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有明海湾奥部の貧酸素水塊形成過程とそのモデル化

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その後さらに詳細な議論が続いている(沿環連,2009). こうした既往の成果と上記の環境省請負業務の検討委員 会における議論を基に貧酸素水塊の形成過程を整理した.

まず有明海湾奥部の貧酸素化は,その年の気象・海象 条件によって変化するが,要因の異なる二つの時期に大 きく分けられる.最初は7月の梅雨末期の出水が引き金 となり,栄養塩の供給,珪藻赤潮発生,淡水供給による 塩分成層の発達に伴って発生する.二つ目は8月以後の

有明海湾奥部の貧酸素水塊形成過程とそのモデル化

Mechanism of the Oxygen-Depleted Water Formation near the Head of the Ariake Bay and its Numerical Modeling

田中昌宏

・小田切光典

Masahiro TANAKA and Mitsunori ODAGIRI

A mechanism of the oxygen-depleted water formation near the head of the Ariake Bay is presented based on the field observation data taken by Seikai National Fisheries Research Institute (2009). The first formation of oxygen-depleted water occurred just after big discharges from rivers due to strong salinity stratification and massive Skeletonemasp.

growth. The second formation was occurred in August when thermal stratification was developed and Chattonellasp.

grew rapidly by taking nutrients in the bottom with vertically migration. A numerical model to simulate these processes was constructed using DELFT3D. The model reproduced the field data very well and revealed that degradation of detritus derived from phytoplankton in the water column and sediment was the most important for the oxygen consumption process.

1. はじめに

有明海は,1980年代以後のアサリ・タイラギの激減,

赤潮の発生,ノリの不作など環境悪化が著しく進んでお り,その対策実行が急務となっている.環境悪化の現れ 方やその原因は様々な要因が複雑に関連しているものと 考えられるが,その中の根本的な問題として,湾奥底層 の貧酸素化が深刻な問題として取り上げられている.こ のため,「有明海及び八代海を再生するための特別措置 に関する法律」においても貧酸素水塊の発生に関する調 査の推進が明記されており,2004年度から環境省,農水 省,水産庁が連携してその調査を進めている.この調査 により湾奥部の広域的なモニタリングが実施され,極め て質の高いデータが蓄積されてきている.その結果,有 明海湾奥部の貧酸素水塊は,干潟縁辺部に小潮期を中心 に形成され,赤潮による有機物の生成・沈降・分解,密 度成層による鉛直混合抑制が重要な要因であることが明 らかとなった(水産総合研究センター,2009).

本研究では,上記の観測データから得られた知見を基 に貧酸素水塊形成において重要な過程を組み込んだ生態 系モデルを構築し,その形成機構を検討した.

なお本報は,環境省請負業務「有明海貧酸素水塊発生 シミュレーションモデル調査業務」の内容の一部である

(鹿島建設,2010).

2. 貧酸素水塊の形成過程

有明海湾奥部の貧酸素水塊形成機構については,環境 省有明海・八代海総合調査委員会(2006)の報告があり,

1 フェロー 工博 鹿島建設(株)グループ長

工修 カリフォルニア大学デイビス校 図-1 有明海奥部の貧酸素水塊形成過程

(2)

水温上昇期であり,水温成層の発達と貧酸素を引き起こ す有機物の供給源としてシャトネラ赤潮が重要となる.

本研究で対象とした2004年〜2006年では,04年と05年 はこのパターンであり,06年は例外的に出水が続き,シ ャトネラ赤潮は発生せず珪藻赤潮が主体となり,貧酸素 状態が干潟沖合いで1ヶ月以上継続した.そこで,04年 と05年のパターンをベースに,有明海湾奥部の貧酸素水 塊の形成過程を,物理及び生化学過程それぞれについて 時間経過を含め整理した(図-1).

まず,物理過程について見ると,6月下旬から7月の梅 雨末期の出水により,強い塩分成層が形成される.密度 成層は鉛直混合を抑制するため,溶存酸素(DO)の底層 への供給が減少する.密度成層の強化はエスチュアリー 循環の強化を意味し,有機物は沈降しつつ,湾奥に向か う底層流により湾奥へ輸送され,堆積する.梅雨明けと 共に淡水流入量は減少するが,8月に入ると受熱量が増 大し,水温成層が強化され,鉛直混合の抑制が継続する.

一方,生化学過程は,出水により栄養塩が供給され,

珪藻赤潮が発生する.赤潮は,枯死・沈降・輸送されな がら底層水中及び底泥中で分解され,DOを消費し,同 時に栄養塩が水中へ回帰する.底層水中に高濃度に蓄積 した栄養塩は,強風による鉛直混合や沿岸湧昇等が無い 限り,表層へは回帰しない.梅雨明けと共に水温が上昇 し,淡水供給も無い中,鉛直移動により底層の栄養塩を 摂取できるシャトネラ赤潮が発生する.この赤潮による 有機物も底層水中及び底泥中で分解され,DOを消費す ると共に再び栄養塩が水中へ回帰し,次の赤潮の栄養源 となる.

3. 数値シミュレーションの概要

(1)数値モデル

有明海湾奥部の貧酸素化に関するシミュレーション は,例えば鯉淵ら(2002)が先駆的に行っており,赤潮 と貧酸素の関係,風による流動に伴う底層貧酸素水塊の 移動などを検討している.本研究では,最新のデータに 基づき上記の物理及び生化学過程を満足できる数値モデ ル の 構 築 を 試 み た . モ デ ル はD E L F T 3 D(D e l t a r e s , 2009a,b)をベースに,必要な改良を加えた.

計算領域とメッシュを図-2に示す.湾奥部は,計算精 度を上げるため,諫早湾を含む湾奥部にメッシュサイズ の細かい領域を設け,流動はTwo-way,水質はOne-way のネスティングで接続した.湾奥部の水平メッシュは約

250×300m,湾口部は最小で約350×450mである.鉛直

メッシュは,σ座標を用いており,すべての領域で20層

(水質計算は10層)一様分割とした.

流動計算では,上記の物理過程で重要な塩分及び水温 成層の再現が重要になるが,Delft3D-FLOWは密度成層の

再現性に優れたモデルである(例えば,田中ら,2002). 生態系モデルは図-3に示すように,浮遊系は植物プラ ンクトンまでの低次生態系モデルであり,植物プランク ト ン 種 は 珪 藻 (Skeletonema sp.) と ラ フ ィ ド 藻

Chattonella sp.) を モ デ ル 化 し た . 珪 藻 モ デ ル は , 図-2 計算領域及びメッシュ

(a)  浮遊系

(b)  底泥系 図-3 生態系モデルの構成

(3)

DELFT3D・WAQ(Deltares, 2009)の植物プランクトン モデルを基本に,増殖に関する光制限関数(強光阻害を 考慮)と水温制限関数に改良を加えた.ラフィド藻モデ ルは基本的にAmano et al.(1998)に従った.また本モデ ルの特長の一つとして,貧酸素化を引き起こす有機物の 起源を明らかにするため,デトリタス態の有機物を陸起 源,植物プランクトン起源など起源別に分けた.

底泥系は,底泥による酸素消費及び栄養塩の溶出が,

水中からの有機物の堆積と水中の水質に応じて生じるこ とを表現可能なモデルを適用した(Smits and Molen,

1993).図-3(b)にモデルの枠組みを示す.このモデルで

は,まず底泥内を大きく酸化層と還元層にわけ,さらに 酸化層を3つに分ける.最上層の好気層とその下の脱窒 層のそれぞれの厚さを,酸素及び硝酸の拡散現象を準定 常と仮定した定常解から求め,同時に底泥の酸素消費速 度および硝酸の拡散フラックスを計算する.その他のデ トリタス及び栄養塩濃度は各層の物質収支を計算する.

ベントスは基本的に安岡ら(2005)のモデルに従い,

サルボウとアサリを考慮し,下記3点の修正を加えた.

ただし,生物量の時系列データ等の詳細なデータが無い ため,コンパートメントとしてのモデル化は行わず強制 関数として表現した.このため,生物量平面分布は実測 を基に基本的に計算期間一定として与え,下記に示す貧 酸素化に伴う死亡による生物量減少のみ考慮した.

a)貧酸素化に伴う死亡プロセス

有明海における二枚貝の大量斃死は,長時間にわたり 貧酸素或いは無酸素状態が継続することによって,嫌気 代謝時に利用するグリコーゲン等を使い果たすことや貧 酸素や底質の還元化に伴う硫化水素の発生による呼吸阻 害等が要因として考えられている.そこで,本モデルで は,底層の無酸素状態が3日間継続した場合(実現象で は硫化水素に3日間暴露状態に対応)に二枚貝が死亡す るようにモデル化した(荻田,1985).

b)溶存酸素濃度に応じた呼吸プロセス

一般的に二枚貝は,DO低下時には嫌気呼吸に切り替 わり呼吸に伴う酸素消費量が減少する.しかし,嫌気呼 吸を表現するためにグリコーゲン含量を考慮したモデル 化を行うことは,データの制限等から困難であると判断 した.そこで本モデルでは,初期DOとサルボウ酸素消 費量に関する実験データ(未発表,児玉氏(中央水研)

提供)を基に,全呼吸速度に0〜1の値をとる呼吸速度 係数(DOの関数として表現)を乗ずることで,DO低下 時の二枚貝酸素消費量の減少を表現した.

c)尿の放出プロセス

排泄される懸濁態有機物(窒素)の40 [%]はアンモニ ア態窒素として放出するとした(屋良ら,2006).

(2)計算条件

本研究では,水産総合研究センター(2009)が収集,

取りまとめた実測データを検証及び入力データとして使 用した.その他河川流量,流入負荷量などのデータは環 境省を通じて関係機関より入手した.

計算対象期間は,計算条件データが揃っている2004年 から3年間の夏季を対象とし,再現計算対象期間を6月16 日〜8月16日とした.流動計算の計算開始は,密度場の 初期条件の影響を小さくするため,1ヵ月半遡った5月1 日とした.水質計算については,負荷量等を一定に与え

図-4 モニタリング点の位置

図-5 密度成層の再現性(図中の影の部分は小潮期)

(4)

る計算を,各水質項目が定常に達するまでの計算(約6 ヶ月間)を行い,その結果を初期条件とした.底泥につ いては,夏季3ヶ月間の計算を3年分計算した結果を初期 条件として与えた.シャトネラの発芽期や増殖のタイミ ングについては不明であるため,ここでは,7月31日に 湾全体に一様な濃度の初期条件を与えた.その他計算条 件の詳細については,鹿島建設(2010)を参照されたい.

4. モデルの再現性の検証

流動計算結果の一例として,図-5に2005年のP6におけ る塩分,水温の表層及び底層の時系列を示す(モニタリ ングの位置は図-4参照).対象期間全体に亘ってモデル は観測データを概ね再現している.特に7月上旬の出水 期の塩分成層は良く一致しており,その後の水温成層の 形成も再現されている.

水質計算結果の一例として,まず図-6にP6表層のクロ ロフィルaの時系列を示す.7月中旬に出水後の珪藻の急 激な増殖が再現されている.8月に入るとシャトネラの

増殖に対応した最初の小さなピークは計算でも再現され ているが,8月10日以後の大きなピークは再現されてい ない.こうしたシャトネラの実測と計算の違いの原因が,

赤潮の集積過程などの空間分布特性の問題か,あるいは 初期条件の影響かは,現在のところ赤潮の時空間分布に 関する十分な情報が無いため検討できない.しかしなが ら,次に示すDOの再現性から,少なくともシャトネラ 赤潮による有機物生産の総量は再現されていると考えら れ,本モデルによりその重要性が示されたと判断される.

図-7はP6と干潟縁辺部のT14とT1における底層DOの

時系列を示している.干潟沖合いのP6では,6月下旬か

ら8月中旬の北西風による混合まで,DOはだらだらと減

少を続けている.一方干潟縁辺部のT14とT1では,7月 中旬の出水後の小潮期に急激にDOが減少している.そ の後は大潮による混合で回復し,再び8月中旬の小潮期 に急激に減少した.このように,湾奥の貧酸素化は,干 潟縁辺部では,DOの小潮期の急激な減少と大潮期の回 復,一方沖合いでは、密度成層が解消されない状況では

図-7 DOの時系列 図-8 底層DOの空間分布の一例(2005年8月15日)

図-6 クロロフィルaの時系列(P6表層)

(5)

DOは徐々に減少する特徴を示している.モデルはこう した特性を良く再現している.

図-8は底層DOの空間分布特性をみるために,一例と して8月15日0時の実測と計算結果を示している.有明 海西部の佐賀県沿岸の干潟縁辺部にピークを持つ貧酸素 化の空間分布特性も良く再現されている.これは赤潮に 起因する有機物の輸送・堆積過程も、本モデルにより良 く再現されていることを意味する.

5. DO収支の検討

貧酸素化を引き起こす有機物の実態を明からにするた め,DOの収支を検討した.底層水の酸素消費について,

底泥消費と水中の有機物分解による消費の割合に関して は,幾つかの研究(例えば徳永ら,2005)があり,共通 して底泥よりも水中の有機物分解の寄与が大きいことが 明らかとなっている.水産総合研究センター(2009)に よると,底層水の酸素消費に対する水中の酸素消費の寄 与率は56〜92%であり,さらに安定同位体比の分析か ら,その有機物は海起源(内部生産)が支配的である.

図-9に計算結果から得られた2005年のT14における有 機物起源ごとの酸素消費速度を底泥の酸素消費速度(底 層水の厚さを4 mとして算出)と共に示す.上記の現地 観測結果と同様に酸素消費は主に底泥酸素消費,水中で の植物プランクトン由来有機物分解によって生じている ことがわかる.さらにこの結果から,底層水の酸素消費 に対する水中の酸素消費の計算期間平均の寄与率を求め ると約60%となり,上記の現地データと一致した.

6. おわりに

本研究では,有明海湾奥部の夏季の貧酸素水塊形成を 再現できる生態系モデルを構築し,その形成機構を検討 した.要点をまとめると下記の通りである.

・貧酸素化を引き起こす有機物は主に赤潮を中心とする 一次生産(海起源)によって供給されている.

・赤潮は,出水直後の陸からの栄養塩供給に起因する珪 藻とその分解に伴い主に底層水中に回帰した栄養塩を

鉛直移動によって摂取できるラフィド藻が重要であ り、モデル化においては少なくともこれら2種類を考 える必要がある.

・本計算結果に基づく底層水の酸素消費に対する水中の 酸素消費の寄与率は平均で約60%であった.

・DOの鉛直混合を抑制する密度成層は,出水直後は塩 分成層が卓越し,梅雨明け後の成層の維持には水温成 層が重要である.

・密度成層は,エスチュアリー循環を強化し,底層の岸 向きの流れによって有機物が湾奥部に輸送される.

謝辞:冒頭に述べたように本研究は環境省請負業務の成 果の一部であり,その中で検討委員の東工大・灘岡教授,

佐賀大・速水准教授,国立環境研・木幡氏,西海区水産 研・木元氏,水産工学研究所・八木氏に貴重なご意見を 頂いた.また,計算に必要な各種データについて環境省 を通じ各機関から提供頂いた.記して謝意を表します.

参 考 文 献

沿岸環境関連学会連絡協議会(2009):第21回沿環連ジョイン トシンポジウム−有明海貧酸素水塊の実態と要因−,要 旨集,p.48.

荻田健二(1985):貧酸素水と硫化水素のアサリのへい死に与 える影響,水産増殖,32(2),67-71

鹿島建設(2010):平成21年度有明海貧酸素水塊発生シミュレ ーション調査業務報告書,p.1458.

環境省有明海・八代海総合調査評価委員会(2006):委員会報 告,p.85.

鯉淵幸生・佐々木 淳・磯部雅彦(2002):2001年の有明海にお ける水質の動態解明,海工論文集,第49巻,pp.1056-1060.

水産総合研究センター(2009):平成20年度環境省請負業務結 果報告書「有明海貧酸素水塊発生機構実証調査」

田中昌宏・稲垣 聡・山木克則(2002):有明海の潮汐及び三 次 元 流 動 シ ミ ュ レ ー シ ョ ン , 海 工 論 文 集 , 第4 9巻 , pp.406-410.

徳 永 貴 久 ・ 松 永 信 博 ・ 阿 部   淳 ・ 児 玉 真 史 ・ 安 田 秀 一

(2005):有明海西部海域における高濁度層の観測と懸濁 物質による酸素消費の実験,土木学会論文集,No.783/Ⅱ- 70,pp.117-129.

安岡澄人,畑 恭子,芳川 忍,中野拓治,白谷栄作,中田 喜三郎(2005):有明海の泥質干潟・浅海域での窒素循環 の定量化−泥質干潟域の浮遊系−底生系結合生態系モデ ルの開発−,海洋理工学会誌,Vol.11,pp.21-29.

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Amano K.,M. Watanabe,K. Kohata,and S. Harada (1998):

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Deltares (2009a) : Delft3D-FLOW, Simulation of multi-dimensional hydrodynamic flows and transport phenomena, including sediments, User Manual ; Version 3.14.

Deltares (2009b) : Delft3D-WAQ, Versatile water quality modeling in 1D, 2D or 3D systems including physical, (bio) chemical and bio-logical processes, User Manual ; Version 4.03.

Smits, J.G.C and D.T. van der Molen (1993) : Application of SWITCH, a model for sediment-water exchange of nutrients, to Lake Veluwe in the Netherlands, Hydrobiologia, 253, pp.281-300.

図-9 底層DOの消費速度の内訳(生化学反応のみ、有機物起源別)

(T14,2005年)

参照

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