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非日常的日常の授業づくり -教職科目オンライン授業序説⑴-

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立教大学 教職課程 2021 年 1 月

Ⅰ.忘れ得ぬ今年の覚メ モ ア ー ルえ書き

今年(2020 年)の新年を迎えた頃には、誰が こんな年を想像しただろう。閏年で日本にとっ て 4 度目となる自国開催のオリンピックイヤー

1

。 初詣にはいろんな願い事をしたはずである。だ が、程なくして日常が一変してしまった

4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4

本稿は現在進行形の

4 4 4 4 4 4

所謂コロナ禍、COV ID-19(corona-virus disease 2019)によるパン デミック状況下で試行錯誤した、教職科目オン ライン授業導入をめぐるささやかな記録と考察 である。筆者が今年度春学期に行った、いずれ も首都圏に複数のキャンパスを有する A 大学

(国立)、B 大学(私立)、二つの大学での同じ 趣旨、つまり教育職員免許法施行規則の同じ区 分に該当する科目の授業を対象として取りあげ る。

もとより、一介の大学教師の偏った断片であ り、単なる備忘録との謗りを免れるのは困難か もしれない。ただ、大方が予感し、一部期待さ えするように、おそらくさまざまな意味でもう 元の日常に戻ることはないだろう

2

。だとすれ ば、忘れ得ぬ

4 4 4 4

この年の初動をふりかえり、記録

しておくことは、今後が何であり、何と呼ばれ るにせよ(アフターコロナ、ポストコロナ、ウィ ズコロナ ??)、新しい日常を築くために必要と なると考えられる。

未曾有のパンデミック

大学のオンライン授業について考察する前 に、まず今年のここまで(11 月末)を概観し ておこう。

新年早々、中国武漢市で肺炎集団発生との不 気味なニュースが世界を駆けめぐり、WHO(世 界保健機関)はこれを新型のコロナウイルスを 原因とするものと発表した(1 月 9 日)。後(2 月 11 日)に命名された正式疾病名 COVID-19 が示す通り、実はすでに前年 12 月から同地で 感染拡大の兆しが現れ、警告を発信する医師も いた。だから中国当局の隠蔽体質や野生動物を 売買する市場への非難が巻き起こることにもな り、この時点ではまだ世界は緊迫の渦中にはな かった。

肺炎はただただ恐れるべき疾病だが、今世紀 に入ってからの、世界的流行には至らなかっ

 1 実際に開催されたのは、夏季第18 回東京大会(1964 年)、冬季第12 回札幌大会(1972 年)、冬季第18 回長野大 会(1998 年)で、これらに次いで4度目の開催の予定だが、自ら返上して幻となった夏季第12 回東京大会(1940 年)を含めると招致としては5度目である。

 2 WMO(世界気象機関)は、CO2 の世界平均濃度が昨年(2019 年)、観測史上最高を更新し、COVID-19 の影響 による社会・経済活動の停滞で今年は排出減が見込まれるが、CO2 の大気中濃度は依然として上昇傾向が続 くという予測を発表している(11 月23 日)。温暖化をさらに加速させないよう、むしろ元の日常に戻らないこ とが期待される。

非日常的日常の授業づくり

-教職科目オンライン授業序説⑴-

下地 秀樹

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たか、あるいは至っていない、SARS(Severe acute respiratory syndrome:2002 年 〜 2003 年 ) や MERS(Middle East respiratory syn- drome:2012 年〜)の経験は、国・地域による 緊迫感の度合いを大きく分けただろう。

国 際 ウ イ ル ス 分 類 委 員 会(International Com mittee on Taxonomy of Viruses:ICTV)

が COVID-19 の病原体(ウイルス)を SARS- CoV-2 と命名したように、新型コロナウイル スは SARS のウイルス(SARS-CoV)と形状 が酷似し、同系統と見做されている。しかし、

SARS 流行の頃とは、僅か 20 年足らずの隔た りながら、調査研究の精度、情報技術を含め、

グローバル化の進展が目覚ましく、様相はまっ たく異なっている。感染しながら無症状で経過 する者がかなりの割合を占めるらしいこと、だ がこの無症状者から、また症状が出る前の感染 者からも感染が起き得るという、SARS-CoV-2 の極めて厄介な性質が明らかにされ、重症化リ スクの高い人の特徴など、COVID-19 の実情、

感染拡大や病態解明の状況が時々刻々、世界中 で拡散、共有されるようになっている

3

その意味では、疫病の大流行、パンデミック 自体は文明化した人類の、とりわけ都市生活を 営む人類の宿命だとしても、今は未曾有のパン デミック経験の最中と言える。

感染拡大初期(第一波)の様相

冬に向かう今、まだその余裕もないままにふ

りかえれば、武漢発のニュースは瞬殺の一撃で はなく、WHO の対応も迅速とは言い難かった が、世界の緊迫、日常の一変までにはほんの束 の間の猶予しかなかったように思えてくる。

震源地の武漢は瞬く間に感染爆発に見舞わ れ、都市封鎖を断行した(1 月 23 日)。まもなく、

中国国内各地はもとより、周辺各国、日本国内 でも感染者が確認されはじめ、世界的に防疫体 制が敷かれるようになる。それでも、対岸の火 事のように構えたわけでもないだろうが、オリ ンピック開催を控え、インバウンド消費による 景気浮揚を積極的に推進してきた日本政府は、

クルーズ客船ダイアモンド・プリンセスからの 下船、入国を差し止め、延期させる一方で、日 本国内への入国制限措置をなかなか進めないで いた。

3 月に入るとイタリアをはじめとするヨー ロッパ各国、そしてアメリカでも感染爆発が起 き、南半球の国々も含め、文字通り世界中に感 染が拡大し、3 月 11 日、WHO はようやくパン デミック(世界的大流行)を宣言する。医療、

衛生物資が不足し、先進各国でも医療崩壊の危 機が広がり、阿鼻叫喚の感染死者増大が報じら れた。多くの国でロックダウン、外出制限が実 行され、国際的な人々の往来はほぼ途絶えるこ とになる。東京オリンピックは延期と決定され

(3 月 24 日)、スポーツ、芸術などの各種興行、

行事が次々に開催延期、または中止を余儀なく された。

 3 SARS-CoV-2 は重症の肺炎を起こすことを示唆するウイルス名だが、肺のみではなく、脳を含む身体中のあら ゆる細胞に入り込み、炎症を生じさせるメカニズムが解明されてきた。COVID-19 は、当初は軽症のようでも、

急変して死に至る場合もあること、重篤な後遺症に悩まされる人々もあること等々、警戒を促すさまざまな情 報が迅速に伝えられるようになっている。

(3)

一部の、しかし影響力の大きい例外を除き、

もはや発生源を非難する余裕などなく、世界は 後戻りできない「現実」に直面していく

4

日本の特性?

この経過であらためて思い知らされたの は、日本という極東の島国の特(異)性である。

まず、感染状況把握の鍵となるはずの PCR

(polymera se chain reaction)検査を、何故に 諸外国並みに実施できない(なかった)のだろ う。日本は果たして先進国と言えるのだろうか。

感染拡大の第一波の頃、他国の感染爆発が報 じられると、日本の状況とは大きく異なるよう ではあった。だが、そもそも日本の検査件数は 甚だ少なく、しかも一向に伸びない。他国から すれば、日本の感染者数データには信頼を置け ないということになるし、国内から見ても、条 件が厳密に限られてなかなか検査を受けられ ない状況は明らかだった

5

。検査さえ受けられ ないまま、死亡後に感染が確認されたという ニュースには、暗澹たる思いと恐怖に駆られた だろう。どの国であれ正確な統計は困難だとし ても、把握されない感染者がどのくらいいるの

か見当がつかず、隠れコロナ死者も一定数いる のではないかとの疑念さえ拭えない。検査体制 は一朝一夕に構築されるものではなく、これま での制度作りがどのようなものであったのか、

残念ながら検証する報道が乏しかった。

とは言え、確かにパニックを来たす感染爆発 が生じていたわけではない。日本は、震源地 の中国や、SARS あるいは MERS を経験した、

台湾、ベトナム、韓国のような徹底した封じ込 め策を実施していないにも関わらず、これら近 隣の国々よりは高いものの、欧米諸国に比べる と桁違いに低い感染率、死亡率で推移している

6

。 欧米諸国からすれば、これらの国々については 権威主義的な文化が幸いしていると捉えられる 一方、日本は不思議の国である。

その不思議さに関しては、衛生観念や生活習 慣、「自粛」要請が強制と同等の効果を生む同 調性、同調圧力の強さなどが要因としてあげら れたりする。あるいは、ノーベル生理学・医学 賞受賞者の山中伸弥京都大学教授が示唆するよ うに

7

、日本を含む東アジア地域には欧米とは 異なり COVID-19 に対し有利に作用するファ クター X があるのかもしれず、その解明がめ

 4 アメリカのトランプ(現)大統領は、COVID-19 をただの風邪と軽視する一方で、アメリカの感染爆発は中国 ウイルス(the Chinese Virus)のせいと非難し続けた。ペンシルベニア大学のアネンバーグ公共政策センター は、「アメリカ人の3 人に1 人以上が、新型コロナウイルスは中国政府が武器としてつくり出したものだと信じ ている。また別の3 人に1 人は、アメリカ疾病対策センター(CDC)が、ドナルド・トランプ大統領の力を弱め るために、新型コロナの脅威を誇張していると考えている」とする調査結果を発表した(9月12 日:東洋経済 ON LINE がThe New York Times から翻訳、掲載した記事による https://toyokeizai.net/articles/-/382375)。

 5 当初は「帰国者・接触者相談センター」に相談する場合の目安が、「37.5 度以上の発熱が4 日以上続くこと」と されていた。

 6 例えば、札幌医科大学医学部附属フロンティア医学研究所ゲノム医科学部門のHP によれば、11 月29 日現 在で人口100 万人あたりの死者数は、世界全体で186.5 人、多い順にイタリア、イギリス、アルゼンチン、メ キシコ、ブラジル、アメリカが800 人を超えており、日本は16.7 人、韓国は10.2 人、中国は3.3 人となっている

(https://web.sapmed.ac.jp/canmol/coronavirus/death.html?s=y)。

 7 山中教授は「私は感染症や公衆衛生の専門家ではありません。しかし医学研究者として自分に出来ることを 模索し、多くの方々にご協力頂きながら以下のことに取り組んでいます」として、HP で積極的に情報発信を続 けている(https://www.covid19-yamanaka.com/index.html)。

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ざされたりもしている。いずれにせよ、現時 点では COVID-19 はまだまだ謎だらけであり、

収束、いや終息に向かって、何か決定的な安心 材料を得られるような状況にはない。

科学と政治の連携という課題

パンデミックの早期から、科学者たちは「正 しく恐れることが重要」として積極的な発信を 行っていた。これに対し、政治の連携はあまり に芳しくなく、「命と経済」をあたかも二択に するような論を蔓延らせた。

内閣総理大臣を本部長とする新型コロナウ イルス感染症対策専門家会議に集った専門家 たちは、感染しても無症状者が多いとされる SARS-CoV-2 の性質と、PCR 検査の拡充を早 急には望めないという状況判断から、クラス ター対策、「三密」回避を戦略的に提唱し、う がい、手洗い、マスク着用、ソーシャル・ディ スタンスの確保といった基本的な予防策の徹底 を発信し続けた。クラスター、三密、ソーシャル・

ディスタンスといった語が、俄かに人口に膾炙 し、 「新しい行動様式」を求められるようになる。

日本の特性として、強権的な政策なしに、比 較的感染拡大を抑えられている(いた)とする なら、それは単なる偶然か、あるいは医療関係 者などの尽力と人々が科学者、専門家の提言に 耳を傾けた結果によるのだろう。

政権は、入国制限を後手にまわしながら、全

4

国の

4 4

小中高校に対して唐突に 3 月 2 日以降の臨 時休校を要請し(2 月 27 日)、児童、生徒、保

護者、学校関係者を大いに困惑させた。4 月に 入るとようやく「緊急事態宣言」を行ない、 「不 要不急」の外出自粛を要請し

8

、同時に「緊急 経済対策」予算を編成した。自粛要請、ステイ ホームの効果か、5 月、6 月に感染状況が小康 状態を迎えると、Go To キャンペーン(7 月 22 日以降)を推進する。

先の専門家会議は何故か廃止され、代わって 新型コロナウイルス感染症対策分科会が立ち上 げられた(7 月 3 日)。またもや政策のわかり やすい効果なのか、SARS-CoV-2 の不活化が 期待されるはずの夏場、逆に淡い期待はものの 見事に裏切られ、感染者数が第一波を上回る第 二波が襲来する。これでは「新しい行動様式」

にどうにか慣れ始めた人々も、自粛疲れを露わ にしたとして無理もない。

それでも、専門家の提言や逼迫する医療・福 祉現場からの声に、政権は真摯に向き合わず、

政策の見直しを遅々として行わなかった。冬に 向かう今日この頃、第一波、第二波をさらに超 える勢いの第三波の感染拡大期にあり、世界各 国の感染爆発は止まる兆しさえ見えないでい る。政権は「静かなマスク会食」を勧めるが、

もはや失笑を買わせることすら憚られ、この先 のことは、言うまでもなく「神のみぞ知る」で ある

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Ⅱ.パンデミック下の大学授業

オンライン授業導入経緯:A 大学、B 大学の場合

後付け的に想起するなら、じわじわとパンデ

 8 まず、4 月7 日に東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡を対象として要請し、同月16 日には対象地域を全国 に拡大した。地域を選び段階的に解除され、5 月25 日には全国で解除となった。

 9 前者は菅首相、後者は西村経済再生相の発言である(11 月19 日)。

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ミックが避けられそうにない見通しのなか、昨 年度(2019 年度)の授業運営を支障なく締め くくることができたこと、さらに 2020 年度一 般入試を実施できたことは、際どい幸運であっ た。だが、卒業式、各種送別会などの当事者に とっては掛け替えのない行事は、残念ながら中 止または縮小、自粛を余儀なくされ、新年度を どうはじめるか、否応なく難題に直面させられ ることになる

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。やがて大学生の感染が世間の 袋叩きを招き、脅迫まで起きた

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こうした状況下、多くの大学は当面のキャン パス封鎖を断行し、しかし「学び」をとめない、

とめさせないとして、オンライン授業を導入す る。4 月半ば、首都圏の大学教員の感染死が静 かに報じられると

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、いよいよ非日常の現実感、

試行錯誤の緊迫感が増大した。

筆者は担当授業がどうなるのか情報把握に努 めながら、同時に専任教員として、同僚たちと

(学外での教育実習等を含む

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)本学教職課程 の授業運営をどうするのか、兼任講師の方々に 円滑に案内するにはどうすればいいのか、頭を 悩ませ続けた。大学教員の多くにとって、そん

な例年とはまったく異なる非日常的日常

4 4 4 4 4 4

だった だろう。

春学期、教育職員免許法施行規則が定める「教 育の基礎的理解に関する科目」の一つ、必須事 項区分「教育の理念並びに教育に関する歴史及 び思想」に該当する講義科目として、A 大学 で「教育原理」、B 大学で「教育原論」(いずれ も 2 単位)を担当した。

A 大学では、学年暦(学事暦)通りに 4 月初 めから授業を開始するという方針が堅持され、

オンライン授業を積極的に導入するということ で、3 月半ば過ぎからオンライン授業実施のた めの講習会が何度か行われ(任意参加)、かな り詳細でわかりやすいマニュアルが各授業担当 者に送付された(メール送信)。オンライン授 業運営手段として Web 会議システム Zoom が 推奨され、すでに担当教員全員分のアカウント を発行済みであった。

ただ、この時点ではまだ対面授業の可能性も 残され、感染状況に応じた 4 ステージの原則(グ リーン、イエロー、オレンジ、レッド)が示さ れていた。3 月末には、その対応ステージが変

10 本学では2 月28 日、卒業式・学位授与式の中止が決まり、3 月13 日には入学式の中止も決定された。

11 3 月に欧州旅行をした学生を中心に、ゼミやサークルの懇親会で感染クラスターが発生したとされる京都産業 大学には、3 月末から4 月初めにかけて抗議の電話やメールが数百件寄せられ、中には「感染している学生の 名前や住所を教えろ」「殺しに行く」「大学に火をつける」といった脅迫もあったという。また、京都産業大学と いうだけで、学生がアルバイト先から出勤を拒否されたり、職員の家族や子どもが出勤、登園を断られたりし たという。

12 4 月14 日に法政大学の男性教員(1 名)が亡くなった。法政大学はHP で「痛恨の極み」とし、この教員の発症以 後の経過と出校履歴を報告している(https://www.hosei.ac.jp/info/article-20200416165812/?auth=9abbb458 a78210eb174f4bdd385bcf54)。

13 ここで詳論する余裕はないが、まず事前指導等を急遽、オンラインで準備して行うほかはなくなり、多くの実 習予定校で臨時休校が続くなか、実施予定の問い合わせや、取りあえずの延期要請を行なった。その後、たとえ 実習ができなくなった学生でも、今年度に限っては大学での代替措置で実習単位の取得が可能という方針を 文科省が示したことで、実際に実習中止、あるいは期間短縮となる学生が少なからずあり、秋学期に代替措置 を行うことになった。次年度には、実習経験のないまま教壇に立つ新任教員が出ることになる。彼ら彼女らは、

大いに不安だろう。

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わり(イエローからオレンジへ)、オンライン 授業を原則とするという方針になり、その場合 に開講できない科目の調査が行われた

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。また、

筆者が担当する「教育原理」の開講キャンパス のルールとして、4 月当初 2 回の一律休講措置 が指示された

15

。その結果、初回授業は学年暦 上では第 3 回の 4 月 23 日となり、その後、7 月 9 日まで計 11 回のオンライン授業を実施し た。A 大学は 1 時限 105 分、1 ターム 7 回のター ム制を採用しており、セメスターの場合はター ム切り替え時期の1回を休講として13回となっ ている。

B 大学の場合も授業担当者への案内そのもの は同様の経過であったが、大きく異なるのは、

3 月半ば過ぎの時点で新学期授業開始日を大幅 に 4 月末日まで延期し、しかも対面授業を予定 していたことである。ごく一部の特殊な科目の み、学年暦通りオンラインでの授業を開始する とされていた。

その後の感染拡大状況、そして緊急事態宣言 を受け、4 月 15 日、春学期全期間、全科目オ ンライン授業とすると宣言された。開始日が延 期されていた分、A 大学よりは遅れてオンラ イン授業導入のための諸案内、調査が行われた。

オンライン授業運営手段としては Google Meet 推奨で、Google のアカウントはもともと授業

担当者全員が所持しており、Zoom との機関契 約は準備中で、4 月末までには完了すると予告 されていた。

A 大学の場合は東京オリンピック開催の学 年暦への影響はなかったが、B 大学では、東京 オリンピックへの「協力」のため、試験期間を 含め、オリンピック開会式(7 月 24 日)の前 日までに春学期授業期間を終える学年暦であっ た。筆者は「教育原論」のオンライン授業を 5 月 1 日から 7 月 17 日の間に計 12 回行った。B 大学は 1 時限 100 分、1 学期 14 回の授業を予 定しており、春学期の特殊事情による不足分の 補填策を検討するよう求められた。開始時期の 延期はやむを得ないことであったが、東京オリ ンピックの延期は、授業担当者、受講学生の双 方に、若干、混乱を招いた

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オンライン授業実施方法の概要

A 大学は、学年暦堅持を方針として、いち

4 4

早く

4 4

オンライン授業導入準備を進め、パンデ ミック宣言、緊急事態宣言を見極めて一部休講 措置を取りながら、オンライン授業を全面化し た。B 大学は、学期開始の延期を決めてオンラ イン授業導入準備を始め、全面化した。

パンデミック下、いずれの大学もオンライン 授業導入に決して消極的ではなかったが、かと

14 A 大学では、卒業式は中止ではなく縮小開催され、新入生の諸手続きも感染防止策を施しながら対面式で行わ れた。ステージの詳細は省略するが、要するに、グリーンは通常の対面授業可能、イエローは感染防止策徹底の 上で対面授業可能、オレンジは原則オンライン授業、レッドは「緊急事態宣言」に対応したキャンパス封鎖で ある。したがって、春学期中は結果的にオレンジ、レッド、オレンジと推移し、対面授業の可能性はなかった。

15 全学的にオンライン授業導入準備を進めながら、当初2回は感染防止策を講じた上での対面授業の可能性も 検討していたが、このキャンパスでは一律休講となった。

16 恥ずかしい話だが、筆者自身、受講学生から指摘されるまで、終了日が東京オリンピック開始予定日より後 に延びたと誤解していた。HP に注意していたつもりであったが、思い込みを修正できておらず、同様のこ とは学生間にもあった

(7)

言って、オンライン授業全面化を前提としてい たわけでもない。当然、通信環境の整備や教員、

学生双方の諸事情を懸念し、半信半疑の試行錯 誤で、「やるしかない!」と踏み切っていった。

筆者にとっては、偶々開始時期の異なる両大 学で授業を行い得たことは幸運であった。A 大 学のように学年暦を堅持した大学は、首都圏で は少数派だっただろう。僅かな時期の違いのよ うで、初動の違い、緊張感をもって先駆けでき たことは大きな違いとなり、B 大学での授業を スムーズに運ばせてくれた。もっとも、A 大 学の授業で当初 2 回の一律休講措置がなかった ら、かなり焦り、パニックになっていたかもし れない。初回授業までには、A 大学で先行す るオンライン授業事例を知ることができ、また 本務の会議や学会等で Web 会議システム、オ ンラインに馴染み始めてもいた。

筆者は、もちろん日常的にデジタル機器を回 避し得るわけもないが、授業は専ら古典的な アナログ授業を貫いてきた。A 大学、B 大学 ともに、独自の LMS(Learning Manageme nt Syst em)を整備しており、その意味でオンラ イン授業導入の素地はできていたが、これらを ごくやむを得ない場合にしか用いたことがな かった。いつも紙媒体のレジュメを授業直前に 大急ぎで印刷し、パワーポイントを使うことも なかった。すでに教員人生の終盤にさしかかり、

押し寄せるデジタル化の波から逃げ切りたかっ たというのが本音である。

そんな筆者にとっても、オンライン授業は過 剰に案ずることでもなかった。男性で、高齢者

に区分され、リスク要因をいくつも抱え慄く身 にとって、テレワークが可能になるのはまず有 り難かった。当初は暗中模索の予感があったも のの、手探り感がむしろ新鮮ですらあった。

従来通りのアナログレジュメを、LMS を通 じて受講学生に配布することも可能ではあった が、オンライン授業を機に、画面共有のヴィジュ アル効果を考慮し、パワーポイントでスライド を作成することにした。

4 月 23 日、A 大学での Zoom による「教育 原理」初回では、まず、誰にとっても(教員も 学生も)経験のない状況下での試行錯誤である ことを断りつつ

17

、「アナログ授業からはから

4 4 4

ずも

4 4

オンライン授業へ」と題して次のように授 業方法を説明した。

約束事として、基本的にはミュートにし、指 名した場合のみ解除すること。

チャットによる質問、意見表明は随時行って よい(TA が管理補助を担う)。

従来(昨年度まで)の授業

(やや詳細な)紙媒体のレジュメを配布して、

少しの板書で補足する

授業時間内に必ず小課題を課し、時間内に小 レポートを作成する(肉筆)

さらにグループを組んで各小レポートを学生 どうしで相互批評し、他の人のレポートにコ メントを必ず記す

他の人からのコメントと、可能ならば(時間 による)再コメントもあるものを小レポート として提出する

17 A 大学でもB 大学でも、紛争による大学封鎖を経験した現役教員は、流石にもういない

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次の回の冒頭で小レポートを数例紹介しなが ら復習する

これを一学期間繰り返し、小レポートの集積 を平常点評価の基礎資料とする

学期中、小課題の題材として映像資料を比較 的多く用いる

今期はオンライン環境で無理はせず、しかし、

可能な限り従来の授業と同様の方針で行う。

すなわち、

(レジュメ、板書に代えて)パワーポイント 資料を用い、従来よりやや詳しく口頭説明で 補う

ブレイクアウトセッション機能を必ず用い、

小課題について、小グループで討論する 授業時間後、小課題について、グループでの 討論を踏まえて

4 4 4 4 4 4 4

小レポートを作成し(ワープ ロファイル)、LMS を通じて提出する 数例の小レポートを資料ファイルとして次の 回より前に LMS に提示する

 次の回で LMS に提示しておいた数例の小レ ポートを中心として紹介、講評し、復習する  これを一学期間繰り返し、小レポートの集積

を平常点評価の基礎資料とする

 映像資料は従来ほど用いる(時間的、技術的)

余裕がないが、可能であれば用いる

なお、授業時間は 105 分であるが、当面、オ ンライン環境の負荷を考慮し、オンラインを 通じた授業は 1 時間を大きく超えないことを 目安として、余った時間は小課題(小レポー ト)作成に当てられたい。

B 大学での「教育原論」初回(5 月 1 日)でも、

同様の授業方法を説明したが、Meet を推奨さ れていて、受講学生への URL 告知時期までに Zoom の契約が済んでいないように思われたの で、Meet を用いた。ここで、チャット機能だ けで学生どうし討論するのは無理があり、また 直接、声を交わし合いたいという理由をあげて、

次回からブレイクアウトセッション機能を用い るべく Zoom に変えることを提案し、受講学生 たちの承諾を得た。

Ⅲ.オンライン授業の進行と課題 オンライン授業の手応え:進行の概要

授業と一口に言っても、専門分野、対象領域 により様々な運営方法があるだろう。筆者の場 合は、従来から講義科目でも一方的に説明する 時間をなるべく短くし、学生どうしが討論する 時間を持てるように進めてきた。したがって、

オンライン授業導入にあたり、録画配信のオン デマンド授業や一方通行のシステム

18

の利用は まったく考えもしなかった。もしこの方法しか なかったら、途方に暮れていただろう。Zoom というシステムを A 大学から案内されるまで まったく知らなかったが、そのミィーティング 形式にブレイクアウトセッション機能があるこ とが、従来に近い運営を可能にする鍵となり、

希望が持てた。

A 大学ではこの「教育原理」にも TA(教育 学を専攻する大学院生)が採用されているので、

毎回 TA を共同ホストとして、ブレイクアウ

18 Zoom でもウェビナーは一方向と変わりないようなものだが、A 大学では使用可能でも、B 大学はそもそも契 約していなかった。

(9)

トセッション中は TA と分担し、ほぼすべて のルームの見回りを行なった。B 大学ではこの

「教育原論」に TA は採用されていなかったが、

筆者がなるべく多く見回るようにした。ブレイ クアウトセッションでは、もちろん無理強いは できないとしても、お互いに画面で顔を見せて 話し合うように呼びかけ、討論を邪魔しない程 度に受講学生と言葉を交わすこともできた。

前節の方法の概要の最後に記した授業時間に ついては、言うまでもなく口頭説明であり、パ ワーポイント資料に記すようなことはしていな い。いかにパンデミック下でも、授業時間確保、

厳守という原則、これを厳しく求められる昨今 の趨勢からすれば許されないことだろう。批判 を浴びることは承知の上で、すべての授業が俄 かにオンラインで行われる状況に鑑み、対面授 業に比べ、お互いに集中力の限界があると想定 して提案した。

A 大学では、先行事例から、105 分丸ごとオ ンラインというのは無理があるとして、柔軟な 運用が示唆されていた。この提案に学生たちか らのクレームはまったくなかった。もっとも、

回を追うごとにオンラインでの授業時間は長く なり、終盤では本来の授業時間 105 分を超えな いよう努力すると弁明するような状況に変わっ てしまったが、それでも学生たちから予告違反 との不満の声があがることはなかった。

B 大学でも学生から不満が出ることはなかっ たが、保護者から大学に対し、本来の授業時間 より短い時間で打ち切っている授業があること についてのクレームがあったと聞いている。オ ンライン授業なので保護者がともに視聴してい ることもあり得ることで、教務の管轄を担う委

員会から各授業担当者への注意喚起として紹介 された。筆者を名指ししてではないので、他の 授業担当者のこととも考えられるが、筆者もま さしくこのクレームに該当する。

筆者自身、自宅の通信環境に不安を抱えてス タートしたが、一学期間、いずれの大学でもほ ぼ支障なくオンライン授業を行い通すことがで きた。家庭内で複数人が同時に同じ Wi-Fi に頼 り通信環境が不安定ということで、時に画面 から消える(Zoom 落ちをする)学生もあり、

LMS が不具合となることも多少はあったが、

最後までほとんどの学生が毎回の課題を提出し 続けた。

既述の通り、初回にまず、特殊な状況下での 試行錯誤と断りながら、授業運営方針を説明し たことには、お互いの不安をいくらかでも取り 除く効果があっただろう。

「教育原理」、 「教育原論」とも、これまで「反 省知としての教育学」を講じてきた。目標は「自 分自身の(被)教育経験を対象化し、相対化 すること」であり、「公論の実験場」として責 任を直接問われることもない授業の場だからこ そ、「日常のあたりまえを問い直そう」と提案 してきた。だが、この提案の甘さ、脳天気さを、

他ならぬ日常が一変し、キャンパスに足を踏み 入れることさえままならなくなってしまったい ま、痛感させられ、動揺している。

このように吐露したことも、必ずしもマイナ スには作用しなかったものと考えている。初回 の最後には、社交辞令ともとれるが、多くの学 生が拍手マークで退席し、ミュート解除、ビデオ

(カメラ)オンにして、ありがとうございました、

と一礼する学生たちもいた。

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それでも、出席、受講の内実は、正直なとこ ろよくわからない。初回冒頭こそ、まだ不慣れ な学生たちがビデオをオン状態にしてその姿を 見せ、ガヤガヤとした声も聞こえていたが、す ぐにみんなオフとなり、しかもミュートなの で、親父ギャクと呆れられそうな無駄話を語っ ても、教室のような空気を感じることは当然で きない。反応を読めないなかで語り続けること には、当初はやはり違和感を拭えなかった。学 生の集中が途切れ、自責の念に苛まれることが 減る一方、自分の講義口調に従来のような冗長 性が無くなっていることに気づき、愕然とさせ られていた。

しかし、毎回の小レポートから一人一人を想 像し、励まされ、また反省させられることは、

オンライン授業となっても従来と変わりなく、

次第に授業運営を安定させていくことができ た。同じ事柄の説明を、レジュメと板書の場合 のおそらく 6 割程度の時間で済ませるようにな り、それでよかったかどうかは不安が大きいが、

ブレイクアウトセッションの時間を学生たちは 概ね有効に使っていた。

授業時数と課題提出の問題

A 大学、B 大学とも通常の学期より 2 回ずつ 授業機会を欠くことになったが、それでも同じ 内容を詰め込もうとすることには、オンライン 環境の負荷、お互いの身体的(とくに目の負担)、

精神的コンディションを考えれば、どうにも無 理がある。仮に不足分を課題で補うとして、あ らゆる授業でこの考え方を取り始めたら、学生 がオーバーワークになり、パンクするのは目に 見えている。

繰り返しになるが、筆者は従来から毎回必ず 小課題を授業時間内に課してきた。授業時間内 に済ませるという意味で、課題ではなく小課題 と称している。これは踏襲し、しかし、オンラ インでは授業時間内に回収するのは困難なの で、従来は極力抑制してきたホームワークとせ ざるを得なくなり、そのため、授業時間を短縮 する方針をとった。オンライン授業では、おそ らくどの授業でも正確に出席を取りきるのは困 難で、課題提出をもって出席確認に代える授業 が増大するだろうと予想してもいた。

「大学設置基準」は、一単位について、標準

4 4

的に

4 4

45 時間の学修を要する内容で構成される とし、講義科目の場合は 15 時間から 30 時間の 授業を行うことと規定している(第 21 条)。

筆者は、授業時数は各大学の規定に従うとし て、講義科目の「学修」については、標準の目 安としてもこの規定は単なるリーガル・フィク ションであり、学生の自発性、主体性に委ねる しかなく、少なくとも、予習、復習の時間まで コントロールするような運営は考えてこなかっ た。大学教員のあり方として必ずしも正当化で きることではないかもしれないが、そうしてき た。

減少した授業回数で従来の内容をどう構成し

直すのか。両大学ともシラバスの再提出を要請

していたが、必須というわけでもなかった。た

だ、教職科目には「コア・カリキュラム」とい

う縛りまである。教育職員免許法施行規則では

各科目で「アクティブラーニングの視点」を盛

り込むように規定しながら、養成すべき共通の

資質能力として、「理解する」ことに統一して

目標の統制がはかられている。学生対象のはず

(11)

なのに、まるで生徒扱いのカリキュラムだが、

内容自体は包括的で、方法をも統制していると までは言えない。

筆者はこれまで授業で映像を多用してきた。

映画一本を前後編に分け、2 回の授業で二つの 課題を出してノーカットで鑑賞することもあっ た。オンライン授業ではどうするか、迷い、残 念だったが、映像はごく限定的にしか用いず、

参考資料としての紹介と口頭解説に代えた。そ の分、授業時間を大幅に節約し、早口ながら、

ほぼ従来の授業内容を盛り込むことができた。

これは、実は授業内容の再編成というより、

自宅で機器を整備できなかった、その結果であ る。通信環境があまり盤石ではないので、長時 間、映像を流し続けると、接続が不安定になり、

場合によっては落ちてしまうのではないかと不 安であった。加えて、筆者が用いるパソコンに はディスクユニットがなく、外付けのユニット も所持していなかった。A 大学では DVD、B 大学では BD の映像ソフトを用いてきたが(国 立の A 大学は B 大学に比べて教室設備が必ず しも十分ではない)、ここ数年はパソコンで映 像ディスクを再生するようなことはなかったの で、俄かには準備できなかった。授業では、イ ンターネット上で利用可能な映像の一部分だけ 画面共有し、URL を紹介して視聴を勧めた。

LMS を通じた毎回の小課題提出は、ブレイ クアウトセッションでの討論を踏まえて作成す ることにしたので、期限は次の授業の開始数時 間前に設定した。これでは、紛れもなくホーム ワークであり、全員分の小レポートをあらかじ め読み通すことに苦慮したばかりではなく、筆

者の授業も、従来の方針に反し、学生のオーバー ワークに加担したことになる。

A 大学の「教育原理」では、小レポートの 平均文字数が多く、中にはしばしば数千字から 一万字超の、もはや小とは言えない論文を提出 する学生もあったが、学期全般を通じて、文体 等からほとんどオーバーワークの様子は窺えな かった。提出時間が深夜の日付が変わる頃にな るような例はごく少なかった。

B 大学の「教育原論」では、回を追うごとに、

字数が少なく、内容も淡白で、オーバーワーク が懸念される傾向が散見されるようになった。

提出時間が次第に深夜から明け方へと遅くなっ ていく学生には、ブレイクアウトセッションの 機会などに、やや憚りながらも、大丈夫かと直 接尋ねたこともあった。

パンデミック下でオンライン授業を余儀なく され、はからずもリーガル・フィクションが現 実化していくようであった。

どちらも同じ教職科目であり、言わばオプ ションとして卒業必修科目ではく、同じ趣旨で 行なったつもりである。

課題のオーバーワークに関わるこの違いは、

まず明らかに学年構成によるものと考えられ る。また、A 大学は学年暦を変えず、B 大学は 延期したという、スタートの違いが影響したよ うにも思われる。

A 大学はキャンパス間で履修登録期日が統一

されておらず、また期間も長いので、例年、登

録のみで実際には単位取得はおろか、ほとんど

現れない学生も一定数いる。しかし、今年度は

オンライン環境のためなのか、登録者名簿に残

りながら一回も小レポートを提出せずに終わっ

(12)

た学生はいなかった。登録者は 67 名、例年と ほぼ同規模でオンライン故に増えるようなこと はなく、学年内訳は、 「1 年生 15 名 、2 年生 30 名、

3 年生 10 名、4 年生 8 名、修士課程 2 名、博士 課程 2 名」であった。このうち 61 名が単位を 取得し、4 名は途中履修放棄であった。

B 大学は履修登録ルールが厳格で、授業期間 開始後の変更はごく限られ、例年、A 大学ほ ど、ただ登録のみという学生はいない。登録者 は 39 名、緩やかなキャンパス指定があり、例 年、小規模授業となるが、すべてオンライン授 業の今年度は開講予定と異なるキャンパスの学 生が例年より多く含まれていた。学年内訳は、 「1 年生 21 名、2 年生 10 名、3 年生 8 名」で、全 員が単位を取得した。

A 大学の場合、「教育原理」は教育実習の先 修科目に指定されておらず、例年、授業期間中 に教育実習に行く学生、卒業当該年度の履修者 もいる。今年度は教育実習期間の欠席願いを受 け取ることはなかった。また、数年前まで2年 生以上の履修可能科目だったので、現在も 1 年 生の履修は少なく、今年度は全体の 2 割であっ た。約 8 割の学生はキャンパスでの授業、学生 生活を経験済みであり、今年度当初の先行した オンライン授業を履修中の者も珍しくなかっ た。ブレイクアウトセッションは、毎回ランダ ムにルームを分けたが、上級生が司会役を率先 し、1 年生も怯むことなく発言する様子が見ら れた。教職科目故に、専攻が異なる学生との議 論を愉しんでいるようでもあった。

B 大学の場合、「教育原論」は教育実習の先 修科目なので、必然的に 1 年生の履修者が多く なる。オンライン授業以前に、そもそもまだ大

学の授業に慣れない学生が全体の半数以上を占 めていた。まったくキャンパスライフを経験で きていないこともあってか、終盤に近づくにつ れ、オンライン疲れを感じさせられた。TA の アシストがなかったとは言え、A 大学より少 人数だったのに、初動でもっと討論の支援をす る必要があったかもしれないと反省している。

これからのための覚え書き

パンデミック下で余儀なくされたオンライン 授業であったが、やってみれば何とかなったと して差し支えないのだろう。学年暦を変更しな かった A 大学の学長は、「平時なら 10 年はか かる変化が、4 ヶ月で進んだ面がある」と回想 している(学内広報誌による)。

案ずるより何とか、兎にも角にも試行錯誤し ながら、まず思い起こされるのは、それにして も精神的余裕がなさ過ぎたということである。

非日常的事態になっても、「学びをとめない」

と称して、従来の内容を省かないで保つことに ばかり注意が向き過ぎていた。これはよくな かった。

パンデミックは、その言葉の由来、ギリシャ 語のπαν(すべての)、δήμος(人々)

が示唆するように、誰にも同様に降りかかり得 る災厄には違いない。だが、やはり国内外を問 わず、より弱い立場の人たちに深刻な影響が及 んでいく。ある程度は予想可能、いや、わかり きっていたであろうことが、次第にはっきりす る。

「教育の基礎的理解に関する科目」として、

例えば、一律の休校要請、オンライン授業推進

の大号令のもとで、困窮する子どもたちへの支

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援活動はどうなっているのか、といった現在進 行形の問題も取り扱ってみたかった

19

。外出自 粛、新しい行動様式が、子どもたちや高齢者に とってどのような影響を及ぼすのかという問題 意識も、当然あってしかるべきである。オンラ イン環境だからこそ、注意しながらもホットな 情報を授業内で検索、交流できる。

後付け的にそう思うが、情けないことに、毎 回の授業、準備で精一杯だった。そもそも目の 前の受講学生、大学生の実情にさえ無頓着だっ た。

本学の全カリシンポジウム(オンライン開催)

「オンライン授業の可能性」(11 月 27 日)では、

アンケートに 1 年生の四分の三がオンライン授 業を望まないと回答し、その主な理由は課題の 多さということが紹介された

20

課題でオーバーワークになるという問題点に ついては、後付けではなく、同僚たちと進行形 で話題にしていた。保護者(保証人)から、希 望を持って入学したのに、我が子(大学生)の 疲弊、落胆ぶりが心配との深刻な訴え、大学と して課題量を調整できないのかといった要望が あったことも聞いていた。オンライン授業導入 にあたって、リアルタイムのオンライン授業の 他、オンデマンド録画配信はともかく、課題提 示方式も許容されていたことは、大きな懸念材 料と予想もしていた。

文科省、文科相が対面授業に消極的な大学名 を公表する方針を示すなど、オンライン授業へ の風当たりが強くなり、次年度は、少なくとも 1 年生対象の授業で対面授業が積極的に取り入 れられることになる予定である

21

。入学早々オ ンライン授業ばかりで、他の学生たちや教員と の交流がはかれないのは確かに大問題である。

とは言え、まったくの逆戻りをすることもな いだろう。デジタル化から逃れたかった筆者で さえ、そう考える。少なくとも、春学期は経験 することのなかった、対面授業とオンライン授 業のミックス、ハイブリッド型の授業を準備し ていくことは避けられないだろう。

全カリシンポジウムでは、テーマタイトル通 り、オンライン授業の可能性を示す実践報告が 相次いだ。

「グローバルシティ・ソウルを読み解く」を 担当の黄盛彬教授は、ソウル市内をヴァーチャ ル 背 景 と し て、 授 業 内 で は Google Maps で ヴァーチャル散歩を試みながら、土地勘にも基 づいて解説したという。

これはもちろん教室でも可能なことだが、オ ンラインだからこそ愉しめる内容だろう。毎回 の課題は、授業を受けていれば無理なく応えら れ、受講学生の負担を徒らに増すようなもの ではなかった。資料配布、課題提示、提出等 は LMS ではなく、すべての管理が統合的に可

19 例えば、旧知の算数・数学教育研究者、黒田恭史教授(京都教育大学)より、一斉休校中の小学校算数授業動画 の作成、外国人の子どもの算数・数学学習をサポートする多言語対応コンテンツの制作といった、黒田教授の 貴重な取り組みの情報をいただき、同僚や知己の研究者には紹介したが、授業では取りあげる機会をもてなか った。制作されたYouTube 動画を視聴する時間を取りたかったと思う(https://www.youtube.com/channel/

UC14TfsrborNybghc3jZvU9A)。

20 第一次遠隔授業活用検討ワーキンググループ座長の小川有美教授から報告があった。このワーキンググルー プの調査報告書が作成されているとのことだが、現段階では筆者は未見である。

21 対面授業を「取り入れる」ということ自体、奇妙な気分になるが、今年はそうさせる歳月だった。

(14)

能な Google Classroom を用いたということで、

複数の LMS を有する本学のシステムは使い勝手 が悪く、改善する必要があると提言していた

22

。 黄教授はまた、各授業の開始時と終了時には 全員にビデオオンにするよう指示し、全員での 挨拶をもって始め、挨拶で終わるようにしてい たという。

これは何でもない、当たり前のことのようで、

オンライン授業でも、オンライン授業だからこ そ、重要な規律であることに気づかされた

23

。 英語教育研究室主任の芝垣亮介准教授は、英 語によるディベートを行うにあたり、教室より もブレイクアウトセッションの方が、他のルー ムに討論内容が漏れることはないので、教員の 働きかけ次第で討論が深まる可能性を確かめら れたと指摘していた。オンライン授業をやって みて気づけたことだろう。

筆者としては、授業内で必ず(小)課題に取り 組み、受講学生どうしが相互批評を行うという

形式は今後も大事にしたいと考える。しかし、

こうした他の方々の経験にも学びながら、運営 方法を見直していく必要性を痛感している。最 低限の当たり前の規律を維持する工夫、課題の 総量の再検討、相互批評を働きかける工夫など である。ハイブリッド型を準備する上では、こ れまでは取り入れたくはなかったが、オンデマ ンド録画配信

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にも柔軟に対応し、反転授業 のような形式を検討するのもいいのかもしれな い。授業時間の配分やホームワークについても、

再検討を迫られたと感じている。

予期せぬ状況下の最初の経験で余裕を欠いて いたが、オンライン授業導入は、授業というも のそれ自体を捉え直す契機にもなった、と確実 に言える。

(2020 年 11 月 30 日提出:注に掲げた各 URL は同日現在閲覧可能であった)

22 筆者のように複数の大学で授業を行う場合こそ、統合管理可能なシステムであるGoogle Classroom が便利な のだろうが、初めてのオンライン授業経験で、各大学のLMS を、結局は成績評価管理には好都合と判断して用 いた。Google Classroom については、ただ単純に大学生を生徒と呼びたくないので検討しなかったが、より使 い勝手のいいシステムを検討し直したいと考えている。

23 筆者は、せめてブレイクアウトセッションくらいはお互いの顔を見せようと呼びかけたが、回が進むに従い、

ビデオオフのまま討論されるルームが多くなっていった。A 大学では、他の授業でもこれが定着した、これ に慣れたと受講学生たちは言っていた。相手の画面に自分の姿がどう見えているのか、あまり写したくない という気持ちは共感できる。授業担当者がオフにするわけにはいかないが、筆者自身、馬鹿面を晒していな いかと不安で、なるべく大写しにならないように、常に画面共有にしておく意味でもパワーポイントを用い るようになった次第である。

24 注 19 に紹介した黒田教授の動画は大いに参考になる。また、YouTube の「とある男が授業をしてみた」

(https://www.youtube.com/channel/UCzDd3Byvt91oyf3ggRlTb3A)は実に巧みに考え抜かれている。「き れいな手書きの板書」に拘っているのもいい。これを配信する「教育 YouTuber・葉一」については、東洋 経済 ON LINE の記事「イケメン 「教育 YouTuber 葉一」 動画の凄い可能性 どうやる?対面とミックスした 授業づくり」(11 月 28 日:https://toyokeizai.net/articles/-/391084?fbclid=IwAR1J4Sv8SWex6zaOdQOsqv Ajn2PUkF67Sm2c4w3GG31ufLCUSyog-DC9vLs)を参照。また、MBS 制作(関東圏では TBS 放映)の「情 熱大陸」でも取りあげられた(11 月 29 日:https://www.mbs.jp/jounetsu/2020/11_29.shtml)。これらは大 学生対象のものではないが、非常に触発される。筆者のように話術にも構成力にも自信を持てなくとも、そ れぞれに工夫の余地があり、挑戦し続ける必要があるのだろう。

参照

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