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引き継がれる苦痛の記憶

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Academic year: 2021

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引き継がれる苦痛の記憶

‑ ̀Hyperion:AFragment'における,世代間の断絶を繋ぐ知識‑

鳥 ft しそ]'r

John Keatsの手による叙事詩̀Hyperion: AFragmentは様々な意味で謎を残す詩であるが,その中 でもとりわけ大きなものとして,この作品に対しキーツが書簡で述べていることと,現存するテキス

トの間に見られる敵齢というものがあげられるのではなかろうか。

同じくギリシャ神話に題材を求めた長編物語詩Endymionと「ハイペリオン」との違いをキーツ は友人のB. R. Haydonに向けた書簡の中で"that the Hero of the written tale being mortal is led on, like Buonaparte, by circumstance; where as the Apolo in Hyperion being a fore‑ssing God will shape his actionslikeone一 (1)と語る。これは,キーツが実際に「ハイペリオン」執筆に取りかかる以前にその 構想を語ったものである。アポロを主人公と明言しながらも,その後書かれたこの叙事詩を一読する ならば,アポロというよりも,むしろアポロやジョウブによって代表されるオリュンボスの神々に主 権を奪われた,サターン,オーシアナス,ハイペリオン,つまりは巨神族の物語であるかのような印 象をうける(ハイペリオンのみは作中において太陽の神の座をまだ失っていないのではあるが)。勿 請, 「ハイペリオン」が第三巻の半ばで断筆されていることにその主な原因があるのかもしれないが, 800行弱よりなる全体のうち,約六分の五にも及ぶ分量が,巨神族の描写にあてられているのである。

その結果として巨神族を措いた第一巻,第二巻に対し,突如物語の舞台を変え,アポロを登場さ せた第三巻が奇妙に物語全体から浮き出てしまっているのである。この断片詩は1820年に出版され たLamia, Isabella, The Eve ofSt. Agnes and Other Poemsの巻末に収録されている。この詩集の広告 には編集者による"If any apology be thought necessary for the appearance of the unfinished poem of Hyperion,血e publishers beg to state血at 比ey alone are responsible, as it was printed at meir particular request, andcontrarytothewish of血eau仇or (2)という断りが掲載されている。しかしながら,この 編集者による言葉を信頼し, 「ハイペリオン」の掲載事情を推し量るのは難しいように思われる。こ の詩集の出版をめぐったキーツと編集者との意思疎通があまり円滑には行っていないことが記録には 残っている。事実キーツは編集者のJohnTaylorにあて'The Eve ofSt.Agnes'における詩行を独断 で変更されたことに対する強い調子の抗議の書簡を書いているのである(3)出版社が詩人の意図を 汲んでいたのかどうかに関しては,はなはだ怪しいものがある。 「ハイペリオン」が詩集に載ること

となった経緯について,確かなことは分からない。

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しかし,あくまで可能性であるというにすぎず,その意味を深く追求することはこの論文において は行わないが,一つの方法として,途中までしか執筆されていない第三巻を掲載せずに巨神族を措い た第一巻,第二巻のみを掲載するということもできたはずである。極度に単純化して語ってしまうな らば,第一巻の冒頭,失意にくれるサターンの描写に物語は幕を開け,第二巻の巻末にて巨神族が失 われた覇権を取り返すべく蜂起を決意する場面でその幕を閉じていたならば,物語としての枠組みは あるいはより理解しやすいものになっていたのかもしれない。しかしながら,現実に我々の前に提示 されているのはアポロの神格化の場面において中断された第三巻を含む物語であり,それは先に述べ たように物語から浮き出てしまっている。言うなれば,厳然と存在する大陸のような巨神族の物語に 対し,アポロの物語はその大陸の近くに浮かぶ離れ小島のようにさえ感じられる。

今回の論文は,第‑巻そして第二巻と,第三巻の間に生じた断絶を, 「苦痛」,そして「知識」とい う言葉を鍵に読み直すことに主眼をおいたものである。論文の便宜上,第一巻と第二巻を物語の前半 部,第三巻を後半部と考え論じていくO詩行の分量を考えると均衡がとれているとは言い難いが,そ れが最も適した形であると私は考える。

1.巨神族の物語とアポロの物語の間に生まれる断絶

まずは上に述べた断絶がどのようなものかを確認していきたい。最初に物語前半部の筋書きを大ま かに確認すると以下のようになるであろう。 (丑冒頭における,失意にくれるサターンの描写および, そこへやってきたセアとの対話。 (∋宮殿におけるハイペリオンの描写。 ③巨神族の多くが集まる洞穴 の描写。ここにおける大きな出来事として,洞穴‑やってきたサターンの演説,オーシアナスの演説, ハイペリオンの到来及びオリュンボスの神々への蜂起を決意する場面などが含まれる。

あるいは「ハイペリオン」の前半部は,巨神族の苦痛の物語であるといいかえることができるかも しれない。新興の神々との争いに敗れ,覇権を失った巨神族の苦痛は様々に措かれる。まずは冒頭の 眠りに安らぎを求めるサターンの描写を参照したい。

Upon the sodden ground His old right hand lay nerveless, listless, dead, Unsceptred; and his realmless eyes were closed;

While his bow'd head seem'd list'ning to the Earth, His ancient mo血er, for some comfort yet.

('Hyperion: A Fragment', 1, 17‑21, italics mine)

nerveless , "listless", "dead"という単語に読み取ることができるように,生気を感じ取ること のできぬほどうちひしがれたサターンの姿が措かれている。しかしながら,ここでは「王国を失った 彼の目は閉じられていた」そして「うなだれた頭」という描写にう主目したい。後にセアがやってくる

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ことによりサターンは目覚めるが,その目覚めは"UntilatlengtholdSaturnliftedup/Hisfadedeyes, and saw his kingdom gone, / And all血e gloom and sorrow of血e place" (1, 89‑91)と措写される。周

りに対し顔を背け,目を閉じるという行為は自らの現状を認めまいとする彼の姿勢をあらわしている のである。現状を認めることができないということは,現在という時間の内に存在する自分自身を認 めることができないということと同義である。それゆえに,彼は敗北の苦痛を自己の喪失という形で 表現するのである。

… Iamgone

Away血‑0m my own bosom: I have left My strong identity, my real self,

Somewhere between the throne, and where I sit Here on this spot of earth. Search, Thea, Search!

Thea! ′rhea! Thea! where is Saturn?"  (1, 112‑134)

過去,現在そして未来‑と続いていく時間軸を否定したサターンは,全てのやり直しを求める。

"But cannot I create?

Cannot I form? Cannot I fashion forth Another world, another universe,

To overbear and crumble this to nought?

Where is another Chaos? Where?

(1, 14145, italics mine)

彼が求めるのは今ここにある世界ではなく,どこか別の場所にあるやもしれぬ「もうひとつ」の世 界なのである。苦痛から逃避しようとするサターンの姿を読み取ることが出来るであろう。

キーツはサターンに対抗する価値観を持った神を登場させる。オーシアナスである。オーシアナス がサターンと,あるいは他の巨神族と決定的に異なっているのは,自分の没落を受容しているという 点である。彼は,反逆の助力を求めてくるサターンに対し, "1もouartnotbeginningnortheend (II, 190)と告げ.世界の誕生について語り始める。原初の世界には混沌と闇あったこと,その混沌と闇

より光が生まれ,光より巨神族の生みの親である天と地とが生まれたことを語る。かつては主権を手 にしていたサターンも,始まりの時より絶対の存在であったわけではなく,むしろジョウヴがサター ンの玉座を奪ったように,サターンもまたかつては父であるウラヌスに反逆し,その地位を得たこと をこの語りは想起させる。古きものが新しきものに取って代わられることは当然のことであるとオー シアナスは述べる。この,新旧両者の関係を,オーシアナスは自然物の関係になぞらえて,耳を傾け

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る巨神族たちを論そうと試みるのである。

…Say, doth the dull soil

Quarrel wi血the proud forests it hath fed, And feedeth still, more comely than itself?

Can it deny me chiefdom of green groves?

Or shall the free be envious of the dove Because it cooeth, and ham snowy wings To wander wherewi仙al and丘nd its joys?

We are such forest‑trees, and our fair boughs Have bred forth, not pale solitary doves, But eagles golden‑feather'd... (II, 217‑26)

オーシアナスは,大地,蘇,鳥の例えを用いる。森が巨神族のことを指しているのであるからには, 大地は巨神族より前に居た者たち,そして鳥はオリュンボスの神々,特に「金色の羽をまとった鷲」

という言葉によって示唆されているように,アポロのことを指しているのであろう。ここに見て取れ るのは,古きものは新しいものを育み,新しいものは後に生まれてくるさらに新しいものを育むとい う,争いとは全く異なった図式である。彼は自らの苦痛を,よりよき次世代のための礎として捉えて いる点において,主神サターンとは異なる見解をもっているのである。サターンが苦痛から逃避しよ

うとするの対し,オーシアナスは苦痛を甘受しようとするのである。

ここで第三巻の大まかな流れを確認したい。舞台はキクラデス諸島において最小の島,アポロが住 まうデロス島へと移る。アポロは母と妹の下を離れ,海岸を一人さまよう最中,記憶の神こモジニー と出会うのである。彼女との対話においてアポロの神格化が始まり,その中途において断筆されてい る。クライミ‑ンにより語られるように,後半部のアポロの登場を告げる言動は,前半部にも存在し ているのだが,この場面変化はやはり唐突さを感じさせる。第三巻の冒頭において, "Oleavethem, Muse! 0 leave them to theirwoes (III, 3)という表現がなされ, "Apollo is once more the golden theme!" (111,28)と歌われる。物語の自然な成り行きではなく,語り手の言葉によって意識的に物語 が変化させられていることもまた,前半部と後半部の断絶を印象付ける。

しかしながらこの断絶をもっとも読者に強く意識づけるものはアポロの神格化であろう。神格化が 唐突になされるという点だけではなく,神格化の行為自体に,前半部の物語との関連性を見出しにく いという問題が存在するからである。以下にあげるのは,ニモジニーとの対話において神格化を遂げ る際の描写である。

Tell me why thus I rave, about these groves!

(5)

Mute也ou remainest ‑ mute! yet I can Read a wondrous lesson in thy silent face:

Knowledge enormous makes a God of me.

Names, deeds, gray legends, dire events, rebellions, Majesties, sovran voices, agonies,

Creations and destroyings, all at once Pour into the wide hollows of my brain, And deify me, as if some blithe wine Or bright elixir peerless I had drunk,

And so become immortal.   (Ill, 110‑20, italics mine)

それまでのアポロとニモジニーとの会話のことを考慮してもなお,この場面におけるアポロの神格 化は唐突にすぎるという印象を読者に与えるのではないか。しかしながら,この描写にこそ前半部と 後半部の断絶を繋ぐための鍵があるのではないか。私はそれを, 「莫大なる知識」とは何か,という 点と,神格化の際にアポロが「死の冷たさと同じほどにも熱い苦しみ」 (Ill, 128‑29)を味わわなくて はならなかった点とを基に検証していく。

2.断絶を繋ぐもの

「莫大な知識」とは何か。 「知識」という言葉が意味するものはあまりに広範であり,人間の知的活 動を全て指し示しているとも考えることすらできる。しかし,そのような広大かつ暖味な意味合いで はなく,キーツはこの「知識」という言葉に対し特定の方向性を与えているように思われる。かつて キーツが「思想の人生よりも感動の人生を」(4)と書簡に記したことはあまりに有名である。そして, 作品に表れる描写の美しさなどもその原因となったのであろうが,キーツは「感動」に対するほどに は「思想」を重んじない詩人であると考えられていた時代もかつてはあった。しかしながら, 「思想」

と「感動」を対立事項として捉えるような単純な二項対立は詩人自らによって否定されている。

The difference of high Sensations with and without knowledge appears to me this‑in the lat‑

ter case we are falling continually ten thousand fathoms deep and being blown up again without wings and with all the horror of a bare shoulderd Creature‑in the former case, our shoulders are fledged, and we go thro'the same air and space without fear... when we come to human Life and 血e affections it is impossible how a parallel of breast and head can be drawn… it is impossible to know how far knowledge will console us for the death of a friend and the ill "that flesh is heir to‑ 5

この描写には,詩人が「知識」というものをどのように捉えているかが適切に示されている。 「感動」

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に対立するものとしての「知識」ではなく,むしろそれを補佐するべくものとして存在しているので ある。この書簡は詩人にとっての「知識」の重要性と効用は語ってくれるが,何をもって「知識」と 呼びうるかについては上に参照した書簡の別の箇所を参照したい。

In regard to his genius alone‑ニWe丘nd what he says true as far as we have experienced and we can judge no further but by larger experience‑for axioms in philosophy are not axioms until they are proved upon our pulses: We read fine‑things but never feel them to thee [sic] full until we have

gone the same steps as me血thor.(6)

ここから伺えるのは,詩人の実証的な態度である。公理が真に公理たりうるためには, 「脈拍の証 明」が必要であると彼は言う。本来なら精神活動の領域に存在するはずの「公理」という言葉に対し

「脈拍」という,直接的な身体的要素を例示していることは大変に興味深い。自身が直接経験したこ とでなければ,それを理解することはできないという姿勢は, 「莫大な知識」を考察する際に忘れて はならないことである。

ここで,具体的に「莫大な知識」が何を指し示しているかを考察していきたい。アポロを神とする 知識を,語り手は「名前,行為,灰色の伝説,恐ろしき出来事,反乱,主権,王の声,苦悩,創造と 破壊」と言い直している。これらの単語群が具体的には何を指しているのかを考える際には, ̀The FallofHyperion:ADream との強い相関性が有力な手がかりとなるであろう。

「ハイペリオン」と「ハイペリオンの没落」との間における,物語の構造上の違いの最も大きなも のは以下の二点に集約される。ひとつには, 「ハイペリオン」においてアポロが果たしている役割を,

「ハイペリオンの没落」においては真の詩人になることを切望する一人称の語り手が肩代わりしてい ることが挙げられ,第二点としては,筋書きの入れ替えが挙げられるだろう。 「ハイペリオン」にお いては,前半部に巨神族の物語が語られ,後半部ではニモジニーに導かれたアポロの神格化が措かれ る。 「ハイペリオンの没落」の前半部は,アポロから役割を譲り受けた語り手がモネタ(これは「ハ イペリオン」のニモジニーと同一視されている)と真の詩人とはいかなるものかという命題について 対話を繰り広げる。そして物語の後半部ではやはり巨神族の物語が語られる。 「ハイペリオン」にお けるアポロの物語と, 「ハイペリオンの没落」における語り手の物語を全く同じものとして扱うこと は勿論できないのだが,大きな枠組みにおいて言うのならば, 「ハイペリオン」と「ハイペリオン」

の没落はその前半部と後半部を入れ替えた構造を持っているということができる。

ここで注目したいのは, 「ハイペリオンの没落」における前半部から後半部への移行手段である。

「ハイペリオン」においては第二巻と第三巻という巻の推移がそれを果たす。しかし「ハイペリオン の没落」においては第一篇の中途においてその移行が生じる。

Let me behold, according as thou said'st, / What in thy brain so ferments to and fro" (The Fall of Hyperion:ADream', I, : ‑90)と語り手はモネタに嘆願するが∴̀Deepinthe shadysadness ofavale,

(7)

/ Far sunken from the healthy breath of morn, / Far from the五ery noon, and eve's one star" (I, 294‑96) ( 7 )

と措写される場所に自分が立っていることに語り手は気づく。サターンの姿を認めた彼に対し,モネ タの声が届く。

"So Saturn sat When he had list his realms." ‑ Whereon there grew A power within me of enormous ken,

To see as a God sees, and take the depth Of血ings as nimbly as仇e outward eye

Can size and shape pervade. (The Fall ofHyperion: A Dream', I, 301‑06, italics mine)

「神が見るように見る」という表現,そして"ken"と"knowledge の語源を考慮するのならば,こ の場面が「ハイペリオン」におけるアポロの神格化の場面と密接な繋がりを持っていることは自明で ある。ここで忘れてはならないのは, "enormousken"を得て, 「神が見るように見る」力を得た語り 手がこの後に見るものが「ハイペリオン」の前半部における巨神族の物語であるということである。

この相関性を考えるならば,アポロが得た「莫大な知識」もまた,巨神族の苦痛の物語に関わりを 持っていると考えることができるだろう。新興の神々との争い,それに敗れ味わうことになった苦痛, 各々の神によって異なる苦痛との向き合い方,それらが一体となった巨神族の記憶を,ニモジニーは アポロに授けたのである。

何故アポロはその記憶を受け継ぐ必要があったのかという問題があるが,その答えはすでに第二巻 において語られている。父であるウラヌスをサターンが退けたように,サターンの子ジョウヴもまた 父を退ける。古きものが新しきものにとって代わられることをオーシアナスは受け入れなくてはいけ ない「自然の法」 (2,181)であると語った。しかし,オーシアナスの語りにおいて示されているのは 新旧交代の不可避性だけではなく,かつての主権を失う古きものは,新しきものを育むために不可欠 のものであったという考えであった。彼がギリシャの神々における三世代の交代劇を,最初の主神で あるウラヌスを土,巨神族を森,オリュンボスの神々を鳥になぞらえて表したことはすでに述べた。

土が育んだ森は土よりも「美しく」 (2,219),森が育んだ鳥はより一層「美しい」 (2,227)というこ とが示されている。古き世代に育まれることによって,あるいは古き世代を犠牲にすることによって, 成長した新しき世代が生まれるという考えがここに示されている。アポロの神格化は巨神族の没落に よりもたらされたともいうことができるだろう。鳥を森より切り離して考えることが不可能であるよ

うに,アポロの物語を巨神族の物語と切り離すことはできないのである。

3.繋がれる苦痛

「ハイペリオン」の前半部と後半部は,巨神族の記憶を,新たな世代を代表するアポロが継承する

(8)

ことによって繋がりを示していることを述べた。しかしそのことは,神格化に「死の冷たさと同じほ どにも熱い苦しみ」が伴うことの説明とはならない。この間題を考察することは,前半部と後半部の 繋がりをよりいっそう明確にすることにもなると私は考える。

物語の前半部において,サターンとオーシアナスの両者には苦痛に対する異なる価値観が表されて いることは前述した。苦痛をもたらす現在を否定しようとしたサターンに対し,自分たちの苦痛こそ が次の世代‑の進歩をもたらしたのであるとオーシアナスは述べたのである。言い換えるならば,進 歩には苦痛が内包されるということでもある。その,内包された苦痛はどこ‑いくのだろうか。次世 代のための礎の役割を果たした後には忘れられていくものなのであろうか。

ここで,アポロを導くこモジニーについて述べておく必要があるだろう。彼女が記憶の女神であり, また, 「ハイペリオンの没落」において語り手がモネタに対し「記憶の影よ」 (TheFallofHyperion:

ADream',I,282)と呼びかけているように,詩人がそれを強く意識していることは大きな意味を持 つ。 StuartM.Sperryが指摘している(8)ように,キーツは書簡において「記憶を知識と呼ぶべきでは

か,j(9)と記しているからである。記憶の神であるニモジニーがアポロに授けることができるのは, あくまで巨神族の物語の記憶,いわば情報でしかなく,それはキーツにとって知識と呼ぶものではな い。受け取った「記憶」を「知識」へと変化させるのは,アポロその人なのである。 MichaelJ.Sider は以下のように述べる。 「巨神族に勝る神へとアポロを変えたものは適時的な能力である。それは過 去を現在における対話へと持ち込む能力であり,時と経験による伝説や出来事を現在の知識として受 け入れる能力である」(10)。サイダーもまた,過去と現在の繋がり,つまりは旧世代と新世代のつなが りというものに大きな意味を認め,過去の「伝説や出来事」を「現在の知識」へとするのはアポロの 能力によるものであると述べている。

詩人にとって哲学の公理は「脈拍によって証明」しなければならないものだった。 「私達は素晴ら しい書物を読むことが出来ますが,筆者と同じ足跡をたどらない限りはそれを十全に感ずることはで きないのです」とも彼は言い換えている。ニモジニーからアポロが授かったのは,あくまで過去の「記 憶」にすぎない。しかし,その記憶はアポロが神格化をするためには必要不可欠であった巨神族たち

の記憶である。その記憶を「莫大な知識」とするためには, 「哲学の公理」の場合と同じように, 「脈 拍によって証明」しなければならなかった。ゆえに,神格化に伴う「死の冷たさと同じほどにも熱い 苦しみ」は,テキストを遡りながらアポロが巨神族の苦痛を迫体験していくことによってもたらされ たものであると考えることができるのである。過去の記憶を,苦痛を介し「脈拍によって証明」する ことによってそれは現在の知識となる。両者の繋がりはより確かなものとなるのである。

4.結びとして

本論文では,前半部と後半部との間に存在する断絶に,有機的な繋がりが存在することを確認して きた。しかし,私はここで,この断絶自体が存在しなかったということを主張するつもりはない。執 筆が中断され,措かれなかった場面,あるいは措けなかった場面が存在することを考慮するならば,

(9)

当然のことながら物語には欠けた空間が現れざるをえない。巨神族とアポロの物語に対し大陸と島の 例えを用いたが,それは両者が離れて存在することを示すためであった。私が主張したいのは,この 互いに離れたもの同士に,一種の橋が架かっているということである。

この構造を理解することは,この詩が断片詩であるというより大きな問題を考察していくうえで欠 かすことのできないことである。それは「ハイペリオン」に限った話ではない。「ハイペリオンの没落」

をも含め,二つの「ハイペリオン」を相互に参照しながらより包括的にこの叙事詩を論じていく際に 非常に重要な論点となってくるであろう。

本論文は,修士論文̀Progress in "Hyperion: A Fragment" ‑ Reading from the View of "Pain Justification" 'の一部に加筆を施したものである。また,詩行の引用はJack Stillinger, ed., The Poems

ofJohn Keats (Cambridge: The Belknap Press ofHarvard UP)による。

注(1) H. E. Rollins, ed., The Letter ofJohn Keats: 1814‑1821 (Cambridge: Cambridge UP, 1958) , I, 207.

(2) Jack Stillinger, ed., The Poems ofJohn Keats (Cambridge: ′The Belknap Press of Harvard UP) , 488.

(3) Rollins, II, 294.

(4) Rollins,I, 85.

(5) Rollins, I, 277‑78.

(6) Rollins,I, 279.

(7)この三行は̀Hyperion:AFragment'第一巻の冒頭を飾るものでもある。

(8) Sperry, Stuart M, Keats the Poet (Princeton: Princeton University Press, 1974) , 194.

(9) Rollins, 1,231

Sider, Michael J., The Dialogic Keats: Time and History in the Major Poems (Washington D.C.: Catholic University of America Press, 1988) , 126.

参照

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