九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
A Study about Kamakura So-in Seen through Hakka Dialect
羅, 濟立
九州大学大学院比較社会文化学府
https://doi.org/10.15017/4494522
出版情報:比較社会文化研究. 12, pp.9-23, 2002-10-31. Graduate School of Social and Cultural Studies, Kyushu University
バージョン:
権利関係:
「比較社会文化研究」第12号 (2002)9 23頁 Social and Cultural Studies
No. 12 (2002), pp. 9 23
客家語からみた諷誦の鎌倉宋音の音韻現象
碕 ぃ 立
品 維
1 .序論
日本漢字音の研究には、中国語音系の本質を明らかにす る必要がある。その資料として漢語の方言を考察するのが 重要な方法である。客家語はその漢語七大方言分区中のひ とつである。歴 史 上 、 客 家 人 ( も と も と は 北 方 の 司 豫 移 民)は東晋以来、清の乾隆・嘉慶の時代に至るまで、 5回 の時期に分かれて南遷した(羅香林1933:37‑76)。前3 回 に 大 規 模 の 北 方 移 民 に 伴 っ て も た ら し た 客 家 語 は 、 呉 語、湘語を切り離しただけではなく、呉語を江南に、関語 を東南の一隅に置いたのである。この歴史的背景にある客 家 語 は 古 代 ( と り わ け 唐 宋 時 代 ) の 北 方 漢 語 を 多 く 保 存 し、多様な漢語方言や土着の言語と頻繁に接触し、相互に 影 響 し 合 い 、 今 日 の 特 徴 を 呈 す る に 至っている。橋 本 (1972 : 11)は「(客家語は)とくに北方諸方言と南方諸 方言をむすぶものとして、中国語の音韻・語彙の比較的お よび歴史的研究に重要な資料を提供する方言である 」 と述べ、客家語の価値を明示している。しかし、従来日本 鎌倉宋音(以下「宋音」と略す)の研究に関して、客家語 などの漢語方言との関連で述べた論文はほとんどない。実 は 宋 音 と 客 家 語 の 成 立 は と も に 中 国 の 中 世 漢 語 に 深 く 関 わっている。筆者は、宋音に反映されている音韻的特徴が 客家方言にも幾つか見出されることに気づいた。それは偶 然の一致であるとは考えられない。ゆえに、客家語と宋音 の音韻比較研究を行うことは、それぞれの言語史の解明上 意義あることと思う。
ところで、有坂 (1939)以来、宋音は鎌倉時代の臨済・
曹洞の禅宗集団によって運びこまれた、南宋末〜元初の主 に呉方言の一部である浙江地方の方言音を母胎としたもの であると考えられる。注意を要するのは、数回にわたる北 方移民の流入により、中原官話が浙江地方に移植されたと
いう事実である。このように、宋音に反映されている漢語 の音韻特徴には、少なくとも浙江呉語の口語音層や北方か ら 借 用 さ れ た 中 原 漢 語 の 文 語 音 層 が 含 ま れ て い る と 考 え る。これらの音層を区別するには、漢語の方言の考察が不 可欠である。漢語の方言との比較を通じて、宋音の日本漢 字音としての特徴や性格を一層正確に把握することができ る。この関連研究の一環として、本稿は中世漢語を多く保 持している客家語を利用して、現代客家語の言語的事実か ら宋音の歴史的言語実態を検討把握しようとしたものであ る。すなわち宋音と客家語の類似の音韻現象を具体的に検 出し、そこで示された意義を明らかにしようとしたもので ある。
2 . 「宋音」概説
2. 1.宋音の成立
古代日本にあった中国音または日本音は、 一般には呉音 と漢音だけである。呉音は7世紀以前はもちろん、 8 ・ 9 世紀以降もずっと仏典読誦音を領域として使われてきた。
ただ、 8・ 9世紀以降、漢音は宗派と儒学典籍によって日 本語に定着し広く使用されていた。このような慣例は現在
までも維持されている。しかし、 894年、遣唐使の廃止に よって 中 断 さ れ て い た 中 国 と の 交 流 が 鎌 倉 (1192‑ 1336)、室町 (1392‑1600)期以降、禅僧や商人によって ふたたび盛んになり、さらに江戸時代 (1600‑1867)には 長崎通事達の中国往来が頻繁になった(l)。この頃伝来した 中国音は従来の呉音・漢音とはかなり違った近世の漢字音 となっており、普通唐宋音という(2)。唐宋音は中国原音の 渡来時期の時代差や地域方言差ないし日本語音韻の時代差 などを反映して、複雑な様相と重層性を呈している。それ を更に細分すると、江戸時代に入って黄壁宗や長崎通事に
(1) 日宋交渉史の詳細は、森克己 (1975)「森 克己著作選集1日宋貿易の研究」国書刊行会、辻善之助 (1960)「日本仏教史中世篇之二」岩波書 店限定版などを参照。
(2) 以下のように、ある漢字は重層的な音読みを擁するに至っている。
字例 呉 音
頭 ズ(頭脳ズノウ) 行 ギャウ(行 幸ギョウコウ)
漢音 トウ(先頭セントウ) カウ(行動コウドウ)
唐宋音 ジウ(餞頭マンジュウ) アン(行脚アンギャ)
︐
羅 渭 立
よって移植されたものを「唐音」あるいは「近世唐音」と いうのに対して、鎌倉・室町時代には中国に渡って学びあ るいは帰化した臨済宗・曹洞宗の僧によって移植されたも のを「宋音」あるいは「中世唐音
J
という。とりわけ禅宗僧侶の中には有名な祖師方の往来は、大部分は鎌倉時代に 行なわれたので、古臨済・曹洞系字音の起源は鎌倉時代に あると考えられる。本稿ではこれを「宋音」とよぶ。しか も、臨済宗・曹洞宗(心越派を除く)の諸寺院に伝えられ た宋音は、総体的に見ると類似性が強く認められ、よって あまり相遠からぬ時代に、相遠からぬ地方から借入された も の ら し く 見 え る と 考 え ら れ る ( 有 坂1957: 192)。しか し、新典の宋音は使用の場合が禅宗の事物に局限されたた め、 一般 の 社 会 や 日 常 用 語 ま で に は 勢 力 を 伸 ば し て い な い。にもかかわらず、宋音は呉・漢音などと等しく、日本 語 な い し 中 国 語 の 音 韻 史 料 と し て 極 め て 重 要 な も の で あ る。
一方、北宋 (960‑1127)で は 異 民 族 の 圧 力 を 避 け て 北 方の漢民族が南遷し、南宋 (1127‑1279)ではその漢民族 の力によって江南に社会安定と繁栄を実現した。日本に渡 来した中国の僧侶や商人は南方のものが多かったし、江北 地方は異民族支配で入境しにくかったため、鎌倉時代の臨 済宗・曹洞宗などの禅僧達が志向した中国の寺院は主とし て江南地方の名所であり、宋音の中核的部分は宋末元初の 頃 の 江 南 音 に 基 づ い て 形 成 さ れ た も の と 考 え ら れ る。ま た、宋代の文化を支えた言語として、華北、華中の広い地 域にわたる中原の言葉と江南の言葉とが長期的に融合し、
新しい型の言葉が成立していた。この時期に成立していた 共通語を反映したのが『中原音韻』 (1324)である。江南 地方の音は北方の中原音に強く影響され、それは特に現在 の杭州語(北方官話が訛ったもの)に鮮明に反映し、呉語 系 と 認 め ら れ て い る が 、 呉 語 そ れ 自 体 と は 区 別 さ れ て い る。以上のことにより、宋音の特色として第4節に挙げる 諸 特 徴 が 、 北 方 の 中 原 共 通 語 と ほ ぼ 同 じ 姿 を 示 す。そし
て、この特色が南宋の遷都により江南の地に移植されたこ とが知られよう。
2. 2.宋音の体系
王カ
(1980: 32‑35)の時代区分による近代漢語 (13‑19世紀)の初期的状況を反映する日本の資料は、 まとまっ たものとしては、『略韻j『緊分韻略jの字書・韻書資料、
または禅宗の諷経関係のものがある。それについては、先 行書(有坂1939、高松1982、湯沢1987)などにおいてしば しば紹介されており、詳しくはそれらに委ねることとす る。本稿では、宋音資料としては、主として入宋僧俊杭律 師 (1166‑1227)が伝えた泉涌寺相伝の初期的宋音に反映 した『金光明懺法」(以下『金光明』と略す)と、臨済宗 における伝承の諷経音を忠実に記録した『小叢林略清規』
(以下『小叢』と略す)とを利用する(3)。それは二書 の 宋 代音としての資料的価値や性格がかなり明らかにされてい ること、 二書に仮名が詳細に加えられていることなどのた め、客家語と比較する上で好都合だからである。そこで、
本稿では便宜上沼本 (1997: 548‑622)に載せられている
『金光明』『小叢』の仮名表記を主な資料として参照し、
中国社会科学院語言研究所編『方言調査字表』に準拠して 作った作業用原本に甚づいて客家語との比較に焦点を当て て検討を進めてみたい。ちなみに、宋音それ自体について も色々検討すべき問題があるのであるが、ここでは、別の 視点からの研究として、客家語との音韻上の類似点の問題 を考察してみる。その原則的表記と客家語の比較のありか たから、宋音の特色の一面を浮き彫りにする。
比 較 す る 前 に 、 ま ず 宋 音 の 各 声 母 ( 表 1)、韻母(表 2)の原則的表記を一覧表としておく。念のため、比較の 対象となる客家語の発音も配列した。(中古音の音価は研 究者の間で多少の相異があるが、ここでの推定音価は佐藤 (2002)による。また梅県・長汀客家語の発音は李如龍他 (1992)による)。
表 1 宋音声母の音価、並びに客家語声母との対応関係
中古声母 宋音の主な音価 宋音の例 梅 県 客 家 語 長 汀 客 家 語
料 p <l>行 布フ、翡ホイ、邊ヘン、北ホ p p
榜p' 中行 破ホ、怖フ、偏ヘン、匹ヒ p' p ヽ
並 b <l>.b行 避ヒ、比ヒ、雛ベン、別ベ p ヽ p'
明 m m 竹ノー 毎モ仁面メ入明ミン、莫モ m m
非 pf 中行 甫フ、非巳弗フ、放ハウ f、p f、p
敷 pf 中行 敷フ、翻ハン、蜂ホウ、赴フ f f
奉 bv 中行 (金)、<t> b行(小) 父フプ、凡ハノパ/、煩ハン、分プン f、p' f、p' 微 l1J m・b行 微ミ、晩バ入聞プ入望モウ m、V m、V
端 t t行 都ッ、刀タウ、鳥チウ、得テ t t
透't t(d)行 妥ダ、退ッィ、天テン、脱卜 t' t' 定 d t行(金)、t d行(小) 駄ド、大タイダイ、投チウ、定チンヂ/ 't f 泥n(娘I),) n ,1.T ‑ 乃ナイ、年ネン、念ニャン、内ヌイ n、几 n
来 1 r竹、9 ‑ 利リ、臨リン、立リ、六ル │ │
(3) 「金光明」と「小叢」の資料とその影印は沼本 (1997,491‑539)をご参照願いたい。
客 家 語 か ら み た 諷 誦 の 鎌 倉 宋 音 の 音 韻 現 象
中古声母 宋音の主な音価 宋音の例 梅県客家語 長汀客家語
精 ts s 付ノー 作ヽ八讃サン、進シン、迩シ ts ts 清 ts' S イノTー 趣シュ、此ス、七乞請シン ts' ts' 従 dz s行(金)、s・z行(小) 慈ズ、斉シイ、情ク;/、賊セ ts' ts' ヽ
し
ヽ、S S 1/T 一 西シイ、四ス、小セウ、悉シ s s 邪 z s行(金)、Z行(小) 随スイ・;、寺ズ、旋セン、旬ジン S、ts' S、ts' 知 ん S イヽヽTー 知シ、鎮シン、塚ショ、置シ ts ts、ti 徹 ぷ Sイ/T一 凝シ、勅シ、聘シン、抽シウ ts' ts'、tJ' 澄¢ s行(金)、z・d行(小) 馳シ、除.ノヂ、逐スチ、博ゼン ts' ts'、It
荘 t~ Sイ/T一 荘か)・ノ')、諄サン、斎セイ ts ts 初 st S ノTイー 懺サン、刹サセ、測シ、策サ ts' ts' 崇 dz z ・ s 丁1ノー 助ズ、事ジ、愁シュ、崇スン ts'、S ts'、S
生 8 S 1ノTー 雙サウ、所スソ、使ス、生サン s s
章 t~ s 打ノー 者シャ、照セウ、真シ入掌シャゥ ts tJ 昌 ti;;' s 打ノー 出シュ、虞シ、吹スイ、昌シャウ ts' tI' 船dみ s行(金)、z・s行(小) 誼シ、船セン、神ク;ン、食シ s I 書 ¢ S 1ノTー 施シ、水スイ、説セ、聖シン s J 禅 み s行(金)、z・s行(小) 是ノ/紹ジャウ、禅セン、臣シン s I 日炉ヤ z' ・ s イ/.丁一 熱ゼ、日/ジ、辱シュ、二/ノ ¢、几 ¢、n 見k k行 固ク、世ヵィ、結ヶ、鬼キ k K、tJ 渓k' k行 矩キ、開ヵィ、丘キウ、観クワン k' k'、t! 群 g k行 祈キ、求キウ、虔ケン、及キ k' k'、tI'
疑 I) q •n • a1/丁‑ 我ゴ、義二、牛ニウ、岸ァン り、几 り、几、中
暁 x k行、中行(小、合口三等) 詞コ、漢ヵン、輝ヒ、凶ヒャ •9 ヒヨ•) h、f h、f、! 厘 y a ・ w ノTイー 護ゥ、下ァ、横ヮン、河ヲ h、f,V、¢ h、f、V、¢、I
影 ? a・j・w行 意ィ、暗ァン、陰ィ入厄ャ ¢、V ¢、V
云 h a・j・w行 為ィ、違ィ、祐ュウ、院ェン ¢、V ¢、V
以 j a・j・w行 輿ィ、由ィゥ、烙ヱ入薬ャ ¢ ¢、V
表2 宋 音 韻 母 の 音 価 、 並 び に 客 家 語 韻 母 と の 対 応 関 係
摂 中古韻母 宋 音 の 主 な 音 価 宋音の例 梅 県 客 家 語 長 汀 客 家 語
果 歌ー等開— a ‑0 多卜、荷ヲ、我ゴ、作ソ ‑3 ‑0
文ー等合— ua ‑0 破恥磨モ、果コ、和ヲ ‑3、(‑U3) ‑0 麻二等開—a ‑a 罵マ、沙サ、家ヵ、下ァ ‑a ‑a 仮 麻二等合— ua ‑wa 化クワ、花クワ、華クワ ‑a、‑ua ‑a、‑ua
麻三等開‑ia ‑ja 謝シャ、捨シャ、惹ジャ、野ャ ‑a、‑ia ‑a、‑ia
模ー等合—O ‑u 普フ、土ッ、固ク、護ゥ ‑u ‑u
遇 魚三等合— io ‑i 女二、諸シ、去キ、於ィ ‑u、‑.1、‑ l .. ‑u、‑i、‑e、‑U
虞三等合— iu ‑u、‑ju、‑iu 敷フ、趣シュ、珠シュ、句キウ ‑u、‑i ‑u、‑i、‑U 始ー等開— Ai ‑ai 乃ナイ、再サイ、開ヵィ、愛ァイ ‑3i、‑ai ‑ue、‑ai、‑e 泰ー等開‑ai ‑ai 昧マイ、泰タイ、蓋ヵィ、害ァイ ‑ai、‑3i ‑ai、ue
ー等合— uai ‑ui 外グイ、最スイ、會ゥィ、 ‑i、‑ui、‑3i ‑e、‑ue 灰ー等合—u/\i ‑ui、‑oi(料組) 輩ホイ、内ヌィ、罪スイ、回ゥィ ‑i、‑ui、‑3i ‑e、‑ue 皆二等開— ei ‑ai 拝ハイ、皆ヵィ、界カイ、戒ヵィ ‑ai、‑iai ‑ai、‑e
二等 合uei ‑wai 懐ヮ八壊ヮィ ‑uai、‑ua、‑ai、‑a ‑ue、‑ua、‑ai、‑a 蟹 佳二等開虚 i ‑ai 解ヵィ ‑ai、‑iai ‑ai、‑e
央二等開‑ai ‑ai 敗ハイ ‑ai、‑iai ‑ai、‑e
二等合— uai ‑wai 快クワイ ‑uai、‑ua、‑ai、‑a ‑ue、‑ua、‑ai、‑a
祭三等開— i ぉ i ‑ei、‑ii 際セイシィ、続シイ、逝シイ ‑.I、‑.I . ‑.I、‑ 1..、‑e
三等合‑iuぉi ‑ei、‑ui 歳ゼイスイ、衛ェイ ‑ui、‑ci、‑3i、‑a ‑e、‑ue、‑i 斉四等開‑ei ‑I'、‑ .I.I、‑e'1 弟チ、西シイ、渓ヶ八妻セイ ‑ai、‑ai、‑ic ‑i、‑e
四等合— uei ‑ei、‑. i.i、‑.l 桂キイ、恵ヱイ・エイ、慧ィ ‑ui ‑ui、‑i 支二等開—ie ‑i、‑u(精組) 彼ヒ、離リ、此ス、施シ ‑I.、‑ l .. ‑.I、‑. l .
三等合— iue ‑ui、‑i 髄スイ、吹スイ、規キ、為ィ ‑ui、‑3i ‑ue、‑ui、‑e 脂三等開ーiei ‑i、‑u(精荘組) 悲ヒ、尼二、死ス、四ス ‑.I、‑ ..1 ‑e、‑.l、‑.l .
止 三等合ーiuei ‑ui、‑i 類ルイ、水ス仁愧キ、惟ィ ‑ui、‑i ‑ue、‑U、‑ui、‑i 之三等開— ia ‑i、‑u(精荘紺) 理リ、慈人事ズ、起キ ‑.I、‑ ..1 ‑I.、。 .l.
微三等開— iai ‑i 機キ、祈キ、依ィ、衣ィ ‑i ‑i
三等合ーiuai ‑i 微ミ、蹄キ、威ィ、違ィ ‑.I、‑U.I ‑i、‑e、‑ui 豪ー等開— au ‑au、‑OU(招組) 報ホウ、刀タウ、躁サウ、高ヵゥ ‑au ‑3 放 肴二等開‑au ‑au 包ハウ、悼タウ、教ヵゥ、餘ァウ ‑au ‑3
宵三等開‑i劉U ‑eu、‑iau、‑OU(影組) 小セウ、紹ジャゥ、耀ョウ ‑iau、‑au ‑i3、‑3 粛四等開—cu ‑iu、‑eu 鳥チ広離テウ、了レウ ‑iau ‑i3 侯ー等開‑au ‑iu、‑U、‑eu、‑o 投チ広茂モ、垢キウケ広婁ル ‑cu ‑aw
流 尤三等開— iau ‑iu、‑ju、‑u(非組) 不フ、流リ広愁シュ、救キウ ‑iu、‑u ‑iaw、‑aw
幽三等開ーieu ‑iuu 幽ュウ ‑iau、‑iu .l‑3、‑1.aw
羅 済 立
摂 中古韻母 宋音の主な音価 宋音の例 梅県客家語 長汀客家語
票ー等開— ^m ‑an 貪タン、南ナン、含ァン、症アン ‑am ‑aり、ー3り 談ー等開— am ‑an 藍ラン、三サン、甘ヵ入暫サン ‑am ‑aり、ー3り
咸二等開— em ‑an 咸ァン、i甚サン、減ヵン ‑am ‑ao
街二等開—am ‑an 監カン、懺サン、鑑ヵン ‑am ‑aり
塩三等開—i 四n ‑en 潜セン、染ゼ入険ケン、掩ェン ‑iam、‑am ‑ie、‑al)
厳三等開— iam ‑en 厳ネン ‑iam、‑am ‑ie、‑aI)
凡三等合ーiuam ‑an 凡ハン・バン、範ハン、梵ハン・バン ‑am ‑aり
咸 添四等開— em ‑en、‑ian 黙テン、念ニャン ‑iam ‑ie
合ー等開— AD ‑a 納ナ、雑ザ、合ァ ‑ao ‑a、‑3
孟ー等開‑op ‑a 塔タタウ、脹ラ ‑ap ‑a、‑3
恰二等開‑eo ‑a 恰ァ ‑ao ‑a
業三等開ーiぉp ‑e 劫ヶ、業ネ ‑iap、‑ap ‑ie、‑e
乏三等合— iuao ‑a 法ハ ‑ap ‑a
葉三等開— i 町 p ‑e、‑iou 接セ、摂ゼ・セウ、葉ョウ ‑iap、‑ap ‑ie、‑aり
帖四等開— CD ‑e、‑e<I> u 帖テフ、簑ヶ ‑iao ‑e
深 侵=等開‑iem ‑in 臨リン、心シン、金キン、音ィン ‑im、‑am、‑em ‑eり
絹三等開— ieD ‑i 立リ、集シ、習シ、及キ ‑ip、‑ap ‑I.、‑ l ..
寒ー等開‑an ‑an 檀ダン、安ァン、讃サン、岸ァン ‑an、‑3n -a り、 —O
桓ー等合— uan ‑an、‑wan(見組)、‑on 判ハン、観クワ入断トン ‑an、‑U3n、‑3n ‑aり、 ‑Q 剛二等 開an ‑an 攀バン ‑an、‑ian ‑alJ、‑ie
二等 合uan ‑wan 開クワ入褒ワン、環ワン ‑3 n、‑uan
山二等開侮 n ‑an 山サン・ザン、間ヵン、閑ァン ‑an、‑ian ‑alJ、‑ie
元三等開— ion ‑en 言ネン、建ヶ入猷ヶン ‑ian、‑an ‑ie
三等合— iuan ‑en、‑an(非組) 翻ハ入園ェン、願ゲン、怨ェン ‑ian、‑3n、‑an ‑ie、‑0、‑ao
仙三等開— i ぉ n ‑en 偏ヘン、仙セン、乾ケン、演ェン ‑ian、‑an ‑ie
三等合— iu ぉ n ‑en 官セン、川セン、脊ヶ入院ェン ‑ian、‑3n、‑an ‑ie、‑0、‑aり 山 先四等開— en ‑en 邊ヘン、天テン、先セ入憐レン ‑ian ‑ie
四等合‑uen ‑en 消ヶ入玄ェン ‑ian ‑ie
昂ー等開— at ‑a 恒夕、薩サ、達タダ ‑at、‑3t ‑a、‑ue
末ー等合‑uat ‑0 立リ、集シ、習シ、及キ ‑at、‑uat、‑3t ‑0、‑ai、‑ua、‑ue 琵二等開 筵 t ‑a 八ハ、抜ハ ‑at ‑a、‑e、‑ai 錆二等開 at ‑a、‑e 刹サ・セ ‑at ‑a、‑e、‑ai 月=等合— iat ‑e、‑a・ ‑o(非組) 登ハ、罰ポ、曰ェ、越ヱ ‑iat、‑at ‑e、‑ai、‑ie 藤三等開ーiぉt ‑e 滅メ、裂レ、舌セ、熱ゼ ‑iat、‑at ‑e
三等合— iu ぉ t ‑e 雪セ、説セ、閲ェ、拙セ ‑iat、‑at ‑e、‑ai、‑ie
屑四等開— ct ‑e 節セ、結ヶ、潔ヶ ‑iat ‑e
四等合—uct ‑e 血ヶ ‑iat ‑e
痕ー等開‑an ‑en 根ケンゲ入恩ケン ‑un、‑en ‑elJ
魂ー等合— uan ‑on、‑un(端組) 本ホン、村ソ入昆コン、頓ッン ‑un ‑eo、‑ueり
殷=等開‑ian ‑in 謹キン、隠ィン ‑in、‑an ‑eり 文三等合—iuan -un(非組)、— in(見系) 文プ入聞プン、君キン、雲ィン ‑un、‑iun ‑eり 真=等開— ien ‑in 民ミ入珍シン、因ィン、人ジン ‑in、‑an ‑eり 矮 諄=等合ーiuen ‑iun、‑in 倫リン、均ギン、遵シュン、舜シュン ‑un、‑iun ‑eり
没ー等合‑uat ‑0 没モ ‑ut ‑e、‑U、‑ue 迄=等開ーiat ‑i 乞キ ‑it、‑at ‑I.、‑ l .. 物三等合—iuat ‑u 弗 ス佛フ・プ、物プ ‑it、‑ut、‑iut ‑i、‑e、‑ei 質=等開—iet ‑i 密ミ、悉シ、室シ、一ィ ‑it、‑at ‑.I、‑. 1 . 術=等合ーiuet ‑.I、‑I.U 律リ、出シュ ‑it、‑ut、‑iut ‑i、‑e、‑ei
唐ー等開— al) ‑au 裳タゥ、楢サウ、剛ヵゥ、航ヵゥ ‑3り ‑3り
ー等合— ual) ‑wau 光クワ広廣クワウ、皇ヮゥ ‑U3り、ー3り ‑3り 陽=等開‑ial) ‑iau 良リヤウ、相シャウ、陽ャウ ‑i3り、ー3I ) ‑i3 1)、‑:::,I) 宕 =等合—iual] ‑au ‑ou(非組)、‑jau(見系) 放ハ広望モウ、王ャウイヨウ ‑3り ‑3 1J
鐸ー等開‑ak ‑a、‑o(明母) 莫モ、落ラ、各ヵ、悪ァ ‑3 k ‑o
薬=等開— iak ‑ia 略リヤ、却キャ、薬ャ ‑i3 k、‑3k ‑io、‑o
=等合— iuak ‑0、‑a 縛ホ・ハ ‑i3 k ‑io 江 江―等開‑aulJ ‑au、‑OU 雙サウ、降ヲウ ‑uり、ー30 ‑01)、‑3り
覚二等 開auk ‑a 覚ヵ、築ガ、岳ヵ、畢ヵ ァ ‑3 k ‑0 登ー等開— ao ‑en、‑un(精組) 燈テン、拐レン、増スンズン ‑en ‑el)
ー等合— ualJ ‑u、‑wan 弘グ・ワン ‑c n ‑eり
蒸=等開— ielJ ‑in 憑ヒン、昇シン、應ィン、初ジン ‑en、‑an、‑in ‑eり
曾 徳ー等開‑ak ‑e、‑o、‑U 北ホ、得テ、刻ク、則セ ‑ct ‑e ー等合—uak ‑u 國ク、或ゥ ‑u et ‑ue 職=等開ーiek ‑i 力リ、食シ、極キ、億ィ ‑at、‑it ‑e、‑.l、‑.I .
=等合ーiuek ‑i 域ィ ‑c t ‑e
客家語からみた諷誦の鎌倉宋音の音韻現象
摂 中古韻母 宋音の主な音価 宋音の例 梅県客家語 長汀客家語
庚二等開‑eo ‑an 生サン、更ヵン、行ァ入衡ァン ‑en、‑aり ‑elJ、‑alJ 二等 合ueり ‑wan 横ワン ‑ao、‑uaり ‑01)、‑al)、‑01)
耕二等開翌IJ ‑an 詳サン ‑en、‑aり ‑eり、 ‑aり 二等合—U おり ‑wan 宏ワン -a り、— uao ‑0り、 ‑al)、つIJ 庚三等開—iel) ‑in 兵ヒ入明ミ入敬キン、慶キン ‑in、‑iaり ‑eo、‑iaり
三等合—iuel) ‑in 栄ィン、永ィン ‑iun、‑iuり ‑elJ、‑ialJ、‑iolJ
清三等開—i おり ‑in 名ミン、精シ入軽キ入盈ィン ‑in、‑iaり ‑eり、 ‑ialJ
梗 三等合‑iuおり ‑in 傾キン ‑en、‑in、‑ialJ ‑elJ、‑ialJ 青四等開— eIJ ‑in 寧二入霊リン、経キ入頂チン ‑in、‑alJ、‑ialJ ‑el)、‑ial) 阻二等開— ek ‑a 百ハ、伯ハ、宅サ、格ヵ ‑ek、‑ak、‑iak ‑a、‑e 麦二等開碑k ‑a、‑ia 策サ、革ヵ、厄ャ ‑ek、‑ak、‑iak ‑a、‑e
二等合—U 副 K ‑wa 獲ヮ ‑ek ‑a
昔三等開—iぉ k ‑i 碧ヒ、迦シ、繹シ、亦ィ ‑it、‑ak ‑ia、‑a 三等合—iu ぉ k ‑I.、‑1.a 疫イヤ ‑it ‑i 錫四等開— ek ‑i 漁ジ、歴リ、寂シジ・ヂ ‑it、‑ak、‑iak ‑e、‑i、‑ia 東ー等合‑uり ‑ou ・‑on(明母)、 蒙モウ・モン、東ッウッン、
‑UIJ ‑OIJ
‑uu、‑un 動ッウヅン、洪ゥン
三等合—iuI) ‑uu、‑un、‑iu、 風フウフン、中シウシュン、
‑UIJ、‑iulJ ‑01)
‑juu、‑jun 雄ィゥ、融ュウイウ
通 冬ー等合ーOIJ ‑uu、‑un 統ヅン、宋スウスン ‑uり ‑0り 鍾三等合ーiolJ ‑eu、‑iu、‑jau、‑jou、‑OU 龍レウルン、蜂ホウ、 ‑0り
‑un、‑jun 共ヶウキウ、凶ヒヤウヒヨウ -u り、—iulJ
屋ー等合‑uk -o(明母)、—U 木モ、禄ル、穀ク、獨ッヅ ‑uk ‑u
三等合—iuk -0(明母)、— U 、 -iu 、 -iuu 目モ、福フ、六ル、祝シウ ‑uk、‑iuk ‑u、‑u、‑aw、‑iaw 燭三等合—iok ‑iu、‑iu 績シュ、I蜀シウ、辱シュ、鰍シウ ‑uk、‑iuk ‑u、‑U、‑aw、‑iaw
以上、宋音の表記の成立や仮名音注の系統について鳥鰍 した。さて、宋代に至って言語の変化が顕著になり、それ がいわゆる中古音と近代音との間の過渡的様相を呈してい る。そこで、先ず、比較の対象とする客家語が歴史的にど のように変遷してきたのかを、次いで唐宋時代の状況に焦 点を置きつつ瞥見しておこう。
景にある客家の遷移発展は漢語史にも多大な影響を及ぼし た。先学の研究成果によれば、元代以前客家の南遷は表3 に掲げたように、主に三期に分けられる。
下表または現在客家の地域分布から見て分かるように、
客家語は主として閾、蒻、韓の境界一帯に分布している。 もちろん、第三期以降、客家の移民活動も引き続き局部的 に行なわれていた。しかし、漢語方言の大まかな地理的枠 組の基本は既に南宋時期に形成されたので、これらの局部 的な変動は方言地理の情勢に重大な影響を与えなかった。
また、客家の前掲三期の遷移は、いずれの後も三、四百年 間の安定期を得て、生産や活力の回復が可能となった。第 一期の遷移後は唐代の盛世であり、第二期は宋代の一応の 社会的安定であった。第一期に居住していた江南地域はま さに今の呉、輯方言区に属している。客家が第一期に韓中 に南遷する前は、呉語の西境は楚(湘)語と隣接していた が、客家による全五回の大規模な南遷は、籟方言を本質か ら変えさせただけではなく、呉語と楚(湘)語を切り離
3 . 漢族移民史と客家語
客家人の祖先は戦乱や飢饉のために古代の中原地方から 南遷した漢民族である。諸王朝の興亡とともに流民となる ことを余儀なくされ、閾、蒻、籟の山間部まで入ってきて 定住した歴史を持っている。また、客家は北方から攻めて くる異民族に追われて南下した漢民族の王朝高官達の末裔 であると言い伝えられているため、異民族の支配に屈服し ない人々としての誇りを持ち、客家語は古い時代の正統的 な漢民族の言葉であるとの自信を持っている。こうした背
表 3 元代以前の客家の移民
期別 年代 原 因 移 動 経 路
第一期 西晋末年 永嘉の乱 穎水に沿って南下し、東晋南朝の300年間に、今の揚子江下流の安徽南 (307‑13年)後 部、江蘇北部ないし南部、江西の北・中部一帯の江南地域に移った。
第二期 唐代末年 黄巣の乱 今の安徽南部、江西の北・中部一帯は戦争地域になり、やむを得ず今の (874‑84年)後 江西の東南、福建西部に移った。
第三期 南宋末年 元兵南下 戦乱が再び起きたため、大規模の客家移民が今の広東の東・北部に (1271年)後 移った。
羅
し、呉語の西境を東へ萎縮させたのである。
唐末から宋初にかけての第二期移民は南遷の全盛期であ り、重大な意義を持っている。その時期に、移民が韓南に 着いたが、その前に九江の渡し場と蒻北を通過せざるを得 ないので、客家の一部はその道に沿った閾、韓の境界に住 み着いて、閲西人口の急増を招来した。一方、隋、唐、宋 の 間 に 国 勢 が 長 期 的 に 安 定 し て お り 、 秦 音 ( 唐 代 の 標 準 音 ) は 大 中 原 地 方 の 言 語 を よ り 一 層 融 合 さ せ た の み な ら ず、強力な勢いで南方にも影響を与えた。客家語の一部の 主要特徴もこの時期に形成されたのであるに違いない。し かも第二期以降、客家は土着の含、瑶族との融合が進んで おり、その上に、人口の移動と経済文化の交流などの理由 で、他方言の要素を吸収して、はじめて客家語独自の性格 や特徴を表し、さらに数百年の遷移と地理的隔離のため、
その音韻は北方方言の軌跡を脱し、北方官話との差異を大 きくした。
続いて、第三期の南宋以降、客家移民が組織的に外へ移 住し、当地の言語と融合しながら次第に内部にも下位方言 が生まれたのである。年月が経つにつれて下位方言の間に 差異も大きくなってくる。宋末元初の頃、閑西、蒻北から 晦東へ遷移して、はじめて「客家」と呼称されるようにな り、いわゆる客家語が漢語史において一定の地位を占める に至った。このように、客家語の出現と変遷は時間的空間 的な要素と深く関わっており、客家人の移動が現在の各地 の相異なる形態となった。そして、それを時代と照合する と次のように示すことができる。
時代1西晋 東晋 唐末 宋元 清初以降 空間中原地方院・江淮・籟北蒻南•関西舅北・蒻東台湾•蒻西·湘・川•桂•海南
上述した客家南遷の歴史から推して察せられるように、
客家の前掲三期の移動は客家語形成の重要な社会的歴史的 要因とされており、とりわけ第二期の南遷がカギとなって いる。第二期の南遷に至ってから、客家が中原地方から籟 南、閑西に入り、唐宋の中原音をもたらし、藷南、閑西の 山間部僻地で四百年余りを送っているうちに、客家語がは じめて成立した。宋末の第三期遷移は、むしろ客家語に対 する一種の調 整 と 見 な し て よ い。す な わ ち 、 移 民 の 形 で 以 っ て 閲 、 輿 、 籟 の 境 界 一 帯 に 拡 散 さ せ 、 後 に さ ら に 四 川、広西、台湾などの地域にまで拡散させただけである。 間西は客家南遷の移住上の中継点ないし寄寓地であり、南 遷前の差異も現れうるし、南遷後の音韻変遷も示しうると 思う。客家語の共時的研究にも通時的研究にも、閾西客家 語は不可欠な資料となる。ゆえに、本稿では以下、閾西長 汀方言と誨東梅県方言を代表として、他の下位方言も随時 参照しつつ考察を進めていく。客家語の発音資料について の出典は、主として「方言」「語言研究』『中国語文jなど
溌 立
の学術雑誌、または参考文献に挙げられている関連の単行 本に依拠する。近代音は楊耐思 (1981)による。
以上で予備的検討を終え、本題である(現代)客家語と 宋音における音韻の類似点について、以下声母と韻母に分 けて考察を進める。比較は先学により既に宋音の特徴とし てしばしば数え上げられている項目、または今回新しく発 見したものを中心として客観的に行うこととする。
4 . 客家語と宋音の比較
4. 1. 声母について 4. 1. 1.唇音
唇音において、宋音は中古音以降の軽唇音化の生起とい う漢語の音韻変化を反映している。この音韻的現象はとく に微母字に厳存している。
『切韻」時代に、微母は明母 [*m]の一部である。唐 末宋初に、東韻三等字以外の明母合口三等字は軽唇音化を 生じ、唇歯音微母[*llJ]に変じていた。14世紀の『中原 音韻』に至ってから [*v]となって(例:無 [miu]
> [
l1J iu]>
[viu]>
[vu])、非 ・敷・ 奉 母 と 微 母 と の 間 で [f]と[v]の対立が形成されることとなった。ところで、客家 語の唇音字には文語音と口語音とが区別されている。微母 字は、口語音で重唇音 [m]はそのまま保たれ、軽唇音化
(唐代)以前の発音を保持している。しかし、北方方言の 影 響 を 絶 え ず 受 け て 、 文 語 音 層 [v]が 生 ま れ る こ と と なった。しかも客家語区において、重唇音の残留字数は概 して東南から西北へと減少していく傾向がある。「切韻』
の時代にまだ軽唇音が生じていなかったが、宋初の三十六 字母では既に重唇と軽唇が明瞭に区分されていた。客家語 の重唇音は南朝から唐宋代ないしは現代まで絶えず軽唇化 の影響を受けたので、現在不揃いの様相を呈している。重 唇音字が南から北へ次第に減少していくという状況は、ま さに軽唇音化発展の過程を忠実に反映したものであると考 えられる。
客 家 語 に 反 映 さ れ て い る こ の 特 徴 が 宋 音 に も 存 在 す る
(表4を参照)。宋音では原則として非・敷・奉母はハ・
バ 行 で 、 微 母 は バ ・ マ 行 音 で 写 さ れ て い る。微 母 に お い て、バ行があるのは、 [*m]
>
[11.Ju]> [
Bv]> [
B]、[v]と いった母胎音の両唇摩擦音から唇歯摩擦音への変化過程の 過渡的特徴を反映していることになると推測される。そこ に現れた特色においては客家語とほぼ一致している。すな わち [v]とバ行音の出現は両者が軽唇音化を反映してい ることを物語っている。その過渡的状態は『中原音韻』以 前の忠実な反映である。客 家 語 か ら み た 颯 誦 の 鎌 倉 宋 音 の 音 韻 現 象
表4 微 母 に お け る 宋 音 と 客 家 語 の 対 照 表
金光明 小叢 中原音韻 長汀 梅県
微母
│
バ行4/12、マ行7/12 バ行8/14、マ行 5/14 V V、m V、m例字
I
無プ、文プン、聞ブン、 尾ビ、晩バン、萬バン、 文vuan、尾 vui、微 vui、尾 me、蚊 merJ、網 文vun、尾 mi、微 mi、晩 van、味 mi 微ミ、萬マン 微ミ、味ミ 晩vuan、味 vui mi3り、物 vei、味 vi
(数字は掲出字例数を示す。一字に幾つかの字音がある場合二字か三字と見なした。原則として五例を適宜掲げてある。発音データの依拠は前述
(第2、3節)に挙げた出典による。以下同じ)。
4. 1. 2.舌 音 ・ 歯 音
「切韻j音 系 に お い て 知 組 と 荘 ・ 章 組 が 異 な る 声 母 体 系 である。玄 應 音 ( 周 法 高1948)、慧琳音(黄
i
卒伯1928)、唐 五代北方音(周祖諜1988) などの諸資料によって明らかな ように、知組は章・荘組と区別されている。しかるに唐末 の『唐五代西北方音』(羅常培1933)に な る と 、 知 組 と 章 組が合併され、荘組の一部 少 数 字 は 知 ・ 章 組 に 合 流 し 、 そ の他の大部分は区別を保っている。また、北宋の沐洛音で は知組と章組が合併され、南宋の朱嘉反切では知・章組と 荘組の一部(一部 は 精 組 に 合 流 ) は 区 分 さ れ て い な い と い う。要 す る に 、 知 組 の 変 化 に よ る 章 組 あ る い は 荘 組 と の 合 流は宋代以前に始まっていたことが分かる。知・章組の合流状態が客家語にも観察される。客 家 語 の
「 精 荘 知 章 」 四 組 字 の 変 遷 は 地 方 に よ っ て 次 の よ う に 異 なっている。す な わ ち 長 汀 、 永 定 、 海 豊 、 陸 豊 、 大 浦 な ど で は 、 精 ・ 荘 組 が 舌 尖 音 [ts]、[ts]、[s]、 知 ・ 章 組 が 舌 葉 音 [tJ]、[tJ]、[ J ]となっ て 対 立 を な し て い る。梅 県 、 永 定 、 平 遠 、 龍 渾 寺 な ど で は 、 「 精 荘 知 章 」 四 組 は 全 部 舌 尖 音 と な っ て お り 、 明 ら か に 後 期 の 合 流 で あ る と 考 え られる(黄雪貞1987:86)。舌葉音にせよ舌尖音にせよ、
客 家 語 に お い て 知 組 と 章 組 の 合 流 状 態 は 、 唐 末 宋 初 の 音 韻 変化を反映した大切な言語事実である。
一 方 、 宋 音 も 「 知 ・ 章 組 の 合 流 」 と い う 実 態 を 鮮 明 に 反 映している。古く漢音では「知」を「チ」、「章」を「シャ ゥ」と訳して、舌上音と正歯音が戟然と書き分けられてい た が 、 の ち 知 ・ 章 組 が と も に 舌 葉 ・ 舌 尖 後 音 と な っ て 、 合 流 し て い る た め 、 鎌 倉 時 代 の 日 本 人 に は [tJJ[d 3]のよう な破擦 音・舌葉音 を「チ ・ヂ」より はむし ろ「シ・ジ」に 近 く 聞 こ え た も の と 考 え ら れ る(4)。そ の 結 果 、 舌 上 音 ( 娘 母 を 除 く ) が 全 て サ ・ ザ 行 音 に 移 り 変 わっている。ただ、
除ヂ、悼タク、長チャゥな ど の よ う に 、 知 組 字 が 若 干 端 組 と 区 別 さ れ ず 幾 つ か 旧 形 を 保 っ た ま ま 混 在 し て い る 場 合 が あ り、『小叢』にその跡を留めたという事実には注意すべき である(5)。に も か か わ ら ず 、 全 体 的 に 宋 音 の 音 韻 変 化 は 母 胎 音 で の 舌 上 音 と 正 歯 音 の 同 音 化 を 反 映 し て い る。知 ・ 章 組 の 合 流 は 宋 音 と 客 家 語 の 共 通 な 音 韻 的 現 象 で あ り 、 そ れ は宋代以前まで遡れる。(表5、表6参照)
次に日母に移る。上 古 音 の 日 母 は 鼻 音 で 、 の ち に 摩 擦 音 化 が 進 ん で お り 、 『 切 韻 』 の 日 母 [* fl,み ] は 舌 面 鼻 音 と 舌
表5 舌 音 ・ 歯 音 に お け る 宋 音 と 客 家 語 の 対 照 表
金光明 小 叢 中原音韻 長汀 梅 県
サ・ザ行48/64、タ・ダ行 16/64 t !、 tJ'、 I t
l
、tI、サ・ザ行 ts、ts'、S
サ・ザ行 ts、ts 、S ts、ts 、S t~ 、 t5‘ 、 8
表6 舌 音 ・ 歯 音 に お け る 宋 音 と 客 家 語 の 字 例 対 照 表
声母 例字 金光明 小 叢 中原音韻 長汀 梅 県
知組 中 シウ シュン tIiuり tIoI) tsuり 珍 シン シン t Jian tIin tsan 章組 真 シン シン t Jian t J erJ tsan 春 シュン シン tI'iuan t J'eo ts'un 精組 宋 スウ スン SUI) SOり SUI)
自 ズ ズ ts i ts i .. ts ..j
荘組 荘 サウ サウ t I? alJ tS3り ts3 IJ
生 サン サン ~alJ seり、Sal) sen、saり
(4) 有坂 (1957,536‑70)に指摘のように、チ・ツ・ヂ・ヅの頭音は日本語においては、西暦13世紀末頃まではまだ単純な破裂音であったろ う。それが16世紀末には既に破擦音に変化していたとしている。
(5) 知組字を端組のように読む例は客家語にも存在する。例えば、知、追、中〜央、啄などを[t‑]と読んでいる。それは上古音の残留と考えら れている。
羅 溌 立
表7 日母における宋音と客家語の対照表
小叢 中原音韻 竹東(台湾海陸)
日母 字 例
金光 明
サ・ザ行 サ・ザ行18/21、ナ行3;21 I 3、ス(止摂開口) 3、I),
梅県
¢、几 二ジ、如ジュ・ス、入ジ、ニジ・シ、如ジ・シ、入ジ、約ジン、ニスぃ如3iu、入3i、日3i、柔3iu、兒3i、然3en、耳囚、 柔iu、兒1、然,an、 熱ゼ、然ゼン 然ネン 然3ien 入咄p 耳几i、入閑p
面摩擦音の混合音と推定されている。呉音のナ行転写から 一転して、日母字を漢音ではザ行に写すのがまさにその反 映なのである。そして日母が鼻音成分を落とし単純な舌面 摩擦音[*み]となるのは既に晩唐時代に始まっていたと いう(佐藤2002:38)。ついで宋代に舌葉音[*3 ]とな り、「中原音韻』では[*3]と[* z..](止摂開口のみ)と なっていた。
客家語に目を向けてみると、日母は幾つかの層があると 観察される。まず、興寧、五華、大浦、紫金、連平などで は 舌 尖 後 濁 摩 擦 音 [ 叫 と 鼻 音 [n] となっている。そし て、募東上饒では舌葉濁摩擦音[3]あるいは舌尖前濁摩 擦音 [z] となっている。また、海豊、陸豊では舌面鼻音 ['l,] あ る い は [3 ]となっている。しかしこれと違っ て、韓南、閑西、梅県などでは日母の頭子音が消失してお
り([ 'l,]>[~]ゼロ)、音節が声母のない [i] の音あるいは 鼻音で始まる形となっており、まだ早期の読音を保持して いることは注目に値しよう。
比較を通じて分かるように、宋音の日母がほぼサ・ザ行 音で写されているのは、漢語の文語音の系統に源流をもっ からである。移民に伴う北方人の流入により北方語の影響 を強く受けたため、宋音と客家語における日母字は非鼻音 化が生じたのである。日母字を摩擦音で読むという点で両 者は一致している。それは唐宋時代の文語音を受け継いだ
ものであると考えられる。(表7参照)
4. 1. 3.牙喉音
古く呉音・漢音では中古音疑母[*I) ]がガ行音で写さ れている。しかるに13・ 14世紀の北方方言において、硬口 蓋音に転じたり声母が消え去ったりするのがほとんどであ る。「中原音韻』ではごく一部を除いて、疑母はほとんど 消滅し、鼻音性のない影母[*?]と合流している。宋音 では疑母をガ・ナ行音で表すのが多く、あるいは頭子音の 消失した形で出てくる。その状態はまさに漢語の音韻変化 の過程を忠実に反映したものである。そのうちナ行音の出 現 は 軟 口 蓋 音 [I) ]が母音 [i][y]に接続する場合、ロ 蓋化されて [11][J1]に変じていたことを物語ってい る。これは特に客家語、呉語などの顕著な特徴である。硬 口蓋化作用のもとで、細音の場合梅県の疑母字は[I),]と なっており、長汀、寧都、 三都、韓県、西河、陸川の如く [n] ([ IJ]>[11 ]
>
[n]) となって、泥母と合流したもの もあるにしても、鼻音の範囲を出ることはない。その結 果、宋音と客家語はともに「中原音韻』より古い姿を呈し ており、中古漢語とは離れたが、しかしまだ近代漢語のゼ ロ声母には到着していない。(表8、表 9参照)表8 疑母における宋音と客家語の対照表
金 光 明 小叢 中原音韻 長 汀 梅 県
開口 12等 カガ行 カガ行 り り、¢
34等 ナ行 ナ行 ¢、(少数はI]) n、¢ n、B
合口 12等 ガ行 ガ行、ア行 り り、B
34等 カガ行、ナ行 ナ行、カガ行 n、¢
表9 疑母における宋音と客家語の字例対照表
例字 金 光 明 小叢 中原音韻 長汀 梅 県
五 グ ウ u I) り
外 グイ グイ uai りue りci 岸 アン アン an りaり りan 言 ネン ネン ien ie ll,ian 業 ネ ネ ie ne rl,iap