氏 名 西 国 領 君 嘉 ヨ ミ ガ ナ ニ シ コ ク リ ョ ウ キ ミ カ 学 位 の 種 類 博 士 ( 音 楽 ) 学 位 記 番 号 博 音 第 262号 学 位 授 与 年 月 日 平 成 27年 3月 25日 学 位 論 文 等 題 目 〈 論 文 〉 吾 妻 流 の 再 興 と 展 開 〜 初 代 吾 妻 徳 穂 の 舞 踊 活 動 を 中 心 に 〜 〈 演 奏 〉 清 元 梅 の 春 長 唄 鷺 娘 論 文 等 審 査 委 員 ( 主 査 ) 東 京 藝 術 大 学 准 教 授 ( 音 楽 学 部 ) 露 木 雅 彌 ( 副 査 ) 東 京 藝 術 大 学 教 授 ( 音 楽 学 部 ) 武 田 孝 史 ( 副 査 ) 東 京 藝 術 大 学 教 授 ( 音 楽 学 部 ) 萩 岡 松 韻 ( 副 査 ) 東 京 藝 術 大 学 教 授 ( 音 楽 学 部 ) 杉 本 和 寛 ( 論 文 内 容 の 要 旨 ) 本 論 で は 、 現 在 の 日 本 舞 踊 界 の 礎 と な っ て い る 新 舞 踊 運 動 と 、 そ の 背 景 に あ る 事 柄 を 取 り 上 げ 、 そ の 中 で も 、 歌 舞 伎 の 表 現 技 法 で あ る 「 女 形 」 か ら 、 女 性 が 女 性 を 表 現 す る 「 女 の 踊 り 」 と し て 娘 形 を 確 立 さ せ た 初 代 吾 妻 徳 穂 に 主 眼 を 置 い た 。 そ の 初 代 徳 穂 と は 、初 代 花 柳 寿 美 に 憧 れ 、昭 和 5年 に 活 発 と な っ た 新 舞 踊 運 動 に 身 を 投 じ た 女 性 舞 踊 家 の 一 人 で あ る が 、 ま ず 新 舞 踊 運 動 と は 、 坪 内 逍 遥 に 触 発 さ れ 興 っ た 運 動 で あ る 。 そ の 背 景 に は 明 治 37年 に 出 版 さ れ た 『 新 楽 劇 論 』 が あ り 、 こ の 逍 遙 の 意 を 継 ぐ べ く 、 初 代 藤 蔭 静 枝 が 狼 煙 を あ げ 、 初 代 五 條 珠 實 、 初 代 花 柳 寿 美 を 含 め た 三 人 の 女 性 舞 踊 家 が 先 駆 け と な り 、 そ の 後 進 と し て 、 西 崎 緑 、 藤 間 勘 素 娥 、 藤 間 喜 与 恵 、 水 木 歌 紅 、 藤 間 春 枝 が 舞 踊 家 の 道 を 辿 る こ と と な る 。 こ の 中 の 藤 間 春 枝 こ そ が 、 後 の 初 代 吾 妻 徳 穂 な の で あ る 。 徳 穂 は 、 新 舞 踊 運 動 で 活 躍 す る 女 性 舞 踊 家 の 中 で も 、 一 線 を 画 し て い る 。 そ れ は 、 女 性 が 女 性 と し て 踊 る 「 女 の 踊 り 」 の 追 及 を 目 標 と し て お り 、 当 時 の 社 会 情 勢 と し て 外 国 の 文 化 へ 目 が 向 き が ち で あ っ た 時 代 に 、 自 国 の 文 化 に 目 が 向 い て い た こ と で あ る 。 そ こ に は 、 母 藤 間 政 弥 と 、 父 十 五 代 目 市 村 羽 左 衛 門 の 影 響 が あ っ た こ と と 、 フ ラ ン ス 人 の ク ォ ー タ ー と い う 生 ま れ 持 っ た 国 際 性 の た め と 言 え よ う 。 第 一 章 で は 、 新 舞 踊 運 動 に ま つ わ る 歴 史 と 、 先 述 の 女 性 舞 踊 家 た ち の 活 動 を 挙 げ 、 そ れ ぞ れ の 信 念 と 、 当 時 の ニ ー ズ を 知 り 、 な ぜ 徳 穂 に 着 目 し た か を 論 じ て い る 。 よ っ て 第 二 章 で は 、 徳 穂 が 行 っ た 舞 踊 活 動 ( 春 藤 会 、 夫 妻 会 、 定 式 舞 踊 会 、 ア ヅ マ カ ブ キ 、 三 趣 の 会 ・ 徳 穂 の 会 、 を ど り 座 ) を 詳 し く 考 察 し 、 そ こ か ら 窺 え る 徳 穂 の 舞 踊 観 を 探 っ た 。 徳 穂 の 舞 踊 に は 、 そ の 生 い 立 ち が 、 教 養 、 精 神 性 、 作 品 を 踊 る 上 で の 糧 に 繋 が っ て お り 、 切 り 離 せ な い も の と な っ て い る 。 ま た 、 母 政 弥 、 父 十 五 代 目 羽 左 衛 門 、 二 番 目 の 夫 と な る 藤 間 万 三 哉 も 欠 か せ な い 存 在 で あ る の で 合 わ せ て 記 し て い る 。 そ の 舞 踊 活 動 、 舞 踊 観 を 知 っ た う え で 、 本 大 学 で 開 催 し た 博 士 リ サ イ タ ル で の 実 践 研 究 の 目 的 と 結 果 を 論 じ た の が 第 三 章 で あ る 。 博 士 リ サ イ タ ル は 、 一 年 次 と 二 年 次 で 二 度 開 催 し て い る 。 第 一 回 で は 、 徳 穂 の 女 の 踊 り の 集 大 成 と さ れ る 長 唄 ≪ 娘 道 成 寺 ≫ と 、 道 成 寺 か ら 派 出 し た ≪ 鐘 ヶ 岬 ≫ を モ チ ー フ に 創 っ た 新 作 ≪ 五 障 の 桜 ≫ を 上 演 す る こ と で 、「 型 」 の 重 要 性 と 、「 振 」 に 込 め ら れ た 感 情 が い か に 普 遍 的 で あ る か を 感 じ 取 っ た 。 ま た 、 新 作 に モ ダ ン ダ ン ス の 演 者 を 用 い る こ と で 、 日 本 舞 踊 独 自 の 表 現 方 法 を 顕 著 に し た 。 さ ら に 、 ≪ 娘 道 成 寺 ≫ が な ぜ 徳 穂 の 女 の 踊 り の 集 大 成 と い わ れ た の か 、 そ の 過 程 を 推 測 し た 。
第 二 回 リ サ イ タ ル で は 、 素 踊 り の 長 唄 ≪ 島 の 千 歳 ≫ と 、 歌 舞 伎 舞 踊 で あ る 清 元 ≪ 落 人 ≫ を 演 じ 分 け 、 徳 穂 の 求 め た 「 女 の 踊 り 」 と 「 女 形 」 の 表 現 の 違 い を 自 ら が 表 現 す る こ と に よ り 、 な ぜ 徳 穂 は 女 性 な ら で は の 舞 踊 を 求 め た の か と い う 過 程 を 探 っ た 。 そ れ ら を 実 際 表 現 す る こ と で 、 女 の 踊 り は 女 性 に と っ て 必 要 な も の で あ り 、 そ れ に は 女 性 特 有 の 曲 線 的 な し な や か さ が 出 る よ う に 、 衣 裳 、 鬘 、 化 粧 法 な ど 全 て に お い て 、 女 性 美 の 追 求 を 考 え て い か な け れ ば な ら な い こ と を 知 っ た 。 徳 穂 は そ れ を 「 吾 妻 ご の み 」 と い う 一 つ の 形 で 確 立 し て い る 。 吾 妻 流 の 作 品 の 中 で も 「 吾 妻 ご の み 」 が 充 分 に 生 か さ れ て い る 舞 踊 作 品 は 、 長 唄 ≪ 娘 道 成 寺 ≫ 、 長 唄 ≪ 島 の 千 歳 ≫ 、 長 唄 ≪ 鷺 娘 ≫ で あ る 。 第 四 章 で は 、こ れ ま で 述 べ て き た 全 て の こ と を 踏 ま え 、現 代 を 生 き 、日 本 の 伝 統 を 担 う 一 端 で あ る 論 者 が 、 今 後 ど の よ う に そ の 思 想 を 受 け 止 め 活 動 し て い く か 、 ま た 本 大 学 で 学 ん だ 意 義 を 見 出 し た 。 そ し て 、 古 典 芸 術 と は 、 伝 統 を 踏 襲 し 革 新 を 備 え た も の で あ り 、 日 本 舞 踊 は 過 去 か ら 未 来 に 継 続 す る 日 本 人 の 心 と し て 考 え た 。 こ の 研 究 を 通 し て 、 吾 妻 徳 穂 に お け る 娘 形 の 確 立 は 、 日 本 舞 踊 に お い て 女 性 美 を 究 極 に 追 求 し た 舞 踊 技 法 と 、 吾 妻 ご の み と い う 日 本 舞 踊 の 視 覚 的 美 の 形 式 の 両 者 を 確 立 す る に 至 り 、 新 舞 踊 運 動 を 基 盤 と し て 成 立 し た 古 典 作 品 に 革 新 を も た ら し た も の で あ る と の 結 論 に 導 い て い る 。 ( 総 合 審 査 結 果 の 要 旨 ) 2 月 1 8 日 に 本 学 奏 楽 堂 に お い て 行 わ れ た 博 士 リ サ イ タ ル 演 目 は 清 元 「 梅 の 春 」 長 唄 「 鷺 娘 」 の 二 番 梅 の 春 は 相 当 の 技 術 を 要 す る 御 祝 儀 曲 の 代 表 格 で あ る が 、 古 典 舞 踊 の 基 本 を 忠 実 に 守 り な が ら も 一 歩 踏 み 込 ん だ 演 技 を み せ 格 式 高 い 舞 台 を 作 り 上 げ た 。 鷺 娘 は 吾 妻 流 に 伝 承 さ れ て い る 振 付 で 演 じ ら れ た .従 来 の 歌 舞 伎 舞 踊 と 一 線 を 画 し た 故 吾 妻 徳 穂 師 が 生 涯 を 通 じ て 確 立 し た 型 を よ く 研 究 し 舞 台 に 体 現 し た 。 実 技 に お い て は リ サ イ タ ル の 難 曲 に 正 面 か ら 向 か う 姿 と 努 力 が 清 々 し く 将 来 に 期 待 出 来 る 優 秀 な 人 材 と な る で あ ろ う 。 論 文 吾 妻 流 に 至 る ま で の 歴 史 を 細 部 に 渡 り 調 べ 上 げ 、 徳 穂 が 独 自 の 舞 踊 の 方 を 創 り 上 げ て い く 経 緯 を 年 代 別 に 作 品 と 照 ら し な が ら 考 察 し て い る 。 膨 大 な 資 料 の 中 か ら こ こ ま で 纏 め た 努 力 は 認 め る が 、 膨 大 な ゆ え に 曖 昧 に な っ て い る デ ィ テ ー ル も 多 い よ う に 思 え る 。 構 成 も 含 め て 多 少 の 手 直 し の 必 要 が あ る と 思 う 。 協 議 の 結 果 、 総 合 成 績 は 合 格 と す る 。