新島襄草稿「理事功程」における外国地名表記
著者 入江 さやか
雑誌名 文化學年報
号 64
ページ 25‑40
発行年 2015‑03‑15
権利 同志社大学文化学会
URL http://doi.org/10.14988/00027535
新島襄草稿「理事功程」
における外国地名表記
入 江 さやか
0.は じ め に
明治初期,岩倉具視を特命全権大使とし,木戸孝允,大久保利通,伊藤博 文,山口尚芳を副使とする岩倉遣外使節団が,欧米を約2年かけて巡回し,諸 外国の制度,文物の調査を行った。
田中不二麿は,使節団に文部理事官として随行した。その田中の通訳兼秘書 として,新島襄は,ヨーロッパの教育視察に同行した。新島は田中のために,
報告書を作成することになるが,この報告書は,田中文部理事官の復命報告書 である『理事功程』において,「新島の草稿どおりではない⑴」ものの,主要 な部分の草稿となる。
本稿では,『理事功程』全十五巻のうち,巻之八から巻之十一を占める「独 乙国」編において,大きな役割を果たしている新島の草稿,「独乙国ノ公学校 学則 第一」,「独乙国公学校ノ規則 第二編」,「独乙国公学校ノ規則 第三 編」,「普魯士ノ公学校(小中共)の規則」を資料として,外国地名表記を整理 する。そして,新島が帰国後に書いた他の草稿資料における外国地名表記とも 比較する。研究対象として注目されることの少ない草稿を資料として,外国地 名表記を整理し,記述することによって,草稿の資料性,また,明治期におけ る外国地名表記の一端について述べる。
― 25 ―
1.先 行 研 究
『理事功程』と新島草稿「理事功程」については,まだ明らかにすべき点は 多い。新島襄が果たした役割が大きいことはよく知られているが,その両者の 詳細な照合は,まだ行われていない。新島が翻訳した原本や,新島の草稿と
『理事功程』の対応箇所等については,新島襄全集編集委員会(1983)の『新 島襄全集1 教育編』の注解,解題のほか,高(1998),森川(2005)の研究 がある。
外国地名を含む外来語の表記の変遷について述べたものには,国立国語研究 所(1987),貝(1997),石井(2013)がある。国立国語研究所(1987)は,1906 年から1976年までの雑誌『中央公論』を資料とし,語彙,表記,文法などの 変化を,10年毎に調査し,分析したものである。外来語を含む外国地名表記 に着目すると,外来語が年々増えているのに逆比例して,漢字表記が減ってい ることが指摘されている。「アメリカ〜阿米利加」のように,片仮名と漢字が 両方出てくるものについて調査すると,1926年に片仮名表記のほうが多くな り,その後は片仮名表記が主流となる。
上野(1981)は,『萬国航海西洋道中膝栗毛』を資料として,カタカナは,山や川 など狭い範囲である地勢名,あるいは新奇な地名に限られることが多いこと,
また使用回数が多くなるにしたがって表記法も増えること,ヨーロッパ,アジ アと身近な地域には漢字を主に使い,新しい,あるいは関心の低い地域には片 仮名を多く使うということを指摘した。
佐伯(1987)は,日本初の翻訳新聞である「官板 バタビヤ新聞」を資料と して,外国地名を片仮名表記,漢字表記,漢字に振りがな表記などに分類し,
考察している。「かたかな表記だけしか持たない地名」は,使用頻度が1回き りの地名であること,「かたかな表記と,漢字に振りがな表記と,漢字表記
(と,さらに国名については簡略表記)を持つ地名」(仏蘭西など)や「漢字・
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振りがな表記と,漢字表記(と,さらに国名については簡略表記)を持つ地 名」(英吉利など)は,表記法の種類を多く持つ地名であり,これらは新聞で も多用され,なじみのある国名地名であることを指摘している。
井手(2005)は,『太陽コーパス』を資料とし,主な外国地名表記の使用状 況について調査を行っている。国立国語研究所(1987),深澤(2003)で示さ れた結果と同様に,外国地名表記が漢字表記から片仮名表記へ移行したのは,
1917年から1925年の間としている。
湯浅(2013)は,『航米日録』を資料として,外国地名表記を,漢字のみ,
片仮名のみ,ルビのあるなし,などで分類し,漢字,片仮名の両表記がある場 合,「表題は漢字,本文は片仮名という書き分けの意識」があることを指摘し ている。
佐伯(1987),深澤(2003),井手(2005)は,新聞や雑誌を対象としている ため,活字化された刊行物において,どのように表記していたかについては述 べることができるが,明治時代の個々人が私的な文書等でどのように表記して いたかについては,わからない。新島の手書きされた草稿は,読み手を強く意 識したものではなく,私的な面を持った表記であったと考えられる。刊行物だ けでなく,個人の表記法についても調査し,社会全体の流れとの関連を明らか にする必要があると思われる。そこで,本稿では,新島襄が残した草稿におい て,外国地名をどのように表記しているかについて整理し,記述する。
2
.調査資料及び調査方法2.1 新島草稿「理事功程」
本稿で,調査資料としたのは,『新島襄全集1 教育編』に収録された,新 島草稿「理事功程」のうち,以下の4つである。左から史料番号,表題,成立 年月日,形態を記す。史料番号は『新島襄全集1』の番号である。
新島襄草稿「理事功程」における外国地名表記 ― 27 ―
『新島襄全集1』に収録されている「理事功程」草稿は,この他,80「ノー ルウェー国の学校」,81「デネマルカ国,スウェーデン及ノルウェー」,82「大 ブリタン寺院ノリポルト」,83「公学校生徒の規配」があるが,本稿では調査 対象としていない。
『新島襄全集』は,原史料の表記,およびその体裁を尊重する立場をとり,
仮名遣いは原文のままにしている。片仮名と平仮名の混用,清濁音の混合も,
原則としてそのままである。漢字は,新字体に改めてある。なお,史料は,同 志社大学のホームページにリンクされている「新島遺品庫⑵」で,閲覧できる ようになっている。
新島草稿「理事功程」はパティソン報告書を抄訳したものである⑶が,新島 は外国地名をドイツ語と英語の読みを混用している。『新島襄全集1』の原則 として原文のままにしたとあるので,翻刻の表記を使用し,適宜,原史料を参 照した。
2.2 調査方法
調査範囲の外国地名を採録し,分析を行う。なお,寺院名などでも地名に由 来する場合は,地名とした。
調査範囲に見られた外国地名表記の種類を挙げる。本稿では,文字の種類に 着目するため,傍線部等の情報は考慮しないこととする。
(ア)片仮名表記 プロシヤ,ベルリン
(イ)漢字表記 独乙,英
今回の調査では,平仮名,ルビなどで外国地名を表記したものが見られなか
史料番号 表題 成立年月日 形態
76 独乙国ノ公学校学則 第一 1872年9月 ペン・洋紙・洋綴48 p 77 独乙国公学校ノ規則 第二編 1872年9月 ペン・洋紙・洋綴30 p 78 独乙国公学校ノ規則 第三編 1872年9月 ペン・洋紙・洋綴48 p 79 普魯士ノ公学校(小中共)の規則 記述なし ペン・洋紙・洋綴40 p
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ったので,文字種としては,片仮名と漢字の2種類となった。(イ)の「英」
は「英吉利」の略である。佐伯(1987)に倣い,簡略表記と呼ぶ。この簡略表 記も調査対象とする。その結果,イギリスには,「英国」「英人」「英語」など が含まれる。今回の調査では,片仮名と漢字の混交表記の例として,「東プロ シヤ」が1例見られたが,「北独乙」「南独乙」も1例ずつ見られ,地名を指す というよりも,方角を指す意味合いの方が強いと判断し,すべて,方角を除い た「プロシヤ」,「独乙」で分類した。「東プロシヤ」は片仮名表記,「北独乙」
「南独乙」は漢字表記となる。
3.新島襄草稿「理事功程」における外国地名表記
3.1 外国地名の出現頻度
本稿において,外国地名は,異なり59例,延べ364例見られた。〈表1〉
は,外国地名の出現頻度である。なお,外国地名は現在の一般的な表記で示し ている。
最も多く出現したのは,プロイセンの90例,次いで,ドイツ45例という順 であった。異なり59例のうち,頻度が2,あるいは1の地名が37例あり,全
体の62.7% を占める。頻度1の地名は,稿末に〈資料C〉として挙げる。出
現頻度1の地名は,現代の語形に改めることはせず,出現したままの語形を載 せている。
〈表1〉外国地名の出現頻度
頻度 数 外国地名の例
90 1 プロイセン
45 1 ドイツ
33 1 ベルリン
30 1 ザクセン
19 1 ヴュルテンベルク
13 1 イギリス
新島襄草稿「理事功程」における外国地名表記 ― 29 ―
3.2 外国地名の表記
3.2.1 表記の種類と組み合わせ
次に,2.2で分類した,表記の種類,その組み合わせについて見てみる。表 記の組み合わせとして,次のa〜dのように分類することができる。
a(ア)片仮名表記のみ ベルリン,ラテン
b(ア・イ)片仮名表記と,漢字表記 プロイセン/普魯士
c(イ)漢字表記のみ 独乙
d(イ)簡略表記のみで2カ国以上を表したもの 英仏語
〈表2〉は,異なり外国地名59例を上記のaからdに分類し,延べ出現頻 度の低いものから昇順でその数を示したものである。外国地名例には,出現し た語形で掲載した。( )の中は,表記の種類に複数ある場合の例を示した ものである。「プロイセン」における「プロイセン」「プロシヤ」など,表記に バリエーションがある場合は,最も多い語形を代表形として挙げた。
〈表2〉を見ると,ほとんどの外国地名がa片仮名表記のみであることがわ
かる。地名59例のうち,51例,全体の86.4% が片仮名表記のみで記されてい る。佐伯(1987)で 「かたかな表記だけしか持たない地名」は,使用頻度が 1回きりの地名である」と述べているが,「理事功程」草稿においては,外国
11 1 フランス
10 1 バイエルン 9 1 ブランデンブルク
8 1 ラテン
7 1 ブラウンシュヴァイク
6 1 シレジア
5 1 ヴェストファーレン 4 2 ギリシア・ユダヤ
3 7 バーデン・ハンブルク・ポズナニ他 2 12 アメリカ・ブレーメン・ライプチヒ他 1 25 ケーペニック・ハレ・ワーテルロー他
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地名はほぼ片仮名表記し,ドイツ,イギリスなどの限られた地名のみ漢字表記 を用いると言ってよい。
3.2.2 外国地名の漢字表記
漢字表記されている外国地名で,頻度11以上のものについて述べる⑷。本 稿で最も多く出現した地名は,プロイセンであるが,出現した90例のうち,1 例のみが漢字表記であった。その用例を以下に記す。( )の最初の数字は,
『新島襄全集1』における史料番号,ピリオドの後は頁数を示す。下線は筆者 による。
[1]普魯士ノ公学校(小中共)の規則(79.538)
表2 外国地名の表記の組み合わせ
頻度\組合 a b c d 計 外国地名例(出現形)
1 23 2 25 アッパル ローセーシヤ・カルンベルク他 2 11 1 12 アルトドルフ・グリンマ・ケムニツ他
3 6 1 7 バーデン・ハンボルク・ポーゼン・ポメラニヤ・英仏語他
4 2 2 グリーキ・ユーデン
5 1 1 ウェストファリヤ
6 1 1 シレシヤ
7 1 1 ブロンスウッキ
8 1 1 ラテン
9 1 1 ブランデンボルグ
10 1 1 バワリヤ
11 1 1 仏国(仏国・フレンチ)
13 1 1 英国
19 1 1 ウォルテンボルク
30 1 1 サクソン
33 1 1 ベルリン
45 1 1 独乙
90 1 1 プロイセン(プロイセン・普魯士)
計 51 3 4 1 59
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[1]は,洋綴ノートの表紙の左端にやや大きめの字で書いてある。つまり,
表題である。湯浅(2013)で「表題は漢字,本文は片仮名という書き分けの意 識」があると指摘されているように,個人の第一次草稿であっても,表題は漢 字で書くという意識があったようである。その他の今回の調査資料に出てくる
「プロイセン」は本文中に出現し,すべて片仮名である。入江(2014)で,『新 島襄全集1』に収録されている同志社設立関係の史料で,新島襄が帰国後に書 いた草稿を対象に,外国地名表記の調査をしたが,その調査範囲の中では,プ ロイセンは1度のみ出現している。史料番号35の「大学設立の必要」に次の ようにある。「普魯士」ではなく,「孛露生」である。
[2]孛露生ノ近時欧洲ニ於独乙聯邦嶄然頭角ヲ顕ワシ,其ノ彊土ヲ広メ其 ノ農業工業ヲ進メ貿易ヲ盛ナラシメシハ(35.155)
次にドイツについて述べる。出現した45例のすべてが「独乙」であった。
入江(2014)の調査でも16例が見られ,すべて「独乙」である。
ドイツと同じく,漢字で表記されている地名は,イギリスである。「英国」
が7例,「英」「英人」「英語」が2例ずつの合計13例である。入江(2014)で もイギリスは14例が「英国」,5例が「英」と表記されており,決まった漢字 で表記すべき外国地名であったようである。
フランスも漢字で表記される。「仏国」が6例,「仏語」が2例,「仏学」が 1例,「仏郎西寺会」が1例,「フレンチカトリキ」が1例の合計11例である。
入江(2014)では,フランスは,「仏」が6例,「仏郎西」が3例,「仏朗西」
が1例,「仏国」が3例の合計13例見られた。
プロイセンの漢字表記の例が少ないので,異なった漢字表記をしていたこと のみの指摘となるが,ドイツ,イギリス,フランスについては,ドイツは,
「独乙」を用い,イギリス,フランスについては,「英国」「仏国」「英」「仏」
といった簡略表記を調査範囲の草稿においては主に用いていたことがわかる。
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3.2.3 外国地名の片仮名表記
「理事功程」草稿において,片仮名で表記された外国地名は延べ364例のう ち,289例で全体の79.4% と約8割を占める。しかし,その片仮名表記は「ベ ルリン」のように33例がすべて,「ベルリン」と表記され,ゆれがみられない ものと,表記が多様であるものに分かれる。本稿では,出現頻度が高く,表記 のバリエーションがあるものに着目したい。一個人が書いたものであるにもか かわらず,同じ地名を表すのにバリエーションがあり,一定していないのは,
当時の外国地名に対する意識等が窺えて興味深い。バリエーションには,促音 や引き音節を入れるか入れないか,清音か濁音か,英語由来かその他の言語由 来かなどで現れる違いがある。なお,出現頻度が3から10の外国地名の表記 のバリエーションについては,稿末に〈表A〉として,出現頻度が2の外国 地名の表記のバリエーションについては,〈表B〉として挙げた。
まず,出現頻度が最も多い「プロイセン」について述べる。「プロイセン⑸」 はオランダ語ではPruisen,ドイツ語ではPreussenで,「プロイセン」の発音 に近いが,英語ではPrussiaとなり,「プロシヤ」の発音に近くなる。90例中,
73例が「プロイセン」で,表記のバリエーションも見られないが,「プロシ ヤ」系は,「プロシヤ」,「プロシィヤ」などが見られ,語形が定まっていない ことがわかる。
これらはどのように出現しているのか,その分布を調べるために,史料番号
〈表3〉プロイセンの表記におけるバリエーション
プロイセン系 73例 プロイセン 73 プロシヤ系 17例 プロシヤ 11
プロシャ 2
プロイシヤ 1
プロシィヤ 1
プロシヤン 1
普魯士 1
合計 90
新島襄草稿「理事功程」における外国地名表記 ― 33 ―
毎にその出現頻度をまとめた。
〈表4〉より,「プロシヤ」系のほうが「プロイセン」系より多く使用されて いるのは,史料番号79の「普魯士ノ公学校(小中共)の規則」であることが わかる。史料番号76から78までは,2.1で記したように,新島草稿「理事功 程」はパティソン報告書を抄訳したものである。独乙公学校について第1から 第3と進むにつれ,「プロシヤ」系は使われなくなり,史料番号78の第三編で は,「プロイセン」のみの使用となる。パティソン報告書は英語で書かれてい るため,翻訳するならば,むしろ,「プロシヤ」と表記したほうが自然だと思 われるが,「プロイセン」のほうが多いのは,当時,新島にとって「プロイセ ン」のほうが馴染みがあったからであろうか。史料番号79の「普魯士ノ公学 校(小中共)の規則」では,「プロシヤ」系のほうが多く用いられている理由 については,よくわからない。書かれた年月日や,草稿の資料として何をどの ように用いたかなど,詳細に調べる必要がある。
次に,片仮名表記される外国地名で出現頻度が高いのは,「ベルリン」の33 例であるが,先述のように,表記のバリエーションは見られない。その次に頻 度が高いのは「ザクセン」である。主に,「サクソン」と「サクソニー」の二 つの表記がある。英語ではSaxonyであり,パティソン報告書を翻訳したのな ら,「サクソニー」と表記したほうが自然であると思われるが,「サクソン」が 20例,「サクソニー」が9例,「サクセ」が1例で,「サクソン⑹」が最も多い。
史料による偏りも見られず,後ろに「国」が続く場合も,「サクソン国」「サ クソニー国」ともにあり,用法の違いも見られない。以下に,用例を挙げる。
〈表4〉「プロイセン」「プロシヤ」の出現分布
史料番号 76 77 78 79 合計
プロイセン系 21 16 31 5 73
プロシヤ系 6 1 9 16
普魯士 1 1
合計 27 17 31 15 90
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[3]故ニプロイセンニ於テハサクソンハノーワル⑺等ト異ニシテ,吟味司 ノ弁理スベキ職掌ハ多分地方ノ学校評議局ノ手ニ落タリ,サクソン⑻ ニ於ケル吟味司ハ確定ノ視察ヲ為ス外,臨時ニ学校ヘ来リ通例ノ教授 ノ法方ヲ視察シ(76.471)
[4]サクソン国ノ領中ノ寄賦金ハ甚僅ナリ
サクソン国中唯アッパル ローセーシヤ(地名)称スル所ニ於テノミ
⎧⎨
⎩一ノ寄賦金アリ,其毎歳ノ利金ノ八千ドルニ至リテ,多分学校ノ費用 ニ供セリ
人民若シ寒貧ニシテ政府ヨリ扶助ヲ得ント欲スルトキハ,第一ニ其区 内ノ吟味司ヘ其仔細ヲ告ヘサルヲ不得
吟味司之ヲ探索シテ弥其学校ヲ保存シ難キヲ証セントキハ其由ヲ記 シ,之ヲ大区知事迄差出シ,且地方令ヲシテ之ヲ文部卿迄差出シム,
文部卿ニ於テ其書上ヲ検査シ,弥人民ノ貧窮ナルヲ証スルトキハ,政 府ノ積金ヨリ幾何ヲ出シ其不及ル所ヲ扶助ス
サクソン政府ニ於テ貧窮ノ村落ヲ扶助セン為毎歳給与スル所ハ総計二 万ドルラルスナリ,之ハ未タ正シカラズ
プロシヤニ於テ人民若シ貧窮ニシテ政府ノ扶助ヲ求メシトキハ,其区 令区内ノ入費ヲ取調,無益ノ費ヲ省キ,其ヲ以テ学校ヲ保存スル事ヲ 専務トス
バーデンニ於テハ已ム事ヲ不得,人民ヨリ多分ノ税ヲ取リテ,其高確 定ノ学費ニ超越スト雖,政府ヨリ給スル所ハ唯平常ノ学費ヲ充タスノ ミ
サクソニーニ於テハ,人民ヨリ学費税ト所有品税トヲ取リ,学校ノ入 費用ニ供ス
他ノ盟邦中ニ於テ多分学費税トシテ集ムル所ハ頭税ノ類ニシテ,ウォ ルテンボルクニ於テハ一家ヨリ幾何,ブロンスウッキニ於テハ一人ヨ 新島襄草稿「理事功程」における外国地名表記 ― 35 ―
リ幾何ヲ出サシム(76.482−483)
[5]サクソニーニ於テハ市邑会議タル者学校ヲ差配スベキ権ヲ掌握シ,牧 師ヲシテ学校事務ヲ弁理セシム(76.484)
[6]サクソニー国内グリンマト云所ニ於テ,教官学校ノ一種類ニシテネー ベンセミナールト称スルアリ(79.527)
最後に,19例出現する「ヴュルテンベルク」について述べる。表記のバリ エーションとして,「ウォルテンボルグ」「ウォルテンボルク」の2種類が見ら れ,「ウォルテンボルグ」が13例,「ウォルテンボルク」が6例である。パテ ィソン報告書では,Würtembergと表記されている。ドイツ語ではWürttemberg⑼ と綴られる。語末の「グ」「ク」は,「g」を映したものである。英語読みかド イツ語読みかということよりも,語中語尾の清濁はあまり意識していないので あろう。
4.お わ り に
本稿では,新島襄草稿「理事功程」における外国語地名の表記について,い くつかの事象を散見的に述べた。新島襄は,「理事功程」草稿において,外国 地名はほとんど片仮名表記をしていること,漢字表記は「ドイツ」「イギリス」
「フランス」などに限られていること,「イギリス」「フランス」は「英国」「仏 国」といった簡略表記を主に用いていること,外国地名を表記する際,一つの 地名でも,異なる国の言語の発音を元にした語形が複数存在すること,一つの 地名を英語読みのみで書く場合でも,バリエーションがあること,また,バリ エーションを持たない地名もあること,などである。
今後,新島の他の史料との比較をして,新島個人の表記の変遷を追ったり,
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また文部省刊行の『理事功程』との比較を通して,外国地名表記の歴史につい て,さらに考察を深めたい。
注
⑴ 新島襄全集編集委員会(1983)『新島襄全集1 教育編』同朋舎出版 解題「理事 功程」草稿 p.653
⑵ 「新島遺品庫資料の公開」http : / / joseph. doshisha. ac. jp / ihinko/html/n01/n01010 / N 0101001G.html
⑶ 『新島襄全集1』の注解で,「理事功程」草稿の原本として,以下を挙げている。
The Rev. Mark Pattison, B. D. : Report on the State of Elementary Education in Germany, in Education Commission,Reports of the Assistant Commissioners Appointed to Inquire into the State of Popular Education in Continental Europe and on Education Charities in England and Wales.1861. Vol.IV. London, 1861.
なお,本稿ではMatthew Arnold and othews(1861)を参照した。
⑷ その他,漢字表記された外国地名は,d(ウ)簡略表記のみで2カ国以上を表し たものとして,「英仏語」が3例,b(ア・イ)片仮名表記と,漢字表記として
「合衆国」が1例,(もう1例は「アメリカ国」),c(ウ)漢字表記のみとして,
「新英利亜」「巴利西」が1例ずつである。
⑸ 荒川(1941)(1967)では,「プロイセン」の原語として,「オランダ Pruisen
(ドイツ Preussen)」,石綿(1990)では,「オランダ Pruisen」を挙げる。
⑹ オランダ語では,Saksen,ドイツ語ではSachsenである。
⑺ 新島草稿において右傍線あり。
⑻ 新島草稿において右傍線あり。
⑼ ドイツ都市地図刊行会(1998)『近代ドイツ都市地図集成』第1巻5頁
参考文献
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『太陽』による確立期現代語の研究『太陽コーパス』研究論文集』国立国語研究 所報告122 博文館新社
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国立国語研究所(1987)「外来語の表記」『雑誌用語の変遷』国立国語研究所報告89 秀英出版
佐伯哲夫(1987)「官板バタビヤ新聞における外国地名表記」『関西大学文学論集』創 立百周年記念特集(上)
ドイツ都市地図刊行会(1998)『近代ドイツ都市地図集成』第1巻 遊子館 新島襄全集編集委員会(1983)『新島襄全集1 教育編』同朋舎出版 新島襄全集編集委員会(1992)『新島襄全集8 年譜編』同朋舎出版
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― 38 ― 新島襄草稿「理事功程」における外国地名表記
〈資料A〉出現頻度10〜3の外国地名表記
バイエルン 10
バワリヤ 10
ブランデンブルク 9
ブランデンボルグ 6
プランテボルグ 1
ブランデンボルヒ 1
ブランテンボルグ 1
ラテン 8
ラテン 7
ラン 1
ブラウンシュヴァイク 7
ブロンスウッキ 2
ブロンスウィキ 3
プロンスウッキ 1
プロンスウィキ 1
シレジア 6
シレシヤ 5
シレジヤ 1
ヴェストファーレン 5
ウェストファリヤ 2
ウェストファリヤン 1
ウエストファリヤ 1
ウエストフアリヤ 1
ギリシア 4
グリーキ語 4
ユダヤ 4
ユーデン 2
ジュデヤ 2
イギリス・フランス 3
英仏語 3
バーデン 3
バーデン 3
ハンブルク 3
ハンボルク 2
ハンボルグ 1
ポズナニ 3
ポーゼン 2
ポーセン 1
フランクフルト 3
フランクフルト・オン・デ・マイン 1
フランクホルト 1
フランクボルク 1
ポメラニヤ 3
ポメラニヤ 3
ライン 3
デーライン 1
ライン 2
〈資料B〉出現頻度2の外国地名表記
1
2 3 4 5 6
7 8
9
10
11
12
アメリカ 2
合衆国 1
アメリカ 1
アルトドルフ 2 アルトドルフ 2 ヴァルデンブルク 2 ウァルデンボルグ 2
ケムニッツ 2
ケムニツ 2
グリンマ 2
グリンマ 2
シェヴァーバッハ 2 シュワドバグ 1 シュワドバク 1 シュトゥットガルト 2 スタットガルド 2 ハノーファー 2
ハノーワル 1
ハノーウル 1
ブレーメン 2
ブレメン 1
ブレーメン 1
ボヘミヤ 2
ボヒミヤン 1
ボヒーミヤン 1 メルセブルク 2 メルセボルク 1 メルシボルグ 1
ライプチヒ 2
ライブジック 1
ライプシク 1
新島襄草稿「理事功程」における外国地名表記 ― 39 ―
〈資料C〉出現頻度1の外国地名表記 地名
1 アッパル ローセーシヤ 2 ウァトルロー
3 オルデンボルグ 4 カルンベルク 5 ケーペニク
6 コボルグ
7 シェーンボルク 8 スタイナウ 9 ダームスタット
10 ダンシヒ
11 ディルシャウ 12 ニューウィード 13 ハイデルベルヒ
14 ハルレ
15 ヘッシ
16 ホーヘンゾルレルン 17 マスサチュセッツ 18 マリーンウェルダ 19 モレーウィヤン 20 ラテン,グリーキ語学 21 リーグニツ
22 リフテンスタイン 23 ワイセンフェルス
24 新英利亜
25 巴利西
― 40 ― 新島襄草稿「理事功程」における外国地名表記