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戒本の誦出とその意義 -- 上座部仏教の僧伽を中心として --

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初期の比丘僧伽においてもっとも重要な行事とされたものに布薩︵goの騨昏P褒漉陀冒笛Qg︶があるが∼それは現在 といえども南方上座部佛教の僧伽に継承されて、僧伽の数ある行事の中でも、もっとも重視され厳重に行なわれてい る。ところで何故に布薩が僧伽にとって重要な行事とされているかというに、初期佛教以来、僧伽の生命とかんがえ られてきたものは、和合︵の四目品鴨︶と清浄︵目鳥目目冨︶とであり、その生命を維持してゆくために、布薩はもっとも 有効にして、かつ適切な行事であったとかんがえられるからである。すなわち、住処を同じくするものが、つねに和 合して、しかも清浄をむねとして、修道にはげむことがねがわれており、そしてそのことのためには、僧伽を構成す る比丘が、各自の日日の生活において、持戒者︵色画く騨具︶としての立場を崩すことなく、つねに自戒してゆくことが 不可欠の要件であったからである。そこで半月に一度の布薩において、比丘たちはともどもに犯戒の事実ありやなし ① ゃをきびしく自己に問い尋ねて清浄を期するということが共通の場でおこなわれたものとみられるのである。 比丘の遵守す今へき戒条を集めたところの波羅提木叉弓黒目○房目、勺騨目C騨冒別解脱︶が、諸部派によって現在み

戒本の訶出とその意義

l上座部佛教の僧伽を中心としてI

|布薩における戒本の謂出

佐々木教

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② られるようなかたちをとるまでには、およそ四つの発達段階があったといわれているが、その話出はすでに初期の段 ③ 階からおこなわれていたようである。 パーリ﹃律蔵﹄大品の﹁布薩腱度﹂には われ、比丘らのために学処を定めたり。われ、まさにこれをもって波羅提木叉として話せんことをゆるすべし。 ④ これをもって布薩掲磨となさん。 とあるから、比丘たちのための学処︵、旨昏苔四目︶とされた戒条が波羅提木叉とされて、それが詞せられることになっ たのである。すなわち、比丘たちにとって波羅提木叉は学処であり、ともにひとしく学ぶゞへき戒であるとされていた ことが知られる。したがってその波羅提木叉は、律儀︵⑩四日ぐ胃騨︶として比丘の行動を制し悪に陥ることを防ぎ護るは たらきを有するものであり、しかもそれは、戒としてきわめてすぐれたる︵且冒冨︶ものであり、また一切の世間の戒 ⑤ の中でも最上の︵具国日P︶ものと解せられる性質のものであった。それゆえに、比丘の学処を集成した波羅提木叉は、 戒経とよばれ、あるいは戒本とよばれてしかるべき理由を具していたのである。 ところで、かような戒本が布薩において諦出されることの意味について考察するに、ほぼつぎのようなことがかん ところで、 がえられる。 口僧伽はす$へての階層の人に平等に開放されており、あらゆる種類の人の集まりでもあった。もっとも実際の運 日僧伽はつねに清浄︵凰鳥口呂gであることをモットーとして維持存続されなくてはならなかった。比丘一個人 としても解脱。混盤を目的として修道にはげむ身であるから、身口意の三業を清浄にたもつことに留意せねばな らぬことはいうまでもないが、さらにまた、たとい一人でも比丘としてふさわしくない行為をなすものが僧伽の 中に介在するとすれば、他の比丘の修道を妨げるのみならず、僧伽に対する在家信者の信頼を失なうことにもな るであろう。

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営面から病者およびその他の支障のある人を加入せしめない障法︵四口3門ご房①号四目日の︶とよばれるものがあらわ れてはいるが、それは基本的なかんがえかたによる区別ではない。したがって、僧伽の中には無学文盲に近いも のや、記憶力のにぶいものもいたし、あるいは性質の温順でないものや、怠惰なものもいたようである。そして そのような人たちが一処に居住して、たがいに助けあい、いましめあいながら生活するのであるから、そこには 修道生活の規範となるものがぜひとも必要であった。しかもその規範なるものは、たえずこころにとどめて本人 の念頭をはなれることがないようにしなくてはならなかったのである。そこに戒本の反復荊唱という仕方が採用 されることになったのであろう。﹁布薩腱度﹂には、比丘たちが日日に波羅提木叉を詞したので、それでは時間 をとりすぎ、余りにも煩喰なことになるのでこれを世尊は禁じられ、さらに半月に三度というのもやめさせて、 半月に一度の布薩日に詞することをゆるしたもうたことが説かれている。 e上来考察したところの戒本訓出の趣旨にしたがえば、各自がそれぞれ独自に戒本を暗詞して反省するという、 その機会をもてばよいことになるが、なかには前述のごとく記憶力のにぶいものもあり、また意志の薄弱なもの もいる。そこで比丘たちの集まる衆会︵冨儲脚︶の場において、聡明にして有能なる一名の比丘をして戒本の謂出 をなさしめ、他のものがこれを聴くという方法が用いられることになった。これが﹁布薩腱度﹂のもし僧伽に機 熟さば、僧伽は布薩をおこない波羅提木叉を詞すゞへし。何をか僧伽の初の行事となすや。具寿等、︹自己の︺清 ⑥ 浄なることを告ぐべし。われ、波羅提木叉を話すべし。ここにありてわれらす等へてこれを善く聴き作意せん。 と説かれていることの意味である。 さて、この中とくに日にあげた﹁布薩鍵度﹂の文の中の話すべし︵且段⑳3目︶といわれていることに注意したい。 この論す、へしといわれているのは、ただたんに鵜呑みに戒本を暗詞せよということではなくて、波羅提木又の各戒条 を、それぞれの戒条の性質にしたがって区分して示し、会衆︵冨剖鼠︶をして充分なる領解をえせしめるように話出せ 3

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言出目︶、明説すべし︵ に尽くそうとしている。 このようにして波羅提木叉の謂出にあたっては、とくに留意されなくてはならないものがあったから、五種の仕方 があったもようである。すなわち説戒の五種︵四分律巻三十六︶、説波羅提木叉法、あるいは説波羅提木叉人法︵十調律 巻五十七︶などとよばれるものがそれである。 A⑩序を語し已りて余は常に聞くところなりと唱える。 ②序と四波羅夷とを詞し已りて余はつねに聞くところなりと唱える。 ⑧序と四波羅夷と十三僧残とを諭し己りて余はつねに聞くところなりと唱える。 ⑳序と四波羅夷と十三僧残と二不定とを語し已りて余はつねに聞くところなりと唱える。 よということである。それゆえに、﹁布薩鍵度﹂には、その誰出に関して﹁宣説す篭へし︵脚。房画烏出目︶、説示すべし ︵号“①“の押目︶、施設すべし︵意副署の“の四目︶、建立すべし︵冨荏国胃の3目︶、解説すべし︵ぐ冒胃品出目︶、分別すべし︵ぐ号冨︲ ⑦ 房の脚目︶、明説すべし︵ロ洋習時胃關自己︶、顕示す尋へし︵g圃切の閉四目︶﹂というように八語をもっての、へ、その意を充全 以上のAの五種は諸搾みな同じであるが、﹃四分律﹄のみは、上掲の五種以外にさらに別の五種をあげている。 B⑩序と四事を説く。余は応に僧常に聞くと言うべし。 ②序と四事と十三事とを説き已りて⋮⋮。 ③序と四事と十三事と二事とを説き已りて・・⋮.。 ⑳序と四事と十三事と二事と三十事とを説き已りて⋮⋮。 C④序と四事と十三事とを説き巳りて、余は応に僧常に聞くと言うゞへし。 ノーI、、b0rJfPIlI﹃、f11 句広説する。 IIlp宅二一・’二 ⑤広く第五を説く。

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このように説戒には五種の仕方がいくつかに区分されてかんがえられていたことが知られる。 おもうに、布薩においては、欠けるところなく広く戒を説くということが基本的なかんがえ方であった。しかしな がら、実際としては、つぎの八難もしくは余縁とよばれるところの、説戒実施に際して支障となる事件も発生するこ ⑧ とがあるから、その場合には、略して戒を説くことがゆるされたのである。﹃四分律﹄によれば、八難とは、王、賊、 火、水、病、人、非人、悪虫であり、余縁とは、床座少、衆多病、天雨、布薩多、闘諄事、諭阿毘曇毘尼、説法夜久 という七種の余事の縁を指している。﹃パーリ律﹄によれば、八難のうち前七は﹃四分律﹄にあげるものと同じであ るが、第八に猛獣の障礒、第九に蛇の障礒をあげ、さらに命の障磯と梵行の障礒とをあげて十難となし、余縁のこと にはふれていない。いずれにしても波羅提木叉を諦出する場合に広話と略説とがおこなわれたのであるが、上述の十 難すなわち十種の障礪︵§冨団制︶が発生した際にのみ略詞することをゆるされたのである。したがって障硬がないの に略訓を用いたり、反対に障磯があるのに広稲を用いたりすることは避けるべきであり、あえてそれをおこなうもの ⑨ があれば、その調者は悪作︵目匡畠冨︶に堕すとして、これをいましめられたのであった。なお、十障蕨の中のたとい 一つでも発生して、到底戒本の諦出はおこないがたい状況であれば、その調出はなすべきでないが、その際はそのむ ⑩ ねを僧伽に告知するなど如法なる遮説戒がおこなわれなくてはならないとされている。 さて、戒本の調出は、上来の、へたことからも知られるように、障凝のない最善の状態においておこなわれることが 考慮されていたということができる。そして話者は会衆に対して、その暗謂の声が充分に聞えるように、明瞭に語句 (5)(4)(3)(2) 序と四事と十一三 広く第五を説く。 序と四事と十三事と二事と三十事と九十事とを説き已りて 序と四事と十三事と二事と三十事とを説き已りて⋮。:。 序と四事と十三事と二事とを説きて已りて⋮.:。 C 5

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を発声することが望まれた。そのことは、長老のウダーイ︵目脚琶︶が、自分の烏︵のような︶音声を案じて、世尊にそ ⑪ のことを申しあげると、世尊は聞えるようになさんとつとめるものは罪無しとしてこれをゆるされたことがそのかん の事情をよくもの語っている。﹃四分律﹄によれば、過差歌詠の声にて説法すれば五過ありとして斥けているにもか ⑫ かわらず、歌詠声にて説戒することを許すとされているが、そのことはやはり上述のことと関連があるのであろう。 ところで、論者に関しては以上のごとくであるが、その荊者をもふくめて聰者について説示されている事柄が重要で あるとかんがえられる。 さきにあげた﹁布薩腱度﹂の文に われ、波羅提木叉を謡す課へし。 ここにありてわれらすべてこれを善く聴き作意せん。 目は日巳烏丘⑳日ロロ日切防出昌一電冨昌の号冨ぐゅ3口蘭の圏ロロ丙煙日目ロ○日目四国閉時胃○日四. と説かれていたが、戒本が詞せられるのを会衆の中にあって、ともどもに聞くところのものは、ただたんにその荊唱 されるものを耳に聞くというだけのことではなくして、それを思惟し︵四#巨冨プ動︶、作意し︵白目閉房胃乱︶、す尋へてを ⑬ こころにとどめるようにして聴くことであり、さらにまた、心を散らさず動かさずして傾聴せんとするものであると されている。このようにして善く聴いて作意がなされるから、ひとたび罪を犯したという事実があれば→これを覆蔵 することなく自発的に発露せずにはいられないことになり、発露すれば安穏が得られ、僧伽の清浄がもたらされると されたのである。いずれにしても 罪あるを発露せよ。発露せぱ安穏を得ん。 倒己四命武倒ぐ芦汽幽計pワヴ脚画く﹄丙四計幽ロ︼﹀ののmも彦倒の届け○は. ⑭ というのが、戒本禰出の意義を示すものとかんがえられるのである。ここにいう発露なる語は、﹁五分律﹄に用いて

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⑮ いる語であるが、この﹃。︿−リ律﹂の文にまさしく対応する﹃四分律﹄の文には餓悔の語を用いているから、その発 露はすなわち餓悔を意味しているのである。すなわち罪過餓悔︵箸沙蔑︲号3目︶である。そこで清浄を求めんと欲する ならば、罪のあることを億うて俄悔をせよと発露繊悔を勧める。その目的は何かといえば、もちろん比丘各人の清浄 なること、ひいては僧伽の清浄なることを期するためであり、僧伽が清浄であることによって正法をして久住ならし めることができるとされる。以上の考察によって、布薩における戒本の訶出は、正法の久住という、佛教徒にとって の最大関心事と結びついていることが知られるのである。 註① 罰︶ ⑤ぐ旨昌§冒冨︾冒図目ぐゅ謁騨﹄ぐ○]己︾弓虐gLs︾南伝巻三、一八二頁’一八三頁。 ⑦ぐ旨昌四.号昼。.pぢい南伝巻三、一八三頁。 ③四分律巻三十六、説戒健度下、大正二二、八二三上。 ⑨ぐ冒昌煙.号昼・︾ロ旨騨南伝巻三、一九九頁。 ⑩ぐ甘昌画.Q邑目割騨謁騨︾ぐ9.目﹄や画に︾南伝巻四、三六四頁︵遮説戒腱度︶。 ⑪ぐ旨昌四.旨四目ぐ凹開。︾ぐ○]巴﹄弱巨、﹄南伝巻三、二○四頁。 ⑫四分律巻三十五、大正二二、八一七上、八一七下。 、、 ⑬この点がもっともよく示されているのは、律二十二明了論の﹁若人能如レ理了二別七罪聚義司此人必定能解一諦波羅提木叉布7 ⑤勺昇目○房富 む開倒口涛砕く○] ③平川彰﹃律蔵の研究﹄四八三頁参照。 ④。旨の四十冒国卑屈目冨冒︾ぐ冒暑“も冒菌ぐ巳自︾固]g南伝巻三、一八二頁。 ⑤勺騨冒○嶌冒閨日くい国色目︺恩口四且冒邑、目はぐロ○○m目.笛g巴○冨制色目四ョ隠旧晦回・雪のぐゅ鳫旧旧悩8︵普目⑳口薗︲ ○玲詐声①勺H帥蝕ロ︼○斤mPも.心]︶○ ○.いむ.旨厨国小目ロ①四鳴旦ぐ冒四営四︾や旨P 戒経の成立に関して、その発達に四段階のあることが学者によって説かれている︵言.射﹀四︹旨○君¥P9目冨国はぐ①の目島 二℃・函心娼︶

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戒本は、諸部派のつたえるもの、いずれもつぎの九つの部分から成り立っている。そしてこれらはみなウッデーサ ︵且烏砂煙説示︶として按排されている。 ︵汗円嶌︶︵汗同前爵︶

岸昌3口口目の$珊叫諜引

陣凰且時口目①のぃ篇識別没引吟、

騨笛凋目日の①呂目①の四応崩誤引届ミ

ト幽昌冒言目①3剖研没引いつ

口目朋侭唱冒目①3誰同型引ぎぎ

ロ日日甚冒目①3任偲段引畠].急

式目宮号の四目旨&①3甫曄諜引吟、

酌の①召ご巨呂のの四翔椛融引計謝

P$目算目目の3蔦鞘設引﹃﹃

半隠司“旨

ここにあげたものはパーリ律蔵の戒経によるものであるが、戒条の数は諸部派の戒本において異同があって、一致 ① していないから、部派においてそれぞれ異なった伝承をもったことが知られる。ところで、上掲のように九種のウシ 沙他・﹂︵大正二四、六六六下︶である。 ⑭弥沙塞和醜五分律巻十八、大正二二、一二二上。 ⑮四分律巻三十五、大正二二、八一七下。

二謂出の上よりみた戒本の性質

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デーサとして示されるのは、前述の戒本調出の五種の仕方と関係しており、波羅提木叉を区切って億詞することを知 ② らしめたものであるといわれている。 さて戒本には、上掲のごとく戒条をあげるに先立って序言︵昌目口四︶すなわち戒序とよばれるものが付せられている。 ③ しかるにスリランカ、ビルマ、タイなどの南方上座部のつたえる戒本には、その戒序に先立って更に三偶が付せられ ているが、四分律等の漢訳諸戒本にはそれが見あたらず、偶頌の内容に相当するものが部分的ではあるが戒序の長行 の中にみられる。この三偶に相当するものは、波羅提木叉の註釈である嵐鱒房園a33目にまさしく偶頌としてあげ ④ ているから、おそらく南方上座部の戒本にはそれらが付加されることになったものとおもわれる。その三偶の内容は、 布薩を行なうにあたって前もって準備すべき事柄である冒言烏胃騨箇︵前行︶︹四つの作務I布薩堂の清浄、灯火の 用意、飲料水および使用水の準備、座具や毛蔑などの敷物を敷くこと︺と、さらに戒本訓出の前に為しておくべきつ とめである冒冒騨匡o8︵前所作︶︹五つの義務l与清浄︵病気で出席できない比丘の清浄をもたらすこと︶、与欲︵病比丘 の委任をとりつけておくこと︶、季節を告げること、比丘の数を算えること、比丘尼のために教誠すること︺と、さらに ⑤ また、布薩を行なうに適せる事なる恵詐巴畠冒︵通事到来︶︹四つ通事I布薩日、謁磨をするに足る比丘、共通の罪 のないこと、避けらるべき人のないこと︺とをあげたものである。以上のことは、布薩がおこなわれるに際しての事 前の準備ないしは実施のための条件といったもので、かならずしもそのすべてがウッデーサとして詞出されなくては ならないものといったものではなかろう。しかしながら、上述の中でも与欲と与清浄と比丘尼教誠との三つは、僧伽

⑥⑦

にとってきわめて重要な事柄とされていたのであろう。漢訳戒本の戒序中には、その三つをあげており、また潟磨本 にもその三つの溺磨文をあげている。 戒本の組織は前掲のごとく八つの部分に序言︵昌目旨。︶が付せられ、九つの区分から成るウヅデーサとしてととのえ られているが、その中︲最初のニダーナは、一人の長老が会衆に向って、今日は布薩にして波羅提木叉の説示がなさ 9

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⑧⑨

なお、このあとにパーリの戒経には存しないが、梵本やチベット訳本の戒経および漢訳の諸戒本には→略教偶とし て七佛の偶なるものが付加されている。それは毘婆狽佛を初めとする過去七佛の波羅提木叉の略説と称せられるもの である。そしてこの略説波羅提木叉が付加せられたゆえんは、﹃四分律比丘戒本﹄に 、、、、 ⑩ 若更有二佛法如是中皆共和合応二当学毛 とあることからも知られるように、重ねて七佛に配される偶のおしえを服膳して和合の実をあげることを勧めたもの である。このことは波羅提木又の荊出が正法の久住をめざしたものであり、正法の久住は僧伽の和合によって将来さ ⑪ れるものなることを明確にしたものとかんがえられる。 ⑫ 過去七佛に配されている偶の中、第六佛迦葉如来の偶とされる

一切悪莫レ作当し奉二行諸善一

自浄二其志意一是則諸佛教︵四分律比丘戒本による︶

は古来より﹁七佛通戒偶﹂とよばれていて、七佛が共通して受持した教えとして諸種の経論にあげられているが$こ の偶が戒行の根本にかかわるおしえとして、佛教を学び、佛道を修してゆくについて重要な指針を示したものである ⑬ ことは、すでに学者によって指摘されている。 いつてよかろ﹄フ。 ると結んでいる。この結びのことばは、戒本の説示がおよそ何を目的としたものであるかを端的にもの語っていると たる法の説示がなされたむねをのべ、これによってすべて和合し歓喜し識うことなき人びとは、まさに学す鐘へきであ このようにして、つぎに四波羅夷以下の二二七ヵ条がそれぞれの区切りをもってあげられ、最後に序言以下滅諄にい り返えしてそのことを尋ね、沈黙の状態が見とどけられたならば清浄である、と判断するという内容のものである。 れること、そして一心にその説示を聴き、罪を犯したものは告白し、罪を犯さなかったものは沈黙せよ、と三たび繰

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なお、この偶は毘婆戸佛の偶と毘葉婆佛の偶とともに長部経典の第十四﹃大本経﹄︵旨沙冒息忌昌闇屋#目菌︶や、小部 ⑭ 経典の﹃法句経﹂e冒日昌眉且騨︶等にでているが、﹃大本経﹄によれば、それは毘婆俔佛世尊・阿羅漢・等正覚者が 比丘僧伽において誰出された波羅提木叉であるむねが説かれている。 さて比丘戒本の最初の条項は波羅夷︵圃且時四︶であるが、これはもしそれを犯せば比丘としての資格を失ない、僧 伽より追放されるものである。すなわち、婬、盗、殺、大妄語に関する四ヵ条である。この中、佛教の修道者として とくに注目す、へきものは第四の大妄語戒であるとかんがえられる。これは、実際には聖智勝法を得ていないにもかか わらず︿われはかく知り、われはかく見る﹀と、さながらすでに逮得せるがごとくに自称することである。ここにい う聖智勝法とは、上人法︵屋#肖目餌昌口吻の且冨日日四︶なる四向四果に属する智慧を指すが、このことを厳重にいましめて いるのは佛教僧伽の特色といってよいものであろう。 つぎの僧残︵の曾凋圃昌の①8︶はそれを犯しても比丘としての資格を失なうことにはならないが、僧伽の議決によって 適宜に処分されるものの中、きわめて重要なものをいう。これをその内容よりわけてみると、欲情と異性との接触に 関するもの、僧房の造作に関するもの、破僧伽に関するものとになる。すぐへて十三ヵ条ある中で、とくに注目される のは僧伽の和合に関係した条項であろう。僧残の第十条にはつぎのごとくいわれている。 何れの比丘と雌も和合せる僧伽︵教団︶を分裂す、へく徒党を結び→或は分裂を助長する事件を取りあげ、これを公 にして立つことあらん、この比丘他の比丘等よりかく告げらるることあるべし、﹁尊師ょ、和合せる僧伽を分裂 す、へく徒党を結び、或は分裂を助長する事件を取りあげ、これを公にして立つこと勿れ、尊師ょ、僧伽と和合す 、へし、げに僧伽は和合し、相歓びて諄ふことなく同一教を奉じて安穏に住するなり﹂と。この比丘他の比丘等よ りかく告げられてその如くに固執するならば、この比丘他の比丘等よりそを捨てしむる為に三度まで諫告せらる ⑮ 、へきなり、三度までも諫告せられて、そを捨つれば可なり、若し捨てざれぱサンガーディセーサなり。 11

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おもうに、僧伽とは和合衆のことを指すのであるから、和合︵、四日四開四︶ということは前述のごとく僧伽の生命とも いう籍へき事柄である。したがって和合を破ること、ないしはそれに関係したことが、かたくいましめられるのは当然 のことであろう。しかしながら→諫告︵の騨日鯉口呂圃、四目︶が三度繰り返えされ、そのかん反省・翻意の機会があたえら れてあることは重要である。そして前にあげたところの序言説示の中のくすべてのものが和合し、歓喜し、靜うこと のない人びと﹀云灸とのべているのと、ここの僧残第十条の中の文意との一致から考察するならば、一たび犯せば不 ⑯ 共住︵騨閨目乱閏︶の処置をうけて;僧伽からしりぞけられてしまうという波羅夷よりも、ここの僧残の方が僧伽にとっ ては、より重要な意味をもっているともかんがえられる。 つぎに不定︵凹昌冒圃︶とは文字どおりに不決定ということで、比丘が異性との同席を第三者に見られ、その関係を 疑われた場合に、目撃者である第三者の証言によって波羅夷、もしくは僧残、あるいは単堕のいずれかの罪に処せら れるものを指す。ただしこの場合、その目撃者は信用のある人でなくてはならないとされている。 またつぎの捨堕︵員の、品四制︲目鼻身蝕︶とは、衣服︵・弓胃騨︶、羊毛︵の海箇﹄。日騨︶、鉢︵恩#四︶などの比丘の所有物に関 係するもので、規定以上の余分のものを所有するか、もしくはそれを入手する際に不法な態度でなされるかすれば、 その物品を僧伽に差しだし俄悔することをおしえたものである。すなわち、貧りの心から入手したような財物は、現 前の僧伽に提出して餓悔すべきものであり、もしもそうしなければ堕獄するであろうといましめられたものである。 つぎの単堕︵目。貸与四︶は、妄語︵日冒の画乱§︶、両舌︵回“口目︲33︶、殺生︵圃目庁巷脚且、飲酒︵目皇名目四︶その他種種 なる生活行為など、主として執着煩悩に関するもので、これを犯した場合には、三名の比丘衆︵g陦屏目︲鴨冨︶の中で 告白し餓悔することをおしえられている。 つぎに悔過e騨匡の切騨昌冒︶は、いずれも食事に関係したもので、これを犯した場合には、一名の比丘に対して告白 骸悔することをおしえられている。

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最後の滅淨︵且巨富国冒閨冒呉目︶は、僧伽において争いがおこった場合の処理法に関するもので、それに七種の方 法が示されているが、それによって適宜にその紛誇を鎮めないときは、僧伽の当事者である上座の比丘が突吉羅罪を 得るとしていましめられている。おもうに、波羅提木叉にこの七滅諄法がおさめられていることの意味は重大なもの がある。﹃四分僧戒本﹄によれば シラン︸天ノルコトチ’一ス⑰ 若比丘有二識事起一即応二除滅韮 とあり、その除滅の方法が⑩現前毘尼︵3日目鳥目ぐ旨昌餌︶②憶念毘尼︵の島ぐ旨凹冒︶⑧不凝毘尼︵煙目旦冨ぐ旨畠四︶ 倒自言治︵冨目副冒曇旨昌曾︶⑤筧罪相︵3の“眉画亘ご酋冨︶⑥多筧罪相今のg旨ご“の昏倒︶⑦如草布地︵昔騨ぐ胃言目国富︶ なる七種でもって示されるのである。これらの一々についての説明は;諸律の﹁減諄健度﹂にゞそれぞれの生起の因 縁をもってなされているから“目下は関説しない。そのポイントともいう熱へき事柄は、僧伽における紛争を未然に防 ぐこと、そして万一紛争が発生した場合には、大事にいたる前に適切な処置をなして紛争による事象を取り除いてゆ こうとするにある。若しも解決がつかなければ僧伽は分裂をおこし、道俗ともに帰依処に迷うことになるであろう。 ところで、ここにもっとも留意せらる、へき事柄は、誇事が発生した場合に、それに対処し処理を決定するものは現 ⑱ 前僧伽︵ぬ四日目鳥目g昇幽︲の四日答沙︶であるとされていることである。この現前僧伽はいわゆる︿界に立つ僧伽﹀にして 自主性・独立性を有するものであることはいうまでもないが、その界︵の自画結界︶が定まるときに、僧伽はゆるがな い基礎をもち、教法は樹立されることになる。したがって比丘は、それぞれの地にあって同一界に住すること、それ えられている。 合、これを故一 つぎの衆学︵の①唇与四︶は、衣服の着用法、在家を訪問するときの行儀、食事作法、説法の際の態度など、比丘の威 儀作法に関するもので、これに反する行為をなした場合には突吉羅罪︵号嶌騨冨︶を犯したことになる。そしてその場 合、これを故意に犯したときは上座の比丘一名に対して、故意でないときは自己の心中において餓悔することをおし 勺 、 上り

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が僧伽の和合の基本的条件であった。そしてそこから同一住処。同一布薩界の原則が樹立されてあった。すなわち布 薩のおこなわれる場処は、たといそれは遊行の途中であったとしても、正当な作法︵結界掲磨︶によって結界された地 でなくてはならなかったのである。戒本の諦出は結界された地においておこなわれなくてはならないとされるにいた ったのは、各自に現前僧伽の確認をうながすという意味をもつが、同時に未受具足者をまじえないという意味をもっ ている。戒本の調出が結界という一定の制限された場処において、しかも世俗の世界と隔離された仕方で、純粋に比 ⑲ 丘僧伽のみでおこなわれることになったことに関して、﹃ミリンダ王の問い﹄︵冒旨目冒竪塑︶の中に、それは三種の 理由によるものであることがナーガセーナ長老によっての、へられている。すなわち、一にはいにしえの如来たちの慣 習によって、二には伝承による真理尊重のために、三には世俗の人と同一に談ずることのできない比丘の身分の尊重 のために、波羅提木叉の調唱が結界を定めて、比丘以外の人に秘匿され隠されたといっている。現在においても、こ のことは厳重にうけつがれ$布薩がなされるときは、比丘のみが堂内に入って、布薩堂の入り口の扉はかたく閉ざさ れることになっている。なお、上述の布薩以外の自窓︵冨乱&目︶をはじめ、僧伽におけるその他の重要な行事は、正 当に結界された場処でおこなわれなければすべて無効であるとされるが、そこには最高の聖域としての権威が付与せ られてあり、結界の具有する如法力が外界の悪魔を寄せつけず、僧伽を守護し、僧伽本来の使命を全うせしめるはた ⑳ らきをもつとかんがえられている。 註①2.Q︺口8a騨届8月騨匡①の旦昏①毎弾目○厨少尉巳。唖.︵弓.弓四目○言︽シg冒冒国戴く①、白昼旦昏の卑騨目C原四︾シ弓⑦ロ︲ 日〆弓︶︶平川彰﹁戒経の組織と条文の数﹂︵﹃律蔵の研究﹄四三○頁以下︶参照。 ②切飼・嵐.弓四。巨国勧国豐暑胃印○ず乏旨畠四目烏.間①めい詞邑● ③近藤正也﹁波羅提木叉﹁戒序﹄に先行する三偶について﹂印佛研五の二、一六四頁。 ④ご○貝︶ヰミ旨騨骨①胃丙農匡普﹃岸閏四昌︺弓.鋸員

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⑲旨旨目冨昌画︾勺思m﹂南伝巻五九上、三九七頁。中村元・早島鏡正訳﹃ミリンダ王の問い﹄2︵東洋文庫咽︶一八五頁。拙 稿﹁僧伽の形成と結界の設定﹂日本佛教学会年報三九参照。 ⑳Q,目冨圃口庁昌ロ8s目の冨貝曼四︵ヨロ豊国日鳥冒く9.昌帛︶.患︸陸自画が冨砿二己魑冒四︲唇の鳥目として権威づけられ たことに関しては属呂乱昌︲曽鼠や鴎名目晨屍巳箇日固い筐弓︶にの。へられている。 ⑬平川前掲書三○六頁。 ⑰﹃四分僧戒本﹄大正一 一八︵大正二五、一九二中︶、﹁根本薩婆多部律摂﹄巻一四、︵大正二四、六○九下、六一六中︶ この偶はz③昌恩冨国眉︺や畠﹄臼﹄国虐震︾。§冒豐国晶P﹄国ogga一m&・腿・房旨四園ぐ閉曾目胃︺や臆P﹃大智度論﹂巻 ⑭ロz,ぐ2.旨︸や念﹂南伝巻六、四二一頁。ロ富日日名目四房甲︵淵国利.国ロ目冨ぐぃ路○℃喝︶︼南伝巻二三、四五頁。なお、 ⑬山口益﹃空の世界﹂一三六頁以下。 ⑮長井真琴﹃戒律の根本﹄一○’二頁による。 ⑯四波羅夷の第一婬戒のみは、﹁波羅夷学悔﹂なる特別の配慮が示されている。平川彰﹃原始佛教の研究﹄二五○頁参照。 ⑰﹃四分僧戒本﹄大正二二、一○二九下。 ⑤この語について、、︿シャム念.F罷閉冨日︶教授は、とくに布薩がおこなわれるための適せる時機という解説をあたえて いる。︵ロ旨は○昌四ご旦国四吋営団ロ白色目黒旨○口色黒旨目①H日い︾や]誤︶. ⑥四分律比丘戒本、大正二二、一○一五中。 ⑦曇無徳律部雑謁磨、大正二二、一○四四下’一○四五上。ちなみに、弥沙塞翔磨本︵大正一三、三二中I下︶には、衆僧 説戒法の下で割註にして四前行などのことがのゞへられている。 ③増田臣也﹁梵文波羅提木叉経﹄九一頁、同﹃西蔵文波羅提木叉経﹂一五○頁。 ⑨漢訳諸本については、平川彰﹃律蔵の研究﹄三六八頁以下、佐藤密雄﹃原始佛教教団の研究﹄四九二頁以下を参照。 ⑩四分律比丘戒本、大正二二、一○二二中。 ⑪真柄和人﹁七佛偶波羅提木叉について﹂︵印佛研二六の二、一四三頁︶参照。 ⑫四分、五分、僧祇、十師、根本有部芯糊尼戒経、梵文、蔵文戒経は迦葉如来の偶とし、根本有部毘奈耶、根本有部戒経、律 摂は釈迦佛の偶としている。 1月 ユ し

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