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轡中押、8辮籍、。蘂鋤
若年者にみられた手袋状の末梢型 上肢筋萎縮症の1例
東京都 早 川
ハヤ カワ
内科開業
順 子
スナ コ
(受付 昭和39年12月2日)
L 緒 言
若年者にみられる1側の上肢又は下肢の二塁型 の筋萎縮症は,今迄は脊髄性進行性筋萎縮症,又
は筋萎縮性側索硬化症の1部ないし異型として見 なされ,そうした立揚で観察されてきたが,最近 motor neuron diseaseの研究が進むにつれ,あ
らためて特に注目をひくようになった.このよう なmotor neuron diseaseの若年性特殊型につい ては,現在神経学的知見が十分解明整理されてい
るとはいえず,この中に含まれる病態についても,
諸家の見解は必ずしも一致していない.たとえば 平山(昭和34年)は「筋萎縮,運動障害を主微と し,若年者に発病する特殊な症例」と記載し,高 城ら(昭和34年)は「片側四肢末端筋萎縮例」と
して,平山ら(昭和34年)はまた「若年性1側上 肢筋萎縮症」として報告し,勝木ら(昭和35年)は
「motor neuron diseaseのmonoplegic type」
とし,安藤ら(昭和37年)は,「主として若年者 にみられる手袋状及び長靴下状の筋萎縮症」とし て報告しているが,これら諸報告の各症例は共通 点もあれば異なる所見もあって,厳格に一致した 1つのカテゴリーにあてはめられるものとはいえ ないのである.しかし総覧してこれら症例に大体 共通していると見なして差支えない特徴は,1)筋 萎縮の患部がユ側,ときに対称性に両側におこる.
2)上肢罹患の報告が多く,ときに下肢にみられ,
体躯筋はおかされない.3)筋萎縮は上肢の場合は 多くは小手筋群並に前腕末梢ユ/2程度にのみ認めら れる.4)錐体路徴候を欠く.5)進行は緩徐で時と
して停止性となることがある.等である.
このような症候群を呈する 一連の二二群に対す る知見の不十分な現段階においては,このような 症例の正確な観察の記載報告の集積が,極めて重 要であると老えられる.
この見解にそって,私は最近若年者で右挽骨神 経麻痺と尺骨神経の不全麻痺をもつて始まり,そ の後右手骨間筋と揖指球筋の筋萎縮をきたした が,現在筋萎縮は停止性を示している1例を,4 年余にわたって観察中であるので,ここに報告す
る.
II.症 例
患者:金○き○子.日本人,女 3e才(1934年4月6:
日生)家事手伝い,未婚.
家族歴:父.腸チフスで44才死亡.母.子滴で32才死 亡.そのほか特別のことはない.
既往歴:満期誕i生.母乳哺育.幼時は健康.月経は.
初潮,14才8カ月,不順で量は少なく,期間は概ね2日 程度で月経時には腹痛,食欲不振等の障害がある.その ほかには特記するほどの病気を患ったことはない.
現症と経過= ユ960年5月(26才)軽度の発熱 をともなって扁桃炎にかかり,2〜3日で治癒し た.当時尿タンパクは陰性であった.以来何の違瓢 感もなかったが,7月3日頃から右手に力がはい
Sunako HAYAKAWA ( A Practioner for lnternal Medicine in Tokyo) : myoatrophia gravis of lower ar孤s in a young female.
A cace of peripheral
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らず,感覚の鈍くなったのに気づいた.近所の病 院で色々と治療を受けたがよくならず,7月20日
・二半手先が下垂気味になるのに気づいて来院し た.右手は手関節でだらりと垂れ,手関節では背 側,掌側共に屈曲不能であり,更に丁年および尺 側への屈曲も不可能であった.また春節間関節の 屈伸,手指間の開大および近接運動は,第皿,
W,V指で全く不能である.揖指と示指では指の 屈伸,内外転および両指の対向運動の障害はやや 軽く,かるい物(例えば煙草)は短時間ならばつ かんでいることができる。知覚は左手に比して暁 骨,尺骨側共に,燭,痛,温,冷覚の鈍麻がある が,特に尺骨側に強い.自発痛は尺骨神経領域に 認められたが,筋萎縮,圧痛点,線維性および束 性肉縮は認められなかった.面骨および尺骨反射 は消失している.二頭筋反射,三頭筋反射は正常 であり,病的反射や手のクローヌスは認められな かった.頸部および躯幹部の筋や,下肢筋は異常 は全くない.やや貧血がある外,尿,便,血圧,
その他一般臨床所見に変化はなかった.智歯神経 麻痺と尺骨神経不全麻痺の診断で,アリナミン
・(高単位),A.T.P.,サリソウプロカ糖注射液面の 雨注,プレドニゾロン(1日20皿9前後),アリナミ
ン(1日40mg)の内服を行なった.8月12日頃小 指球筋の厚さが,左手に比してややうすくなった
感じがあった.運動麻痺および知覚異常は次第に
〕軽快してきたが,8月中旬頃から,マヅサージ,
シーネ固定を行なった,9月6日,日大病院での 筋電図検査では,総指伸筋の1/3に障害が認めら れた.しかしその後の経過は順調で諸症状次第に 消退し,シーネは約1年間使用したが,その頃に 弦もはや自覚的にも他覚的にも異常は認められな い程度に回復し,ほとんど治癒したという状態に なって,さらに約2年間が経過した.この間,筋 萎縮,線維性,束性攣縮は全く認めていない.こ
うして自他覚的にほとんど治癒したと思われた時 から約2年後の1962年11月頃(28才)から,なん
らの誘因と思われるものもないのに,右小指の伸 展に困難をおぼえるようになった.ついで1963年
ユ月頃から,右手第1指基節付近の筋肉が少し萎
縮してきたような感じがあった.その時の所見 は,右手第1四脚骨間筋の萎縮 さらにそれより やや軽度ではあるが,第皿,第皿脊側骨間筋にも 萎縮が認められた.また揖指球筋と小指球筋の厚 さが左手に比しややうすいように思われた.左右 上肢を通じて,ホフマン徴候,Fレムナー反射,
手のメンデルーベヒテレウ反射,手のmヅソリモ ー反射,手のパビンスキー反射等の病的反射,手 のクローヌス,線維性攣縮はない.知覚は,燭,
痛,温,冷覚について,尺骨側にやや低下してい る部分があるように思われた.物,をつかんだり,
箸を使うこと,字をかくこと,裁縫をすること等 のこまかい右手の運動は,前回の擁骨神経麻痺の 時と異り不自由はない.しかし同じ状態の手のう
ごきを長く行なうと,筋肉の疲れに感じが強い.
また寒い口は,手が思うように伸びず,特に第皿 指の第皿関節に力が入らない.1963年2月5日東 京女子医大病院での筋電図では異常は認められな かった.ついで2月19日虎の門病院で行なった検 査では,血紅レントゲン像に異常所見なく,筋電 図はneurogenic patternであるが,知覚障害が ないので神経炎とは老えられず,知覚障害の全く ない局所性筋の萎縮という所見であった.以後は 大体3カ月毎に同院で検査をくりかえしている が,他覚的所見は同一である,1964年2月(29才)
の状態は,右手は寒さに向うにつれ時々しびれ感 や,脱力感を覚えることがあり,右手が冷えて箸 を持つのが重いように感じたり,また風呂加減を みる時に右手と左手では差があるように感ずる.
知覚検査では尺骨神経領域に鰯,痛,温,冷覚の 鈍麻している部位もある.筋萎縮は第1上側骨間 に中高度に,第1,第皿,第IV脊側骨間筋,小指 球筋,揖指球筋にも軽度に認められる.右手首周
囲は左手のそれに比して約0.5cm細v・.これより 近位の筋肉には萎縮は全くない.右澆骨および尺 骨反射は正常で,右二頭筋反射,三頭筋反射にも 異常はない.病的反射は全くない.握力は正常 で,指の細かい動作も割合によくできる.手関節 の脊側および掌側屈曲,予予および尺骨側屈曲の 動作には不自由はない.指の内転と外転は第N,
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V指は第1〜第皿指に比してぎごちない.1963 年から1964年頃わたる1年間の筋萎縮の進行程 度は,他覚的には殆んど停止的のように見えた が,患者自身は第1臨画骨間筋のぐぼみがまし,
尺骨側の丸味がなくなって直線的になったといっ ている.右手掌の荒れがひどいが,これは前から 進行性掌皮角化症があって,1960〜1961年頃はオ バホルモン軟膏によく反応していたのであるが,
1962年末右手の萎縮を気づいた頃から,手掌の肥 厚,乾燥がはげしく,專門医から湿疹と診断され て,種々治療を受けたが効果はあまりない.筋萎 縮と関連した神経性要因との関係が推定される が,確証はできず,あく迄推定の段階にとどま る.膀胱直腸障害は終始なく,線維性変心などは 全身のどの部位にも認められない.副官レントゲ
ン像にはその後も変化はない.血液ワ氏反応陰 性.その他血液,尿,便等にも異常所見はない.
IIL 考察および結論
本心は特別な誘因もなく,右澆骨神経麻痺と尺 骨神経不全麻痺をもつて発病し,約1年余の経過 で自他覚的にほとんど全治したと認められてか ら,2年後に至り,今度は右手の第1〜第IV指脊 側骨間筋と三指球筋と小指球筋の萎縮をきたし,
以後約1年10カ月をほとんど同じ程度の萎縮状態 のまま,ほぼ停止性に経過し,さらに現在も観察を つづけている症例である.全経過は今日まで4年 余に及んでいる.本影は虚伝関係も認められず,
患部が右1側の殆んど手,指に限られており,錐 体路徴候もなく,膀胱直腸障害も見られない.尺 骨脊側部の小さい領域に知覚鈍麻を認める.筋萎 縮の進行は極めて緩徐なので,1年半余の経過を 通じて他覚的には認知できない程である.
本島が若年性の知覚障害のほとんどない,末梢 性の局所性の筋萎縮がであることは明白である.
しかも経過が緩徐で,特に最近の約1年10ヵ月は ほぼ停止性といってよい.筋萎縮をおこす疾患は 色々あるが,遺例は初発時感冒様症状もなく,ま た急性又は亜急性に起こった弛緩性の麻痺ではな く,急性灰白脊髄炎は考えられず,また片側性で 上肢の一部に限局した特徴的所見と経過は慢性灰 白髄炎とも一応の門別がなされるであろう.知覚
・N嘉:
撃
x,
耀
図1右第1〜第W押鯛骨間筋の萎縮を示す.右手 首囲周は左側より約0.5c皿細い. (1964年1 月10日撮影)
図2右小指球筋と覆鉢球筋の萎縮を示す.(1964 年1月10日撮影)
障害が殆んどなく普通みられる多発性神経炎とも 異り,また特有な分離性知覚障害や栄養障害など もなく脊髄空洞症も,その他頸髄に来る出血,腫 瘍,梅毒,肥厚性脊髄膜炎等も,レ線所見その他 から考えにくい,一番考えられるのは,錐体徴候 はないが,散発性の遺伝関係の明らかでない筋萎 縮性側索硬化症の始まりか,又は患者が右利きで
あり,扮指球筋などの小手筋に萎縮がある点から 脊髄性進行性筋萎縮症のDuchenne・Aran型の 始まりかという点であるが,記載の他覚的所見か
ら,これも否定される.
本例で特に重視したいのは,その発病機転に3 つの点が考えられることである.すなわち,1)は 本症例において1960年まず最初に起こった右僥骨 神経麻痺,尺骨神経不全麻痺が,その全病歴の最 初の徴候であるのか,否かの問題である.すなわ 卿185一
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ち右擁骨神経麻痺と尺骨神経不全麻痺を初発症状 としたmotor neuron diseaseの1例なのかとい う点である.2)は右擁骨神経麻痺:,尺骨神経不全 麻痺を経過し去ったあと,全く別個の疾患として 発病した若年性筋萎縮症なのかという点である.
3)は本例はこれを若年性筋萎縮症とみるよりも,
当初経過、した右尺骨神経不全麻痺の後遺症として 右手に筋萎縮をきたした稀な症例なのかというこ とである.以上の3点は現在決定的に判別する方
:法がなく,またそれは本報告の考察の範囲をこえ るものであるが,自他覚的にほとんど治癒したと 考えられる状態になってから2年後になって徐々 に麻痺が局所性に出現してきたことは,2)の可能 性がもっとも高いことを考えさせるものと思う.
3)と考えるには,同時に患った携骨神経麻痺の後 遺症カミなく,不全麻痺に止まった尺骨神経領域 にのみ,筋萎縮がきたというところに,やや推論 しぶたい点なしとしないのであるが,よし3)であ るとしても,若年性筋萎縮症の考察,鑑別の点に おいて,注目すべき経過を示した症例というべき
であろう.なお本症例が女性である点も,特に指 摘しておきたいと思う.
以上近時注目を集めつつある若年者にみられる 上肢筋i萎縮症の1例を報告した.
(本論文は昭和36年9月,板橋医師会症例会で「擁骨 神経麻痺の1例」と題してその一部を発表した1)
稿を終るにのぞみ, 御教示と御校閲を頂いた岩崎秀 之,渡辺晴雄両先生に感謝の意をささげます.
文 献
1)平山恵造・豊倉康夫・椿 忠雄=精神経誌61 1861 (1959)
2)平山恵造:精神経誌612111(1959)
3)高城 晋・岡部 豊:精神経誌612170(1959)
4)平山恵造・豊倉康夫・椿 忠雄:精神経誌61
2190 (1959 )
5)勝木司馬之助・他:精神経誌62706(1960)
6)祖父江逸郎・他=臨床神経1364(1961)
7)勝木司馬之助・荒木淑郎:精神経誌63336 (1961)
8)平山恵造:精神経誌63337(1961)
9)勝木司馬之助・荒木淑郎:精神経誌6499
(1962)
10)安藤一也・他:日本医事新報(1981)21(1963)
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