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マダガスカル口唇口蓋裂医療協力に参加して ―麻酔科医の立場から―

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Academic year: 2021

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マダガスカル口唇口蓋裂医療協力に参加して

麻酔科医の立場から

加島 有紀  増井 健一 三浦 倫一  大嶽 浩司

抄録:昭和大学が 2011 年より公益財団法人笹川保健財団および作家の曽野綾子氏の支援のも と実施しているマダガスカル口唇口蓋裂医療協力に麻酔科医として 2017 年,2019 年の 2 回,

参加する機会を得た.本プロジェクトはマダガスカル第 3 の都市 Antsirabe の Clinique Ave  Maria にて行われている.医療環境は日本とはかなり異なるため,安全に医療を実施するには 困難な場所である.本稿では麻酔科医の視点から,言語の壁が存在し,情報や検査が十分に無 い中で行われる術前診察,電源と酸素の供給の不安定さ,また現地に特有の珍しい現象として 余剰ガスと虫害,そして最後に医療資源の乏しさから来る低い医療の質について,日本との相 違点を中心にそれぞれ述べていく.しかしながら,このような過酷な環境の中,現地の患者が 寄せてくれたわれわれの医療への信頼と感謝の気持ちが,医療者としてのやりがいを感じさせ てくれた.私の将来のヴィジョンが見える貴重な経験ができた本プロジェクトを今後も続けて 欲しいと祈るとともに,本稿が後進に資することになれば幸いである.

キーワード:国際保健協力,途上国での麻酔,マダガスカル,口唇口蓋裂手術,患者からの信 頼と感謝

は じ め に

 昭和大学は,2011 年 5 月から毎年,マダガスカ ル口唇口蓋裂医療協力を笹川記念保健協力財団およ び作家の曽野綾子氏と共同実施している.曽野綾子 氏が発起人となって始まったこのプロジェクトは,

2019 年で 9 回目を迎えた.形成外科・麻酔科の医 師,矯正歯科の歯科医師,看護師,事務員からなる 医療チームを派遣して,約 2 週間にわたり現地にお ける口唇口蓋裂治療を中心とした形成外科的治療を 実施し,現在までに 191 名の患者を治療している.

このチームには,各学部から 1 名ずつ選抜された学 生を帯同し,国際保健を間近に見ながら研修を行え る環境を提供している.私は,麻酔科医 1 年目の 2017 年と 3 年目の 2019 年にプロジェクトに参加す る機会を得た.その経験を踏まえ,麻酔科医の視点 から主に日本での臨床との相違点を中心に本プロ ジェクトの臨床報告を行う.

 本プロジェクトの活動の地は,首都 Antananarivo から 170 km 南に位置する Antsirabe という街にあ る Clinique Ave Maria である.Antsirabe はマダガ スカル第 3 の都市で,人口は 18 万人,標高 1,500 m にある中規模な街である.羽田を出発し,パリ経由 で Antananarivo に約 24 時間かけて到着し,そこか らさらにバスに 3,4 時間揺られ,Antsirabe にたど り着く.Clinique Ave Maria は産科・小児科・外科 に対応した小さな病院で,手術室は 3 部屋あり,そ のうちの 1 つの部屋を本プロジェクト期間中はわれ われに占有させてくれている.残る 2 部屋で現地で の通常の手術診療をプロジェクトと併行して実施し ていた.

現地での麻酔

 2018 年までは全身麻酔症例では酸素,セボフル ラン,フェンタニルでの麻酔維持が主流であり,口 唇口蓋裂手術の際には眼窩下神経ブロックなどを加 臨床報告

昭和大学病院麻酔科

* 責任著者

〔受付:2020 年 3 月 26 日,受理:2020 年 4 月 9 日〕

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麻酔管理を行ったが,2019 年は同行した増井が完 全静脈麻酔(Total intravenous anesthesia:TIVA)

のプロフェッショナルであることもあり,多くの症 例で TIVA を行った.TIVA に必要となる専用シ リンジポンプは予め南アフリカから輸送してもらう よう手配し,プロジェクト終了時にマダガスカルか ら返送した.2019 年度の手術数は全身麻酔 14 例,

局所麻酔 5 例であり,全身麻酔を受けた患者の年齢 の内訳は 0 〜 1 歳 2 名,2 〜 5 歳 3 名,6 〜 10 歳 4  名,11 〜 15 歳 1 名,16 歳以上が 4 名だった.口唇 鼻形成術 5 例,口蓋形成術 3 例と例年より口唇口蓋 裂手術は少なく,熱傷後瘢痕に対する植皮術,皮膚 腫瘍に対する切除術や耳瘻孔切除術が 6 例だった.

局所麻酔症例はいずれも 12 歳以上であり,内訳は 皮膚腫瘍切除術が 4 例,ケロイド切除術が 1 例で あった.

 TIVA は,年齢と体重によってシミュレーション モデルを使い分けた.15 kg 未満の場合は Paedfusor モデル,15 kg 以上かつ 16 歳未満の場合は Kataria モデル,16 歳以上の場合は Schnider モデルを使用 した.いずれの場合も覚醒遅延はなく,効果部位濃 度 1.5µg/ml 前後で覚醒した.覚醒時の興奮も吸入 麻酔使用時よりも少ない印象を受けた.

日本の医療との相違点  1.術前診察

 Clinique Ave Maria に着いた初日に手術を希望 する全患者 28 名の術前診察(図 1)を行い,患者 のリスク評価をして,本プロジェクトで実施する症 例を決めた.術前の血液検査,胸部レントゲン,母 子手帳はなく,年齢・身長・体重・基礎疾患の有無

(患者本人あるいは家族がわかる範囲)の確認のみ であった.この診察は現地の通訳およびマダガスカ ルでの活動経験のある独立行政法人国際協力機構 JICA の看護師を介しての実施となり,意思疎通が 困難な場合もあり,正確な患者像の把握が難しかっ た.例えば,「持病はあるか,今まで入院するよう な病気はしたことがあるか」という質問に対して「1 か月前に喘息で入院した」という内容の返答が得ら れた児がいたが,この内容を引き出すのに四苦八苦 した.マダガスカル人の日本語通訳を介して問診を 行っていたのだが,この通訳が医療に精通している

の看護師を呼んでようやく話が噛み合った.しか し,症状の程度や治療内容は家族もうまく表現でき なかったのか,看護師を介しても,「挿管されるよ うな治療ではなかったようだ」というレベルでの理 解に止まった.また,聴診に関して,狭い部屋に通 訳や家族がいる中で正確に呼吸音や心音を聴取する 難易度は高かった.過去の経験などから,全身麻酔 中の呼吸や循環の予備力,挿管困難の可能性などを 踏まえ,体重 8 kg 未満は一律に断るという麻酔科 の方針を事前に決めていたため,これに満たない子 は体重が 8 kg 以上に達した来年以降にまた来院す るよう説明した.

 事前に患者のリスクを把握し,準備できる日本と 違い,Clinique Ave Maria では限られた診療から 1 日で判断せねばならないため,いかに慎重に患者を 選別しても,術中にトラブルが起きてしまうことも ある.2018 年の症例で,気管挿管後に原因不明の SpO2 低下があり手術中止せざるをえなかった患者 がおり,後に胸部レントゲンにより左肺のない片肺 の患者であったことが判明したという.幸い後遺症 はなかったそうだが,同じ麻酔科医として想像する に,相当ひやりとした経験であろう.

 2.電気・酸素供給の不安定さ

 電源供給の不安定性は現代の日本では経験しない が,マダガスカルにおいては未だ重要事象である.

2 回にわたる私の滞在中,幸い大規模停電はなかっ たが 10 秒程度の麻酔中の停電を何度か経験した.

対策として緊急用発電機を日本から持ち込んで準備 したが,大きくて手術室内に設置できないため延長 コード,現地規格対応のため変圧器および変換プラ グが必要であった.幸い発電機を稼働させる事態に は至らなかったが,事前確認の大切さを痛感した.

 酸素供給に関して,昭和大学では中央配管があり 酸素が途中で途切れることはないが,Clinique Ave  Maria では建物の外に設置された酸素ボンベを適時 交換するという方法を取っていたため,麻酔中に酸 素供給が途絶えることがあり,日本では聞きなれな いアラームが鳴るたびに,看護師に建物の外に出て ボンベを交換してもらう必要があった.

 3.余剰ガスと虫害

 Clinique Ave Maria においては,余剰ガスと虫 害には密接な関係がある.昭和大学の手術室には麻

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酔ガスによる室内汚染を防ぐために余剰ガスを排出 する中央配管が備え付けられている.一方,Clinique  Ave Maria では,使用した揮発性麻酔薬の余剰ガス 排出用の配管が無く,揮発性麻酔薬であるセボフル ラン使用時には余剰ガス配管の先端を窓の外に出し て排気する必要があり,その隙間から入ってくるハ エに悩まされた.2019 年は静脈麻酔薬プロポフォー ルを用いた TIVA をメインにしたことから,この虫 害はかなり解消されたが,それでも数匹は入ってき て,手の空いている人が団扇で退治するという光景 がみられた.

 4.医療資源の乏しさと低い医療の質

 Clinique Ave Maria では,プロジェクトと併行 して現地の通常診療が行われていた.2019 年のプ ロジェクト中に隣の手術室で術中死が起きた.患者 は若年女性で,当日朝に帝王切開を実施した褥婦 で,産後出血のため止血・子宮全摘術を行ってい た.手術室の窓からは隣の手術室の様子がうかがえ る.現地の歯科医に指摘されて視線を向けると,隣 室で胸骨圧迫をしていた.応援要請があり同行した 麻酔科医の増井とともに輸液とアドレナリンを持っ て隣室に飛び込んだ.心電図は PEA,見えている 患者の皮膚色は蒼白で,蘇生は厳しい状態であっ た.混乱の中,外頸静脈に 18 G 針を留置し,輸液 をポンピングしつつ,アドレナリンを投与して輸血 を待った.しばらくして届いた輸血は RCC4 単位 のみであった.蘇生させるのは絶望的であり,われ われの薬剤や輸液を無駄に使わぬよう,私たちは

30 分ほどで撤退した.隣室では,その後現地ス タッフにより長時間蘇生が続けられたが,残念なが ら帰らぬ人となった.現在のマダガスカルの妊産婦 死亡率は出生 10 万人あたり 335 人(日本は 10 万人 あたり 3 〜 4 人)であり,日本の 1920 年代相当に あたる.この高い妊産婦死亡率は,マダガスカルの 短い平均寿命 65.9 歳に深く影響していると考えら れる.第 3 の都市にある病院であっても,血液ガス の検査機器が手近になく,すぐに輸血が届かない環 境で手術や出産をせざるを得ないこの国の医療の現 状を改めて認識する出来事であった.

終 わ り に

 私は,昭和大学のマダガスカル医療協力プロジェ クトに参加する機会を得て,麻酔科医としてのトラ ブルシューティング力を鍛えられた.必要と思われ る医療資材は日本から持ってきたとはいえ,術前の 情報不足,患者との言語の壁などの障壁があり,日 本では予期せぬ事態が起こる度に臨機応変な対応が 求められ大変であった.しかしながら,日本の患者 には「治療が受けられて当たり前」という意識があ るのに対し,本プロジェクトで治療を受けたマダガ スカル人は,小児も含め,感謝の気持ちを明確に表 してくれることが多く,医療者としてのやり甲斐は 大きかった.一人で手術室に入り,見たこともない アジア人に囲まれて手術を受けるのはとても不安 だったと想像するが,大人しくマスクを顔に当てら れ,精一杯深呼吸をしてくれた患児が多かったのが

Fig. 1 術前診察の様子 (2017) Fig. 2 麻酔導入の様子(2019)

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瘢痕拘縮の植皮術を受けた 25 歳の患者は,覚醒後 に ”God bless you” という意味のマラガシ語を発し てくれた.

 2 度にわたりマダガスカル口唇口蓋裂医療協力に 参加する機会を与えていただき,本当に幸運だった と感じる.自分の将来ヴィジョンとして,発展途上 国の医療支援に携わるとの意を強くした.本プロ ジェクトの実施に向けて尽力いただいた全ての関係 者へ感謝の念をここに表したい.来年度以降も続い て欲しいとの祈りを込めつつ,本稿が今後プロジェ

となれば幸いである.

利益相反

 本報告に関連し,開示すべき COI 関係にある企業・団 体はありません.

文  献

1) 萩原和歌子,大塚直樹,大嶽浩司.昭和大学マ ダガスカル口唇口蓋裂医療協力に参加して.日 小児麻酔会誌.2017;23:199‑202.

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REPORT OF MADAGASCAR CLEFT LIP AND   PALATE MEDICAL COOPERATIVE DISPATCH

 FROM AN ANESTHETISTʼS POINT OF VIEW 

Yuki KASHIMA, Kenichi MASUI,   Nobukazu MIURA and Hiroshi OTAKE

 Abstract    Showa University has been conducting the Madagascar Cleft Lip and Palate Medical  Cooperative Dispatch since 2011 with the support of Sasakawa Health Foundation and Ayako Sono.  I  have had the opportunity to participate in this project in 2017 and 2019.  This project takes place at Cli- nique Ave Maria in the city of Antsirabe, the third largest city in Madagascar.  Due to its lack of medical  resources, it was very challenging to provide the same quality of medical care as we do in Japan.  In this  report, I will present the differences that I encountered in Madagascar, mainly on the preoperative  checks; the instability of electricity and oxygen supply; the lack of waste anesthetic gas disposal system  and the scarcity of medical resources.  However, even in such difficult conditions, it was very rewarding  to hear the heartwarming words and gratitude from the patients.  I sincerely wish that the project will  go on and I would be glad if this report becomes an aid to the members of the next dispatch.

Key words:  global health cooperation, anesthesia in developing countries, madagascar, cleft lip and   palate operation, gratitude from patients

〔Received March 26, 2020:Accepted April 9, 2020〕

Showa University School of Medicine, Department of Anesthesiology

* To whom corresponding should be addressed

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