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生物学的基盤を考慮した志向性の分析的考察

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Academic year: 2021

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生物学的基盤を考慮した志向性の分析的考察

Analytical Discussion of Intentionality on a Biological Basis

1W100513-4

山田 竜郎 指導教員 山田 泰完 教授

YAMADA Tatsuro Prof. YAMADA Taikan

概要:「心とは何か」という古くからあるテーマに対して、今日では心理学、神経科学、認知科学といっ た、科学的な手法を含む様々なアプローチによる研究がなされている。このような状況を背景に、本論 文は「志向性」、すなわち我々の心が「何かに向かう」性質について、我々の生物学的な基盤を考慮して 分析した。我々の志向性は、進化の末に獲得した優れたパターン検出能力を前提に、世界を志向しよう という自らの意図によって掲げられた規範であり、その実在性はないことを指摘した。またそれをもと に、指示の理論や意味の理論の不可能性、あるいは素朴心理学の経済性といったことについても言及し た。認知科学的モデルの提案の際にも、志向性の規範性を念頭に置くことが必要である。

キーワード:志向性、表象、認知科学、意味論、心

Keywordsintentionality, representation, cognitive science, semantics, mind

1 . は じ め に志 向 性 と い う 問 題

志向性とは、我々の心が「何かに向かう」性質 のことである。いかにして我々の心は世界や物事 を志向しているのかということは、古くから絶え ず議論されてきた。我々が、今まさに目の前にあ るわけではない富士山のことや、そもそも存在し ないペガサスのことを考えることができるのは何 故か。今日では、認知科学の分野で、我々が志向 する様子を図式化しようと多くのモデルが提案さ れている。本論文では、進化論的過程により獲得 されたであろう、我々の生物学的基盤を考慮する ことで、そもそも志向性は実在的なものではなく、

規範としてあるにすぎないということを指摘する。

2 . 生 物 学 的 基 盤 に 根 ざ し た 規 範 的 志 向 性 我々が志向性という概念を獲得するに至った経 緯として、以下のような過程が考えられる。我々 ヒトの先祖は進化論的淘汰の結果、非常に優れた パターン検出能力(=前志向的能力)を獲得した。

それは長い間、他の動物の場合と同様に、何らか の行為出力とほぼ直結的に結びつく形で働いてい たが、ある時、彼らは記号性を発見した。すなわ ち、言語や記号といったものを「何かの代わりと して」用いることができるということに気付いた

のである。そしてまた、心の理論と呼ばれるもの も獲得された。つまり「自分や他者にはそれぞれ のパースペクティブから形成される内部状態があ る」という理解である。構文論的操作が容易な記 号を用いて、我々は世界の代理としての複雑な内 部状態(=表象空間)を形成したが、それを心あ るいは主体に帰属させるという図式化をはかるこ とによって、「〜について」性として問題になる心 の志向性という概念が生まれたのである。

このようにして得られた、志向性や記号性の世 界や物事に「向かう」性質は、結局のところ、前 志向的能力をもとにして世界と相互作用を行う上 で有効であるが故に用いられている、規範的なも のでしかないのである。我々の思考や言語、その 他の記号といったものは、我々の意図・解釈にお いてのみ、当のものを指し示すことを規範とする が、その性質は、その物理的過程に内在する本質 的なものではないのである。このことは図1(次 頁)のような形で図式化出来るが、ここで示され る我々の言語空間や表象空間といったものは、本 来は絶え間ない入出力連関でしかなかった神経科 学的基盤を、一部内部化するような形で仮想的に 実行しているのであり、動的で、文脈依存的で、

不完全なものである。

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3 . 指 示 や 外 延 的 意 味 の 不 可 能 性

以上のことを考慮すれば、実世界の対象を指し 示しうる、完全な指示の理論や意味の理論を打ち 立てるということは不可能であるように思われる。

我々の志向はあくまで規範であり、実現している ものではない。また真理の理論について言及する ならば、真偽という概念は、我々の表象空間と実 世界の適合性の尺度として用いられる、やはり道 具的なものなのではないかと考えることができる。

4 . 素 朴 心 理 学 の 経 済 性 ・ 有 効 性

我々は個人個人、不完全な方法でありながらも 世界を志向することによって、上手く認知・行為 を行っているのであるが、これはコミュニケーシ ョンの場においても同様なのではないか。同型の 身体を持ち、同様の前志向的能力を持つ我々は、

ある程度似た表象空間を作り出すことが出来る。

そのずれはゼロではないが、最低限コミュニケー ション可能な程度には似ているのではないかと考 えられる。そしてこのような表象空間を用いた方 法、すなわち互いを志向的な存在としてとらえる ことによるコミュニケーションは、単に可能であ るというだけではなく、進化論的な経済性に基づ く方法なのではないか。我々の素朴心理学的態度 は、事実何千年もの間採用され続けてきたのであ り、一種の安定状態であることに疑いの余地はな い。チャーチランド(Paul Churchland)の述べるよ うな心の消去は、よほどのことが無い限り起こり えないように思われる。

5 . 認 知 科 学 的 モ デ ル に お け る 志 向 性 認知科学の分野では、我々と世界の相互作用に 関する多くのモデルが提案されているが、やはり これらに関しても、そこに志向性あるいは表象の 実在が見られるかという議論は不毛なものである。

「〜について性」は、我々がそうとらえる限りに おいてあるのであり、それらのモデルが表象的か、

非表象的かというのは単に解釈上の問題である。

例えばミリカン(Ruth Millikan)は、バクテリアが 体内の磁性体を用いて、生存に有利な酸素の少な い環境を選び取る様子を見て、表象を目的論的な

ものとしてとらえたが、それも必然的なものでは なく、一つの解釈方法に過ぎない。

6 . 今 後 の 課 題

本論文では、志向性が規範的なものであるとい うことを指摘したが、これは「志向性とは何か」

という問いに対する部分的な答えにすぎない。こ のことを踏まえた上で、その規範的志向性は具体 的には(1)どのような性質を持ち、(2)脳内で どのように実現されているのかというさらなる探 究がなされなければならない。ここで(1)につ いては二段階考えられ、ひとつは規範とする性質 であり、もうひとつは近似的に実現された性質で ある。こういった問題の解決には、認知科学、神 経科学、発達心理学などといった諸分野の知見を 総合することが不可欠であり、広い視野をもった 考察がなされなければならない。

図1 規範 的志向 性のモ デル

参照

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