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印度 學佛教 學 研 究 第53巻 第2号 平 成17年3月
大 般涅槃 経 後 分 につ い て
井
上
博
文
1.『 大 般涅槃 経 後 分 』 につ いて:『
大 般涅槃 経 後 分1)』(以下『浬盤 経後分』)は,
曇 無 識 訳 『
大 般涅槃 経 』 僑 陳 如 品 の続 編 を 名 乗 る経 典 で あ る.よ って 本 経 は 「
僑
陳 如 品 余 」 か ら始 ま る.『涅槃 経 後 分 』 の訳 者 で あ る若 那跋 陀 羅,会 寧 は これ を
大 乗 経 典 と考 え て い た よ うで あ る。 しか し,現 代 で は これ を 大 乗 経 典 で あ るか,
あ る い は非 大 乗 経 典 で あ るか の 明確 な 区別 を す る こ とは避 け られ て い る2).こ れ
は 『涅槃経 後 分 』 の 内容 が 非 大 乗 『涅槃経 』 類 の ブ ッ ダ般涅槃 の前 後 記 事 とほ ぼ
同様 の 内容 構 成 を有 して い るか らで あ る.つ
ま り,本 経 が 仏 の般涅槃 か ら舎 利 分
配 ま で を 記 す こ とに関 して は,非 大 乗 『涅槃経 』 類 の ブ ッ ダ般涅槃 の 周辺 記 事 を
基 盤 に 成 立 した と見 て 差 し支 え は な い.し か し,詳 細 に見 る と,「此 大涅槃 乃 是
十 方 三 世 一 切 諸 佛 金 剛 寳 藏.常 樂 我 浄 周 圓 無 鉄 」(大 正12,p.900c)と 述 べ た り,「無
數 億 菩 薩 」(大正12,p.905b)な ど とい う記 述 も見 られ 大 乗 的要 素 も見 られ る.ま た,
大 乗 か非 大 乗 か とい う問 題 以 外 に,特 徴 と して挙 げ られ るの は,本 経 が結 集 に 関
す る記 述 を有 して い る こ とで あ る.か つ て 結 集 論 争 の 焦 点 の一 つ に な っ た の は,
パ ー リ 『涅槃経 』 が 結 集 を知 らな い とい う点 で あ っ た .し か し,そ れは漢訳 『涅
槃
経 』 類 の 『
失 訳 』 『白法 祖 訳 』 『
法 顕訳 』 に結 集 記 事 が存 在 して い る とい う こ と
で 一 応 の 決 着 を見 た と考 え られ て い る3).と こ ろが 『涅槃経 後 分 』 に お い て は仏
が 阿 難 に対 して 結 集 を指 示 して い る.
【
資料1】 阿難
如 汝所 問.如 來滅後結集 法藏.一 切經初安何等 語者.阿 難.如 來滅後結
集法藏.一 切經初.當 安如是我聞一時佛住某方某處與諸四衆而説是經(大
正12,p.901b-c)
以 上 の よ うに仏 か ら阿 難 に対 して 結 集 が 勧 め られ て お り,か っ 経 の冒 頭 文 の 指
示 まで 細 か くな され て い る.各 律 の結 集 記 事 の 中 で これ に対 応 す る記 事 を有 して
い るの は 『
摩訶 僧 祇 律 』 第 一 結 集 記 事 で あ る.
【
資料2】 時尊者 阿難即作是念.我 今云何 結集法藏.作 是思惟 已便説經 言.如 是我 聞.一
時佛住鬱 毘羅尼連 河側 菩提 曼陀羅.尊 者 阿難適説是 語.五 百 阿羅漢 徳力 自在者.上 昇虚
空咸皆喟歎.我等 目見世尊.今 已言聞.悉稱 南無佛已還復本座(大
正22,p.491c)
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大 般涅槃 経 後 分 につ いて(井 上)
以 上 の 記 述 が 『摩訶 僧 祇 律 』 に の み 対 応 す る6)と い う 点 で も っ て,そ れ が 大 衆
部 独 自 の 記 述 と見 る 場 合,同 じ大 衆 部 所 伝Mahavastuに 同 種 の 記 述 が あ れ ば,そ
れ が 裏 付 け と な る.以 下 にMuhavastuに お け る ブ ッ ダ 般涅槃 直 後 の マ ハ ー カ ー
シ ャ パ に 関 す る 記 述 を 挙 げ る.「 十 事 品 」 の 冒 頭偈 で の 箇 所 で あ る7).
【資 料6】 黄 金 の山 の よ う な シ ャー キ ャ族 に喜 び を生 ん だ 如 来 が涅槃 され た 時 大 地,山,
森,海 を 衣 服 に着 る大 山 は震 え た.身 の毛 も よ だつ ほ ど大 い に震 え た.激 しい 大 地 の震
え を感 じて,頭 陀功 徳 第 一 で 完 成 した カ ー シ ャパ は,そ の 時 心 に 到 達 して い た.ど う し
て 今 日は 大 地 が,海 を 服 に着 る地 が,非 常 に 恐 ろ しい 音 を た て て震 えて い るの で あ ろ う
か.今 ま さ に如 来 が涅槃 に行 か れ た の だ.上 妙 な る キ ン ナ ラ天 た ち に賛 嘆 され る彼 の天
眼 は,サ ー ラ 双 樹 の 間 で,一 切 存 在 の 縛 りの 終 わ りで あ る涅槃 に 入 られ た 如 来 を見 た.
実 に私 が神 変 で もっ て 如 来 ガ ウ タマ の と こ ろへ 行 くの は 相 応 し くな い.む し ろ歩 い て最
もす ぐれ た 説 者 で 聖 者 で あ り無 比 な る人 に私 は会 い に行 こ う.
以 上 のMahavastuの 記 述 は 上 述 し た 『摩訶 僧 祇 律 』 第 一結 集 記 事 に も,『涅槃 経
後 分 』 に も対 応 し て い る.大 迦 葉 自 身 が 地 震 で 仏 の 般涅槃 を 知 る の は 『涅槃 経 後
分 』 に 通 じ る.ま た,彼 が 天 眼 で 般涅槃 し た 仏 を 見 る の は 『摩訶 僧 祇 律 』 第 一 結
集 記 事 に 通 じ る.神 変 で も っ て 仏 の と こ ろ に 行 く の が 相 応 し く な く,歩 い て 行 く
と い う記 述 は 両 方 に 通 じ て い る.
ま と め:以 上 『涅槃 経 後 分 』 の 仏 般涅槃 周 辺 の 記 述 が,『摩訶 僧 祇 律 』 第 一 結
集 記 事 に 引 用 さ れ る 『涅槃 経 』 部 分 及 びMuhuvustirに も 対 応 し た.よ っ て 『涅槃
経 後 分 』 は 大 衆 部 所 伝 の 両 文 献 と極 め て 密 接 な 関 係 に あ る こ とが 分 か る.
大 乗 『涅槃 経 』 が 大 衆 部 及 び 『摩訶 僧 祇 律 』 と密 接 な 関 係 を 有 して い る こ と は
す で に 下 田 正 弘 氏 に よ っ て 指 摘 さ れ て い る8).大 衆 部 が 伝 持 し た ブ ッ ダ の 般涅槃
を 語 る 『涅槃 経 』 に は 『涅槃 経 後 分 』 と同 種 の 内容 が あ っ た と考 え ら れ る.た だ
し 『涅槃 経 後 分 』 は 『摩訶 僧 祇 律 』 第 一 結 集 記 事 が 語 る 『大 泥垣 経 』 そ の も の で
は な く,パ ー リ語 資 料 の 相 応 部 経 典(SN,Ⅰpp.157-159)が ブ ッ ダ の 般涅槃 の 場 面
の み を ダ イ ジ ェ ス トで 伝 え て い る の と 同 様 に 大 衆 部 が 伝 持 し た ブ ッ ダ 般涅槃 説 を
基 盤 に して 作 成 さ れ た も の と考 え られ る.
1)テ キ ス トは大 正12,No.377,pp.900a・912aを 使 用 し た.2)古 くは 義 浄 が 『求 法
高 僧 伝 』 で 「大 乗涅槃(経)で は な い 」 と述 べ て い る(大 正51,p.4a).『 仏 典 解 題 事 典 』
で は大 乗 『涅槃経 』 の 続 き と して 扱 わ れ て い る 以 上 の 見 解 は 見 られ な い.前 掲 『仏 典 解
題 事 典 』 は,本 経 が 小 乗涅槃 経 に基 づ い て 制 作 さ れ た 経 典 と見 て お り,ま た 『新 国 訳
大 蔵 経 』 は 『涅槃経 後 分 』 を大 乗 経 典 とは 認 めが た い と の見 解 を 呈 し,訳 者 と され る て
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大 般涅槃 経 後 分 につ い て(井 上)
い る若 那跋 陀 羅,会 寧 の 合 作 で,経
の 資 料 も南 方 系 に依 っ た と推 定 す る.ま た高 崎 直 道
[1993]『 和 訳涅槃 経 』(東 京 美 術)p.204で は,『涅槃 経 後 分 』 は 大 乗 の 『涅槃経 』 の 立
場 か らす れ ば 明 らか に蛇 足 だ とい う.横 超 慧 日[1981]『涅槃 経 』(サ ー ラ 叢書)p.28は,
前 の北 本 が完 結 した形 を 成 して い な い の で,そ の後 を受 け て 四本 半 を加 え,遺 教 ・入 滅 ・
茶 毘 ・舎 利 等 の 事 を叙 して 完 結 せ し め た も の を述 べ て い る.ま た,吉 田豊[1994]「 ソグ
ド語 の 『大 般涅槃 経 後 分 』 の 断 片 」 『神 戸 外 国 語 大 学 外 国語 研 究 』31で は,『涅槃 経 後 分 』
の ソ グ ド語 断 片 の原 典 が 漢 訳 か らの訳 で あ る こ とを述 べ て い る.3)前 田 恵 学[1964]
『原 始 佛 教 聖 典 の 成 立 史 研 究 』 参 照.4)こ の 点 につ い て は 別 稿 で 考 察 した.拙 稿
「摩訶僧 祇 律 第 一 結 集 記 事 所 引大 衆 部涅槃 経 」 『龍 谷 大 学 大 学 院 文 学 研 究 科 紀 要 』 第26集
近 刊.5)各 『涅槃経 』 類 の 仏 般涅槃 時 の 大 迦 葉 の位 置 を 列挙 す る と次 の様 に な る.
パ ー リ 『涅槃経 』:「パ ー ヴ ァー か らク シ ナー ラ ー に 向 か う道 」(DN.PTS.Ⅱp.162)こ の記
述 は第 一 結 集 記 事 に 引用 され て い る(Vinaya.PTS.IIp.284).法 蔵 部 も 同様 で あ る.長 阿含
経 中 の 『遊 行 経 』:「從 波 婆 國 來 在 道 而 行 」(大 正1,p.28c)こ の記 述 も 『四 分 律 』 第 一 結
集 記 事 に 引用 さ れ る(大 正22,p.966a-b).パ ー リ上 座 部 と法 蔵 部 以 外 の文 献 で は,『涅槃
経 』 類 の 『失 訳 』:「波 旬 国 」(大 正1,p.189a-b)『 梵 本 』:1パ ー パ ー か らク シ ナ ガ リー に
至 る大 道 」 『根 本 説 一 切 有 部 律 』:「拘尸 那 か ら波 波 聚 楽 」(大 正24,p.401a)パ ー ヴ ァー 以
外 を示 す もの は次 の二 経 で あ る.『 白法 祖 訳 』:「周 行 教 化 」(大 正1,p.173c)こ れ は所 在
自体 は不 明.『 法 顕 訳 』:「鐸 叉 那耆 利 国(Dakkinagiri王 舎 城 南 方)」(大 正1,p.206c)次 に
部 派 の明 確 な各 律 の 第 一 結 集 記 事 に お け る大 迦 葉 の位 置 を 示 す.『 五 分 律 』:「昔 吾 從 波 旬
國 向拘 夷 城.二 國 中 間 聞佛 世 尊 已 般 泥垣 」(大 正22,p.190b)『 十 諦 律 』:「是 時 長 老摩訶
迦 葉.将 五 百 比 丘.欲 至 拘尸 城.二 城 中間.」(大 正23,p.445c)説 一 切 有 部 の見 解 も 同様
で あ る.6)『涅槃 経 後 分 』 と 『摩訶僧 祇 律 』 第 一 結 集 記 事 が対 応 す る箇 所 を挙 げ る
と次 の七 点 に な る.① 天 た ち が 下 層 堆 積 に火 を つ け よ う とす る(Mahavastuに 対 応 な し).
② 火 葬 堆 積 が 大 迦 葉 を待 つ が 故 に燃 え な い.③ 大 釈 葉 の 仏 般涅槃 時 の 所 在 を者闍 堀 山 に
置 く(Mahavastuに 対 応 す る).④ 大 迦 葉 が 正 受 三 昧 に入 っ て 仏 の 般涅槃 を 天 眼 で 見 る
(Mahavastuに 対 応 す る).⑤ 拘尸 那竭 城 まで 神 足 で は な く歩 いて 行 く と考 え る(Mahavastu
に対 応 す る).⑥ 大 迦 葉 に 食 を待 つ よ う に言 っ た 暴 言 比 丘(Mahavastuに 対 応 な し).⑦
仏 よ り舎 利 の 守 護 を 命 じ られ た 阿 那 律(Mahavastuに 対 応 な し).7)テ キ ス トはE
SenartLEMahavastuⅠpp.64-65を 使 用 した.8)下 田 正 弘[1997]『涅槃 経 の研 究 』.
〈キー ワー ド〉 大 般涅槃 経 後 分,摩訶 僧 祇 律,Mahavastu,第 一 結 集,大 衆 部
(龍谷 大 学 非 常 勤 講 師)
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