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−出版理念と批評言説の比較対照を通じて− 伊藤 敬佑

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(1)

論 文

1970 年代フランスにおける思春期観・思春期文学観

−出版理念と批評言説の比較対照を通じて−

伊藤 敬佑

はじめに

現在、英語圏や日本1

において、「ヤングアダルト」と呼ばれる文学ジャンル

が広まっており、研究も徐々に進められている。一方フランスにおいても、思春 期の若者を特別に対象と設定した文学ジャンル「思春期文学」(« littérature pour

adolescents »)

2

がやはり数十年前に誕生し、研究は未だ十分ではないが

3、現在で

は過去に例を見ないほどの隆盛にある。しかし日本においては、いくつかの作品が 散発的に翻訳紹介4

されてはいるものの、研究はほぼなされておらず、このジャン

ル自体の変遷や現状は伝えられていない。それどころか、そもそも、フランスに思 春期を明確に対象とした文学作品が存在することさえあまり知られていないように 思われる。だが、フランス思春期文学の動向を知ることは、その直接的な意義だけ をもたらすのではない。海外の思春期文学に関し、英語圏の作品を中心に受容や研 究が進められている日本においては、比較の対象を導入することになり、先進各国 に広まる思春期文学への理解を深め、研究がより発展する契機となるであろう。

本稿では、このような目的意識の下、フランス思春期文学を対象とした研究を行 う。この分析対象に対し、執筆者はこれまで幾度か口頭発表を重ねてきており5 フランスにおける思春期文学の変遷の把握に努めてきた。その結果、このジャンル

1970

年頃に誕生してから現在に至るまでの間、1980年代前半に一種の空白期間 があることが特徴として浮かび上がった。本稿ではまず、このジャンルの歴史的変 遷を、特に出版史の側面に焦点を当て、フランスにおける先行研究を参照しつつ、

現状との繋がりという観点から明らかにする。これにより、フランス思春期文学が 現在の隆盛に至るまでにどのような経緯を辿ってきたのかが示され、このジャンル の概要が広く理解されるようになるだろう。

しかしながら、これは表面的な理解を脱するものではない。より根底に潜む、フ ランスの「思春期文学観」、「思春期の若者観」を明らかにするべく、本稿ではさら に論を進める。前段でその位置付けを示した

1970

年代の思春期文学を対象に、出 版社による思春期文学の理念と、ジャンルを取り巻く批評言説を取り上げ、この ジャンルが、どのような存在であったか、あるいはどのような存在であるべきと考

(2)

えられていたのかの分析を行う。この分析によって、このジャンルの特徴の一端が 解明されるであろう。

1 章 フランス思春期文学史概説

1

章では、フランス思春期文学の具体的な内容には踏み込まず、先行研究6

を参

照しつつ、概説的な通史を提示することを目的とする。まず

1

節で背景となる「若 者」と「若者読者」7

の誕生に触れた後、2

3

節において、フランスにおいて思 春期を明確に対象としたレーベルがどのように誕生し、どのような変遷をたどった のかを、現在の視線から通時的に概説する。

1 節 「若者」と「若者読者」の誕生

まず、「若者」と「若者読者」の誕生を見ていきたい。「若者」の誕生に関し、森 千香子は「社会集団としての『若者』が生まれるのは

1950

年代末のことだといわ れている」8

と指摘し、その背景として、まず「第二次世界大戦後のベビーブーム

世代が十代後半に達したことや、1959年に義務教育年限が

16

歳に引き上げられた ことで就学人口が急増したこと」9を挙げている。実際の数字を引くと、「1958 から

1959

年にかけて、就学率は

14

歳で

68.4%、 16

歳で

43.5%、 17

歳で

27.7%

であっ たが、1984年から

1985

年にかけては、それぞれ

97.7%、86.8%、75.9%

であった」10 とされ、義務教育年限の引き上げ前は、

16

歳で

5

割に満たず、

17

歳では

4

分の

1

程度であった就学率が、当時生まれた子どもがその年齢になる頃には

16

歳で

9

近く、義務教育でなくなる

17

歳でも

4

人に

3

人まで上昇している。そもそもの人 数増も加え、この期間に「高校生」という存在が急増加したことが分かる。この結 果、「高度経済成長を遂げ豊かになった社会で『若者』は重要な消費者として市場 の注目を集め」11

るようになる。すなわち、子どもとは違って自分で使えるお金を

持っているが、大人とは異なる欲求を持った消費者の集まりとして、「若者」は市 場に認識されたのである。この、「若者」の誕生時期、そしてその背景は、同時期 のアメリカと近似していると言えるだろう。

そして、この「若者」の誕生と前後して、大人とも子どもとも異なる欲求を持っ た「若者読者」が形成される。それには、「1950,60,70年代の思春期の若者ある いは若い大人の年代にとって、聖典的作品」12と位置付けられる、

J. D.

サリンジャー

(J. D. Salinger)

の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(1951年)の翻訳 « L’Attrape-

Cœurs »

の、1953年の出版、及び

1967

年の文庫化や、「一九六〇年代末、学生運動

(3)

の嵐が吹きすさぶ『五月革命』の季節において」13、「若者たちのあいだでカルト的 な支持を得るにいたった」14

と指摘される、ボリス・ヴィアン (Boris Vian)

の『う たかたの日々』(1947年)の再発見などであった。このように、1950年代末に誕生 した「若者」は、1960年代を通じて大人とは異なる読書欲求を持った「若者読者」

として認識されていった。こうして、フランスにおいて思春期を特別に対象とした 文学の生まれる土壌が確立されていったのである。

2 節 思春期向けレーベルの誕生と衰退

続けて、この時期にフランスで初めて誕生した思春期向けレーベル15 であ る、« Plein Vent »、

« Olympic »、« Grand Angle »、« Les Chemins de l’Amitié »、

« Travelling »

5

レーベルを取り上げる。これらのレーベルは、本稿における分

析の中心的対象であるが、その特徴や具体的な作品の提示、さらに踏み込んだ分析 は後に譲り、まずはその誕生とその後の経過、そしてレーベルの終結までを、

2000

年代の研究における言及を踏まえつつ、書誌学的な観点から概説したい。

「初の重要な思春期向けレーベル」16

と考えられている « Plein Vent »

が誕生した のは、「若者読者」が形成されていくさなかの

1966

年である。このレーベルは、

Robert Laffont

社から、主に

12

歳から

16

歳を対象とし、児童文学作家アンドレ・

マスパン

(André Massepain)

がディレクターとなって立ち上げられた。その後、10

年ほどの間は年間

10

冊程度のペースで出版され、1975年には、フランスにおける 児童文学研究の第一人者であるマルク・ソリアーノ

(Marc Soriano)

が、自身の執 筆した児童文学事典の « Collections »の項目において、« Plein Vent »が高い売り上 げ部数を記録していることを指摘しつつ、「12歳から

16

歳の若者向けの最も優れ たレーベル」17

であると述べているように、同レーベルは成功を収めていた。現在

においても、「« Plein Vent »の成功は、1970年代に増加した思春期向けレーベルの 道を開いた」18 と評されている。しかしながら、ソリアーノがこの指摘をした

1975

年は、

« Plein Vent »

が勢いを持っていた最後の時期であった。1975年の末までに、

同レーベルからは既に

115

冊が出版されていたが、その後このレーベルが終わりを 迎える

1982

年までに、合計出版数は

138

冊までしか増えていない。すなわち、最 初の

10

年間は毎年

10

冊のペースで出版されていたのに対し、その後の

7

年間では 年間

3

冊しか出版されていないのである。« Plein Vent »

1970

年代半ば過ぎまで は成功を収めていたが、しかしその後は勢いを失ったとみてよいだろう。ここでは まず、1970年代半ば過ぎというこの時期を指摘しておきたい。

次に誕生したのは、« Olympic »である。これは

« Plein Vent »

が創設された翌年

(4)

である

1967

年に、大手出版社である

La presse de la cité

社の児童書部門である

GP

社によって立ち上げられた。13歳から

15

歳を対象とし、1976年に廃止されるまで

70

冊ほどを出版したこのレーベルに対し、レイモン・ペラン

(Raymond Perrin)

は「高価な本の要素をすべて備えていたが、若者達を惹き付ける感じのよい挿絵に 飾られており、素晴らしい成功を収めた」19

としている。しかし、後の研究におい

ても、また同時代の批評などにおいても、あまり存在感は示されておらず、この成 功の指摘は根拠に乏しいように思える。

« Olympic »

よりもむしろ重要なのは、同 じく

GP

社から

« Olympic »

と入れ替わるように創設された

« Grand Angle »

の方で ある。同レーベルは、1974年に創設され、短い期間で

46

冊を出版し、1979年に終 わりを迎えた。期間は短く、また出版点数自体も多くはないが、しかし批評や研究 において名前が挙げられることが多く、同時期の思春期文学を知るうえで欠かすこ とのできないレーベルである。

そして、この

« Grand Angle »

と並べて語られることが多いレーベルが、1973

Rageot

社によって、

13

歳から

16

歳を主対象にして創設された、

« Les Chemins

de l’Amitié »

である。このレーベルの作品は、38点という少ない出版数ながら、4

作品が思春期向け作品に与えられるジャン・マセ賞

(Prix Jean Macé)

20

を獲得する

など、批評側からの評価はされていた。しかし、「グリモーの «

La Terre des autres »

を除き、全ての作品が永久に消え去ってしまったのではないか」21

と指摘されるよ

うに、1作を除き読み継がれるような作品を残すことはできなかった。また、1973 年に立ち上げられ

1983

年まで続いたものの、出版点数の最も多かった年は

1974

年、次いで

1975

年、

1976

年であり、創設直後の

1970

年代半ば頃が一番力を入れ られていた時期と言えるだろう。

上述のレーベルに比べ、多少異なる立場にあるのが、ベルギーの出版社

Duculot

社が

1972

年に創設した

« Travelling »

である。このレーベルは、出版社はベルギー であるものの、後述するようにその理念は他のレーベルに近いこと、また作者の多 くがフランス人であり、かつ他のレーベルと一部重複していることなどから、これ まで見てきたレーベルと並べて語られることが多い。ただし、13歳から

16

歳を対 象としたこのレーベルは、他のレーベルに比べ長く続き、

1993

年に

Casterman

に権利が移譲されるまでに

100

冊超を出版した。出版ペースも、1970年代には年

6

冊前後、1980年代には年間

5

冊前後と、大きな変化は見られない。1980年代 にも勢いが変わらなかった点が、出版状況の観点から見た他のレーベルとの最大 の違いと言えるだろう。そして、創設から

7

年後の

1979

年には計

14

万部の販売 部数があったというデータ22

もあり、売り上げも悪くなかったようである。しか

しながら、このレーベルは、ベルギーの出版社という要素にも影響されてのこと

(5)

か、文学賞を獲得する作品も少なく、同時代の評価は決して高くなかったようで ある。のみならず、ベルギーの研究者であるダニエル・デルブラッシンヌ

(Daniel

Delbrassine)

の研究においても、「« Travelling »はフランス語圏の当時のレーベル

の中で最も斬新だったようである」23とされながらも、「読者の期待に応えようと いう意向によって時に評価を失い、うわべだけの作品を作ったと非難さえされ、

« Travelling »

は姿を消した」

24と評されている。« Travelling »は、ここで挙げた

5

レーベル中最も長く続いたにもかかわらず、迎合的な作品を生み出したことで、高 い評価を獲得するには至らなかった。

以上の流れをまとめたい。フランスでは、思春期を特別に対象とした文学作品 を書く試みが、1970年前後に集中して生まれた。しかしながら、その時生まれた レーベルの大半は

1970

年代後半には勢いを失い、唯一変わらずに出版を続けた

« Travelling »

も芳しい評価を得ることはできなかった。そして、同時期にはこれ

らに代わる新たなレーベルはまだ姿を見せておらず、一種の空白期間が生まれるこ ととなる。取り上げた先行研究内ではことさら強調されることはないが、フランス 思春期文学は誕生して

10

年ほどで一度頓挫してしまっており、そこにひとつの特 徴を見出すことができるであろう。

3 節 思春期向けレーベルの第二の誕生から現在まで

それでは、フランス思春期文学はその後どのような変遷を経て現在の隆盛につな がるのであろうか。最も重要なきっかけは、現在同ジャンルの中心的存在である

L’École des loisirs

社における、児童文学と思春期文学の中間に位置する

« Neuf »、

及びより高年齢を対象とする

« Médium »

の創設である。両者は文献によって設立 年に齟齬があるものの、前者が

1983

年頃、後者が

1986

年頃に設立され、現在まで 続いている。両レーベルの設立当時における最大の特徴は、当初からアメリカの ヤングアダルトを積極的に翻訳紹介したことにある。1980年頃には、アメリカで は既に「ヤングアダルト」というジャンルは確立されていたが、当時フランスに おいて翻訳はまだ少なかった。上述の

1970

年代の思春期向けレーベルはフランス 人作家の作品が明確に中心であり 25、「ヤングアダルト」に含みうる作品の翻訳は、

« Travelling »

におけるロイス・ローリー

(Lois Lowry)

2

作品26

のみであった

27

« Neuf »

ではジュディ・ブルーム

(Judy Blume)、 « Médium »

ではロバート・コー

ミア

(Robert Cormier)

という、アメリカのヤングアダルトを代表する作家の作品

を精力的に翻訳紹介した

L’École des loisirs

社の両レーベルは、これまでのフラン ス思春期文学の流れとは異なる位置にあると言えるだろう。また同時期からは、他

(6)

の出版社からもアメリカのヤングアダルト小説が翻訳され始めた他28、例えばフィ リップ・ラブロ

(Philippe Labro)

の『心はチョコレート、ときどきピクルス』のよ うな、フランス人作家による「ヤングアダルト的」な作品29

も散見されるように

なる。つまり、1980年代半ばから、フランス思春期文学の、アメリカヤングアダ ルトへの接近が観察されるのである。

そして、1980年代後半になると、児童書出版最大手の

Gallimard Jeunesse

社が 思春期文学市場に参入する。

1987

年に

« Page Blanche »

を立ち上げ、次いでその派 生レーベルであり、推理小説を中心とした

« Page Noire »

も創設される。このレー ベルは、2000年に終了するまでに

150

冊ほどを出版し、当時の批評においても高 い評価を得ていた。その後

Gallimard Jeunesse

社からは、メルヴィン・バージェ

(Melvin Burgess)

の作品の翻訳などを出版した « Frontières »(1998-2000)を間に はさみ、2001年からは

« Scripto »

というレーベルにおいて思春期向け小説が出版 されている。このレーベルにおいて現在最も売れているシリーズは、英国人作家 ルイーズ・レニソン

(Louise Rennison)

の « Le Journal intime de Georgia Nicolson » シリーズであり、他にもスー・リム

(Sue Limb)

の作品が

20

作以上翻訳されるな ど、英語圏の作品が多数翻訳されている。同社の思春期文学も、かなり英語圏に重 点が移されていると言える。

先述の

« Page Blanche »

を立ち上げ、その方針を定めた初代ディレクターである

ジュヌヴィエーヴ・ブリザック

(Genviève Brisac)

L’École des loisirs

社に移り、

« Médium »

の編集に携わるようになった後、« Page Blanche »のディレクターは児

童文学作家でもあるクロード・ギュッマン

(Claude Gutman)

が務めていた。彼は、

« Page Blanche »

のディレクターを退いた後に、Seuil社に移籍して

1995

年に新た

な思春期向けレーベル

« Fictions »

を立ち上げた。同レーベルは

2000

年に終了して しまい、その後

Seuil

社では « Karactère(s) »というレーベルに引き継がれている ものの、« Médium »、« Page Blanche »、« Fictions »

3

レーベルは、手掛けた編 集者の近接性から、まとめて語られることも少なくなく30、« Médium »

1980

代半ばに生み出した流れを継承し、1990年代の思春期文学の中心をなしていたと 言うことができる。

そして、1990年代半ばから後半にかけては、他にも

Syros

社の « Les uns et

les autres »(1992

)、Le Rouergue

社 の « doAdo »(1998

)、Flammarion

社 の

« Tribal »(1999

)

といった、現在まで続く思春期レーベルが創設され、少し遅れ

Thierry Magnier

社も

2001

年に

« Romans »

を立ち上げる。また、1990年代の末 には、「ハリー・ポッター」シリーズの流行が始まり、その結果思春期向けの作品 の中にもファンタジー作品が急増する31。2013年現在、« Médium »、« Scripto »

(7)

含め、これらが中心的な思春期向けレーベル、作品であり、1960年代に思春期向 け文学が誕生して以降、最も多様性に富み、ジャンルが活性化している状況にあ る。現在が、フランスにおける思春期向け文学の発展期かつ黄金期であると捉えて よいだろう。

以上の流れをまとめたい。フランスでは

1950

年代から

1960

年代にかけて「若 者」という社会カテゴリーや「若者読者」という読者層が生まれた。それと時を 同じくして、初の重要な思春期向けレーベルである

« Plein Vent »

1960

年代半ば に生まれ、その後

1970

年代には複数の思春期向けレーベルが誕生し、一時的な興 隆を見た。しかしながら、1980年頃になると一度行き詰まり、若干の空白期間が 生まれる。その後

1980

年代半ばに英語圏の作品を積極的に取り込んだ思春期向け レーベルが生まれ、そのままの流れで現在の隆盛に繋がっている。現在と

1970

代の思春期文学の間にはある種の断絶があり、この断絶はフランス思春期文学を分 析する上で無視できない特徴の一つと言えるだろう。

2 章 1970 年代思春期文学の理念と批判の対照

1

章では、フランス思春期文学の誕生から現在までの大まかな流れを概説し、フ ランス思春期文学史における特徴として、

1970

年代の思春期文学が失敗に終わり、

一時的な空白が生まれたことを指摘した。この失敗の理由を分析することは、思春 期の若者に受け入れられる作品と受け入れられない作品の境界を探る試みであり、

思春期に向けた文学とは本質的にどういうものであるのかを考える手掛かりをもた らすであろう32

本稿では、この理由の考察にあたり、資料に乏しい « Olympic »を除いた

4

レー ベルを対象に、彼らの掲げた理念を手掛かりとする。さらに、

« La Revue des livres pour enfants »

33

と « Lecture Jeunesse »

34

の 2

雑誌を中心とした、これらのレーベル に対する同時代の評価と対照することで、作品の作り手と受け手が、思春期文学を どのように捉えていたかを明らかにしていく。2章においては、まず各レーベルの 理念を引用し、さらに具体的な作品とそのテーマを挙げてそれが実現されたかどう かを確認する。

1 節 各レーベルの理念

まず

« Plein Vent »

の理念から取り上げたい。ディレクターのアンドレ・マスパ

ンは、「私が対象としたのは、悪い読者、すなわち学校制度の中では周縁に位置し、

(8)

より裕福な階層の思春期の琴線に触れるものとは必ずしも興味の中心が一致しない 読者である」35

と発言している。ここからは、早期に大人の小説へ関心を移してい

くタイプの読者とは異なる、あまり読書に積極的でない層の思春期読者を、前者と は異なる興味を持つ存在として想定し、その関心に応えようという姿勢が読み取れ る。さらに、マスパンによれば、« Plein Vent »は「現代の科学技術に裏打ちされ、

現代的問題や、歴史、未来を語る、文学性の高い冒険小説によるレーベル」36

であ

る。前述の読者対象とあわせれば、マスパンが、自らが対象とする「悪い読者」の 関心が冒険小説にあり、それも単に冒険を描いただけの質の低い作品ではないと考 えていることが分かる。彼が求めていたのは、夢想的な冒険ではなく、現代の科学 技術の現実を理解し踏襲した形で描かれる冒険であり、さらに、作品を通じて現 代、過去、未来を語ることを望んでいるのである。

さらに、« Plein Vent »の作者の1人であったベルトラン・ソレ

(Bertrand Solet)

37 は、1973年にマルク・ソリアーノに当てた手紙の中で、レーベルの目的が自己の 目的、さらにはレーベルの作者の大半の目的と一致していることを述べ、具体的に 以下のように説明している。

 私が述べているのは、社会のより正確な見方や、ある種の問題やその根幹に 関する虚飾されていない真実といった、持つことが大切だと思えることであ る。教室や図書館での数多くの話し合いから私が理解したことは、多くの若者 が正義や、誇りや、自由や、高邁な考えについて話してもらうことが好きだと いうことだ38

ここでもやはり、実際の若者との対話という論拠を示しつつ、彼らの欲求がどう いうものであるかを語り、それに適合する内容として、社会や、真実を描いている のだとしている。マスパンの掲げた理念は、作者の側にも共有されていると考えて よいだろう。

次に

« Travelling »

を見てみたい。1972年に生まれたこのレーベルは、各作品に

以下のようなレーベル紹介の文言が書かれている。

 « Travelling »は、若者に向けられた小説のレーベルであり、彼らの表明し ている欲求、すなわち自分を、そして世界をよりよく知りたいという欲求に応 えるものです。(中略)現代の現実を注意深くくっきりと浮かび上がらせつつ、

« Travelling »

は、今日の若者をもはや満足させることのない、面白みのない

文学ジャンルに終わりを告げるのです39

(9)

ここでは、まず若者の欲求に応えるべくレーベルが設立されたこと、そして彼ら の欲求とは自己と世界に対する理解を深めることであり、それに応えるためにこの レーベルは現代の現実をはっきりと描くのだという姿勢が、明確にされている。

さらに、このレーベルの女性ディレクターであるクリスティアンヌ・ラップ

(Christiane Lapp)

は、レーベルの目的を「とても特別な読者層を構成している思

春期の若者の欲求と、最大限一致する小説を出版すること」40と定めている。そし て、直接彼らに何が読みたいかを問いかけた結果、「作品中で、現実離れした主人 公にではなく、自分達自身が生きている、あるいは生きうる状況に近い状況に生き ている、自分達に近い登場人物に出会うことを、彼らの大多数が望んでいた」41 述べている。彼女の発言からも、思春期の若者に直接彼らの望むものを聞き出した 結果、自らの現実に近い登場人物を望むという読者の欲求を引き出し、それに応え る作品を生み出そうとしていることが分かる。

続けて、翌年に設立された

« Les Chemins de l’Amitié »

に移りたい。こちらの レーベルにも、各作品に以下のようなレーベルの紹介文が載せられている。

 思春期向けの非常に面白い小説のレーベル。現在の重大問題を、よりよく知 り、よりよく理解し、よりよく体験することを選んだ、あなたたち全てのため に。(« Les Chemins de l’Amitié »は)現代の重大な問題や、現代社会において 各々が直面している様々な問題の見え方をはっきりさせます42。(( )内筆者)

ここにもやはり、

« Travelling »

と同様の理念が見て取れる。まず、対象として 思春期の若者を設定しつつ、彼らの読書欲求は同時代の重大な問題をよりよく把握 することであると位置付け、このレーベルはそれに応えるものである、とする立場 である。そして、1978年に出されたカタログに掲載された以下の文面では、冒険 物語という « Plein Vent »に近い要素を提示しつつ、この立場はさらに明確に示さ れる。

« Les Chemins de l’Amitié »

は、思春期の若者たちに、現代性で燃え立ち、

熟考に至らせる冒険物語を贈ります。それぞれの作品には、扱われているそれ ぞれの問題の真実を明らかにする、同時代的出来事に関する数ページの参考文 献がついています43

こちらの文面からも、現代性や真実といった言葉が、キーワードとして読み取 れる。やはり、この点が

« Les Chemins de l’Amitié »

の基本方針と考えてよいだ

(10)

ろう。そして、レーベルのディレクターであるカトリーヌ・スコッブ

(Catherine

Scob)

によれば、そういった作品によって「思春期の若者たちが、彼らを取り囲む

世界によりよく身を置き、自分たち自身の事を自覚し、自分の事をよりよく伝え、

頭から決め付けた中に閉じこもることが無いようにさせ、それによって彼らが責任 ある個人であることを助けることのできる、知識の基礎」44を与えることが、レー ベルの最終的な目的である。このレーベルが読者にもたらす効用にまで踏み込んで いる点で他と異なってはいるが、目的としては上述の

2

レーベルとの近接性があ る。

最後に « Grand Angle »を見ていきたい。設立から

2

年後の

1976

年に、GP の文学部門の女性ディレクターであったマリー

=

エレーヌ・アブ

(Marie-Hélène

About)

は、

同レーベルの理念を述べる記事の中で、「若者読者の好みや欲求、私た

ちは « Grand Angle »によってそれらに応えようとしているのです」45としつつ、そ の具体的内容を、「若者に関係するテーマ、すなわち、不変の問題であると同時に、

しかし彼らの生きている瞬間に彼らに投げかけられる大きな問題」46であると述べ ている。自分たちは、自分たちが若者たちに読ませたいものを押し付けるのではな く、若者読者の好みや欲求があることを理解し、それに応えようとしているのだと いうスタンスは、ここでも踏襲されている。そして、その内容も若者に関係した問 題であるとされ、これまで見てきたものに近い。また、「これらの問題は本当の小 説によって語られなくてはならず、(中略)テーマに仕えるために『作られた』人 物を通じて語られてはいけない」47という理念も同時に語られており、他レーベル 同様、単なる都合のよい作品ではなく、真実性を持った作品でなければならないと いう認識を持っている。

以上で見てきたように、ここで取り上げた

1970

年代の思春期向け

4

レーベル は、レーベルごとに濃淡はあるものの、ほぼ同じ方向を向いていると言ってよい。

まず、思春期の若者を明確に対象とし、彼らの独自の欲求があることを理解し、そ れに応えるための本を提供しようと考えている点。そして、若者が興味を持つ内容 として、具体的には、現代社会の問題あるいは若者の周囲にある現実的問題を想定 している点。さらに、それを描く際には真実性がなければならないと考えている 点。この

3

点からなる基本理念はすべてのレーベルが共有しており、当時の思春期 文学の主流的理念と考えてよいだろう。

2 節 各レーベルの具体的作品テーマ

それでは、この理念は実行に移されたのだろうか。ここでは先行研究の言及を基

(11)

に、フランスの作品と翻訳作品の双方を視野に入れつつ、具体的なテーマを取り上 げ明らかにする。

まず、「現代の科学技術に裏打ちされ、現代的問題や、歴史、未来を語る、文 学性の高い冒険小説によるレーベル」とされる

« Plein Vent »

である。内容に目を 向けると、アメリカ人作家ウィリアード・プライス

(Willard Price)

の « Adventure

series »

と呼ばれる冒険小説シリーズを

7

作扱うなど、冒険小説の翻訳が多く目に

つく。また、雑誌 « Nous

voulons lire! » 41

(1981)

において、児童文学、思春期文 学の多数のレーベルにおけるテーマごとの作品数をまとめた表48

中でも、母数こ

そ示されていないが、

« Plein Vent »

のテーマで最多のものは

33

作が扱っている「冒 険」であり、このレーベルが冒険小説を中心としていることは確かであると言える だろう。また、現実の科学知識に基づくという点では、サイエンス・フィクション を積極的に取り扱っている点が指摘できる。

その一方、マスパンが「現代的問題を語る」と述べるように、このレーベルの中 身は冒険小説だけではない。事故によって障害を負った若者を描いた ジャン・ク ルベイール

(Jean Courbeyre)

« Cap sur la vie »

や、

2

人組の作家ミシェル・グリモー

(Michel Grimaud)

による、工業公害の問題を扱った «

La Ville sans soleil » 、さらに

具体的な作品は挙げられていないものの、批評家ベルナール・エパン

(Bernard Epin)

が、« Dictionnaire du livre de jeunesse »の « Plein Vent »の項目内で、「全体的 にあまり型にはまっていない観点によるこのレーベルの中には、スポーツや科学的 な冒険、現代社会における重大な紛争といったものが見受けられる」49と述べてい るように、現代社会の紛争という、当時においては珍しいテーマを扱った作品も存 在している。よって、« Plein Vent »は冒険小説を中心としつつも現代的問題を取 り扱っており、レーベルの理念と一致した作品作りが進められていたと考えられ る。

次に

« Travelling »

に移りたい。まず先述の雑誌

« Nous voulons lire! » 41

号にお ける表中では、最も多いテーマが「社会」の

35

作品であり、2番目に多い「家族」

16

作品比べ突出していることが分かる50。具体的作品としては、移民労働者を 扱ったベルナール・バロカの

(Bernard Baroka) « La révolte d’Ayachi »(1975)

や、

アイルランドの内戦を描いたジョーン・リンガード

(Joan Lingard)

の «

Au-delà des

barricades »(1973)

のような、フランスやヨーロッパを舞台にしたものがある一

方、ブラジルにおける虐殺をテーマにしたユゲット・ピロット

(Huguette Pirotte)

の «

L’Enfer des orchidées »(1972)、開発途上にあるボリビアを舞台にした O. F.

ラン

(O. F. Lang)

の « Mes Campesinos »(1977)、インド社会を描いた

L. N.

ラヴォル

(L. N. Lavolle)の «

Le Village des enfants perdus »(1977)、ベトナム戦争をテーマ

(12)

にした ガイル・グラハム(Gail Graham)の

« La Guerre des innocents »(1976)

など の、第三世界を舞台に困難な状況を描いた作品も多い。

もう

1

つの傾向としては、若者の日記の形式を取り主人公の恋愛と心の動きを描 いた、ベルナール・バロカの « Les tilleuls verts de la promenade »(1976)とその続編

« Le Plus bel âge de la vie »(1978)

や、両親の離婚を描いた

M. A.

ボードウイ

(M. A.

Baudoui)

の «

Un passage difficile »(1974)

など、若者の身近な問題を描いた作品も 見受けられる。レイモン・ペランは、この

2

つの傾向を「ある種の現代の現実の厳 しさを覆い隠すことなく、現代世界のいくつかの側面を提起している作品がある一 方、むしろ思春期の若者の生活や内面の葛藤、そして彼らの欲求を描いている作品 もある」51とまとめている。« Travelling »においても、「自分を、そして世界をよ りよく知りたいという欲求に応える」という理念に沿った作品作りが進められてい たと考えてよいだろう。

続けて

« Les Chemins de l’Amitié »

であるが、「現代社会の問題」という要素を他 に比べても強く打ち出しているこのレーベルにおいては、

« Nous voulons lire! » 41

号の表を見ても、やはり「社会」のテーマが多く、レーベル全体の過半数を超える

22

作品がこのカテゴリーに分類されている52。具体的には、貧困問題を描いたニ コル・ヴィダル

(Nicole Vidal)

の «

Miguel de la faim »(1973)、妊娠中絶をテーマに

したギュネル・ベックマン

(Gunnel Beckman)

の « Déchirer le silence »(1976)、薬物 問題を扱ったユゲット・ペロール

(Huguette Pérol)

の « L’Herbe de Bouddha »(1977) などが社会問題をテーマにした作品として挙げられる。また、親子間関係の問題を 描いたミシェル・グリモーの « Pourquoi partir ?

»(1974)

や、ホーナー・アランデ

(Honor Arundel)

の «

Et si elle se trompait

… »(1975)、若者の日々の困難を描いた ピエール・プロ

(Pierre Pelot)

の « Fou comme l'oiseau »(1980)など、« Travelling » 同様に、家族や若者の日常の問題を描いた作品も少なくなく、やはり理念通りの作 品が生み出されていると言える。

最 後 に

« Grand Angle »

で あ る が、 こ れ も ま た、 し ば し ば

« Les Chemins de

l’Amitié »

と一見したところ見分けがつかないと評されるように、同様のテーマを持っ

た作品を多く生み出している。現代社会の問題を扱ったものとしては、移民を描いた リュス・フィロル

(Luce Fillol)

の «

Maria de Amoreira »(1975)、公害問題をテーマに

したジョン・ブランフィールド

(John Branfield)

の «

La Citadelle interdite »(1975)、

薬物問題を取り扱ったウィリアム・カミュ

(William Camu)

の « Le Poulet »(1977)、

政治活動を描いたポール・ベルナ

(Paul Berna)

の «

Rocas d’Espéranza »(1977)

など が挙げられる。そして、若者に身近な問題としてはとりわけ父子関係に焦点が当て られ、« Le Poulet

»

では一対一の父子関係が、ジャン・マセ賞を受賞したリュシア

(13)

=

ギュイ・トゥアティ

(Lucien=Guy Touati)

の « …Et puis je suis parti d’Oran »(1976) では複数の父子関係が描かれ、アンヌ

=

マリー・ラロック

(Anne=Marie Larroque)

の « Ceux qui meurent avec le soleil »(1977)では義父と養子の問題が描かれる。この レーベルもまた、当時の思春期文学の潮流に沿い、自らの打ち立てた理念に適った 作品を生み出していたと言えるだろう。

 

2

章の分析をまとめたい。まず

1

節では、1970年代の思春期向けレーベルの掲げ た理念を読み解き、それらが「若者の欲求」、すなわち現代社会と自分自身のこと をよりよく知りたいという欲求に応えることが志されていたことを明らかにした。

そして

2

節において、具体的な作品テーマを、現代的社会問題を扱うものと、若者 の現実生活に直結するテーマを扱うものの

2

者に分類しつつ提示し、各レーベルの 掲げた理念に沿って作品が生まれていること、そして理念が単なる理念に終わって いるのではなく、実行を伴ったものであることを確認した。

しかしながら、1章で見たように、1970年代の各レーベルは、成功を収め続ける ことはできず、1980年頃には勢いは失われてしまう。若者との直接的対話によっ て「若者の欲求」を知り、それに適合する作品を生み出したらならば、より長期的 な成功に結びついてもおかしくないと考えられるが、そうはならなかったのであ る。この原因の検討は、フランス思春期文学を考えるにあたって、さらには思春期 の若者と文学の関係というより大きな問題を考えるにあたって、重要な手掛かりを もたらすであろう。

3 章 批評言説の検討

2

章での分析を踏まえ、3章では

1970

年代思春期文学への考察を深めていく。し かしながら、失敗の原因は極めて複合的であり、簡単に論じられるものではない。

本稿では、直接的に原因を探ることはせず、当時の批評言説、とりわけその欠点や 失敗の原因を分析した否定的言説が、これらのレーベルをどのように捉えていたの かの分析を行う。この分析は一見遠回りに見えるが、当時の批評側の思春期文学観 を把握し、それをレーベル側の理念と比較対照することによって、新たな観点を浮 かび上がらせることを目的としている。

(14)

1 節 批評家の批判

まず、当時最も精力的に思春期文学の批評を行っていた人物の

1

人である、文学 研究家のポール・リドスキー

(Paul Lidsky)

による言及を確認したい。彼は

1974

に、

« La Revue des livres pour enfants »

36

号、

37

号に「思春期文学の近年の発展」

と題した論考を寄せている。37号で扱っている内容は本稿で触れていない女性向 けのレーベルであるため、本稿では

« Travelling »

« Les Chemins de l’amitié »

扱っている

36

53の分析を行う。

リドスキーは、まずこの

2

つのレーベルに対し、37号で扱うものと比べた特徴 として、「社会学的証言と同時代の世界の描写」54

を指摘し、その一方で「これら

の本は読者の状況と同じ状況に生きる思春期の若者の主人公を提示するように努め ている。これらのレーベルが大人向けの本と比べて特別な役割を持ちうるのは、そ こなのである」55とも指摘している。よって、彼もまた、両レーベルが、現実社会 の問題と、思春期の若者の身近な問題の双方を扱っていることに同意している。

さらに、

« Les Chemins de l’amitié »

の巻末に付属する書誌情報の有用性を指摘しつ つ、「それもまた、若者たちの知りたい、よりよく理解したいという渇望に適合し ているようである」56と分析しており、若者たちにより良く世界を知りたいという 欲求があると認識している。この

2

点において、リドスキーの分析は、各レーベル の理念を追認している。

一方、リドスキーは両レーベルの問題点も

2

点指摘している。1点目として、彼 は「作者は、彼ら自身の大人の問題を描いているようであり、それが思春期の若者 の興味を引くことは難しいようである」57

と考え、そのため「思春期向けに書かれ

た本ではあるが、しかし思春期の若者に対して十分に言葉を届けていない」58 点を 批判している。つまり、現代社会の問題を描くこと自体はよいのだが、その描き方 が若者の興味を引くやり方でできていないことを問題視している。2点目は、「こ の文学は、作者と読者によって、高校生とプチブルの世界に閉じこもる傾向があ

る」59

点であり、「なぜ興味深い体験をしている他の若者たちに言葉を伝えないの

か?」60という疑問提起の形で批判がなされる。つまり、彼からすれば、これらの レーベルは思春期の若者の身近な現実を切り取っているようで、実はその中の限ら れた一部分の若者の現実しか扱っていない。この

2

点は、いずれも現実を描いてい ること自体は肯定しつつも、その描き方や対象選択に問題を見出しており、両レー ベルの理念自体を批判するものでなく、むしろそれが達成されていないことを批判 していると言える。

リドスキーは、前述の記事の

3

年後に、

« Lecture Jeunesse »

1

号にも当時の思

(15)

春期文学の状況を概観する記事を寄稿している61。ここでは、その対象年齢である

14

歳から

17

歳ではなく、より年少の

12

歳から

14

歳が主な読者であることを指摘 しつつ、なぜ思春期の若者を魅了できないのかという観点から、上の記事に比べよ り厳しく思春期向けレーベルの現状を批判している。

最初の批判は、「1人か2人の本物の著者を除き、これらの本が注文制作の作品 である」62点に向けられている。彼の目から見れば、これらの本はあるテーマを扱 うことに重点を置きすぎるあまり、小説の形式ではあるものの、小説としての質 が伴っていない。次の点は、「もし作者がそれに気が付いていないとしても、よく 自己検閲現象が生じている」63ことである。その結果、「すべての問題は、取り扱 われてはいるが、決して深まらず、決してすべての観点から扱われない」64

ことに

なってしまっている。リドスキーは、このことによって「作者は問題を本当に真剣 には扱っていないし、全ての情報によって主題を扱うほどには自分たちは信用され ていない、ならばどうやってこちらから作者を信用すればよいのだろうか、という 印象を、思春期の若者たちが抱く可能性がある」65ことを指摘する。作者が、問題 に対して深く踏み込まないために、若者が満足するだけの情報を与えられず、作者 や作品への信頼が築かれないのではないかという懸念である。最後にリドスキー は、「思春期の若者は、多くの作品が持つ懐柔的要素のこともまた、理解しなくて はならない」66と述べる。なぜならば、しばしば、「若者は、伝統的状況から脱し ようと試みるたびに、失敗に終わる」67作品が存在するからである。そして「こう いった小説は、思春期の若者に対し、活気のなく、広い視野に欠けたイメージを送 り付け、彼らを精神的な混乱の中に閉じ込め、彼らのアイデンティティの探求にお いて何ら助けにならない」68と、厳しく批判する。彼は、「前述の楽天主義に陥ら なければ、より刺激的でより活き活きとした、一言で言えばより情熱的な主人公を 描くことも可能だ」69

と考えており、それを成しえない不十分な描写法こそが批判

の対象なのである。

リドスキーは、若者の欲求に応えるために現実の問題や若者主人公の生活を描く こと自体には全く異論を挟まない一方、その描写手法や、より詳細なレベルでの描 写対象の選定の失敗に対して批判を加えている。よって、彼の考える思春期の読者 を魅了できない原因とは、一見現実を描いているように見える作品が、実のところ 鋭く現実に迫っていないことにあると言えるだろう。

この視点は、同時期の他の論考にも共有されている。例えば、作家であるアラ ン・ベルグニウ

(Alain Bergounioux)

が思春期向け小説

3

作を対象にその内容を分 析した論考70

においては、これらの小説が「現実」を描いているのかという問い

を投げかけつつ、「フランスの思春期小説は「ブルジョワの」現実の構図を繰り返

(16)

しており、より正確には、旧来の教養小説の形式の中に位置づけられる」71

と結論

付けている。ここでもやはり、現実を描くという試みが、一部分の限られた現実に 限定されてしまっていることが指摘されている。

また、« Lecture jeunesse »に掲載された、思春期向け小説

20

作品を無作為抽出 し、描かれている社会を分析した、テレーズ・ピラ

(Thérèse Pila)

の修士論文のレ ジュメ72においては、例えば男女比や職業割合が現実と異なること、作中でお金 を扱う際にその出所など現実的な問題を語らない点などを分析によって明らかにし つつ、「これらの物語の登場人物たちはある種の非現実性を持っている」73

ことや、

「これらのレーベルの本はかなり不均質であり、現在の社会の全体的なビジョンを 引き出すことは難しい」74

ことが指摘されている。そして、それを踏まえ、思春期

文学で描かれている社会が、「現在の現実社会とも、おそらく未来の社会とも一致 していない」75

と結論付ける。この分析では、現実社会と思春期文学内の社会の一

致を重要視しており、その根底には、両者の一致が思春期文学に重要であり、不一 致によって思春期に読まれてないのだという考えがあるものと思われる。ここでも やはり、現実を描くという理念には批判が加えられないまま、その失敗が議題に挙 げられているのである。

最後に、1980年に « Lecture Jeunesse

»

において、15、16、17号に連続で掲載さ れた、C. ソヴァージュ

=

ニトレット

(C. Sauvage-Nitelet)

の論考をまとめたい。彼 女はまず、思春期向けレーベルの、思春期読者を惹き付けるための試みは、作者よ りも出版社によってなされており、その裏付けとなっているのは現実の思春期の若 者に対して行われたアンケートであることを指摘する。さらに、出版社の事情とし て、作者の側が思春期のためにと定めて書いているのではなく、実は出版社側が書 かれたものを思春期向けかどうか判断し、ときに文体などの修正を求めることを明 らかにする。すなわちこれは、「思春期の欲求」を知っていると自認している出版 社側が、意図的に「思春期の若者の望み通りの」思春期向け作品に直しているとい うことになる。そこで、ならばなぜうまく思春期の読者に受け入れられなかったの だろうか、という疑問が生まれてくる。その問いに対して彼女は、「若者に向けら れた思春期文学は、多くの検閲をされている。よって、この文学は『作られた』も のになっていないだろうか?」76という疑問や、「思春期文学は、(特に教育者と出 版社の)大人に望まれ、思春期の若者自身には望まれない、注文制作の文学にな りすぎているように思える」77

という結論部の言葉によって答えている。ここから

は、「作られた」作品が思春期の若者には良く思われない、すなわち作品の作為性 が問題だと考えていることが分かる。筆者は、思春期の若者が、作為性を嫌い、真 実性を重視する存在であると捉えているのである。この論考でもまた、問題視され

(17)

ているのは作品のテーマではなく描き方であり、1970年代の思春期文学の失敗の 原因は、描き方の失敗にあるとされているのである。

2 節 両言説の比較検討

ここでは、出版社側の理念と批判言説の比較検討を行う。2章で見た

1970

年代 の思春期向けレーベルの理念とその実践は、思春期の若者には彼らの独自の欲求が あると考え、それに応える本を提供しようと考えている点、彼らの具体的関心とし て現代社会あるいは若者の周囲にある現実的問題を想定している点、そして現実を 描く際には真実性がなければならないと考えている点の

3

点にまとめられる。

それに対し、1970年代の思春期文学に対する批評言説は、主に

2

点の批判を加 える。「現実」を描く際の描き方の問題と、「現実」の範囲設定の問題である。前者 は、手法の誤りの結果「現実」を描くことに失敗しているという結論に達し、後者 もまた、作者や出版社の選定した「現実」の範囲が、実際の若者読者の「現実」と 重ならないために、若者側の「現実」を描くことに失敗しているという結論に達す る。つまり、一言でまとめると、当時の批判は思春期文学が「現実」を描けていな いことに集約される。そして、彼らの批判がこの点のみに向けられていることか ら、これこそがこれらのレーベルが失敗に終わった原因と認識されていたと言える だろう。

両者の比較対照からまず指摘できる点は、「現実」を描いているか否かという点 における意見の相反である。出版側の理念としては、真実性のある「現実」を描く ことを目指し、それを実行していると認識しているのに対し、批判の焦点は、思春 期文学が実際の「現実」を描いていないことに向けられている。この相違におい て、作品を読んだ上で行われている批判意見の方が、このジャンルが勢いを失った こともあり、一見して説得力があるように思える。事実、1970年代の思春期文学 に言及している

2000

年以降の先行研究では、当時の思春期文学は現実を描くこと を志したがそれに失敗したという、1970年代の批判言説を踏襲した立場が多い。

一方、具体的に作品を読み解き、当時の思春期文学はやはり現実を描いていたので はないかという擁護的立場に立つことも不可能ではないだろう。だが本稿では、両 言説の当否を論ずることはせず、一歩引いた立ち位置からこの議論を俯瞰したい。

より重要な点は、「現実」を描いたか否かという対立そのものよりも、むしろ意 見の相違がそこにのみ集中している点にある。思春期向けレーベルの

3

点の理念に 対し、批判の矛先は「真実性を持った現実を描く」とする

3

点目のみに向けられて おり、「思春期の若者には独自の読書欲求がある」とする

1

点目、「その読書欲求と

参照

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