の分 化発 達 によ って初 めて 可能 とな るきわめて複雑 な機能 を媒介す る こ とな しに行動 を決定 す る要素 で あ り,反 射 や 本能 が これ に属す る。 そ して一 般 に知 性 や意 志 によ って 決定 され る行動 が可塑 的 で あ るの に対 して ,反 射 や 本能 によ る も のは 固定 的 で あ り,定 型 化 されて い ると言 う こ とがで きる。 さて一 般 に動物 の定 型化 され た行動 には走 性 taxis,反 射 renex,本 能 instinctが あ ると言 われ る。走性 とは動物 が束1激 に対 して体全体 で もって反応 し定位す る行動 で あ るが,1)哺 乳類 以上 の高等動物 , と くに人 間 で は このよ うな 行動様式 はほ とん ど問題 とす るに足 るほ どの意味 はな い と考 え られ る。次 に反 射 は刺激 に 対 す る比 較的定 型 化 した 固定 的 な反応 で,そ の点 で は走性 との間 にほ とん ど 区別 は無 いが,2)走 性 が体全体 で 反応 す るのに対 して, 反射 は一般 に簡単 で 局 部的 な現象 で あ り,き わめ て局 限 された部位 の東l激 によ って 出現 す る もの で あ る こ とは,わ れわれ 自身 が 自分 の身体 において 日常的 に経験 す る膝蓋反 射 や瞳孔反射 の例か らも明 らか で あ る。 このよ うに反 射 は人 間 に も顕著 に見 られ る生理現象 で はあ るが,き わ めて局 限 され た,従 って人 間全体 か ら見 れ ば孤立化 され た反 応 で あ ると言 わ なければな らな い。従 って「 反射 は特定 の 条件 の下 で観 察 され る特殊 な場合 の行動 で あ る。 ……反射 が生理学 の主要 な 対象 だ とい う こ ともなければ,反 射 によ って は じめ て他 の行動 が理解 され る 3)要 とい う こ ともな い」 す るに反 射 は 今 の と ころそ の局部性 の故 に, 人 間を 全体 として考察 しよ うとす る哲 学的 人 間学 に とってそれ ほ ど重要 な意味を持 つ もので はな い と考 えて, これを考察 の対象 か ら除外 して もよ いで あろ う。 そ こで人 間 の心理 的 自然 に 関す る考察 は本能 に 向け られ る こ とにな る。. 1) Cf.Ve G. DETHIER&ELIOT STELLAR:Animal Behavior, Engelwood Clirs 1965,p。 65∬. .. 2). ibid。. 3). “ MAURICE MERLEAU― PONTY:La structure du comportement, Paris 1949,. , p. 68. .. 浦 ・ 木 田訳 「 行 動 の 構 造 」,東 京. 1964,79ペ ー ジ. .. 滝.
(14) 272. 自然と文化に関する覚書 (I). しか し本能 とい う修l念 その ものがひ とび とによ って無条件 に肯定 され てい るわ け ではない 。 それ の独 自の 意味 を疑 い, もし くは否定す る学者 は きわめ て 多 い。 と くに現代 の心理学 や生理 学 の歴史 はあ る意 味 で本能 ノ ミナ リズム のそ れであ り,本 能論衰退 の経過 を示 して い るとい って も過言 ではない と思 われ る。例 えば. PAVLOVは ,彼 の学説 の立 場 か らすれば当然 の ことなが ら. ,. 本能 を反射 に吸収す る。「 反射 も本能 も一 定 の要 因 に対 して生 体 が法則 的 に お こな う反応 で あ り, したが って これを 違 った こ とばで 表現 す る 必要 はな い。反射 とい う こ とば にはは じめか ら厳密 に科学的 な意味 が与 え られ てい る 1)ま. か らそれ に優先権 が あ る」. た. LINTONも 本能 を無条件反射 と同一視 し ,. 2)行 これ に対 して学 習 を 一 種 の条 件反射 と 考 え る。 動主義心理学 を確立 した. WATSONは その徹底 した方 式 に従 って ,. 本能 的行動 を 学習 による行動 の 中. に包 合す る。「 われわれ に とって本能 とい うもの は無 く,心 理 学 に とって こ の語 は不要 で あ る。今 日までわれわれが本能 と呼 び慣 れて来 たす べ ての もの は,大 部分 が訓練 の結果 で きた もので あ る。す なわち人間 の学 習行動 に属す 3)以 る もので あ る」 上 のよ うな 本能否定論 に対 して 一 種 の折哀 的 な考 え方 を とる HEBBの よ うな説 もあ る。 「 い わゆ る本能 とい う こ とば は……科学 的 な価 値 を疑 われ るよ うな術語 で あ るが,本 能 的 とい う用 い方 をすれば,あ る種 の 行 動 を示す おおまか な表 現 と して比較的有効 で あ る。 本能 的行動 とい うの は 複雑 な種特有 の行動 で ある と定 義 して よか ろ う。 つ ま り反射 的行動 よ りも高 次 の もので, しか も単 にわれわれが とりあげて い る動物 が普通 の棲 息環境 に おかれ てい る特定 の種 であ る こ とを知 って い るだ け で 予測 で きるよ うな行動 4)確 か に「 本能」とい う観念 には厳密 な学 問的定義 によ って処理 す る で あ る」. 1)ハ ・ エ ス・ コ シ トヤ ンツ編 ,東 大 ソヴ ェ ト医学 研 究 会 訳 62,上 巻 ,157ペ ー ジ 2) LINTON:Op.cit.,p。. .. 69。. 3)JOHN Bo WATSON:Behaviorism,那 42,128ペ ー ジ. :パ ヴ ロ フ選 集 ,東 京 19. 須 訳 「人 間 は いか に 行 動 す るか 」, 東 京 19. .. 4)DONALD O.HEBB:A Textb∞ 只 1964, 138/R-1ジ. .. k of Psychology 1958,白 井 訳 「 行 動 学 人 間 」,東.
(15) 中 埜. 213. 肇. こ とので きな いよ うな曖昧 さが含 まれ てい る こ とは否定 で きな いか ら, この 観念 を人 間 の行動 に関す る学 問的 な研 究 か ら排 除 しよ うとす る傾 向 も充分 な 理 由を持 つ もので あ る こ とは考 え られ るけれ ども,現 象事実 としての本能 的 な行動 それ 自体 は,現 代 で一流 の動物 心理学者 が これを研究 の対象 としてい る こ とか らも明 らか なよ うに,決 して神秘的 ・形而上学 的 な もので はな い。 そ してそ のよ うな科学的研究 において「 本能 」 とい う こ とばは充分 な有効性 を持 つ説 明概 念 として機能 して い るので あ る。私 自身 は少 くとも現在 の と こ ろ「 本能」 を完全 に ノ ミナ リズム的 に取扱 うだ け の 知的 な準備 もな い し,ま た その概念 が哲学的人 間学 において 必要 で あ り,有 効 で あると考 え るもので あ るか ら,当 面 の主題 で あ る人 間 の心理 的 自然 を,本 能 を手 がか りと して考 察 して見 たい と思 う。 さて TINBERGENに よれば,一 般 に本能 とは「 階層的 な組織 を持 つ 神経生 理 的 な機構 で あ って,負 荷 をか け た り解発 した りす る一定 の 内的 および外的 な因子 に対 して敏感 で あ り, これ らの 因子 に対 して それ に対応す る運動 を も 1)と. って答 え るが, この運動 は種保存 の 目的達成 を 目指す もので あ る」. 定義. され る。これを もっと簡単 に表現 すれば,「 本能 とは通 常 ,学 習 または模倣 に よ らな い欲求 あ るいは能 力,あ るいは反応運動 を指 し,生 存 (個 体 ・種族 ・ 集団 ・社会 の)維 持 ・促進 に役 立 つ よ うな生物活動 ,い わゆ る合 目的活動を 2)と. 総称 す る」. ぃ ぅ こ とにな るで あろ う。 そ して このよ うな 本能 に もとず く ). 行動 ,す なわ ち本能 的行動 の特性 としそ概 ね次 のよ うな ものが 考 え られ る∫ 1.個 体維持 にせ よ,種 族 維持 にせ よ,生 物 の生存 とい う目的 に適 合 したか な. り複雑 な行動 で ある。 ただ しそ の動物 自体 は この 目的 につ いて 意識 して い な い。 る。. 2.練 習 も経験 も必要 とせず ,生 得 的 ・遺伝 的 に備 わ って お り,発 現す 3.本 質 的 に固定 的 で あ って,そ れぞれ の種 に独 特 の もので あ り,同 一. の種 に属す る個 体 にはそれの個別的 な経験 とは い ちお う無 関係 に,い ず れ に 1) RENSCH:opo Cit。 ,S.150。. 2)和 田豊 治・ 山鼻康 弘「本能 ・ 欲求 と情動」,「 現代人 間学 4」 3)桑 原万 寿太郎「本能 とは何か」,「 生命 と科 学 6」 ,東 京 1966 ,. 東京 1967に よ る によ る。. ,.
(16) 自然 と文化 に関す る覚書 (I). 224. も共通 な行動型 として現 われ る。 (も とよ り多少 の 可塑性 は認 め られ るが. ,. 原則 として は固定的で ある)4。 い くつ か の特殊 な,種 に とって原則 的 には 生得 的 にきま った信号刺激 によ って 行動 が解発 され るとい う生得的解発機構. innate releasing mechanismに よ って発現す る。 5。 外部 か らの信号刺激 が ま った く欠如 して い る場合 には,内 的 な動機 づ け mOtiVation, 例 えばホ ル モ ンの血 中濃度 や 内部感覚情 報 によ って 自発的 に行動 が発現す る こ と もあ る。 このよ うに一 種 の 内的 な衝動 によ って 駆 り立 て られ る場合 には, この衝 動 は一定 の行動形式 が解放 され る こ とによ って 消費 され満足 され る。 と ころで人 間 も基本的 には動物 で あ る以上 ,そ の行動 の基底 の一 部 には こ の よ うな特性 を持 つ 本能 が働 いて い ると 考 え られなけれ ばな らな いので あ る。 人 間 にお け る本能 は例 えば. MCDouGALLの 古典的 な分類 の 中 に示 され 1)1。. て い る。 これ によれ ば人間 の本能 には次 の18種 がある。 え る。. 食物 を捜 し,貯. 2.有 害 な ものを拒 み避 け る。 3.異 性 を求 め,媚 び,結 合 しよ うと. 4.不 快 な こ とや加害的暴 力 か ら身を守 ろ うとして逃 げ る。 5。 見 知 らぬ状況 や 事物 を探究す る。 6.子 供 を養 い,保 護 し,庇 護 を与 え る。 7。. す る。. 仲 間 と共 にお り,孤 独 な時 には交 わ りを求 め る。 8。 自分 が仲間 に優 越す る こ とを誇示 し, かれ らを導 き, かれ らに 対 して 自己を 主張す る。 9。 譲歩 し,服 従 し,優 越 した力を示す ものに対 し従 順 な態度を示 す。10。 障害 を力 で 除去 し, 抵抗 を挫 く。 11.自 分 の努力が空 し くて , 望 が無 くな った 時 に は,援 助を求 め る。12。 家屋 や器具を製作す る。 13.自 分 に役立 つ もの,心 を惹 きつ け る もの を獲得 し,所 有 し,保 持す る。14。 仲 間 の小 さい欠 点や失 敗 を楽 しむ。 15.不 快 な もの を除去 し,不 快 を生 ぜ じめ る ものか ら,掻 いた り,位 置や姿勢 を変 えて ,自 由 にな る。 16.疲 労 した時 ,臥 し,休 息 し,眠 る。 17.常 に新 しい場所 を求 め る。18。 その他 ,咳 ,呼 吸 , くしゃみ,排 泄 な どのよ うな純粋 に 肉体的 な要求 を満す きわめて簡単 な衝動群。 しか し本能 の指摘分類 が. MCDouGALLの. それに尽 きる ものでない こ と,そ れが決 して. 1) FRIEDRICH KEITER:Verhaltensbidogie des Menschen auf kulturanthrop010gi― scher Grundlage, Munchen 1966, S。 12--3に. cミ. リ ろ ..
(17) 中. 埜. 2:J. 肇. 権威 あ る基 準 を示す もので な い こ とは言 うまで もな い。 (例 えば増 田惟茂 に よ る本能 の分類 もあ る)む しろ本能 の分類 には,. ARISTOTELESの カテ ゴ リ. ー と同 じよ うに,必 ず しも厳密 な必然 性 が見 られず ,個 人 もし くは集 団 とし て の人 間 の行動 に関 して ,既 成概念 によ って説 明 で きな い現象 はす べ て 本能 によ って説 明 しよ うとす る安易 さが 目立 つ こ とも否定 で きな いので あ る。だ か ら こそ人間 の行動 を学 問的 に厳密 に解 明 しよ うとす る立 場 か ら このよ うな 1)そ. 安 易 な 本能論 に対 して従来鋭 い 批判 がお こなわれて来 たので あ る。 ともあれ上 に. れは. MCDouGALLを 借 りて 夕1示 したよ うな ものを人 間 の本能 と考. え る とすれば,そ れが人 間 の行動全体 において どのよ うな位置 と意義 とを有 す るで あろ うか。 もとよ り人 間 は,既 に前節 で述 べ たよ うに,独 特 の生物学的 な体制 と生理 学 的 な機能 とを持 つ もので あ るか ら,そ の行動 は他 の動物 のそれ とは い くつ か の点 で甚 だ し く異 な るはず で あ る。そのよ うな人 間 の行動 の特徴 をRENSCH2) によ って 列挙 すれば次 のよ うな もので あろ う。「 1。 人 間 は種 々の行動 の可能 性 を『 実験 的』 に熟考 し,そ の都度比較的好都合 に見 え る行動 を行 な う。す なわ ち人 間 は類人猿 よ りもは るか に計画 的 に思 考 し,行 動す る。 2。 極度 に 多面 的 な 自己の経 験 と,文 化的 な伝統 によ って伝 え られ た経験 とに もとず い て ,人 間 の思 考 は因果 的 および論理 的 な世界法則 に適 合 して来 た し,ま た人 間 はその実存 の最近 の歴 史的位相 において , この法則性 をそ の本質 において 把握 したか ら,人 間 はそ の こ とば の最 も厳密 な意味で『 洞察 力を もって 』思 考 し行動す る こ とがで きる。. 3.こ うい う能 力 は習得 され た もので あ って. ,. 遺伝 され るのは これを獲 得 し得 る可能性 だ けで あ る。 もし人間 が 自分 自身 だ け でい るとすれば,彼 は きわ めて貧 弱 な経験 の蓄積 を持 ち得 るだ けで あ って 彼 の思考 と行動 の様式 は中石器 時代 の段階 に も達 し得 な いで あろ う。. ,. 4.し. か し同時 に人 間 は遺伝 され,従 って比 較的 固定 したかたちで推 移 し,と くに主 として反射的 に経過す る,終 末状態 で は固定 的 で あると ころ の衝動 もし くは. 1)清 水 幾太郎「社会 心理 学」 ,. 2) RENSCH:op.Cite,S。. 149。. 東京 1951,24ペ ー ジ. ..
(18) β16. 自然と文化に関する覚苦 (I). 本能 によ って 導 かれ る。 こ うい う本能や本能 の名残 りが人 間 の生活を支配す る こ とは,近 縁 の動物 ,つ ま り高等猿類 の場合 よ りも進 か に少 いが,多 くの ひ とび とが知 り, もし くは認 めたが るところよ りもは るか に強 いので あ る」 さて ここで われわれ に とって重要 な 意味を持 つ の は 最後 の指摘 , す なわ ち 「 す べ て の高等動物 と比較 して ……人間 の本能 もし くは本能 の名残 りは ま ご 1)と. うか たな く減衰 して い る」. い う こ とで あ る。GEHLEN2)に よれば,人 FHaで. は本能 と意識 との 間 に「 相互補足的」. kOmplementarな 関係 があ る。 つ ま. り人 間 の特質 のひ とつ は本能 の 固定性 を放棄 し,連 合機構 を備 え るとい う こ とで あ る。 これ によ って 意識 の活動 が他 の す べ て の活動 と 連 関す る こ とが で きる。 そ して意 識的 な活動 が増大すれ ばす るほ ど,「 本能減 退」 Instinkt一. reduktionが 生ず る。動物 一 般 で は,生 得 的 で特殊 化 されてい る合 目的的 な 行動形式 として定 義 され得 る本能 が行動 を決定 的 に支配す るのに対 して ,人 間 で は この よ うに定義 され る本能行動 が乏 しい こ とか ら,「 本能 の名残 り」 Instinktresiduenが 問題 とな るに過 ぎな い。 と ころで「 本能減退」 とい う現 3)Retar―. 象 は,人 間 に とって きわめて重要 な特徴 のひ とつ であ る 「 発育遅延」. dationと ぃ ぅ現象 と何 らか の 関連 があ るので はないか と考 え られ る。 そ し て この「 本能減退」 の故 に,当 然 の こ となが ら,人 間 の行動 は本能 的 な硬化 性 ・ 固定性 か ら著 し く解放 されて い ると言 う こ とがで きる。 この点 に関 して. O.STORCH4)は 動物一般 の 「 遺伝 的運動機構」 ErbmotOrikと 人 間 の「 習得 的 運動機構」 Erwerbmotorikと を対 比 した。 と ころで人 間 にお け る本能減退 とい う事実 に 関 して,「 人 間 で は 自然選」tが 欠如 して い るために本能 や生 得 的 な合 目的運動 の喪失 が問題 とな るのか ,そ れ とも経 験 や洞 察 的思考 に もと ず く自由な選択行為 と重 な るために,本 能行動 の経過 の強度 の変化 だ けが問 RENSCH:op.cit。 ,S.158。. GEHLEN:Urlmensch und Spatkultur,Bonn 1956,S.141f. L.BOr´ Kの 提 唱 した観念 で ,恐 ら くは内分泌 系 の作用 によ って ,人 間 は他 の動物. に比 1咬 して発育 の テ ンポが 著 しく遅 く, その生 物学 的体制 の 中 には胎児 的 な特徴 が 存続 す る現象 を意 味す る. .. GEHLEN:Der Mensch,S.202f..
(19) 中. 1)と. 題 とな るのか 」. 埜. 217. 肇. い う こ とが当然 問われ る。 これ に対 して は 「 恐 ら く両者 2)と. が共 に 働 き合 って い るので あろ う」. 答 え られ るほか はないで あろ うが. ,. いず れ に して も人間 の行動 の基底 には減退 しなが らも本能的 な もの が依然 と して 働 いてい るので あ るか ら,行 動 を決定す る生 得 的 と習 得的 とい う相対立 3)zweigleisigkeit der した要 因 の存在 ,言 い換 えれば「 動機 づ け の複線性 」. Mot市 ation とも言 うべ き ものが認 め られ ると考 え られて い る。 しか しわれ われ の視 点か ら見 るな らば,事 実 は ともか くと して この表現 は misleading で あ る と言 わなけれ ばな らな い。 何 となれば われわれ に とって 重要な こ と は,相 対 立す る動機 が複 線軌道 の よ うに単 に平行 に走 って い るのではな く ,. 相互 に交叉 し浸 透 し合 って結 び つい て い るとい う こ とだか らで あ る。 上 に述 べ たよ うに,GEHLENは 意識 と本能 とが相互 に補足的 な関係 にある と言 ったが, この こ とは必 ず しも両者 の 関係 を適切 に捉 えてい る とは言 い難 いで あろ う。何 となれ ば両者 は,「 補足的」 とい う こ とばが暗 示 す るよ うに. ,. 一 方 が増せ ば他方 が減ず るとい うよ うな,相 互 に外在 的な関係 にあるとは考 え られ な いか らであ る。 とい うの は生 得 的 な本能 と習得 的 な知性 とは もとも とそれぞれがた が いに他 の 中へ 深 く入 り こみ,た がいに作用 し合 い,規 定 し 合 って い るか らで あ る6す なわ ち一 方 で本能 は減退 しなが らも依然 と して 残 存 し,時 には抑止 的 に,時 には促進 的 に知性 に作用す る。確か に一 面 で は本 能 は知性 に対 して 否定 的 に働 くもので あるけれ ども,逆 に知性 が本能 の働 き か けを媒 介 して 発達 す るとい う面 もある こ とは 否定 で きない。. (DEWEYは. 本能 もし くは衝動 が 習慣 と知性 とに媒 介的 に作用す る こ との 中 に人 間の行為 の本質 を認 めて い る)4)し か し他方 で は もとよ り人 間 の大脳 の 複雑化 と分化 とによって発達 した 知性 は本能 に強 く働 きか け,ま す ます これを 91化 して行 5)daS Selbstdomestizierte く。 だか ら こそ人 間 は「 自 らを 家畜 化す る動物」 1) RENSCH:op.cit。. ,S。 158。. 2) ibid。. 3) RENSCH:ope cito S。. 159。. 4) JoHN DEWEY:Hurnan Nature and Conduct。 5) RENSCII:op.cit.,S. 159。.
(20) 218. 自然 と文化に関する覚書 (I). Tierと 言 われ る。 そ して本能 はそ のよ うな知性 の働 きか けを まって 初 めて 人 間 に とって「 意味」 の あ る もの とな る。「 生得 的な活動 の持 つ 意味 は生得 的 で はな い。 それ は獲得 された もので あ る。 それ は成熟 した社 会的媒体 との 1)つ. 交 互 作用 に 依存 して い る」. ま り本能 が人 間学的 に意 義を持 つ ためには. ,. 知性 に働 きか け られ , 知性 によって媒介 されなけれ ばな らな い。 少 くとも. Homo sapiens iこ お いて は, 本能 か ら離脱 した知性 は充分 な発達 を遂 げ る こ とがで きず ,知 性 か ら遊離 した本能 は充分 な意義を もって 機能 し得 な い。 それ ど ころか そ もそ も両者 を分離す る こ と 自体 が不可能 な ので あ る。 それ ほ ど両者 の結 びつ きは密接 で あ る。 と ころで 本能 は人間的 自然 の うち心理 的 自 然 と呼 ばれ る ものに属 して いた。従 って ここで も自然 と文化 とは単 に外在 的 に並 存 して い る ものではな くて ,相 互 に否定 しなが ら,そ れ によ って 同時 に 相互 に肯定 し,深 く内面的 な交互作用 において結 びつ き関係 して い ると言 う こ とがで きるので あ る。. 4 以上 に述 べ た よ うに人間 の生理 的 自然 も心理 的 自然 も共 に強 く文化 によ っ て浸 透 され,そ の作用 を受 け,そ れ と深 く結 び ついて い る。す なわ ち人 間的 自然 もし くは内的 自然 とい うものはそれだ け で 独 立 した意味 と存 在 とを持 ち 得 る ものではな く,常 に文化 と結合 して お り,そ の結合 を通 して初 めて人 間 学的 な意味を持 つ ので ある。人間 は根源的 に,ま た本質的 に 自然 と文化 との 複合体 で あ る。 この複合体 が人 間存在 の事実 を構成 して い る。 この よ うな人 間存在 か らひ とつ の構成要素 を切 り離 して取 り出す こ とは無 意味 で あ るとい うよ りも不合 理 で あ る。従 って人 間的 自然 とい う毎l念 その ものが,も し. ur―. naturlichな ものを意 味す るとすれば,ほ とん ど無意味 に近 い抽象 と言 わな ければな らな いで あろ う。人 間 の 中 には Urnaturは 存在 しな いか らで あ る。 もちろん人間が動物 の一 種 で あ るとい う こ とは偏狭 固陸 な宗教的 ドグ マ に 固 執 しな い 限 りは否定 で きな い事実 で あろ う。 だか らとい って もし動物 と人 間 1) DEWEY:op.cit.(MOdern Library Edition),p.90・.
(21) 中 埜. 219. 肇. とを単純 な連続 によ って 結 び つ けて しま うな らば,人 間 の独 自の 意味 は失 わ れ るで あろ うし,そ こに人間学 の成立 す る可能性 はま った く無 くな るで あろ う。人 間 に対す る文化 の根源性 に関 して「 自然人」 HOmo naturalisは 概念 矛盾 で あ ると先 に述 べ たが,確 か に人 間 が SOnderwesenと して何 らか の意 味 で動物 と区別 され ,自 然界 において 独特 の位置 を 占め るとすれば,そ うい う人 間 は当然 もはや HOmO naturalisで はな い はず であ る。 この観念 は人 )文. 間 と動物 とを単純 に連 続 させ る抽象的 な思考 の産物 に過 ぎな いよ. 化 の概念. を媒 介 して初 めて人 間像 は具体 的 な もの とな る。動 物学 的 な HOmo sapiens. (=HOmO naturalis)は HomO faberを 介 して,ま たそれ と合 して cultusと な る。 この よ うな の. HOmo cultusに. HOmO. して初 めて人 間学的 な意味で. HOmo sapiensで あ ると言 う こ とがで きる。. そ して そのよ うな. HOmo. sapiens(=HOmO cultus)が 成 立す るのは,単 に 自然 の上 に,自 然か ら文 化 が作 られ るとい う こ とによ って で はな くて ,同 時 に逆 に文化 が 自然 の 中 に 入 り, これ に 働 きか け る とい う こ とによってでな ければ な らな い。 HOmo naturalisと. Homo faberと がそのよ うなか たちで弁証法的 に結 びつ くこと. によ って 真 に具体的 な人 間像 と して の. HOmo cultus=Homo sapiensが 成. 立 す るので あ る。. さて以上 の論 旨の基礎 には 自然 と文化 との関係 につ いて の二 元論的発想 に 対 す る批 判 が働 いて い るが, もし これを徹底す るな らば私 が 内的 もし くは人 間的 自然 を生理 的 自然 と心理 的 自然 とに区別 した こ とも批判 されな けれ ばな らな いで あろ う。 しか し私 の論 旨は究極 において ,生 理 的 な ものにせ よ,心 理 的 な ものにせ よ,内 的 自然 とい う観念 がそれ 自体 として はひ とつ の抽象的 な仮構 であ る こ とを示 す にあ ったわ け であ るか ら,こ のよ うな区別 も論証 上 の操作 と して 許 され るで あろ うと思 われ る。 なお生理 的 な もの と心理 的 な も の との統 一 は行動学 にお ける重要 な 問題 であ って , 論 もそれ に対 す るひ とつ の解 答 で は あ る。. 1) Vgl.SCHELER:op.cit。. ,S。. 190∬. .. GEHLENの Handlung (1967年112月. ).
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