• 検索結果がありません。

九州大学大学院言語文化研究院 : 教授

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2022

シェア "九州大学大学院言語文化研究院 : 教授"

Copied!
13
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

Kyushu University Institutional Repository

スペイン語の estar+gerundio の特徴 : 対応するフ ランス語・イタリア語の迂言形式との対照の観点か ら

山村, ひろみ

九州大学大学院言語文化研究院 : 教授

https://doi.org/10.15017/1804176

出版情報:言語文化論究. 38, pp.85-96, 2017-03-03. Faculty of Languages and Cultures, Kyushu University

バージョン:

権利関係:

(2)

スペイン語の estar + gerundio の特徴

―対応するフランス語・イタリア語の迂言形式との対照の観点から―

山 村 ひろみ

1.はじめに

一般にロマンス諸語の現在形は英語の be + V-ingで表される進行形に相当する用法を持つと言わ れるが、Bertinetto (2000)も指摘するように、ロマンス諸語には、英語の進行形に対応する迂言形 式も存在し、 通常、 英語の進行形は、 フランス語のêtre en train de+infinitif、 イタリア語の

stare+gerundio、スペイン語のestar+gerundioに対応するとされている。一方、筆者が現在関わって

いる科研基盤研究(C)「現代ロマンス諸語におけるテンス・アスペクト体系の対照研究」(15K02482)

というプロジェクトにおいて、スペイン語のestar+gerundioの用法をフランス語、イタリア語の対 応形式のそれと比較してみると、スペイン語のestar+gerundioはそれらとはかなり異なる振る舞い をするらしいということが分かってきた。そこで、本稿では、その違いをより詳細に検討するため に、スペイン語のestar+gerundioとそれに対応するフランス語およびイタリア語の迂言形式のあり 様を主に先行研究を基に確認し、スペイン語のestar+gerundioの特徴を示していきたい。

以下本稿の構成は、次のとおりである。第2節では、スペイン語のestar+gerundioおよびそれに 対応するフランス語の être en train de+infinitif、イタリア語のstare+gerundioの構成について確認し、

第3節では、各迂言形式がどのような事態を対象とするかを、特に、その事態の語彙アスペクトい う観点から見ていく。続く第4節では、各迂言形式がどのようなテンスで表出されるか、さらに、

第5節では、各迂言形式の用法を比較対照していく。そして、最後の第6節ではそれまでのまとめ を行ない、スペイン語のestar+gerundioの特徴を再確認する。

2.各迂言形式の構成

本節では各言語の迂言形式がどのような構成要素から成っているかを見る。

まず、スペイン語のestar+gerundioの動詞estarはラテン語のstare (立つ)、また、現在分詞gerundio はラテン語の動詞分詞の奪格に由来するものである。

一方、対応するフランス語の迂言形式 être en train de+inifinitifの構成およびその歴史的展開は少々 複雑である。Vega y Vega (2006)によれば、動詞 êtreは、少なくともその活用形を見る限り、ラテ ン語のesse(be、存在する)とstareの両方を引き継いだものである。また、名詞trainは、Toivanen

(2012)によると、もともとは“équipage (行列), convoy (隊列), suite (連続)”を表していたが、後

に“allure (歩きぶり、進み具合), movement (動き)”の意味に変わっていったと言う。さらに、同じ

くToivanen(2012)は、16世紀頃までのêtre en train de+inifinitifの意味は「〜する準備ができてい る、〜しようという気になっている」であり、同形式が現在のようにある行為の「進行」を表すよ

(3)

うになったのは19世紀後半からだと述べている。つまり、フランス語のêtre en train de+inifinitifが いわゆる「進行形」として使用されるようになったのはここ200年くらいの間なのである。

他方、イタリア語の迂言形式 stare+gerundioの構成はスペイン語の estar+gerundioと同様で、stare はラテン語のstare、また、その現在分詞はラテン語の分詞の奪格形に由来する。

3.各迂言形式が取る事態の語彙アスペクト

本節では、各迂言形式が取る事態を語彙アスペクトという観点から見ていく。まず、スペイン語 の estar+gerundioについては、例 (1) から例 (5) が示すように、いわゆるVendler(1967) のstate, activity, accomplishment, achievementの4分類のいずれも取ることができる1

(1) El Banco Central Europeo está siendo el blanco de múltiples ataques, sobre todo, alemanes y fran-

ceses. (Cambio 16 No 1424: 31)

ヨーロッパ中央銀行は、特にドイツとフランスの、複数の攻撃の的になっている。

(2) Por ejemplo es verdad que el proceso laboral está funcionando muy bien. (Ibid. No 1425: 18)

例えば、労働プロセスがうまく機能しているというのは事実である。

(3) Se están destruyendo fábricas y (…). (Ibid. No 1424: 13) 工場が破壊されている。

(4) La OTAN incrementa la intensidad de sus bombardeos cada día; están destruyendo el país y a mi

pueblo. (Ibid. No 1436: 66)

NATOは日々爆撃の度合いを強めている。我が国と我が国民を破壊しているのである。

(5) Muchos de sus colegas han declarado que la OTAN está perdiendo la guerra.(Ibid. No. 1434: 64)

彼の同僚の多くがNATOは戦争に負けつつあると宣言した。

このうち注目すべきは例 (3) である。以下で見るように、スペイン語の迂言形式は、固有な終点 を持たない atelicな事態を取る傾向があるが、なかでも、例 (3)のようにその主語や目的語が無冠 詞の複数形からなるactivityが多いという特徴は看過できないからである2

ところで、このようにVendler(1967)の4種類のいずれのタイプの事態も取ることのできるス ペイン語のestar+gerundioではあるが、その頻度には表1が示すような違いが見られる。

表 1:スペイン語 “estar + gerundio” が取る事態のタイプ別頻度(山村2000a: 5)

Activity 578 例 ( 76.5%)

State 91 例 ( 12.2%)

Accomplishment 43 例 ( 5.7%)

Achievement 42 例 ( 5.6%)

Total 754 例 (100.0%)

表1は山村(2000a)の観察に基づいたものであるが、それによれば、スペイン語の迂言形式は その時間構造の中に固有の終点を持たないatelicな事態を取る傾向にあることが分かる。これは、単 純時制形式と対応する迂言形式の違いがもっとも顕著になるのがatelic事態においてであることを 示唆するものである。

次に、フランス語の être en train de +infinitifがどのようなタイプの事態を取るかについて、Toivanen

(4)

(2012)と青木(1987)を基に見ていこう。まず、Toivanen(2012: 70)は、フランス語の迂言形式 もスペイン語の迂言形式同様、activityタイプの事態を好んで取る傾向があり、その次にはtelicの 中でも開始点から終結点までの間に一定のインターバルがあるaccomplishmentを取る、と指摘して いる。また、フランス語の迂言形式はスペイン語のそれとは違い、stateタイプの事態を取ることが 極めて少ない点が顕著である、とも述べている。

一方、青木(1987: 26)は「être en train de +infinitifは、事柄の特定的なocurrenceの内部のアス ペクトの性格を有していなければならない。換言すれば、discontinuなアスペクトを表すものでな ければならない」と述べている。ここで用いられた discontinu、また、その反対語の continuという 用語はいわゆるtelicとatelicに対応するものである。青木(1987)によれば、述語のタイプは、(a)

discontinuなもの、(b) discontinuとしてもcontinuとしても扱われるもの、(c) continuとして扱わ れるものに分けられるが、後述することからも分かるように、青木のいう「述語の表す事態」とい うのはもっぱら動詞のみを対象にしたものである点に注意しておきたい。

まず、青木(1987)が例としてあげた discontinuの事態としては casser(壊す)、enfoncer(打 ち破る)等があるが、青木(1987: 27)は、このようなdiscontinuな事態が être en train de + infinitif と共に使われると、例 (6) のように、主体が対象を変化させようとする繰り返しの行為、すなわち、

主体の「企て」や、例 (7) のように、主体=対象が「変化点」に向かって継続的に進行してゆくこ とが表されることになる、と言う。

(6) Pierre est en train d’enfoncer la porte. (青木 1987: 27)

ピエールはドアを押し開けようとしている。

(7) Le gouverement est en train de se transformer. (Ibid.)

政府は変わりつつある。

ところで、青木(1987: 28)は、「discontinu/continuの概念は必ずしも述語の表す procèsの語彙 的アスペクトに特有なものではなく、操作性のある概念である」とも述べている。これは、同じ述 語を用いた事態が、「時間的、空間的に区切られた「事件」として把握した場合は、discontinuであ り、そのプロセスの内部において、運動量に制限がなく、「限界点」が内在しないという意味では

continuの扱いを受けることになる」(ibid.)ということを指し、次の例によって示される。

(8) Pierre est en train de casser le bois. ピエールはその材木を割っている。

(9) Pierre est en train de casser du bois. ピエールは材木を割っている。 (青木 1987: 28)

つまり、青木(ibid.)によれば、例 (8) のcasser le bois(その材木を割る)はdiscontinuであり、

その迂言形式は例 (6) と同じく「主体」の「企て」を表すが、 例 (9) のようにle boisがdu boisにな ると、boisが質量名詞になることからcasser du bois(材木を割る)はcontinuとなり、その迂言形

式もcasserという行為の「継続」を表すことになるのである。

他方、青木(1987: 28-29)は、例 (10) のpluerer(泣く)、例 (11) のpleuvoir(雨が降る)は状 態変化を被る対象がないためdiscontinuの扱いをするのが困難でêtre en train deは使いにくいが、だ からといって、それらは形容詞文のようにcontinuなわけではないとも述べ、例 (12)(13) のよう に、相手に対する反論という文脈であれば、当該動詞はêtre en train de中に出現可能である、とし

(5)

ている。そして、例 (12)(13) が可能なのは、pluerer, pleuvoirが話者にとって「取り立てる」べき、

特定的、一回的な事態として把握されているからである、と解釈している。

(10) ?Le bébé est en train de pluerer. その赤ちゃんは泣いている。

(11) ?Il est en train de pleuvoir. 雨が降っている。

(12)X. Ce bébé ne pleure jamais. この赤ちゃんは決して泣かない。

Y. Mais si, regarde, il est en train de pleurer. でも、見て、泣いてるよ。

(13)X. Dans cette région il ne pleut jamais. この地域は決して雨が降らない。

Y. Voyons! Il est en train de pleuvoir. まさか!雨降ってるよ。 (青木 1987: 28-29)

さらに、青木(1987: 30-31)は、continuな事態は、本来 discontinuな事態を要請するêtre en train deとは共起しないはずであるが、例 (14) から例 (16) が示すように、それが可能な場合があること を指摘し、そのようにcontinuな事態が être en train de +infinitifで表されたのは、それらが「一時的 な」状態、すなわち、時間軸上のある一時点で捉えられる事件的性格をもったprocèsとして把握さ れたからである、としている。なお、ここでいう「事件的性格」とは、例えば、例 (15) では、ne-pas

aimerからaimerへの移行のことを指している。

(14)Cette merveilleuse histoire d’amour que vous êtes en train de vivre.

あなたがそれを生きているこの素晴らしい愛の物語

(15)Je sens que je suis en train d’aimer Marie. 私はマリーを愛しつつあるように感じる。

(16)Attention, tu es en train d’être agressif.  気をつけろ! 君は攻撃的になりつつある。

(青木 1987: 30)

次に、イタリア語のstare+gerundioの取る事態については、Lombardini(2004)、Squartini(1998)

を参照したい。まず、Lombardini(2004: 153)によれば、スペイン語のestar+gerundioとイタリア 語の stare+gerundioが取る事態の違いは、次のようにまとめられる。すなわち、(i) スペイン語の迂 言形式とは異なり、イタリア語の迂言形式はコピュラ動詞 essereを取ることができない、(ii) イタ リア語の迂言形式は受身文を取ることができない、(iii) イタリア語の迂言形式は不定詞では表出さ れない、(iv) イタリア語の迂言形式は stateタイプの事態を取ることができない、(v) イタリア語の 迂言形式は他の迂言形式と組み合わされることが非常に困難である。一方、Squartini (1998: 104-112)

は、stare+gerundioはessere文のみならず、主語の本質的属性(intrinsic property)を表すような文 をその対象とすることができない、と述べている。

4.各迂言形式が取るテンス

さて、本節では、スペイン語、フランス語、イタリア語の迂言形式がどのようなテンスによって 表出されるかを見ていきたい。まず、スペイン語の estar+gerundioについては、CREA3で対象地域 をスペインとした上で、“estar trabajando”の直説法3人称単数形がどのようなテンス形式で表出さ れているかを検索してみた。その結果,スペイン語の迂言形式は、以下の例が示すように、不定詞 単純形、不定詞複合形のほか、直前過去以外のすべてのテンスで表出可能なことが分かった4

(6)

(17)a. Tienen que estar trabajando. (CREA: Crisis de la familia: revolución del vivir)

【不定詞単純形】 彼らは働いていなければならない。

b. Wilson afirma haber estado trabajando durante dos años.(CREA: La Vanguardia, 30 /08/1995)

【不定詞複合形】 ウィルソンは2年間働いていたと言明している。

c. El presidente está trabajando duro. (CREA: El Diario Vasco, 11/01/2001)

【現在形】 大統領はハードに働いている。

d. Usted estaba trabajando aquí cuando se anunció el descubrimiento.

(CREA: Muy interesante, No. 193 06/1997)

【線過去形】 あなたはその発見が知らされたときここで働いていた。

e. Raúl acudió a la Ciudad Deportiva y estuvo trabajando con la bicicleta estática durante algunos

minutos (...) (CREA: El Mundo 03/07/2002)

【点過去形】 ラウルはCiudad Deportivaに行き、数分間静止自転車をやっていた。

f. Con la adjudicación del próximo lunes, la Comunidad estará trabajando ya sobre 30 kilómetros

nuevos de Metro. (CREA: El Mundo, 27/12/1996)

【未来形】 来週の月曜日の落札でMadrid自治州は新たに約30キロの地下鉄に取り組むこと になっている。

g. Paco le prometió que en una semana estaría trabajando en una prestigiosa empresa.

(CREA: El Mundo, 03/03/1996)

【過去未来形】 パコは彼に1週間経てば名高い企業で働いているだろうと約束した。

h. Recientemente, Schwarz ha estado trabajando en Madrid con sus colegas de la Universidad

Autónoma. (CREA: El País, 24/09/1997)

【現在完了形】 最近、Schwarzは自治大学の同僚とともにMadridで仕事をしている。

i. El día de su desaparición, el martes de la pasada semana, Rafael había estado trabajando todo el

día en el bar (…) (CREA: ABC, 02/09/1989)

【過去完了形】 その失踪の日、先週の火曜日、ラファエルは一日中そのバルで働いていた。

j. No habrá dormido en toda la noche: habrá estado rezando5. (CREA: Barrio de Maravillas)

【未来完了形】 一晩中眠らなかったのだろう。祈っていたのだろう

k. Y si sobrevivíamos, habría estado trabajando para nosotros. (CREA: Tiempo, 19/11/1990)

【過去未来完了形】 で、もし我々が生き残っていたとしたら、彼は我々のために働いてい たのだろう。

一方、フランス語の être en train de + infinitif のテンスについて、青木(1987: 25)は「être entrain deでは、事柄の生起の確認時点が常に基準時点に一致する。基準時点は現在でなくても構わず、(18)

Il était en train de chanter. (19) Il sera en train de chanter.のような場合もある。単純未来、半過去は 心的な「移行」と考えられる」と述べている。「事柄の生起の確認時点が常に基準時点に一致する」

というのは、être en train de + infinitifが取るテンスは単純過去、複合過去以外のimperfectiveなも のということを指すが、同様の指摘は、Toivanen(2012: 64)の “l’auxiliaire être de être en train de inf.

présente une morphologie défectueuse en acceptant seuls les temps simples (présent, imparfait, futur simple, conditionnel) et ainsi, ne peut s’associer aux temps perfectifs (Squartini 1998: 121, Laca 2004:

94), donc au passé composé, au passé simple, au plus-que-parfait ou au futur antérieur.(être en train de inf.の助動詞êtreは単純形(現在、半過去、単純未来、条件法現在)しか受け入れないため形態論的

(7)

に不完全である。そういうわけでそれは完了的テンス、従って、複合過去、単純過去、大過去、前 未来とは結合されない)”という記述でも確認される。また、Squartini (1998: 73)、Lombardini (2004:

169)によれば、イタリア語の stare+gerundioもフランス語の迂言形式と同様に、imperfectiveなテ ンスによる表出しか許されず、perfectiveなテンスによる表出は不可能であると言う。

以上のことをまとめるならば、その表出可能なテンスに関して、imperfectiveなテンス、perfective なテンスのいずれも許容するスペイン語の迂言形式は、imperfectiveなテンスによる表出しか許容し ないフランス語およびイタリア語の迂言形式と大きく異なると言うことができる。ただし、イタリ ア語の迂言形式については、Squartini(1998: 132)のように、stare+gerundioはimperfectiveなテ ンスによってしか表出されないが、同じく英語の進行形に対応すると言われるもうひとつの迂言形 式 stare a+infinitoはperfectiveなテンスによる表出が可能であることから、これら二つの迂言形式 がテンスに関して相補分布の関係にある、と見なす研究者もいることを付け加えておきたい。

5.各迂言形式の用法

本節では、各迂言形式の用法を、5.1.では各言語別に、そして、5.2.ではBertinetto(2000)を基 にいわゆるProgressiveに想定される一般的用法という観点から見ていく。

5.1.各迂言形式別の用法

まず、スペイン語の estar+gerundioの用法を García Fernández (2009)を参照しながら見ていこ う。García Fernández(2009)では、estar+gerundioに、valor progresivo (進行的価値)、valor deste- lizador(非限界的価値)、 valor durativizador(継続的価値)、 valor dinamizador(動的価値)、valor continuativo(持続的価値)の5つの価値が認められている。

valor progresivoとは、以下の例に見られるように、事態がある一時点において焦点化されている

ことを表す用法で、テンスは現在、線過去、未来、過去未来になる。

(18)a.Ahora está leyendo el periódico en el jardín. (García Fernández 2009: 258)

今彼は庭で新聞を読んでいる。

b.Cuando entré, estaba escribiendo la carta. (Ibid.)

私が入ったとき、彼は手紙を書いていた。

次の valor destelizadorは、例 (19)のようにその時間構造に固有の終結点を持つtelicな事態が

perfectiveなテンスのestar+gerundioによって表出された際に見られるもので、当該事態がその終結

点に到達しないことを表す。

(19)Estuvo escribiendo una novela policiaca. (García Fernández 2009: 263)

彼は推理小説を書きつつあった。

また、valor durativizadorというのは、例(20a)のように開始点と終結点が同時のachievementタ

イプの事態がestar+gerundioで表出された時に当該事態のfase preparatoria(準備局面)を表したり、

例(20b)のようにいわゆるsemelfactiveな事態が同迂言形式で表出されたときに当該事態の反復を 表すことを指す。

(8)

(20)a.Se estuvo muriendo tres días. (García Fernández 2009: 264)

彼は3日間死にかけていた。

b.Se estuvo desmayando sin parar durante dos días. (Ibid.)

彼は2日間絶え間なく卒倒していた。

さらに、valor dinamizadorは、例 (21) のように、stateタイプの事態が estar+gerundioによって表 されると動的に解釈されることを指したものである。

(21)Juan está siendo tonto. (García Fernández 2009: 266)

フアンは馬鹿だ(馬鹿なまねをしている)。

そして、最後の valor continuativoというのは、例 (22) のように、estar+gerundioが現在完了、過 去完了によって表出された際の用法で、当該事態が発話時あるいは既定の過去時まで継続している ことを示す。

(22)He estado esperando dos horas. (García Fernández 2009: 269)

私は2時間待っている。

以上から、García Fernández(2009)が提示したestar+gerundioの5つの価値というのは、実は、

同迂言形式がある特定のタイプの事態を対象にしたり、ある特定のテンスによって表出された際に 発現するものであり、estar+gerundio自体の本質的機能を示したものではないことが分かる6

次にフランス語の迂言形式の用法を見るが、この部分は主に青木(1987)を参考にしている。青 木(1987: 25)は、「être en train deには事柄の「範疇」、「属性」を表す用法はなく、また、問題と なる事柄は常に特定的なoccurrenceである」、「en train de は発話時点とはかかわりなく、事柄の生 起を確認し、そして、「継続的」なアスペクトとしてその事柄を限定する」と述べている。このこと をもう少し詳しく見てみると、次のようになる。

(23)No le dérange pas. a. Il travaille. 彼は仕事をしている。

彼の邪魔しないで。 b. Il est en train de travailler. 彼は仕事をしている。 (青木 1987: 20)

青木(1987: 26)によれば、[il travailler(彼が働く)]という事態が例 (23a) のように現在形で表 出された場合と例 (23b) のようにêtre en train deで表出された場合を比べてみると、現在形では「発 話時点において話者が事柄の構造化に関与」し、「断定モダリティの操作(travaillerとpas travailler

の区別、travaillerの確認)と発話時点への当該事態の定着」が行われるのに対し、迂言形式では「す

でに事柄は特定的に扱われ、(中略)、事柄がP(travailler、筆者注)かP’(pas travailler、筆者注)

であるかということを問題にすることはできない」と言う。これを換言すれば、事態がêtre en train de で表出された場合には、PかP’かという選択は行われない、なぜならば、すでにPであること が定まっているからということになる。青木(1987: 26)は、このような見方の妥当性はêtre en train

de+infinitifには疑問形や否定形がないことによって示されるとしている。

一方、イタリア語の迂言形式の用法については、Lombardini(2004)を参照したい。それによれ ば、次の例に明らかなように、イタリア語のstare+gerundioの用法はスペイン語のそれと類似して

(9)

いるものが多い。

(24)a.Juan está saliendo en este momento de casa.

b.Giannni sta uscendo di casa in questo momento. (Lombardini 2004: 154)

フアン(ジャンニ)はこの瞬間家を出ている。

(25)a.Su padre no tiene remedio. Se está muriendo irremisiblemente.

b.Suo padre non ha scampo. Sta morendo irrimediabilmente. (Ibid.: 155)

彼の父は手の施しようがない。免れることなく死につつある。

(26)a.(Últimamente) estoy durmiendo siete horas diarias.

b.(In questo periodo) sto dormendo sette ore al giorno. (Ibid.)

(ここのところ)私は一日7時間眠っている。

例 (24) はGarcía Fernández (2009)の言う valor progresivo、例 (25) はvalor durativizadorに相当 するものである。一方、例 (26) はGarcía Fernández(2009)が言及していないもので、estar+gerundio、

また、stare+gerundioの用法を論じる際に常に問題になっているものである。Lombardini(2004: 155)

は、例 (26) の迂言形式は、siete horas diarias/sette ire al giorno(一日7時間)のように「習慣」表 現と共に使用されることの多い副詞と共起していることから、いわゆる「習慣用法」を表すものと しており、Squartini (1998: 111)も“In questo periodo Paolo sta andando molto spesso a teatro(ここ のところパオロはしょっちゅう観劇に行っている)”のように、当該事態が時間的に限定されている場 合には、stare+gerundioが習慣を表出することは可能としているのだが、 後述するように、

estar+gerundio、stare+gerundioをある一時点における当該事態の焦点化を表す迂言形式と解釈する

研究者にとっては、この「習慣用法」はその説と相容れないものであるため、受け入れられないも のとなっているのである。本稿としては、このような議論があることだけを示しその評価は差し控 えたいが、いずれにせよ、このestar+gerundio、stare+gerundioの「習慣用法」をめぐっては、いわ ゆる「習慣」と呼ばれるものをどのように定義するのか、また、もし迂言形式に「習慣用法」を認 めた場合、その「習慣用法」とimperfectiveなテンスが表すとされている「習慣用法」との違いを どのように考えるのか、といったことを明らかにする必要があると思われる。ところで、イタリア 語の迂言形式には次のような用法もある。

(27)a.(*El martes/El martes a esta hora) estoy saliendo rumbo a América.

b.(?Martedì/Martedì a quest’ora) sto partendo per l’America. (Lombardini 2004: 159)

(火曜日 / 火曜日のこの時間に)私はアメリカに向かって出発しつつある。

(28)a.(El viernes, a esta hora/??El viernes) estará comiendo en el pueblo.

b.(Venerdì, a quet’ora/Venerdì) starà mangiando in paese. (Ibid.)

(金曜日のこの時間に / 金曜日に)彼はその村で昼食を取っているだろう。

例 (27)(28) はLombardini(2004: 158-159)がestar+gerundio、stare+gerundioの uso prospectivo

(未来の用法)としてあげたものである。例 (27) は当該迂言形式の現在形が、また、例 (28) は当

(10)

該迂言形式の未来形が、時の副詞句が示す未来の時点において進行中であることを示している。こ れらの例文からは、スペイン語の迂言形式が未来時に言及する際、共起する時の副詞句は当該事態 の焦点化を可能にするようなものでなければならないのに対し、イタリア語の同用法の迂言形式は、

共起する時の副詞句にスペイン語の迂言形式に見られるほどの制約がないことが分かる。

5.2.Focalized PROGとDurative PROGの観点から見た各迂言形式

さて、5.1.では各言語の迂言形式の個別の用法を見たが、本項では、Bertinetto(2000)に基づき、

いわゆるProgressiveに想定される一般的用法という観点から各言語の迂言形式の特徴を見ていきたい。

Bertinetto(2000) は、いわゆるProgressiveと呼ばれる英語のbe+V-ingおよびそれに対応するロ

マンス諸語の迂言形式にはFocalized ProgressとDurative(non-focalized)PROGの2つの用法があ ると述べている。このうち Focalized PROGと言われる用法は例 (29) のように、ある特定の時点に おいて進行中の事態を示すもので、スペイン語、イタリア語では対応する迂言形式の imperfective なテンスによって表出されるが、フランス語については、必ずしも迂言形式 être en train de+infinitif によっては表されず、現在形、半過去形によって表されることが多いと言う。

(29)a....cuando Juan llegó, Ana todavía estaba trabajando.

b....quand Jean est arrivé, Anne travaillait encore.

c. ...quando Gianni è arrivato, Anna stava ancora lavorando. (Bertinetto 2000: 564-565)

フアン(ジャン / ジャンニ)が到着したとき、アナ(アンヌ / アンナ)はまだ仕事をしていた。

次に、Bertinetto (2000)の言う Durative (non-focalized) PROGの用法について見てみよう。この 用法は non-focalized PROGとも呼ばれることからも分かるように、先に見た用法とは異なり、ある 特定の時点において進行中の事態に焦点をあてたものではない。Bertinetto(2000: 568)によれば、

それは、例 (30) のように、当該文がdurante dos horas(2時間), desde las tres hasta las cinco(3時 から5時まで)といった継続時間を表す副詞句と共起していることからも明らかだと言う。なお、

ロマンス諸語においてこのような継続時間を表す副詞句が過去のテンスと共起する際には、一般に

perfectiveなテンスが選択されることから、第4節で見たようにperfectiveなテンスによる表出が認

められないフランス語の être en train de+infinitif、イタリア語のstare+gerundioには、スペイン語の 迂言形式に認められる同用法は確認されない。

(30)Pedro estuvo leyendo en la cama durante dos horas/desde las tres hasta las cinco.

ペドロは2時間 / 3時から5時までベッドで読書していた。 (Bertinetto 2000: 569)

さらに、BertinettoはDurative PROGとしてスペイン語の例 (31)(32) をあげている。

(31)¡Siempre te estás quejando! (Ibid.)

君はいつも文句を言っている!

(32)a.No me digas que la echas de menos, porque la estás viendo todos los días. (Ibid.)

彼女がいなくて寂しいなんて言うな、君は毎日彼女に会っているのだから。

b.Estoy yendo al centro cada tres días. (Ibid.)

(11)

私は2日おきに都心に行っている。

Bertinetto(2000: 569)が“hyperbolic contexts(誇張した文脈)”で使用されるとした例 (31) は、

確かに、siempre(いつも、常に)という副詞の存在から、ある特定の時点で進行中の事態を表して いるとは言えない。一方、例 (32a)(32b) は、例 (26a) で見たスペイン語のestar+gerundioの「習 慣用法」と同じ性質のものである。Bertinetto(2000: 569)は、このような「習慣用法」も特定の 時点で進行中の事態を示しているわけではないという点で、Durative PROGと見なしている。上で も見たように、フランス語の être en train de+infinitifにはこのような「習慣用法」は確認されなかっ たが、イタリア語のstare+gerundioについては、Lombardini(2004: 155)、Squartini (1998: 111)が 例をあげながらその存在を指摘していた。しかしながら、Squartini, Lombardiniと同じくイタリア語 を母語とするBertinetto(2000)にそのような言及がないことを考慮するならば、イタリア語の迂 言形式における「習慣用法」の存在についてはまだ検討の余地があるように思われる7

6.まとめ

さて、ここまで見てきたことをまとめると、表2になる。

表2:スペイン語のestar+gerundioと対応するフランス語、イタリア語の迂言形式の比較対照

事態のタイプ テ ン ス 用  法

スペイン語 estar+gerundio

Vendlerの4タイプすべて可

(ただし、estar文は不可) 直前過去以外はすべて可 Focalized PROG、

Durative PROGの両方可 フランス語

être en train de infinitif

基本的には discontinuな

タイプ perfectiveなテンスは不可 Focalized PROGのみ可

イタリア語 stare+gerundio

stateタイプは困難、essere は不可

perfectiveなテンスは不 可、不定詞は難

基 本 的 に は Focalized PROG(ただし、(26b)の ような例もある)

以上の結果を踏まえスペイン語の estar+gerundioの特徴をまとめるならば、次のようになる。

まず、スペイン語のestar+gerundioはその対象となる事態のタイプに制約がない、また、それを 表出するテンスにも制約がない。特に、estar+gerundioが点過去や複合完了形といったperfectiveな テンスによって表出されるという事実は、これをComrie(1976:25)のようにimperfective aspect の下位分類と見なすことを困難にする。また、このテンスに制約がないということと深く関係する が、スペイン語の迂言形式が Bertinetto(2000) のいうFocalized PROGと Non-Focalized PROGの両 方の用法を持っているという点も比較対照という観点からは看過できないものである。

最後に以上の結果を踏まえ、今後の課題について述べておきたい。

まず、スペイン語の迂言形式 estar+gerundioの本質的機能は、いずれにせよ、本稿で確認された 同迂言形式の特徴を満たすものでなければならないということである。また、スペイン語のテンス・

アスペクト体系の中における同迂言形式の位置づけも、そのような本質的機能を詳細に検討した上 で行う必要がある。さらに、現代ロマンス諸語におけるスペイン語の迂言形式の位置づけを行うた めには、本稿で確認された事項に依拠しながら、実際のデータに基づく比較対照が欠かせないだろ う。そのために、冒頭で触れた科研のプロジェクトでは、アガサ・クリスティの The Thirteen Problems とそのポルトガル語、スペイン語、フランス語、イタリア語、ルーマニア語訳の比較対照を容易に

(12)

するデータベースの作成を準備しているところである。このデータベースが完成すれば、本稿が扱っ たスペイン語estar+gerundio、フランス語 être en train de+infinitif、イタリア語stare+gerundioの実 態がより具体的に比較可能になるだろう。その実施と結果については、また稿を改めて述べたい。

* 本稿は2016年9月1日に金沢市キゴ山ふれあい研修センターで開催された日本スペイン語学セ ミナー(SELE2016)において「スペイン語のestar+gerundioの特徴 ― 対応するフランス語・

イタリア語の迂言形式との対照の観点から ― 」という題目で発表した内容に修正・加筆した ものである。なお、本稿はJSPS科研費(15K02482)の助成を受けている。

1 ただし、次の例が示すように動詞estarからなる文はestar+gerundioにすることはできない。

(i) *Yo estoy estando aquí. 私はここにいる。(ii) *Yo estoy estando cansada. 私は疲れている。

2 スペイン語の estar+gerundioが、なぜその主語や目的語が無冠詞の複数形からなるactivityを取 ることが多いのかという点については、山村(2000b)を参照されたい。

3 Real Academia Españolaが作成したデータベース Corpus de referencia del español actualを指す。

4 紙幅の関係で具体例はあげなかったが、estar+gerundioは接続法の現在、現在完了、過去、過 去完了によっても表出される。

5 CREAの中には “estar trabajando”の直説法未来完了形の例はなかったので、ここではそれに代 わるものとして habrá estado rezandoをあげた。

6 García Fernández (2009)が主張する estar+gerundioの本質的機能については紙幅の関係から本

稿では扱わない。詳しくは同論文を参照されたい。

7 Bertinetto (2000: 569)はスペイン語の例(31)に対し、 “In these contexts, Italian speakers would rather use, as an alternative to the simple Present, a periphrasis like non fare altro che+INF (lit. ‘do nothing but+INF). Alternatively, some speakers would use St-PROG-INF: ti stai sempre a lamentare

‘you are always complaining” と述べている。

参 考 文 献

Bertinetto, P. M. (2000): “The progressive in Romance, as compared with English”, Dahl, Östen (ed.)

Tense and Aspect in the Languages of Europe, 559-604.

Comrie, B. (1976):Aspect: An Introduction to the Study of the Verbal Aspect and Related Problems, Cambridge University Press.

García Fernández, L. (2009): “Semántica y sintaxis de la perífrasis <estar+gerundio>”, Moenia 15, 245-274.

Laca, B. (2004): “Les catégories aspectuelles à expression périphrastique: une interprétation des appa- rente 《lacunes》 du français”, Langue française 141, 85-98.

Lombardini, H. (2004): “Las perífrasis 《estar/stare+gerundio》: tiempo y contraste interlingüístico”, Atti del Convegno XXI Associazione Ispanisti Italiani, Cusato, D.A., Frattale, L., Morelli, G. Taravacci y B, Tejerina (coord.), Vol. 2, 153-170.

Squartini, M. (1998): Verbal Periphrases in Romance Aspect, Actionality and Grammaticalization, Mouton de Gruyter.

(13)

Toivanen, J. (2012): Les périphrases verbales progressives en français et en espagnol-Être en train de + infi- nitif/Estar + gérondif, Aller +participe présent/Ir, Andar, Venir + gérondif-, Mémoire de maîtrise, Université de Tampere. 

Vega y Vega, J.J. (2006): “Être, Ser y Estar Lingüística y ménage à trois”, La cultura del otro: español en Francia, francés en España, coord. por Bruña Cuevas, M., Caballos Bejano, Ma., Illanes Ortega, I., Ramírez Gíomez, C., y Raventós Barangé, A.

Vendler, Z. (1967): “Verbs and Times”, Linguistics and Philosophy, 97-121.

青木三郎(1987):「現代仏語のアスペクト・テンス・モダリティ ― être en train de infinitif と現在 形について」『フランス語学研究』 21, 20-35.

山村ひろみ(2000a):「estar+gerundioの記述と考察(上)」『言語文化論究』 No.11, 141-163.

山村ひろみ(2000b):「estar+gerundioの記述と考察(下)」『独仏文学研究』50, 7-27.

資  料  体

REAL ACADEMIA ESPAÑOLA: Banco de datos (CREA)[en línea]. Corpus de referencia del español actual. <http://www.rae.es> [アクセス日2016年5月]

参照

関連したドキュメント

エンビラケア使用効果についての一考察    一大部屋と個室との比較−  7階西病棟  岡 林 安 代

[r]

Burrow morphology of an alpheid shrimp at muddy tidal flats in western Japan.. Sota Kirihara 1 , Gyo Itani 1, 2* , Jun-ichi Nunobe 3 , Akihito

[r]

ない、人間の接近の仕方だと思うので、現に実際、存在し続けているわけだし。これだけか

[r]

(Acta Urol.. 圏園國 薩醗閣 圏國騒翻 Fig.4.. ウレテ ロマッ トを使用す る機会を与 えていただいた松本 医 科器械 株式会社に深謝 の慧 を表

Language is the main communication tool to pass information from different societies in order to exchange cultural ideas, political ideas etc.. As such, nonverbal communication