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小児のアレルギー疾患の発症と予防

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Academic year: 2021

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(1)

 わが国の小児のアレルギー疾患罹患率はここ数十 年の間に多くの疾患で増加している.例えば同地域 で同方法を用いた西間らの疫学調査1)によると,

1992 年と 2002 年の 10 年間で学童期の気管支喘息 の有病率は 4.6%から 6.5%へ,アレルギー性鼻炎の 有病率は 16.0%から 20.5%へ,アレルギー性結膜炎 の有病率は 6.8%から 9.8%へと増加している.一方 アトピー性皮膚炎の有病率のみが 17.5%から 13.9%

に減少している.そしてこれら何らかのアレルギー 疾患に罹患している率は 31.6%から 34.1%に増加 し,学童の 3 人に 1 人はアレルギー疾患に罹患して いる状態である.これは 2002 年の学童期の屈折異 常や齲歯の有病率がそれぞれ 25.4%,39.2%である ことを考えても非常に高率である(図 1).

 今回,疫学によるアプローチで小児期における健 康問題を考えるにあたり,非常に多くの児が罹患 し,児の心身の発達や児や家族の生活の質の低下に 関わるアレルギー疾患の発症とその予防に関して述 べることが適当と考えた.まず過去の疫学データか らこの問題について概観し,疫学研究の利点と問題 点に関して触れ,最終的に発症予防への将来的な展 望について論じることができればと思う.

疫学とアレルギー疾患の発症

 アレルギー疾患は多因子疾患と考えられており,

遺伝要因と共に環境要因が重要とされている.近 年,疾患関連遺伝子の検索が盛んに行われ,いくつ かの候補遺伝子も見つかっている2).しかし遺伝要 因によって数十年間に罹患率が変わることは,基本 的には考えにくく,近年のアレルギー疾患の増加 は,環境要因の変化が主要因であると考えられる.

そこで,いくつかの代表的な疫学研究から環境因子 とアレルギー疾患の発症について述べたいと思う.

 1.衛生仮説

 1989 年,Strachan は イ ギ リ ス の 23 歳 の 17,414 名を対象として疫学調査を行い,アレルギー疾患の 保有率,家族数,兄弟姉妹数の関係について検討し た(図 2)3).その結果,気管支喘息や湿疹の保有率 は兄弟姉妹の数が多いほど低下し,さらに生まれ順 が遅いほど抑制効果が大きいことを報告した.これ は年長の兄弟が多いほど,生後早期から感染症の罹 患が多いためではないかと推察された.免疫学的な 機序としては,微生物の構成成分であるリポポリ サッカライド(LPS)は Th1/Th2 パラダイム(注)

を Th1 方向にシフトさせるが,微生物感染の減少 によって Th2 方向へのシフトが促されるためと考 えられている.この概念は近年の生活水準や衛生環 境の向上による幼少期の感染機会の減少がアレル ギー疾患増加に関与しているという意味で『衛生仮 説』と呼ばれている.20 余年経過した現在でも基 本として考えられている仮説である.

 (注)Th1 系の免疫応答は,主に細菌やウイルス 感染に働く免疫であり,Th2 系の免疫応答は主に 寄生虫感染やアレルギーに働く免疫である.Th1 系と Th2 系はバランスをとっており,一方が優位 であると一方は抑制されるという理論が Th1/Th2 パラダイムである.但し,現在は Th1 系,Th2 系 だけではなく Th17 系や制御性 T 細胞系の応答が 相互にバランスをとっていると考えられている.

 2.集団保育

 衛生仮説に関連し,早期の集団保育とアレルギー 疾患の発症について検討された.1999 年,Kramer らは兄弟数の少ない小家族においても,早期に集団 保育を経験することで,気管支喘息や花粉症の罹患 率を減少させると報告し,集団保育は兄弟と生活す ることと同等のアレルギー疾患発症予防効果が得ら れることを示した4)

小児のアレルギー疾患の発症と予防

昭和大学医学部小児科学教室

  伊藤 良子

特  集 小児期における健康問題-疫学によるアプローチ

(2)

 3.ペット飼育

 2002 年,Ownby らは生後 1 年間に 2 匹以上のイ ヌやネコと生活をしていると,6 〜 7 歳の時点での,

抗原皮膚テストの陽性率や血清中の特異的 IgE 抗 体量を優位に減少させ,気道過敏性試験や気管支喘 息の罹患率を抑制する傾向があることを示した(図 3)5).この現象も,ペット飼育によって室内の LPS 量が上がることがアトピー素因の獲得を抑制してい るためと考えられた.

 4.プロ・プレバイオティクス

 プロバイオティクスとは「健康に有益な生菌の食 品材料」と定義されている.また,プレバイオティ クスはプロバイオティクスとなりうる有用菌の腸内 増殖を促進するオリゴ糖などの難消化性糖類であ る.2001 年,Kalliomaki らはアレルギー素因のハ イリスク母体とその児に対し,妊娠後期から生後 6

か月まで乳酸桿菌である を投与

し,4 歳まで追跡調査をしたところアトピー性皮膚 炎の罹患率を有意に減少させると報告した(図 4)6,7).またプレバイオティクスに関しては,単独 での効果を認める報告はないが,アレルギー素因の ハイリスク母体に分娩 2 〜 4 週間前から 4 種の乳酸 菌を投与し,児には生後 6 か月まで 4 種の乳酸菌と ガラクトオリゴ糖の同時投与を行い,2 歳時に検討 した結果,アトピー性皮膚炎の発症率を有意に抑制 したという報告がある8)

 5.ダニの除去

 衛生的な環境がアレルギー疾患の発症を促進する という衛生仮説に基づき,ダニも多いほうが良いの で は な い か と 考 え る が そ う で は な い.1990 年,

Sporik らは,室内塵 1 g 当たりの Der p 1 の量が 2.0  μg/g dust 以上で抗原の感作リスクが有意に上昇

し,10μg/g dust 以上で気管支喘息の発症リスク が有意に上昇すると報告した9).このことは,わが

図 1 小児アレルギー疾患有病率の変化        (文献 1)を引用改変)

図 2 衛生仮説(Hygiene Hypothesis)(文献 3)を引用改変)

図 3 ペット飼育とアレルギー素因

(文献 5)を引用改変) 

(3)

国の喘息予防・管理ガイドライン 2009 および小児 気管支喘息治療・管理ガイドライン 2008 にも明記 されており,ハイリスク症例の気管支喘息発症予防 として,環境整備が指導されてきた.ダニの主要抗 原である Der p 1 は分子量が 25 kDa 程度のシステ インプロテアーゼという消化酵素でダニの糞に多く 含まれる.このシステインプロテアーゼは抗原提示 細胞の PAR2 を活性化したり,低親和性 IL-2 受容 体である CD25 を切断することで生体の免疫応答を Th2 系にシフトさせたり10),低親和性 IgE レセプ ターである CD23 を切断することで IgE 産生のネ ガティブフィードバックのシグナルを阻害したりす ることが報告されている11).また,システインプロ テアーゼ自体が,皮膚のバリア機能を破壊し,抗原 の生体内への侵入を補助しているという報告もあ 12).これらのダニ抗原の特性により,ダニはアレ ルギー疾患の発症に対して負の作用に働くと考えら れる.

 6.喫煙

 2009 年,Keil らはアレルギー素因のある両親か ら生まれた児において,周産期の母体の喫煙が児の 10 歳時の抗原感作や喘鳴の既往を優位にあげると 報告している13)

 以上のように,Strachan が衛生仮説を発表した 後の 1990 年から 2000 年前半は,アレルギー疾患の 発症に関して非常に多くの疫学研究が報告された.

疫学の限界

 しかしこれらの興味深い報告と同時に,同様の検 討であっても,結果が異なる報告も少なくない.例

えば,集団保育に関する検討で,2009 年に Caudri らは 4000 名の母集団で集団保育に 2 歳以前に預け た集団と 2 歳以降に預けた集団を,全く集団保育を 行っていない集団と比較して,喘鳴や気管支喘息の 発症リスクについて 8 歳まで検討したところ,8 歳 時の喘鳴や気管支喘息の発症リスクに全く差を認め なかったという結果を報告した14).また,ペットの 飼育に関しても 2009 年に Kerkhof らは生後 3 か月 未満にネコやイヌを飼育していると 8 歳時の吸入抗 原への感作率を抑制していたが,気管支喘息の発症 率には差を認めなかったと報告している15).またプ ロバイオティクスに関しても,2009 年に Johannsen らはレビューの中で,その効果が湿疹に限定的であ りまた菌種,投与方法,投与の時期によって結果が 異なることを指摘している16).また,ダニの除去に 関しても,2009 年のコクランレビューではアレル ギー疾患のハイリスク児に対し,ダニ抗原の回避だ けでは気管支喘息発症は抑制できなかったとされて いる17).そして母体の喫煙に関しては,先に述べた 論文の中で,アレルギー素因のない両親の児におい ては母体の喫煙とその後の抗原の感作,喘鳴の罹患 に全く関連を認めていない.

 疫学研究というのは, の研究や動物モデ ルとは異なり,実際の患者集団からある因子を抽出 したり,ある因子のヒトでの実際の影響をみたりで きる点で優れている.しかし,実際のヒトの集団は 非常にヘテロな集団であり,人種,性,遺伝子背 景,地域,食生活,衛生環境,医療レベル,社会的 レベル等が異なっている.このことが,同様の検討 をしても結果が一致しない大きな要因と考えられる.

すなわち,普遍的なアレルギー疾患発症予防策を探 索するのは実際には不可能であり,Strachan が衛生 仮説を提唱してから 20 余年を経ても,アレルギー疾 患の発症を抑制できていないのが現状である.

Gene-environmental interaction

 それでは,疫学研究は無益かというと全くそうで はない.冒頭でアレルギー疾患は多因子疾患であ り,遺伝要因と環境要因の双方により発症が規定さ れると述べた.遺伝要因と環境要因がどのように関 与しているかを追求することにより,個人における 予防策を講じることが可能になる可能性がある.近 年,同一環境下であっても,環境因子の受容体ある 図 4   の投与と湿疹の発症(Kaplan-

Meier 法)(文献 7)を引用改変)

(4)

いはそのシグナル伝達経路に関与する分子群の遺伝 子多型(SNPs など)の違いによって,個体ごとの 免疫学的応答性が異なることが明らかにされつつあ り,Gene-environment interaction と呼ばれている.

例えば,CD14 は LPS のシグナル伝達に補助的に働 く分子であるが,この -159 の塩基の違いによって ある環境中の LPS 量における花粉抗原に対する感 作率が異なるという報告が 2007 年,Martinez らに よってされている18).すなわち図 5 に示すように,

CC 遺伝子多型をもつ個体では,LPS レベルが高い ほど感作がおきにくい(衛生仮説があてはまる)が,

TT や CT 遺伝子多型を持つ個体では,この効果が 少ないという関係である.言いかえると,CC 遺伝 子多型をもつ個体であれば,ペットを飼うことや集 団保育がアレルギー疾患の予防に有効である可能性 が高いが,他の場合は,無効である可能性があると いうことである.

 また,他の例として,フィラグリン遺伝子とネコ 飼育の関係がある.フィラグリンとは,細胞骨格の 形成に関与する蛋白でケラチンフィラメントを束ね る働きをし,主に皮膚の角質に存在する.2006 年,

Palmer らはこのフィラグリン蛋白の機能不全を起 こす遺伝子多型がアトピー性皮膚炎の発症に深く関 与しているという報告をした19).2008 年,Bisgaard らは図 6 に示す通り,フィラグリン遺伝子の変異が ない集団では,出生時のネコ飼育の有無によりその 後の湿疹の発症に差を認めないが,フィラグリン遺

伝子に変異がある集団では出生時にネコを飼育して いる場合,生後 6 か月で 80 〜 100%の確立で湿疹を 認めるという結果が得られた20).言いかえると,フィ ラグリン遺伝子に変異がある場合は,生後早期のネ コ飼育はアトピー性皮膚炎の発症に対して強力な負 の作用を引き起こすため,前述の Ownby らの報告 を元に,ペット飼育を推奨することは問題となる.

お わ り に

 以上,アレルギー疾患の発症に関する過去の疫学 研究の一部を紹介し,その問題点と可能性について 述べた.これまで数多くの疾患関連遺伝子の研究

図 5  CD14/-159 の遺伝子型の違いによる LPS レベルと 感作の関係(文献 18)を引用改変)

図 6 フィラグリン遺伝子変異とネコ飼育と湿疹の発症

出生後 12 か月の湿疹の累積リスクをカプランマイヤー法で解析(文献 20)を引用改変)

(5)

や,疫学研究がおこなわれてきた分野でありなが ら,なかなか実際の発症予防に結びつかない状況か ら,テーラーメードの予防策の必要性がいわれてい た.しかし具体的な解決の手法が見いだせずにい た.しかし Martinez や Bisgaard らの報告で,具 体的に Gene-environment interaction の例が示され たことは非常に重要な意味があったと思う.これか らは,遺伝子情報を加味した疫学研究がおこなわれ ることで,近い将来にアレルギー疾患の発症予防が 可能になっていくと思われる.

文  献

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15) Kerkhof M, Wijga AH, Brunekreef B,  : Ef- fects of pets on asthma development up to 8  years of age: the PIAMA study.    64:

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16) Johannsen H and Prescott SL: Practical prebiot- ics, probiotics and synbiotics for allergists: how 

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20) Bisgaard H, Simpson A, Palmer C,  : Gene- environment interaction in the onset of eczema  in infancy : filaggrin loss-of-function mutations  enhanced by neonatal cat exposure.    

5:e131. 2008

参照

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