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【認知症-地域で支える】 認知症の人が体験する世界

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(1)

認知症 の人が体験す る世界

こころの科学

161号 22012 1月

28-32p

長野県看護 大学 阿保順子

(2)

は じめに 夢 うつつ とい う言葉 が ある。認 知症 が進行 してい く過程 では、人 は必ずや夢 と うつつ の 混在 とい う事態 を経験す る。認知症 の人々は、その障害のプ ロセス、特 に中等度 か ら重度 の障害へ と進む過程 において、 自他 の境界、言葉の境界、そ して時間の境界が行 き交 う場 所 で、いわば、虚構 と現実がないまぜ にな る時空で生 きる。 そ の世界 は、なかなか他者 か らは理解 され ない。孤独や孤立は必須である。 しか し、そ こを突 き抜 けた時 に、人間は こ れ までの 自らの生 を賭 けてい る と思 えるよ うな見事 な世界 を創造す る。虚構 ではあれ 、彼 らは さま ざまな関係 を設定 して生 きる。 そ して多 くの他者 とかかわ り、意味 を伴 わない言 葉 であれ会話 を楽 しんで生 きる。さらに、一見不可思議 にみ える行動 を繰 り返 しなが らも、 他者 と出会 い、感動 を手 に しなが ら生 きてい る。 と私 には思 える。 本稿 では、 中等度 か ら重度 の認知症 の人 々が集 まつてい る場所 で観 察 してきた事象 か ら、 彼 らの体験世界 に迫 りたい。

<夢

と うつつが交錯す る場所

>

まず は重度 に至 る前 の段階での、かな りせつな く、辛い と考 え られ る彼 らの体験 につい て紹介 しよ う。

1)自

他 の境界 一認知症 の人 々が行 つてい る防衛 の形 人間 に とって、何 かか ら身 を守 るこ とはす なわ ち防衛 で あ る。 アル ツハイマー型認知症 の88歳 の女性 アキ さんは、心臓 の手術後 しば らくしてか ら夫 を亡 くす る。 その後か ら、見 当識 障害 な どの症状がでは じめ、2年 前に認知症の専門病棟 に入院す る。 入院直後か ら帰宅欲求が強 く、エ レベー ターで家 に帰 ろ うとした り、スタ ンフに対 して 攻 撃的で あ り 「どろぼ う 。人殺 し」 な どの被 害妄想 もあつた。 それ以後 、肺炎や心不全、 転倒 な ど身体状況 の悪化 にみ まわれ る。 アキ さんは しだい に切迫感 に駆 られ るよ うに車椅 子 で移動す るよ うにな る。 ス タ ッフに指示 して病棟 の廊下や他 の忠者 さんの病室 に入 る、 エ レベー ターで

1階

まで降 りては上がる とい うことを く り返す。 その際のアキ さんは、 タ オル を一枚 は首 に巻 き、 も う一枚 は頭 にほつかむ り様 に巻 くとい う出で立ちである。 さら に、 自分 のベ ン ドに上が る場合で も靴 を決 して脱がない し、ベ ン ドに横 にな る とタオル ケ ッ トを顔 にまでか けて しま う。そ して 「殺 され る」 を連発 しヽ食事 も摂 ろ うとしない。 ア キ さんが、入院時点での認知 の軽 い障害か ら居場所 のな さを感 じていた こ とは確 かで あ ろ う。 また彼女 は もともと右耳の難聴 があつた。 それ に加 え、身体状況 の悪化か ら認知 の歪みは加速 され、居場所 のな さが見知 らぬ恐 ろ しい世界へ と変貌 していった と考 え られ る。む ろん、切迫感 を伴 う車椅子での移動は恐 ろ しさか らの逃亡を意味 してい るだろ うし、 タオル のほっかむ りや靴 を脱 がないでベ ッ ドに上が る行為、そ してタオル ケ ッ トを顔 まで か ける とい う行為 は、油断で きない見知 らぬ世界か ら身 を守 るための文字通 りの防衛 であ ろ う。食事 は下手に食べれ ば毒が入 つてい るか も しれ ない し、それ もまた文字通 り 「殺 さ れ る」 こ とを意味す るだろ う。 これ らの ことを防衛 の理 由の観 点か ら考 えれ ば、それ は、 自分 が周 囲世界 にスポイル さ れ て しま う危機感 がある とい うこ とになる。単なる見知 らぬ世界 に居 ることを超 えて、環 界 か ら侵 入 され て くる恐怖 がそ こにはあ る。 ア キ さんの防衛 は、そ の意 味で、周 囲世界が

(3)

自他 の境界 を こ じあけて 自らの内側 に勝 手 に入 り込 んで くる ことの脅威 、つ ま り自他 の境 界 の不鮮 明 さゆえに生 じてい るよ うに考 えることがで きる。

2)言

葉 の境界 一外在化 され てい る言語 か ら内言語ヘ ス ミさんは90歳 になる女性 の患者 さんで、や は リアル ツハイマー型認知症 と診断 され て い る。 ス ミさんは、3年前か ら認知症 の専門病棟 に入院 していたが、大腿骨転子骨折 にて他 の病院で治療 している。 この骨折 を境 に して、ス ミさんの状態 は変化す る。 骨折前 は、 あ る意 味高度 な会話 が可能 であった。 た とえば、 「外 に出てみ ま しょ う」 と スタ ッフに提案す るが、現実 に、 ここの場所か ら外 に出 られ ない ことをス ミさんは どこか で承知 してい る。 しか し一旦提案 した以上、 自らそれ を取 り下げることはできない。 そ こ でス ミさんは、スタ ンフヘ の気配 りを見せ なが ら、ひそかに病棟 に帰 る方向に話 を誘導 し てい くのである。彼女 はまた話 を作 るのが うまい。彼女 の作話 は、過去 の苦い体験 が、そ の場面で視覚 に飛び込 んできた事柄 と組 み合わ され ることに よつて成立 してお り、一定の 筋 はある。換言すれ ば内容 に意味 を感 じ取 ることがで きるものであ る。 しか し、骨折以降、 彼 女 の作話 は、 この脈絡 が欠如 し、内容 に意味 を見 いだす こ とが困難 になってい く。 最初 は、偶然居合 わせ た隣の患者 さんか らお金 を借 りてい る と話す のだが、たまたまナー スス テー シ ョンのカ ウンターの上に置いてあつた印鑑 を見て 「人 にはお金 を貸 して もいいけ ど、 印鑑 は押 さない とだ めなの よ」 と脈絡 が切れ て しま う。 また、ス ミさんが手で首か ら背 中 にか けて触 ってい るのでス タ ンフが 「か ゆいんです か?」 と尋 ね る と 「ええ、お金 がない か らかゆ くなるの」 とい う。文章の組み合 わせ がにわかには了解 できな くなつて くる。外 在化 され る言語 はあるのだが、それ で もつて他者 とや りと りす るこ とが難 しくなってい く。 人 間は複雑 な こ とを考 える時 には よ く紙 に書 くが、声 に出す こ とも同様 な働 きが あ る。 人 は、 自分 の思考 の 中だ けで処理 で きない事柄 を、 まず 「内語」 に し、次 の段 階で 口に出 す こ とに よつて外在化す る。 ス ミさんの変化 は、他者 とのや りと りが内容 的 に成 立 してい た段階か ら、や りとりは していて も内容 が失われ る段階、つ ま り形骸化 した会話へ と向か つてい る。 この先、言葉 を外在化できな くな り、内語 に留 まつてい る状態へ と向か つてい くと解釈 で きる。妄想 的発話、ない しは独語 として受 け止 め られ る発語 の形式へ と発展 し てい くにはあ と一歩であろ う。言葉 は、外界 と内界の境界 を超 え、内界へ と沈んでい く。

3)時

間の境界 一混在す る時間 認 知症 の人 々の見 当識障害が、時間・場所 。人 の順番 に障害 され てい くこ とは経験 的 には わか つてい るよ うであ る。興味深 い ことに子 どもの認知が、人・ 場所 。時間 とい う順序で 進 んでい くのに対 して、認知症 の障害 はそ の逆方 向 を辿 る。 そ して、時 間の認 知が崩れ始 め る際、過去 と現在 が一つの場面で混合す るこ とが起 こって くる。 ス ミさんの時間の混合 を紹介 しよ う。 骨折前のス ミさん は、高度 な会話 ができていた と述べた。 しか し、その時期 にはす でに時 間の見 当識 障害 は始 まつていた。 ス タ ッフが、 ス ミさんの元 を訪れ 、一緒 に散歩 に連れ 出 す。S市 の市街 地が見渡せ る窓のそばに来 る。 「あれ がS市 の市街 地 です よ

}と

スタ ッフが 何 気 な く言 うと、ス ミさんは 「ああ、あの辺 りがね」 と言 う。す る と、彼女 の表情 がいつ もの穏や か さと少 し違 つて きた。 「ど うか しま した?」 とス タ ンフの声 が けに、彼 女 は悲 しそ うな表情ではあるのだが、切迫 した感 じで 「行 つてみ よ うと思 うの」と話す。そ して、

(4)

「ど うなっているのか行 つてみなければな らないの」か ら始 める。 「何が どうなっている のですか?」 との問いに、 ど うも母親 に関す ることだ とい うことがわかつて くる。 そ して ス ミさんは、育 った場所 の ことや母 の ことを断片的に話す。 「魚屋 を していたの 。・・ い つ も自分の ことは後回 しに して子 どもの世話 ばか りで」 と。 そ して、 「私は何 も していな いの 。・・」 「も う亡 くなってい るか も知れ ない。見に行 つてみ な くてはな らないの」 と 言 う。 つ ま り、介護 が必要 な状態 なのに私 は何 も していない、 こ うや つて話 してい る間に も母 は亡 くなってい るか も しれ ない と涙 を流 しなが ら言 つてい るのである。 育 った場所や母 が どの よ うに して子 どもを育てたかは、時 間的 には70∼80年 前の過去 の こ とである。また、ス ミさんの母が亡 くなったの も20∼ 30年前の過去 の話 である。そ して、 そ の母 の こ とを話 してい るこの今現在 、亡 くな ってい るか も しれ ないか ら母 の元へ行 かな くては とい う切迫感 に駆 られ てい るので あ る。過去 と現在 が混在 してい る時間の 中で、ス ミさんは生 きてい る。

<重

度認 知症 の人 々が作 り上 げてい る世界

>

これ まで述べてきた よ うな辛い時期 を超 え出ていき、重度 の障害 を抱 えるよ うになる と、 まるで影絵 のよ うな世界 を認知症 の人々は体験す るよ うになる。

1)と

り結 んでい る人間関係―親子かそれ とも姉妹 か 認知症 の人た ちは、施設 に入 る と、見ず知 らず の人 た ち と共 に生活す るこ とにな る。 そ こで彼 らは、入所者 どうしで、何 らかの 「仮 の関係」を設定 して暮 らしてい ることが多い。 同 じ重症者 で もその度合 いがやや低 めの人 た ちの一方的 な ものが多いが、その関係 は、仲 間関係や 友人 関係 、親子 関係 に似 た風情 の ものだった りす る。 なかで も多いのが夫婦 関係 の設 定である。 「仮 の関係」 とは、現実の こととは異なるフ ィクシ ョン としての関係 とい う意 味で あ る。 また、その関係 は一方的 に設 定 され てい る。 そ して認 知症 の人 た ちは、そ の関係 が フィクシ ョンであることを どこかで承知 してい る。 ここでは、 「かんかい売 りの サ ダ さん と旅館 のおかみ ミヤ さん」 とい う親子 関係 とも姉妹 関係 ともつかない関係 につい て述べ よ う。 サ ダ さんは、夫亡き後 、 「かんかい (「こまい」 とい う寒流 で獲れ る魚 の干物)」 の行 商で子 どもを育ててきた人 で あ り、 ミヤ さんは、寒村 の一軒 しかない旅館 を長年営 んで き た人である。 ミヤ さんは陽気 な人で、歌 うよ うに踊 るよ うに話 し続 けるため、かな り皆か ら迷 惑 が られ てい る。 また、旅館 の女将 さん とい うこともあつてか、脱 ぎ捨て られ てい る ス リッパ を集 めて回 るのが好 きである。 ス リッパの持 ち主たちは、盗まれ た とミヤ さんを 非難す る。 これ らが原 因で ミヤ さん は時 に他 の患者 さんの怒 りを買 う。 そんな時 にす ∼ と 近づ いて きて、 ミヤ さんの肩 を抱 きなが らその場か ら身 を引 き離 して くれ るのがサ ダ さん で あ る。 サ ダ さんの病棟 での 日常は、かんかいの行商であち こち歩 き回 り、結構忙 しい。 患者 さん相 手 に 「かあ さん、かんかい、 買わないか」 とお ま けまでつ けて執拗 に売 ろ うと す る。 サ ダ さん は、かんかい売 りを していない ときは、 ミヤ さんの行動 に 目を光 らせ てい る。 そ うでなけれ ば、 あれ ほ どタイ ミング良 くミヤ さんの窮地 を救 うよ うな行動 は とれな い。 サダ さん とミヤ さんの現実世界 にお ける接点は一つ もない。 生まれ た町 も育った場所 も、そ して入院す る前 の接触経験 も全 くない。

(5)

サ ダ さんは、 自分の一方的な思いだけであるが、 ミヤ さんを 自分の子 どもない しは妹 と い う仮 の関係 を設定 してい る。 こ ういつた一方通行的な関係 が、 もめ事や語 いな しで成 立 してい る理 由は、ひ とえにそれが 「仮の関係」であることを彼女 らが言葉 で表現で きない 感 覚的 関係 として承知 してい るか らである。身体の深 い ところで、感 じ取 られ てい る一つ の関係 のあ りよ うである。仮 の関係 な らば、遊び とい う暗黙の了解 の領域 にフィクシ ョン 化 してお くことがで きる。 遊 びが遊 びで あ るこ との境 界か ら一歩外 に踏 み 出 した途端 に、 それ は常 に本気 の領域 に迷 い込んで しま う。 プ ロレス ごっこは本気 の投 げ合 いの喧嘩 に発 展 し、まま ごと遊びは 自己主張のぶつか り合い になつて しま う。 フィクシ ョン としての関 係 作 りは、相互性や身体的 ない しは感覚的関係 と関連 して、 も う一つの重要 な事柄 を私た ちに教 えて くれ る。 それ は 「時間」である。 サ グ さんが ミヤ さん を慈 しむ関係 とい うもの が、人が生 きてきた、あるいは人が生きてい く上において重大な意味があるか らに違 いな い。時間はその過程 を支 えている。慈 しみ慈 しまれ る とい う関係 は、両者 の間を行 き交い、 剥 がす こ とので きない感覚や感情 として身体 に刷 り込 まれ て しま う。 それ ゆえ 自分が 自分 であるこ とを確認 させ て くれ る砦の ごときものである。

2)か

かわ ること自体 に供 され る会話 ―仲間 との散歩 認 知症 の人 々の会話 は、形 の上 で

3つ

に分類 され る。 この

3つ

は、 「言葉 の意味が残 つ てい る人たちの会話」「かかわること自体 に供 され る会話」「関与のみに支 え られ た会話」 の順序 で抽象度 が高 くなってい く。 つま り、だんだん了解不能の会話 になってい く。 そ し て彼 らが交わ している最 も多い会話の形式 は「かかわること自体に供 され る会話」である。 この会話 は、内容 が何 であれ 、楽 しけれ ばいい とい う感 じが全体 を覆 ってい る。 内容 、脈 絡 は棚上 げ され 、意味内容 の伴わないかかわること自体が 目指 され る。例 えば次の よ うに。 仲 間関係 を形成 してい る

3人

が、いつ ものよ うに連れ立 って トイ レヘ と散歩す る。 リー ダー であ る トシ さんが、トイ レの窓 の網戸 に引つかかつてい る大 きな蛾 の死骸 をみて、何 とかそれ を網戸か ら落 とそ うと息 を吹 きかけてい る。 だが、なかなか蛾 の死骸 は網戸か ら 剥 がれ ない。 トシ さんは 「ほれ― 、 この大 きいの、なかなか行かない」 と仲間たちに向か つて言 う。 そ こに突然、招 り足で音 もな くフ ミさんが入 つて くる。 フ ミさんは、 リー ダー の 「行 かない」 とい う最後の言葉 を捕 らえて 「誰が?」 と聞いて くる。仲間の一人が、 こ の 「誰 が?」 に応 えて 「化 け物でないか」 と言 う。 リー ダーの トシ さんは 「化 け物がきて、 バ クっ と食 うんでないかい」 と悪乗 りす る。 そ うす る と、 も う一人の仲間が 「そんだ、そ んだ」 と うなず く。 「そんだ」 は方言であ り、通常は 「そ うだ、そ うだ」である。 この う なず く人 は、出来事 に射 して常に同意す ることで仲間内の 自分 の立場性 を保持 してい る。 また、フ ミさんは、長 い問セール スで身 を立ててきた社交的な人 であ り、話 をま とめるの が実 に うまい。 このフ ミさんが、 「化 け物」 と 「そんだ」 をつ ないで 「化 け物 って損 だ」 とま とめる。みな納得顔 で、な ごやかに トイ レか ら立 ち去 るのである。 これ に類 した会話 は数多い。意味内容 を不問に付す ことができれ ば、人 との関係 はな ご や かで楽 しい もの にな る。会話 は、他者 を抜 きに しては成 立 しない。独 り言 も、 自分 を も う一人 の 自分 にみたてて行 う会話 で ある。 一般 に会話 は、言葉 を介 しての意味 の伝 えあい が第一義 である と考 え られ てい る。 もちろん外交や 医療 な どの領域 では とてつ もな く重要 であ る。 しか し、 日常的な挨拶 は、特段 、意味 を伝 えよ うとしてい るわ けではない。 関係

(6)

性 の反映、 ない しは創 造 で あ る。認 知症 の人 々の 「かかわ る とい う形」 を大切 に した会話 もまたその延長 にある。彼 らの会話 が異様 さを感 じさせ るのは、形 が肥 大化 してい るた め に、違和感 が露呈 されて しま うだけなのである。

3)さ

わ る行動 の意味 セ ツ さんは、物や他者 、あるいは 自分 自身 に頻繁 に さわ る。特 に ヨシオ さん とい う明治 生 まれ の男性 が乗つてい る手 もたれ のある木の車椅子 に さわるのが大好 きである。彼女は、 「困つて 。・」 とか 「あれ∼・・」 「わ∼なに?」 とい う限 られた単語や感嘆詞 しか持 ち 合 わせ ていない。 セ ツ さん はいつ も どお り、 ヨシオ さんの車椅子 のスポー クを

1本 1本

て いねいに揺 らしなが らさわつてい く。ひ としき りさわ り終 える と次第に上へ と進んでいき、 手 もたれ に置 かれ てい る ヨシオ さんの手 に行 き着 く。セ ツ さんは、その ヨンオ さんの指 を スポー ク と同 じよ うに して

1本 1本

揺 ら しなが らさわ る。 そ して、 と うと うヨシオ さんの 顔 にた ど り着 く。 忍耐強い ヨシオ さん も顔 に さわ られ る と うつ と うしい。 「こ ら一 !」 と 一喝す る。セ ツ さんは驚いてその場 を立 ち去 る。 さわつていた車椅子 が人間の声 を出す こ とに驚 き、困惑 し、今度 は 自分 に さわ りなが らデイルー ムをあて どな く動 き回 るのである。 結論 か ら言 えば、セ ツ さんの さわ る行動 は、世界 の再分節化 と して とらえる こ とがで き る。分節化 とは、た とえば赤ん坊 が さま ざまな身の回 りの物 を 口に して、 これ はス リッパ これ はザル 、それ らを収納 してい る場所 が台所 といつた具合 に、分 けなが ら全体 としてま とめて識別 してい くこ とで あ る。 赤ん坊 は この よ うな分節化 を行 いなが ら自分 の住む世界 を認知 していき、同時 に、それ らを認知す る 「自分 とい う存在」 をわか つてい く。言葉 の 意 味が失 われ 、周 囲の物 を正 しく認 知 で きな くなつてい くのが認 知症 で ある。今 い る場所 が どこなのか、 自分がいま何歳 にな るのか、あるいは この人 は誰 なのか、家族 の顔 も認知 で きな くなつてい く。 そ して、言葉 の意味が失 われ る とい うことは、思考が停滞す る、な い しは思い を巡 らす ことがで きない こ とである。私 たちは、言葉があるか ら考 えるのであ る。 自分 を立証す る言葉や 、 自分 とい う実体 を包み込んでい る容器 としての周 囲環境 が見 知 らぬ もの になってい く。すべてが よそ よそ しさの 中で生起 してい るのである。何 かが抜 け落 ちてい る。 自分 を保証 してい る何 かが どん どん失 われ てい く感 じが、セ ツ さん にはあ る。喪失感 である。その喪失 を埋 めるよ うに してセ ツ さんは何 かを必死で探 してい る。デ イルー ム とい う空間を常に動 き回 つて さわつている姿は、彼女の 自分探 しの旅 なのである。 他物 に さわ り、他者 に さわ り、 自分 自身 に さわ る行動 の意 味 は、他 な らぬ 自分 を再発 見 し よ うとす る試み として受 け止 めることができる。 お わ りに あた りま えの こ とではあるが、人間には一時た りとも静止 してい る状態 とい うものがな い。 また、人間 とい う動物 は他 の動物 同様 、死 を免れ ることができる存在 ではない。 だか ら、一刻一刻 、先へ と向かつてい く。退行ではない。認知症 の人 々は、人間の原初へ と向 か つて 自らの世界 を創 り上げてい くプ ロセスで リアル に生 きている。

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