症例提示 座光寺秀典医員(泌尿器科学) 症 例:F. K. 60 歳 , 男 性 ID069-576-9, AN1204 主 訴:腹部膨満感,食欲不振 現病歴: 1985 年 血液検査で腎機能低下と高尿酸血 症を指摘された。 1986 年 10 月 慢性腎不全のため他院で血液 透析を導入されたが,1987 年 10 月本人 の希望により腹膜透析に移行した。 1990 年 1 月 CAPD 腹膜炎を発症した。同年 2 月 PD カテーテル皮下トンネル感染 を 併発 した。 以降 1996 年までに 4 回 CAPD 腹膜炎を発症した。 1996 年 4 月 腹膜の除水能低下により,溢 水となり著明な心拡大がみられた。この ため血液透析へ再度移行した。同年 8 月 PD カテーテルを抜去した。 1996 年 11 月上旬 腹部膨満感が出現し,腹 部超音波検査で大量の腹水を指摘され た。肝その他臓器の異常は指摘されなか った。(当科初診) 既往歴:慢性腎不全以外特記すべきことなし 家族歴:特記すべきなし 入院時現症: 身長: 165 .3 cm,体重: 60 .6 kg,胸囲: 87 cm,体温 37.1 °C,脈拍: 80 回/分,血 圧:120/80 mmHg (理学的所見)心音,呼吸音に異常なし 表 在リンパ節触知せず 腹部膨満,軟,圧痛 (−),抵抗(−),腫瘤(−),腸音減弱 四 肢浮腫(−) 入院時検査所見: (血液学的検査) WBC 4.57 × 103/µl,RBC 2.59 × 106/µl,Hb 6.7g/dl,Ht 22.1 %,Plt 71 × 103/µl,MCV 96.3 fl,MCH 30.5 pg,Tp 6.1 g/dl,Alb 2.7 g/dl,CHE 128 IU/l,T-Bill 0.5 mg/dl, ALP 167 IU/dl, γ-GTP 10 IU/l, LDH 117 IU/l,GOT 11 IU/l,GPT 8 IU/l,BUN 55 mg/dl,Cr 11.78 mg/dl,UA 5.7mg/dl, Na 133 mEq,K 4.6 mEq,Cl 98 mEq,Ca 8.6 mg/dl,P 4.9 mg/dl,Fe 13µg/dl,CRP 18.2 mg/dl,CEA 2.3µg/dl,AFP 3µg/dl, 第 18 回山梨医科大学 CPC 記録 日時:平成 10 年7月1日(水)午後5時 15 分∼ 7 時 場所:臨床講堂大講義室 司会:小松秀樹助教授(泌尿器科),川生 明教授(病理学2)
消化管閉塞症状を呈した慢性腎不全例
要 旨: 60 歳,男性。12 年前に腎機能低下と高尿酸血症を指摘され,血液透析を開始したが, 10 年前に腹膜透析に移行,3年後に CAPD 腹膜炎を発症した。腹膜の除水能低下のため,血液透 析に戻したが,1年前より大量の腹水のため入院。硬化性被 性腹膜炎と診断され,治療を開始 し,一旦退院したが,全身倦怠感により3ヵ月前に再入院した。その後,吐血,ショック,縦 隔・後腹膜気腫,原因不明の発熱等の症状があり,低血圧に続いてショック状態となり死亡した。 剖検により終末性萎縮腎と硬化性被 性腹膜炎が確認され,縦隔・後腹膜気腫は十二指腸壁の破 綻によるものと推定されたが,敗血症性変化は認められず,高度の腸管機能不全による栄養障害 が死因とみなされた。腹膜透析による硬化性被 性腹膜炎は比較的希ではあるが,それを早期に 発見し適切に対処することの重要性が示唆された症例である。(腹水検査) 外観:血性 比重: 1.027,Rivalta反応:陽 性 蛋白: 4.2 g/dl 腹水細胞診:class Ⅱ 培養:細菌検出されず 第 1 回目入院後経過: 1996 年 11 月 30 日 絶飲食とし輸液を開始し た。 12 月 4 日 臨床経過と画像所見より硬化性 腹膜炎と診断し,ステロイド(メチルプ ロレドニゾロン 250 mg/day)とアザチ オプリン 100 mg/day による免疫抑制療 法を開始した。その後ステロイドを徐々 に減量し,3 ヵ月後にステロイドならび にアザチオプリンの投与を終了した。 1997 年 1 月上旬 腹部膨満感などの腹部症 状に改善がみられ,食事摂取量も増量し たが,画像検査上変化はみられなかっ た。 4 月 10 日 約 2 ヵ月間腹部症状に増悪がみら れず,退院した。 入院期間中,貧血と低蛋白血症が著明で,適時 赤血球輸血とアルブミン剤投与を施行した。 第 2 回目入院後経過: 1997 年 7 月 3 日 強い全身倦怠感のため,当 科に入院した。50 %ブドウ糖液,アミ ノ酸製剤,ナトリウムならびにビタミン B, C, D を配合した高カロリー輸液によ る栄養管理を開始した。その後リン,微 量元素を追加投与した。 7 月 11 日 吐血およびショックが出現した。 このため上部消化管内視鏡を施行した が,下部食道にびらんと凝血塊の付着を 認めるのみで,出血部位を同定できなか った。 術後経過は良好で術後第 29 病日には流 動食摂取可能となった。 8 月 9 日 38 °C 台の発熱が出現した。自覚, 他覚ともに所見はなく,胸腹部単純 X 線,腹部 CT 検査でも原因を特定できな かった。血液検査では CRP 値高値と貧 血を示すのみで,動脈血,IVH カテー テル先端の培養で細菌は検出されなかっ た。CTM, IPM/CPM 等の抗生剤を投与 したが改善はみられず,以後 37 °C ∼ 39 °C の発熱が持続した。 8 月下旬 しばしば血圧低下とそれにともな い胸部不快感がみられた。心電図上は虚 血性変化はなかった。低血圧に対しドパ ミン投与を開始した。 9 月上旬 解熱傾向はみられず,るいそうは 著明になった。 9 月 24 日 ショック状態になり,昇圧剤を 投与しても反応みられず,死亡した。 第 2 回入院時検査所見: (血液学的検査) WBC 3.2 × 103/µl,RBC 1.89 × 106/µl,Hb 5.3 g/dl,Ht 16.9 %,Plt 11.5 × 103/µl, Tp 6.4 g/dl,Alb 2.8 g/dl,CHE 115 IU/l,T-Bill 0.3 mg/dl,GOT 21 IU/l,GPT 15 IU/l, BUN 42 mg/dl,Cr 6.78 mg/dl,Na 141 mEq, K 3.0 mEq,Cl 108 mEq,Ca 8.7 mg/dl,P 0.2 mg/dl,CPK 81 IU/l,AMY 82 IU/l, CRP 2.9 mg/dl, 検査値分析 尾崎由基男教授(臨床検査医学) 初回入院時に腹水の検査を行い,血性腹水を 認めている。腹水の検査は,一回のみで,病理 検査,一般細菌検査を行ったのみである。腹水 の蛋白量より考えても,滲出性であり,これら に合致する疾患の検索を行うべきであったと考 えられる。すなわち,癌性腹水,結核性腹水, 細菌性腹水を考慮して, 回に腹水の性状,病 理,細菌学的検査を行うのがよかったのではな いであろうか。 第 2 回目の入院後,食道破裂を疑い手術をし たあと,38 度台の発熱がつづいた。この時 IVH の先端や動脈血の細菌培養はしているが, 真菌症の検索はしていない。状態が悪い患者で は,深部真菌感染症など日和見感染を疑い,当 院でできる検査を行うとよいのではないだろう
か。当院と同じ規模の病院では,真菌感染をみ る検査が当院の約 10 倍程度検査部に提出され ている。当院の臨床のドクターがより真菌症に 関心を持ってくださることを期待したい。 Ch.E の低値は低栄養によっても起きるが, 先天的に Ch. E の低い症例もある。麻酔時など に問題になることが知られている。この症例は, 発病前にはどのような値だったのか知りたい。 第 2 回目の入院時において著しい低燐酸血症 0.2mg/dl を認めている。一般に腎臓透析時に は低カルシウム,高燐酸血症を示し,このよう な著しい低燐酸血症はあまりない。hyperali-mentation の時に糖の代謝により低燐酸血症が 起きることが知られているが,このデータは入 院後 IVH を行った後のデータか。 画像診断 荒木拓次助手(放射線医学) 入院時(平成 8 年 11 月 30 日)の腹部単純 CT では,多量の腹水が貯留している。腹膜は びまん性に肥厚しているが,結節は認められな い。腸管は腹部中央に偏位している,腸管に拡 張などの異常は見られない。腹膜透析の既往か ら慢性の腹膜炎による腹膜肥厚および癒着が考 えられるが,鑑別診断として,癌性腹膜炎,結 核性腹膜炎が挙げられる。 治療後(平成 9 年 1 月 10 日)の腹部単純 CT では,腹水は治療前と変化ない。左側胸水が少 量出現している。 平成 9 年 7 月 11 日の胸部 CT では,縦隔から 後腹膜腔に広範な gas density area を認め,気 腫と考えられる。気腫は右前胸壁,右側腹壁に 及んでいる。強い炎症を示唆する所見はなく, ガス産生菌による気腫は考えにくく,気管支を 含む肺,食道,十二指腸下行脚からの空気(な いしはガス)の漏出と考えられる。 腹水内には debris 様の線状影が見られ,腹 膜の肥厚も強くなっている。また,前回 CT よ り胸水が増加し,両側に及んでいる。左肺下葉 は胸水に圧排され,末梢の無気肺がみられる。 腹部単純 X 線写真では,気腫は骨盤から右 大腿部にも及んでいるのがわかる。 平成 9 年 8 月 12 日の胸部腹部単純 CT では, 気腫はほぼ消失している。縦隔内にドレナージ チューブが挿入されている。胸水は前回と同様 に認められる。 腹水は減少している(開腹後)が,腹水内に 浮遊しているように見える線状影は今回も同様 に認められる。 病理所見と診断 平島奈緒子大学院生(病理学 1) <病理所見> (剖検番号 1204)死後 15 時間 47 分で剖検。 A.肉眼所見(図省略) 11.外表:身長 162 cm,体重 46.5 kg。るいそ うが著しい。左腋窩に 1 cm のリンパ節を 触知。眼球結膜に軽い黄染があり,眼瞼結 膜 に 貧 血 を 認 め る 。 瞳 孔 は 正 円 で , 左 5 mm,右 4 mm。皮膚に黄染なく仙骨部 に 5 mm の褥瘡を認める。下 に浮腫をみ ない。 手術瘢痕:左鎖骨上に 4.5 cm,左胸部に 2 1 c m ,腹部正中に 19 . 5 c m ,左手首に 3 cm の手術瘢痕を認め,左季肋部に 2 ヵ 所のドレーンの挿入痕,右腹部に CAPD カテーテルの挿入痕を認める。 12.体腔液:左胸水 200 cc,黄色透明。右胸水, 心 液とも少量,黄色透明。腹水貯留な し。 13.消化管など:腸管全体は板状に肥厚した線 維性被膜に包まれて一塊になっていたため に,食道,胃,小腸,大腸,膵臓,脾臓は 腹壁を含めてまとめて摘出した。腹水の貯 留するスペースがないほど腸管全体が膨満 していた。その塊は,壁側腹膜,後腹膜と の癒着は少ない。表面には出血も認める。 被膜に近いほうの腸管粘膜は,暗褐色を呈 し,小腸ひだの形が不鮮明となり虚血性の 変化を示唆する。また筋層と肥厚した結合 織の境界がわかりにくい。しかし,包まれ ている腸管同士は用手剥離可能である。十 二指腸は拡張し,便汁が貯留していた。食
道に炎症や周囲組織との癒着などを認めな い。 14.肝臓:(1,100 g)表面は癒着は見られたが 凹凸はない。被膜に出血をみる。腹膜から 連続して,被膜直下に斑状(4 × 3 × 1 cm) の壊死,石灰化巣を認める。肝静脈を中心 に萎縮がある。 胆嚢に 80 ml の debris を認めた。胆汁排泄 試験陽性 15.腎臓(左 23 g,右 45 g):実質成分はほと んど萎縮してしまっている。多数の 胞形 成もみられる。左右共に被膜剥離は困難。 左腎に hydronephrosis を認める。 16.心臓:(420 g)心外膜は滑らか。心筋は 厚く,左室壁は 20 mm,右室壁は 7mm で あった。心内膜も滑らかで血 形成も認め ない。冠状動脈に有意な狭窄はない。 17.肺臓(左 380 g,右 570 g):左肺は胸膜と の癒着が著しい。肺門リンパ節の腫脹があ る。両肺にうっ血をみる。 18.甲状腺(左 7.1 g,右 6.1 g): 19.副腎(左 4.5 g,右 2.2 g): 10.骨髄:赤色髄であるが,osteoporosis があ る。 B.組織所見(図省略) 11.腹壁:腹膜から連続性に結合織が増生し, 板状となり腸管全体を一塊として取り囲ん でいる。腹膜中皮細胞は,剥離・消失し, 表面は血漿蛋白が 出して,フィブリン網 と赤血球がからんでいる。その下に線維の 板状の肥厚を認める。炎症細胞や線維芽細 胞は少ない。 腹膜細小動脈壁肥厚,内腔狭窄を伴う。 12.腸管 小腸:主に粘膜内に好中球,リンパ 球を中心とした強い炎症細胞 潤が見られ る。肥厚した腹膜に近い筋層に変化を認め る。 大腸:小腸に比べると炎症は弱い。 13.食道:筋層の細胞に group atrophy を認め るところがあるが,死後変化の可能性もあ る。うっ血はあるが炎症は少ない。 14.胃:著変なし 15.膵臓:著変なし 16.肝臓:肝細胞索はやせていて,中心静脈周 囲の肝細胞の脱落が目立つ。(うっ血によ る虚血性の萎縮。)肝細胞の脱落は死後変 化のみでは,説明できないほど著しい。線 維化はほとんど認めず,比較的新しい変化 と考える。壊死物には石灰沈着があり,そ の周囲に強い炎症細胞 潤や,肉芽組織形 成が見られる。この原因は不明。 17.脾臓:うっ血,リンパ小節の脱落を認める。 18.腎臓:糸球体は fibers や myxomatous な基 質で埋められて,萎縮して線維塊になって いる。かろうじて残存している糸球体も少 数認めるが,ボーマン も線維性に肥厚し ている。尿細管はまだ残存しているものが 多い。壁の萎縮,小結石,thyroidization が見られる。皮質,髄質,小葉間動脈,腎 動脈まで,内膜の肥厚が著しい。間質に focal なリンパ球 潤と軽い fibrosis を認め る。 19.心臓:心筋細胞は肥大し,核の大小不同が ある。focal な fibrosis を認める。 10.肺臓:胸膜の癒着,軽い肥厚を見るところ はあるが,炎症所見はない。 11.甲状腺:著変なし。 12.副腎:コレステロール成分の減少がある。 13.前立腺:著変なし。 14.精巣:精子形成なく atophic である。 15.骨髄:やや hypocellular。顆粒球系の減少 をみる。 〈病理診断〉 11.硬化性被 性腹膜炎 12.focal な小腸の虚血 13.肝細胞脱落 14.endostage kidneys 15.心筋肥大 死因の考察: 11.硬化性被 性腹膜炎による高度の腸管機能 不全(循環障害による小腸壁の変性と,そ れによる吸収障害)
12.広範な肝細胞脱落(腸管からの吸収障害→ 低栄養→低蛋白血症→うっ血→肝細胞の萎 縮) 発言 小松秀樹助教授(泌尿器科学) 腹水検査についてはかなり厳しい指摘を受け た。特に,結核菌培養を提出していなかったの は猛省すべき点である。また,腹水の一般培養 では真菌と細菌を別々に提出するようにとの指 摘も今後に活かしたい。 第一回目入院後の硬化性被 性腹膜炎の診断 根拠が不充分として, 回に腹水検査を繰り返 すこと,超音波検査で腹膜の性状の変化を追跡 することを求める意見があった。しかし,現在 の本疾患についての知見の蓄積状況からみて, この治療法を選択した時点での画像診断と臨床 検査の所見は本疾患と診断するのにほぼ十分な ものであったと考える。求めるべき予想検査結 果なしに,結果的にみれば有効ではなかったが, ステロイドとアザチオプリンの投与は本症例で 選択を考慮されるべき治療法の一つである。治 療の性格からみて治療開始後,明確な理由なし に腹水検査を繰り返すことは危険であろう。 放射線科荒木教授からは,第二回目の入院後 の皮下,後腹膜,縦隔に発生した気腫の原因が, 上部消化管内視鏡検査による十二指腸穿孔にあ 表 1.硬化性被 性腹膜炎—臨床的診断へのアプローチ A.臨床症状 1.イレウス症状(嘔気,嘔吐,腹痛)が必発である。 2.参考となる症状として, 低栄養,るいそう 下痢,便秘 微熱 血性排液 限局性もしくは瀰漫性の腹水貯留 腸管ぜん動音低下 腹部に塊状物を触知 上記の症状が持続的ないし間欠的に出現する B.血液検査所見 1.炎症反応弱陽性(末梢血白血球数の増加,CRP 弱陽性) 2.低アルブミン血症(低栄養状態) 3.貧血(エリスロポエチン抵抗性貧血) 4.高エンドトキシン血症 C.画像診断 1.Ⅹ線検査 腹部単純撮影でニボー像の出現と,腸管ガス像の移動性消失 消化管造影(施行にあたっては水溶性造影剤を使用する。バリウム剤は禁忌)にて腸管の拡張・狭窄・通 過時間の遅延 2.超音波検査 肥厚した腹膜に被われた限局性の腹水や魂状の腸管ならびに網状の析出物を認める。 3.CT 検査 腹膜の肥厚,広範な腸管の癒着像が見られる。腹膜に石灰沈着を認めることもある。 D.肉眼的(手術,腹腔鏡,剖検等)所見 白濁肥厚した腹膜で被われた,広範に癒着した塊状となった腸管を認める。 E.腹膜機能の評価 大部分の症例では発症前に除水能の低下を示し,腹膜の高透過性を呈する。しかし,少数例では腹膜平衡試 験(peritoneal equilibration test, PET)のカテゴリーで high average ∼ low average を示すものもある。
り,この時点ではドレナージの必要はなかった との意見をいただいた。気体の量,分布から見 ても当科での診断である食道破裂より説得力を 持つ。我々はこの可能性を全く考えていなかっ た。他科へのコンサルテーションの結果である にせよ,担当医としてより望ましい別の行動が あり得たと考える。深く反省したい。 今回の剖検では腹膜のみならず腸管,肝に著 しい所見を認めた。本疾患の治療法として手術 による腸管剥離が報告されている。剖検所見か ら,かねて持っていた腸管剥離の有用性への疑 念をさらに強めることになった。 病理学の三俣助教授より本疾患の病態を知る ために腹水中の細胞とサイトカインに注目すべ きであるとの貴重な御意見をいただいた。本疾 患発症前の CAPD 症例を中心に今後検討を進 めたい。 総括 田辺信明講師(泌尿器科学) 本症例について: 診断 長期の CAPD 歴,腹膜除水能の低下があっ たこと,腹水培養・細胞診より細菌感染,悪性 疾患は否定的であること,さらに典型的な画像 所見より,臨床的には硬化性被 性腹膜炎と診 断した。診断に際し,よりどころとしたものは, 野本らによる硬化性被 性腹膜炎診断・治療指 針(案)1)である(一部表に示す)。これは硬 化性被 性腹膜炎の文献報告及びアンケート調 査を基に作製されたものである。本症例では, CAPD 中腹膜除水能が低下,さらにイレウス症 状を起こした。超音波検査・ CT 検査では,著 明な腹水,腹膜の肥厚,一塊となった腸管が描 出された。結核菌・真菌についての検査がされ ていなかった点は問題であるが,臨床経過,画 像所見は硬化性被嚢性腹膜炎と診断するのに十 分であったと考えられる。 治療 ステロイド,アザチオプリンの投与は,有効 であったとされる文献報告2,3)をもとに施行し た。結果的には無効であった。 手術的腸管剥離については,有効であったと されるものはなく,本症例では施行しなかっ た。 文 献 1) 野本保夫他:硬化性被嚢性腹膜炎(Sclerosing Encapsulating Peritonitis, SEP)診断・治療指針 (案)—1995 年におけるコンセンサス—.透析
会誌,29: 155–163, 1996.
2) Junour, B. J. R. et al: Immunosuppression in scle-rosing peritonitis. Adv. Perit. Dial., 9: 187–189, 1993.
3) Hawley, C. M. et al: Recovery of gastrointestinal function after renal transplantation in a patient with sclerosing peritonitis secondary to continu-ous ambulatory peritoneal dialysis. Am. J. Kidney Dis., 26: 658–661, 1995.